FGO マシュズ・リポート ~うちのマスターがこんなに変~   作:葉川柚介

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第3章の記録 封鎖終局大洋グランドライン

「ヒャッハー!」

「シールド峰打ち!」

「げっふぁ!?」

 

 個人的な嵐を誰かのバイオリズムに乗せて思い過す今日この頃、みなさんいかがお過ごしでしょうか。カルデアのシールダーこと、マシュ・キリエライトです。

 

 ローマの特異点を無事乗り越えた私たちは、ついに第三特異点にやってきました。

 そこは海賊たちの水平線、オケアノス。これまでの特異点と異なり、明確にどの時代のどの場所という区切りがあるわけではありません。

 広い広い、現実の歴史上には存在しなかったまさに特異な海域が形成されたある種の異空間。それがこの特異点でした。

 

 なので。

 

「へへへっ、俺たち全員やられたんじゃあ仕方ねえや。今日から姐さん……え、そっちの兄ちゃんが姐さんのマスター? じゃあ兄さんが俺たちのキャプテンだ。異論はねえな、野郎ども!」

「おー!」

「……どうしてこうなったんでしょう」

 

 レイシフトした先が海賊船の上で、問答無用で襲い掛かって来た海賊の皆さんを一人残らずしばき倒したらなぜか私たちがキャプテンになりました。どうなっているのでしょう。

 

「ふむ、カルデア海賊団の旗揚げというわけだな。今は余もサーヴァントの一人なわけであるし、ここは操舵手を請け負おうではないか!」

「早速先輩からのキャプテン命令です。ネロさんは休んでいてください」

「理不尽ではないか!?」

 

 でも少しだけ助かりました。

 

 

◇◆◇

 

 

 どこを探しても異常しかないのが特異点であるとはいえ、この特異点は歴史上存在したことのない海域なので、情報は現地で得るしかありません。

 さっそくカルデア海賊団を名乗り始めた海賊の皆さんに聞いてみたところによると、まさしくここは海賊天国。島こそ点在しているものの、その島に人が住んでいる気配もなく、港や町も見つかっていないのだそうです。

 

「まあ、変なのは色々いるんですけどね。ほら、いまもなんか緑の服を着た小僧が乗ってる、船首に竜の顔がついた小舟が追い抜いていったでしょう? なんかあいつが来ると風向き変わるんですよね」

「……そ、そうですか」

「あと、たまに空を赤いガレオン船が飛んでるのが見えるんスよ。幽霊船なんですかねえ」

 

 ……本当に特異点は異常ですね!

 

 

 そんなこんなで目的地も定かではない私たちは、ひとまず情報収集に乗り出しました。もともとこの海賊船が向かっていたという海賊島。そこにはこの海域に迷い込んだあらゆる海賊の方々が集っているということだったので、状況を知るには一番です。

 

「おおー! お前、腕が銃になってるのか! すげえな、コブラ!」

「ははは、体がゴムみたいに伸びるお前さんには負けるさ。これまで全身ガラスみたいに透き通ってるヤツやらいろいろ見てきたが、ルフィこそとびきりだ。そうだろう、ハーロック?」

「……」

「すまんな、無口なやつなんだ!」

 

 ……一番です。なんだかとんでもないことになりそうな気がしなくもないですが。まあでも特異点ではよくあることです。気にしても仕方ありません。

 それに、いいこともありました。

 

「うーむ、実に水着日和。最高ですね!」

「……あの、そこの水着のサーヴァントさん、もしかしてアルトリアさんですか?」

「はっ!? な、なぜ私の真名を……って、な、なんのことですか? 私はアルトリアではありません」

「えっ、でもその顔はアルトリアさんかジャンヌさんか沖田さんかネロさんですし、宝具も……」

「しかし! 今の私は海上に立っています! サーヴァントが水上を滑りますか? おかしいと思いませんか、あなた!? 私はえーとえーと……そ、そう、艦娘です! 名前はOh! ヨドデース! 夏のイベントが待ちきれなくてうっかり出てきてしまったサーヴァントなんているわけないでしょう!?」

