Fate/Rising hell   作:mgk太

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翼の裁定者
愚者と裁定者と復讐者と


 暖かいなぁ。まるで、真冬の朝の炬燵のよう。ぬくぬくと身動きを取りたくないほどに気持ちがいい眠り。

 最近よく眠れていなかったから、久しぶりに二度寝もいいかもしれない。そんなことを考えていたところで、夢の外から手が伸びてきた。

 

「_________マスター! 起きるんだマスター! 敵が来るぞ! サーヴァントの反応だ!」

 

「て、敵?」

 

「もう、何を寝ぼけている! ほら、早く指示を。迎撃か退避か、二つに一つだぞ!」

 

 そのサーヴァントは寝起きにも御構い無しにマスターの鼓膜に声をぶつけてくる。分かっているのだ、こうでもしないと目を覚ましてくれないと。

 勿論、マスターの方も彼が自分のことをそれくらいは理解していると分かっているので、素直に寝ぼけた頭を覚醒させる。

 周囲をゆっくり見回し、ここがアラクリアのオフィスビルの一角だと言う事を思い出した。

 

「___それで、どのサーヴァントなの? 寝込みを襲ってくるイケナイ敵さんは」

 

 サーヴァントは腕を組んで困った表情をした。

 

「それなんだが、色々な意味で少し厄介なサーヴァントかもしれない」

 

「貴方の()()()()()()()をもってしても?」

 

「ああ」

 

 マスターはようやく立ち上がり、身体を軽く伸ばしたりジャンプしたりと調子を確認する。昨日、ランサーとそのマスターと殺り合った時の傷は、全てサーヴァントが癒してくれた。

 それにしても、昨日のランサーは厄介だった。特にあのマスター。

 

「___まぁ、それは置いといて、貴方が厄介だと言うのなら、かなりの強者みたいね。それで? 結局、迫ってきている敵さんの真名は何なの? それくらい分かるでしょう? 裁定者(ルーラー)のサーヴァントなのだから」

 

 ルーラー。そう呼ばれたサーヴァントはビルの窓から外を監視しつつ、マスターの問いにゆっくりと答えた。

 

「ヤツのクラスは復讐者(アベンジャー)。真名はおそらく、かのフランスの聖女ジャンヌ・ダルクだ」

 

 アベンジャー。あまりに予想外の答えに、マスターは絶句してしまう。そんなマスターを尻目に、ルーラーは己の宝具の一つである、とある惑星の刻印が施された杖の感触を右手で確かめた。

 

「でもルーラー、それは少しおかしな話よ。この街のサーヴァントの霊器反応は全部で八、そう言ったのは貴方でしょう? 通常の七つのクラスにルーラーを加えた八騎ではないの?」

 

 最もな話だ。

 第一、聖杯戦争は七騎のサーヴァントで争われるもの。そこにルーラーなどというクラスがつけ入る場所など無いはずなのに、実際ルーラーのサーヴァントはここに現界してしまっているのだ。

 それに加えてアベンジャーまで現れたとなると、九騎でなければ数が合わない。通常七クラスの中の一つが抜け落ちているということになるのだ。

 

 マスターは首を傾げる。ルーラーも少々納得のいかない部分があるようで、

 

「まぁ、ルーラーというふざけたクラスの私が現界しているのだ。アベンジャーが出現しても不思議ではないかもしれない」

 

「そうね......ルーラーは他の通常七クラスに対してあまりに有利すぎるもの。ゲームバランスをきちんとするためにも、アベンジャーのクラスは必要なのかも」

 

 勝てたと思ったのに。余計な事を。マスターはそう悪態を吐き、ルーラーは呆れたように首を振った。

 

「そう簡単に行くものか。第一、昨日のランサー戦でもかなり苦戦したではないか」

 

「あれは貴方が結構な出し惜しみをしてくれたからでしょう? その宝具を最初から使っていればあんなヘボランサーなんて一瞬でキルよ」

 

 自分の首に手刀を当てて、斬首の真似ごとをする少女のマスター。

 

「だが、本当に厄介というか、意味が分からないのはアベンジャーの真名の話だ。私の読みが正しければ___というか正しいだろうが、ヤツの名はジャンヌ・ダルク。本来のクラスは私と同じルーラーだと記憶している」

