異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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やぁ、天の声だよ。久しぶり、かな。

青葉「恐縮です、青葉です!」

まぁこれを書く時は大体久しぶりなんだけどね、月単位で。

青葉「特に今回はイベントを挟んでましたからねぇ、仕方がないですよ提督。」

うむ。今回既存の図鑑が二つ埋まりましたが、新規の図鑑のうち一つが埋まっていません。ついでに出演不可が2隻出た為、相対的に出演不可能艦娘は増えています。が、これは朗報と言えるでしょうか、第四駆逐隊が全員集結します。

青葉「念願叶いましたね!」

本当だよ。個人的に舞風のいる第四駆逐隊は思い入れが非常に強いので、それを小説で全員集合させられたら、と思っていたんです。

青葉「舞風さんと野分さんは、トラック大空襲で生き別れになってしまいましたからね・・・。」

そうだね、それを知った時、自然と涙が出て来たもんだから・・・。

青葉「と言っても艦娘のイラストを見て、ですよね。」

舞風の手袋を、野分がかしずいて外してるイラストなんだけども、野分実装当時、実は舞風を除籍(解体)して予備艦籍(復帰予定艦娘リスト)に入れてたんだよね。それで、野分実装って聞いたから艦歴は調べてたんだ。その時は流してたけど、そのイラストを見た時、ウィキで見た舞風との別れの一節が頭に浮かんで、気付いたら涙が出てた。

青葉「それは、どういう涙だったんですか?」

感動、ではなかったね。途轍もない悔恨の念に襲われたのは覚えてる。改めて野分の艦歴も見て、俺はこんな子を野分から遠ざけてしまったのかと思ったね。それから慌てて舞風を復帰させて、野分と共に戦列に加えた、と言う訳さ。その頃はまだ100枠しかなかったからつらい時期だったけどね。無理を押したのは言うまでもないかな。

青葉「成程・・・。」( ..)φメモメモ

・・・記事にしたって読者は釣れんぞ。

青葉「提督達の泣ける話って事で一つ・・・。」^^;

却下。

青葉「むー・・・。」

と言う事でだ。

舞風「こんにちわー! 陽炎型駆逐艦、舞風です~!」

ゲストで呼んだ、うちの舞風。

舞風「呼ばれた~♪」

青葉「また・・・聞いてませんよ提督・・・。」

そう言うお前はなんか劇場版のラフで改二の絵があったな?

青葉「楽しみです!」

ハイハイ本題行こう。

青葉「あ、分かりました。」

舞風「いっちゃおー!」


今日の冒頭は、前回取り上げた「AN/MI作戦」です。

これは、ミッドウェー(MI)作戦が主、アリューシャン(AN)作戦が支作戦で、日本海軍が策定した第二段階作戦の、言わば二つの要の一つです。

・第二段階作戦とは?
 第二段階作戦は、山本五十六以下の連合艦隊(以下・GF)司令部が、蘭印作戦(第一段階作戦、開戦劈頭の攻勢最終段作戦)の終結後、次なる対米攻勢作戦として計画した、海軍の計画大綱の様なもの。
と言えば聞こえはいいものの、実際には陸海軍共同で、南はフィジー・サモア領諸島、北はダッチハーバー、西はハワイ諸島に至るまで、太平洋上の米軍基地を全て確保して、豪州を孤立させ、オーストラリア政府を屈服させる事を第一義に置いた、途轍もなく壮大な作戦でした。
 MO作戦(ポートモレスビー攻略作戦)はその第一作戦で、その途上起こったのが最初の空母決戦である、珊瑚海海戦です。

GF司令部としては、米国に対して連続した攻勢によって打撃を与え続ける事によって、米国国民をして厭戦感情を引き起こし、有利な条件で和平を結ぶ事を狙っていました。

山本五十六 GF司令長官はの持論と言う事でも有名な話ですが、実際には第一段階作戦の終了後、各所とのすり合わせが出来ぬまま、1か月を無駄に費やす事になります。ミッドウェー作戦についても、太平洋を海軍の管轄と見做す陸軍の反対が特に強く、大本営も連合艦隊諸艦隊司令部も反対が大勢を占めていました。

しかし1942年4月18日、日本陸海軍を震撼させる出来事が起こります。


――――――“東京初空襲”。


ハルゼー提督指揮下の空母、エンタープライズに守られた、空母ホーネットを発艦した18機の中型爆撃機、B-25が、突如として東京をはじめ4都市を空襲します。

被害は左程ではなく、参加機は1機も健在で残りはしませんでしたが、問題は、それが艦載機ではなく、“中型爆撃機”によって行われた事でした。

中型爆撃機なら航空基地から飛び立つもの、まさか空母から発艦するとは夢にも思わなかったのです。まして空母の存在は空襲前から掴んでいたにも拘らず、その海面は敵艦載機の航続距離外であり、且つ、発艦させると予測した時刻から、1日程度早かった事が、大本営を驚かせます。

この頃、アメリカの報道がにわかに、「シャングリラ」と言う地名を報じ始めます。アメリカ海軍の高官が、記者の「B-25は何処から発進したのか」と言う質問に「シャングリラから」と答えたと言うのです。日本海軍はシャングリラとは何かを考え、結果それが、ミッドウェー諸島の暗号名ではないかと思い当たります。

海軍はこの予測を基にして各所を説得、結果、それまであった反対の声は、皇居を空襲の脅威にさらし続けることは得策でないとして静まり、山本長官の職を辞する事も辞さないと言う強圧的な圧力もあり、なぁなぁの空気で実施計画が決定してしまったのです。

この頃、海軍は連戦連勝で驕り切っていました。

情報統制は甘く、芸者や散髪屋までもが、次の作戦地「ミッドウェー」を知っていました。暗号で「AF」と呼んでいたにも拘らず、です。ハワイ作戦の時は、直前まで艦長以下は誰も知らなかったそれが、いとも容易く知れ渡ってしまったのです。

一方で、暗号符牒であったAFは、太平洋艦隊の麾下で暗号解読に従事していたロシュフォート少佐の機転で、ミッドウェーと暴露されてしまいます。これは完全に解読されていた、と言う事ではなく、一個人の機転によるところが大きいものの、「AFで真水が不足している」と言う偽電文は有名です。

話を日本側に戻しましょう。

 具体的な作戦立案に当たっては、日本海軍開闢以来の大戦力が投じられる事が決定します。その主力部隊は山本長官直卒、戦艦大和以下選抜の艦艇で構成され、前哨部隊として南雲忠一指揮の第一航空艦隊、近藤信竹中将の第二艦隊がこれに続き、田中頼三少将の第二水雷戦隊が、陸軍一木(いちのき)支隊と海軍陸戦隊による上陸部隊を積んだ輸送船団18隻を護衛。
 主力部隊の前衛として、高須四郎中将の第一艦隊を配してこれを固め、先遣部隊として第六艦隊の潜水艦を、敵艦隊予想航路上に配陣し、索敵及び奇襲の任を負わせ、更に第五艦隊を中心にした北方部隊を編成してアリューシャン列島方面に進出させ、アッツ・キスカ両島攻略を行うと同時に、ダッチハーバーにある敵港湾施設及び在泊艦艇を、空母により撃滅すると言う、非常に規模の大きなものでした。

 その参加艦艇は100隻を下らず、参加空母8隻に搭載された艦載機はおよそ350機近くにも上るかと言う、太平洋戦争はおろか、過去の戦役でもない様な、日本海軍史上最大スケールの作戦でした。

舞風「私も、のわっち達と一緒に参加してたんだ~! 一航艦の護衛として最前線にいたんだよね! この時第四駆逐隊司令だったのが、後に大和六代目艦長、最後の艦長になる、有賀幸作大佐なんだよね~。まぁ、やった事は、赤城の雷撃処分だったけど・・・。」

青葉「私はその頃南洋部隊である第四艦隊に所属していたので、出撃命令とはなりませんでした。」

ま、第四駆逐隊はこの時喪失艦も無く帰還してるね。嵐で1名死亡者は出たけれども。

 目的は、ミッドウェー島を攻略し、その後で慌ててやって来るであろう敵機動部隊を撃滅する事に趣旨が置かれ、一見主副の目標区分がある様に聞こえますが、実際には目標が主目標として二つ併記されていた事が、用兵の混乱を招く事になります。

ただ、当時アメリカ海軍は余りにも弛緩し切った日本海軍の暗号を、長期に渡る解読作業で大凡解読出来る様になっていました。よって、これら参加艦艇の陣容は、大凡分かっていたとも言われています。が、これはこの時使われていた海軍D暗号の話です。その他の暗号がその当時どの程度の強度を持っていたかは、文献に依る他はないでしょう。

敵の手の内が分かっている以上アメリカ海軍も馬鹿ではありません。しかし、直ちに出動し得る戦力は僅かに空母3隻を中心とし、病気療養中のハルゼー中将に代わってレイモンド・A・スプルーアンス及び、フランク・J・フレッチャー(ハルゼーの後任)の二人の少将が指揮する、第16/17任務部隊のみでした。

残りの戦力は真珠湾の海底か、修理中ないし他所へ派遣していた為、まとまった戦力はこれだけでした。

しかしニミッツ太平洋艦隊司令長官は、GOサインを出します。かくして、アメリカ軍にとって悲壮な決戦は幕を開けたと言えます。


・・・ここから先は語らずともお分かりかと思います。

日本海軍は、度重なる錯誤を犯した結果、空母4隻と重巡1隻を失う大敗を喫し、ミッドウェー攻略も果たせぬまま、作戦は中止に終わります。かくして、真珠湾以来の大博打は、仇となる結果となりました。


この作戦が認可された理由の一つに、山本五十六がハワイの時と同じく、やらないんならやめるって言ったのと、当時山本長官が「作戦の神様」って言われてたってのがあるんよね。

青葉「そう言うのって厄介ですよね、実際の実力が分からないって事ですし。」

そうだね、余り崇められては実際のイメージとかけ離れる事になる。そうなってしまったのも、当時日本海軍が如何に気楽に戦争をしていたか、と言う事が、この戦いで浮き彫りになったと言えるだろうね。

舞風「“軍議は戦わず”と語った人が、戦争の最前線に立ったって言うのは、皮肉だよねぇ~。」

全くその通りだな。

さて、そろそろ本編に行こうか。気付けば4000文字だよ前書きで。

青葉「盛大にやらかしましたね・・・。」

今回のお話ですが、轟沈表現が苦手な人、閲覧注意です。

舞風「そんじゃ、本編スタートッ!」


第3部3章~刹那に吹雪は過ぎ去りて~

ミッドウェー戦を終えた横鎮近衛艦隊。大損害を受けはしたものの、またもや喪失艦はなしと言う奇跡を成し遂げ、彼らは遂に、サイパンへと返ってきた。

 

 

2053年8月28日19時16分(サイパン時間) 司令部前ドック

 

提督「入港終了っと。タラップを降ろそう。」

 

明石「はい。」

 

実に3週間以上に渡った大遠征であったが、彼らは見事凱旋を果たした。

 

提督「さぁて、行こうか。大淀が出迎えててくれる筈だ。」

 

明石「はい! それにしても疲れたぁ~!」

 

提督「お疲れ様。ひと段落したら休んでくれ。」

 

明石「そうさせて貰います。」

 

直人と明石は、連れ立って艦橋を後にした。タラップからは既に、気の早い艦娘達が岸壁に降り立っていた。

 

 

提督「やぁ大淀。」

 

大淀「て、提督、お疲れ様でした・・・大丈夫ですか?」

 

 サイパンに足を降ろした直人は、開口一番大淀にそう聞かれてしまった―――と言うのは、彼は左腕を首から吊り下げていたのだ。折った骨がまだ完全にはくっついていないからである。ついでに、全身に包帯を巻いているが、これは殆どが第二種軍服で隠れている。

 戦い終わってボロボロになった第二種軍服だったが、替えを持っていた為問題なかった。尤も、ボロボロと言うより、血糊と焦げ落ちた結果ボロ布同然になっていて、下着までも一部焦げ落ちていたが。

ただ、艤装による身体防護が効いていなかったら、彼はとうの昔に死んでいるか、少なくとも五体満足では済まなかっただろう。

 

提督「ま、なんとかな。少なくとも、足は動かせる。」

 

大淀「は、はぁ・・・それなら宜しいのですが。」

 

 だが重傷なのは変わりない。事実、彼は左大腿部・下腿部と、右大腿部に、打撲痕やら骨にヒビやら最悪一部が砕けていたりで、それで一時は立ってはならないと言われた程なのである。

ついでに言えば、ボロ纏っている状態に負けず劣らず体も傷まみれ、破片が刺さっていたところまであったのだから、推して知るべしだろう。出血も比較的酷かったのだから、あの時最後に崩れ落ちた時は、立つ立たないではなく、痛みと出血のせいで立てなかったのだ。

 

提督「さぁ、部屋に戻るか。雷に数日安静って言われた。」

 

大淀「と言う事は、相当重傷だったのですか?」

 

提督「まぁな、大分治ってきたとはいえ。」

 

大淀「そうでしたか・・・書類の決裁は出来そうですか?」

 

提督「判を押す位だな。」

 

大淀「分かりました・・・。」

 

 

8月29日7時18分 提督私室

 

提督「―――。」ピクピク・・・

 

微妙な笑みを浮かべつつ眉間が震えている直人。と言うのは・・・

 

大淀「・・・。」ニコリ

 

 大淀が書類を持ってきたからである。確かに、判を押す程度は出来る、とは言ったが、本当に判を押すだけの決済前の書類を持ってこられたのである。

ついでに言うと、サインは大淀が直人の筆跡を真似て書いてある。直人は三角巾で腕を吊っており、左腕はまだ暫く使えない。と言うのも、折れた方の腕の骨は、完璧に砕け散っていたからである。

 

どうにか組み合わせこそしたが、治癒するには時間がかかると言うのが、雷の所見だった。

 

提督「・・・大淀よ。」

 

大淀「なんでしょう?」

 

提督「偽筆は流石に不味いだろう。これ、いくらうちがシャドウフリートと言っても公的文書だぞ。」

 

大淀「ですがそうしないと、提督が書類を決裁できませんから。」

 

提督「―――大淀。」

 

大淀「はい?」

 

言い募った大淀に、直人が声色を変えてその名を呼ぶ。それは普段ちゃっかりした彼のそれでも、まして、普段の平静な言質とも異なっていた。

 

提督「真面目も結構、確かに、それはお前の良きところでもある。」

 

大淀「は、はぁ・・・ありがとうございます。」

 

提督「だがな大淀。一つ言いたい事が出来た。」

 

大淀「は、はい。何なりと―――」

 

提督「その手だけは、汚してくれるな、大淀。」

 

大淀「―――!」

 

提督「お前達は艦娘だ。艦娘である以上、その手は汚れざるを得ないのだろう。手を汚すなと言うのは筋が違うかもしれん。だがな大淀。」

 

言葉をとぎってから、彼は続ける。

 

提督「―――武人として、“敵の血で”手を汚す事と、“己の嘘で”手を汚す事は、意味が違う。前者には命を奪った事への責任を背負う覚悟がいる。無論それだけではないが、後者には、自らが嘘をついた責任、それによって他者に迷惑をかけた責任、それによって発生した多くの事を背負う覚悟と、“義務”が生じる。言いたい事が分かるかな?」

 

大淀「提督は―――戦場以外で、私達が手を汚す事は“あってはならない”。そう、仰りたいのですか?」

 

提督「物分かりの早い奴は嫌いじゃない。分かってくれるかな? 大淀。」

 

大淀「分かりました、出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。」

 

そう言って頭を下げた大淀に、直人がこう言った。

 

提督「分かれば結構。万が一書類を紛失した際に使う予備があったな?」

 

大淀「はい、あります。」

 

提督「それを使うとして、これは処分してくれ。」

 