「アッハイ」

 

 いつも通り現地のサーヴァントが協力してくれましたので、大分楽になりそうです。

 

 

 そしてたどり着いた海賊島。そこにいるという有力な海賊。きっとこの地に関しての情報を持っていることでしょう。最悪しばき倒してでも情報を得るか協力してもらう。それが海賊の掟らしいので、ある意味手っ取り早いです。

 

 

「いやー、負けた負けた! 強いねあんたら! それに正直と来た。これなら商売相手に申し分ないよ、うん!」

「腕力と信頼の正比例……! さすがですね、ドレイクさん」

 

 そこにいたのは、まさに大海賊。

 世界で初めて生きたまま世界一周を成し遂げた人類、無敵艦隊を撃破した立役者、商人にして軍人にして海賊、人類史に刻まれたその名はフランシス・ドレイク。海賊の中の海賊です。

 ……女の人でしたが。おっぱいの大きい女の人でしたが! 特異点を巡っていると割とよくあることですね!

 

「ここも変なところだからねえ。なんか一方向にはどこまでも続いてるんだけど、それに直行する方向に進むと妙に凪いだ海域に出て、にっちもさっちもいかなくなってるうちにドラゴンかってくらい巨大な海獣に食われる船をたくさん見たし、なんか海の底から古代都市が浮上してくるし、そこにいた触手の塊みたいな化け物をしばき倒したらいくらでも酒と食料が出てくる盃が手に入るし、楽しいったらありゃしないよ!」

「……詳しく聞いたらそれだけで大長編冒険活劇になりそうですね」

 

 ドレイクさんの話は先輩がそれはもう目をキラキラ輝かせて聞き入るくらいの冒険譚でしたが、残念ながら私たちにはそのお話をじっくり聞いている暇はないので先に行きますよ、先輩!

 

 ちなみにドレイクさんは星の開拓者と呼ばれるスキルを持つだけあって、英霊たちからも一目置かれる存在です。

 

「フハハハ! 海賊の汚名を誇りとして名乗るとは、ゴーカイな奴らよ!」

 

 とは、最近召喚に応じてくれたギルガメッシュさんの言でした。大変楽しそうで何よりです。

 

 

◇◆◇

 

 

「さーてお宝お宝、あるかなーっと。匂いはするんだけどねえ」

「宝物、ですか? この島にそんなものがあるのでしょうか。というか匂いとは」

「知らないのかい? お宝には匂いがするんだ。そして、お宝には冒険がつきもの。ちょいとワクワクするね」

「そいつはちょっとした冒険だな」

「……誰ですかいまのは!?」

 

 だ、そうです。途中なんだか冒険好きそうな人が話に入ってきたりもしましたが、特異点ですし仕方ないですね。

 補給や情報収集のために降り立った島で、ドレイクさんの勘が働きました。曰く、お宝があると。

 確かに、なにがしかはありそうです。なんだか石碑みたいなものも見つかりましたし、人の気配が随所に感じられます。

 

 が。

 

「スパム、スパム! スパアアアアアアアアアアアム!!」

「きゃあああ!? またまともに言葉が通じない系のバーサーカーですか!?」

「あー、ありゃヴァイキングだね。なんでかこの海域のヴァイキングは『スパム』としか言わないんだよ」

『ヴァイキング語の意味は分からないけど、この霊基反応とその様子からして、相手は血斧王エイリークだ! 強力なヴァイキングだから、気を付けて!』

 

 Dr.ロマンに曰くエイリーク・ザ・ブラッドアクスはなぜかスパムとしかしゃべりませんでした。バーサーカーになっているからかとも思いましたが、ドレイクさんに曰くヴァイキングは大体そんな感じになっているとのこと。

 この海域に出現する海賊は大なり小なり概念的な存在らしいのでその影響なのかもしれませんね。そうに違いありません。きっと毎日楽しくスパムスパム歌って過ごしているのだと思われます。

