異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも皆さん、夏イベ直前ですが私は準備万端です、天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉ですぅ! イベントに向けて、一言お願いします!」

目指すは完走、頑張れ甲攻略! 甲子園球児ばりの熱意で踏ん張りたいと思います!

青葉「ありがとうございます!」

と言う訳でですね、8月10日と開催日が発表されまして、全提督が沸き立っているであろうこの時期にもかかわらず、私は小説を書き続けます。ただ、8月10日以降は期待しないで下さい、イベントに真剣に取り組んでる時期なので、更新は無理です。

青葉「こればかりは仕方ありませんね。」

ようやっと暗黒の時代を抜けたんだからもう轟沈はさせたくありません。2015年まで年間2隻轟沈ってどういう事なんです一体。

まぁそれはさておきまして、今回はゲストをお呼びしてあります。

青葉「え、聞いてませんけど。」

言ってないだけ。

青葉「そんなー。」(´・ω・`)

局長「トイウ訳ダ、失礼スルゾ。」

と言う事で今回のゲストは戦艦ル級改FlagShip「モンタナ」、通称『局長』にお越し頂いてます。

局長「最近出番ガ無イガ、サボッテイル訳デハナイカラ安心シテクレ。」

と言うより展開的に出しづらいって所はまぁあるかな。

青葉「出す気はあるんですね。」

そうだね、単に展開に合うネタが浮かばない。

局長「ダガ今回ハ出番ガアルノダロウ?」

うむ、一応入れるよ出番。一部の艦娘が空気になってるけど、現時点で100人以上艦娘いるから、流石に細かく出番与えるのは無理なのですご了承をば。

局長「他ニ何カ方法ハナカッタノカ?」

少なくとも今この形で出す方法はないですな。


さて今回は『通商破壊』についてご説明します。

そもそも通商破壊とは、交戦相手国(敵国)の物資輸送が主に“海運”(海上輸送)に依る場合、その国家の生命線とも言える、商船を攻撃し撃沈ないし拿捕(だほ)することによって、敵国の国家運営に対するダメージを狙った手段です。

主に洋上において実施され、航空機や潜水艦、武装商船などで実施します。

古くから取られてきた経済戦争の手法の一つであり、国民への食料供給や産業活動に深刻な影響を与える事によって、交戦相手国の継戦能力を低下させる事が出来ると言う点で、自国の出血を最小に抑える事が出来る戦法と言えます。

有名なものは第二次大戦における日本商船隊に対する米国のシーレーン(海上通商路)攻撃や、第一次大戦と第二次大戦の両方で英国に対し行われた、ドイツのUボートを使った無制限潜水艦作戦でしょう。

一時的な効果としては、物資や人を輸送中の船舶に対する攻撃ないし拿捕は、直接交戦相手国の物的・人的資源及び、海運に於ける輸送力としての船舶そのものを永続的に喪失する事に繋がります。が、通商破壊の影響はこれだけに留まりません。

二次的な被害として、シーレーンを攻撃された場合、そのルートを通行する船舶は、被害が出る事を避ける為に出港を控える様になるか、最寄りの港に避難する為、長期に渡り輸送効率の低下を引き起こします。更にシーレーンを攻撃された国は持ち前の海軍力の中から輸送船護送用の護衛艦艇を抽出する事になる為、純軍事面でも有効な影響は期待出来ます。そうした護衛艦が付いた船団を『護送船団』と言います。

また船舶ごとの単独航行が一般的な海運業にとっては、複数隻の商船で船団を組む(=船団方式)と言う事はあまり好ましい事ではありません。なぜなら、一刻も早く依頼主の元に荷物を届けなければならない時に船団を組み、その船団の荷役作業が全て完了するまで、港で待たされる事になる為です。これも輸送効率ダウンに直結します。

しかし船団を組まなければ十分な護衛は付けられません。なぜなら、数百隻にも上る商船1隻1隻に対して、数隻の護衛を付けると言う事は現実問題として不可能だからです。更に通商破壊に参加している艦艇の種類によってはありとあらゆる艦艇――――戦艦や大型空母までもを動員する事になる為、その場合の純軍事的な効果としての、敵海軍力の分散は大きな効果を齎します。

この様に、例え少数の通商破壊艦であっても、相手国に対しての効果は絶大であり、かつ長期に渡ると言う事は御理解頂けるでしょうか。そして、その被害の究極が、太平洋戦争に於いて通商破壊と対を為す『通商護衛』を怠った大日本帝国である事は、疑いようもない事実です。


以上となります。

局長「海上護衛問題ハ海自ノ創設時ニモ取リ入レラレテイルナ。」

あぁ。現代のシーレーン防衛を担う海上自衛隊は、その創設に当たって太平洋戦争の戦訓を多く取り入れているからね。言ってしまえば、海自にも旧海軍のDNAは受け継がれているんだ。

青葉「創設時の人員にも元海軍の方がいらっしゃいますよね。」

そうだね、幕僚の面々を見れば明らかな訳だが、旧軍の幹部級がそのまま自衛隊に入った例も少なくない。

局長「チェスター・ニミッツ提督ハ真珠湾奇襲後ノ米太平洋艦隊ノ戦力デドノヨウニシテ戦ウカトイウ時、戦力ガ整ウマデハ通商破壊デ日本ヲ消耗サセルコトヲ狙ッタワケダガ。」

正直正しい判断だと思うね。戦艦8隻が尽く沈むか修理に最大半年、新造艦完成までまだ時間が必要では、攻勢はおぼつかない。なら確実に反撃が可能になるまでは主兵力を温存して、その間潜水艦による通商破壊を行った訳だ。敵ながら見事な手腕だと言わざるを得ないね。

さて、そろそろ本編に入ろう。今回は一大決戦が行われる事になります、紀伊直人の采配や如何に、ご注目下さい。

本編、スタートです!


第3部2章~過去の栄光は何を想う~

2053年7月29日、21日から休養をとっていた明石が職務に復帰した。この様な事になった理由は、明石が働き詰めであったからであり、21日の重巡鈴谷帰港時にドックに来ていなかったのもこの理由による。

 

 

7時42分 中央棟2F・提督執務室

 

明石「工作艦明石、職務に復帰します!」

 

提督「うむ、よく休めたか?」

 

明石「おかげさまで。わざわざ本土にまで行かせて頂けたので、ゆっくり羽を伸ばさせて貰いました。いい買い物が出来て、楽しかったなぁ~。」

 

そう、その為に直人はわざわざサーブ340B改を用立てて行かせたほどなのだ。それも全ては、明石にちゃんとした休みを取らせる為であった。因みに柑橘類少佐が操縦を担当しており、留守中は飛龍が帰って来ているので安心である。

 

提督「それは良かった。そんな明石に、一つ耳寄りな情報があるんだ。」

 

明石「なんでしょう?」

 

提督「近日中に発表されるだろうが、大本営が近く大規模攻勢を考えているらしく、その際我が艦隊にも出撃を願うとの事だ、ドロップ判定がまだ済んでないから、急いでやって欲しい。戦力増強を済ませておきたいのでね。」

 

明石「分かりました、すぐ取り掛かります!」

 

言うなり明石は有言実行と言わんばかりに執務室を飛び出して行った。

 

 

ドタドタドタ・・・

 

 

大淀「廊下を走らないようにとあれほど言っていますのに・・・。」

 

提督「いいさ。規律徹底もいいが、それは船を操る場合だ。艦娘はそうではないからね。」

 

大淀「・・・どういう事です?」

 

提督「あんまり抑圧すると、艦娘の良い所を削ぐ事になる。ああ言う元気さ、活発さもいい事だよ、大淀。行き過ぎは、良くないがね。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

大淀が首を傾げていると、直人が大淀に語りかけ始める。

 

提督「まぁお前の場合は、その生真面目さがいい所だよ、大淀。」

 

大淀「あ、ありがとうございます・・・。」

 

提督「うん。人の長所は人によって違う、自由闊達な事が長所な奴もいるからな。それに、感性の豊かな者も多い、規則だなんだと、縛り過ぎるのは良くないさ。緩める時は緩め、締める所を締める、それでいいのさ。」

 

大淀「成程・・・。」

 

直人は規律を締めすぎる必要は皆無と考えていた。なぜなら、そうする事によって潰れる個性もあるのだ。だからこそ、彼は規律を厳守させるようなことはしなかった。実際『廊下を走るな』と言う規則さえ彼は遵守させる事はなかった。なぜなら、それを生真面目に守ると、緊急時に重大な影響を及ぼしかねないからだ。

 

それでも軍規は守らせたのだが、それが所謂『締める所』である。

 

 

8時02分 建造棟1F・判定区画

 

提督「~♪」(英国征討歌/ドイツ軍歌)

 

口笛を吹きながら判定が終わるのを待つ直人。

 

 

ガチャリ

 

 

明石「あ、提督、今終わりました!」

 

提督「割と待った。」

 

明石「フフッ、では、お待たせしました、ですね。」

 

提督「全くだな。」

 

明石の言葉に彼は笑って応じる。

 

明石「では“お二人”とも、こちらへどうぞ。」

 

「はい。」

 

扉の向こうから声がした後、ドロップ判定区画の扉の向こう側から、二人の艦娘が姿を現す。

 

提督「んんっ、では、自己紹介をして貰おうかな。」

 

咳払いをしてから直人は言う。

 

翔鶴「はい。翔鶴型航空母艦、翔鶴です。一航戦、二航戦の先輩方に、少しでも近づけるよう、頑張ります!」

 

提督(来た、日本空母の完成形。)

 

瑞鳳「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度が上がれば、正規空母並の活躍をお見せできます。」

 

提督(ほうほう、自分を売り込むスタイルか。)

 

前者は純粋に喜び、後者には感心しながら聞いていた直人である。

 

提督「二人とも宜しく頼む。二人とも航空母艦だね、我々にとっても願ったりかなったりと言う所だな、明石。」

 

明石「はい、航空戦力の拡充は、我が艦隊の懸案事項ですから。そう言う訳で大型建造を――――」

 

提督「ダメです、大鳳建造はまだ無理です。」

 

明石「ですよね~・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

翔鶴「ふふっ、ご期待に沿えるよう、頑張りますね、提督。」

 

提督「ありがとう。早速ですまないが、司令部前水域で今訓練をやっているから、そちらの方にすぐ合流して欲しい。」

 

これはいつもの定型句だ。訓練は万事の基礎である。

 

瑞鳳「早速訓練ね、頑張ります!」

 

翔鶴「分かりました、ではこれで。」

 

明石「私が案内してきます、話はそちらで通しておいてくださいね?」

 

提督「いつもの事じゃ、分かっておる。」

 

と、口調を変えて言う直人であった。

 

 

勿論手慣れた事だけに短時間で話を通した直人のおかげで、二人はちゃんと合流出来ました。鳳翔が訓練戦から離脱する事にはなったが、これもいつもの事である。

 

 

9時12分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「翔鶴と瑞鳳についてなんだが、次の作戦―――恐らく大規模攻勢の前哨戦になるが、それに出そうと思うのだが。」

 

大淀「練度については、どうするおつもりですか?」

 

提督「どうにかするしかあるまい、が、翔鶴航空隊についてはそう心配はしておらん。」

 

大淀「・・・と、いいますと?」

 

大淀がそう聞くと、彼はこう言った。

 

提督「翔鶴搭載機の機数は多いし、ある程度の練度は最初からある傾向はあるようだし。」

 

実はこの考え方は、少なくとも“彼の艦隊では”間違ってはいないのだが・・・。

 

大淀「・・・。」

 

大淀にしては若干痛い所を突かれる発言であった。

 

提督「瑞鳳については今回に限り、鈴谷の直接援護任務で良かろう。」

 

大淀「――――それでしたら、問題はないかと思われます。」

 

提督「ただ、翔鶴の航空隊は主力攻撃に回さず、補助艦艇攻撃に出す方が適当だろうな。」

 

直人は様々な方向から戦力の拡充を行い、来たるべき作戦に向けて準備を整えつつあった。

 

 

――――が、実は、先の戦いで唯一相応の損害を出したものがある、それが「艦載機」であった。

 

先のトリンコマリー沖航空戦に於いて、横鎮近衛艦隊は敵空母部隊を発見、これと交戦しているのだが、その際強襲だった為に150機からなる空母攻撃部隊は40機を超す損害を出しており、その補充の訓練を現在していると言った状態だった。

 

他にも敵地空襲に向かった空襲部隊も少なからぬ損害を出しており、総じて80機以上がこの戦いで失われている。

 

出撃した空母は7隻、艦載機の合計は506機を搭載している。その1割以上を失っている事になる。航空戦が消耗戦である事を、如実に表す事象として興味深い一幕だっただろう。この計算に基づけば、横鎮近衛艦隊は10回の戦闘で、搭乗員が全員一新する事になるのだ。

 

故に、現在訓練中の艦載機と、翔鶴艦載機の練度はさして変わる程のものではないのである。尤も、訓練するペースが速いのが妖精達の利点ではあったが、それで済まされる問題ではないのだ。実際問題、練度の低下は徐々に深刻になりつつある。なぜなら、練度を向上させる間も無く、連続した戦いを繰り広げているのが現状である。

 

最初の航空部隊の大規模運用を行った戦闘たる、北マリアナ海域撃滅戦で多数の艦載機を消耗して以来、練度の低下により、攻撃効率の低下が、戦果の低迷に繋がって来ているのだ。初期の頃に経験を積んだ空母艦載機搭乗員が、次々と戦死しつつあるのだ。

 

現在の訓練内容は、つまるところ空母艦載機の練度向上に比重が置かれていた、と言ってよい程、問題になっているのである。

 

 

大淀「補助艦艇攻撃を、翔鶴の搭乗員達が承諾するでしょうか?」

 

提督「個人の感情や感傷、矜持で戦争が出来るかな?」

 

質問を質問で返す直人。

 

大淀「そ、それは・・・」

 

提督「出来んだろう? ならばこの指示を徹底させる事だ。」

 

大淀「は、はい、失礼しました。」

 

提督(ビッグゲームを望む気持ちは俺にも理解出来る、だがそれでいなくなられては、前途有望な者がいなくなるのはまずいのだ・・・。)

 

妖精搭乗員だとしても、所詮は消耗するのだ。どこからか現れると言う特性上使い捨てにする者も少なくないのだが、そんな事をしていてはいずれ破綻をきたしてしまう。彼はそれを恐れていたのである。

 

提督(そのような末期的な状況では、まだない筈だからな・・・。)

 

彼はあくまでも冷静で客観的な判断から、この指令を翔鶴に対して下令するつもりでいた。

 

 

8月6日10時22分 中央棟1F・無線室

 

大淀「――――来ましたか。」

 

ヘッドフォンから聞こえてくる無電を、大淀は全く違わず平文に戻していく。

 

大淀「・・・よし、これを提督にお届けしなくては。」

 

大淀は平文に戻した命令文を書き留めた用紙を持ち、無線室を出た。目的は勿論執務室である。

 

 

10時26分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「遂に、来るべきものが来たか・・・。」

 

それを一読した直人は、何か言葉を遠くに置き忘れたかのように呟いた。

 

大淀「どうされますか?」

 

提督「・・・全艦娘を、大会議室に、鈴谷は出港準備を整えさせろ。」

 

大淀「――――分かりました。」

 

提督「・・・中には、辛い者もいるだろうが・・・やらねばなるまい。」

 

直人は意を決し、執務椅子を立った。その眼差しに、迷いはなかった。

 

 

10時45分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「ブリーフィングを行う。」

 

その声がいつもより真剣である事に、艦娘達はすぐに気付いた。

 

大淀「今回はかなり大規模な作戦行動となる事が予想されます、よく聴く様に。」

 

その注意の後、提督が、今回の作戦について話し始める。

 

提督「今回の作戦行動は、幌筵基地を起点として行う。幌筵基地で補給を受けた後に出港、一路アリューシャン列島線沿いに進み、ウラナスカ島にある敵の要地、ダッチハーバーに対し、空爆と砲撃を加える。」

 

龍驤「AL作戦でもやろうっちゅうんかいな。」

 

提督「話は最後まで聞く事だ。その後敵棲地の無力化が確認され次第南下し、北上してきた敵主力との決戦を行う。最終的な目的地は――――」

 

これが核心だ、という意を込めて、直人が語気を強める。一同が沈黙を守る中、直人がおもむろに口を開いた。

 

提督「――――最終的な我が艦隊の目的地はただ一つ、ミッドウェー島の主要な島の一つ、サンド島だ。」

 

金剛・赤城「!」

 

飛龍「えっ!?」

 

多聞「ほう・・・。」

 

利根「・・・!」ピクッ

 

艦娘達の間にどよめきが広がる。当然だろう、その目的地が、因縁浅からぬ者も多いミッドウェー諸島であるのだから。

 

加賀「――――。」

 

その中で鋭い視線を投げかけるのが加賀である。

 

提督「本作戦は既に『AL/MI作戦』と命名されている。その一大殲滅戦に於いて、我が艦隊の為すべきは至極明快である。」

 

そう彼が声を張り上げて場のざわめきを収めると、直人は続ける。

 

提督「我が艦隊が行う事は敵の殲滅ではない。敵の“漸減”ないしその“無力化”である。即ち攻める所を攻め、退く所を退く。無理に攻める事はしないが戦う分には全力を尽くす。我々に与えられた任務は、敵の兵力を削ぎ落す事、ただ一点である。」

 

加賀「一つ、いいかしら。」

 

提督「どうぞ?」

 

直人が何気ない口調でそう言うと、加賀が意見を主張する。

 

加賀「ミッドウェーと言えば敵の内懐、それも本土からもかなり離れている筈、大本営に対しこの真意を質し作戦の成算の是非を問わない限り、この作戦はおいそれと実行すべきではないわ。」

 

加賀は過去にミッドウェー海戦に参加し、そしてその事について一度、酒の席でこそあれ直人と語らった事もある。賛同を得られると思った加賀だったが、その目論見は外れた。

 

提督「我が艦隊は既に、この作戦の内示を先月中に大本営より受けとり、その上で準備を進めて来ている。今更真意を問うなどと言う事は論外だし、これは正式な命令書だ。破却権を行使するに当たるとは考えていない。」

 

加賀「既に内示を・・・? 何も聞かされていませんが。」

 

提督「正式に作戦準備命令が出るまではこのことを明かす訳にいかなかったのだ。例え相手が誰であろうと。」

 

内示情報として明かされる情報はその次点ではまだ機密情報の一端であり、その漏洩は作戦の公式な発令を行うより前に、深刻な影響を与えかねない。故に内示情報は機密事項であり、上層部の極一部でのみ共有される事項である。実際大淀と金剛は既に知っていた。

 

彼はこれまで、作戦指示内容について艦娘達に事前に明かす事は多かったものの、それは自己の裁量に一任されていた時の話で尚且つそれほど重要性が高くない時に限っての事だった。事実として、13年夏頃に、SN作戦が既に一度計画されていた事実を知るのは、彼女らが戦後を迎えてからだったのだから尚の事だ。

 

加賀「このような作戦は成算が低いと見做さざるを得ないわ。敵が艦隊だけならまだしも、地上航空部隊を繰り出してくる可能性は高いわ。そこに空母部隊だけでの突撃を仕掛けると言うのは、余りにも無策が過ぎると言わざるを得ないわね。」

 

提督「空母部隊“だけでなければ”いいのだな?」

 

加賀「えっ・・・?」

 

提督「今回はあくまでもブリーフィングだからな、ここで詳細を詰める気はない。が、それは一考に値する意見だ、参考にさせて貰う。」

 

加賀「・・・。」

 

直人がそう言うと、加賀に反論の余地はなくなっていた。

 

提督「我々は元々、困難な任務を遂行する為の部隊だ。成算が低い事などこれまで幾度となくあった、だが皆の支えもあって、我々は今こうして一堂に会し永らえている。これからもそう在る為に、皆の力を貸して貰いたいと、この場を借りて皆に頼もうと思う。この通りだ。」スッ・・・

 

加賀「――――!」

 

赤城「提督・・・!」

 

金剛(頭を、下げた・・・?!)

