龍燕はエヴァの『氷神の戦槌』をまともに喰らってしまい、氷塊が荒野の地に減り込む。
「なんだ、随分と呆気なかったな。まぁ偽物なら…ん」
エヴァは自分の放った氷塊の異変に気づいた。
氷塊から湯気が上がった。そしてその氷塊は縦に皹が割れ、真っ二つになった。その真ん中、龍燕はゆっくりと立ち上がる。
「いきなり氷塊を落とすとはな、さすがにこれは効いたぞ」
龍燕はエヴァに言った。また龍燕の左の肘辺りが折れたようでぶらんと妙な方向を向いてしまっている。
「貴様が本物か確かめると……言っただろう!」
エヴァは今度は氷の矢を無数に展開し、龍燕に向けて飛ばす。
「仕方ない、な」
無数に飛んでくる氷の矢を、龍燕は右手だけで弾かして防いでいく。
「くっ…闇の吹雪!」
エヴァは龍燕に向け、広範囲に魔法を放った。龍燕のいたところの一帯は、龍燕ごと凍りつき、氷の柱がいくつもできた。
「ハハハハハッ!偽物の貴様など、所詮その程度だ!」
荒野にエヴァの笑い声が響き渡る。
「偽物、か」
「ハハ…ハ、へ?」
エヴァの後ろで、龍燕は苦笑しながら宙に浮いていた。
「い、いつの間に移動した?!確かにあそこには氷柱になった貴様が……?」
地上に出来た龍燕の輪郭のある氷の像。しかしよく見るとその中身は何もなくなっていた。
「ん?ああ、簡単だ。
「くっ…はっ!う?!」
龍燕は一瞬でエヴァとの距離を縮め、エヴァの生成し展開した氷の矢を飛ばす前に炎を纏わせた右腕の一振りで蒸発させた。
「あの時を覚えているか?」
「あの時?」
「俺が森でお前を助けた時の事だ」
「助けた時だと?……そうか、やはりお前は本物だったか」
エヴァはやっと龍燕を本物と認め、戦闘は終わったと龍燕は安心した。
「あの時……その、何だ……」
「どうしたんだ?」
歯切れの悪い龍燕の言葉にエヴァは顔に?を浮かべる。
「これを見てくれ」
龍燕は武己から何かの書類を取り出し、それをエヴァに見せた。
「ん……これは!」
「これを俺の署名入りで提出すれば、お前の賞金首は完全に失効となる。 それでもう追われる事もなくなる」
その話に自分の耳を疑うような顔をするエヴァ。そして龍燕を鋭い目で見た。
「何故だ……?」
「そうだな、お前の意思を無視して賞金首を取り消していいか分からなかったからなぁ……」
「そうではない!何故私の為にそこまでする!?その書状を発行させるのも一筋縄では行かなかったはずだ!下手をすれば英雄といえども命の危険だってあったはずだ!何故だ、何故貴様は私の為にそこまでするんだ!私には貴様の事が理解できない!」
エヴァは龍燕に怒鳴りつける。龍燕は一度目を閉じ、一呼吸してから真剣な目でエヴァを見た。
「そうだな、はっきりと言おう」
龍燕は武己に書類の束を戻し、『スクロール』を出した。
このスクロールは最上級で、記された内容は魂にまで刻み込まれ、約定を違える事は出来なくなる。約定を破らざるを得なくなったとき、その時は死を持って対価を払う事となると言うものだ。
「俺はあの時、お前に惚れてしまった。エヴァンジェリン、お前のことが好きだ」
「私に…惚れた、だと?私は……私は吸血鬼だぞ?お前は吸血鬼に惚れたのか?」
「言葉に嘘、偽りはない。俺はお前を、一人の女性として好きになった。お前が吸血鬼であろうとなかろうと、この気持ちは変わらん。それに、たとえ俺がこの告白で拒否をされ片思いに終わったとしても、お前に掛かってるその呪いは俺が必ず解いてやる!」
龍燕はエヴァの目を見て自分の気持ちを訴えた。エヴァは目を見開く。そしてすぐに下を向いた。
「……お前は馬鹿のようだな」
「ああ、確かに俺は馬鹿かも知れない。次いつ会えるかもわからなかったお前を、15年も片思いを続けてきたからな」
龍燕は手に持ったスクロールを開いた。
「この『スクロール』と言うのに、俺は誓いの言葉を書き記し、手配書をすぐにでも消せる様にまでして、長く…持ち続けていたからな。もし嫌ならスクロールに署名しなくてもいい。だが、お前に掛けられたその呪いは必ず解くと約束する」
エヴァは笑みを浮かべた。
「やはりお前は……本当の馬鹿だ」
「ああ、俺は確かに武闘派に傾い「私が言っているのはそういう事じゃない。私が言いたいのは『鈍感』だ」」
声を上げ遮って言い出したエヴァの言葉に、龍燕は驚きの表情を浮かべる。
「実は私も……お前と同じく『片思い』を15年間続けてたんだ」
「そういう事は…」
「そう。私はお前に出会い、私が吸血鬼であると言っても態度を変えず、それがどうしたと言わんばかりにお前はいたからな。初めてだったよ……私が吸血鬼と明かして、純粋に可愛いと言う言葉が返って来たのは。私は、あの日からお前の事を忘れたことがない。忘れられなかった。いくら『吸血鬼と人は結ばれない』と、そう考えて気持ちを抑えようとしても、私はまた龍燕に会いたいと考えてしまう程に」
エヴァは一区切りして話しを続ける。
「私はお前の仲間である、ナギ・スプリングフィールドを偶然にも見つけ、お前の行方をなんども聞いた事があった。それが原因でここに縛られてしまったが……。それでも15年間、私もお前を想い続けた。私の事を忘れているんじゃないのか、あの時の言葉は嘘だったんじゃないのか、あれは…幻だったのか。そう想う度に胸が張り裂けそうだった」
エヴァは顔を上げた。その目からは涙が流れていた。
「つまりそれは……」
「鈍いにも程があるぞ。私はお前の事が好きだと言ってるんだ。それを貸せ」
エヴァは龍燕からスクロールを取り上げて、誓いの言葉を見た。
『灼煉院龍燕はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを裏切らない。
死が二人を別つその時まで、二人は互いを裏切らず、二人は約定を違えない。
灼煉院龍燕はその命の灯火が消え去るまで、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを護り続ける』
エヴァは小さく笑い、自分の指先を噛み千切る。魔力が込められた自分の血で、自分の誓いを書き加えた。
『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは灼煉院龍燕を裏切らない。
死が二人を別つその時まで、二人は互いを裏切らず、二人は約定を違えない。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、その命在るまで灼煉院龍燕を支え続ける』
「さぁ、署名したぞ。刻め」
「いいのか?呪いを解いてからじゃなくて」
「愚問だ。この気持ちは変わらないし、なりより『裏切らない』と、それに書いたからな。何年掛かろうとこの呪い、解いてもらうぞ」
エヴァはスクロールを龍燕へ渡した。
「そうだな」
受け取った龍燕は頷き返し、スクロールを放って解放した。スクロールは二つに解け、光となると二人の身体へ入り、二人の魂に刻まれる。その際、龍燕の九天の書の防衛機能が働こうとしたが、龍燕は管理者権限で黙らせた。
「これで、お前は私を裏切れなくなった」
「あぁ、俺はお前を裏切れなくなった」
一拍起き、再び口を開く。
「そして、お前は俺を裏切れなくなった」
「あぁ、私はお前を裏切れなくなった」
二人は近寄り、龍燕は少ししゃがみ、唇を重ね合った。