 

 

 その後なんやかんやでエイリークを倒し、たどり着いたのは地下迷宮でした。

 

「はい? 糸は絶対に忘れちゃいけない、ですか? FOEとは一体……あっ、行ってしまいました。なんだったんでしょうね、あの人たちは。……はい先輩、冒険者さん、ですか?」

 

 一歩足を踏み入れるなり、5人ほどの騎士や衛生兵や錬金術師やらのパーティに呼び止められ、ダンジョンに潜る際の心得を教えてもらえたのは僥倖だったのか、サーヴァントなのか別のなにかなのかさえよくわからない存在に声をかけられた不幸だったのか。

 先輩に曰く冒険者さんたちらしいですが、一体なんだったのでしょう。

 

 

 ダンジョン探索は険しい道のりでした。

 迷い込んだ者を惑わす仕掛け、なぜかやたら強力な毒を放ってくる蝶、放っておくといくらでも仲間を呼ぶカエルなどなど、これまで巡った特異点の中でも輪をかけて異常な場所でした。正直、先輩が慣れた手つきで作ってくれたマップがなければいまも迷宮の中をさまよっていたかもしれません。

 

「ま、ますたーの、マップ、すごい。ぼくが作ったのとおなじくらい、くわしい」

「それは相当ね……一体何者なのよ、あなた」

「割と真剣に私も知りたいです」

 

 その精度たるや、ダンジョンの主であるミノタウロスことアステリオスさんも目をキラキラさせて尊敬するほどでした。

 どうやらこの特異点に召喚されたサーヴァントに身柄を追われているらしき、ローマの特異点で出会ったステンノさんの妹にあたるエウリュアレさんも驚いていたのですから。

 

 ともあれ、いまだこの特異点の聖杯を回収するために何を目指すべきなのかが明確ではないのが現状です。

 もっと情報を集めなくては……。

 

 

◇◆◇

 

 

 エウリュアレさんとアステリオスさんを加えての新たな船出。

 この特異点はそもそも存在自体が異常ですが、そんな中でエウリュアレさんが迷宮の中にいた意味。それを、私たちはさっそく知ることになりました。

 

「狙われてるのよ、私。ほら、私、かわいいじゃない?」

「え、ええまあ……」

「そうでしょう! ボクはカワイイので!」

「今のは誰ですか!?」

 

 何だかノイズも混じったような気がしますが、どうやらエウリュアレさんの持つ逸話の通りと言うべきか、エウリュアレさんをを求める者がいたようです。

 ……ただし、その相手というのが。

 

 

「ドゥフフフフフフフフ! エウリュアレたんを求めて三千海里! そうしてしつこく追ってみたら新しい女の子が増えている、これぞまさにアブハチトラズでござるよおおおおお!」

「……先輩、すみませんが手を握っていてくれませんか! なんだかイヤな汗が噴き出てくるので!」

 

 なんでしょうか。第一印象はゴキブリというかなんかそんな感じの、直接的な害はないのかもしれないけど視界に入れたくないし存在を認識したくない系のサーヴァントが!

 しかも、海賊であること、海賊旗の模様からしてその真名はかの有名な「黒髭」ことエドワード・ティーチであるとか。

 ……ええ、わかっていました。でも認めたくなかったんです。

 仮にも人類史にその名を刻み、英霊として召喚されたのが……アレって! アレって!

 

 

 おそらく、人理焼却とは全く関係ないでしょうに現状最大の障害である黒髭。

 その初戦はほぼこちらの敗北としか言えないものでした。

 どうやらあちらは海賊船そのものが宝具と化しているらしく、黒髭陣営のサーヴァントだったらしきエイリークこそ撃破できたもののドレイクさんの船は船底に穴が開き、通常なら航行不可能な状態に追い込まれました。

 ドレイクさんの判断とアステリオスさんが直接船を持ち上げて泳ぐという力技を披露してくれたおかげでなんとか追撃を振り切ることは出来ましたが、反撃の目処はいまだ立ちません。

 何とか、しなくては……。

 

 

 そして、そういうときこそなんか妙な輝き方をして私たちを助けてくれるのが、先輩なのです!

