若干いつもより長いと思います!
暗闇の中をただ底へ底へと落ちていくような感覚。
古城はエレベーターやジェットコースター特有の浮遊感だけを感じていた。
人間は特別な状況を除き、ほとんどの情報を視覚から得ている。
それ故視界を塞がれればたった1分でも1時間のように感じてしまうものなのだ。
そして、それは少なからず恐怖へと繋がる。
古城の精神を恐怖が蝕み始めようとしたところで浮遊感が消失した。
「着いたのか?」
思わず古城が発した言葉は暗くどこまでも続く空間によく響く。
視覚を奪われたことにより、普段より鋭敏になった聴覚がその残響音に違和感を覚えた。
「なにかあるのか…?」
自然と前へと歩み出た古城の腕が肘から切断され、後方へと飛んでいく。
その切断面が空気へと触れる痛みでようやく古城は何者かに攻撃されたことを悟った。
「痛ってぇな…、アゼリアが負傷に気をつけろとか言ってたのはこういうことかよ…」
いつもなら瞬時に出血が止まるはずの傷口からドバドバと血が溢れる。
危機感を覚えた古城は瞬時に時間を巻き戻して回復するか、傷口を塞ぐだけに留めるかの二択を考え魔力効率から後者を選択する。
地面から溶岩の杭を生成し、出血する傷跡をその側面へと押し付けるという荒療治で出血を止め、それと同時に切断された腕を霧化させることで状況把握を始めた。
「ったくマジかよ…魔獣みたいなのがわんさかいやがる。こんなとこで那月ちゃんは修行してたって、そりゃ強いわけだ」
自らの周囲を囲む無数の敵の存在に驚くでもなく、闘うことを諦めるわけでもなく少年は獰猛な笑みを浮かべ、その左腕から雷撃を放った──
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
オーストラリア南西部、浅葱からの連絡により受け持っていた仕事を早急に終わらせ合流した雪菜と紗矢華はカフェでひと時の休息を得ていた。
「で、私達まだなにも聞かされてないんだけど今からどこに行けばいいの…」
「紗矢華さん…それは藍羽先輩からの連絡がないと分かりませんよ、少なくともオーストラリアではないことは確かですけど」
紗矢華は雪菜に久々に会った数時間前こそ元気だったが、今はもうこの有様だ。
そんな2人の噂もあってか紗矢華のタブレット端末に浅葱から連絡が入る。
気だるげな紗矢華を横目で見てから、雪菜が浅葱の顔がよく見えるように二人の間に端末を立てかけた。
「揃ってるみたいね、仕事お疲れ様。って言ってもこれからも仕事なんだけど…」
「で、今回は何?聖遺物の調査や回収、聖殲の遺産の保護、破壊それより急な用事があるなら聞かせて欲しいんですけど?」
「なんであなたはいつもそんなに喧嘩腰なのよ…」
「まあまあ、紗矢華さんも藍羽先輩も落ち着いてください、暁先輩がいなくて寂しいのは分かりますから…」
「「そんなこと言ってないでしょ!?」」
偶然にも紗矢華と浅葱の声が重なる。
それに恥ずかしさを覚えた2人は再び仕事の話へと戻った。
「聖域条約機構とは関係なくてあくまでもうちの情報網に引っかかっただけ、なんの確証もまだないんだけど少し危なそうな国があるのよね」
「あんなしょぼい組織よりあなた1人の情報収集能力の方が優れてるのは知ってるわ、詳しく教えてくれる?」
なにかと対立することが多い2人だがお互いにしっかりと実力は認めあっている。
現に浅葱の情報収集能力はあらゆる国家、組織を1人で凌駕してしまうのだ。
彼女が気になると言えば、紗矢華たち現場のものとしては嫌でも動かざるを得ない。
「ナウル共和国って知ってる?」
浅葱の説明を受けながら2人は航空機で目的地へと移動する。
そしてナウル共和国へと降り立った。
この国は国土面積が21キロ平方メートルでありバチカン市国、モナコ公国に次いで3番目に小さく、人口も約10,000人とこれまた3番目に少ない。そして諸々の事情により不安定な状態が続いている島国だ。
「さて、仕事仕事頑張るわよ雪菜!」
「は、はい」
紗矢華が航空機の中で怖がる雪菜を抱きしめ続け、たっぷりと雪菜成分を補給したことを当の本人が知る由もなく、ただいきなりやる気を出し始めた先輩に雪菜は首を傾げる。
そんな雪菜の隣で慣れた手つきでタブレットを操作していた紗矢華の手がふと止まった。
「どうしたんですか?紗矢華さん」
「雪菜…雪菜…、今すぐ!今すぐ私の上に!」
「はい?」
「私を踏んでもいいから早く!地面から離れて!」
急に慌てだした紗矢華の手からタブレットが落下する。
その画面へふと視線を落とした雪菜は苦笑を浮かべた。
「この島…珊瑚礁の上に鳥の糞が重なって出来てるんですか…ちょっと嫌ですね。でもそれも今は大丈夫みたいですし、早く行きましょう」
画面に表示される記事に目を通した雪菜はそそくさと街の方へと歩いていってしまう。
そしてそれから5時間ほどで島中を隈無く回り、情報収集に務めた。