 

「それなのに、アベンジャークラスでご登場ってわけね」

 

「そういうことだ。今度は全力で対処するつもりだが、ヤツの実力は計り知れない。少々不安があるのが本音だ」

 

「へぇ、貴方が弱音を吐くなんて、随分強そうじゃない。そのアベンジャーさん」

 

 ふふふ、と至極楽しそうに、両手を広げてくるくると回る少女。

 

 ___ああ、本当に楽しい。これぞ聖杯戦争。万能の器を手にするために相応しい篩よ。これを生き抜いてこそ最高の魔術師たれ、というもの。この闘い、なんとしても私とルーラーが勝利してみせる!

 

「で、どうするのだ。ヤツはもうかなり近くまで迫っているぞ。迎撃か、退避か。選んでくれマスター」

 

 ルーラーの問いに、少女は迷うことなく頷いて言った。

 

「そんなの、迎撃に決まっているじゃない。貴方の炎で燃やして差し上げて」

 

 もちろん、ルーラーに、マスターの指示に逆らう理由はない。こちらも頷いて、

 

「了解。これよりアベンジャー迎撃戦を開始する」

 

 バン! と窓を割り、ルーラーは外へ飛び出した。

 

 そして文字通り、飛んだ。

 

 白い、巨大な美しい翼で。

 

 マスターはエレベーターで屋上へと向かい、アラクリアの街を展望しつつ、ルーラーの姿を目で追った。どこまで行っても無人の、奇妙な街だ。それはまるで、世界が終わってしまったかのようにも感じさせられる。

 ___それもいい。

 

 ルーラーのマスターは愉しそうに笑う。

 そして、終焉を迎えた世界の空に一人、空を駆る両翼のサーヴァント。その姿は最早___

 

「やっぱり、救済の天使そのものね。サーヴァント・ルシファー」

 

 そして、ルシファーと呼ばれたサーヴァントは敵の姿を上空から確認する。

 

 ジャンヌ・ダルク。

 

 地上の彼女もまた、彼の方を見ていた。

 黒い、まるで憎悪の象徴とも思えるその黒き鎧。そして、その右腕に握られた黒い宝具。

 

 彼女の事をよく知っているカルデアのマスターあたりなら、彼女の事をこう呼んでいる。

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ。

 略して、ジャンヌ・オルタ___と。

 

「見つけた!」

 

 そう三人が同時に叫んだ。

 手始めに動いたのは、空を飛んでいるルシファー。杖を天に掲げ、祈るように言った。

 

「魔術の真髄を以って絶対悪の魔弓に救済を与えん。我が祈りのもとに展開せよ、『天穹・女神の明星(ヴィーナス・エンジェル)』!」

 

 ルシファーの叫びに呼応し、彼の右手の杖が光を帯びながら変形する。

 

 杖は弓に。

 聖なる魔力を圧縮した矢をつかえる。

 

 マスターは笑っていた。この上なく愉しそうに、狂喜の笑みをその美しい童顔に隠すことなく浮かべて。

 

「そう! 焼き尽くしなさい!! 全て焼き尽くせば、この煩わしい世界も少しはマシになるわ! 貴方の神性を以って、愚かな復讐者に裁きを下しなさい!!」

 

 対して、地上のジャンヌ・オルタもまた、己の宝具を解放していた。

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!......『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 直後、天使の一撃と復讐者の暗き炎が激突する。

 爆風を受けた少女は、圧倒的な力の激突をただニヤニヤと嗤っていた。

 

 

 ___________

 

 

 そして、ルーラーとアベンジャーの宝具解放を、少し離れたオフィスビルに隠れ、半ば震えるようにして見ていた『俺』は、床に、毛布を掛けられて眠っているライダーの頬に手を触れた。

 

「ごめんな......今はゆっくり休んでいてくれ。ここは俺が守るから」

 

 優しく頬を撫でるその右手の甲、刻まれていた令呪の紋章は、さらに一画分消えていた。

 何とかバーサーカーから逃げ切れたものの、ライダーの傷は到底サーヴァントの自然治癒で賄えるものではなかった。そしてライダーの回復に令呪を消費する苦渋の選択をしたのが、もう夜も明け始めたころの話だ。

 覚醒から一日も経たずに、令呪を二回も使ってしまった。

 