大淀「了解しましたが、中には書類を更新しなければならなくなるものもありますが、どう致しましょう?」

 

提督「その時はその時だ、いつものように纏めて決済する事にする。」

 

大淀「分かりました。では、これで・・・。」

 

そう言って大淀が、持ってきた書類を手に、彼の部屋を辞去した。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ~。」

 

金剛「失礼するネー。」

 

入れ替わりに現れたのは金剛である。

 

提督「マメにお見舞いに来るねぇ金剛。」

 

金剛「それは、ソノォ・・・。」

 

提督「・・・?」

 

首を傾げた直人に、金剛はこう告げた。

 

金剛「テイトクの顔を見てないト、落ち着かない、と言うか・・・あうう・・・よく分かんないデース。」

 

提督「ふふっ、あっはっはっはっは!」

 

金剛「ちょっ、どうしてそこで笑うんデスカー!?」

 

提督「いやぁ、金剛もそう思う事があるんだなぁって、ちょっと意外だったからさ。ごめんごめん。」

 

金剛「ワタシ普段どういう目で見られてるんデスカ・・・。」

 

提督「能天気吶喊ガール。」

 

金剛「失礼の度を越してビックリデース!?」

 

提督「フフフッ、まぁ、そう言う事なら毎日来てもいいぞ。まだ数日安静って言われたけど。」

 

金剛「では、そうさせて貰うネー。」

 

至って和やかな雰囲気で言葉を交わす二人。金剛は知らぬとはいえ、あれだけの事を言ったとは思えない直人であった。

 

金剛「今日も紅茶を持ってきたネ。」

 

提督「あぁ、サンキューな。今日は何だい?」

 

金剛「レモンティーデース!」

 

提督「お~、いいじゃない。御馳走になろうかな。」

 

金剛はお見舞いの時はなぜか紅茶を淹れて持ってくる。直人が好きだと言うのもそうだが、単に金剛が淹れたいだけである。利害の一致が成立している訳だが、金剛も直人が飽きっぽいのは知っているから、度々違う紅茶に変えているのである。そこまでするのか金剛よ。

 

 

 9月3日、漸く雷からのドクターストップが解除され、直人が職務に復帰してきた。この段になると、明石や金剛の努力でどうにか艦隊は駆逐艦による洋上近海警備程度は出来る様になり、艦隊は外面的には、リスタートと言えるようになってきた。

しかし主力艦は全く修理が進んでいないから、何とも言えない所であった。

 巨大艤装『紀伊』について言えば、これは完全に大破していた為、昼夜兼行で修復をしている所であった。ただ、こうした修復中でも、戦闘データを基にした改修が随所に盛り込まれるため、修理前後では別物、と言うのも間違いではない。

 

 

10時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「~♪(日本/太平洋行進曲)」サラサラッ

 

直人はご機嫌で自身のサインを書いて判を押しまくっていた。なんでも久しぶりにやると新鮮なものである。

 

大淀「・・・。」

 

金剛「・・・。」

 

が、普段見せない彼の様子に、二人揃ってキョトンとしていた。

大淀「・・・何かあったんですか?」

 

金剛「サァ・・・?」

 何かあったのかと聞かれた所で、今回は金剛も何もしてないし知らないので、ただただ首を傾げるばかりと言う状況であった。

因みになんでここまでご機嫌かと言えば、単に久々に部屋から出られたせいか、何をやっても楽しいと感じるだけである。アウトドア派であるからかどうかはさておいて、じっとしているのは性に合わないのだろう。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「入ってどうぞ~。」

なんでここまで機嫌がいいのか、随分砕けた様子だが、その声を受けて入って来たのは明石である。

「失礼します!」

 

提督「明石か、修理状況どう?」

 

明石「紀伊の方は腰部艤装の修復が間もなく終わります、主砲他武装についてはもう少し時間を下さい。」

 

提督「すぐ出撃ではないから大丈夫だぞ。」

 

明石「それもそうでした。」

 

明石は主力艦の修理が捗々しくない事を思い出して納得する。

 

提督「で、本題は? お前の事だ、そんな分かり切った事を報告する為に来たのではあるまい?」

 

明石「ご明察、恐れ入ります。」

 

提督「勿体ぶらずに言え、私は忙しいんだぞ。」

 

明石「アッハイ。修理が今一段落してるので、ドロップ判定をと思いまして。これまで修理もそうですが、提督が静養されていたので、取り掛かる事が出来なかったものですから。」

 

提督「それを早く言いたまえ、終わったら言ってくれ。」

 

明石「畏まりました!」ダッ

 

言うなり執務室を飛び出す明石であった。明石が廊下を走る時は大体忙しい時である。

 

提督「~♪」

 

そして、全く動じることなく全く同じ調子で書類の山を次々に消していく直人であった。

 

 

11時10分、少し遅いなと思い始めた頃に呼び出しを受けた直人は、建造棟の判定区画にやって来ていた。

 

提督「・・・で。」

 

明石「・・・。」^^;

 

提督「明石さん?」^^#

 

明石「な、なんでしょうか?」^^;

 

提督「終わったって聞かされてきたのに待たされてるのは一体どういう了見なんですかね?」オニオコ

 

明石「ちょ、ちょっと~、調整の方が・・・。」滝汗

 

来たまではいいのだが御覧の有様である。

 

明石「あ、終わったみたいです! 皆さんどうぞ!」

 

提督「ぬー・・・日程がぁ―――ん?」

 

と言いながらドロップ判定区画の部屋から出てきた陣容を見た直人は、異様なまでの既視感を覚えた。

 

提督「・・・。」(´・ω・`;)

なんて言えばいいのか分からなくなりつつあったが、取り敢えず自己紹介して貰う事にした。

 

と言う事で今回戦列に加わった艦は総勢5隻である。

 

あきつ丸「自分、あきつ丸であります。艦隊にお世話になります。」

 

提督(陸軍のとっておき、『陸軍丙種特殊船』か。)

 

雲龍「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました。提督、宜しくお願いしますね。」

 

提督(戦時急造型正規空母の第一号艦だな。どこまで使えるか・・・)

 

時津風「陽炎型駆逐艦10番艦、時津風だよ!」

 

提督(お、雪風は喜ぶぞこれは。)

 

瑞鶴「翔鶴型航空母艦二番艦、妹の瑞鶴です。」

 

提督(・・・姉妹揃うの早かったな。)

 

そして、既視感の正体が・・・

 

大淀「提督、お待たせしました。軽巡大淀、戦列に参加します!」

 

提督(マジかよ・・・。)

 

明石「どうです? 驚かれたでしょう?」

 

提督「あぁ全くだ、遂に大淀が戦列参加とはな。」

 

異様なまでの既視感の正体は大淀であった。それはもう毎日見ている姿である。

 

大淀「これで、出撃しても執務が出来ますね。」

 

提督「出来るかァ! 滞らなくなるけど発送できないだろう!?」

 

大淀「あ、それもそうですね・・・。」

 

提督「俺としちゃぁ、ピクニックが研修旅行になる事の方が問題じゃ。」

 

明石「て、提督・・・。」^^;

 

瑞鶴「フフッ、随分楽しそうな艦隊じゃない。」

 

提督「あぁ、勿論だとも。4人共歓迎するよ。今日の訓練は――――もう終わりかけてる時間だな、明日から合流して貰おう。」

 

瑞鶴「分かったわ。」

 

時津風「はーい。」

 

雲龍「了解。」

 

あきつ丸「承知したのであります。」

 

提督「では大淀、案内任せる。」

 

大淀「承りました。」

 

提督「さて、残りの書類片付けっか~。」

 

文字通りそしていつも通り艦娘に案内を丸投げした直人は、さっさと執務室へと戻って行ったのでした。

 

 

12時03分 中央棟2F・提督執務室

 

<あ、翔鶴姉! 翔鶴姉もこの艦隊にいたんだ!

<瑞鶴じゃない! と言う事はさっきここに来たのね?

 

提督「よし終わったァ!」

 

金剛「お疲れ様デース!」

 

提督「さぁメシだメシ~。」

 

金剛「食堂にレッツゴーデース!」

 

いつでも(?)ハイテンション、それが金剛である。

 

 

12時05分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「~♪」

 

てなわけでご機嫌に食堂にやってきた直人。金剛とは入り口で分かれている。

 

提督「お、よう翔鶴。」

 

翔鶴「あ、提督。こんにちわ。」

 

瑞鶴「ん、提督だ。」

 

提督「よう瑞鶴。」

 

気軽に声をかける直人。翔鶴もこうしたやり取りはもう慣れている。

 

翔鶴「お食事ですか?」

 

提督「まぁね~、仕事も片付いたし、今日も午後はゆっくり出来そうだよ。」

 

瑞鶴「・・・ふ~ん? 提督って、ここでご飯食べるんだ。」

 

提督「ここ以外に無いしな。自炊出来はするけど、やっぱり皆で食った方が美味い。」

 

瑞鶴「一理あるわね、成程・・・。」

 

翔鶴「どうでしょう、宜しければ、御一緒にどうですか?」

 

提督「なら、付き合いましょうか。」

 

翔鶴「はい!」

 

そんな訳で、翔鶴型姉妹と相席する事になったのである。

 

 

提督「訓練の調子はどうだ翔鶴。」

 

翔鶴「はい、いい経験を積ませて頂いて、演習でもいい戦果を出せるようになってきました。」

 

提督「おぉ、そうか、そいつは良かった。遥々ミッドウェーまで連れて行った甲斐もあったと言うもんだし。」

 

瑞鶴「えっ、提督さん達、あのミッドウェーに行ったの!?」

 

思いっきりがっついてくる瑞鶴。まぁいない時期なのだからしょうがないのだが。

 

提督「2週間位前だけどね、出撃したよ。」

 

瑞鶴「えええぇぇ~、いいなぁ~!」

 

提督「そうごねるなって、次の出撃にはどうにか同行出来るようにするから、な?」

 

瑞鶴「ほんと!?」

 

提督「あぁ。その代わり、しっかり訓練に励めよ? 練度がない者を戦場に出す程、我が艦隊は不便してないしな。」

 

瑞鶴「分かった。私、頑張るから。」

 

提督「うむ、その意気だ。」

 

満足げに直人は頷いて見せるのであった。

 

提督「何なら俺が稽古つけてやろうか。」

 

瑞鶴「え、どう言う事?」

 

提督「教える前に、やるかやらないか、どっちにするよ。」

 

瑞鶴「ま、まぁやるけど・・・。」

 

提督「なら飯食って一休みしたら、司令部前水域に来てくれ、完全武装でな。」

 

瑞鶴「う、うん・・・。」

 

翔鶴「提督?」

 

提督「うん?」

 

翔鶴「お手柔らかにお願いしますね?」

 

提督「フフッ、それもそうだな。それについてはご要望謹んで承ろうか。」

 

瑞鶴「・・・???」

 

瑞鶴にしてみれば、謎は深まるばかりである。

 

 

勿論、その謎はすぐに解かれる事になるし、読者諸氏にはよくお分かりの事だろう。

 

 

13時19分 重巡鈴谷艦首カタパルト

 

提督「発進!」

 

保守整備中の鈴谷から発艦する直人。既に瑞鶴はお待ちかねである。

 

 

瑞鶴「・・・ん?」

 

異変に気付いたのは、直人が射出される数秒前である。鈴谷を眺めていた彼女は、その艦首で何か動きがある事に気付いていた。

 

瑞鶴「な、何あれ!?」

 

翔鶴「来られましたか。」

 

瑞鶴「来たって、何が?」

 

提督「はぁいお待たせ~。」

 

瑞鶴「えっ・・・。」(絶句)

 

 超巨大機動要塞戦艦 紀伊、完全に修理は終わっていないものの、ミッドウェー戦時は装備していなかった航空艤装と主だった兵装復元で参上。

因みに80cm砲は8割、120cm砲は1門、51cm砲はまだ4割しか修理出来ていないし、まだ塞がれていない穴もある所が、激戦を潜り抜けてきた生々しさと、如何に修理に手間がかかるかを表していた。

 

翔鶴「改めて見ますと、如何に厳しい戦いだったかが、よく分かりますね。」

 

提督「うむ、全くだな。」

 

瑞鶴「ぎ・・・艤装傷だらけだけど、大丈夫なの?」

 

提督「ダイジョブダイジョブ、これでも大分直した方よ、戻って来たとき8割損壊してたから。」

 

瑞鶴「8割ィ!?」

 

即ち、直人の巨大艤装は文字通り大破していたのである。それを短期間でここまで修繕した明石以下造兵廠の設備は流石と言えるだろう。

 

提督「んで、護衛役の艦娘が――――」

 

雪風「しれぇ! 十六駆、参りました!」

 

浜風「十七駆、参りました、司令。」

 

やって来たのは十六駆の雪風・時津風と、十七駆の谷風・浜風である。

 

提督「――――この4隻だな。今回はハンデ戦だ。ついでに、俺の力をよく見て貰ういい機会だろう。」

 

時津風「おぉ~・・・おっきいねぇ~。」

 

提督「駆逐艦の子達は皆そう言うね。」

 

皐月「二十二駆来たよ、司令官!」

 

提督「おう、スマンな。」

 

皐月「いいって、司令官の頼みだもん!」

 

瑞鶴「なんだか、続々と集まって来るわね・・・。」

 

長月「全くだな。」

 

やって来たのは皐月を旗艦とし、文月と長月が所属する第二十二駆逐隊だ。

 

瑞鳳「提督~!」

 

提督「おう、これで役者は全員揃ったな?」

 

瑞鶴「え、何が始まんの? さっきハンデ戦がどうとか・・・。」

 

提督「うん、特別演習。」

 

瑞鶴「嘘ォ!?」

 

そう、まだ基本訓練もやってない瑞鶴がいきなり本格的な演習なのである。

 

提督「ハンデとしてこっちの護衛は睦月型駆逐艦3隻、そっちは陽炎型4隻と空母3隻体制だ。」

 

瑞鶴「・・・提督さん、航空機の実力侮ってない?」

 

提督「侮ってはいないさ、むしろその分俺も手は抜かんが。」

 

これが掛け値なしの事実である事は今から証明されるとおりである。

 

瑞鶴「分かったわ、では始めちゃいましょ?」

 

提督「そう来なくっちゃ。」

 

こうして、新生一航戦VS直人の一騎打ち(3VS1)が始まった。

 

提督「全機発艦!」

 

瑞鶴「行くわよ!」

 

翔鶴「参ります!」

 

瑞鳳「発艦!」

 

一航戦は総計180機の艦載機を出せる一方、直人はハンデとして搭載機数を1/3に減らし、200機で応酬する。

 

が、雲行きが最初から怪しくなる。

 

 

瑞鶴「ちょっ、速い!?」

 

瑞鳳「えっ――――!?」

 

噴式景雲改による強襲攻撃が、何の躊躇いも無く突進してきたのである。

 

時津風「さ、流石に止められないんじゃ―――」

 

 

ドゴォォォーーン

 

 

時津風「―――!」

 

雪風「やりました!」

 

浜風「なんと・・・!」

 

落されました。見事に。

 

提督「嘘おおお!?」

 

今度は直人が驚く番だったが、流石に抵抗はそこまでであった。

 

 

翔鶴「流石、お強いですね・・・。」

 

瑞鶴「いやアレどう見ても性能が違い過ぎるでしょ。」

 

瑞鳳「そ、そうだね・・・。」

 

瑞鶴「航空軽視してるかと思ったけど・・・むしろこれ、手を抜かれてるわね。」

 

瑞鶴のこの一言は非常に鋭かった。紀伊の航空艤装はコンパクトに纏まっているが、搭載機数は多く、したがってそれなりの大きさがある。それを観察していた瑞鶴は、たったあの程度の艦載機数ではない筈だと思ったのである。

 

翔鶴「甚だ、分が悪いと言ったところでしょうか。」

 

瑞鶴「敵機接近、来るわよ!」

 