「大したことは分からないわね、小さい国だから少しくらい情報があってもいいと思うんだけど」
「そうですね…でも藍羽先輩も確かな情報じゃないと言っていましたし、なにもなければそれでいいじゃないですか」
「そうなんだけど…なにか引っかかるのよね…」
紗矢華はこの島についてからの5時間で起きたことを思い出し頭を整理していく。
今回この国へと来た理由は過激な宗教団体が生まれているという噂の真偽を確かめるためだ。
しかし、昔こそリン鉱石の売上で巨万の富を得ていたナウル共和国だが今はその資源も底を尽き魚を捕ったりとかなり原始的な暮らしを送っている。
そんな場所で過激な宗教団体ができるというのも不思議だが、なによりそんな組織があったからといって彼らになにかができるはずもないのだ。
そこまで考えてから紗矢華は思考を放棄し、雪菜とともに浅葱が事前に借りたホテルへと向かった。
「なんで部屋がひとつじゃないのよ!」
ホテルへと着くなりそんな怒鳴り声を上げたのは紗矢華だ。
浅葱なりに気を利かせて部屋を1人ずつ取ってくれたのだが、紗矢華はそれが気に入らなかったらしい。
「そう言われましても…二人部屋はもう満室で…」
「紗矢華さん、いいじゃないですか隣の部屋なんですから」
「隣の部屋…そうよ!壁を煌華鱗でブチ抜いてやればいいのよ!」
紗矢華はさも名案を思いついたとばかりに高らかにそう宣言したが、ホテルの支配人の顔色が真っ青になっていくことを見て自らがとんでもないことを口にしたことに気づいた。
「す、すみません!用意していただいたお部屋はしっかり常識通り使わせていただきます!失礼します!」
固まってしまった紗矢華を無理やり引っ張り恥ずかしそうに雪菜が部屋のある2階へと上がっていく。
されるがまま引っ張られる紗矢華を自室へと投げ入れ、扉を閉め雪菜は恥ずかしさを晴らすかのようにいつも通り紗矢華へと説教を始めた。
「紗矢華さん!これで17回目ですよ!部屋が違うからってホテルの人が怖がるようなこと言わないでください、恥ずかしいんです!大体紗矢華さんは──」
そんな雪菜の説教を小一時間ほど耐えに耐えた紗矢華は精神に深いダメージを負い、用意された自室へと戻りユニットバスへ湯を貯めそこに身を沈めた。
「はあ…雪菜に嫌われた…」
この世の終わりのように紗矢華は天井を虚ろな目で眺め続ける。
そのまま彼女は逆上せてしまい、程よく温くなったお湯の中で心地よい眠りへとついてしまう。
「ぐっ…うぶぶっ!?──っはぁ!」
寝ながら顔を水につけてしまった紗矢華は奇妙な声を上げながら顔を上げて新鮮な空気を思いきり吸った。
「もしかして、寝てた?」
任務中に気を抜いて寝る自分に嫌気がさしながら、紗矢華は手早くシャワーを浴び身体を拭き髪を乾かし整える。
服を取りに行くために浴室から出た時、紗矢華は真下から異常な魔力を感じ意識が一気に覚醒した。
「──っ!転送系の魔術、それもかなり大掛かりなやつ!まさか…」
そんなことを言い出すより早く、紗矢華は煌華鱗による擬似空間断裂の能力により自分の部屋の壁を切り裂く。
部屋の外に出てから雪菜の部屋へ向かうのでは間に合わないと判断したのだ。
「雪菜!大丈…夫?ってもう!」
雪菜の部屋にはただ雪霞狼が白い光を放ちながら床へと突き刺さっているだけ。
それを見て紗矢華は全てを悟る。
雪菜は紗矢華より早く異常事態に気づき、対処しに行ったのだ。
「もう!最悪…なにやってるのよ私は…」
雪菜と一緒に任務に当たるときに舞い上がって単純なミスをするのは自分の悪い癖と紗矢華も分かっているのだが、簡単に直せるものでもない。
自分を守るために雪菜が突き刺していったであろう雪霞狼を見ながら紗矢華はせめて今出来る最大限のことをするために動き出した。
「転送魔術そのものを止めるには時間も道具も足りない…だとしたらやれることはこの魔術の転送範囲の計算から転送先の決定…」
紗矢華は1人ぶつぶつと呟きながら演算を始める。
そして一瞬でそれを終わらせ、すぐさま転送先を把握するための魔術を構成しにかかった。
「龍脈を起点とした転送魔術…、効果範囲はきっちりこの島ひとつ分。これだけのことを出来る人が安直に1回で目的地まで転送させるはずはないから…探査系魔術を多重構造に変換、間にダミーの解呪魔術を噛ませて──」
紗矢華が魔術を構成し終わるのと、同じタイミングで島が淡い光に包まれていく。
そして次の瞬間、地図上から1つの国が消え海に残ったのは雪霞狼のおかげで転送魔術の影響を免れた紗矢華とホテルの建物だけだった──
前話でも言いましたが活動報告の件よければお願いします^^*
また、おそらく夜にオリジナル作品を試しに載せると思うのでよければ読んで感想とかください( ̄▽ ̄;)
こっちの感想もめちゃくちゃ待ってます!
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