 

 

◇◆◇

 

 

――ザッシュザッシュ

 

「ドレイクさーん。先輩がワイバーンの鱗と翼膜と爪とその他諸々ごっそりはぎ取ってくれましたー!」

「素材集めは任せろっていうから信じてみたけど、信じられないくらい集めやがるね……」

 

 黒髭対抗の策。

 どうやら船自体が宝具化しているらしいあちらに対抗するために私たちが取った方法は、こちらもドレイクさんの船を強化すること。

 なんとかたどり着いた島は意外と大きく、探索しつつ地図を作ったドレイクさんに曰く、まるで髑髏のような形をしているとか。しかも、ワイバーンを筆頭に見たこともない謎生物の巣になっていました。

 

「先輩! なんか遠くの方で巨大なゴリラが鳥の頭蓋骨みたいな頭をしたトカゲと殴り合っているんですが!」

「それだけじゃないよマシュ。反対側じゃやたら頭の小さい髑髏みたいな顔したのがタレ目で牙生えたペンギンの兄弟みたいなやつとプロレスしてやがる」

 

 極めて危険な島ではあるのですが、サーヴァントがいればむしろここは狩場。上手い具合に危険な巨大生物たちを避けると強化素材の入手が容易ということで、ひとまずハンティングと相成りました。

 ……先輩の指示に従っているとワイバーンを絶滅させそうな勢いなのですが、まあいいんじゃないでしょうか。きっと、人理修復を続けて行けばそのうち無限に等しい数の相手を狩りつくす必要も出てくるでしょうし。

 

 ワイバーンを狩り、そこから船の強化に使える素材をはぎ取る作業は極めて順調でした。

 何だかこの島のあちこちで散見される、鎧姿に大剣や双剣やランスや弓やハンマーや笛(?)やらいろいろな武器を持ったハンターと名乗る人たちにコツを教えてもらった先輩がなんかもうすごい勢いでいろいろはぎ取ってくれるので。

 せいぜい牛刀程度のナイフで2、3度ザクザクするだけで鱗も翼も爪も心臓もきれいにはぎ取ってくれて大助かりです。

 ……どうしてそんなことができるのか? 先輩だからじゃないでしょうか。

 

 

 そしてもう一つ、私たちにとっての朗報がありました。

 

 

「うぎゃあああああああ!? 食べないでください!」

「食べませんよ!? ……というか、あなたはなんです? クマ?」

「その気持ちはわかるよお嬢ちゃん! 俺が聞きたいしな! ……あ、俺はオリオンっていいます」

 

 エウリュアレさんたちに続いて、この特異点に召喚されたはぐれサーヴァントとの遭遇です。

 相手は何と、ギリシャ神話有数の狩人オリオンさんでした。

 ……なんか熊っぽいぬいぐるみという姿で召喚されていましたが。

 

「あー! ダーリンまた浮気!? 最近わし座の子におじさまって呼ばれて鼻の下伸ばしてると思ったら、今度は海賊!? 宇宙を旅してる時に知り合ったのね!」

「どうしてお前の頭の中の海賊はデフォで宇宙海賊なんだよ!?」

 

 そしてその、なんといいましょうか、この特異点二人目の女神系、アルテミスさんです。

 どうやらオリオンさんにくっついてくる形で召喚されたので神霊としての性質は抑えられているようですが、さすが愛に生きる女神は違います。

 

「そう、つまり私とダーリンは二人で一人のアーチャーよ! ダーリン、女神と相乗りする勇気はある?」

「ないです」

「むっきいいいいいいい!」

「うっぎゃああああああ!?」

 

 ……た、頼りになりますね!