谷風「あいよっ!」

 

 

激しい航空戦は、短く、しかし熾烈な争いの末に、紀伊の快勝に終わった。世代差を踏まえるとまぁ当然の勝利であったが、割と大人げなく叩きのめしに行ったところはあった。

 

提督「ま、こうなるか、もう少し減らしても良かったかもな。」

 

瑞鶴「こ、この人、一人でも戦えるんじゃ・・・。」

 

提督「ないない。一人で万の敵を相手に出来たらどんなにいいか。」

 

瑞鶴「そ、それもそうか・・・。」

 

実際そこまでの数が相手となるとさしもの紀伊も太刀打ち出来ないのである。

 

提督「んじゃ、戻りますかぁ。」

 

瑞鶴「えぇ、そうね・・・明日から頑張らないと。」

 

提督「おう、期待してるぞ!」

 

瑞鶴「勿論!」

 

後に瑞鶴は、これまでで最大の有言実行を成し遂げるのだが、それはもう少し後の話である。

 

 

9月5日13時29分 造兵廠二番ドック/重巡鈴谷後甲板・四番砲塔付近

 

明石「ふぅ・・・。」

 

明石が四番砲塔を見上げて立っていた。

 

提督「よっ、明石。」

 

明石「あ、提督。」

 

そこへ直人がやってきた。

 

提督「どうだ、修理状況は。」

 

明石「どうにか、形だけ、と言う所です。基部まで滅茶苦茶にされていて、一度全て取り払って新たに組み直した、と言う訳でして。恐らく1トン近い質量の爆弾を直撃されたものかと・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

申し訳無さそうに明石が言うと、直人はただただ、そう言って砲塔を見上げた。

 

一見すれば、今すぐにでも主砲が旋回し、四周を見渡し砲弾を吐き出しそうにも見える。しかし砲を動かす機構はそう単純ではないから、一種仕方がない事でもあったのだが。

 

 

ブオオオオォォォォ・・・ン

 

 

提督「今日もやっとるな。」

 

明石「はい、一航戦と二航戦の方達が、沖合で演習をしていますね。提督が許可なさったんですか?」

 

提督「あぁ、そうだ。今日から随伴艦艇を持ち回りと言う事にして、追加演習と言う形でやらせているんだ。一航戦を対象に、空母戦の猛特訓、と言う訳さ。因みに対戦相手も持ち回りだよ。」

 

明石「艦隊運用、それで回るんですか?」

 

その素朴な疑問に、直人はこう答える。

 

提督「スケジュールは本来、艦娘達が合わせるものさ。艦娘のスケジュールにこっちが合わせていたんじゃ、それこそ立ち行かなくなる。」

 

明石「そ、それは、そうですね・・・。」

 

提督「そう言う訳で、今だけだが少々これまでとスケジュールを変えているのさ。事前にその旨は、金剛と大淀を通じて布告してあるから問題も無いと言う訳。」

 

明石「事前に言ってあるなら大丈夫ですね。」

 

提督「急にやっても人は動けないしね。」

 

明石「ですね。」

 

そんな事を話しながら、彼は鈴谷の艦尾から演習風景を眺めていた。が、暫くすると保守整備の邪魔になると言う事で追い出されてしまったのであった。

 

 

~同刻 ハワイ・オアフ島真珠湾~

 

アルウス「――――。」

 

一方でミッドウェーから生きて帰った、数少ない深海棲艦である空母棲姫――――アルウスは、帰ってきた直後の事を思い返していた。

 

 

~8月28日13時18分~

 

真珠湾「良クモオメオメト戻レタナ。アルウスヨ。」

 

アルウス「・・・。」

 

帰還途上の内から、パールハーバーにそう言われる事は覚悟の上であった。その上でアルウスは、負け惜しみと取られないよう周到に言葉を選んで来てもいる。

 

真珠湾「貴様ノ発案シタ攻勢作戦ハ失敗ニ終ワリ、アタラ多数ノ同胞ヲ失ウハメニナッタ。弁解ハアルカ?」

 

アルウス「ありません。強いて申し上げれば、サイパン艦隊(横鎮近衛艦隊)のミッドウェー近海到達が我々の予想を上回っていた事だけでしょう。兵力集中がもっと機敏に出来ていたのであれば、十分な迎撃態勢を敷く事が出来た筈です。」

 

真珠湾「スルト貴様ハコノ失敗ハ過失ノ要素ハナイトイウノカ。」

 

アルウス「少なくとも、私の作戦指導に於いて、それは無かった筈です。それはあなたも認められた通りの筈ですが? パールハーバー様。」

 

真珠湾「私ガ問ウテイルノハ、貴様ノ作戦指揮ニ誤リガアッタノデハナイカトイウコトダ!」

 

アルウス「確かに、私もまだまだ、経験が足りません。しかし戦場に於いて、錯誤は付きものである筈です。それに、サイパン艦隊の指揮官は見事なものです。敵の意表を突く事と、部下を生かす術に長けている。これには、一筋縄ではいきますまい。今回の敗北も、またそう言う事であるに過ぎないのです。」

 

真珠湾「随分ト敵ノ肩ヲモツデハナイカ、アルウスヨ。」

 

アルウス「敵の実力は、認めてこそ初めて、重みを持つのです。“偶然だ”などと言ってそれに目を瞑るのでは、対抗する事など不可能です。」

 

真珠湾「――――チッ、モウヨイ。下ガレ。」

 

アルウス「ではこれにて。」

 

あっさりと中枢棲姫パールハーバーを黙らせたアルウスは、下がれと言われ早々とパールハーバーの元を去った。

 

 

―――そして現在に至る。アルウスは実際作戦指導に於いて過失があった訳でもなく、その前線指揮にも不備は無かった為に、深海太平洋艦隊上層部としても罰する事が出来ず、形の上ではお咎めなしとはなっていたが、強硬派に付け入られる隙を与えたと言う事もあって、その立場は弱体化したと言わざるを得なかった。

 

アルウス(私としては、この際サイパン艦隊を覆滅させたかったのだが、こうなってしまった以上、再起を期す他に手もあるまい―――。)

 

彼女としては、この様な結末になる事もある程度は予見出来ていた。だからこそ、諦めもつこうと言うものであった。

 

ル級改Flag「アルウス様?」

 

アルウス「――――インディアナか、どうした?」

 

ル級改Flag「いえ、また物憂げな御顔をされていたもので。」

 

アルウス「そうか・・・。」

 

ル級改Flag「・・・一つ、お聞きしていいですか?」

 

アルウス「なんだ?」

 

ル級改Flag「アルウス様は、こうなる事を予見してらしたのですか?」

 

アルウス「そうだな・・・可能性の一つとして、そうなりかねない事は予期していた――尤も、その予期は的中してしまったが。」

 

ル級改Flag「でも、後悔はしてらっしゃらないのですか?」

 

アルウス「・・・後悔していない、と言ったら嘘だな。悔しくもある。だが、まだ次はある。その時こそ、私が勝利を掴む時だ。三度目は無い。」

 

ル級改Flag「それを聞いて、安心しました。このインディアナ、最後まで御供致します。」

 

アルウス「ありがとう。こんな私だが、付いて来てくれ。」

 

ル級改Flag「はいっ!」

 

アルウスは特段軍閥と呼べる様な規模の深海棲艦を従えている訳ではない。しかしそのアルウスが唯一従えている深海棲艦がいたとしたら、それはこのインディアナを持って他にはいなかった。

 

 

一方でサイパン島ではその次の日、驚くべき事が起こっていた。

 

 

9月6日10時22分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「深海棲艦機が通信筒を落として行っただって?」

 

明石「はい、調べた所、特に細工はありませんでしたので、お持ちしましたが・・・。」

 

大淀「大丈夫、なんですね?」

 

明石「勿論です。」

 

提督「まぁ、明石が調べてくれたんだ、多分局長のお墨付きではないかね?」

 

明石「よ、よくお分かりですね・・・。」

 

直人の洞察眼は中々のものである。

 

提督「まぁ、開けてみようか。」

 

大淀「そうですね。」

 

言いながら身構える大淀。直人が通信筒を開けると出てきたのは1枚の文書だった。

 

提督「・・・北方棲姫からのものだな。“近海まで来ているから護衛して欲しい”、だとさ。」

 

大淀「深海棲艦、それも姫級ですか!?」

 

提督「騒ぐな! 北方棲姫ならば丁重に出迎えよう。なんせ、遊びに来てもいいと言った手前があるしな。」

 

大淀「・・・ご説明願いましょうか?」

 

大淀が直人に詰め寄ると、フォローする様に金剛が口を出す。

 

金剛「oh、それならワタシも伊勢から聞いたネ。本当に無垢の子どもの様な深海棲艦だったそうデスネー?」

 

提督「そうだな。こんな所で今この時期に姫級と一戦交える事は、我が艦隊としても容認し得ざるところだ。ならば客人として出迎えてやろう。」

 

大淀「わ、分かりました。」

 

提督「差し当たって理解のある艦娘である必要があるな。誰がいいだろう? 勿論お前は残れよ?」

 

金剛「なんでデース!?」

 

提督「万が一と言う事もある。何か吹き込まれて来たとしたら、面倒だからな。」

 

金剛「ムムム・・・。」

 

直人にそう言われて流石に引き下がった金剛である。

 

飛龍「“提督! 近海に姫級の深海棲艦が―――”」

 

提督「揃いも揃って騒ぐんじゃない!」

 

飛龍「“へ!? あ、す、すみません。それで兵力ですが、北方棲姫の他に、軽巡と駆逐級が合わせて10隻程度との事です。”」

 

提督「成程な、護衛はいるが念を入れて護衛を依頼してきた訳か。付近にいる艦娘は?」

 

飛龍「“近くに第六駆逐隊がいるようです。”」

 

提督「よし、演習中の川内と警備の第六駆逐隊に護衛させろ、空母はそうだな・・・鳳翔戦闘機隊を出動させて上空を固めるんだ、万が一にも誤射があってはならんぞ。」

 

金剛「了解デース!」

 

大淀「了解致しました!」

 

機敏な対応を見せる大淀・金剛と・・・

 

飛龍「“えーと・・・これってどういう・・・。”」

 

状況が飲み込めていない飛龍さんでした。この後艦娘達に話を通したりなんやかやで、何とか出迎えを間に合わせる事になるのである。

 

 

10時53分 司令部前水域

 

 

ザワザワ・・・

 

 

演習中の艦娘達がざわついている。それもその筈、川内と六駆に守られて、北方棲姫が入港して来ているのである。

 

那智「敵を迎え入れるとは、司令は何を考えているんだ?」

 

摩耶「諦めな、前から提督はああいう奴だ。」

 

那智「だが・・・。」

 

摩耶「龍田や川内の話、知ってるか?」

 

那智「いや、知らないが・・・。」

 

摩耶「あの二人は元々、提督を消す為に外部から送り込まれてたらしいんだが、容赦なく提督は刃を振るって戦ったそうだ。龍田に至っては武器ごと一刀両断されたらしい。」

 

那智「成程・・・味方となる者には寛容、と言う訳か。」

 

摩耶「そうだろうな。」

 

等と囁かれている一方で・・・

 

 

雷「ほっぽちゃんは普段、どんなものを食べてるの?」

 

北方棲姫「ほっぽはお魚・・・でも、他のヒトは分かんない。」

 

雷「へぇ~、深海棲艦も、魚は食べるんだ・・・。」

 

電「他に何か食べてるものとかは、無いのですか?」

 

北方棲姫「んー・・・ダッチハーバー、自給自足が盛ん、お野菜とか、作ってる人はいる。」

 

響「ふむ、興味深いな・・・。」

 

暁「あの3人、すぐ打ち解けちゃったわね。」

 

川内「流石、だね・・・。」

 

こんなごく普通なやり取りを交わしているほっぽちゃんサイドであった。

 

 

11時00分 中央棟2F・貴賓室

 

 

ガチャッ―――

 

 

北方棲姫「!」

 

提督「やぁほっぽちゃん、久しぶりだね。」

 

北方棲姫「うん、久しぶり!」

 

提督「あれから大丈夫だったかい?」

 

開口一番で直人はその後の事を聞くと、北方棲姫はこう言った。

 

北方棲姫「うん、ナオト帰ってから、何回か飛行機来た。でも、それ以外何もなかった。」

 

提督「あぁ、良かった・・・上手く伝達できてたか・・・。」

 

北方棲姫「ナオト、ありがとう。助けてくれて。」

 

提督「―――あぁ、どういたしまして。」

 

北方棲姫「今日は、そのお礼・・・言いに来たの。」

 

提督「そっか、わざわざありがとね。」

 

北方棲姫「いいの。もしかしたら、殺されてたかもしれないから・・・。」

 

提督「・・・。」

 

その言葉を聞いて、直人は何も言えなくなった。なにせ、彼自身最初は北方棲姫を倒そうとしていたからである。

 

北方棲姫「・・・ナオト?」

 

提督「――――俺のしようとした事が、許される事だとは思ってない。だけど、そんな俺にこうして、お礼を言いに来てくれた。それが俺にとっては、一番嬉しいよ。」

 

北方棲姫「・・・ナオト、優しい。でも、他の皆は、違うかもしれない。だから、ナオトはいいの。ナオト、優しいヒトだから・・・。」

 

提督「ありがとう、ほっぽちゃん。そう言ってくれてホッとしたよ。」

 

北方棲姫「うん、よかった。」ニコッ

 

直人はこの時の北方棲姫の言葉に、心底ホッとしていたと言う。それが、周囲の艦娘達の証言などがそれを裏付けている。

 

人と深海棲艦と言う、生存権を相争う不倶戴天の敵とも言うべきその壁を超克した二人の絆。後の戦史に、「この絆無くして、その後の戦局は存在し得ない」と記させたそれは、深く打ち込まれた友好の楔であった。

 

 

その後少しして、北方棲姫は元来た航路を戻って帰って行った。途中まで送らせた直人は、一種スッキリした面持ちで、残りの書類を片付けていた。彼自身、結構気にもしていたので、北方棲姫の言葉はかなりありがたかったのである。

 

 

9月8日10時22分 司令部前埠頭

 

提督「来たか・・・。」

 

輸送船から積み下ろされてくる物資の内の一つを見て直人は呟く。本来ならただの補給物資。しかしこの時ばかりは意味合いを異にしていた。

 

大淀「―――“結婚指輪”、ですか。」

 

そう、この輸送船団は非常に重要な物資を積載している。この物資の意味が指し示す意味は、提督諸氏ならば御承知置きの事だろう。

 

提督「・・・誰に渡そうか。」

 

大淀「相応の練度が無ければ、効果を適用出来ないとの事でしたが・・・。」

 

提督「そうだな、あれは所謂セーフティリミッターを外付けにするだけの代物だ。艦娘の艤装が人の身体を以ってしても連結出来るからこその芸当だが、本来艤装内にある性能制限リミッターを、指輪の形にしてリミッターとして使う。なんでこんな事をするかと言えば、それは元来の性能を底上げするからな訳だが・・・。」

 

大淀「その為に今までのリミッターを全て外さなければならない、ですか。」

 

提督「その通りだ。」

 

“ケッコンカッコカリ”システム。否、正式名称は「Protective limiter for improving performance limit」――――“PIPL[ピップル]システム”と呼ばれている。

 

 直訳すれば「性能上限向上のための防護リミッター」とでもなるだろうが、表向きがケッコンカッコカリシステムと言う呼称を取ったのは、受けの良さを狙った事と、それを通じて艦娘との絆を提督達に認識させる事、何よりその形状が、指輪と言う形状を取っている為である。

 おおよそは大淀と直人が説明した通り、本来霊力の消費量や艦娘機関への過剰負荷を抑制する為に設けられている性能制限を全て外し、その上で改めて制限を緩和したリミッターを取り付ける、と言うシステムで、艦娘研究の発展に伴い議題に上ってきたテーマの一つ―――艤装の性能向上に対する答えとして提出されたものを、限定的ながら実現したものだ。