 

艦娘達は一様に驚いた。無理もない、直人の行動は異例の事だからだ。

 

彼は艦娘達に対し、率直に助力を乞い、艦娘達全員の前で頭を下げたのである。

 

妙高「・・・頭を上げて下さい、提督。」

 

足柄「そうよ、やりましょ! 今までだってやれたんだもの、今回だって!」

 

那智「あぁ、全くだ。今更負ける事を心配するなど、らしくない。」

 

赤城「行きましょう、ミッドウェーに。」

 

加賀「赤城さん・・・。」

 

赤城「今の私達は、“あの日の”私達ではない筈よ。」

 

加賀「・・・えぇ、そうね。」

 

飛龍「今度こそ、やれる筈!」

 

多聞「あぁ。今度は、勝とうか。」

 

飛龍「うん!」

 

夕雲「今度は、勝たなきゃ。」

 

巻雲「そうです! あの結末はもう繰り返しませんッ!」

 

利根「今こそ、汚名挽回の時じゃな!」

 

筑摩「利根姉さん、それを言うなら“汚名返上”ですよ?」

 

利根「うぐっ、そうじゃった・・・。」

 

筑摩「ふふっ、私も頑張ります。」

 

吹雪「ミッドウェー・・・あの日の戦いを、今再びやるんだ・・・。」

 

深雪「大丈夫だって、今のアタシ達なら行けるって!」←全然根拠が伴ってない

 

吹雪「――――うん!」

 

金剛「やりましょう、テイトク。勝って、道を拓くのデス!」

 

提督「・・・ありがとう、皆。有難う――――!」

 

直人にとってそれは、神助を得た想いだった。この作戦は、様々な艦娘達が、屈辱として脳裏に刻んだに違いなかった筈だと彼は思っていた。しかしそれは杞憂であった。彼の事を、ここまで信頼し付いて来てくれる。彼にとって、これ程恩義に感じる事は無い。この上はその信頼に応えるべく、知恵を絞り作戦案を練り上げるのみであった。

 

 

翌8月7日8時28分、重巡鈴谷は留守居役の司令部防備艦隊を除く全艦娘を鈴谷に乗艦させ、出港した。今回の出撃に合わせ、編成の序列が変更されている。

 

その決戦艦隊が次の通りである。

 

 

第一水上打撃群(水偵32機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/川内/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鳳)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 第十六駆逐隊(雪風/谷風)

 

第一艦隊(水偵66機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(伊勢/日向/扶桑/山城)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

 第一水雷戦隊

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一航空艦隊(水偵12機)

旗艦:飛龍(山口多聞提督座乗)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第三航空戦隊(赤城/加賀)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

 

以上が全てである。駆逐艦浜風は着任間もない事と単艦である事から今回出撃メンバーからは外されたが、注目すべき点は、一航戦の編成が変更されている事である。

 

翔鶴と瑞鳳を編成して一個航空戦隊とし、これを以って第一航空戦隊を編成、赤城と加賀の現行の一航戦を三航戦として番号のみスライド、更に航空戦艦となっていた扶桑型および伊勢型の4隻を第四航空戦隊として発展解消し、これにより第二戦隊が欠番となったが、航空戦隊が全て連番となった。

 

航空関連に大幅に手を加えた事は、今回のミッドウェー方面への一大遠征に対する、紀伊直人の意気込みを表すものでもあった。

 

 

8月9日11時29分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「うーむ・・・。」

 

直人は艦娘艦隊側の幕僚を集めて作戦の検討を出港からずっと行っていた。

 

ネックになるのはやはり、空母よりも余程航空機収容リソースの大きい敵航空基地であった。

 

飛龍「基地航空隊は、やっぱり送れないかな?」

 

提督「送るとしたら早暁空襲だけだ、飛行場を攻撃するなら、それで足るだろう。それも一度しか通用せんぞ。」

 

金剛「ナラ・・・それで行きまショー。」

 

提督「分かった。」

 

直人が頷いて見せる。

 

提督「しかし、出来ればAL方面に向かうに当たっては損害を出したくはないな。」

 

榛名「そうなりますと・・・やはり?」

 

霧島「ですね・・・それしかないでしょう。」

 

伊勢「では、その旨提案の提出草案を纏めます。」

 

提督「頼む。出来るだけリスクは抑えて置きたいからな。今回も何隻か改装はしたが、前回に比べて少ない事は事実、その辺りは考慮しよう。」

 

大和「そうですね――――戦力アップが、今一つ間に合っていませんね・・・。」

 

 

訓練中の期間を使い、彼らは猛訓練を積みその結果、何隻かの艦娘が改装されている。それが・・・

 

陸奥 無印⇒改 22号対水上電探を追加

蒼龍 改⇒改二 機種転換を3段階目に

飛龍      機種転換を3段階目に

千歳 航⇒航改 九七式艦偵を追加

千代田航⇒航改 九七式艦偵を追加

龍驤 無印⇒改 機種転換を3段階目に、九七式艦偵を追加

飛鷹      機種転換を3段階目に

隼鷹 無印⇒改 機種転換を3段階目に、九七式艦偵を追加

祥鳳      機種転換を3段階目に

多摩 無印⇒改 21号対空電探を追加

舞風 無印⇒改 13号対空電探を追加

叢雲 無印⇒改 九四式爆雷投射機を追加

 

艦戦三段階目(通常):零式艦戦二二型

艦爆三段階目(通常):彗星一一型

艦攻三段階目(通常):天山一二型

蒼龍艦戦(藤田隊)三段階目:十五試局戦改

蒼龍艦攻(金井隊)三段階目:天山一二型甲(爆装)

飛龍艦爆(小林隊)三段階目:十五試艦爆

飛龍艦攻(友永隊)三段階目:天山一三型

 

※1 十五試艦爆:彗星の試作機

※2 十五試局戦改:雷電試作機の艦戦版(架空機)

 

メインとなったのは機種転換であり、これにより全体に天山や彗星などが行き渡った形にはなるが、肝心の一航戦航空隊は、翔鶴がいると言っても1段階目の艦載機(戦闘機のみ2段目の零式艦戦二一型)と言う状態であり、性能差があるのが現実である。

 

彼が翔鶴に補助艦攻撃、瑞鳳に艦隊直衛をさせると決めたのはこの理由にも依る。が、この機種転換の一斉実行を見れば、如何にこの作戦を重要視しているか、その意図もまた、推し量る事は容易であろう。

 

 

提督「無いものをねだっても仕方がない。我々は、現行の戦力で頑張るしかない。幸い練度もそれなりに向上しているからな。」

 

大和「そう、ですね・・・。」

 

陸奥「えぇ、私達の実力を以って、この戦いを切り抜けましょう。」

 

大和の第一艦隊旗艦就任に伴い副官に降格した陸奥が言う。

 

多聞「思ったのだが・・・」

 

提督「・・・なんでしょう?」

 

多聞「――――サイパンからMIを攻撃できる機材など、あるのか?」

 

提督「えぇ、キ-91のみですが、可能です。尤も戦闘機が付けられませんので、奇襲に依る他ないのですが・・・。」

 

多聞「そうか・・・あの陸軍の爆撃機は長距離爆撃機だったな、詮無い事を聞いた。」

 

提督「いえいえ。」

 

そもそも構想だけで終わり、しかも山口提督戦死の3年後に行われた事を知る筈はなかったのだが。

 

提督「取り敢えず綿密な作戦案検討は、やはり幌筵到着後まで持ち越そう。」

 

金剛「OK。」

 

飛龍「向こうにも相談しなきゃだしねぇ・・・。」

 

結局、鈴谷艦内に於ける横鎮近衛艦隊単独での作戦会議は、結果とプランの完成を保留にしたまま、幌筵到着まで持ち越しとなった。

 

 

8月10日17時27分 重巡鈴谷中甲板後部・赤城の船室

 

赤城「・・・。」

 

赤城は一人、瞑目していた。

 

 

迫り来る急降下爆撃機――――――

直撃弾により迸る爆炎――――――

燃え盛る艦載機の残骸――――――

響き渡る金属の叫喚――――――

沸き起こる将兵達の悲鳴――――――

勝ち誇る様に唸りを上げる敵機の爆音――――――

 

それは、最早一世紀を隔てた過去の光景。しかしそれは、“艦娘”赤城が持つ、最期の風景。

 

 

赤城(私達は今、そのミッドウェーに向かっている。)

 

情報管理の甘さ、作戦立案の甘さ、指揮官の認識の甘さ、正しい判断を失わせた傲慢さ、不敗神話を信じ込んだ慢心、状況判断の誤り、索敵の失敗、指揮官の気質―――――

 

赤城(私達は、負けるべくして負けた――――。)

 

赤城に非がある訳ではない。かつて“兵器”だった彼女達は、人間によってただ“運用されるだけ”の存在に過ぎなかった。しかしながら、その戦いに関わった身として、彼女はかつての苦い記憶を、思い起こさぬ訳にはいかなかった。

 

赤城(もう一人の自分が囁く、“所詮は越えられぬ壁だ”と・・・。)

 

歴史は変えられない、記録を覆す事は出来ない。しかし――――

 

赤城(私達はもう、あの日の自分じゃない――――!)

 

敗北を乗り越え、意志を持って、再び現界したかつての兵器達。自我を手にした物言わぬ筈だった艦艇達。

 

赤城(そして私達は、かつてなく望ましい条件を手に入れた――――最高の仲間たち、最高の提督を得て、私達は――――!)

 

赤城の意思は、一つに結束する――――

 

赤城(かつての、“歴史”を超える!)

 

航空母艦『赤城』。

 

それは、堕ちるべくして堕ちた栄光の象徴とも言うべき空母。

 

艦娘『赤城』。

 

それは、過去を乗り越える意志を持つ為に生まれた存在――――。

 

因果と運命と、そして必然とに招かれて、彼女は今、因縁の海へと、歩みを少しずつ進めていた――――。

 

 

8月13日11時13分、重巡鈴谷が幌筵に到着する。

 

11時16分 幌筵第914艦隊司令部埠頭

 

提督「よし、繋留したな。」

 

明石「はい。」

 

提督「よし、上陸だ。アインの奴とも協議しなければ。」

 

明石「分かりました、では私は鈴谷の点検だけ、しておきますね?」

 

が、すぐ直人はその発言を撤回する事になる。

 

提督「・・・いや、時間が時間だな、協議は昼以降に回そう、飯が先だろうしな。」

 

明石「あ、そうですね、あと1時間で昼食でした。」

 

洋上航海をしていると、変化に乏しい為時間間隔が狂いやすいのである。結局のところ、レオンハルト艦隊との協議は13時30分まで先送りとなった。

 

 

13時31分 幌筵第914艦隊司令部・会議室

 

横鎮近衛艦隊の大会議室よりも多少こじんまりとした会議室で、レオンハルト艦隊と横鎮近衛艦隊の合同作戦会議が始まった。

 

提督「今回の出撃に当たり、差し当たって補給上求める点が一つある。」

 

アイン「なんなりと。」

 

提督「今回我が艦隊は長距離連続高速航行を予定している。よって追加補給分の燃料として、50リットル缶25本分の燃料を追加補給したい。」

 

アイン「1250トンもか!?」

 

提督「あぁ、そうだ。我々が迅速な制圧行動を行う為には、それが最低条件だ。」

 

鈴谷の航続距離は、新造時公試に於いて8022海里(14856.74km)とされている。しかしこれはあくまでも巡航速度の14ノットで一定させて航行した場合での話であり、燃費が悪化する高速運転時にはこの限りではない。

 

今回彼らは、ダッチハーバーとミッドウェーと言う離れた二つの目標に対し、電撃的な連戦を行う訳で、そのダッチハーバーとミッドウェーを結ぶ航路を全速力で駆け抜ける必要があるのだ。そこで弾き出された追加燃料補給分が、1250トン分であった。

 

大凡正規で補給する燃料の1.5倍に相当するが、これだけあれば、余裕を見てサイパンまで戻れると言う判断から、今回の要求に至っている。

 

アイン「だが、それでは被弾すると・・・」

 

提督「ダッチハーバー攻撃後までは大人しくしてるさ、燃料を補充するまでは、な。」

 

アイン「なら、いいが・・・。」

 

提督「それにもお前にもやって貰いたい事はあるぞ、アイン。」

 

そうクソ真面目さを気取って言う直人。

 

アイン「お、俺達に出来る事なら何なりと、どうぞ?」

 

提督「なぁに、簡単な事だ。西部アリューシャン方面に先行出撃して、我が艦隊が所定のポイントに到達するまでの間、敵を排除して貰いたい。」

 

伊勢「つまるところ、航路の安全を確保して頂きたい、と言う事です。」

 

アイン「ちょっと待ってくれナオ、以前散々にやった影響で西部アリューシャンは兵力が大幅に増強されていると言う話だ、それに俺の艦隊も今度の作戦で“特一級”の出撃待機命令が出てるんだ、それを今出撃したら――――」

 

損害が馬鹿にならない――――そう言い募ろうとしたアインの言を直人が遮る。

 

提督「あー、それだがなアイン。」

 

アイン「・・・?」

 

怪訝そうな顔をするアインをよそに、直人はその種を明かした。

 

提督「他の艦隊には“第一級”出撃待機命令が出ているんだ。」

 

アイン「なんっ・・・だって―――!?」

 

第一級と“特一級”には雲泥の差がある。第一級は来たるべき作戦に備えて必要最小限の行動以外を停止させ、資源の貯蓄を行うと言う内容だが、特一級は本来滅多に通達されないランクであり、一切の出動を停止し、資源を貯蓄した上で、緊急出撃を含む全ての命令に対し待機し、指示を待てと言う、拘束力の強い命令段階なのである。

 

提督「要するに、だ。おめーが特一級を出された理由は、つまるところそう言う事なんだよ。」

 

アイン「余計な消耗をさせない為に、か・・・成程。要するに俺の艦隊はお膳立てと言う訳だな。」

 

提督「そーゆーコト☆ と言う訳で頼むぞ。」

 

アイン「全く、いっつも厄介ごとを頼まれる気がするなぁ・・・。」

 

そう言いつつ困った顔をして頭を掻くアイン。

 

提督「そう言うな、これも全ては勝つ為だ。」

 

アイン「そ、そうか・・・俺にはよく分からんが、そう言う事なら協力しよう。」

 

提督「協力感謝する、と言っておこう。」

 

気さくに話す二人、だがその様を初めて見る者には一様にこう思えた事だろう。

 

伊勢(この二人って、どういう間柄なんだろう・・・。)

 

この日副官代理として随行していた伊勢は、そう首を傾げざるを得なかった。

 

 

その後、レオンハルト艦隊の全力出撃が決定し、両者幕僚も交えた詳細な打ち合わせの末、会議は5時間ほどで終了した。それを踏まえレオンハルト艦隊側では急ぎ出撃準備が開始されるに至る――――。

 

そして、日付が変わって8月15日の2時42分(※)、レオンハルト艦隊が、旗艦大和を先頭にして出撃を開始したのである。

(※:サハリン時間ではUTC+11時間の3時42分で、タイムテーブルは日本から+2時間、サイパンから+1時間)

 

 

2時44分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

鈴谷通信室「“幌筵第914艦隊旗艦、大和より通信!