 少なくとも、オリオンさんの狩人としての知識、経験、直感はその後のワイバーンハントで大きな力になってくれました。オリオンさんがワイバーンを見つけて、効率的に狩る方法を教えてくれて、先輩がザッシュザッシュとすごい勢いで素材を回収する。見事なサイクルの完成でした。

 

「あー、懐かしいなあ。俺も現役のころはあんな感じでやってたわ。まあメインは弓だったけど、一通りどんな装備も使えたんだぜ?」

「す、すごいですね……?」

「でしょー!? ダーリン本当にカッコよかったんだから! あ、今は超かわいいけど」

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、決戦です!

 対黒髭戦の策は講じました。それが通じるかどうかは未知数ですが、それでもやると決めたら突っ込んでみるのが海賊流。今はドレイクさんのその流儀に従います。

 

 

「ちきしょー! BBAのくせにこっちの火薬庫にファイヤーとか小癪な真似を!」

「うっせえ髭! ハゲろ!」

 

「やりましたね、オリオン!」

「あのさ、アルトリアちゃんも水の上歩けるんだったら俺いらなくね? 俺は船で待っててもよかったんじゃね?」

 

 作戦は成功しました。正面からの突撃を陽動に、こっそり水上を歩いて黒髭の船に乗り込んだオリオンさんとアルトリアさんによる火薬庫の爆破。

 さらにその後のどさくさ紛れでエイリーク、メアリーさんとアンさんの撃破を達成しました。

 「船は爆発四散するもの」とこの展開に全く動じなかった先輩の冷静な指揮あってのことだと思います。

 

「スパム……」

「エイリークさん最後までそれなんですね。バーサーカーなら仕方ないのかもしれませんけど」

 

「あちゃー、やられちゃったね。まあ仕方ないか」

「メアリーさんを倒したはずなのに、アンさんも……?」

「ええ、英霊としての私たちはそういうものなの。言うなれば、そう。私たちは、二人で一人のライダーよ!」

「仮面つけたほうがいいかな」

「それは先輩がやたら喜ぶのでやめてください」

 

 ……と、これで終わればよかったのですが。

 

「――それじゃあ、次はおじさんの仕事だねえ」

「がっ!?」

 

「へ、ヘクトールさんが、黒髭を……!?」

 

 異常事態、勃発。

 3騎のサーヴァントが倒れて宝具たる船の性能が落ちたとはいえ、いまだ健在だった黒髭の胸を背後から貫く槍の穂先。

 

 ヘクトールさんの、裏切りでした。

 

「野、郎……!」

「いやー、汚れ仕事はおじさんも辛いんだけどね。それでもまあ、上司に逆らえない立場なのよ」

「へっ、だと思ったよ。あんたは海賊にゃあなれねえ……ぜ!」

「うおっと!? こりゃあ肝が冷えるねえ、くわばらくわばら」

 

 トロイアの英雄、ヘクトールさんがなぜ雷避けのおまじないを知っているのかはわかりませんが、瀕死の重傷を負いながらもマスケット銃で反撃する黒髭と、それを必死に、しかしひょうひょうと交わすヘクトールさん。

 その一事をもって、私たちは思い知らされました。

 

 この特異点はまだ終わっていない。

 この先にこそ、私たちが打倒すべき敵がいるのだと。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 黒髭が討たれた混乱、というよりもそうすることを前提で動いていたらしきヘクトールさんにより、エウリュアレさんが攫われるという事態が発生。

 ……先輩とオリオンさんの説得もあって、アステリオスさんはバーサーカーとして召喚された身でありながら、わが身が張り裂けそうなほどにエウリュアレさんのことが心配なはずなのに抑えてくれました。

 とはいえ、確かにエウリュアレさんは危険な状態ですが、攫われたという事実が逆説的に彼女の身の安全を、少なくとも一時的にですが証明しています。

 黒髭の船に仲間のふりをして乗り込み、虎視眈々と機会を窺ったヘクトール。忍耐と面従腹背をやってのけるからにはエウリュアレさんを浚うよりも害するほうが楽なはずで、そうしなかったということは連れ去った先にこそ目的があるはず。