 

 その答えたる性能制限の全廃は、理論上際限なくその性能を拡幅出来るが、それでは艤装や艦娘自身の限界を超えてしまうリスクがあり、最悪の事態を招きかねない。

この為、リミッターを外した後、その上から艦娘防護用のリミッターを設け、安全に、しかし確実に、艦娘達の性能を底上げして、少しでも深海棲艦に対抗出来る様にする事を目的としていた。

 

艦娘の霊力保有量は、艦娘達の成長と共に向上する事が分かってきた為、PIPLシステムは日の目を見た。大本営が相応の経験を積んだ艦娘に限定し、このシステムの適応を許可したのである。

 

そのリミッターの役割を果たす指輪は、艦隊試験任務を達成することに依り、各艦隊に1個づつ供給される他に、申請すれば追加で送って来る訳で、その任務を完了し納入されてきた指輪が、彼の手元に着いたのである。

 

提督「・・・こうして見ると、本当にただの指輪と変わりないんだな。見た目は。」

 

大淀「ご丁寧に指輪入れのケースに入っていますからね・・・。」

 

提督「・・・誰に使おうかな。」

 

大淀「候補は絞られると思いますが・・・。」

 

提督「まぁの~、しっかしどうすっかな。」

 

大淀「・・・提督が、指輪の事でそこまで考え込まれるとは、意外ですね。」

 

提督「どういう意味だおい。」

 

大淀「深い意味はありません♪」

 

提督「フッ、こいつめ。」

 

そうは言いつつも、渡す艦娘は大方絞れて来ていた。

 

 

そこで直人、一つ策に出た。艦娘達の反応を探ってみようとしたのである。

 

但し下手な手が使えないので、彼は安直な策に出た。

 

 

~中央棟前ロータリー~

 

提督「指輪はやはり、金剛・鈴谷・五十鈴・雷辺りにするかな。」

 

大淀「成程、どなたに使っても戦力アップになりますね。」

 

??「――――!」

 

提督「一つしかないし、さて、どうするか。」

 

言いながら彼は、足音が離れていくのを聞いていた。

 

提督「――――。」チラッ

 

それを目ざとく見つけ、心の中でほくそ笑む。が、これが思わぬ効果を齎す事になる。

 

 

12時13分 食堂棟1F・大食堂

 

卯月「うーちゃん、凄い事聞いちゃったぴょん♪」

 

睦月「ん? なになに~?」

 

卯月「睦月は今日、“指輪”が届いたって聞いたぴょん?」

 

睦月「聞いた聞いた~、皆その話題で持ちきりにゃし。」

 

やっぱりと言うべきか、艦娘と言えど一人の乙女、ともなれば指輪には潜在的な憧れがある訳で、自然話題になるのである。

 

睦月「誰に使うのかなって、さっき如月や三日月と話をしていた所なのね。」

 

卯月「その事だけれど、その候補が――――」

 

睦月「にゃ!? それ本当なの!?」

 

卯月「間違いないぴょん。司令官が言ってたぴょん。」

 

そう、立ち聞きしたのは卯月であった。直人は卯月に聞こえる様に仕向けたのである。

 

睦月「もしそうだったら、司令はまだ――――」

 

金剛「その話、詳しく聞かせるネー。」ニッコリ

 

睦月・卯月「「!!」」

 

そんな話を聞きつけ現れたのは金剛。流石の地獄耳と言うべきか、その手の話は聞き逃さない。それにしてもこの時ツキが無かったのは卯月だったかもしれない。

 

卯月(この際だからちょっと悪戯してやるぴょん♪)

 

等と考えたばっかりに・・・。

 

 

14時19分 サイパン演習場・屋内射撃訓練場

 

 

パパン、パパパン、パパパン、パパン・・・

 

 

提督「―――弾の補給が滞りがちではあるからこの辺にして置きましょうかね。」ガチャッ

 

マガシンを自前のHK416から外しつつ言う直人。

 

提督(・・・木刀でも振るか。)

 

そう思い立った直人は、バットケースで持ってきた、白樺の木刀を取り出して外に出る。木刀と言えば茶褐色系のものが多いが、白樺の木のそれは白っぽい木刀である。風変わりなものを好む所がある彼は、白樺で出来た木刀を愛用しているのである。

 

 

金剛「提督は何処デース!?」

 

鈴谷「ダメ、こっちもいない!」

 

雷「ここまでどこにもいないとなると、残りは・・・」

 

五十鈴「えぇ、そうね・・・。」

 

一方で大慌てで提督を探し回っている4人。既に当ては全て探し尽くし、残るはただ1カ所のみとなっていた。

 

 

 

 

ブン、ブン、ブン・・・

 

 

提督「47、48、49、50・・・」

 

常に体を鈍らせない様に心掛けている直人だが、一方でその鍛錬は、暇潰しと言う側面もあった。目的に手段が適応しているからこそ直人は苦にせず鍛錬をやるのである。

 

因みに毎日普通に200本は振る。

 

提督(・・・?)

 

ふと、直人は視界の隅に何かが映り込んだ気がしたが、特に気にも留めず木刀を振り続けた。

 

 

金剛「ここに居なかったら本土トシカ・・・アッ!」

 

鈴谷「あれじゃない?」

 

五十鈴「あれね。」

 

雷「いくわよ!」

 

3人「OK!」

 

紀伊直人、発見さる。

 

 

提督「62、63、64・・・」

 

4人「提督!」

 

提督「65・・・ん? どうした?」

 

金剛「テイトク、私達の誰かに指輪を“エンゲージリング”として渡すって本当デスカー!?」

 

提督「・・・。」

 

直人の表情が数秒凍り付いた後・・・

 

提督「へ!? 何の話!?」

 

心底驚いて叫んだのであった。

 

金剛「とぼけても無駄デース! 聞いたって言う子がいるネ!」

 

提督「言ってない、何かの間違いだ!」

 

鈴谷「へぇ~? その聞いたっていう子が、提督の口から聞いたって言ったら、どうする?」

 

提督「何・・・?」

 

この一言で直人は、卯月に謀られた事を悟った。謀ったつもりが謀り返されたのである。

 

五十鈴「さぁ、どうなの?」

 

雷「隠し立てした所で遅いわよ!」

 

提督「いや、確かに、お前達4人の何れかと大淀に話した、だがエンゲージリングだとは一言も言ってないぞ。これはホントだ。」

 

鈴谷「怪しいねぇ~?」

 

金剛「ウンウン。」

 

提督「お前らぁ~・・・。」

 

この執着を見れば分かる通り、艦娘達には指輪に対し、憧れや羨望などから来る執着を持つ事が少なくない。これはその一側面を現す出来事でもあるが、直人は自説を譲る気は無かった。

 

提督「宜しい。ではその証人とやらの所に連れてって貰おうか。」

 

金剛「OKデス、行きましょう。」

 

こうして直人は演習場から4人の艦娘に続いて司令部に向かったのである。

 

 

14時37分 司令部前ロータリー

 

金剛「あれデース。卯月ー!」

 

提督(そんなこったろーと思ったよ。)

 

卯月「何ぴょん――――!?」

 

提督「やはり貴様か卯月。」ニコリ

 

笑っているが全く目が笑っていない。

 

卯月「やばっ!」ダッ

 

提督「川内! 卯月を捕らえろ!」

 

川内「えっ!? あ、了解!」

 

直人が通りかかった川内に急遽卯月拘束を指示する。ものの数秒で卯月は捕まった。すばしっこさはある卯月であったがそれをあっさり捕らえる辺りが流石である。

 

卯月「はーなーすーぴょぉぉぉーーーん!!」

 

提督「だが断る。」

 

卯月「う~・・・なら煮るなり焼くなり好きにするぴょん!」

 

提督「では一つ聞こう。金剛にあらぬ流言を流したのはお前だな?」

 

卯月「な、何のことだぴょん。うーちゃんは知らないぴょん。」

 

提督「あれはお前に聞こえる様に言ったのだが、エンゲージリングと言った覚えはないぞ?」

 

卯月「なん・・・だって・・・ぴょん!?」

 

卯月はこの時初めて、卯月自身が彼の掌で踊らされていた事を知る。

 

提督「さぁ、どうなんだ? ある事に無い事まで話したのか?」

 

卯月「・・・うーちゃんは事実を正確に――――」

 

提督「営倉に放り込まれたいか?」

 

卯月の最後の抵抗も、この一言の前には無力であった。

 

卯月「言ったぴょん! つい魔が差して悪戯してやろうと思って言っちゃったんだぴょん!」

 

提督「宜しい、1週間営倉送りだ。」

 

卯月「そんな殺生な! あんまりだぴょん!」

 

提督「白状せなんだら2週間だったぞ?」

 

卯月「逃げ道なんてなかったぴょん!?」

 

慈悲などなかった。

 

提督「そう言う事だ金剛達、納得したかな?」

 

4人「あ、はい。」

 

納得せざるを得ない材料しかなかった。尤も情報源が情報を撤回したのだからそれも当然だった。

 

この後、卯月は本当に1週間営倉にぶち込まれたのであった。罪状は提督についての虚偽の流言と言う事であった。有言実行が彼のモットーである。

 

 

が、この騒動は、思わぬ形で彼の意識を変化させる作用があった。

 

 

17時23分 中央棟2F・提督私室

 

提督「・・・。」

 

直人は自室で西日を眺めながら一人考えていた。

 

提督(エンゲージリング、か・・・。)

 

言うまでも無く、エンゲージリングとは「婚約指輪」の事だ。因みに結婚指輪はそのままウェディングリングと言う訳だが、それは置いておこう。

 

エンゲージリングと聞いて直人も思わない所が無かった訳ではない。少なからず彼は考えさせられていた部分がある。

 

提督「戦後、か・・・。」

 

 提督と言う身分はいつ死ぬとも知れない身。であれば、例え将来を誓った相手とであっても、所帯を持たない者が多い。軍人に見られるこの傾向は、艦娘艦隊の提督達にも同様に見られていた。

直人とて考えている事は同じである。金剛の事は愛しているが、たとえ所帯を持つとしてもそれはいつ来るとも知れぬ戦後の話だろう。

 だが、彼とてそこまで鈍感ではない。戦後起こるであろう出来事を確約する事は、少なくとも出来なくはない筈で、その為にこの指輪をその証として使うのだ、と言う考え方も出来ない訳ではない。

 

提督(しかし、この指輪は戦略物資の一つだ。それに私情を挟んでいいのか・・・?)

 

“個人”としての自分と、“公人”としての自分、いずれを取るか。彼はこの時、悩みに悩んでいたのである。それは彼が、一個艦隊の責任はもとより、彼の、横鎮近衛艦隊と言う存在が、その後の戦況を大きく左右するものであればこそであった。

 

彼の双肩に背負わされたものは、並の提督のそれを遥かに凌ぐ重責だったのである。

 

 

9月10日13時22分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・。」

 

思案顔の直人が執務机の椅子に腰かけている。

 

大淀「・・・提督、何をお考えになっておられるのですか?」

 

ずっと付き添っていた大淀に、直人は不意に声をかける。

 

提督「・・・暫く、私を一人にしてくれるか?」

 

大淀「は、はぁ、構いませんが・・・。では、失礼します。」

 

そう言って、大淀が執務室を去る。

 

 

~13時30分~

 

提督「・・・。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ。」

 

金剛「失礼するネー。」

 

提督「おう、来たな・・・呼び出してすまん。」

 

金剛「いえ、それで、ご用事はなんデスカー?」

 

提督「まぁ、その、なんだ。あちら側に席を移そうか。」

 

金剛「・・・? OKデース。」

 

不思議に思いながら応接用のテーブルに移動する金剛を見てから、直人は机の引き出しから何かを取り出す。

 

 

席を移した直人が応接用のテーブルの椅子に腰かけ、少ししておもむろに口を開く。

 

提督「・・・今日呼び出したのは、その、話があったからなんだ。」

 

金剛「テイトクから話をする為に呼び出されるのは初めてデース。」

 

意外そうに言う金剛。

 

提督「あぁ、そうだね・・・。」

 

そして心持ち俯き気味にそう言う直人。

 

提督「まずは、礼を言わせて欲しい。この1年半近くに渡り、よく艦隊を纏めてくれた。お前でなければ、これだけの面々を一つに纏め上げる事など叶うまい。ありがとう。」

 

金剛「どういたしましてネー。デモ、鳳翔さんや大和さんでも務められると思いマース。」

 

提督「フッ、謙遜だな。金剛はもっと、自分のして来た事を誇っていいんだぞ?」

 

金剛「私は、何もしてないデース。」

 

提督「そうか・・・。」

 

そこで直人は一度言葉を切って続ける。

 

提督「俺は、お前達が思っている程、器用でも、賢くもない。艦隊業務も任せっぱなしだし、細かい事もお前達に預けてしまっている。女を見ては目移りするわ仕事にもそう熱心になれないし碌な事がない。それでも、多くの艦娘達がついて来てくれた、その事は、真に感謝すべきなのかも知れないな。」

 

金剛「確かに、提督は女に弱いトコロもあるネー。でも、提督は優しいネ、周囲に気を配り、導く。だからこそ、皆ついて来るのデース。」

 

提督「俺は、振舞いたいように振舞っているだけなんだがね。まぁ、それはいい。」

 

金剛「・・・?」

 

提督「・・・俺は、万事につけて駄目な所の方が多い男だ。だが、これだけは言える。それは――――お前がどうしようもなく好きだと言う事だ、金剛。」

 

金剛「――――!」

 

金剛の目を真っ直ぐ見つめ、真面目な口調で真っ直ぐ言い放った直人。唐突な、しかし改まった告白に、金剛は思わず頬を赤らめ声を失った。

 

提督「この戦争が終わったら、俺ももしかしたら、家庭を持つ事があるかもしれない。もしその時が来たら、そのパートナーはお前がいいと、心から思う。」

 

金剛「テイトク――――。」

 

提督「だが、今はまだ、戦もたけなわだ。だからこそ、将来の約束を――――この指輪を、エンゲージリングとして、受け取って欲しい。」

 

そう言って懐から取り出したのは、ケッコンカッコカリ―――ピップルシステムの指輪であった。少し違う事は、プラチナで出来たアサガオの花を模った小さな飾りがついている事だった。

 

金剛「――――嬉しいネ・・・ワタシも、テイトクが大好きデース・・・。」

 

感極まって涙を零す金剛。

 

金剛「・・・ココマデされちゃ、私も死ぬ訳には、行かないネー。」

 

提督「当然だろう? お前に死なれたら皆が困るが、何より俺が困る。この世を見果てるまで一緒に居よう、金剛。」

 

金剛「えぇ、ワタシ達は、ずっと一緒ネ。」

 

 金剛をそっと抱き寄せる直人。直人は結局、公人としての己より、個人としての自分を優先したのだった。

彼とて一人の男であり、公人としての立場があるからと言って愛し合っている者を差し置こうなどというのは、やっていい事ではないと言う思いが、彼を突き動かしたのである。

 

 余談だが、アサガオの飾りは元々ついていたものではなく、前日に明石に密かに相談して付けて貰ったものなのだ。かなり精密なものを依頼した為に、受け取った時明石はクタクタになっており、二三ほど愚痴を賜ったと言う。

アサガオの花言葉は、「固い約束」「愛着」「愛情の絆」などである。いまや固い愛で結ばれた二人にとって、これほどまでに送り、受け取るのに相応しい花が他にあるだろうか・・・。

 

 

9月14日9時35分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「提督、緊急電を受信しました!」

 

駆け込んできた大淀は、直人の顔を見るなりそう言った。

 

提督「何事か!」

 

大淀「カムチャッカ半島に、深海棲艦隊が出現、沿岸部に上陸を開始したとの事です!」

 