『我が艦隊一同、貴艦隊の先駆けとなり出撃せんとす、貴艦隊の健闘と武運を祈る。』

以上です!”」

 

提督「返信、

『貴艦隊の惜しみ無き協力、心より感謝に堪えず。この上は赫々たる戦果を挙げんと欲する所なり。』」

 

鈴谷通信室「“ハッ!”」

 

直人はレオンハルト艦隊の意気込みを込めた挨拶に対して、感謝と意気込みと、そして謙遜相混じる文面で返信した事になる。が、それがまた彼の為人を現していたとも取れるのだが。

 

副官「―――、―――?(遅番ですが、大丈夫ですか・・・?)」

 

提督「出撃は明日さ、今はゆっくり休むから大丈夫大丈夫・・・まぁもう寝るけど。」

 

副官「――、―――――?(まさか、味方の出撃を?)」

 

提督「そうだな、まぁ待ってたってとこだな。」

 

それだけ言い残して、直人は眠そうな目をこすって引き上げて行ったのであった。

 

 

当然だがこの日遅番後で寝坊した彼は朝食を抜く羽目になったのであった。

 

~10時17分・艦長室~

 

提督「そんなことってある・・・?」

 

流石に遅すぎると思い起こしに来た明石に、直人はそうぶうたれたものである。

 

明石「し、仕方ないかと――――赤城さんが余分に食べていきましたけど・・・。」

 

提督「――――くそぅ・・・。」

 

また赤城か・・・直人はそう思わずにはいられなかったのであった。

 

 

一方艦後部の艦娘出撃区画にある艤装格納庫では、吹雪が主砲の整備に余念がない。

 

吹雪(今度は、私も行く事が出来る・・・あの島に、“あの日”私が、行く事さえ出来なかった、決戦の場所に・・・。)

 

吹雪にも思う所はある。かつてミッドウェー海戦の折には、大和旗艦の本隊に属する駆逐隊として出撃し、ミッドウェーの島影を見る事さえ叶わなかった身の上だ。

 

吹雪(頑張らなきゃ・・・私も、ここで負けたくはないから・・・。)

 

「熱心ですね、吹雪さん。」

 

吹雪の背後から声をかける一人の艦娘、振り返って見たその姿は、一目で誰かを把握するには十分だった。

 

吹雪「大和さん・・・。」

 

大和「お取込み中だったかしら?」

 

吹雪「いえ、とんでもないです。この戦い、負けられませんから・・・。」

 

大和「えぇ、そうね。私も、ミッドウェー攻略の先陣として、やれる事をやらないと。」

 

第一艦隊は高速で動き回る主力に付いて行けない為、機動部隊と一水打群の中間位置で適宜前進、ミッドウェー砲撃を担う事になっている。無論状況によっては突撃する事もあるが、基本は敵の攻撃を吸引する事である。

 

吹雪「私達、勝てるでしょうか・・・。」

 

大和「大丈夫ですよ。」

 

即答してみせる大和。

 

大和「私達には、紀伊提督が付いています。私達は、きっと勝ちます。」

 

吹雪「大和さん・・・。」

 

大和「あの人は私に、敵を討つ機会を的確に与えて下さった。私がかつて叶えられなかった決戦と言う夢を、叶えて下さった。それだけでなく、私達を勝利に導いてくれる。提督の指揮があれば、私達はきっと――――」

 

吹雪「――――そうですね、私達はもう、あの日の無力な自分達じゃありませんね。」

 

大和「えぇ、もうホテルだなんて言わせません!」

 

“提督に対する絶対的な信頼感”――――

 

それは、提督が陣頭指揮を執ると言う事がない他艦隊では難しい事である。しかしこと横鎮近衛艦隊では、ひときわ強い結束が、提督を軸に出来上がっていた。これは同時に直人の士気が全軍の士気に関わると言う事であったが、直人が士気を落とす事は滅多にない為、ある意味では埒外とも言えた。

 

吹雪と大和、多少異なるとはいえ、意気込みを見せる二人。その二人にとって、ダッチハーバーなどは眼中になかったと見る事も出来なくはない。しかし作戦の進行に必須の事項故に、どのみち避けては通れないのであるが。

 

 

8月16日4時31分、重巡鈴谷が岸壁を離れてアリューシャン方面に舵を切る。提督の就寝時間を確保する為に、出港処理は明石に一任していた為、この時間直人は起床していない。

 

その3時間後、キスカ島の東方海上で交戦を開始した一団がある。

 

 

7時59分 キスカ島東方沖

 

914大和「突撃、我に続け!」

 

レオンハルト艦隊の旗艦大和を中心とした大艦隊が、アリューシャン列島中部に位置している敵艦隊先鋒に対し攻撃を開始したのである。

 

今回の出撃に際して、レオンハルト艦隊では7つの艦隊を連合艦隊として編成、12隻で編成された艦隊を7つのブロックに分配して、航路掃海を行う手筈になっている。このため第一から第三艦隊は、中部アリューシャンに展開する敵の内懐に入る事になる為、大型艦が主軸となっている。

 

914長門「後から来る者達の為にも、道を拓く!」

 

914龍驤「いくでぇっ!!」

 

914摩耶「おうっ!!」

 

第一艦隊を構成する艦娘達が、いの一番に飛び出していく。

 

914赤城「攻撃隊、全機発艦!」

 

914加賀「了解。」

 

914蒼龍「全機発艦、一航戦航空隊に続け!」

 

914飛龍「久しぶりにワクワクしてきちゃうわねぇ・・・。」

 

次いで第三艦隊の艦載機が次々に飛び立っていく。

 

全ては勝利の為に、手を携えた二つの艦隊は、いまや互いの為に勝利を掴む為に躍起になるのである。

 

914大和(私たちの戦いは、直接勝利を約束する訳ではない、でも重要な役目だからこそ、私達がやらなければ・・・!)

 

レオンハルト艦隊、何はともあれ闘志は充分である。

 

 

その後、レオンハルト艦隊による航路制圧行動は2日間に及んだ。

 

艦娘と艦艇の航行速度が根底から異なる以上、仕方のない問題であったが、キスカ島に仮説基地を設けたレオンハルト艦隊の不断の努力により、重巡鈴谷はどうにか、レオンハルト艦隊が拓いた航路を無事に通過する事が出来たのである。

 

 

8月18日18時28分 重巡鈴谷

 

提督「二昼夜、無事に済みそうだな。」

 

明石「はい。」

 

金剛「914艦隊も中々やりますネー。」

 

提督「全くだ。」

 

そう頷いて見せて直人は明石に向き直る。

 

提督「明石、幌筵のレオンハルト艦隊司令部宛、私の肩書で打電。」

 

明石「内容は、なんとしましょうか?」

 

提督「うん――――『貴艦隊の協力によって、我が艦隊は無事息災を以って、制圧海域を通過せり。貴艦隊並びに、幌筵泊地司令部の協力に感謝し、併せて今後の武運長久を念願す。』以上だ。通常の暗号で行け。」

 

明石「分かりました。」

 

金剛「わざわざ通信をするんデスカー?」

 

提督「今だからこそだ、今なら普通の艦隊の通信に偽装出来る。この辺はアインの艦隊の制圧圏ギリギリだしな。」

 

直人にとって、これは通信を送るタイミングの限界でもあった。事実この通信は深海側に傍受されていたが、函数暗号でなかった事からレオンハルト艦隊が活発に交わしていた通信の一部だと勝手に考え、特に重視しなかったようだ。

 

尤もこの時期、その通常符丁の暗号さえ、解読されていなかったのだが・・・。

 

 

18時37分 幌筵第914艦隊司令部・執務室

 

アイン「そうか・・・やったか。」

 

アインは一人、自身の執務室でその電文を読んだ後、仄かに達成感を覚えていた。

 

アイン(やれることはした。後は頼むぞ――――ナオ。)

 

遠く中部アリューシャン沖の向こうにいる古き親友に、彼はそう願った。そしてそれは、彼らにとってもまた、決戦の時が近づいている事も示していた。しかし、彼らの犯す危険と、彼らの払う努力と犠牲とに比べれば、彼らのそれは、遥かに楽になる筈であると信じた。

 

 

一方でこの大規模な掃討作戦に対し、深海側がノーリアクションであったかと言われるとそうではない。深海棲艦隊は次の攻勢発起点をミッドウェーに定め、サイパンを直撃すべく――――少なくとも人類側はそう考え――――大規模な機動部隊を集めていた。その陣中には、あの深海棲艦の姿もある。

 

~8月16日10時33分・ミッドウェー諸島・サンド島沖合~

 

空母棲鬼「敵の動きは陽動に過ぎん。恐らく我々の動きが悟られたのだろうが、まぁ無理はあるまい。」

 

ル級改Flag「分かりました・・・。」

 

そう、トラック棲地攻略の際に退却し無事だった、アルウスと、その麾下の高速空母機動群である。集結中の機動部隊の中核を担うとだけあって、再建が進みかなりの勢力を誇る様になってはいるが、その大半は正規軍並みの練度とは言うものの、他戦線からの寄せ集めである。

 

空母棲鬼「必ず“奴”はここに現れる。我々はそれを座して待てばよい。」

 

ル級改Flag「我々が攻勢を準備しているように思い込ませる、それによって誘い出すと言う訳ですか・・・。」

 

アルウスの腹心であるインディアナが溜息交じりに言う。

 

空母棲鬼「上には攻勢を具申したが、正直今攻勢を行う事に関して乗り気と言う訳ではないのだ。すまんが、付いて来てくれ。」

 

ル級改Flag「ハッ、私は何があろうとも、アルウス様のお傍に仕えさせて頂きます。」

 

 アルウスほど深海棲艦隊内に於いて、武人然としていた者は珍しいと現在でも言われている。無論、豪北方面にその存在が認められている近江を初め、そうした深海棲艦が少ない訳ではないにせよ、珍しい事に変わりはない。

彼女が部下ときちんと接していればこそ、彼女の部下達は(こぞ)って、彼女についてくるのであろう。

 “補充が利く”と言う一点に於いて、部下を使い捨てにする傾向が強く、相対的に「人望」と言うものに縁がない深海棲艦達の中でも、それは異色の存在であったとも言える。故にこそその存在は、他者の注意を引くものでもあったのだが―――。

 

空母棲鬼(ロビー活動の甲斐あってここまで来たが、果たしてどこまでやれるものか・・・。)

 

アルウスはそう思わざるを得なかった。

 

 アルウスがこのミッドウェー海域にいるのには、周到な根回しの上で提出した、綿密な作戦案があってこそであった。

これは後に根回しを受けた者達をして『あそこまで練り上げられた作戦案とは思わなかった』と言わしめた程であり、アルウスの作戦立案能力が如何にずば抜けていたかを表すエピソードの一つとなっている。

 しかしながらこれを以ってしても、艦娘とは運良く五分五分がいい所であるとさえアルウスは考えており、尚且つ彼女は、この作戦案の提出で、自分が対横鎮近衛艦隊用の捨て駒にされる事をもまた覚悟していた。

これまでの作戦パターンから、横鎮近衛艦隊は必ず本作戦が実行されるのに先立って前面に出てきて、その先陣を切るからである。

 

空母棲鬼(来い、戦艦紀伊。私はここから、逃げも隠れもせんぞ――――!!)

 

悲壮な決意の元、アルウスはここ、ミッドウェー諸島で、横鎮近衛艦隊を待ち受けていたのである――――!

 

 

8月19日8時23分 アダック島南方100km

 

そんな事とは露知らず、敵から見れば凄まじく呑気に目の前の状況のみを座視している者達がいる。(実際にそうである訳はないのだが。)

 

提督(負けられんな、アインを初め、協力してくれた者達の為にも・・・。)

 

直人は羅針艦橋で既に戦闘配置を下令した後である。艦娘艦隊も既に展開を開始している。

 

吹雪「“駆逐艦吹雪、出ます!”」

 

提督「行ってらっしゃい!」

 

艦娘艦隊は順次出撃して、洋上で隊列を組んでいる所であった。

 

提督「明石、艦隊の出撃状況は?」

 

明石「八割方出撃を終えました、航空隊はどうされますか?」

 

提督「取り立てては不要だが、索敵機だけ出しておこう。」

 

明石「分かりました!」

 

明石は鈴谷に於いてはオペレーターを兼ねている為、必然通信を行う機会が多いのだが、しかして多忙な事である。

 

提督「全艦娘に一言申し添えて置く。言うまでもなく、この戦いは前哨戦だ。だからこそ、全力を以って事に当たれ。敵の数は少数との報告だが、それだけに敵の抵抗は苛烈なものになるだろう。死兵となった者達の異常なまでの闘志を、侮らぬよう心せよ。」

 

全員「「ハッ!!」」

 

窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、少数部隊を多数で囲んだ場合、敵が死中に活を見出す為、決死の反撃を行う事は多々ある。例え勝っているとしても、侮ってはならないのである。

 

提督「敵、ダッチハーバー棲地にいる艦艇はさして多くない。どうやら後方支援基地としての役割が強い様だ。前進基地ならバンクーバーに棲地があるしな。」

 

明石「しかし、敵が増援を送っている可能性はないでしょうか?」

 

提督「恐らくはいる。だが重要視されて無ければ、さしたる抵抗には合わない筈だ。何故なら中部アリューシャン方面に有力な艦隊が展開している以上はな。我々はまだ気づかれていないようだし。」

 

明石「確かにソナーにも何もかかっていませんし、潜望鏡の報告もありませんでしたね。」

 

実は明石の報告は今回に関しては正しかったのである。

 

こと今回に関しては、敵の関心が他方に向けられていた為、重巡鈴谷は敵の監視網を潜り抜け、無事に予定進出点に到達できたのである。これもひとえに、直人の幸運ぶりに恵まれていると言えただろう。

 

提督「ここからはどうか分からんがな、むしろ敵に突っ込んでいく訳だから。」

 

明石「はい、全艦既に戦闘配備が済んでいます、いつでも御命令を。」

 

提督「阿呆、余分に燃料を積載した本艦が前に出られる訳が無いだろう。搭載箇所が上甲板の魚雷発射管部だ、被弾したら一大事だし、対空・対潜警戒のみ厳重にせよ。」

 

明石「了解です!」

 

重巡鈴谷はダッチハーバー攻撃に参加せず、艦隊戦にも参加しない方針であった。この為護衛部隊が充当される事になっており、その編成が次の通りとなる。

 

第七戦隊(最上/熊野)

第十四戦隊分遣隊(神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鳳)

第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第二十一駆逐隊第一小隊(初春/子日)

 

合計10隻の護衛部隊だが、それこそなけなしの艦艇から抽出している所がある。まだそれほど余裕がない為この状況はやむない所であった。

 

 

最上「今回は旗艦の護衛、か。」

 

熊野「まぁまぁ、宜しいのではなくって? ゆるりと行きましょう?」

 

神通「えぇ、そうですね。」

 

翔鶴「しかし、これだけの重厚な布陣を以って万全の策と成す、紀伊提督は、かなり堅実な手腕をお持ちと拝察します。」

 

神通「はい。提督は常に、リスクをできうる限り排除した後に、戦いに臨まれるお方です。であればこそ、私達も安心して戦う事が出来ます。」

 

瑞鳳「でも、前線に出られないのかぁ、今回は。」

 

翔鶴「仕方がありません、私達はまだ、来たばかりなのですから。」

 

最上「普通なら出撃も出来ない筈なんだけどね、どうして今回は出撃させてくれたんだろう・・・。」

 

熊野「さぁ~・・・提督も美人には弱いのではなくって?」

 

翔鶴「よして下さい熊野さん・・・。」

 

苦笑しながら返す翔鶴、直人の思惑を知らぬとは言え、無線も周到に切って言いたい放題である。

 

 

提督「ヘックショイ! うぅ~・・・。」

 

その頃艦橋では寒さに震える直人の姿があった。第一種軍服こそ着用しているが、何せアリューシャン列島線ともなると過酷な寒さを伴う。だがこれからその列島線の北側に侵入して行くのだから、ここからが本番なのだが・・・。

 

明石「相変わらず寒いのはダメなんですねぇ・・・。」

 

提督「そうなんだよ・・・火気厳禁だからストーブも置けんし・・・。」

 

空調はあるがちょっと追い付いていないのであった。

 

明石「うーん、帰ったら少し考えてみます。」

 

提督「頼むわ・・・。」

 

今回で北方に展開するのは二度目なので前回を踏まえて改良はしてあるのだが・・・明石が思ったより寒がりの度が低くなかったので間に合わなかった様子。

 

提督「んじゃ、始めまっしょい。」

 

明石「ラジャ!」

 

副長「!(了解!)」

 

かくして横鎮近衛艦隊は全ての艦娘を展開し、作戦行動へと移ったのである。このAL方面作戦展開においてその主軸は戦艦部隊と位置付けていた事から、第一艦隊を先頭に押し頂いた横鎮近衛艦隊は、一路東部アリューシャン海域に乗り入れていくのであった。

 

一方の重巡鈴谷は交戦を行う艦隊から少し離れて進軍する事になっていた為、鈴谷がこの海域で交戦を行う事は実はないのだが。

 

 

13時29分―――――

 

フォー・マウンテンズ諸島とアンドリアノフ諸島の中間海域を抜けようと、艦隊針路を変更した直後、それはやってきた――――正確には“鉢合わせた”。

 

大和「――――水上電探に反応、30度の方向、感4ないし5!」

 

大和の齎したこの通報が、開戦の合図であった。

 

金剛「砲撃準備! 全艦戦闘態勢!!」

 

矢矧「二水戦突撃用意! 砲雷撃戦用意!」

 

大和「砲戦用意! 戦闘に備え!」

 

川内「一水戦陣形整頓、突撃準備!」

 

第一艦隊及び一水打群が戦闘態勢を整えていく。

 

千歳「航空隊、発艦!」

 

千代田「お姉に続くよ、全機発艦!」

 

祥鳳「突破口を開きます、攻撃隊全機、出撃して下さい!」

 

更に第一艦隊に属する3隻の軽空母から、艦載機隊が出撃する。

 

大和「敵艦捕捉、距離4万2000!」

 

普通に人間で見た目には、水平線にさえ何も見えない距離で、大和は持ち前の長距離視認能力で敵艦を捉える。

 

鈴谷「えっ・・・。」

 

金剛「さ、流石デース・・・。」

 

これには金剛も唖然である。

 

金剛「――――逆探に反応、発見されたネー。」

 

大和「望む所です。大和の砲力、敵に見せて差し上げます。」

 

金剛「これは、負けてられないデース。」

 

実は忘れられがちかも知れないが、金剛もまた46cm砲を持つ戦艦としてここに居る。それもまた特異点であり、46cm三連装砲を運用する為に艤装が合わせられてもいるのだ。

 

言ってしまえば、この時点で砲火力で最強を誇っている戦艦は実は金剛なのである。46cm三連装砲を四基搭載したその艤装は、金剛級の通常の艤装と比べ2割大きくなっているのである。

 

大和「改めてみると、凄い兵装ですね。演習で私の装甲が撃ち抜かれたのも、納得出来ます。」

 

金剛「YES! アナタと同じ、18インチ砲デース!」

 

大和「では、頑張りましょうか。」

 

金剛「OKデース!」

 

大和と金剛、この二人はその後暫く、最強のタッグとして君臨する事になるのだが、それはまた、別のお話である。

 

 

この時であった敵艦隊は、ベーリング海棲地から派遣されてきた増援艦隊主力そのものであった。彼らは当初、ダッチハーバーの北方を固めていたのだが、形勢不利に陥っていた中部アリューシャン方面に、支援の為に急行する途上であったものだ。

 

しかしその途中で横鎮近衛艦隊と予期せぬ遭遇をしてしまったと言う次第であった。尤も辿り着いたところで、レオンハルト艦隊は引き揚げた後なのであるが・・・。

 

その構成は戦艦や空母、重巡と言った大型艦を中心とした水上打撃部隊であったが、後方支援基地援護と言う事もあって、その戦力は横鎮近衛艦隊と比さずとも、過少と言わざるを得なかった。どうにか基地部隊と併せて一般の艦隊とは互角の勝負と言ったところ、横鎮近衛艦隊とでは相手にならない。

 

ル級Flag「一体ドウイウコトナンダコレハ!!」

 

ヲ級elite「ワカラナイガ・・・敵ダトイウ事ハ間違イナイ。」

 

ル級Flag「中部アリューシャンニ来テイル連中ノ仲間カ・・・。」

 

狼狽しつつも旗艦のル級Flagshipは戦闘を決断した。しかしそれは間違いであった事に、そう時を置かずに気付かされる事になる。

 

 

赤城「各艦、攻撃隊を! 全機出動!」

 

飛龍「行くよ皆、全機発艦!」

 

一航艦から航空隊が発艦する。第一航空艦隊は主力の40km後方に位置して、戦艦部隊の航空支援を受け持つ事になっている。その更に後方30kmに重巡洋艦鈴谷とその護衛部隊がいる。

 

霧島「私達もいずれは、艦隊戦に加われる日が来るのでしょうか・・・。」

 

比叡「きっとあると思いますよ。私達はそれまで、ここで皆さんを護衛するのが役目です。」

 

霧島「――――そうですね。」

 

それもそうだ、と霧島は思い直した。

 

霧島がそう思ったのは、殆どの戦艦が前線で戦う中で、自分たち二人がずっと空母の護衛役に回され続けていたからと言う理由もある。欲求不満、と言ってしまえばそこまでだが、一時期主力の一翼を担っていた手前、その頃が忘れられないのである。

 

霧島にもそう言う一面があるのであった。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

大和「撃ち方始め!」

 

3万5000mで金剛と大和が戦端を開く。理想的なアウトレンジだったが、驚くべきはその初弾で上げた戦果であった。これは弾着観測機からの報告が物語っている。

 

「“大和第一斉射、敵戦艦に3発命中、爆沈! 更に敵重巡級1隻大破せるものと思われる!”」

 