 

 つまり、ヘクトールを追いかけて追いかけて追い詰めたその先にこそ、本当の敵がいるのです。

 

 

「ははははは! 見ろメディア! 健気な奮闘じゃあないか。笑って鑑賞してやろう」

「はい、イアソン様」

 

「……ちょっと予想と違いましたね。とくにこう、シリアスのなさが」

 

 そこにいたのは、どこまでも調子に乗っていると思しき金髪の男性と、それに寄り添う若い女性。

 放っておくだけで足元をすくわれそうな雰囲気が漂っていますが、その名は聞き逃せるものではありません。

 イアソンといえばギリシャ神話に語られた、ある種世界最初の海賊船長。アルゴノーツの盟主ともいうべき人物なのですから。

 

「さあ、行ってこい……ヘラクレス!」

「先輩、おそらくこの特異点最大の戦力、来ます!」

 

 そして、バーサーカーであることは確実なサーヴァント、ヘラクレス。

 アステリオスさんに匹敵する巨体、隆々たる筋肉、そこから繰り出される規格外の破壊力。

 しかも、それに加えて……!

 

「いやはや見事なものだな、カルデアの諸君。まさかヘラクレスを殺すとは。……まあ、あと11回がんばってくれたまえ」

「は? 今、なんつったんだあいつ」

「11回、と言ったのだよ聞こえなかったかな海賊。ヘラクレスが生前乗り越えた十二の試練。あいつはその分の命を持っているのさ」

 

 そう、一度や二度倒しただけでは倒しきれないヘラクレスの宝具。

 あの先輩をして「インチキ宝具もいい加減にしろ!」と叫ぶ破格の能力です。

 

 冬木を、フランスを、ローマを乗り越えてきた私達ですが、それでもこの旅は決して一筋縄ではいかないものなのだと、改めて思い知らされました。

 

 

◇◆◇

 

 

「……」

「…………」

 

 私たちは、辛うじてヘラクレスの前から撤退することに成功しました。

 

「アステリオス、バカな子。勝てない相手からは逃げればいいのよ。……私たちじゃ、ないんだから」

 

 そのために、アステリオスさんが命を費やしてくれたおかげで。

 エウリュアレさんがなじる言葉を止めようという人もいません。

 震える細い肩を見れば、どんな思いでその言葉を絞り出しているかはわかります。

 

「とはいえ、放っておくわけにもいかない。アーク、とか言ったかい? あいつらが探してるってお宝は」

『モーセが神から授かった十戒の入った箱だね。パンドラの箱などと同じく、開けるとよくないことが起きるという類のものだ。……でもそんなものをなんに使うのか、全く想像がつかないぞ』

 

 だからこそ、私達は進まなければなりません。

 アステリオスさんが助けてくれた私たちには、その価値があるのだという証明のために。

 エウリュアレさんにはあいつらの指一本触れさせないと、アステリオスさんを安心させた先輩の言葉を嘘にしないためにも、絶対です。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、そういう状況になってるわけね。良かったよ、君たちと会えて。僕はダビデ。よろしくね、お嬢さん」

「吾は以前の特異点でも会ったことがあるな。アタランテだ。……今回は正常だぞ?」

 

 そんな私たちの決意は、割と早々に報われました。

 アークを探していくつかの島をさまよう中で、オリオンさんの頭に突き刺さった矢文。それに導かれてたどり着いた島で出会ったのがダビデさんとアタランテさんです。ダビデさんといえばまさしくアークの持ち主。ダビデさんの宝具、というかオリオンさんとアルテミスさんのように、セットで召喚されるものとしてアークの現物も見つかりました。

 ……なんか、アークは触ると死ぬらしいですが。

 先輩が「ゲームの敵キャラみたい」と評していましたが、まさにそんな感じです。

 