提督「ペトロパブロフスク・カムチャツキーの警備隊はどうなっている?」

 

大淀「現在抵抗を試みているとのことですが、防御地点から交代するのも、そう先の事ではないかと。」

 

提督「我が艦隊への指示は?」

 

大淀「まだありません。」

 

提督「ふーむ・・・だが、幌筵艦隊で処理出来るだろう。我が艦隊に出番は無かろう。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

金剛(・・・胸騒ぎがするネー。)

 

金剛はこの時、妙な胸のざわつきを覚えたものである。

 

 

果たして追う事僅か4分で、横須賀鎮守府から出撃命令が下された。

 

提督「・・・我が艦隊を動員する、と言う事になると、敵の規模はかなり大きいのか?」

 

大淀「詳細の説明の為、横須賀鎮守府に出頭するよう明記されています。」

 

提督「・・・そう言われてしまったなら、行くしかあるまい。全艦隊に緊急招集、艦隊編成は前回着任分を外せ。」

 

大淀「と言われますと、瑞鶴さんも外されますか?」

 

提督「・・・そう言えばそうだったな。瑞鶴は投入しよう、それ以外は、分かるな?」

 

大淀「分かりました。私はここで、お帰りをお待ちしております。」

 

提督「すまんな、留守を頼む。」

 

大淀「はい、お任せ下さい。」

 

かくして横鎮近衛艦隊は稼働全艦に緊急招集を発動、訓練及び哨戒行動はその全てが中止され、全艦が鈴谷に集結した。

 

 

が、ここでなんとひと悶着あった。

 

と言うのは、艦隊編成表について、異議申し立てをした者がいたのだ。

 

 

11時17分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「何? 一時配置転換を希望だと?」

 

吹雪「第十一駆逐隊を、一水打群に組み込んで頂きたいんです。」

 

提督「却下だ。」

 

吹雪「何故ですか?」

 

提督「二水戦は我が艦隊の最新鋭駆逐艦を集めた部隊だ。なぜならそれは一水打群が、かつての第二艦隊と同じ役割を嘱望されているからに他ならない。であればこそ、一個人の希望で、その原則を脅かす事があってはならない。それは二水戦の面々に動揺を与えるだろう。」

 

吹雪「二水戦ではありません、一水打群に直接編入して欲しいと言っているんです。」

 

提督「却下だ。それでは主力たる第一艦隊の護衛はどうなる?」

 

吹雪「誰か、別の駆逐隊を充当して頂ければいいと思います。」

 

提督「第十一駆逐隊は4隻編成の数少ない駆逐隊だ。それをうかうか動かせば、その補填が利かせられないではないか。却下だ。」

 

吹雪「では私だけでもお願いします!」

 

提督「十一駆の旗艦ともあろう者が原隊を離れてどうする!」

 

吹雪「何があっても、私は最前線で戦いたいんです!」

 

提督「今だって十分最前線だ。水雷戦隊による突撃は何度も経験している筈だが?」

 

吹雪「ですがこれは、十一駆全員の了解も取り付けてあるんです!」

 

提督「勝手な事をされても、ダメなものはダメだ。」

 

吹雪「司令官!」

 

提督「くどいぞ吹雪! 部隊編成の最終決済権は私が預かっているんだ。その私が駄目だと言ってるのが聞こえないのか!?」

 

吹雪「なんと言われても、私は自説を曲げる気はありません。」

 

提督「――――!」

 

吹雪「――――。」

 

暫く対峙する二人。直人にしても、艦娘がここまで強情なのも初めてであった。

 

提督「・・・そこまで言うなら良かろう。第八駆逐隊と入れ替わりに、二水戦に臨時編入させよう。」

 

吹雪「では―――!」

 

提督「但し! あくまで今回きりだ。次は無い、覚えて置け。今度この様な事があれば、次は営倉にぶち込むからそのつもりでいろ。」

 

吹雪「分かりました、ありがとうございます。」

 

結局直人は、渋々吹雪の言を認可することにした。吹雪は言い出したら聞かない所があるのを彼も知っていたが、その強情さに折れた形になる。

 

だが後に彼は、吹雪を営倉送りにしてでもこれを阻止すべきだったと思う様になる。

 

 

結局、決定した編成は次のようなものになった。

 

第一水上打撃群(水偵32機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵66機)

旗艦:陸奥

第一戦隊(大和/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 88機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

 第一水雷戦隊

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一航空艦隊(水偵12機)

旗艦:赤城

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

サイパン島防備艦隊

旗艦:鳳翔

第十八戦隊(天龍/龍田)

第五十航空戦隊(鳳翔 42機)

第十五戦隊(夕張/阿武隈)

 第七水雷戦隊

 名取

 第三十駆逐隊(睦月/如月/弥生/卯月)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 第二十三駆逐隊(菊月/三日月/望月)

 

司令部直隷艦艇

あきつ丸

第七航空戦隊(雲龍 51機)

第十戦隊旗艦心得(大淀)

 第十六駆逐隊(雪風/時津風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 

 以上の通りである。各航空戦隊ごとに搭載機数の表示を行っている。

今回の出撃に際し、艦載機の変更は行われていない一方で、第十一駆逐隊の二水戦への配置換えがある為通常とはやや違う艦隊編成となっている。

 司令部直隷艦艇については、今回は全てサイパンに残して、練成に充てる腹積もりでいた。この為これまでずっと戦線加入していた雪風と谷風が、今回はサイパン島司令部に残留する。大淀は第十戦隊旗艦として今後行動する事が決定していたが、訓練途上であった為心得扱いとして司令部に残留となった。

 

この様に、異例な状態も内包しつつ、横鎮近衛艦隊は作戦準備を始めていた。13時丁度、重巡鈴谷はサイパンを発ち、横須賀へ向け針路を北に取ったのであった。

 

 

4日後の9月18日、重巡鈴谷が横須賀沖に姿を見せた。

 

 

9月18日(日本時間)10時47分 横須賀沖

 

提督「まさかこんな形で一時帰国する事になるとはね。」

 

明石「そして、横須賀に入港するのは初めてですね。」

 

提督「そう言えばそうだ。ぶつけてくれるなよ?」

 

明石「分かってますって。」

 

11時12分、重巡鈴谷は海上自衛軍横須賀基地の岸壁の一つに横付け、直人は慌ただしく下艦して、横須賀鎮守府へと向かったのである。

 

 

12時41分 横鎮本庁・会議室

 

横鎮本庁に出頭した直人は、珍しく会議室へ通された所までは良かったものの、丁度昼前だった事と長官の多忙で待たされ、漸く対面した時には昼過ぎであった。

 

土方「待たせてすまんな紀伊君。急な来客があったものだから、そちらに対応せねばならなかったのだ。」

 

提督「土方海将こそ、お忙しい中すみません。」

 

土方「いいのだ、呼びつけたのは、他ならぬ私だ。」

 

提督「大迫一佐も、お久しぶりです。」

 

大迫「久しぶり、と言いたい所だが、そう悠長にやってもおれん。私は本来後方担当の参謀だが、横鎮の幕僚にお前に会わせられる参謀がいなかったから今日は来たんだ。」

 

提督「はっ。それで、早速詳しい状況をお聞きしたいのですが・・・。」

 

土方「まぁ、かけたまえ。」

 

提督「はい。」

 

互いに対面する位置で席に付くと、土方海将と大迫一佐が早速卓上の地図を見つつ状況を説明し始める。

 

大迫「まずこれまでの状況だが、ペトロパブロフスク・カムチャツキーと、オッソラに上陸を開始した深海棲艦隊だが、前者は幌筵艦隊によって制圧したが、これはどうやら陽動であったらしく、敵はオッソラ周辺に橋頭保を築きつつある。これに対し、幌筵艦隊は総力を挙げて反撃しているが、橋頭堡構築を阻止する程度の効果しかない。」

 

提督「すると敵はまだ、オッソラ方面に橋頭保を確立出来てはいないんですね?」

 

大迫「そう言う事になる、防戦した警備隊はどうにか陣地を守り抜いたよ。安心していい。が、オッソラは無防備だったから、現在空襲によって打撃を加えている段階だ。」

 

土方「今回貴艦隊に要請したいのは、オッソラに上陸した敵軍とその運送艦隊の撃滅、併せて、その東方遥か沖に展開する、強力な支援艦隊を撃退する事だ。」

 

提督「撃滅、ではないのですか?」

 

土方「今回、敵はかなり大規模な支援艦隊を投入しているらしく、幌筵艦隊はおろか、大湊警備府からの増援を得ても未だ撃退に至っていない、無理はしてくれるな。」

 

提督「分かりました。」

 

大迫「現在鈴谷に燃料の補給を急がせているが、念の為幌筵の方でもバックアップ体制を敷かせる。」

 

提督「分かりました、ところで、敵に超兵器級の存在は確認されているんですか?」

 

土方「現在確認されていない。このところ超兵器の出現報告は北方海域ではぱったり途絶えていてな。」

 

提督「それが分かれば、我々も思う存分暴れられます。」

 

土方「期待させて貰う。」

 

直人はその後も何点か質問をしていたが、やがて横鎮本庁を去り、鈴谷へと戻って行ったのだった。

 

 

同じ頃、北方海域の果てで、一人考え込む者があった。

 

~ベーリング海棲地~

 

ヴォルケン「――――。」

 

ベーリング海棲地を統べる、深海棲艦の王、ヴォルケンクラッツァーである。

 

リヴァ「あらあら、随分浮かない顔ね。」

 

そこへやってきた彼女の右腕、リヴァイアサン。考え込んでいるヴォルケンの姿に見るに見かねたようだ。

 

ヴォルケン「・・・北極棲地の連中は、何のつもりなんだ? 確かに、援軍を出した事については歓迎せねばならんが、今まで要請してもなしのつぶてなのに、今頃どういうつもりだ?」

 

リヴァ「“あの御仁”も、ようやく腰の上げどころって事じゃないかしら?」

 

ヴォルケン「だとしても、よりにもよって北極棲地では最大戦力の一角で、“一品物”でもある“戦艦棲姫改”を出すとは、随分気前が良すぎると思わないか?」

 

リヴァ「それは・・・。」

 

ヴォルケン「“王”は何を考えているのか、分からん。解せぬ事が多い。」

 

リヴァ「そうね・・・でも、結果的にそのおかげで、予想通り作戦は順調に推移しているわ。このまま上手く行く事を祈りましょう?」

 

ヴォルケン「あぁ・・・。」

 

 

19時23分、横須賀基地を鈴谷が出港する。

 

 

19時33分 戦艦三笠

 

―――其は平定への道。

 

―――其は希望への道筋。

 

―――しかして其は、絶望への旅路。

 

三笠「―――紀伊直人。その先にあるのは、底無しの苦しみ。でもそれを乗り越えたならば、貴方は希望と言う運命を導く事が出来る。だから今は進みなさい。真っ直ぐに、北の海原へ。」

 

重巡鈴谷を見送る戦艦三笠。鈴谷を見据える艦娘「三笠」。日の暮れた洋上に、まだ灯火管制がされていない鈴谷が、その存在を示していた。だがやがて、外洋に出る為に灯火管制を敷いた為、鈴谷の姿は、闇に溶けた。

 

 

9月22日(サハリン時間)17時45分 幌筵第914艦隊司令部埠頭

 

提督「やぁ、急に押しかけてすまんな、取り急ぎ補給だけ頼む。」

 

アイン「余程急いでるらしいな、分かった、急がせよう。何か出来る事は?」

 

提督「今回は無い、気持ちだけ貰っておこう。」

 

アイン「そうか、分かった。」

 

提督「じゃ、こっちは急いで出てきたもんで作戦の細部が詰め切れてないんだ。すまんがこれで。」

 

アイン「おう、また暇になったらゆっくり話そうや。」

 

提督「あぁ。」

 

直人はアインと二三言葉を交わしたのみで別れた。盟友と言っていい二人がこれ程あっさりした会話しか交わさないのは珍しい事だが、これだけ見ても、彼がどれだけ急いでいたか、それが窺い知れるだろう。

 

作戦の立案を艦内でやりつつ幌筵まで8日間の行程でやってきた彼らだったが、艦娘達は見事に彼の期待に沿い切る事が出来たと言える。それだけ緻密な作戦案が出来たのである。そして、その作戦案は直ちに実行に移される事が決定した。

 

 

9月23日7時00分 同所・重巡鈴谷前檣楼

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・。」

 

大揺れに揺れる羅針艦橋にただ前方の海を見据えるのみの二人。

 

提督「こんな日に大荒れやんけ・・・。」

 

明石「視界ゼロですねぇ・・・。」

 

そう。この日の幌筵の天候は、濃霧+大雨+波浪と言う大荒れ状態なのだ。千島列島の天気は変わりやすい。数時間前には晴れていても、気付けばこのように大荒れの天気になっている事も珍しくない。

 

提督「・・・予定通り出撃できるか?」

 

と、直人は傍らに控えていた大和に聞く。

 

大和「お任せ下さい。」

 

提督「宜しい。第一艦隊、発艦せよ。」

 

大和「了解!」

 

提督「発艦終了と同時に鈴谷も出港する。その時点を以って作戦開始時刻だ。いいな?」

 

大和「分かっております。では。」

 

大和が敬礼して羅針艦橋を去る。

 

提督「おっとと。」

 

勢いよく左舷側にぐらりと揺れ、思わずふらつく直人。

 

提督「これ大丈夫か本当に。」

 

明石「大丈夫だと思います・・・多分。」

 

提督「多分では困るぞ。」

 

明石「万全を尽くします!」

 

提督「宜しい。」

 

中々な無茶振りである。一応は離岸用のスラスターは積んでいるが、こうも波が荒いと出港は難しい。

 

 

6時24分、荒天の海へどうにか出撃を終えた第一艦隊に続いて、重巡鈴谷が抜錨、明石の苦心の操艦の末、無事に出港する事が出来た。この後数時間、鈴谷と第一艦隊はこの荒天の中をひた走る事になる。

 

余談だが、数名が船酔いした。まぁ大揺れに揺れる船の中だから仕方がないと言う所もあっただろう。

 

 

9月24日8時05分 ウスチ・カムチャツク東方130km沖

 

大和「予定進出点を少し超えましたが、まだ敵はいませんね・・・。」

 

陸奥「油断は禁物よ。」

 

大和「えぇ・・・。」

 

予定進出点は、ウスチ・カムチャツクの真東から10度南に約150km程離れた洋上である。この時鈴谷も同じポイントに向かっていたが、艦娘達の方が足は速い。今回第一艦隊は別働として、オッソラ周辺にいる敵艦隊を撃破する任務を帯びていた。

 

暁「――――!」

 

響「・・・姉さん、どうしたんだい?」

 

暁「前方、敵艦隊!」

 

大和「なんですって――――!」

 

暁の通報に大和が急ぎ22号電探で走査すると、本当に正面方向約40kmに反応があった。

 

大和「不意遭遇戦ですね。合戦用意!」

 

第一艦隊「「了解!」」

 

大和の号令一下、第一艦隊は戦闘態勢に入る。遭遇したのはオッソラ南方で哨戒に当たっていた小艦隊の一つであるが、これが全軍に通報され、ここに「カムチャッカ・オッソラ沖海戦」が幕を開けるのである。

 

 

提督「始まったか。」

 

直人はその報告を鈴谷艦上で受け取る。洋上は多少荒れた程度になったが、雲が垂れ込めている。

 

明石「敵はどうやら、ウスチ・カムチャツクに兵を進めようとしていたようです。後方に揚陸船団の存在を確認したようですし。」

 

提督「そうだな、済んでの所で間に合った。」

 

明石「私達も急ぎましょう。」

 

提督「そうだな・・・。」

 

 

大和「撃て!」

 

 

ドドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

大和の46cm砲が轟く。目前の敵を討ち果たさんとする鉄槌が、敵の頭上に降り注ぐ。

 