「本当にマズイな......」

 

 令呪がもう一つしか残っていないのは勿論のこと、『俺』にとってマズイことは他にもいくつかあった。

 

 まず、外で未だ激闘を繰り広げている二人のサーヴァント。遠慮なく宝具を解放し、文字通り全力で殺し合いをしているのだ。周囲への衝撃も生半可なものではく、さっきからいくつものビルが瓦礫と化している。『俺』たちが潜んでいるこのビルに被害が及ぶのもそう時間は掛からないだろう。

 

 そして、目下の問題はもう一つ。

 

「大丈夫そうなのか、ライダーは」

 

「ああ、令呪も使ったし、じきに目を覚ますとは思う」

 

「それか、それはよかった」

 

 『俺』とライダーから少し離れた壁にもたれている一人の少年。彼の側には、寄り添うように一人の少女が立っている。

 

 彼女はランサーのサーヴァント。そして彼はそのマスターだ。

 

『俺』と同じくらいの年齢の彼は、心から安心したように言う。

 

「良かったよ。ライダーが脱落せずに済んで。本当に危なかったな」

 

「ああ、ありがとう。助かった」

 

 ランサーのマスターを警戒しながら、それでも『俺』は彼に感謝していた。にこにこと純粋な笑みを浮かべながら、彼は『俺』に手を伸ばしてきた。

 

「それで、どうだい? 僕と一緒に闘ってくれないか。こういうのは......同盟って言うのか?」

 

 どうしてこんな事になっているのか、それを説明するには、少々時計の針を巻き戻す必要がある。

 

 

__________________

 

 

 バーサーカーから逃げ惑いながら、ライダーはずっと苦痛に顔を歪めていた。

 

「なぁ、ライダー。本当に大丈夫か」

 

「心配、しないで。マスターは黙って私に運ばれていればいいの。だから......っく!」

 

 ぐらり、とライダーの身体が揺れる。

 そのままバランスを保てず、ライダーは『俺』を抱えたまま膝をついた。『俺』は我慢ならず、彼女の腕から降り、へだったライダーの肩を揺する。

 

「おい! やっぱ大丈夫じゃないだろ! ......どうればいいんだ? 魔力が足りないのか?」

 

 耳元で叫ぶように問いかけるも、既に彼女の意識は無かった。英霊は魔力が尽きると消滅する。通常、魔力の補給者たるマスターとさえ繋がっていればその心配はない、さらに言えば、たとえマスターとの繋がりが消えても二日間は現界できると言われている。

 

 しかし、マスターと繋がっているはずの彼女の魔力は時既にゼロに近かった。

 

「どうして! 俺の魔力が足りないって言うのか!? 俺はここまで弱かったって言うのか!」

 

 どうしようもなく真っ暗な世界。

 月は灰色の雲に覆われ、誰かがその虚構に向かって叫んでいる。

 『俺』は血塗れのライダーを抱き上げた。

 彼女が動けないのなら、自分が連れて行くしかない。

 彼女が消滅する前に手を打たなければ、いよいよ終わりだ。

 

「クソッ! こんなところで負けてたまるかっ! 俺は、強くなるんだろ!? いじけてんじゃねぇ!」

 

 『俺』は地上を目指すため、屋上の扉を引っ張る。

 けれど、それはビクとも動かない。

 

「お、おい!? なんで、あっかねぇんだよ!!」

 

 ライダーを一度寝かせ、ガンガンと扉を強引に引っ張った。

 進まなければならないのだ。

 こんな所で死ぬわけにはいかない。いかないのに。

 

 もう、一歩たりとも前には進めない。

 

『俺』は、呆気ないほど簡単に、膝から崩れ落ちた。

 

「俺は......」

 

 涙とともに、笑いが溢れて来た。

 自分が何者だったか、ようやく分かった気がする。

 きっと、どうしようもないクズだったんだ。

 結局何も出来ず、こうして膝を突くしか無かった情けない男。

 何でもない。

 『俺』はきっと、何者でもなかった。

 自分の存在を主張できるような人間では、なかったのだ。

 故に全てを失い、またゼロから始めようなどと、愚かにもそんな目先の救いだけを求めた。

 