 とはいえ、これでイアソン陣営の目的ははっきりしました。

 女神であるエウリュアレさんをアークに捧げ、その死をもって特異点を崩壊させること。まさしく、人理焼却です。

 ……イアソン自身は、そのことを自覚していないと思われますが。

 

「相手の目的と、それを阻止する方法は判明しました。……ですが、そうなってくると最大の障害はヘラクレスです」

「だよなあ。俺ら全員束になってもかなうかどうかわからんぞ、少なくとも神話スペックだったら無理な方に賭けるね。サーヴァントになってる今ならわからんけど」

「真正面から戦う気にはなれないねえ。ああいうのは絡め手で行かないとこっちが痛い目を見るだけさ」

「だからとて放置するわけにもいくまい。何がどうあっても絶対に立ちはだかるぞ。なにせヘラクレスだからな」

 

 そして、作戦会議です。

 イアソンはさておき、若い頃のメディアにヘクトールという実力者に加え、もはや災害レベルのヘラクレス。特にヘラクレスをどうにかしないことには始まりません。

 とはいえ、ダビデさんとアタランテさんが加わっても真正面からヘラクレスを、残り11回を倒しつくすことは不可能に近いと言わざるを得ません。

 一体、どうしたら……。

 

「……先輩? アークをじっと見つめてどうしたんですか? え、『私にいい考えがある!』? ……待ってください、その腰に付けたウィザードさんたちのベルトに似たものはなんですか!? そしてその手に持っている記録媒体のようなものは!? なんだか全世界で知名度補正を受けられそうな英霊の顔が描かれているのが見えるのですが!」

 

\ガッチョーン!/

 

 

「ヒーウィゴ――――――――!!!」

「あああああ! 先輩がとても説明できないような、でもジャンプ力がすごそうな姿に!? なんかちょっと小さくなってますけど!」

 

\レベルアーップ!/

「しかも変な色のキノコを食べて元のサイズになりました!?」

 

 そんな事態をいつも打破してくれる先輩の作戦に従って、ヘラクレス迎撃作戦の開始です。

 ……大丈夫なのでしょうか。世界の修正力とか抑止力にひっかかって人理焼却以前に滅ぼされないかが、極めて不安です。

 

 

◇◆◇

 

 

 で、結論としましては。

 

「ヤッ! ホホー! ヤッホ―――――――!」

「■■■■■■■■■―――――!?」

 

 と、いう感じで大体何とかなりました。

 アルゴノーツを分断し、アークを安置してある地点までヘラクレスを誘導し、囮としてヘラクレスに狙われていた先輩とエウリュアレさんがアークを「飛び越えて」ヘラクレスを死地へと導く。ただそれだけの、そして相手が相手だけに命がけの作戦を、先輩は見事に成し遂げてくれました。

 最後なんて、力を借りている英霊……英霊ですよね? のスキルを最大限に駆使してエウリュアレさんを抱えたまま3段跳びでくるくると3回くらい回って着地。ヘラクレスの誘導が完璧に成功しました。

 さすが、世界に名だたるジャンプ力ですね!! それ以上の説明は省かせていただきますなんだかカルデアが危険にさらされる気がするので!!

 

 

「と、いうわけです」

「楽にくたばりたければおとなしく降伏しな。苦しんでくたばりたければ……楽しくなるねえ?」

「ヒィ!?」

「ああ、ドレイクさんがいかにも海賊らしい怖い顔を!」

 

 そして、ヘラクレスを排除したあとは最後の始末、イアソン並びにアルゴノーツの撃破です。

 イアソン自身はさほど脅威でもないということですが、相手にはいまだ魔術師としては人類史上頂点に近いだろう若かりし日のメディアと、防衛戦においては屈指のヘクトール。まだまだ油断はできません。

 

 ――そう、油断ができないんです。

 これまでも、これから先すべての特異点の戦いも。

 

 なぜならば。

 

「フォル、ネウス……? ローマでレフ教授がフラウロスになったようなならなかったような気もしますが、イアソンまで七十二の魔神に!?」

 