「“金剛第一斉射、敵巡洋艦2隻にそれぞれ2発命中、撃沈! 駆逐艦2隻が至近弾にて大破せる模様。”」

 

弾着観測機が読み上げた戦果は、決して誇張されたものではない。制空権を奪取する事が出来た以上、冷静に判断できる結果導き出された報告であった。

 

陸奥「す、凄い・・・。」

 

榛名「流石、ですね・・・。」

 

次元の違う距離の砲撃戦を目の当たりにして手が出せない二人。46cm砲弾が3万mを飛翔し着弾するのにかかる時間はおよそ50秒、装填時間はおよそ40秒程度だったと言うから、着弾するよりも先に、次の射撃が送り込まれている事になる。

 

勿論徐々に距離を縮めながらの砲撃である為射撃レートは上がり弾着までの時間も縮むものの、3万m先へ正確に砲撃出来ると言うそのずば抜けた砲戦能力は、唯一無二のものである。

 

既にこの時点で敵艦隊は狼狽しており、押し切る事も不可能ではなかったが、彼らは航空攻撃とアウトレンジ攻撃によって、まずは敵戦力の削り取りにかかっていたのである。それはあくまでもこの戦いが前哨戦であり、艦隊の消耗を抑え込む為に必要な事でもあった。

 

 

一方ミッドウェー近海にいるアルウスが率いる空母機動部隊では、この第一報にさして驚きを覚えていなかった。

 

空母棲鬼「それは恐らく中部アリューシャンに来ている艦隊の別働だ。そいつらの目的は陽動であろうから我々は動かずともよい。」

 

ル級改Flag「そうでしょうか・・・。」

 

空母棲鬼「ん?」

 

インディアナは疑問に感じたことを率直に述べた。

 

ル級改Flag「この時期になって、高々艦娘艦隊1個艦隊程度の兵力で、これだけ広大な範囲に展開出来るものでしょうか?」

 

空母棲鬼「もう1個艦隊、敵の陽動部隊に参加していたのかもしれんぞ。」

 

ル級改Flag「いえ、その可能性はありません。同一艦娘の同時出現は、それまでの7カ所では確認されておらず、この8カ所目には、偵察によると1個艦娘艦隊並の戦力が確認されており、それまでの7カ所で確認されている筈の艦娘も報告にあります。中部アリューシャン方面への攻勢が陽動だったとしても、それがなんの為であるかを、考えてみるべきかと。」

 

空母棲鬼「・・・まさか、ダッチハーバー棲地か?」

 

ル級改Flag「大いに考えられます、そしてこの時期、敵側に動きがある艦隊とすれば・・・。」

 

空母棲鬼「――――“奴等”、か。」

 

ル級改Flag「北方からの攻撃に備えましょう、独自の母艦を持つ彼らなら、ダッチハーバーを制圧してなお、万全の態勢でこちらに襲い掛かって来る事も可能な筈です。」

 

空母棲鬼「――――分かった。」

 

インディアナの推測は正しく図に当たっていると言えた。敵の実力を正確に類推し得た時、彼らは奇襲を受ける危険性の一部を排除する事が出来たのである。

 

 

矢矧「魚雷、テーッ!!」

 

勝負は僅か3時間で付いた。

 

正確無比な爆撃に加え、対空砲火をものともしない航空隊の勇猛果敢な攻撃の甲斐あって、敵艦隊の崩壊は存外に早かった。尤も、敵が元々少数だった事も崩壊の早さに繋がっていたが、それでも敵艦隊は空母と戦艦を分離していた為、空母部隊に対する砲撃が出来ておらず、既に半ば逃げられつつあった。

 

 

16時33分

 

提督「空母は取り逃がすか。仕方がないが、追撃する訳にはいかん。」

 

明石「はい・・・。」

 

直人は泰然自若としていた。まるで、敵が逃げる事を意に介さぬかの如しであった。

 

提督「艦隊は隊伍を整頓、予定通り―――――」

 

後部電探室「“電探に感あり、58度の方向、距離2万6000!!”」

 

提督「何ィッ――――!?」

 

何故気付かれた――――そう思いかけて直人はそれを否定した。恐らくは最初の交戦開始位置に向けて飛び立って来たものであり、そこに偶然飛び込んでしまったものだと気付いたからだ。

 

提督「対空戦闘だ、対空戦闘用意! 主砲三式弾装填!」

 

直人は慌てて、しかしその機影を“敵”であると即断し防空戦闘の指示を出す。

 

翔鶴「“戦闘機を上げますか?”」

 

提督「頼む、まだ時間がある、急いでくれ。」

 

翔鶴「“了解!”」

 

 

ブオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

直ちに発艦を始める翔鶴艦載機隊、瑞鳳戦闘機隊がこれに続き、若干ぐずついた青空に向けて飛び立っていく。

 

後部電探室「“第二報、敵編隊の高度は約6000から7000、速度およそ170ノット(時速約314km)、2群に分かれ接近中!”」

 

提督「凄いな、うちの電探員は名人クラスなのか?」

 

明石「確かに、ここまで正確な測定は相当な腕利きでないと・・・。」

 

それもその筈、日本の電探はAスコープと言うオシロスコープの一種で計測結果が出るのだが、読み解くのには相当な訓練が必要となったと言う。以前も豪北方面での作戦で電探にて敵編隊を捉えた際に、敵の向かう方向までも割り出してもいる。そこまで出来るのかは兎も角としても、実際やってのけてしまったのだから仕方がない。

 

提督「そうか・・・彼が無事な限り本艦は沈まんな。」

 

直人はそう確信に近い何かを得て言ったものである。

 

 

一航戦戦闘機隊は、零戦二一型30機(翔鶴21機、瑞鳳9機)で構成されていたが、練度はそれなりに向上しており、基地航空隊を相手取るに当たって些かの不安も感じられない。だがこの数は、圧倒的多数の敵を相手取るには不足と言わざるを得なかったが――――

 

しかし悲しいかな、この時もまた、敵編隊は余りにも小規模に過ぎた。その数僅か、69機。

 

零戦隊がさっと散開し、見定めた目標に向けてダイブを開始する。敵の護衛戦闘機隊が必死の抵抗を開始する。たちまち背後を取られ蜂の巣にされる敵新型艦戦――――通称タコ焼きと呼ばれていたが――――、20mm弾により主翼の様なパーツをもぎ取られバランスを崩し、墜落する新型艦攻もあれば、陸爆タイプの敵機が散々に打ちのめされ黒煙と共に海面に水柱を上げる。

 

そこここで空中戦が繰り広げられ、終わった時には既に、敵編隊の数は半数以下になっていた。後方兵站基地と見做されて来た事の悲しさ故の悲劇でもあった。

 

 

提督「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

戦闘機隊の悲劇的な献身によって突破した僅かな攻撃隊には、重巡鈴谷及び10隻の艦娘からの熾烈な対空弾幕が浴びせられた。

 

たちまち翼をもぎ取られるもの、跡形もなく爆散するものが続出した。気付けばそこには何もなくなっていたのである――――。

 

提督「――――撃ち方待て!」

 

副長「―――!(撃ち方待て!)」

 

明石「全機撃墜・・・ですかね。」

 

提督「あぁ、少数ではこんなものだろうな。」

 

久々のパーフェクトゲームを目の当たりにして、冷静に言う直人。

 

提督「ここで立ち止まる訳にはいかん、進撃を続けよう。」

 

明石「わかりました。」

 

直人は全艦隊に対して前進を指示した。この素早く動き回ると言う指示が、敵の追撃を空振りに終わらせ、彼らを無傷のまま、ダッチハーバーまで到達させる事になったのである。

 

 

現地(ダッチハーバー)時間8月18日3時49分(-19h) ウラナスカ島ダッチハーバー沖

 

提督「何とか、ここまで辿り着いたか・・・。」

 

明石「はい、全艦意気軒高、万全の状態です。」

 

艦娘達に損害はほぼない。一部の艦娘が艤装に傷を付けられた程度だ。

 

そしてこれから行われる戦いは、あの程度の艦隊戦など比にならない激戦となる事を疑う者はいない。

 

提督「――――全艦、突撃! まずは敵沿岸砲台を撃滅する!」

 

朝潮「“前方敵艦隊、数不明、距離1万4000!!”」

 

提督「要港防御艦隊だ、一水打群で排除せよ!」

 

金剛「“了解!”」

 

手早く指示を出していく直人であったが、重巡鈴谷は砲台が制圧されない限り前進出来ないという宿命を背負っていた。

 

提督「夜間砲撃だ、吊光投弾を絶やすなよ。」

 

大和「“了解しました。”」

 

提督「本艦も砲撃戦準備を整えておこう。」

 

明石「はい!」

 

副長「!(了解!)」

 

直人は鈴谷に臨戦態勢を整えさせつつ、ゆっくりと艦娘達の後を付いて行くのだった。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

この日二度目の号令が響き渡る。その脇から第一艦隊が応射しつつすり抜けにかかる。

 

矢矧「全艦突入、敵と第一艦隊との間に壁を作るわ!」

 

二水戦「“了解!!”」

 

北上「魚雷攻撃、始めるよー!」

 

大井「はいっ!」

 

木曽「了解!」

 

一水打群の各艦娘が、それぞれの役目を担い、第一艦隊の突撃を援護する。それらは全て、実技演習に於いて想定に入れて、何度も訓練を行った作戦行動であり、その為動きに迷いはない。

 

 

リ級Flag「北方棲姫様ヲ、ヤラセハシナイッ!!」

 

要港防備艦隊旗艦であるリ級Flagshipは、僅かな重巡と軽巡を旗艦とする高速艦隊を指揮する身に過ぎない。しかし主の身を守らんと、決死の反撃を試みる。

 

“忠義の烈士”と言えば聞こえはいいものの、裏を返せば無謀な行為でもあった事も事実でこそあるが――――。

 

 

そしてそのか細い反撃もまた、崩壊は早かった。左右から同時に見舞われた雷撃により、その旗艦戦力が一撃で掃討されてしまった事が、最大の要因であった。指揮系統を失った敵艦隊はたちまち潰走する他に道は無かったのである。

 

一方でダッチハーバー前面では22時53分、第一艦隊と敵沿岸砲台との砲撃戦が始まっていた。そこには最近存在が認められた新型深海棲艦、「護衛要塞」の姿も確認できた。

 

大和「中々、砲台が多いですね・・・。」

 

大和が敵砲台に対しアウトレンジ攻撃をしつつ呟く。実際射程が足りず前に出た艦娘達が集中砲火の雨に晒されており、数え切れないほど多くの水柱が林立していたのである。それこそ正に、海面が煮え返る様な、と形容出来るほど、である。

 

夜間故に精度は良くないものの、それでもかなりの密度である事は事実だ。

 

 

扶桑「激しいわね・・・。」

 

その受けている当事者も同じ意見である。

 

山城「しかし砲台の位置は露呈していますから、急ぎ反撃しませんと。」

 

扶桑「えぇ、そうね・・・。」

 

 

舞風「なにこれ激し過ぎるんだけど~!?」

 

舞風が慌てふためいて回避しまくっている。が、砲撃どころではないようだ。

 

暁「そうよ、もっと加減しなさいよ!」

 

暁がまるで場にそぐわぬ事を言う。

 

響「手加減してくれる敵なんていないと思うよ。」

 

白雪「そうですねぇ~・・・。」

 

暁「そ、それはそうだけどー!」

 

響の冷静な返しにそう応じながらも1発も被弾していない暁である。

 

 

しかし時間の経過に沿うように、敵の沿岸砲台は次第に沈黙していった。いくら数が多いとは言っても、所詮は固定砲台であり、一度位置を暴露してしまえば、艦艇の火砲によって粉砕される運命を辿る他はないのだ。ほんの短時間で、砲台は次々と沈黙して行ったのである。この状況をも、彼女らは訓練していたのである。

 

大和「今です、突撃!」

 

敵の砲火が止んだ一瞬の隙を突き、大和が第一艦隊に対して突撃命令を下す。外海だけでなく内部にも防衛用の砲台がある事は明らかであった以上、これは妥当であっただろう。何しろダッチハーバーと言う場所は、ウラナスカ島北部の入り江の中にある港の名前だからである。

 

金剛「続きマス、突入!!」

 

一水打群がこれに続く。一航艦は鈴谷を護衛し後方にいるが、これも暫時湾内に突入する予定になっている。

 

 

「来ないでって・・・言ってるのに・・・!」

 

ダッチハーバーの一角で、拳を握り締めて港外の艦娘達を見る1人の子供の様な深海棲艦――――北方棲姫。本当に幼い風貌をした彼女の双眸には、追い詰められた者に特有の強い覚悟が宿っていた。

 

北方棲姫「調子に――――乗るなっ!!」

 

北方棲姫が地面に手を突く。次の瞬間であった――――――

 

 

4時08分 ダッチハーバー棲地内

 

 

ドドドドドドドドオオオオォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

 

響「くっ・・・まだだ、沈まんさ!」

 

足柄「ちっくしょう・・・この私が、ここまでやられるなんて・・・!」

 

暁「きゃぁっ!!」バッ

 

最上「くぅっ・・・、これじゃ、戦闘続行は難しいね・・・。」

 

立て続けざまに被弾艦が続出する第一艦隊と一水打群、暁は咄嗟にうずくまった結果無傷だったものの、突然であった事もあって最初の一撃で10隻以上が被弾、中には一撃で大破したものさえある。

 

 

ガァンガァァァン

 

 

大和「こっ、これはっ――――!?」

 

一方で艤装の装甲板で敵弾を弾き飛ばす大和。見渡すと、周囲の陸地に立ち込める赤い霧――――深海の瘴気の中に、“何か”があった。

 

金剛(――――砲台!)

 

同じく弾き飛ばした金剛はその正体を洞察する、散々見てきたその姿は見紛う事がない。

 

金剛「全艦砲撃、目標:地上砲台!!」

 

大和「地上砲台ですって!? さっきまで何も――――!!」

 

そう、入って来た時は、瘴気など立ち上ってはいなかったし、砲台の姿さえ確認出来なかったのだ。いくら棲地内であり、星明りさえ遮られているとはいえ、不気味に赤く光るその空間の中で、そうした瘴気や砲台を見失うと言った事は稀と言っていい。

 

金剛「あそこを――――。」

 

金剛が指さした先には、力を解放している北方棲姫の姿があった。

 

大和「あれが、ここの主ですか・・・。」

 

金剛「その様デス、でも・・・。」

 

大和「まずは砲台が先、ですね。」

 

金剛「私のチカラ、見せてあげマース!」

 

前線指揮官の二人、すぐさま以心伝心の連携を見せる。

 

金剛「一水打群、右舷方向に指向シマス!」

 

大和「第一艦隊、左舷に指向。目標、敵地上砲台!!」

 

そしてその中で一人だけ、正面を向く艦娘がいる。金剛であった。

 

榛名「・・・姉さん?」

 

大和「金剛さん? そちらは・・・。」

 

金剛「正面にも砲台があるヨ、ワタシがやってミマス。」

 

大和「お一人で、ですか!?」

 

驚きを隠さない大和だったが、榛名は落ち着き払って言ったものだ。

 

榛名「――――分かりました、お気をつけて。こちら側の指揮は私が。」

 

金剛「OK。」コクッ

 

榛名に頷いてみせる金剛。

 

大和「榛名さん・・・?」

 

榛名「大丈夫です、大和さん。姉さんは、きっと誰よりも強い人ですから。」

 

大和「――――分かりました、信じましょう。」

 

榛名「えぇ。」

 

金剛への絶大な信頼感。それは榛名が、大和よりも長く、彼女を見続けて来たからこそのものだった。そして金剛は、その信頼に見事応える術を知っていた。

 

金剛「各砲個別射撃用意! 目標、正面砲台群、準備出来次第射撃開始デス!」

 

金剛の能力が今、如何無く発揮される時が来た。全ての方が砲身を持ち上げ、それぞれの目標を指向する。それは他の艦娘には真似をする事さえ難しい芸当でさえある。

 

金剛「ファイアー!!」

 

 

ドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

4基12門の46cm砲が、敵砲台に向け一斉に火を噴く。距離は2万mもない。

 

40秒ほどで次々と着弾して行くその砲弾は、一つ一つの砲台を総なめにして行く。鉄と火薬の叫喚と共に砕け散る敵砲台、金剛は淡々として、砲弾を叩きこんでいく。

 

 

4時24分、敵砲台は、完全に沈黙した――――。

 

大和「さて、仕上げましょう。」

 

北方棲姫「そん、な・・・!?」

 

北方棲姫を守るものは、最早何もない。事故の制御下にあった砲台をすべて失い、あと残ったのは、我が身にまとう武装のみだった。対して横鎮近衛艦隊は10隻以上が損害を被るも殆ど無傷と言っていい様な状態であり、戦いの帰趨は明らかだった。

 

何より、この作戦の要諦が「ダッチハーバー棲地の無力化」にあるとすれば、躊躇う余地はない。

 

この戦いを締めくくるべく艦娘達が一斉に砲門を指向した目標は――――北方棲姫。

 

北方棲姫「負けない・・・負けたくないッ!!」

 

北方棲姫の意地は、動揺を収め、戦意を高めるのに充分であった。

 

大和「撃て!」

 

金剛「ファイアー!!」

 

その瞬間、両軍の間に砲弾が飛び交った。赤熱した砲弾が赤く跡を曳いて暗い空を交錯する――――。

 

 

提督「やっとるなぁ~・・・。」

 

直人は漸く沖合に到着した頃合いであり、双眼鏡でダッチハーバーを眺めていた。

 

明石「既に敵は抵抗力をほぼ喪失しているようです。」

 

提督「あれだけ派手にやっているんだ、そうなるさ――――ん?」

 

明石「どうかされましたか?」

 

直人が双眼鏡で一点を凝視する。それは北方棲姫の姿を捉えていた。

 

提督「――――砲撃を、砲撃をやめさせろ!!」

 

明石「提督?」

 

提督「まだ幼い者まで手をかけるようでは、余りにも業が深すぎるではないか。直ちに砲撃停止、これは命令だ!!」

 

時にサイパン時間2053年8月19日23時29分(+1h)、その後の命運を別つ命令が発せられた瞬間である――――。

 

金剛「砲撃停止!」

 

大和「砲撃停止ですか!?」

 

提督「“二度言わせるな!”」

 

大和「は、はいっ! 砲撃停止!」

 

大和と金剛の指示で、全艦が砲撃を停止した。驚いたのは一水打群と第一艦隊の面々だ。

 

那智「何故だ! 敵はもう少しで討ち果たせるのだぞ!」

 

熊野「少々、理解に苦しみますね。」

 

深雪「――――。」

 

大和「提督のご指示です、何か考えがあるのでしょう。」

 

第一艦隊の反発は比較的小さかったが、大きかったのは第一水上打撃群の側であった。

 

霞「なんで砲撃を止めさせたの!?」

 

矢矧「そうよ、相手は棲姫級、それも陸上型の深海棲艦、今倒さずいつ倒すと言うの!?」

 

