反省はしている。後悔はしていない。
そしてお待ちかね、みんな大好きあの人の登場です。
聖都大学附属病院 個室
そこに雪音クリスはいた。と言っても決して重病や重症などではない。頭部に打撲や腕に擦り傷を作り大袈裟に包帯を巻かれてはいるものの、元気に病院食を食べている。
ダークマターと名乗る一団に仲間ごと一杯食わされた後、『闇』の出現によって同じく事態を重く見た衛生省の日向恭太郎の計らいで、『S.O.N.G』は怪我人に十分な療養施設を提供してもらっていた。勿論、死亡者の遺体の管理も。
「あー、クソまじい。ったく、いつになったら退院出来るんだよ!」
無造作に皿を放ると、クリスは枕に後頭部を叩きつけるように寝そべり、退屈を紛らわす為眠りに入ろうとする。
「おっはよぉうクリスちゃん!!」
そんな軽快な挨拶と共に、一人の少女が病室の扉を開いた瞬間、クリスは再び上半身を起こすハメになった。
「うるせぇよ!ここ何処だと思ってんだ!!」
「あ、ごめんね。寝てた?」
「いやまだ寝てねぇけど……それよりもお前、また来たのかよ。見舞いはもういいって言っただろうが」
クリスがそう言うと、少女は当然のように応えた。
「友達が入院してるんだから、毎日お見舞いにくるのは当たり前だよ」
なんだか照れくさくなって、クリスはそっぽを向く。
心の中で、親友―――『立花響』とはこういう人格者であることだったと改めて思い知らされながら。
その時、再び扉が開かれる音がする。
響とクリスが同時に視線を向けると、そこには見慣れない若者が立っていた。
「……誰だあんた」
医者とも看護師とも思えない人物。無論、『S.O.N.G』の関係者でもなさそうな出で立ちに、クリスは声色を低くする。
「あんたらがシンフォギア装者の立花響と雪音クリスか?」
「はい、そうですけど……」
若者は図々しくも病室に一歩進入すると、不敵に笑って言った。
「そっちの指揮官とは日向審議官が話をつけてくれてる。ダークマターの一件、あんた方にも協力してもらうぜ」
―――ダークマター
その言葉を聞き、二人は目を見開いた。
檀黎斗は『闇』広がる空の下、自らがCEOを務める「幻夢コーポレーション」社長室内のPCを叩いていた。
繋がれたいくつものコードの先には、まだ見ぬライダーガシャットが突き刺さっている。
「それは?」
ゲーム世界から現れたパラドが興味深くガシャットを見つめ、問う。
「かの大手企業の技術班と秘密裏に提携して作ったガシャットさ。向こうにも「上」が気に入らない連中は山ほどいるようでね」
「へぇ。ま、そんなことどうでもいいけど」
パラドが目を離した瞬間、データインストールが完了。機械からガシャットを取り出し、まじまじと眺める黎斗。
「このガシャットはデンジャラスゾンビの前身となる『レベルXシステム』、そして複数のゲームを一つのガシャットに組み込んだ『ギアデュアルシステム』の試験的運用を目的としている。これをライダーの誰かに使用させ上手く機能すれば、私の計画はさらに先へと進むだろう」
その心理に正義はどこにもない。有るのは己の野望を実現せんとする悪の意志。
パラドはそんな黎斗を見て、楽しそうに呟いた。
「心が躍るなぁ」
「あのままほっこりエンドかと思った?残念、私の登場だ!」
カービィと永夢の前に現れたゼロは、先日とは一線を駕していながら、それ故に異様な姿をしていた。
長い白髪を紅いリボンでひとつに束ね、ポニーテールにしている。
服は悪意に満ちた暗黒の改造和服ではなく、紺色を基調としたブレザーに同色のスカートを着用。
短いスカートから伸びる足はニーソックスに包まれ、一部の人間には堪らないであろう格好……すっかり現代社会に溶け込んでいた。
慣れた手つきでスマホを操作しながら、某人気喫茶店のフラペチーノを啜る姿はまるで現役女子高生さながらの出で立ちである。
珍妙な台詞と共にゼロは二人の前に立つ。
研修医は(満喫しているな……)という拍子抜けしてしまったために浮かんだ感想を喉の奥に押し込み、強引に緊張感を引っ張り上げた。
「まあそんな顔をするな。大好きなゲームの舞台ならば今すぐ用意してやる」
そう言った途端、空の『闇』が蠢いたかと思えば、再び無数のダークマターが出現し、建物を攻撃し始めた。
人々は恐れおののき、散り散りに逃げ回る。
「やめろ!!関係ない人を巻き込むな!!」
永夢は吠えるが、ゼロはフラペチーノを飲み干して平然と答える。
「関係ないわけないだろう。私がこの惑星に君臨するために、必要な犠牲であり、必要な資源だ」
資源―――その不可解な言葉の意味を理解するのはすぐだった。
