その日、少年はとある科学者の家である事件を調べていた。事件の内容は17年前、アメリカのホテルで将棋の棋士が何者かに襲われて死亡したと言うものだった。一件ただの殺人事件に見えるがそうではない。何故なら先日その殺された男性に対しこんな話があったからである。
「あなた知ってる?羽田浩司。」
「ああ。七冠王に一番近いと期待されてた天才棋士だったけど、趣味でやってたチェスの大会に出場するために渡米してて、その最中に何かの事件に巻き込まれて亡くなったんだよな?ってその棋士がどうかしたのかよ?」
「その名前、見た覚えがあるのよ。APTX(アポトキシン)4869を飲まされた人物リストの、あなたの名前の2つ下にね。」
APTX(アポトキシン)4869。それはカプセル状の薬で飲んだ人間を死に至らしめる恐怖の毒薬である。だが稀にその薬を飲んで幼児化してしまう人間がいる。少年もまた然りその薬を飲まされた人物であり、その話を持ちかけた彼女もまた同じである。
「部屋はかなり荒らされていて殺される際、羽田も抵抗したようだが直接の死因は不明。同日、同じホテルの別の部屋で亡くなっていたアメリカの資産家、アマンダ・ヒューズの死因も分かっておらず、アマンダが羽田の大ファンでこうりゅうがあった事や、その日以来、アマンダが帯同していたボディーガードが姿を消している事から、アマンダが浅香と呼んでいたボディーガードを最重要容疑者として行方を追っているがその消息はつかめていない。」
17年前に殺害された2人は互いに顔見知りで交流があったようだ。その内の1人アマンダ・ヒューズに至ってはアメリカの連邦捜査局であるFBIやアメリカの中央情報局であるCIAとも顔が利く人物であると噂されている。やがて少年が記事をスクロールしていくとある写真にたどり着く。その写真には割れた鏡が写っておりそこにはPTONと書かれていた。PTON、このままでは意味が分からない少年に対し側で見ていた少女が呟いた。
「入っていた文字は多分、PUT ON MASCARA。」
PUT ON MASCARA。それは当時マスカラに手鏡を付けて売り出して大ヒットを果たしたとある化粧品メーカーの品である。その割れた手鏡の写真の隣に被害者の右手の写真が写っており、そこにはハサミを握りしめていたあとが残されていた。事件の真相が事細かく写し出されているのもまた、誰かが定期的にアップしているからである。まるでこの謎を解いてくれと言わないばかりに。そして、ハサミを握りしめていたと言う言葉に側にいた科学者が反応を示す。どうやら、今朝殺人事件があり、被害者がその科学者の発明したハサミを握って亡くなっていたと言うことで、ハサミの説明をするために現場に呼ばれていたそうである。これから事件現場に向かおうと言う時に1人の男性が話に割って入る。
「よろしければその事件の現場、私も同行させてもらっても構いませんか?」
「す、昴さん何で!?」
「少々肉じゃがを作りすぎてしまったのでお裾分けに。」
「い、いやそうじゃなくて何で事件現場に?」
「その事件、気になることがありまして。」
「んじゃ早くその現場に行ってみようぜ?」
こうして、少年と科学者と男性の3人は事件現場へと足を運ぶ。事件現場は被害者の実家のお屋敷の離れにある風呂場の脱衣所で死因は鈍器による撲殺。離れの別の部屋で襲われたあと風呂場の脱衣所に逃げ込むも扉を破られて止めを刺されたそうだ。被害者の手には科学者が発明したハサミが握られている。扉の入り口にはガラスの破片が散らばっており、ガラスには文字が入っているようだ。ちょうど同じものと思われるコップが現場の洗面台に置かれている。状況説明をしているのも束の間現場にまた1人警視庁の幹部と見られる男が入ってくる。
「おう。入るぞ。」
「関本補佐!?どうしてあなたがこちらに!?」
「ちょっと気になることがあってな。しかしこりゃ派手に争ったみたいだな。」
関本補佐が現場に立ち入り辺りを見回すと外へ出ていった。
「あの、もうよろしいのですか?」
「ああ。ちょっと別件があってな。あとは任せたぞ。」
そう言って姿を消す関本を少年と男性は何処か怪しげな表情で見ていた。そして科学者が警察に尋ねる。
「あの?今の方は?」
「ああ。彼は関本さんと言ってな。先日黒田管理官の補佐として警視庁に配属された警部だよ。」
「そうですか。」
程なくして警察と少年たちによる事件の捜査は再開される。被害者の名前は樋山邦寿と呼ばれる男で不動産会社の社長を経営している。かなりの悪質な地上げをやっていたため周囲の評判はよろしくなかった。事件の状況を聞く内に1人の男性はあることに気付いた。そう。この事件は17年前の羽田浩司殺害事件の内容と酷似していたのであった。その一方で関本は事件現場から少し離れた場所で誰かと電話していた。
「ああ。少々殺人事件があったみたいでな。何すぐに解決するさ。」
程なくして事件が解決し、少年と男性はスマホとタブレットを取り出すとある文字を入力している。
「PUT ON MASCARA。そこからPTONを取り除き残る文字は、U、M、A、S、C、A、R、A。やけにAが多いな。」
「そこから並び替えると、ASACA。CAは恐らくKA。残る文字を並び替えると。」
『RUM』
夕方関本はとある男と会っていた。
「随分遅かったな。オッサン。」
「悪いな。やっと目処が付いた所でな。それでそっちはどうだ?」
「ああ。こっちはいつでも準備OKだ。あまりに暇だったから昼間聞いた事件の謎も例の暗号もとっくに解いちまったくらいだからな。」
「そうか。」
とある男。彼もまたPUT ON MASCARAの暗号を解いていた。暗号に記された、ASACA、RUM。それらの正体を知るのはまだ先の話となるだろう。