朝潮「砲撃命令を、チャンスは今しかありません!!」

 

摩耶「アタシも賛成だ、早いとこ終わらせねぇと。」

 

金剛「これは提督の命令ネ! 私の指示とは訳が違うのデスヨ!?」

 

木曽「だとしても今回は承服しかねる!!」

 

摩耶「そうだ!」

 

第一艦隊は兎も角、一水打群は深海に対し強硬な立場を取る者が多い。それがこの反発を引き起こしたものであった。

 

朝潮「提督がやらぬと言うなら、私が――――!」ガチャッ

 

提督「“いい加減にせんかお前達!!”」

 

一同「――――!!」

 

部下の暴発を止めたのは、直人の怒号であった。

 

 

提督「お前達は指揮系統を何と心得るか! お前達は私情と信条に訴えて、軍の規律を乱すつもりか! 命令に違反した者は軍法会議にかけるから、そのつもりでいろ!!」

 

直人はことこの命令について、艦娘達に有無を言わせる気は全くなかった。そもそも提督の命令に違反した時点で、軍規違反である事は明白なのだから致し方がなく、それを盾に直人は反対を押さえつけたのである。

 

これが所謂「強権発動」であった。まぁ、職権乱用ではなかったが。

 

朝潮「うっ――――。」

 

そしてそうまで言われてしまうと、今にも引き金を引きかけていた朝潮も閉口せざるを得なかった。

 

 

提督「明石、短艇を用意しろ。」

 

明石「そ、それはいいですけど――――まさかっ!?」

 

提督「聞き分けのいい子なら、生きて帰れるさ。」

 

涼しく言い放つ直人のいつも通りの様子に、明石は何か確信を覚えていると汲み取って何も言わなかった。

 

提督「伊勢、日向、重巡鈴谷まで来る事。」

 

伊勢「“りょ、了解。”」

 

日向「“了解。”」

 

同時に第一艦隊四航戦の伊勢と日向を呼び戻した直人。もう大体お察し頂けただろう。

 

提督「全艦、一度北方棲姫の射程圏内から退避、隊伍を整頓し命令を待て!」

 

 

北方棲姫「砲撃が、止まった・・・?」

 

驚いたのは砲撃を受けていた当の北方棲姫も同じ事だった。おまけに敵は北方棲姫の攻撃可能範囲から遠ざかっているのだからなお分からない事が多い。

 

北方棲姫「一体、何をして・・・。」

 

そうこうしている内、敵の中から1艘の9m内火艇が、旗竿に十六条旭日旗をはためかせ、波を蹴立ててダッチハーバーに向かってきた。傍らに艦娘が2隻いるが、兵装は使用状態にない。

 

北方棲姫「こ、来ないで・・・。」

 

本来なら即座に撃っている状態だが、不運な事に――――直人にとっては幸運な事に――――撃てる武装は1門も存在しなかったのである。

 

内火艇は岸壁の一つに横付けすると、直人が内火艇を降り立ち、ダッチハーバーの土を踏んだ。

 

提督「やっぱり、思った通りだ。」

 

北方棲姫「・・・?」

 

提督「まだ子供みたいじゃないか。」

 

北方棲姫「ほっぽ、子供じゃない!」

 

提督「フフッ、それはすまない。」

 

にこやかに直人は北方棲姫に笑って見せた。

 

北方棲姫「・・・何を、しに来たの?」

 

提督「まずは謝罪、かな。無論許してくれとは言わないけれど、知らぬ事とはいえ、随分残酷な事をしてしまった、許してくれ。」

 

北方棲姫「――――いいよ。ここの砲台、全部ほっぽが作った。だから、また作り直せばいい。」

 

驚くべき事に、あの沿岸砲台も、突如出現した砲台も全ては北方棲姫一人によるものだったと言う。だがそれを悟った直人はそこに触れず本題に入ろうとする。

 

提督「そうか――――。」

 

北方棲姫「ほっぽ、静かな、楽しい海が見たい。それが夢だから――――でも、艦娘達は皆襲ってくる。ほっぽ、戦いたくないのに・・・。」

 

提督「・・・!」

 

北方棲姫の言葉を聞いた直人は驚いた。深海棲艦にも、戦いを好まない者がいる、それは、直人に大きな衝撃を与えた。無論人々が十人十色であれば、深海棲艦にも同じ事が言えるのは道理だったが。

 

北方棲姫「でも、あの艦娘達は攻撃を止めた。どうして?」

 

北方棲姫、容姿こそ幼いながら頭がいいらしい。

 

提督「そうだな・・・戦っていて、余り積極的とは思えなかった、からかな。戦いたがっていないと言う事は、なんとなく分かったよ。」

 

北方棲姫「!」

 

直人は北方棲姫の戦いぶりをつぶさに観察していたが、戦い方に積極性を欠く艦隊配置、まばらに撃ち始めた砲台群、戦いに対する未熟さもそうだが、何より消極的なのが目立つと言う事が言えた。それは北方棲姫が、戦いを望まなかったからだったのである。

 

提督「―――分かった。人間達には俺が話を通そう、君を―――助けてあげる。」

 

伊勢・日向「――――!」

 

北方棲姫「ほんと?」

 

提督「あぁ、約束する。」

 

北方棲姫「約束!」ニコッ

 

北方棲姫が、この場で初めて笑ったのはこの時だ。

 

伊勢「―――いいのか?」ボソッ

 

提督「あぁ、こんな子まで殺したのでは、我々は余りにも深い業を背負う事になる。」

 

直人は伊勢に小声でそう告げる。

 

提督「―――“ほっぽちゃん”、でいいのかな。」

 

北方棲姫「ほっぽは“北方棲姫”。でも―――その呼び方がいい。」

 

提督「分かった、俺は直人、ナオトだ。」

 

北方棲姫「ナオト―――覚えた!」

 

提督「それじゃほっぽちゃん、仲直りしよう?」

 

北方棲姫「うん、ほっぽとナオト、これから友達!」

 

提督「あぁ、友達だ。何かあったら、いつでもサイパンに来ていいからね。勿論、遊びに来てもいいぞ!」

 

北方棲姫「分かった! また、遊びに行く!」

 

すっかり仲直りしてしまった二人、ここで直人が切り出す。

 

提督「あ、そうだほっぽちゃん、ほっぽちゃんにも約束して欲しい事があるんだ。」

 

北方棲姫「なに?」

 

提督「艦娘達がまた、様子を見に来るかもしれないけど、出来たら戦わず、仲良くしてあげて欲しいんだ。」

 

北方棲姫「分かった、そうする。」

 

提督「ありがとう、約束だ。」

 

北方棲姫「うん! 約束!」

 

直人とほっぽちゃんは、指切りをして別れた。だがこの時、それが齎す影響の大なる事を自覚していた訳ではなかった。

 

日付が変わって8月20日0時18分、直人はその最後を直談判と言う形で締めくくり、北方棲姫の中立化に成功したのである。この時刻は鈴谷から大本営・幌筵泊地・横須賀鎮守府・大湊警備府に宛てて電文が送られた時刻である為多少の誤差があるが、概ね正確な時刻である。

 

 

その後鈴谷に戻り、全艦隊を引き揚げさせていた直人であったが、そこで予期されたアクシデントが発生した。

 

現地時間5時26分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

那智「何故だ! なぜ我々に矛を収めさせた!」

 

提督「お前達は、年端もいかない子供に向かって銃を突きつけるのか?」

 

那智「だとしても相手は深海棲艦、それも棲姫級だ! 見ただろう、奴が発動したあの力を、今ここで奴を討ち果たさなければ、後日に禍根を残す事になるぞ!」

 

提督「北方棲姫は正真正銘の子供だ、精神的に何ら変わる事は無い。それは対話してみれば分かる事、それに対し銃を向け引き金を引いたら、我々は虐殺者と変わらなくなる。」

 

霞「虐殺者ですって? どっちが虐殺者よ! あいつらはこれまで何億人と言う人達を殺して来たじゃない、今こうして次々と深海棲艦を沈められたとしても、それは私達の知ったこっちゃないわ!」

 

提督「死んでいった者達の霊を慰める為に敵を殺す、復讐とまるで変わらんではないか。」

 

たとえ相手が憤っていようとも、彼はあくまでも冷静にそう答える。

 

霞「私達はその為にいるのよ、多くの人々を殺した事に対する報復こそ、ひいては世界を平和にする道よ!」

 

提督「俺達は“自分達の明日”を変える為、守る為に戦っている。即ちこれは人類による対深海の『防衛戦争』なんだ。いや、そうでなくてはならない。」

 

満潮「でも結局、深海棲艦は殺さなくてはならないわ。たとえそれが、虐殺と非難されるようなことでもね。」

 

提督「戦争で人の生き死にが語られないのは非現実的な話だ、それは最早戦争ではない。我々は人類生存圏確立の為に戦い、その中で止むを得ず相手の命を奪わざるを得ないんだよ。報復や虐殺、ひいては浄化主義と言った事は、憎しみを増幅させ、更なる報復を生み出すだけだ。」

 

霞「望む所じゃない。その時はもう一度、私達の力を示すだけよ! あいつらを滅ぼすまで、私達の戦いは終わらない!」

 

提督「毅然として堂々たる言葉だな霞。だが――――脆い。」

 

霞「なんですって?」

 

眉間をピクリと震わせて言う霞、直人は彼女にこう言った。

 

提督「お前達駆逐艦は精神的にも身体的にも、若い。それはそのまま、心の弱さに直結する。そして憎しみは人の心を荒廃させる。何時しか人は感情を忘れる、“壊れて”しまうんだ。そしてそれは、精神的に若い者ほど陥りやすいんだ。そしてお前達は人であると共に“兵器”でもある。お前達の心が壊れた時、お前達は“兵器”としての価値を失い、“人”としての価値すら貶める事になる。俺はそんな事になって欲しくない。」

 

那智「――――甘いな、貴様は。」

 

提督「甘いさ。俺だって何万と言う深海棲艦を屠ってきた。その全ての魂の分まで、俺は生きている。命を奪った者は、その奪った命を“背負う”事になる。その重圧に耐えかねた時、そいつの人生は終わるのだろう。命を奪う事は決して崇高などではない。むしろ醜悪で、酷薄で、残忍な事だ。本来、到底許される事じゃぁない。」

 

一同「―――――。」

 

或いはそれが、直人にとっての“甘さ”だったのかもしれない。しかしそれもひっくるめて紀伊直人と言う人物を形成していた、その事は事実であろう。甘さあるが故に、彼は人道主義者なのだ。

 

提督「俺だってつらい。深海棲艦と戦う者にとって、等しく背負う責任のある重荷だ。命ある者に、上も下も無い。全て命は平等たるべきだ。そうでなくなった時、世界は最早命の尊重と言う概念を失い、混沌とした世界になり果てる。だからこそ、未来ある子供の命は、俺には重すぎる。」

 

那智「例え子供だとしても、撃ってくるものは倒さねばならん、違うか?」

 

提督「違わない。だが、“軍議は戦わず”だよ。」

 

即ち、戦わないに越した事は無い、と言う事である。確かに、戦争など、本来はしない方がいいのである。しかし戦争が同時に、外交の延長線上にある以上、戦争とは、発生『してしまう』ものなのである。

 

那智「・・・今後あのような命令が出るようでは、私達――――少なくともここに集まった面々は、如何に提督と言えども承服しかねる。」

 

霞「そうよ、一々こんな事があったんじゃ、やってられないわ!」

 

朝潮「えぇ、私達の任務は、深海棲艦を“倒す”事であって“救う”事ではない筈です。」

 

提督「大変結構。」

 

一同「―――!」

 

サラリと言い放つ直人に、集まった艦娘達は驚きを隠せなかった。しかし次に続いた言葉は、艦娘達の信念に一石を投じるだけの力を持った言葉だった。

 

提督「―――但し、その場合は厳罰を覚悟して貰う。場合によっては極刑も辞さぬつもりだから、そのつもりでいて貰おう。」

 

満潮「・・・フン、貴方も結局、私の前提督と変わらなかったわね。」

 

提督「そうかね? 俺はあくまでも“命令違反も辞さない”と言う君達の発言に対して相応の対応策があると示しただけだ。それとも、何か身に覚えがあるのか?」

 

満潮「―――ある訳ないじゃない。」

 

提督「なら結構、今の所はお前の身は安泰だ。抑圧的と思うかもしれないが、軍隊は命令系統の遵守が最も重要な組織だ。それに造反する事は即ち、軍の統制が失われたことを意味する。その危険性は、お前達もよく分かっているだろう?」

 

那智「無論だ、旧陸軍の事もある。」

 

二・二六事件や五・一五事件の様な事件は、歴史の授業でも学ぶ陸軍の反乱事件だが、彼はそれが起こる事による危険性を論じているのだ。その典型が、日本の東条内閣に代表される軍部政権であるからである。無論平和努力をずっと続けていた事実はあるが、東条英機は陸軍大将であるから弁解の余地はない。

 

軍のシビリアンコントロール(文民統制)こそは、現代に於いては基本となっている。大英帝国もアメリカ合衆国も、その軍は、文民統制によって制御されていた。軍部政権とはそのシビリアンコントロールが失われた事を意味し、ひいては、軍の統制が失われている事を指し示しているのである。

 

提督「それが分かるなら、軽率な行動は控える事だ。私は君達とは友人でありたいと思う。だが軍規を違反するようなら相応の処罰を下す、それは吹雪の例を思い出せば分かる通りだ。さぁ、この話は終わりだ、退室したまえ。」

 

直人は毅然とそう言い放った。集まっていた数名の艦娘達はまだ言い募ろうとしていたが、話に興味を失った様子の直人を見て、踵を返す他無かった。

 

 

明石「・・・良かったんですか?」

 

提督「予想していた事だ、驚いてはいないし、ああ言う他ない。」

 

明石「――――そうですか・・・。」

 

提督「・・・私達が、“正義の戦い”を志すなら、ああした考えは捨てなければならない筈だ。憎しみで命を奪う事は、正義ではないからな。」

 

暗夜の海を見据えながら、直人は言う。それは、多くの命を――――ともすれば下手な艦娘よりも多いそれを――――奪い去って来た者特有の、言葉の重みがあった。艦娘達を退かせたのも、その言葉の重み故であった。

 

明石「正義、ですか・・・。」

 

提督「――――どうした?」

 

明石「・・・提督、一体、何が正義なんでしょう。」

 

提督「・・・。」

 

直人は明石のこぼしたその問いかけに、少し考えて、こう言った。

 

提督「―――人には人の、国には国の正義がある。そして、人間には人間の、深海には深海の正義があるに違いない。しかし、それが画一的なものとは限らん。人も、深海棲艦も、その全てが、戦いを望んでなどいない筈だ。艦娘達も、また然りの筈だ。」

 

明石「――――そうですね。」

 

提督「補給が終わった。行こう、我々にはまだ、為すべき事がある。」

 

明石「はい、提督!」

 

搭載してきた追加搭載分の燃料を給油した鈴谷は現地時間8月18日5時31分、サイパン時間19日0時31分、直ちにダッチハーバー沖を発ち、ウラナスカ島の周囲を右回りに回って太平洋に出ると、第二戦速(35ノット)の高速で、一挙南下を開始したのであった。

 

 

8月20日10時00分(UTC―20h) ミッドウェー諸島北方海域・重巡鈴谷艦上

 

二昼夜を経て、彼らはミッドウェー諸島北方に到達した。既に艦隊は補給万全の状態で展開を終え、索敵能力を重視した第二警戒航行序列で航進していた。

 

提督「各艦隊、第三警戒航行序列、敵空襲に備え! 各空母部隊は予定通り、艦載機発艦を用意せよ! ポイントXA到達次第、第一次攻撃隊を発艦させろ!」

 

金剛「“OK!”」

 

赤城「“はい!”」

 

大和「“了解!”」

 

翔鶴「“畏まりました。”」

 

直人の命令を受け、艦娘達が陣形を変更する。鈴谷直衛艦隊のみは、鈴谷と空母2隻を中心にした8隻の輪形陣を組む為少し間隔が広いが、その分を直衛機でカバーする予定だった。

 

明石「でも、敵の位置は判明しているんですか?」

 

提督「これだけ時間がかかっているんだ、自衛軍が偵察したのさ。それがこっちにも送られて来たって寸法だよ。」

 

明石「え、聞いてませんよ?」

 

提督「言ってないし俺に直通で偵察機からさっき送られて来たばかりだからね、最新情報だよやったね。」

 

明石「そ、そうですか・・・。」

 

明石の知らない所で事態が動いていることなどしばしばである。

 

提督「攻撃目標の位置をこれから送る、各自攻撃経路を確認せよ。」

 

直人が送られてきた情報を転送する作業にかかる。

 

 

一方、この戦いに思う所がある艦娘もいる。

 

赤城「――――。」

 

空母赤城。

 

かつて、ミッドウェー海戦に参加し、敵艦爆の急降下爆撃により沈没した空母の1隻。

 

艦娘となった身でも、その感慨を、拭い去る事は難しい。

 

赤城「また、ここに戻って来たんですね。」

 

加賀「えぇ・・・そうね。」

 

共に肩を並べる加賀も、その1隻である。

 

それだけではない、この時一航艦に属する空母艦娘の半数以上が、ミッドウェー海戦に参加した者なのだ。

 

赤城「あの時、私は敗れた――――純然たる事実です。けれど・・・」

 

加賀「今度は、越えて見せる。そうね? 赤城さん。」

 

赤城「えぇ。私達はもう、あの日の自分じゃない。あの日の記憶を、超える時です。」

 

加賀「そうね。今度こそ、負けないわ。」

 

赤城・加賀「「“三航戦”の、誇りに賭けて。」」

 

新型空母が出来れば、それに取って代わられる。“一航戦”とは本来、そうした場であった。もしくは、持ち回りされる椅子でもあった。固定になったのは、太平洋戦争直前からミッドウェー敗戦までの期間だけだった筈だ。そして今、世代交代が起こった、たったそれだけの事なのだ。

 

故にこそ、赤城と加賀は三航戦となっても誇りを失わなかった。その誇りこそは、2人の硬い意思を体現していた。

 

 

飛龍「いよいよ、始まるのね・・・。」

 

蒼龍「なぁに飛龍、緊張してるの?」

 

飛龍「してない・・・って言ったら嘘になるのかな。」

 

多聞「ほーう、それは珍しい。」

 

飛龍「ど、どういう意味ですかー!」

 

緊張とは縁がないと思われていた様だ。

 

蒼龍(まぁ、私も緊張してない訳じゃないけどね・・・。)

 

多聞「なぁに、今度はしくじりはせんよ。敵の位置も、陣容も、全て分かっている。こちらの陣容も充実しておる事だし、指揮官も有能だ。――――今度は、勝つぞ。」

 

飛龍・蒼龍「「はいっ!」」

 

元気な返事を返す二人。いつでも気合十分な二航戦はここでも健在だ。

 

 

瑞鳳「私はまた、後方支援かぁ・・・。」

 