 ヘクトールを、メディアを退け最後に残ったイアソン一人。

 しかし彼は、なんとメディアの手によって聖杯を埋め込まれ、魔神柱と化しました。

 

「やめろ! これ以上はいい!」

 

 と怯えた声を出していましたが、メディアがそれでやめるはずもなく、めりめりと聖杯を押し込まれて変身させられていました。

 

 つまり、もはや疑いの余地はないということです。

 いかなる形であれ、人類史にその名を残すイスラエルの王にして伝説の魔術師、ソロモン王が何らかの形でこの人理焼却に関わっていることは、確実です。

 

『うー……ん、早計とは言えないけど、どうにも腑に落ちない。ソロモン王はそういうことをするような人間じゃない、というかそんな発想に至らない(・・・・・・・・・・)モノだからね』

「そうかもしれません。ですが七十二柱の魔神の名をかたり、それに匹敵しうる能力を持った配下を従えている存在ということは確かです」

 

 とまあ、なんやかんやでフォルネウスも撃破しました。

 なんかヘラクレスを倒したときからいまだに赤い英霊の力を借りたままでいる先輩がジャンプして延々と踏みつけたり、ハンマーで殴ったり亀の甲羅を蹴り飛ばしたりして着実にダメージを与えてくれたおかげでしょう。

 ……あの、先輩も普通に戦えるんですか? え、このガシャットが力を貸してくれたから? 「特異点」だから憑依した存在の力を借りられる? でも残機が尽きたのでもう無理と。……そ、そうですか! 残念ですね!

 

 

「ああ、この冒険も終わりかい。……惜しいねえ。久々に楽しい海賊稼業だった」

「ドレイク船長……」

「そう辛気臭い顔をするんじゃないよ、マシュ。海の上では今日の別れが最期の別れ、なんてのは珍しくないんだ。だから、あたしらは笑うのさ。その方が、強いからね」

「強い……はい、ドレイクさん!」

「ん、いい笑顔だ。マスターに泣かされるんじゃないよ」

 

 そして、ドレイクさんに教えてもらいました。

 別れは、決して終わりではないと。

 最後の笑顔が胸に焼き付いて、その先を歩む力になる。たとえ、もう会えないとしても。

 そういうことなんだと思います。

 

 

◇◆◇

 

 

「さて、特異点攻略後恒例の新しいサーヴァント召喚なのですが……先輩、今度の触媒はそれですか? ……あの、ものすごい勢いで逃げようとしている機械のトンボに見えるんですが! そういうのを私の盾に近づけられるとすごく不安になるんですよ先輩!」

 

 で、例によって例のごとく先輩はまたなんだかわけのわからない理屈で狙ったサーヴァントを必中させようとしている気が!

 

\Change! Dragon Fly!/

「あーらよっと。あたしを呼んだね?」

「なんでそれで呼ばれるんですかドレイク船長!?」

 

 

 まだまだ続く人理修復の旅。

 特異点で出会うたくさんの人たち。みなさんから教えてもらったこと、見せてもらった生き様。そして集うサーヴァント。

 きっと私たちはもっと強くなれます。人理修復だって、成し遂げられるくらいに。

 

「お、マスターさっそく他のサーヴァントも召喚するのかい。触媒は……なんだいそれ、麦わら帽子?」

「それに縁のある英霊を呼んだら怒られませんかマスター!?」

 

 こんなにも(ある意味)危険な特異点だって越えられたんです。

 先輩がいる限り、私達に不可能はありません! というかそんなこと言ってる場合じゃない気しかしません!

 

 

 

 

キャラクターマテリアル

 

 オケアノスのセイヴァー

 

 色々支障があるので姿は見せてくれなかったが、いつの間にかデミサーヴァント的なものになれるガシャットをマスターに託すという形で力を貸してくれた。某国のお姫様をそりゃもう何度も何度も救っていることから、サーヴァントとしてのクラスはセイヴァーだが、本職は配管工だったらしい。


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