陸奥「ちょっと物足りないわね・・・。」

 

伊勢「まぁ、どうやら偵察部隊みたいだしね。」

 

日向「ま、その発言はどうかと思うがな。」

 

陸奥「そ、それもそうね・・・。」

 

陸奥の言を諫める日向。その後作戦は順調に推移し、揚陸船団を航空攻撃で一掃した第一艦隊は、サハリン時間の16時43分、オッソラ近海での敵主力との戦闘へと突入する事になる。

 

 

20時18分 ウスリ・カムチャツク東方沖 進出予定点

 

提督「やっとついたな。速力で倍以上差があるから仕方ないのだが・・・。」

 

明石「作戦、発動ですね。」

 

提督「あぁ、全艦出撃!」

 

金剛「“OK! レッツゴー!”」

 

重巡鈴谷から、一水打群各艦がいつものように出撃を開始する。

 

提督「今回は俺が出ずとも大丈夫な筈だ。超兵器の出現報告もない。」

 

明石「そうですね・・・一応補給は済ませてありますけど。」

 

提督「うん、備えあれば、と言う奴だな。」

 

彼は、超兵器級の存在が確認されていないからと言って安心出来ない事を知っている。故にこそ、備える事は怠っていない。だがこの時、直人は多少心に余裕を持っていた事は否めなかった。

 

提督「索敵機を出したいが、今は昨日友軍が偵察したデータを基に針路を予測するしか無かろうな。」

 

明石「そうですね・・・完全に日が暮れていますし。」

 

提督「うん・・・艦隊、第一警戒航行序列。鈴谷を中心に組み直してくれ。」

 

金剛「“了解デース、油断出来ないからネー。”」

 

提督「そうだ、敵の潜水艦には十分注意してくれ。例え結果が流木一つでも見つけたら報告しろ。」

 

金剛「“け、結構神経質だったデース。”」

 

直人はまだベーリング海に入らない内からかなり警戒を強めていた節がある。それはベーリング海が未だ敵地であった事も無関係では無かったらしく、洋上にある浮遊物ひとつにも必ずしっかりと気を向けていたのである。

 

提督「夕刻に得た情報では、敵はアッツ島北西海上にあって、オッソラ方面での戦闘に加勢する為か西進していた。つまり我々がここから北東方向に向かえば、アッツ島北西海面まで2時間、そこで敵小部隊と交戦出来るだろう、それが恐らく前哨部隊だ。」

 

明石「もし出来なかったらどうしますか?」

 

提督「敵が敢えてアッツ島のレーダーサイトに接近するの愚を犯すとは思えない、北寄りに針路を取ったと言う事だろうから、その線で捜索するまでの事だな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

金剛「“OK、その線で行きまショー。”」

 

これにより艦隊の基本方針が定まった。方針としては、アッツ島北方を西進する敵艦隊の進路を予測して待ち伏せ、これを叩こうと言うものであった。航空索敵なしでのリスクを伴う手法であったが、戦場到着が夜では索敵の効果も期待出来ない為止むを得なかった事は事実である。

 

 

果たして2時間後の22時31分、アッツ北西沖に到達した重巡鈴谷と艦娘艦隊は、小規模の西進する敵の梯団と遭遇した。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「よし、予想通りだな。」

 

明石「全艦、戦闘用意!」

 

 

金剛「交戦用意、夜戦に備え!」

 

神通「了解!」

 

矢矧「始めましょうか。」

 

吹雪「――――よし!」

 

赤城「三戦隊及び十戦隊は二水戦と合同せよ!」

 

長良「了解!」

 

霧島「了解しました。」

 

一水打群と一航艦は夜戦の準備を着々と整えていく。

 

 

提督「―――この敵の後方に主力がいるとしたら・・・。」

 

この作戦は上手く行った。彼はそう思っていた。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の46cm砲が、夜のアッツ島沖にこだまする。後に「第三次アリューシャン海戦」と呼称されるこの戦いは、最初何の変哲もない小競り合いで幕を開ける。遭遇したのは重巡数隻と軽巡を中心にした偵察部隊。金剛らの戦力を考えれば、手も無く捻り潰せる程度でしかない。

 

霧島「撃てぇッ!」

 

 

ドドドドオオォォォォーー・・・ン

 

 

金剛に遅れて霧島も発砲する。彼我の距離2万m、悠々と射程圏内である。

 

鈴谷「さて、やっちゃおっか!」

 

筑摩「えぇ。」

 

利根「うむ!」

 

3人「撃て!!」

 

第八戦隊も射撃を開始し、両者共に全面的に戦端を切る。100隻程度の敵偵察部隊は、こちらを捉えていなかった為か先制を許し、たちまちその数を減らす。

 

摩耶「逃がすなよ! 撃ちまくれ!」

 

 

提督「よし、予想通りだ。」

 

艦娘達の士気は高く、戦況の推移も予想の範疇を越えない事に彼は優越感を抑えきれない。

 

提督「一気に仕留めろ! 逃がすなよ!」

 

金剛「“オフコース!”」

 

直人が檄を飛ばし、その甲斐あっての事かは兎も角、戦闘は40分少々で終了した。敵艦隊を徹底的に追い回し仕留めた結果長引いたが、それも夜戦であればこそ止むを得なかっただろう。

 

提督「艦隊集結せよ!」

 

23時14分、広がりつつあった艦隊の分布を注視していた彼が集結命令を出した事で、戦闘は集結した。既に敵は四散して逃げ散っており、組織だった抵抗など不可能だった為、この判断は正しかったと言える。

 

 

吹雪「ふぅ・・・。」

 

吹雪はこの時共同戦果2隻を含め7隻を撃沈すると言う会心の一戦となった。

 

深雪「お疲れ~。」

 

一区切りついたと言う様子で言う深雪。

 

吹雪「ありがとう、深雪ちゃん。」

 

初雪「・・・眠い。」

 

白雪「ちゃんと起きててくださいね?」

 

初雪「分かってるけど・・・。」

 

言いながらうつらうつらしていたが。

 

白雪「はぁ~・・・。」

 

基本的に初雪は低血圧なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、この後初雪は鈴谷に後送されたのであった。

 

吹雪「でも、まだまだこれからなんだよね、頑張らないと・・・。」

 

吹雪にとって、初の第一線部隊での実戦。その実感が、少しずつ彼女の中で沸いて来ていた。

 

 

明けて9月25日3時55分・・・

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「・・・明石。」

 

明石「はい。」

 

提督「当初予想していた遭遇予想点はここであってるな?」

 

明石「はい。」

 

提督「・・・敵の反応は?」

 

明石「今の所ありません。」

 

提督「・・・。」

 

この問答で直人は、一つの事を悟らざるを得なかった。つまり・・・

 

提督「読みを外した・・・。」

 

明石「そう、みたいですね・・・。」

 

そう、見事にやってしまった、この時は運がなかったようだ。予想接触海面と睨んだアッツ島北西沖には敵影一つなかったのである。

 

提督「まずいな、急ぎ北上する必要がある。時間もそうあるまい。」

 

明石「分かりました、発令します。」

 

直人は急ぎ、全艦に北上を命じ、敵艦隊を捜索にかかった。この時から海が少し荒れ始めていた。

 

 

金剛「波が高くなってきましたネー。」

 

榛名「間隔を保つのは難しいかと。」

 

金剛「そうネ・・・各隊ごとに一体になって行動して下サーイ!」

 

一同「「了解!」」

 

荒天下で陣形を維持するのは難しい。こと艦娘なら尚更である。故に金剛は陣形整頓に拘るの愚を犯す事を避けた。この様な天候では、敵の潜水艦も手は出せないから、むしろ安心して航行出来ると読んだからこそである。

 

提督「今でこそ第一艦隊は優勢に戦っているが、増援が来たなら話は別な筈だ、どうにか食い止めないと。」

 

副長「――、―――――。(必ず、役割を果たしましょう。)」

 

提督「そうだな。宜しく頼む。」

 

副長「――――!(お任せ下さい!)」

 

副長妖精が胸を張って応じる。かくして鈴谷は周囲に艦娘達を従えて、最大速力で北に向かったのである。

 

 

他方、カムチャッカ・オッソラ沖海戦は、戦艦大和を基礎とする戦艦部隊と、随伴の空母航空部隊による多面航空火力支援によって優勢を保ったまま、艦隊がオッソラ沖になだれ込むに至り、激烈な夜戦に続き、オッソラに上陸していた敵の残存に対する艦砲射撃が始まっていた。

 

彼らの戦術ドクトリン(戦闘教義)が、火力中心主義にある事は既にこれまでの戦闘が証明した通りだが、これは正にその最たるものと捉えてよい。優勢な火力を集約し、以って敵に痛打を見舞うこのドクトリンは、戦力が少なくとも、効率的な小火力の集中により、大なる火力の投射よりも高い効果を挙げ得る。

 

横鎮近衛艦隊が持つ水上打撃群は、短時間にその火力を効率よく効果的に集中投射する為の方策として編成されたものである事を考えれば、彼の兵力編成が、単に大艦巨砲主義や、航空主兵論によって論じられたものではない事が分かるだろう。それは即ち、局所における火力優勢(=局地優勢)によって全の量に消耗戦により打ち勝とうとする、苦肉の策なのである。

 

 

9月25日6時55分 アッツ島北方沖

 

提督「だから、何でこうも天候不順なん!?」

 

明石「私に聞かないで下さいッ!!」

 

二人して涙目の状況、またしても洋上は霧、しかも湿度が高過ぎ、霧の水分が水滴となり、雨の様に降り注いでいた。正確には雨も降っていた。

 

提督「レーダーの感度は大丈夫か?」

 

前部電探室「“有効半径は40kmありませんね・・・。”」

 

提督「取り逃がしかねんな・・・。」

 

前部電探室「“最善を尽くします。”」

 

提督「頼むぞ、こうなった以上電子の目だけが頼みの綱だ。」

 

前部電探室「“了解!”」

 

提督「十一駆に下令、針路上の海面を目視にて捜索せよ。」

 

吹雪「“了解!”」

 

吹雪の元気のいい返事と共に、4隻の駆逐艦が前方に進出して行く。

 

提督「――――二十七駆も前進だ。こう言う時も二段索敵で行こう。航空機も出せないしな。」

 

白露「“りょうかーい!”」

 

白露・時雨・涼風を擁する二十七駆が、十一駆の後を追って前進を始める。霧の中では艦載機を飛ばした場合帰投方位を見失う可能性がある。この為彼は水偵や艦偵を飛ばさず、代わりに駆逐隊を前進させたのである。

 

提督「全艦、周囲の見張りを厳とせよ、電探も総動員だ、敵艦一匹取りこぼすんじゃないぞ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

直人はこの悪天候にもめげず、何としても敵を捉えるの覚悟で臨んでいた。変わりやすい北太平洋の天気故、仕方がない事であった。

 

 

7時01分 重巡鈴谷

 

白雪「“敵艦隊発見! 距離、私の前方、距離1万2000!”」

 

提督「姿は視認出来るか?」

 

白雪「“いいえ、影だけです。ですが間違いありません、敵の大艦隊です。”」

 

提督「分かった、十一駆は当該の敵と接触を保ち、二十七駆は引き返せ。全艦隊戦闘準備、空母を分離し、突撃態勢を取れ!」

 

白雪「“了解。”」

 

金剛「“OK!”」

 

赤城「“了解!”」

 

白露「“了解!”」

 

直人が各艦隊に指示を送り、十一駆は白雪の発見した目標に向けて航行する。

 

艦隊総員に緊張感が漲り、砲に砲弾が装填され、砲身に仰角がかけられた。魚雷も既に信管の調停を終え、全てが魚雷発射管に収まった。対空機銃や航空隊は必要か使えるのか分からないが、兎に角準備する事になった。かくして戦機は急速に熟しつつあった。

 

 

7時03分 敵艦隊周辺海域

 

吹雪「――――いた。」

 

その頃吹雪は通報のあった敵艦隊への触接に成功していた。

 

吹雪「ん? あれは・・・。」

 

吹雪はその時、見慣れないシルエットが前方にあるのを認めた。深海棲艦としてはかなり大型なタイプ、吹雪は直感でそう思った。

 

その時、そのシルエットの一点が、黄色く光るのが見えた。

 

吹雪「――――?」

 

はじめ、吹雪はそれを疑問に思ったが、直後それは“異変”であると気付いた。しかしそれは、余りにも遅すぎた。

 

吹雪(通信にノイズが――――)

 

 

ドシュウウウウウッ

 

 

吹雪「―――――ッッ!!」

 

三条の黄色い光の槍が、吹雪を刺し貫く。放たれたのは紛れもなく、レーザー兵器であった。

 

吹雪(う・・・そ・・・。)

 

吹雪は一撃で心臓と、艦娘機関の両方を射抜かれ、最早助からないであろうことは目に見えて明らかであった。何より、救ってくれる僚艦は、分散していて近くにいない。文字通り、最悪の状況で、最悪の一撃を食らったのである。

 

 

バシャアアアアン

 

 

吹雪がそのまま海面に倒れ、その下に引き込まれる。直後水中で艦娘機関が爆発を起こしたが、水中爆発だった事と距離があった事が災いし、全速航行中の本隊に、その音が捕らえられる事は無かった。

 

吹雪「提・・・督・・・みん、な・・・。」

 

失われつつある意識の中で、吹雪は「戻りたい」と願った。しかし、それさえも、果たされぬ願いだった―――。

 

 

7時05分 横鎮近衛艦隊前方海面

 

白雪「初雪ちゃんは、接触できた?」

 

初雪「“うん、一応ねー。”」

 

白雪「吹雪ちゃんはどう?」

 

十一駆の各艦に連絡を取ろうとした白雪。しかし、吹雪との連絡が繋がらない。

 

白雪「吹雪ちゃん? 吹雪ちゃん!」

 

呼びかけてみても、声はおろかノイズさえ聞こえない。

 

白雪「司令官! 吹雪ちゃんと連絡が、連絡が取れません―――!」

 

吹雪の消息不明―――事実は沈没―――に気付いたのは、それが起こってから2分も経過した後だった。

 

 

~重巡鈴谷~

 

提督「何!? 吹雪と連絡が?」

 

「“はい、何度呼び出しても応じないんです!”」

通信の白雪の声には、少しノイズが混じっていた。

 

提督「白雪はそのまま呼び続けろ、こちらも連絡してみる。」

 

白雪「“はい!”」

 

提督「明石! 吹雪に緊急回線で通信を入れろ!」

 

「分かりました! えっと・・・これだ! 吹雪さん、吹雪さん聞こえますか?」

明石が非常用に用意されている緊急回線で何度か呼び出してみる。が、これにも応じない。緊急回線は通信を切っていても強制的に受信される回線である。それが繋がらないときた。

「駄目です、繋がりません!」

 

「なんだと・・・!?」

これに直人が動揺しない筈はない。彼の、彼の艦娘達の与り知らぬ所で、吹雪の身に何かが起こったのだ。

 

提督「―――戦況プロットを表示、吹雪の最終位置は・・・!」

 

彼は吹雪の位置マーカーが最後に送った座標を突き止めた。白雪のいる位置から5km程東の位置だ。そこには赤い×印と、[LOST]の赤文字が表示されていた――――。

「・・・馬鹿な、そんな事がある筈はない、吹雪は艤装を大破されたに違いない。十一駆は直ちに捜索を行え、吹雪を見つけ次第曳航するんだ! 私もすぐに行く!」

 

白雪「“分かりました。”」

 

提督「そう言う訳だ、金剛、いつも以上に押し出してやるんだ!」

 

金剛「“十一駆の皆さんの援護デスネー?”」

 

提督「あぁ、急ぎで頼む。」

 

金剛「“了解デース!”」

 

明石「提督、お気をつけて。」

 