今回が初陣なのにそんな事を言う瑞鳳。と言うのは、瑞鳳もMI作戦の参加組で、当時は三航戦として大和以下主力艦隊の護衛として随伴していたのだ。

 

翔鶴「私としては、参加出来る、と言うだけでも十分なのですけど・・・。」

 

一方の翔鶴は、珊瑚海海戦で航空隊を一挙消耗、自身も大破した事で、“参加さえ出来ていない”のだからこの発言は重い。

 

瑞鳳「うっ・・・なんか、ごめんなさい。」

 

翔鶴「いえ、私も今回が初陣です、気を引き締めてやりましょう。」

 

瑞鳳「ですね。」

 

 

大和「遂に、ここまで来ましたか・・・。」

 

陸奥「えぇ・・・。」

 

あの日と同じ、第一艦隊の首座にある者として、大和の感慨は深い。

 

吹雪「――――。」

 

そしてあの日と同じ、第一艦隊主力の護衛として進発した吹雪もまた、その念は同様であった。かつて、敵を見ぬまま引き返したあの日。大和以下、連合艦隊主力に乗り組んでいた人々は、悔しさもあろう、空しさもあろう、様々な思いを抱いたはずだ。

 

その想いを晴らす為に立つ。吹雪はその覚悟で、この日、大和の傍らに立っていた。

 

吹雪の第十一駆逐隊の任務は、一水戦での戦闘の他、第一戦隊の護衛任務を与えられている。横鎮近衛艦隊に於いて、各駆逐隊は水雷戦隊麾下として艦隊に配属されると、特定の戦隊の護衛任務を受ける事になっている。

 

その中でも、栄えある第一戦隊の護衛を仰せつかっているのが、第十一駆逐隊の、吹雪他3人の艦娘達なのだ。

 

大和「・・・吹雪さん?」

 

吹雪「はい、なんでしょう?」

 

大和「落ち着いて行きましょう? とにかく今は、あの島へ辿り着く事だけを考えましょう。」

 

吹雪「そうですね・・・分かりました。」

 

大和はこうして時折吹雪の事を気にかけている。時折気負い過ぎるきらいがあるものだから、そうならないよう大和が心のケアを欠かさないのである。

 

 

提督「ここまで来ても、未だ発見されないとはな・・・。」

 

航空戦の準備が進行する中で、直人は鈴谷艦橋で言う。

 

明石「敵に動きがない、と言う事は無い筈ですが・・・。」

 

提督「運がいい、と言ってしまえばそこまでかも知れないが・・・。」

 

10時と言えば既に正午前の時間である。なのに彼らは未だに発見されていないのだ。故に彼らは悠々と発艦準備を行える訳だが、不思議な状況ではある。

 

明石「兎に角、先制攻撃のチャンスです。」

 

提督「果たしてそううまくいくかな・・・。」

 

明石「そ、それはまぁ・・・。」

 

提督「敵にもレーダーがある、避けては通れん以上、奇襲は無理と考えるべきだろう。」

 

彼は敵に対する奇襲を試みる気がある訳ではない。むしろ反復攻撃によって敵の航空戦力及び敵艦隊の戦力を削ぎ、艦隊戦に持ち込む事を狙っていた。

 

提督「各艦へ、準備出来次第、発艦せよ。」

 

赤城「“了解!”」

 

 

三航戦から第一次攻撃隊最初の機体が発艦したのは、10時13分の事であった。

 

 

一方、ミッドウェー諸島サンド島の北方600km付近に陣取っていた空母棲鬼は、10時20分に『敵編隊南に向かう』の報告を受けたが、直後消息を絶ったとの報告を受けて動き出していた。

 

アルウス「攻撃隊を出す。恐らく敵は我々から見て真北にいる。索敵攻撃でこれを撃滅する!」

 

ル級改Flag「分かりました、敵の空襲を警戒して、輪形陣を組ませますか?」

 

アルウス「そうだな・・・頼む。」

 

ル級改Flag「はっ!」

 

第一次攻撃隊は空中集合を終えて前進を開始した直後に敵の哨戒機を発見、1個小隊4機の戦闘機を分派してこれを撃墜している。アルウスが報告を受けたのはこの敵哨戒機が放った通信中途の第一報であった。

 

しかしこれによって、奇襲は不可能となった。

 

アルウス「次は――――勝つぞ!」

 

アルウスは、雪辱を晴らす戦いに全力を傾ける覚悟だった。遂にアルウスと直人、二度目の戦いが、初の航空打撃戦として火蓋を切ろうとしていた。

 

アルウス(奴も・・・こうする筈だ。)

 

アルウスは、直人の目論みが航空漸減にあると踏んでいた。故に急伸しては来ないだろうと考えていたのだ。

 

 

12時29分 重巡鈴谷

 

飛龍「“第二次攻撃隊、まもなく出します!”」

 

提督「頼む。」

 

明石「第一次攻撃隊より“ト連送”!」

 

提督「よし、始まったか。」

 

明石「続いて戦場偵察機より受電、『敵艦隊は上空に戦闘機多数を待機せる模様、空戦に発展せり』以上!」

 

提督「やはりな、あの様子じゃまぁ気付かれてるわな。」

 

艦隊でも敵が放った通信は傍受しており、尚且つ彼らの位置は、1時間程前に飛来した敵索敵機によって既に暴露されていた。

 

提督「いつ敵が来ても可笑しくはない、問題は何処から来るか、だが・・・。」

 

副長「――・・・――――。(艦隊戦・・・は、まだですね。)」

 

提督「あぁ、恐らく敵も近接する事を避けるだろうしな。」

 

副長「――――――?(なぜ分かるんです?)」

 

提督「―――今回の指揮官が、あの時の超兵器ならば・・・。」

 

きっと俺と同じ事をする、彼はそう考えていた。何故なら近接した結果がトラック棲地撃滅戦の時の様相であったではないか。

 

故に彼は、今度は突っ込んではくるまいと考えていた。

 

 

偶然の思考の一致。それが、彼らを同じステージに立たせた要因となった。そしてそれは、現代からは既に奪い去られた、洋上最大規模の激闘―――機動部隊同士の艦隊決戦―――を蘇らせたのである。

 

 

アルウス「迎え撃て! 一機たりとも近づけるな!!」

 

激しい火箭を噴き上げる深海棲艦隊。三航戦航空隊は、その外縁部の輪形陣に対し攻撃を集中する。

 

雷撃隊が水面すれすれを敵艦に肉薄する。上に目を遣れば、艦爆隊が整然とした編隊で急降下を始める。その高い練度を誇る三航戦―――赤城・加賀両航空隊からなる攻撃隊第一波は、84機と言う機数で一挙に襲い掛かって行った。

 

これは搭載各機種の半数になるが、戦闘機は僅かに2艦合計20機に過ぎず、それでもなお、赤城の板谷茂率いる零戦五四型10機が、その4倍以上の敵機を相手に死闘を繰り広げる。

 

そして一方で・・・

 

 

赤松「行くぞお前ら! あの日の母艦達に、勝利を届ける時が来た!!」

 

加賀搭載の赤松貞明率いる雷電一一型改10機が、一撃離脱を武器に板谷隊に迫る敵機をその直前で次々に撃墜し始める。その空戦域は、板谷隊の数倍の広さがあったのだ、それだけの範囲をカバーする事は容易ではない事もまた、自明の理だろう。

 

松ちゃんの気合いの入り方も半端ではない。ミッドウェー海戦の時彼は大村空配属で内地に居こそしたが、それでも元乗っていた母艦が沈められた因縁の海域だから当然だろう。

 

雷電一一型改は、雷電初期生産型の艦上機化改修仕様だ。随所に設計変更を施し、燃料タンクの増加やドロップタンクの容量を増やすなどして長距離飛行を可能にした型である。勿論、このタイプは現実には存在しない。

 

 

空海両面で死闘が続く中、12時35分には二航戦と一航戦の翔鶴から第二次攻撃隊が発艦を開始、間断なく攻撃を続行すべく前進を開始していた。

 

しかし12時50分、遂に来るべきものが来る。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼~

 

後部電探室「“電探に感あり、方位180、距離およそ110km!”」

 

提督「来たか――――!」

 

隼鷹「“どうする? 航空隊の発艦準備は5分で終わるよ?”」

 

提督「―――よし、五航戦は一度後退して艦載機発艦に専念、残りの艦隊で迎撃する!」

 

隼鷹「“あいよっ!”」

 

直人が素早く指示を飛ばす。

 

明石「五航戦が狙われない様にしませんといけませんね。」

 

提督「多分狙われるのは一水打群なんじゃないかな。」

 

明石「なぜです?」

 

提督「プロットを見りゃ分かるが、一水打群は最前線にいる。本艦から22.5km前方にいるんだ、当然だろうな。」

 

ここで艦隊の位置を確認すると、第一艦隊が鈴谷から15km前方、一航艦が7.5km前方となる。空母への被害を局限する為に、戦艦部隊で吸収しようと試みたのである。

 

提督「果たしてどこまで通用するかな・・・。」

 

実際、この程度の事は子供騙しの様なものだ。それは、敵攻撃隊が帰還した時の報告で筒抜けになる事だからだ。真に敵との交戦を避ける場合、別働として動く事が適当なのだが、高々20km程度では効果は怪しかった。

 

提督「全艦隊に伝達。恐らく敵の狙いは空母だ、あたかも厳重に守っているように見せてやれ。」

 

金剛・赤城・大和

「「“了解!”」」

 

明石「敵をペテンにかける訳ですか。」

 

提督「すぐバレるが時間稼ぎにはなる。日没まで凌げばな。」

 

明石「分かりました、全力でサポートさせて頂きます。」

 

提督「あぁ、頼んだぞ。」

 

明石「お任せ下さい!」

 

明石とは艦隊開設当時からの縁、同じ屋根の下で付き合い始めて1年以上、お互いの気心は知れている。お互いに何を期待されているかも分かっている。

 

この二人であるからこそ、可能な連携が、そこにはあった。

 

 

12時57分 第一水上打撃群

 

金剛「対空砲、フルファイアデース!!」

 

榛名「対空撃ち方、始め!!」

 

直人が見た通り、敵第一次攻撃隊は一水打群を襲った。しかしいる筈の空母は、練度不足を理由として鈴谷の直接護衛に当たっている為不在である。が、金剛はせめて“それ”らしくしようと猛烈に対空弾幕を張る。

 

上空では翔鶴から差し向けられた上空直掩機が必死の防戦を試みる。が、200機以上の敵機を前にしては流石に衆寡敵せず、次々と突破を許してしまう。

 

金剛「空母部隊へ、直掩機増勢を要請シマース!」

 

赤城「“分かりました、何とかします!”」

 

実は赤城の側でも増勢の必要は検討していたのだが、いざやろうとするとあまり余裕がなかった為、多少なりとは言え渋っていた節はあったのだ。が、こうなってみると話は別だ。

 

 

赤城「二航戦と六航戦から追加で戦闘機を出して下さい!」

 

飛龍「了解!」

 

隼鷹「はいよっ!」

 

一航艦の航空母艦は、基本的に搭載機数が多い事が特徴で、それ故各機種の半数を出しても余裕があるのだ。

 

霧島「我々も援護します、主砲三式弾、測的、良し! 撃ち方ー、始め!!」

 

 

ドドドドオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

比叡と霧島が一斉に三式弾を射撃する。元々三式弾は遠距離対空戦闘用に考案されたものであるから、この運用法は適切である。同じ事が第一艦隊でも行われていた。

 

 

大和「主砲三式弾射撃始め! 高角砲撃ち方始め!!」

 

陸奥「了解、射撃始め!」

 

妙高「主砲三式弾、測的急いで下さい!」

 

龍驤「うちらも支えるで! 対空砲、撃ち方始め!!」

 

千歳・千代田「「了解!!」」

 

第一艦隊は一水打群から僅か7.5kmしか離れていない。故に高角砲の射程圏内なのであるから、大和の采配は当然と言えた。

 

ところで、普段艦これをやっている方々ならグラフィックを思い浮かべて「ちとちよや長門型のグラフィックに、高角砲なんて付いてるだろうか」と思う人もいるだろう。

 

彼女達の装備はもっと重装備である。艦艇が装備している兵装量を考えても、あれ程軽装と言う事は、まずありえないのは道理だろう。例えば大和(天一号作戦時)の装備を見ると、主砲9門、副砲6門の他、高角砲連装12基24門、機銃164門を装備しており、更にソナーや電探など、多くの電波兵器を装備していた。

 

これは艦艇の中でもとりわけ多いと言うだけだが、例えば重巡那智の最終時でも、主砲連装5基、高角砲連装4基、機銃48門、魚雷発射管4連装2基、電探・逆探等電波兵器各種併せ5基搭載していた。駆逐艦でさえ後々の改装で3連装機銃を複数搭載していたのだから、主砲しか持たないと言うのはおかしな話でもある。

 

故に彼女達は普段見慣れた姿とは程遠い程装備が多く、各所にベルトで兵装搭載スロットを固定して、機銃や高角砲などを装備しているのである。

 

 

敵編隊はこうした理由により、凄まじい対空弾幕に晒される羽目になった。敵の第一次攻撃隊は、三個艦隊からの対空砲火をまともに喰らう位置にいた事が、その悲劇を生んだともいえる。尤も彼女らに攻撃する以上、安全に攻撃できる目標などないのだったが。

 

 

13時24分 重巡鈴谷艦橋

 

提督「敵第一波は遁走したか。」

 

明石「防ぎ切りましたね・・・。」

 

提督「あぁ・・・。」

 

約30分程で、敵攻撃隊はおよそ80機ほどにまで撃ち減らされて逃げ散った。

 

明石「第一次攻撃隊が戻ってきます!」

 

提督「三航戦は着艦準備、四航戦と五航戦は第三次攻撃隊出撃準備を開始、終わり次第発艦!」

 

赤城「“承知しました。”」

 

龍驤「“あいよ!”」

 

直人は交互に攻撃隊を発艦させていく事により、緩急をつけた攻撃を行っていた。無論その間敵に態勢を整えさせてしまう事にはなるが、その方がむしろ好都合である。

 

提督(敵が戦列を再編した後の敵を叩く事で、損害を更に増大させるのだ。補助艦さえ叩いておけば、あとは主力艦しか残らん。)

 

これが、直人の企図した戦略だった。

 

13時59分、第一次攻撃隊の収容が完了した時には既に第三次攻撃隊が予定通り発進を終えていた。同じころ第二次攻撃隊は攻撃を開始していた。

 

 

第二次攻撃隊は、蒼龍・飛龍・翔鶴の航空隊により編成されており、岡嶋清熊少佐(飛龍)の零戦二二型9機、翔鶴の零戦二一型10機、蒼龍からはなんと、藤田怡与蔵少佐率いる新鋭機、十五試局戦改9機が参陣している。

 

この十五試局戦と言うのは、局地戦闘機「雷電」の試作機の事で、藤田隊のそれは本来存在しない筈の艦上機モデルなのである。

 

雷電はそのエンジン出力にモノを言わせた一撃離脱戦術を得意とする。藤田少佐は三〇三空時代にこれに乗っていた経歴はあるのだが、それを色濃く反映したと言う事なのか、何はともあれ凄い事である。

 

 

14時10分 敵増援機動部隊

 

空母棲鬼「なに? 新型機だと?」

 

ル級改Flag「これまでの零戦とは、似ても似つかないずんぐりとしたフォルムだと。」

 

その情報はすぐにアルウスの耳にも届いていた。

 

空母棲鬼「興味深いな。お手並み拝見と行こう。」

 

ル級改Flag「しかし、我が方の補助艦艇は先の攻撃で手痛い損害を受けています、このままでは・・・。」

 

空母棲鬼「練度の差が、これ程までとはな・・・。」

 

アルウスは嘆息せざるを得なかった。第一次攻撃隊の戦闘機は、敵戦闘機72機撃墜と引き換えに3機を失ったのみだったからである。要撃機は100機を超える数だったのにも関わらずである。この為アルウスは次の要撃機を200機近くにまで増やしていたのだが、そこに新型の試製雷電改が突っ込んできたのである。

 

因みに第一次攻撃隊の時に来た、赤松隊の雷電一一型改の存在はまだ気づかれていなかったのだが。

 

 

藤田隊の試製雷電改が零戦を上回る機体性能を生かして先陣を切り上昇を始める。遅れて敵の新型艦戦が上昇を始めるが、先手を取られては追い付けない。たちまちマウントポジションを奪った藤田隊は、そこからダイブして加速、一閃した後には既に敵戦闘機12機が薙ぎ倒されていた。一方の藤田隊に損害は――――なし。

 

彼らが再び上昇を開始し、それを新型艦戦が追撃し始めたタイミングで、他の零戦隊が突っ込んできたことで、状況は一気に乱戦にもつれ込んだ。当然藤田隊はフリーハンドになり、敵機の被害は瞬く間に増えて行った・・・。

 

 

14時33分 重巡鈴谷

 

明石「――――現在までに確実撃墜93、不確実52、撃破40以上との報告が入っています。」

 

空戦状況についての報告を求めた直人に、明石は驚くべき数値を出していた。

 

提督「何――――!?」

 

誤認が多いにしても確実撃墜の数が多過ぎると思ったのは無理からぬ事だろうが、本当に驚いたのは開始僅か23分しか経過していない事だった。しかし、この報告は大凡真実である。

 

後にアルウスが語った所によると、この空戦での被害は未帰還機82、大破(修理不能)機43、中破以下(修理可能)機33、着艦失敗喪失34だったと言う。つまり、無傷だった機体は1機たりとも無かったのである。

 

その援護下で、飛龍の十五試艦爆を先頭にした艦爆隊や、友永隊の天山を先頭にした艦攻隊が一直線に敵に向かっていく。瞬く間に水柱が屹立し、30隻以上の護衛艦艇が撃沈されていた。飛龍が艦攻重視、蒼龍が艦爆重視のスロット構成と言う事もあって、役割分担はしっかり出来ていたのである。流石の連携と言うべきだろう。

 

更に蒼龍の水平爆撃隊が、3000m上空から敵重巡に次々と徹甲爆弾を見舞う。蒼龍艦攻隊は金井昇少佐が率いる水平爆撃専門部隊で、その命中精度は専門たるだけにすこぶる高いのだ。

 

この一撃は正しく、敵をして大打撃を受けたと言わしめた決定的な一打となる。

 

 

ところでこの時、艦隊の上空は雲に覆われていた。この為レーダーの精度が落ち、対空警戒が疎かになっていた。

 

14時36分 重巡鈴谷

 

提督「この雲はどの位で抜けられるかな。」

 

明石「1時間もあれば・・・。」

 

提督「今空襲を食らったら、ことだぞ・・・。」

 

瑞鳳「“直掩機より報告、敵編隊こちらに向かう! 距離400(4万m)です!!”」

 

提督「なんだと!?」

 

提督「“迎撃します!”」

 

提督「頼む! 緊急指令、各空母へ。至急戦闘機を発艦せよ!!」

 

赤城「“了解!”」

 

飛龍「“は、はいっ!”」

 