「ライダー......ごめんな、俺みたいなヤツがマスターになっちゃってさ......他の魔術師なら、もっとマシに闘えたんだろうな」

 

 ガチャン、とどこかで音がした。

 ここで、『俺』は終わりだ。どこかの誰かに殺されて、『俺』は終わる。

 けれど、それもまた相応しき顛末。

 向かうべき先も、名前も、きっと最初から無かった。ならこの闘いにもう意味はない。死んでも何も、悲しくない。

 

 

「お前はそれでいいのか、ライダーのマスター。僕はお前に闘って欲しいんだがな」

 

 

 _________男が立っていた。

 開くはずのない扉を内側から開き、その少年は『俺』を見下ろしていた。その目は昏く、心から『俺』を嘆き悲しんでいる。

 

「僕はお前たちを助けようと思う。その方法もある。その御代と言ってはなんだが、僕たちと共に闘ってくれないか。_________僕はグラス。ランサーのマスターだ」

 

「ランサーの......マスター?」

 

 グラスと名乗った男のすぐ側には一人の少女が寄り添っていた。白く美しい着物を着た、清らかで、けれど鬼のような重圧を放っているサーヴァント。

 

 グラスは何のつもりか、右腕を伸ばしてきた。

 

「何のつもりだ......俺に利用価値なんて無い。黙って右腕を切断して令呪だけを持っていけ。二つしかないのは悪いが勘弁してほしい」

 

 『俺』は嘆きを地に吐いた。

 これでいい。

 俺ではなく、彼の下で闘う方が彼女にとってもいいだろう。

 もう、負けでいいのだ。

 それなのに。もうやめてしまいたいのに、男は言うのである。

 

「お前、本当にそれでいいのか」

 

「いいんだよ」

 

「足掻くつもりはないのか」

 

「とうに捨てたよ、そんなものは」

 

 ふう、とグラスの重い吐息の音がここまで聞こえてくる。

 しばらくして、グラスは言った。

 

「なら、僕はライダーを殺そう。意識のない、抵抗すらできないこの少女を滅茶苦茶にして殺してやろう」

 

「お、い......どういうつもりだ。俺はお前にライダーをやるって言ったんだぞ!? ちゃんと聞いていたのか!」

 

「ああ、聞いてたぞ。その上での判断だ。_________やれ、清姫」

 

「ふふ......わかりましたわ、マスター」

 

 清姫、そう呼ばれたランサーはいつの間にか手にしていた槍をぐるん、と振るって空を切った。その目には、恍惚とも言える殺意が宿っている。

 

「では、死んでください。名も無きサーヴァント」

 

 容赦無く槍を構えたランサーは迫ってくる。

 打つ手は無い。

 

「_________っらああああぁぁぁぁ!!」

 

 _________打つ手は無いから、『俺』がランサーへ突っ込んだ。そして、槍は容赦無く『俺』の心臓を貫き......

 

「やっぱ、やるじゃねぇかよ」

 

 グラスの声がしたとともに、『俺』の心臓寸前で、ランサーは槍を引っ込めたのだ。

 

「なんっ......!? お前、どういうつもりだ!」

 

「ふん、それはこっちの台詞だ。ライダーのマスター。お前、もう闘わないんじゃなかったのか? 共闘する気が無いのなら、お前たちは僕たちの敵だ」

 

 グラスの言葉に、『俺』は何も言い返すことができない。

 何故だか身体が動いた。本当にそれだけだ。

 

「俺は......弱いんだ。弱過ぎて、ライダーと一緒に闘う権利なんてない」

 

 けれど、もし闘うに足りる理由が無いのなら。

 

「なら僕がお前に闘うべき理由を与えてやる」

 

 グラスはランサーを自分の後ろに下がらせ、辛うじて立っている俺の前へと出てくる。

 その手には、二振りの剣。

 鋭い眼差しとともに、その一振りの切っ先を『俺』へ向ける。

 そして、もう一振りを『俺』の足下へ突き刺した。

 

「もう一度言う。僕は聖杯戦争の参加者だ。故にお前のサーヴァントを駆逐する。お前がそれを構わないと思うのならば身を引け」

 

 そうでないのなら。闘う意志を示すがいい。

 

「ッ!」

 

 『俺』は屋上に刺さった剣を抜き払った。

 直後、マスターとマスターの激突があった。


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