「あぁ・・・ん? このデータは―――?」

直人が気付いたのは、吹雪のマーカーに最後に添付された敵情報告である。そこには、大型の深海棲艦の姿を視認したと言う報告が含まれていた。

 

「―――まさかな、急いで救援しなければ。」

直人はふと嫌な予感がしたが、すぐに打ち消して艦橋を急いで降りて行ったのだった。

 

 

7時07分

 

提督「紀伊、出撃!」

 

「バシュウウウウッ」と言う射出音と、バーニアの推進音と共に、直人が巨大艤装を纏い射出される。

 

 

バッシャアアアアアアアアン

 

 

提督「わっぷ!?」

 

降りた先が波の正面でモロに頭から被る男。

 

提督「うわーずぶ濡れ・・・あとでシャワー浴びないと。」

 

真水生成装置があるので水には困らない重巡鈴谷の良い所である。

 

提督「そうじゃない、探さないと―――!」

 

直人は気を取り直し、全速力で吹雪失踪地点に向けて進む。彼にとって一刻を争う事態である。

 

提督「明石、ナビゲート頼んだ!」

 

明石「“お任せ下さい! それよりずぶ濡れですけど大丈夫ですか?”」

 

提督「艦娘機関の排熱が温かいから大丈夫だけど凍りそうではあるな。」

 

明石「“あとでシャワールーム送りですね。”」

 

提督「それより吹雪だ、方角あってるか?」

 

明石「“3度右に修正して下さい。”」

 

提督「了解。」

 

直人は明石の誘導でポイントXに向かい全速力で航進する。そこに吹雪がいると、彼は信じた。否、信じたかった。プロットに現れた[LOST]の文字。彼はまだ、波間に吹雪が漂っていると思いたかったのである。

 

しかしここは厳冬の北太平洋、生身の人間は30分と持たない極めて厳しい環境だ。故に、一刻を争ったのである。

 

提督「これより紀伊は“吹雪”捜索に入る! 戦闘指揮を金剛に一任する。」

 

金剛「“いつも一任されてる気がしますケド、了解デース!”」

 

直人は金剛の陽気さをこの時ばかりは羨んでいた。

 

 

7時14分 吹雪失踪地点:ポイントX

 

提督「ここで・・・あってるのか?」

 

明石「“その筈です、付近を捜索してみて下さい。”」

 

提督「あぁ・・・。」

 

返事をする彼は、半ば絶望的な気持ちになっていた。

 

所々に浮く浮遊物、吹雪型の制服や、艤装の破片、流出した油がまだらに斑点を作っていた。明らかに、船が沈んだ時の様な所見が、そこにはあった。

 

提督「・・・とにかく、探さないと・・・被害のデータ、その他諸々を調べられるものもだ。」

 

直人は付近を探し始めた。祈りを込めて、四周に目を凝らす。

 

白雪「あっ、提督!」

 

提督「白雪か! それに初雪も!」

 

霧の中から白雪と初雪が姿を見せる。

 

深雪「深雪様もいるぜ!」

 

提督「お前達、来てくれたのか・・・。すまん、手伝ってくれ!」

 

3人「はい!」

 

仲間の助力を得て、直人は色んなものを拾い上げていく。その中にはこんなものがあった。

 

提督「これは・・・艤装の残骸だ・・・。」

 

そう、吹雪の背部艤装である。艦娘機関が爆発を起こした為にひしゃげて真っ黒になっていたが、状態そのものは良好だった。

 

提督「初雪、これを明石に。」

 

初雪「ん、分かった。」

 

初雪がその残骸を抱えて戻っていく。

 

白雪「―――!」

 

同じ頃白雪は、直人から少し離れた所で、“ある物”を拾っていた。

 

白雪「・・・。」スッ

 

白雪はそれを直人に知らせるか否か逡巡した後、それをひとまず、懐にしまった。今はその時ではないと思ったからである。

 

 

7時19分――――

 

提督「あれは・・・?」

 

直人は、吹雪が見たものと“同じもの”を見た。隆々たる独立武装を従えた、大型の深海棲艦。

 

提督「戦艦棲姫か―――?」

 

直人はふとそう思った、しかし細部がシルエットでも分かるほど違う部分があった。

 

提督「深雪、白雪、集まれ!」

 

白雪「“はいっ!”」ザザッ

 

深雪「“了解!”」ザザザッ

 

提督(またノイズ―――まさか!)

 

直人は咄嗟にレーダーを確認した。するとそのスクリーンにもノイズが混じっていたのである!

 

提督「金剛、聞こえるか?」

 

金剛「“どうしたんデース?”」

 

ノイズが混じるが、どうにか明瞭に金剛の声は聞こえた。彼は声を押さえて言う。

 

提督「敵に超兵器級がいる! 注意しろ!」

 

金剛「Watt!? 情報じゃいないって―――!」

 

提督「今までは、だ、状況が変わっている!」

 

金剛「―――了解デース、気を付けて!」

 

提督「―――あぁ!」

その直後であった。

「何か光って―――ッ!」(Fデバイス、サブスロット2展開!)

 

 

バチイイイイイイイイイイイッ

 

 

白雪「!」

 

深雪「なんだ!?」

 

直人は間一髪、Fデバイスの限定展開により電磁防壁を展開して難を逃れる。直感で、エネルギー兵器だと気付いたのである。霧の艦隊との戦いが、彼にその直感を授けたもうたのである。

 

提督「αレーザーとβレーザー、この二つを同時に積んでいる船、それも超兵器と言えば・・・。」

 

???「フッ、ご明察ね。」

 

その影が声を発した。霧の中でシルエットが見えると言う事は余程の近距離である。声が届くのも当然である。

 

提督「成程、ただの戦艦棲姫では無かった訳か。道理で、あちこち違う訳だ。」

 

???「私をその辺の傀儡(くぐつ)と同じにしないで欲しいわね、人間。」

 

提督「ほう、余程の上層部が出て来たと見える、戦力も多い訳だ。」

 

???「当然よ、この“戦艦棲姫改”がいるのだから、守る者が多いのは当たり前。」

 

提督「戦艦棲姫改、それが貴様の名か、“グロース・シュトラール”!」

 

グロース「そうね、愚かで哀れな人間よ。」

 

提督「何―――?」

 

その言葉に彼は眉をピクリと震わせた。

 

グロース「様子を見れば分かる、お前は“さっきの駆逐艦娘”を探しに来たのでしょう?」

 

提督「―――!」(なぜ―――)

 

グロース「愚かだ事、あの哀れな小娘はもうここにはいない。あなたの采配が、小娘に“死”を齎したのよ。」

 

提督「・・・。」

 

その言葉は、彼が撃鉄を引くには十分過ぎた。余りにも迂闊に、グロース・シュトラールは彼の逆鱗に触れたのである。

 

グロース「今頃駆けつけても後の祭り、せっせと破片を拾い集めているとは無様だ事。」

 

提督「――――何処だ。」

 

グロース「よく聞こえないわねぇ、はっきり仰い?」

 

提督「―――吹雪を、何処にやった!!」

 

―――Fデバイス、完全展開―――!

 

風が逆巻き、彼がその艤装ごと、紫の殻に包まれていく。

 

白雪「うっ!?」

 

深雪「何が起こって―――!」

 

二人は霧の中で風が起こった事で気流の渦に吸い寄せられた水の粒で視界を遮られ、何が起こったのかを把握できなかった。

 

 

バカアアァァァァァァ・・・ン

 

 

提督「・・・もう一度聞く。吹雪を何処へやった。」

 

憎しみと怒りに沸き立つ双眸でグロース・シュトラールを見据えながら、彼は最後の問いをする。

 

グロース「くどいわね、あの小娘はもう海の底よ。」

 

提督「ならば結構、吹雪の―――敵討ちだ!」

怒りに燃えるその双眸は、大いなる冬の強い顕現の影響を受けて、紫の光を放っていた。

グロース「図に乗るな、人間!」

 

提督「―――沈メ!」

彼が両腕のFデバイスを構え、そして―――

 

ダダダダダダアアアアァァァァァァァーーー・・・ン

 

レールガン全砲門に相当する12門を連続射撃する。

 

グロース「ッ―――!?」

 

ズドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

至近距離で放たれたその攻撃を、グロース・シュトラールの防御重力場は受け止める事が出来なかった。否、もとより不可能だったと言っていい。

 

グロース「馬鹿なッ、人間風情が、この様な―――!」

 

一撃で、グロース・シュトラールはその全戦闘力を失っていた。それほどまでに、深海棲艦となった彼らの身は、超兵器本来のそれとは比べ物にならないほど脆かったのである。が、何よりエネルギー兵器の準備中に叩きつけられた超高速弾は、その充填されたエネルギーを暴走させるのには充分過ぎたのである。

 

提督「アホ抜かせ、こんな大層な艤装つけてる人間がいるか。」

 

グロース「このッ、化物め―――!」

 

提督「そうとも、死ね。」

 

 

ダアアアァァァァーーー・・・ン

 

 

直人はグロース・シュトラールの体に、トドメとばかりレールガン1発を撃ち込む。消し飛んだのは言うまでもない。彼は最早その肉体に、敵としての意識を持ちはしなかった。故に彼は、剣で敵の首を取る事をせず、消す事で忘れようとしたのである。

 

提督「馬鹿な奴だ、力もないのにプライドだけ人一倍とはな。」

 

Fデバイスの展開を解除しながら言う直人。電子系統にあったノイズはもうない。

 

白雪「お、終わった・・・?」

 

深雪「一体何が・・・。」

 

悠然と佇む彼の姿を見て呆然とする二人。

 

提督「―――くっ!?」

 

彼はその直後唐突に激しい頭痛に襲われた。

 

白雪「司令官!?」

 

深雪「おいどうした司令官!」

 

慌てて二人が駆け寄ると、彼は激痛に顔をしかめていた。

 

提督「大丈夫だ、少し、頭が痛いだけだ―――。」

 

白雪「大変じゃないですか、すぐに戻らないと!」

 

提督「大丈夫だと言ってるだろう、それより、捜索を続けないと―――。」

 

深雪・白雪「―――。」

 

二人は顔を見合わせた。直人はまだ、吹雪の生存に一縷の望みを掛けようとしていたのである。彼はその衝撃の大きさに、いつものように現実をすぐ受け入れる事が出来なかったのだ。例え絶望的だったとしても、仲間を失う事を、彼は恐れたのである。

 

 

7時51分、第一艦隊からの戦闘終了の報告。8時22分、敵艦隊半壊、撤退開始の知らせ、その追撃を開始した事も、彼はこの時、別世界の出来事であるような気持ちで聞いていた。彼は必死になって、吹雪を探した。しかしそれが見つかる事は遂に無かった。

 

・艤装反応:[LOST]

・生体反応:[LOST]

・霊力反応:[LOST]

 

その報告を明石から受け取ったのは、8時30分の事であった。最早、吹雪が生存している見込みは、万に一つも無くなったのである。

 

 

8時32分 ポイントX付近

 

提督「そんな・・・嘘だろ・・・?」

 

報告を受けた直人は愕然としていた。

 

提督「何の冗談だよ・・・こんな質の悪いサプライズがあってたまるかよ・・・!」

 

天候は徐々に回復傾向になりつつあった。しかし今見つけた所で、最早吹雪を助ける方法などなかったに違いない。

 

白雪「司令官・・・いえ、提督。」

 

そこへ、深雪を先に戻らせた白雪がやってくる。

 

提督「―――どうした。」

 

「こちらを、どうぞ・・・。」

白雪が懐からあるものを取り出す。それは、吹雪が常に、左胸に身に着けていた殊勲賞だった。留めてあった部分の服の切れ端は、輪郭が黒く焦げ、留め具によって勲章の裏に留められていた。

 

そしてその勲章は、何かによって溶解されたと思われる丸い欠損がフチにあった。

 

白雪「では、これで・・・。」

 

白雪は自らその場を去った。後には彼一人が残されただけ。

 

提督「・・・。」

 

直人は、手にした吹雪の殊勲賞に視線を落とし、ただ立ち尽くしていた。

「―――吹雪・・・なんで俺達を置いて逝った・・・。なんで、俺の傍からいなくなった・・・。」

“夢ではない”、彼はそう認めざるを得なかった。最早、吹雪の姿を見る事は二度とないだろう。これが、戦争の現実なのだ。それを知らずして育ってきた彼は、それを知らなさ過ぎた。否、知識として知っていても、そう言った経験がない者は、自然無意識に現実に対し鈍感になるものだ。

 

その戦争の実相を、彼はまざまざと、見せつけられたのである。

 

「―――ああぁぁぁっ・・・」

 

彼の目から涙がとめどなく溢れた。仲間を失った事への悲しみが、爆発したのである。極寒の洋上に、彼の慟哭が響き渡った。それを聞いた者も、見た者もいなかったのは彼にとって幸いだった。彼方では、依然砲声が轟いていた―――。

 

 

9時47分、彼は一水打群に追撃停止の命令を出し、第三次アリューシャン海戦は終結した。敵の大規模支援艦隊は、その戦力の8割弱を失って敗走したのである。またしても水上打撃群は、その効力を見せたのであった。

 

1時間以上前に戦闘を終え、カムチャッカ・オッソラ沖海戦に終止符を打った第一艦隊は既に帰路にあった。彼らの仕事はこの時終わったのである。

 

10時13分、周辺海域の天候が回復しつつあった頃、重巡鈴谷に、直人が戻って来た。この時艦隊は鈴谷へと戻る途中であった。

 

 

10時37分 重巡鈴谷中甲板・艦内工場

 

シャワーを浴びた直人は、着替えの軍服を纏い、明石のいる艦内工場にいた。

「どんな塩梅だ?」

曇り切った表情から、憔悴しきった声で彼は訪ねた。

明石「恐らくエネルギー光線兵器によって、艦娘機関を貫通されています。艤装に残された熔解貫通痕を見るに、少なくとも三方向から貫通されています。その軌道を検証した結果、そのうち一つは、吹雪さんの心臓を・・・。」

 

提督「言わないでくれ・・・。」

 

明石「し、失礼しました!」

 

直人はまだ、吹雪が死んだことを受け入れられていなかった。何か悪い夢だと思えてならないと言うのが本音だった。頭では理解出来ても、受け入れる事とは別であるとは、正にこの事を指すのだろう。

 

明石「続けますね。どうやら、艤装防護は殆ど機能していなかったようです。今後、ああいった光線兵器への対策が必要になるとは思われますが・・・。」

 

提督「分かった。これまでのデータで何とかなるか?」

 

明石「霧の艦隊とで得たデータも含め何とか。」

 

提督「では出来るだけの対策を頼む。」

 

明石「分かりました、帰ったら開発してみます。」

 

提督「吹雪・・・。」

 

明石「・・・。」

 

直人は念の為、一航戦の三隻に航空捜索を指示していた。吹雪が戻らない以上、何があったにしても、形の上では捜索しなければならないからだ。

 

 

翔鶴「航空捜索、ですか・・・。」

 

瑞鶴「どうかしたの?」

 

翔鶴「いえ、吹雪さんが失踪して既に時間が経っています。見つかるかどうか・・・。」

 

瑞鶴「大丈夫よ! 航空機なら広い範囲を捜索出来る、きっと見つかるよ!」

 

瑞鳳「でも、吹雪の艤装の残骸が・・・。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

翔鶴「きっと・・・信じたいんだと思います。」

 

瑞鶴「信じる、か・・・そうね、提督が、吹雪が戻ってきて欲しいと願っている以上、頑張らない訳にはいかないよね。」

 

瑞鳳「うん・・・そうだね。」

 

一航戦の3人は、必ずしもその命令に納得した訳ではなかった。しかし彼女達は、命令を受けたその言葉の端々から、彼の「願い」を感じ取っていた。然らばその願いを叶えさせなければ、その為の手を尽くさなければ、それは義に悖る行いであると思い、甘んじて受けたのである。

 

直人とて、ただプライドに訴えたのではない。それとはむしろ無縁と言っていい。

 

彼がこれまで行ってきた、“全艦生還”の奇跡。その種々の奇跡を成し得た男が、その神話崩壊を恐れたからそうさせた訳ではない。ただただ、吹雪が戻って来ると、信じたかっただけなのである。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督(戻ってこい吹雪・・・こんな形でいなくなるなんて、俺は真っ平だ!)