龍驤「“い、今すぐ出すんか!?”」

 

提督「今出さなければ艦隊が危ない!」

 

龍驤「“わ、分かった分かった!”」

 

鬼気迫る様子の直人の様子に、一瞬躊躇った龍驤も戦闘機出撃を承諾する。

 

明石「まずいです、レーダー統制による遠距離対空射撃は難しいと思います。」

 

提督「仕方があるまい、近距離戦闘でどうにか対処しよう。」

 

明石「そうですね、分かりました。」

 

 

14時37分、艦隊上空で空中戦が始まった。敵艦隊は6000mを巡航しており、雲は4000~5000m付近に折り重なって存在していた為、敵には艦隊位置はまだ明らかになっていない。が、敵から見ても、護衛戦闘機がいる時点で近くにいる事は明らかであった。

 

戦闘機隊には、留守を引き受けていた蒼龍の試製雷電改の残留組や、収容を終えた後の加賀から発進した雷電改などがインターセプトして駆けつけていたが、途中発艦組が戦線加入したのは、直衛戦闘機隊が戦闘を開始した後の事になる。

 

各空母から発艦していた直掩機合計96機と、敵の第二次攻撃隊241機が、一大航空戦を開始する。敵の艦爆や艦攻が降下を始め、戦闘機がそれを守る様に前面に躍り出る。各種零戦が、雷電が、フルストロークで各々狙いを定めた目標に驀進する。

 

上昇を続ける追加発艦した戦闘機は、降下中の敵攻撃機の一団に向かうよう航空管制が送られ、それに従い少しでも有利なポジションを取るべく飛び続けた。特に雷電にとっては、敵機の迎撃こそ専門の機体であるだけに、上昇力で零戦に対しては一日の長があった。

 

深海棲艦機が出す「フウゥゥゥゥゥゥゥン」と言う独特の推進音に負けじと、栄や火星、そして赤城と加賀が搭載する、『最後の零戦』零戦五四型の金星エンジンが唸りを上げる。

 

 

そして、この時特筆すべき事として挙げるべきは、瑞鳳搭載の戦闘機隊の活躍だろう。

 

瑞鳳は搭載機数が少なく、また戦闘機も零戦艦載型の初期タイプである二一型だったが、その搭載機数の少なさから直人が運用に慎重になった事で、敵攻撃の任の代わり、上空直掩の任務を与えられてしまったのだ。

 

その要件を満たす為、瑞鳳は少数の偵察用艦攻を除いて全て戦闘機を搭載した「オールファイターキャリア」となっていた。そしてその搭乗員は、鳳翔戦闘機隊及びサイパン空開設時にその人員として転出した、元空母艦載機搭乗員から選抜された腕利きのパイロットをかき集めていた。

 

一方の鳳翔は、基地航空隊の戦闘機搭乗員に空母離着艦訓練をやっていた為、その手空き人員となる鳳翔戦闘機隊の搭乗員を一部分、一時転出する形で実戦に送り出したのだだった。この為機材は二一型と二二型の混載となっていたのだが、その戦闘機隊とは・・・

 

柑橘類「全機、艦隊に襲い掛かる猟犬どもを1機たりとも近づけさせるな!!」

 

そう、柑橘類隊である。当人はインターセプト専門と言う立ち位置に不満ではあったが、瑞鳳の現状を鑑みれば自然な事と言う事もあって、納得せざるを得なかった。無論これも重要な任務であるし、それが敵戦闘機の妨害を受けない状態で、敵艦爆と艦攻だけを相手取るならこれ程楽な仕事もない。

 

柑橘類(本当に碌な仕事がないな俺・・・。)

 

憮然としないでもない柑橘類少佐でもあるが、すぐに思い直し、操縦桿を握り直す。

 

既に敵の艦爆と艦攻は雲を突き破り、眼下に第一艦隊を望んでいた――――

 

 

14時53分 重巡鈴谷

 

提督「味方戦闘機殺到で、敵攻撃機は混乱しているな。」

 

明石「数に頼んで突入した敵機も、機銃と高角砲で次々と撃墜されています。」

 

提督「うむ、制空権の状況はどうか?」

 

明石「鳳翔航空隊瑞鳳派遣隊を初めとする各母艦航空隊の奮闘で、制空権は維持出来そうです。」

 

提督「大変結構。」

 

直人は満足げであった。

 

提督「散々不満垂らされたの押して柑橘類のヤローを瑞鳳に積んできたのは正解だったな。なぁ瑞鳳?」

 

瑞鳳「“ここまでずーっと提督への文句を言ってましたよ?”」

 

提督「根に持つと長いからなアイツ・・・。」(;´・ω・)

 

明石「根に持つ事をするからでしょう?」

 

提督「ぐぬぬ・・・。」

 

明石の鋭い切込みに対し言葉が出なかった。

 

提督「と、取り敢えず、第四次攻撃隊の出撃準備をそろそろ始めないとな。」

 

段々自分に不利になって来たので話題を逸らす直人。

 

提督「六航戦へ、第四次攻撃隊の出撃準備を。第二次攻撃隊が上空に戻ってきたらすぐに出せ。」

 

隼鷹「“オッケ~イ。でも、今の防空戦闘で結構戦闘機出しちゃったんだけど・・・。”」

 

提督「攻撃隊として出す半数は残ってるんだろう?」

 

隼鷹「“そりゃ勿論。”」

 

提督「ならば結構、準備を始めておこう。」

 

隼鷹「“了解!”」

 

提督「・・・。」

 

素面の隼鷹は普通に艦娘らしいのだが・・・と、思わずにはいられない直人なのであった。

 

明石「――――どうかしましたか?」

 

提督「え? あー、いや、なんでもない。」

 

明石「そうですか?」

 

提督「大丈夫だよ。」

 

明石「でしたら、いいですけど・・・。」

 

 

結局、敵の第二次攻撃も失敗に終わった。またしても制空権は横鎮近衛艦隊が終始握り、敵機は1機も艦娘達に対し投弾する事が出来なかったのである。そして彼らの第二次攻撃隊は15時04分に攻撃を終え、帰路に就く。が、これが思わぬ偶然を招来する。

 

 

15時30分 横鎮近衛艦隊上空

 

およそ30分程で、攻撃隊は母艦上空に辿り着いた。母艦が敵に向かって全速力で走っている事と、巡航速度よりも早く飛行して来た事で、時間を短縮しているのだ。

 

 

提督「よし、戻って来たか。」

 

重巡鈴谷艦上で直人がそう言った時、突如緊急通信が鈴谷に入る。

 

霞「“敵機捕捉!!”」

 

提督「敵機だとッ!?」

 

タイミングは最悪だ、直掩機はその数を著しく減らしている。と言うのは、第一次空襲で4機、第二次空襲で9機を失ったのみの直掩隊は、連戦に近い状態だった為搭乗員の休息を必要としていたのだ。この為第二次空襲の際要撃に出なかった三航戦の第一次攻撃隊メンバーを初めとする合計51機しか上空直掩機がいなかった。

 

榛名「“敵機視認、機数推定200機、まだ増えます!!”」

 

提督「戦闘機は出せん、どうする――――。」

 

明石「対空砲だけが、頼みの綱ですか・・・。」

 

提督「仕方がない、一航戦と二航戦の艦載機は空中退避、母艦を全力で守る。」

 

隼鷹「“攻撃隊発艦も中止かい?”」

 

提督「そうだ、今やったら確実に誤射する!」

 

隼鷹「“そうだねぇ~。”」

 

これが、彼に取り得る最善の策だった。空襲直下で発着艦作業など正気の沙汰ではない。

 

提督「全艦隊、対空戦闘用意!」

 

直人は為し得る最善策を兎に角取る事にしたのだった。

 

 

一方敵の第三次攻撃隊は、横鎮近衛艦隊の放った第二次攻撃隊に悟られぬ様に追尾を続けた結果、蒼龍などの艦載機が水先案内人となってしまったという皮肉な結果を生んでいた。敵の誘導機のみが気付かれぬまま味方編隊の後ろをこっそりと付いて行った為それが大編隊を呼び込んでしまったのだ。

 

まぁ、その事は直人も感づいていたが。

 

提督(思い煩っても仕方があるまい、何とか対処する方法を考えなければ。)

 

直人は思考を現状のみに切り替えていた。偶然起こった事である為に、あれこれ考えても仕方がないと言う事でもあった。戦場ではそうした偶然が、往々にして起こるものなのである。

 

霞「“敵編隊、艦隊前方100km、接近中!”」

 

提督「後部電探室、捕捉できるか?」

 

後部電探室「“できます、本艦からの距離、約120km。”」

 

提督「直掩機の接敵予想は?」

 

明石「後15分です、現在空中集合中。」

 

提督「宜しい、一水打群全艦三式弾発射準備、空中戦開始前に数を削ぐ! 直掩機は三式弾弾着まで待機し必要最小限の距離を保て。」

 

明石「伝達します!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

多聞「“司令部へ。”」

 

提督「どうぞ。」

 

多聞「“敵戦闘機に威嚇行動を行って高空へ誘い出してはどうか? 同じ三式弾を撃つのでも、かなり変わる筈だ。”」

 

提督「・・・そうですね。意見具申を認可します。その旨伝達してくれ。」

 

明石「はいっ!」

 

 

短時間の間に重要事項を決定、伝達を終えた頃には、既に戦闘開始寸前になっていた。

 

 

金剛「ファイアー!!」

 

一水打群の全艦が、三式弾を敵攻撃機に向け放つ。戦闘機は既に攻撃機より上空に殆どが釣り出され、敵の攻撃機に三式弾の集中射撃が直撃した。立て続けざまに撃墜される敵攻撃機、それを号砲に、戦端は開かれた。

 

敵の攻撃機が突入し、戦闘機が空中戦を始める。各艦の対空砲が一挙に堰を切って火箭を噴き上げ、絶対に近づけさせじと言う裂帛の気合いと共にそれを敵機に叩き付ける。

 

榛名「提督、敵編隊はこちらに来ません!!」

 

 

 

提督「一航艦に向かってくるだと!?」

 

榛名「“はい! 第一艦隊も無視されています、機銃射程は迂回されました!!”」

 

提督「まずい・・・!!」

 

直人は危機を察知した、敵に空母部隊の位置が把握されていたのである!

 

 

アルウス「・・・やはりな。敵空母群は後方に控えている、前二群は戦艦を軸にした陽動だ。」

 

ル級改Flag「御慧眼恐れ入ります。」

 

アルウス「この戦術は第二次大戦でナグモ(南雲)の機動部隊がやったものと同じだ。同じ戦術は通用せん。」

 

ル級改Flag「――――成程、そうですね・・・。」

 

実の所、戦艦などを前に出して敵の攻撃を吸引すると言う策は、第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦で日本機動部隊が行ったそれと同じなのだ。故に艦娘達も抵抗なく実行に移したのだが、敵が洞察するリスクは当然あったのである。

 

 

提督「右舷側に弾幕を張って阻止しろ!」

 

摩耶「“皆もうやってる! けど・・・!”」

 

提督「防ぎきれん、か・・・!」

 

直人がほぞを噛み、思考を巡らせる。その時一つの手が思い浮かんだ。

 

提督「そうだ。全艦隊一斉左直角回頭! 30秒でやれ!」

 

金剛「“――――! ワタシ達ならではの技デスネー?”」

 

提督「そうだ、頼む!」

 

金剛・大和・赤城

「「“了解!!”」」

 

艦隊の陣形運動には二通りの方法がある。即ち、「順次回頭」と「一斉回頭」である。

 

順次回頭は、一番艦(先頭艦)の動きをトレースして回頭する運動を指す。これはどのタイミングで転舵すれば同じ軌道を描けるかが分かっているから、ある程度訓練すれば艦首が違っても実現可能だ。

 

一方で一斉回頭は、特定タイミングで全艦が一斉に指定方向へ転舵する回頭法を指すのだが、少しでも転舵のタイミングがずれたり、艦種や所属が違い合同運動訓練をしていない場合などは、不慣れさや練度の違いから陣形をかえって乱す事になる為難易度が高い。

 

彼はその一斉転舵を実施しようとしていた。勿論、彼らの訓練は完璧に行われている、日常茶飯事の事をやるまでの事だ。

 

提督「――――3、2、1、始め!」

 

直人の合図で全艦娘が最大戦速をキープしながら舵を切る。右舷方向から来る敵編隊に対し左舷方向に直角回頭を切る事で、敵編隊に対し対空射撃をする時間を少しでも伸ばす手に出たのだ。

 

金剛「“第一水上打撃群、回頭終わり!”」

 

大和「“第一艦隊、回頭終わり!”」

 

赤城「“一航艦、回頭終わりました!”」

 

提督「対空砲を撃ち続けろ、三式弾も使え!」

 

迫る敵爆撃機及び攻撃機合計約200機、敵が高角砲の射程圏内を強行突破した為に、その内50機強は何とか高角砲などで落としたが、その数は依然として多い。

 

そこへ更に三式弾の雨が襲い掛かる。

 

摩耶「主砲発射! 行かせるかァ!!」

 

 

ドドドドオオォォォーーー・・・ン

 

 

摩耶が三式弾を叩きつけ、それでまた何機かが撃墜される。

 

しかし凶報は、突然に齎される。

 

 

~一航艦上空~

 

 

プウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥン

 

 

白露「敵機直上!!」

 

赤城「――――ッ!!」(そんなっ―――!?)

 

加賀「どこから!」

 

上空から降り注ぐ急降下爆撃機の一群、右舷方向の敵編隊に集中しすぎたツケは、大きかった。太陽を背にして降下して来る為に照準も難しい。

 

 

提督「かっ、回避だ! 対空砲間に合うか!?」

 

「“駄目です! 旋回、間に合いません!!”」

 

 

ヒュウウウゥゥゥ・・・

 

 

提督「!」

 

 

赤城「ッ!」

 

 

ドオオンズドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

祥鳳「ああああっ!?」

 

飛鷹「や、やられた!」

 

六航戦の祥鳳と飛鷹の2隻が、急降下爆撃機の一弾で被弾した。六航戦は発進寸前の攻撃隊があったが、幸い誘爆が発生しなかった事は喜ぶべきだっただろう。

 

提督「被害状況報告!」

 

祥鳳「“服が少し破れただけです、心配ありません。”」

 

飛鷹「“私も発着艦に支障は無いわ。”」

 

提督「分かった。」

 

直人もそれを聞いて安堵したのだった。

 

提督「敵編隊はどうだ?」

 

後檣楼見張員

「“敵編隊は戦意を喪失したものと見られます、爆弾や魚雷を捨て遁走しています。”」

 

提督「大変結構。しかし危なかったな・・・。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

二人して安堵の溜息をつく。

 

提督「だがこれで・・・本艦の位置もバレたな。」

 

明石「そうですね、油断せずに行きましょう。」

 

提督「あぁ、今後敵は空母を集中攻撃するだろう。防空体制を厳重にしよう。艦隊陣形を一元化する、全艦集結!」

 

直人は一つの艦隊に集約する事で弾幕密度を高める策に出た。攻撃の時のリスクは高くなるが、敵機を防ぐ為には止むを得ない措置である。

 

赤城「“艦隊速度が遅くなってしまいますが・・・。”」

 

提督「元々扶桑型に合わせてるんだから問題なかろう。」

 

赤城「“そうでした、すみません。”」

 

提督「赤城にもそう言う事があるとはね。」

 

赤城「“どういう意味です。”」

 

提督「さぁ、どういう意味だろうねぇ。」

 

適当にはぐらかした直人であった。

 

提督「・・・。」

 

だが彼は唐突に無言になる。

 

提督「・・・。」

 

明石「――――提督?」

 

提督「・・・あぁ、どうした?」

 

明石「いえ、急に黙りこくってしまわれたので・・・。」

 

提督「・・・そうか。」

 

この時直人は、何も語らなかったと言う。

 

提督「しかし、これが空母部隊先頭だったら、どうなっていたんだろうな。」

 

明石「悲惨な事になっていたのは間違いないでしょうね・・・。」

 

提督「どうにかしないとな・・・。その為の輪形陣一元化だ。」

 

明石「でも、一周回って元に戻っただけなのでは?」

 

提督「そう言われるとぐうの音も出ない・・・。」

 

アメリカ海軍は空母の分散運用によって攻撃集中のリスクを下げていたが、これは同時に指揮伝達の困難さが問題になる。長距離無線通信が不可能である今日、それは理想的とは言えない。故に、艦隊は基本として集中運用されているのだ。

 

今回の様に数個に分散して輪形陣を組む事は、今日の現状から見て何処でもやっていない事ではあったが、であればこそ意表は突いていた。しかし何度も通用する策ではないのである。

 

提督「そして離れてると無線は使えん!」

 

明石「確かに艦娘でも30km周囲が限界ですからね・・・。」

 

どんなに大型アンテナを使い高出力で送信しても500~600km前後が限界である以上、艦娘の使う無線がそれほど感度が良い訳も無ければ、妨害を破る術もない。

 

提督「スペクトル分析機があればねぇ。」

 

明石「ECMの穴探しするつもりですか提督。」

 

提督「やってどうにかなってんなら解決してんだよねぇ。」

 

無線の周波数を変える度に、それに合わせて妨害してくる事がこれまでの実戦で証明されているので、無駄骨もいい所である。

 

提督「何ならもうECCM積み込むと言う手も。」

 

明石「対抗するにしても艦娘用のECCM開発が出来ませんよ・・・。」

 

因みに「ECCM」と言うのは、対電子対策(英: Electronic Counter-Counter Measures)の略で、電子対抗手段(Electronic Counter Measures, ECM)に対するカウンターとして、妨害された味方の無線機などを使用可能にする方法の事である。

 

分かり易く説明すれば、電波妨害(ECMの一つ)に対してそれを打ち消すための手段(ECCMの一つ、電波妨害中和)を指す。電子戦装備、対電子戦装備と言う言い方をする特殊な装置を使用する場合が多い。

 

艦娘は第二次大戦中の艦艇が根幹にある事が9割以上な為に、そうした装備はおろか、その概念さえ持ち合わせていない。無論そうした事が出来る事は識っているが、自分が出来ると言う考えはない、と言う意味で、実現出来るかどうかという問題が立ちはだかる。

 

提督「・・・ECCM装置があったらねぇ・・・。」

 

明石「電子戦機でも使わないと話になりませんよ・・・?」

 

提督「空自軍の電子戦機でも使えりゃ楽なんだが自主導入ってなぁ・・・。」

 

明石「コストが尋常じゃありませんね・・・。」

 

電子戦機とは、前述した電子戦装備などを始めとする装備を搭載し、電子戦に重きを置いて開発した航空機の事である。主にアメリカが装備していると言って過言ではない程充実して装備しており、一部先進国のみが装備する事が出来る、最先端テクノロジーの結晶である。なお今の自衛隊も装備している。

 

提督「対電子防護対策については少し検討してみてくれ。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

端的に言って無茶振りであった。

 

 

16時42分、集結を終えた横鎮近衛艦隊から、第四次攻撃隊が発艦した。

 

