幼女戦記-コボルトの狂気-   作:我楽娯兵

1 / 5
コボルト

敗戦――この二文字はターニャにとっては失業の文字に等しい。

一つの国が敗れ、その国に奉仕していたターニャは野に放たれた殺人鬼と変わらなかった。連合国がターニャを拘束し、長らく身動きが取れない日々から解放された日から民間軍事会社(PMC)を設立し見事な失敗する人生に変わる。

そんな人生の中で唯一、こうして一人の人物の評価を書くというのは初めてだ。

ターニャは古きタイプライターの前で医者裁判へと提出する書類をまとめる。

その人物はターニャと同じ。異邦の世界の稀人(まれびと)だ。

 

名をヴォーヴェライト・ジーヴァスと云った。

最終階級は親衛隊大佐(シュタンダルテンフューラー)悪戯妖精(コボルト)の渾名を持ち、すでに解体された帝国研究機関「ツークンフト」の事務長だった男児だ。

「ツークンフト」とは帝国の公的研究機関で、民俗学・医学・オカルトの発展を目的に活動をしていた。恐らく帝国軍部で最も巨大な部署であった。

ヴォーヴェライト・ジーヴァスは既にこの世にはいない。生命の解析の名の下で人体実験を繰り返し、その結果として裁判で死刑を言い渡された。

愚かしい世界を超えた人間。

現実主義者(リアリスト)であるターニャとは違い、ヴォーヴェライトは夢追い人、夢想家(ドリーマー)だった。

この故人は夢想家ではあったが、突拍子もない理論で人を実験には使わなかった。

理性と倫理と道徳を持って、理論的に人を実験物に使用していた。

 

彼はいつの時代に措いても理解されない。先を行過ぎたのだ。

”我々”の知識がこの世界の世情に合わず、ヴォーヴェライトは狂科学者(マッドサイエンティスト)として処断されてしまった。

こちらでは革新的なX線撮影、感染症の抗生剤の開発、臓器移植。果てのない生命解析探求を行えるだけ行ったのだ。故に倫理を理解しながら、倫理に反した。

悪名高い構想計画は知っているはずだ。

ILQ(イルク)構想――革新(イノベーション)生命(ライフ)探求(クェスト)と多方面から人の魂と呼べる部分を探求していった構想の名前だ。

 

探求とは名ばかりの生命の冒涜行為を繰り返していたのは事実だ。

実際に行われた例を挙げよう。

脳が生じさせる微細電流を他者と共有させる事で人格統合を為す、「ゾンビ実験」

機械と肉体を融合させより高次元の運動機能を得る、「ハダリー計画」

近親間で人工授精を繰り返し無数の障害奇形児を生み出した、「アダムとイブ計画」

無数の命が彼の好奇心で生命を奪われ、もしくは人生を狂わされた。

帝国の中で惨澹たる戦争犯罪者たちと肩を並べるヴォーヴェライト・ジーヴァスは刑死する前、こういった言葉を残した。

 

――この世は愉しみ尽くした、この先があるならまた楽しもう――

 

死を目の前にした者とは思えない表情で、死刑の方法を要求する度胸。

狂かれているの一言だ。怪物と呼ばれたターニャとはまた違う怪物。

理智の怪物といってよかった。

この報告書類では読み手が最も欲しがる構想計画の内容を、ターニャが見てきたすべてを書き記そう。ヴォーヴェライトが目指した夢想の果て。

――動物園計画の内容を。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。