ダークマター達は建物を破壊しながら、明確に人を狙っている。
一体の小さなダークマターが逃げ惑う一般人の『中』へ吸い込まれていった。
すると一般人は突如落ち着きを取り戻すが、その目は既に正常なものではなかった。
「我々ダークマターは他の種族に憑依し、意のままに操ることが出来る。地球の文明は素晴らしい。安易に滅ぼして知識と技術を失うのは惜しいからな。有意義に使わせてもらうとする。人類ダークマター化計画の始動だ!」
その一言が永夢の琴線に触れた……。彼はわなわなと拳を震わせながら、ガシャットを取り出す。
弱き者は駆逐され、意思を奪われ、傀儡と化していく……。それはある意味、ただ死ぬことよりも恐ろしい地獄絵図。
永夢には理解出来ない。なぜ、こんな悪魔の所業を成せようか、理解したくもない。
だから叫ぶ。許容するはずがない。
「僕達人間は資源なんかじゃない!ゼロ、お前の好きなようにはさせない!!!」
「ならばどうする天才ゲーマー!?」
「許さねぇ……ノーコンテニューでお前を攻略する!!いくぞ、カービィ!!」
「!!」
ゲーマーMとしての人格の永夢の合図に、同じ正義感を抱くカービィが合意する。
『マイティアクションエーックス!!』
「変し、ぐっ!!?」
「ふん!!」
変身を試みた永夢の腹部に鋭い衝撃。
次の瞬間、カービィにも回し蹴りがクリーンヒットする。
二人は目にも止まらぬ速度で接近していたゼロによって、逆方向へ蹴り飛ばされた。
「変身を待ってやれる程、私はお決まりのキャラクターではない」
ゼロの手中には、永夢のマイティアクションXのガシャットがあった。あの一瞬の隙に奪われていたのだ。
横目に街を見ると、DマインドとDソード、そして初めて見るDミラクルまでもが現れ、生身のまま市民の避難を任されていたであろう警官隊を蹂躙している。
「か、返せ!!」
事は一刻を争う。永夢は生身のまま、ゼロへ接近しガシャットを取り戻そうとする。
その全ての動きは、ゼロに読まれ、軽々とあしらわれる。
右から突き出した拳も、背後からの回し蹴りも、死角からの組み伏せも、何一つとしてヒットしない。Mとしての人格が表に出、普段の何倍も闘争心が強くなっているにも関わらずだ。
「どうした。そんなものか宝生永夢。人間達を救うのではなかったのか?」
「ぐあ!!」
頬に裏拳をくらい、倒れこむ。
「そろそろこちらの番だ」
ゼロは容姿を一瞬で以前のものへと変化させると、容赦なく永夢に四肢をぶつける。
立ち上がろうとしたところを蹴り転がし、汚れた白衣の襟を掴み上げると邪悪な笑顔で腹部に膝を叩き込み、放り投げた。
「私という絶対的存在を前にした今、お前に全てを救う術はない。仮面ライダーとして市民を守護することも、医者として患者を治すことも、清らかな人間としてかけがえのない友を笑顔にすることも出来ない!」
罵倒に次ぐ罵倒。そして物理的殴打。人間の根底である二面を同時に攻め立てる。
カービィは自分にまとわりつくダークマターを倒しながら、一方的にやられ続ける永夢を助けようとするが、包囲網を抜け出せない。
散々痛めつけ、ゼロは彼の耳元で囁いた。
「……お前は記念すべき最初の犠牲だ」
再び永夢を放り投げ、紅眼が深化し輝いた時、眼を中心に赤黒いエネルギーが渦のように生成されていく……。
「特製の
血にしか見えないそれは、どう考えてもレーザーなんて生易しいものではない。
本能が、危険を感じ取り、肉体に回避の命令を出すが、痛めつけられた体は簡単には動いてくれない。
「絶望に堕ちて死ね、エグゼイド!」
カービィが走り出す。しかし距離が開きすぎていた。今思えば最初の一撃から既に計算されていたのだ。ゼロは自分より先に厄介者の排除を優先した。肉体を失い復讐に囚われながらも、心は最善を勝ち取るために理性を宿している。
ゼロは、やはり小者ではない。戦う以前と何ら変わらぬ狩猟者であった……。
まさに永夢に死を手向けんとしたその時、ゼロは迫る気配に身を退いた。
赤ジャケットを肩に羽織った男の勢いのある飛び回し蹴りが、ゼロの頬を掠める。
大きくバランスを崩し集中力が途切れ、収束していたエネルギーは霧散しガシャットは男の下へ飛んだ。
「お、お前は……」
永夢は、男を知っている。男もまた、永夢を知っている。
それはつい先程、響とクリスと面会した人物だった。
男はガシャットを拾い上げ、空いた片手で永夢の手を取り立ち上がらせる。
ガシャットは再び永夢の手に渡った。
男はサングラスを外して、子供のようにはにかんだ笑顔を見せた。
「よっ、名人。助っ人に来たぜ」
男の名は―――監察医『九条貴利矢』。
次回、本格戦闘開始。そして―――