 

彼は海を見据え、吹雪が戻って来る事を祈り続けていた・・・。

 

 

結局、航空隊も吹雪を発見する事は無かった。16時27分、航空捜索隊を収容した一航戦とその随伴艦を帰艦させた直人は、それ以上海域に留まる事を避け、幌筵に向け海域を離脱して行った。

 

彼に後ろ髪引かれる思いがあった事も事実だった。だがそれ以上に、彼はリアリストであったと言う事だろう。

 

9月28日4時49分、鈴谷は幌筵に寄港、第一艦隊を収容、燃料補給を行い5時59分に幌筵を発った。補給を行ったにしても僅か1時間のみと言うスピード出港である。

 

 

一方、グロース・シュトラールの喪失は、深海側に衝撃を与えた。

 

~ベーリング海棲地~

 

ヴォルケン「何!? 戦艦棲姫改が!?」

 

リヴァ「ヴォルケン・・・?」

 

ヴォルケン「・・・これが、“例の艦隊”によるものだとすれば――――。」

 

リヴァ「私達は見くびり過ぎていた、そうね?」

 

ヴォルケン「あぁ・・・今後、例の艦隊に対しては、徹底した対策が必要かもしれん・・・難しい事だがな。」

 

リヴァ「そうね・・・。」

 

 

~北極棲地~

 

「―――グロース・シュトラールが逝ったか・・・。あの者は着実に力を付けていると見える。さて、あの者が私の元へと至る日は、果たしていつかな・・・フフフッ。」

 

 

6時17分 幌筵島南沖合/重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「吹雪・・・。」

 幌筵を出港してからの直人は、艦長室に一人でいる事が多く、どちらかと言えば直人には珍しく塞ぎ込んでいたと言う。時間が経ち、彼の心の内に、深い後悔と悲しみと喪失感が渦巻いていた。

最早彼の手で吹雪を救う事は出来ないし、誰の目にもそれが明らかである事が分かり切っているからこそ、である。

 それ程にまで、彼の受けた精神的ショックは大きかった。周囲の艦娘達も心配していた様だが、彼女らとて、吹雪を失ったと言う事実が、自分の頭上に重くのしかかって来ていた。

艦娘達にとってそれは、“明日は我が身”なのだ。故にこの時ばかりは、艦隊の士気も下がっていた・・・。

 

 

10月4日(サイパン時間)11時59分 サイパン司令部前ドック

 

「戻って来た・・・か。」

直人がサイパンの司令部に足を降ろす。そこに、いつもの様な達成感はない。

大淀「提督、お疲れ様でした。」

 

提督「あぁ、大淀か・・・。」

 

大淀「今回もお疲れ様でした。」

 

「あぁ、ありがとう。」

直人が大淀に微笑みながら言った。それは何処か、寂し気な笑いだった。

「――――。」

 大淀はその様子に心を打たれた。と言うのも、こうして対面するまで大淀は直人の詳しい様子を聞いていた訳ではない。だが今こうして対面すると彼が相当落ち込んでいる事は大淀も目に見えて分かったのだ。

 

提督「ではな、今日は休みたい。」

 

「は、はぁ、分かりました・・・。」

直人に休みたいと告げられて思わず了解した大淀。その後ろ姿を見送っていた大淀はある事に気付いた。

(―――提督が、肩を落としてらっしゃる・・・。)

大淀は悟った。今の直人は、とてもモノにはならない事に。実際、彼には気持ちを整理する時間が必要だった。

 

大淀「提督・・・。」

 

金剛「気付きましたカ?」

 

大淀「金剛さん・・・。」

 

金剛「終わってから、ずっとあの調子ネ。皆も元気がなくて・・・。」

 

大淀「でしょうね。吹雪さんの戦没、その事実を、簡単に受け入れろと言うのは、余りに無理がある話ですから・・・。」

 

金剛「ワタシが力になれたらいいのデスガ・・・。」

 

大淀「金剛さん・・・。」

 

金剛「―――ワタシが、励ましてあげたいのは山々デース。でも、いま私に言える事は無いネ・・・。」

 

大淀「そうですね・・・私達は艦娘、私達も、いつそうなるかは分からない身です。である以上、提督に掛けられる言葉は、少ないのかもしれませんね。」

 

 

12時27分 中央棟2F・提督私室

 

提督「・・・。」

 

直人は一人思い詰めていた。

 

提督(俺はもう、誰も失いたくなかった。なのに―――)

 

彼は、自身の采配のせいで、吹雪が沈んでしまったと考える様になっていた。むざむざ、単独行動などさせなければ、或いはこんな事にはならなかったかもしれないからだ。

 

提督(元はと言えば、俺があの時吹雪の願いを意地でも取り下げなかったから―――)

 

彼は彼なりに、責任を感じていたのだが、それもここまで来ると度が過ぎていた。が、彼がこの状態から抜け出すには、もう少しの時間が必要になる・・・。

 

 

10月8日15時37分・・・

 

提督「―――。」

 

帰還してから、彼はずっと執務を行っていない。自室に籠りずっと塞ぎ込んでいた。時折食事をしに出てくる事はあるが、その様子は艦娘達に声を掛けさせることを躊躇わせたほど、落ち込み切っていた。

 

大淀はモノにならないと言う判断でその間執務を代行していたが、能率の低下は明らかで、やはり提督の復帰は不可欠と考えていた。しかしそれは容易な事ではない。自信を失った直人に再び自信を取り戻させる事自体、容易ではないからだ。

 

そしてこの日、2人の客人が直人の元を訪れた。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「誰だ・・・?」

 

金剛「私デース、入りますヨー?」

この時期、提督の部屋に入れたのも彼女位であった。金剛は躊躇い無く扉を開けて、彼の部屋に入って来た。

提督「!」

金剛は大淀を伴っていた。彼が口を開くよりも早く、大淀が発言する。

「提督、お客人をお連れしました。」

 

提督「客だと?」

驚く彼を他所に、大淀の声の後から現れたのは、彼にとって予想だにしない客人の姿だった。

「二十日ぶりだな、紀伊君。」

 

提督「―――!」

 

その声には覚えがあったし、その顔、その姿は見間違える筈がなかった。

 

提督「大淀、貴様喋ったな!? 土方さんに全て喋ったな!?」

 

大淀「はい、お話しました。」

 

土方「あぁ、話は聞かせて貰った。」

 

「私もいるぞ、直人。」

土方海将の後から出てきたのは大迫一佐である。

提督「大迫さん・・・。」

 

土方「吹雪の件、お悔やみを申し上げる。その事で、随分と思い詰めているようだな。」

 

提督「それは・・・。」

 

大迫「お前の気持ちは分かる。大方、自分の責任だと思っているのだろう。確かに采配をした提督にも責任はあるだろうが、今回は情報の不正確さから来る偶発的な事故ではなかったのか?」

 

提督「それは違います、私が単艦行動など命じたばかりに、吹雪は沈んだんです。」

 

土方「紀伊君、君が発したのはあくまで霧中偵察だった筈だ、単艦でと言う条件は、付けていなかったのではないのか?」

 

提督「・・・!」

 

そう、気付いていた読者の方もいたかもしれない、何も十一駆への索敵指示の際、彼は「扇形索敵」をやれとは言っていないのだ。それを行ったのは、十一駆の判断であり、白露たちは一団となって前進していたから、これに関しては直人が采配した訳ではないのだ。

土方「吹雪は自分の頭で考え、行動した。そこに君の意思は入っていない筈だ。無論、吹雪の行動が失敗だったとしても、それを吹雪は死を以って購っているし、紀伊君が采配した訳ではないから、その責任もない。」

 

提督「それはそうかもしれません。ですが提督たる者は、幕下に置く艦娘全ての生命に責任を持つのです。それをむざむざ失わせたとあっては、今更誰に顔向け出来るでしょうか? 今の私は、艦隊を指揮統率するに当たりとても自信を持てませんし、艦娘達の生命を保証する事も出来ません。」

 

土方「それこそ筋違いだと思うがね、紀伊君。」

 

提督「・・・?」

 

土方「提督が艦娘の命に責任を持つのは当然だ。だが我々がやっている事は『戦争』なのだ。戦争をやっている以上、命を落とす者があっても、それは当然とは言わないが不自然な事ではない。

紀伊君、君は一人の艦娘の命を失った。初めての事だろう、自信を失うのも無理はない。だが君は、その一人の命を失ったが為に、他の多くの艦娘達への責任を放棄すると言うのかね?」

 

「―――!」

 直人は、漸く思い出した。彼の元には、大勢の艦娘達が集っている事を。彼の為だけにである。であれば彼は、艦娘一人一人の命の保証よりもまず、艦娘達全員に対する責任を果たさなければならないのである。

 

大迫「直人、今回の事を、忘れろとは言わん。だがその事を余り考え過ぎるな。お前の元にいる艦娘は、一人じゃないんだからな。」

 

(―――そうか、そうだった。)

彼は、漸く思い出した。

(俺は、一人では無かったな・・・。)

直人の目に、漸く光が、戻り始めていた。

 

 

~翌日~

 

ガチャッ

 

提督「やぁ、おはよう。」

 

金剛「―――!」

 

大淀「あ・・・!」

 

提督「ごめん、待たせちゃった。」

 

金剛「・・・遅過ぎデース!」

 

大淀「そうです! 決裁して頂かないといけない書類が山ほどあるんですからね?」

 

提督「ハハハ、そうだね。それじゃ、早速取り掛かろうか!」

 

金剛・大淀「「はいっ!」」

 直人がやっと、執務室に姿を現した。それは、思わぬ偶然を発見する運を呼び寄せることになる。

 

 

10月10日8時33分 建造棟1F・建造区画

 

明石「あっ、来ましたね。」

 

提督「で、急に呼び出しとは何事か?」

 

「これを、見て下さい。」

そう言って明石が差したのは、吹雪型の艤装だった。

 

提督「・・・吹雪型の基本艤装、ではないのか?」

 

明石「それは雛型のようなものですが、これは完成された艤装です。」

 

提督「―――それって、まさか!」

 

明石「はい、原型通りの吹雪型の艤装を扱う艦娘と言えば、一人です。」

 

提督「・・・。」

 

雛型そのままの吹雪型艤装を纏う艦娘。それは―――吹雪の事である。

 

提督「・・・吹雪は生きている、と言う事でいいんだな?」

 

明石「少なくとも、装者の降霊がされなかった時点で、それは間違いないかと。」

 本当に死んだのならば、吹雪が降霊によってもう一度やって来る筈である。尤もそれであれば、その吹雪は沈んだ吹雪とは別の個体である。しかしそれが無かった以上、吹雪はまだ生きていると見做さざるを得ないのだ。

 

提督「―――分かった。ありがとう。」

 

明石「ドロップ判定は、明日必ず。」

 

提督「あぁ、頼むぞ。」

 

「はい!」

明石は艤装の修理の為、慌ただしく建造棟を後にする。

 

(吹雪は生きている―――ならばまだ、希望はある。必ず、何処に居ようとも―――!)

 そして直人は再び覚悟を決める。いつか必ずまた会えると信じて、彼は再び光の下を歩み始めた。それは彼にとって、苦難の旅であり、栄光の道だった。

悲劇的な別離を乗り越え、彼の旅路は今この時を以って、ようやく始まったと言えるだろう。

(全てを取り戻すのだ―――失った物の大きさを考えれば、せめてその位手に入れなければどうするのか―――!)

 彼の胸中に去来したのは、彼の平穏で穏やかだった筈の人生を奪い去り、大切な人々を次々に彼の前から奪い去り、そしてまた己の戦友をも簒奪し、人類の生存をすら脅かした存在―――深海棲艦から、全てを奪い返すという決意だった。

 

 

 2053年10月、横鎮近衛艦隊はその月を静かな幕開けで迎えた。だがそれもすぐ活気にあふれたものへと変わりつつあった。そして、失った物を取り返す戦い―――人類の生存圏を取り戻す戦いもまた、この月を境に熾烈さを増していく事になるのである。

そして、この月を境に、太平洋の勢力図は、瞬く間に塗り替えられる事になるのである!

 

 

2053年9月25日 ~???~

 

吹雪(私に・・・もっと力があったら・・・違ったのかな・・・。)

 

 

――――力が、欲しいか?――――

 

 

(・・・欲しい、力が―――)

『駆逐艦吹雪』の記憶は、ここで途切れていたと言う。

 

 

―――第三部 慟哭編 終―――

 

 

次回予告

 

得難い戦友を失い、新たに覚悟を決めた直人。

新たな作戦行動に向け準備を始める中で、サイパン島の司令部に激震が走る。

唐突な来訪者、彼らがやってきた理由とは?

太平洋に一石を投じるその一事は、全てを巻き込む大事件の幕開けであった!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部4章「去りし日乗り越え至りし日」

艦娘達の歴史が、また、一ページ。




艦娘ファイルNo.110

陸軍特種船丙型船 あきつ丸

装備1:大発動艇
装備2:25mm連装機銃

ビバ普通。
揚陸任務にしか使えない艦艇である為普段は対潜哨戒しかする事は無いが、現段階ではそれさえ不可能なので訓練しかやっていない。
 因みに陸軍特種船とは、陸軍が保有していた商船規格で作られた特殊用途の艦艇の事で、仮装巡洋艦(大型の商船を擬態付きで武装させたもの、類別上は甲型)なども含まれる類別であり、丙型船は1万トン級航空母艦型を指す、即ち航空機運用能力を付随させたものである。なお丙型船の戦時量産型はM丙型に分類されるそうな。


艦娘ファイルNo.111

雲龍型航空母艦 雲龍

装備1:25mm三連装機銃
装備2:12cm30連装噴進砲

こちらも普通な感じ。一応だが一航戦への所属歴あり。
戦時量産型航空母艦として建造された雲龍型のネームシップ。ただ提督ご本人は何処まで実用可能かを見極めている段階である。


艦娘ファイルNo.112

陽炎型駆逐艦 時津風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

またしても普通。今回は特異点持ちが少ないようだ。
雪風と共に第十六駆逐隊を編成していた駆逐艦の一人であり、
やっと来た雪風の相方である。


艦娘ファイルNo.113

翔鶴型航空母艦 瑞鶴

装備1:零式艦戦二一型(熟練)
装備2:九九式艦爆一一型(坂本隊)
装備3:九七式艦攻(嶋崎隊)

新編成の一航戦最後の一翼。直人も驚く程のスピード着任である。
翔鶴もそうであったが戦闘機隊がただの熟練飛行隊である所が印象的である。
艦攻隊の嶋崎重和中佐は、真珠湾攻撃時に第二次攻撃隊第一集団(水平爆撃隊/九七式艦攻54機)を率いていた人物で、親戚として義兄に高橋 赫一少佐、血縁上の実兄に、戦時中奈良県知事や厚生省衛生局長を務めた澤 重民がいる。


艦娘ファイルNo.114

大淀型軽巡洋艦 大淀改

装備1:15.5cm三連装砲
装備2:紫雲
装備3:10cm連装高角砲(砲架)
装備4:艦隊司令部施設

特異点持ちとしては今回のナンバーワンは間違いなくこの人である。
持つもん全部持ったパーフェクト大淀さんがここに爆誕した訳である。強い(確信)
潜水艦隊旗艦用軽巡洋艦として起工され、連合艦隊旗艦を経て第三十一戦隊旗艦・二水戦旗艦となって各地を転戦し、呉でその生涯を終えた大淀。それから100年の歳月を超えて、今再び抜錨する!

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