提督「しっかしあれだな、タイムテーブルを崩さぬように完璧に集結出来るとは。」

 

金剛「“それはモチロンデス! 訓練はしてマース!”」

 

提督「全く、お前と神通は良くやってくれたよ。」

 

神通「“恐縮です。”」

 

提督「だが、正念場はここからだ。艦隊を集約した分、敵の攻撃も集中する。心してかかれ。」

 

摩耶「“任せときな、必ず守り切るぜ。”」

 

提督「いつもながら頼もしいな、全く。」

 

翔鶴「“攻撃隊収容、終わりました!”」

 

飛龍「“こちらも完了です!”」

 

空中退避していた第二次攻撃隊も着艦を終え、これで心置きなく前進できる体制になった横鎮近衛艦隊。

 

提督「ではこのまま、ミッドウェー島沖を目指すか。」

 

金剛「“OK!”」

 

横鎮近衛艦隊は前進を続ける。第三次攻撃隊は既に攻撃を開始しており、敵の対空防御陣形に対し、再びダメージを与える事に成功した。彼がこれだけの航空攻撃を反復しているのは、相手が超兵器級だからではなく、戦術的な利点を考慮したもので、漸減邀撃作戦を、攻撃的に再構築したものに過ぎない。

 

彼がこれほどまでに航空戦を重視したのは、艦娘達の被害を減らし、かつ経済的に戦争をする為の実証実験と言う意味合いもある。航空機が主導する戦いであれば、無為に艦娘を増やさずとも、航空隊の増勢と空母部隊の充実によって主戦力とする事が出来るからである。これは第二次大戦を見れば分かる事でもある訳で、その点で直人は航空主兵の線で進める事が出来るか否か、その検討材料を実戦に求めたのである。

 

提督「案外、今回の海戦で、今後の戦史が変わるかもな。」

 

明石「そうですね、航空機での優位が立証できれば、可能性は大いに大です!」

 

提督「その為にも、搭乗員妖精達にはひとつ頑張って貰わないといかん。今後の為と思ってな・・・。」

 

明石「搭乗員の補充が容易とは言っても、やはり、消耗してしまいますから、それが問題になりそうですね。」

 

提督「そうだな―――。」

 

妖精達は、ひょいとどこからともなく帰ってくる事も多い。しかしそれでも、消耗してしまうものなのだ。戦争における勝利とは、結局のところ、犠牲無くしては成り立たないのである。

 

 

その後、飛び立った第四次攻撃隊は、17時10分ごろに攻撃を開始、40分に攻撃を終えたが、それとすれ違う様に敵の第四次攻撃隊が飛来する。

 

 

17時31分 横鎮近衛艦隊

 

提督「なんとしても食い止めろ! 第五次攻撃隊が発艦前だ!」

 

摩耶「“応ッ!”」

 

前回以上の弾幕を張る事を可能とした横鎮近衛艦隊。金剛型戦艦を外周に配置、それ以外の大型主力艦艇を一元化して中央に配置し、全ての巡洋艦、駆逐艦でこれを囲う体制にした事による効果は大きかった。

 

より密度の増したその弾幕投射は、近づく敵機を片っ端から薙ぎ払い、絡め取って行った。上空直掩機も奮戦し、1機よく数機を撃墜する活躍を見せるが、それでも尚、既に300を超えるまでに達した敵の大編隊を前にして、出来ることなどたかが知れていた――――。

 

 

前檣楼見張員

「“敵機! 左30度高度五〇(5,000m)向かってくるッ!!”」

 

提督「敵に腹を向けろ! 全速、面舵60度!」

 

後檣楼見張員

「“敵雷撃機左舷方向正面から急速接近!”」

 

提督「敵雷跡に合わせ回避行動を取れ!」

 

鈴谷だけは従来の方針通り艦隊からは独立して動いていた。空襲の際、艦娘と艦艇とでは挙動が異なるからだ。無論護衛艦娘はそのままついている。

 

左舷見張員「“敵機急降下!!”」

 

提督「面舵まだか!!」

 

操舵室「“これで一杯です!!”」

 

 

ドドドドドオオオオォォォーーーーン

 

 

翔鶴「きゃあああ――――っ!」

 

瑞鳳「くうっ・・・やられた――――!」

 

 

最上「“翔鶴大破、瑞鳳小破!”」

 

提督「なんだとっ――――!?」

 

明石「4番砲塔、応答ありません!!」

 

提督「くそっ! 火災を食い止めろ! 弾薬庫まで達したら終わりだぞ!」

 

明石「はいっ!!」

 

17時40分、鈴谷4番砲塔に敵の爆弾が直撃し大破、同時に随伴していた瑞鳳が小破、翔鶴が大破すると言う出来事が起こった。同じ頃艦隊側では、飛鷹が更に被弾し中破、航空機発着艦が不可能となっていた。

 

更に鈴谷では大破した4番砲塔周辺で火災が発生し、揚弾機から誘爆が発生する危険が高まっており、ダメージコントロールに努めていた。

 

提督「このタイミングで敵の規模が一挙に拡大するとはな・・・。」

 

明石「敵の母艦も必死に抵抗して来ている、と言う事でしょうか・・・?」

 

那智「“それだけじゃない、敵の基地からも応援が飛び立って来ているようだ。”」

 

明石「そんな!」

 

那智の報告に驚く明石だったが、直人は大して驚いた様子を見せない。

 

提督「成程な、確かにここは既に敵飛行場のカバー圏内だ。いつ来ても可笑しくは無かった訳だが、今ここにきて出してくるとはね。」

 

那智「“暢気に構えている場合ではない、どうするつもりだ?”」

 

提督「こんな事なら黎明空襲位するんだったかな? どうするも何も今更どうしようもない。突撃あるのみだ。」

 

那智「“委細承知した。”」

 

大潮「“朝潮被弾です!”」

 

提督「程度は!」

 

大潮「“小破程度と思われます!”」

 

提督「まだ踏みとどまれ!」

 

艦隊の被害は増大傾向にある。しかし、目指す敵は既に、数十km先にいた。ここで引き下がる事は出来ない。

 

提督「あと一歩だ、ここを凌ぎ切れば勝機はある! あと少しの辛抱だ! 全員持ち場を死守しろ!!」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

直人の口を衝いて出た、初めての死守命令。圧倒的な猛爆を受け、尚諦めなかった男の咆哮が、艦隊全員の士気を否応なく上げた。

 

彼らをして、『これ程の苦戦を強いられたのは初めてである』と言わしめた、ミッドウェー海戦の終わりは近い。

 

 

~同刻・深海増援機動部隊~

 

空母棲鬼「一歩も引かんか。成程、思ったより強情な奴らしいな。」

 

ヲ級Flag「空母棲鬼様、オ退キ下サイ! 敵ハモウスグソコマデ来テイマス!!」

 

この海戦前に編入された新着の空母部隊指揮官がアルウスに意見具申する。

 

空母棲鬼「そうだな――――空母部隊は撤退準備を始めて置け。」

 

ヲ級Flag「ク、空母棲鬼様ハ――――?」

 

空母棲鬼「私はまだだ。空母アルウスは一歩も引かん!」

 

超兵器空母アルウス。

 

その戦歴は、正に「後退」の二文字が似つかわしくない程の輝かしいものがあった。

 

開戦劈頭に就役し、マーシャル諸島方面などで空襲を行った後、ミッドウェー海戦で初見参して、超兵器航空戦艦『近江』と初めて刃を交えて以来、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ブーゲンビル島沖航空戦、マリアナ沖航空戦など、『近江ある所必ず現れる超兵器』として日本海軍が恐れた、唯一と言っていい超兵器。

 

その重武装重装甲を武器にして、単独で航空戦を展開するその艨艟は、浮かべる航空要塞と言っても全く差支えがない。その最期こそ、サマール島沖海戦での近江との至近距離での砲撃戦、結果も相討ちではあったが、ハルゼー艦隊にいたアルウスだけが南下し航空戦を実施、かつ砲撃戦まで持ち込む事が出来る唯一の船であった事は明白で、およそ「後退」と言う二文字とは縁の無かった空母なのである。

 

そして今、アルウスは生前の在り方を、踏襲しようとしている。トラック沖の屈辱を晴らさんとする彼女の意思は固い。彼女が歩んできた中で初めての「後退」、それも「敗走」と言う極めつけのものを味わったのだ、その屈辱感たるや凄まじいものがあったろう。

 

 

そして、舞台は遂に整う。

 

17時50分 第五次攻撃隊発艦

18時02分 第四次攻撃隊収容完了

18時11分、第五次攻撃隊攻撃開始

18時21分 第六次攻撃隊発艦

 

 

18時37分――――

 

前檣楼見張員

「“水平線に敵艦隊視認!!”」

 

 

ル級改Flag「空母棲鬼様、来ました。」

 

空母棲鬼「来たか。」

 

 

遂に彼らは、二度目の邂逅を果たす。運命に導かれし二度目の激闘が、始まる――――

 

 

提督「艦首カタパルト用意! 金剛、大和、砲撃戦を指揮せよ、全空母部隊は赤城の指示で後退、残りの戦闘機も全部上げろ! 鈴谷は艦隊に続いて交戦区域まで前進し戦列に参加せよ、行くぞ!!」

 

金剛「“イエスサー!”」

 

大和「“了解しました!”」

 

赤城「“了解!”」

 

明石「お任せ下さい!」

 

副長「“ご希望にお応えしましょう!”」

 

金剛・大和

「「全艦! 砲撃戦、用意!」」

 

 

空母棲鬼「空母機動部隊は全艦ここを引き払え! 最後の攻撃隊を収容し次第撤退せよ!」

 

ヲ級Flag「ハッ!」

 

ル級改Flag「今回は私も残らせて頂きますよ、空母棲鬼様。」

 

空母棲鬼「インディアナ、何を言っている!」

 

ル級改Flag「ここで私がいなくなれば、水上打撃部隊を率いる者が――――ここで艦娘達を足止めする者達が、他におりますまい? それに今度ばかりは、敵も空母を生かしては帰さないでしょう、少なくともあの巡洋艦の指揮官は、そのつもりの筈です。」

 

空母棲鬼「くっ――――そうか、そうだな・・・頼まれて、くれるか?」

 

ル級改Flag「お任せ頂ければ、何なりと。」

 

空母棲鬼「分かった。ではそちらは任せるぞ。」

 

ル級改Flag「はっ! 全艦砲撃戦用意! 敵はすぐそこまで来ているぞ!」

 

 

最初に事態が動いたのは、14時39分、敵艦隊を視認してから僅か2分後である。

 

阿賀野「“こちら第十戦隊阿賀野! 敵の空襲を受けてるよ!!”」

 

提督「しまった! ()()その(はら)か!」

 

既に洋上に出ようとしている直人は思わずそう言った。

 

阿賀野「“戦闘機を全部上げて置いたから防空はうまくて来てるけどぉ・・・ちょっとまずいかも!”」

 

提督「くっ・・・!」

 

赤城「“こちら一航艦旗艦、赤城です。”」

 

提督と阿賀野の交信に割り込み赤城が通信に出る。

 

提督「赤城、どうした!」

 

赤城「“こちらは御心配なく、こちらを省みず、敵の撃滅を!”」

 

提督「しかし――――!」

 

赤城「“大丈夫です、今ならやれます。今やらずして、いつ、勝利をお掴みになれと仰いますか?”」

 

提督「赤城・・・。」

 

赤城「“作戦の本分を、お忘れ無きよう―――最善を尽くされませ、提督。”」

 

それは、赤城からの決別とも取れなくはない内容であった。

 

提督「・・・分かった。行ってくる。」

 

赤城「“はい、お帰りを心から、お待ちしております。”」

 

そこで赤城との通信は切れた。

 

提督「――――全く、どうしてこいつらはこうまで・・・。」

 

直人は彼女達の心意気と、何よりその意志の強さに、嘆息せざるを得なかった。彼女達は今、“過去”を越えようとしていると知った時、彼はもう何も言う言葉がなかった。

 

明石「“カタパルト射出準備、完了しました!”」

 

提督「よし、では行ってくる。」

 

明石「“お気をつけて。”」

 

提督「あぁ。戦艦紀伊、出撃する!!」

 

直人が艤装を纏い、カタパルトから射出される。久々とは思えぬ見事さで着水を決めると、一路向かうは敵艦隊である。

 

 

19時05分

 

 

金剛「ファイアーッ!」

 

大和「撃てぇッ!!」

 

 

ル級改Flag「ファイア!」

 

 

提督「要塞戦艦紀伊、まかり通る!」

 

空母棲鬼「来いッ! ここから先へは通さん!」

 

 

ミッドウェー沖は既に夜、夜戦と言う前回とは違う舞台で、横鎮近衛艦隊とアルウス任務部隊との二度目の砲撃戦はその火蓋を切った。その距離は、横鎮近衛艦隊と深海水上打撃群は3万m、直人とアルウスが3万5000mである。

 

提督「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

直人が持ち前の砲撃戦能力の粋を集め、照明弾を打ち出しながらアルウスに砲撃戦を挑む。

 

空母棲鬼「撃てっ!」

 

アルウスはそれに応え応射する。その姿勢は至極冷静なものだ。

 

 

金剛「一水打群は敵右側面方向に展開しマス!」

 

大和「お願いします、その間こちらは押さえこみます!」

 

第一艦隊と一水打群とは、訓練でもやった相互連携を実戦で実行する。一水打群を以って闇に紛れ敵右翼方向へ挺進し、右翼部隊に痛撃を加える。成功すればいつも通り敵の火力を分散できるはずである。

 

川内「一水戦突入用意!」

 

矢矧「二水戦突入準備!」

 

水雷戦隊が突撃準備を始め、一水打群は砲火を一度止めて二水戦をも従えて左方向――――敵右翼隊方向へと展開を始めた。

 

 

ル級改Flag「落ち着いて撃て! 慌てず冷静に、より多くの射弾を送り込むんだ。」

 

ル級Flag「ハッ!」

 

インディアナはこれまた冷静に、全体的な視野で砲撃戦を指揮していた。彼女はソロモン北方沖海戦の前哨戦でもトラック棲地から南進して参加し、小澤海将補率いる高雄基地艦隊と交戦していたこともある。これまで何度も前線で砲火を交えてきたベテランであるだけに、沈着さには事欠かなかった。

 

 

提督「くっ、やはり早いっ!」

 

空母棲鬼「私の俊足を舐めないで貰おうか!」

 

砲火力で圧倒する直人に対し、アルウスは速力で頭一つ抜けている。60ノットもの速度を捉え切れる射撃管制がないのは止むを得ない事ではあったが、直人は二度目と言う事もあり、どうにか対応出来るようになりつつあった。

 

提督「――――そこっ!」

 

ドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

空母棲鬼「―――――!!」

 

ズドゴオオオォォォォォーーー・・・ン

 

空母棲鬼「ぬうぅぅぅ!!」

 

アルウスに120cmゲルリッヒ砲による高初速100cm砲弾が直撃する。狙い済ました一撃は、アルウスの武装正面を真っ向から押し潰し、ひしゃげさせていた。

 

空母棲鬼「まだだっ!」

 

ドドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「っ―――――!」(かわし切れん!)

 

アルウスの放った16インチ(40.6cm)砲は15門、密集した弾着地点の中央に彼がいた。距離は15,000mしか開いていない。

 

ドドドドドドズゴオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「ぐああああああっ!!」

 

左側の腰部円盤艤装に直撃を受け、砕けた破片が左わき腹を切りつける。しかし彼は膝を折らない。折った時が、彼の負けを意味するからだ。

 

提督「まだだ、この程度!」

 

彼は疾(はし)り続ける。彼の闘志は尽きない。彼の眼は、目の前の敵を追い続ける。最早、退く事など許されない事を分かっていたからこそ、彼は前へと進んだ。

 

 

空母棲鬼(膝を屈してはならん! 今ここで負ければ、私は立場を失う――――!)

 

 アルウスにとってもこの戦いは負けられなかった。アルウスは既に一度の敗戦を喫した事でその立場は非常に微妙なものになっている。そこへ今ここで負ければ、彼女は発言力を失う事に繋がりかねない。

だが彼女は、自らが「死ぬ」ことは考えていない。死が無為なものであると言う考えがあったからだ。いずれ死ぬにしても、自らそれを選ぶ事はあり得なかったし、戦って死ぬとも思っていなかった。しかし、その認識の誤りを、彼女は知る事になる。

 

空母棲鬼「私は、負けられない!」

 

 

お互いに痛打を与えられないまま、砲撃戦が続く。艤装が損傷し、武装が砕け、纏っている服が爆発と共に焦げて無くなっていく。辛い戦いが、続いている。

 

距離は既に、13,000を切っていた――――。

 

 

ところで、諸氏は覚えているだろうか。空母部隊から飛び立った第六次攻撃隊の事を。

 

赤城、加賀を始め、全空母の出撃可能全機を総結集して夕暮れ時に放たれたこの攻撃隊は、今回の航空攻撃で最大規模を誇っていたが、その動静は、これまで語ってこなかった。しかしそれを語る時が来た。

 

 

19時41分 敵増援機動部隊上空

 

それは、悲劇の始まりだった。

 

 

チカッ――――

 

 

ヲ級Flag「――――!?」

 

唐突に投下される吊光投弾、夜間であった為に直掩機もいない所へ、第六次攻撃隊、270機が突如として襲い掛かってきた。その全てが半数ずつの艦爆と艦攻である。

 

ヲ級Flag「ゲ、迎撃シロ!」

 

慌てて旗艦の迎撃指示が飛ぶ。しかし既に日が暮れている事の悲しさ故に、迎撃機も上がらなければ、上げたとしても到底間に合わない。艦爆隊は既に降下を開始、艦攻隊は低空で突入を開始していたのである。

 

ここまで来ると、日が暮れたと安心しきっていた深海棲艦隊こそ責められるべきだろうが、完全な奇襲だったのだからそれは酷と言うものだろう。

 

ヲ級Flag「タ、対空防御ダ! 急ゲ!」

 

その指示で、一斉に噴き上がる弾幕だったが、猛り狂ったかのような火箭も、奇襲により動揺した深海棲艦のそれは空を切るばかりである。

 

それを勇敢にも掻い潜り、雷撃隊が、艦爆隊が、水平爆撃隊までもが、一斉に攻撃を始める。次々に火柱を上げ轟沈する深海棲艦が続出し、或いは魚雷をもろに受け、呆気なく沈むものまで続々と出る。

 

深海棲艦隊が、苦心して各戦線からかき集めた増援機動部隊は、こうしてミッドウェー沖に壊滅してしまったのである。

 

 

空母棲鬼「何、空母部隊が空襲!? もう夜間だぞ!」

 

その報告を受けたアルウスも狼狽する。が―――――

 

提督「他所に気を逸らすんじゃねぇっ!」

 

 

ズドドドオオオォォォーーーー・・・ン

 

 

空母棲鬼「チィッ!」

 

 最早その様な暇さえない。それほどまでに直人が急迫していた。こと速力で見れば、アルウスより紀伊の方が速いのである。

彼がこの時使用した脚部艤装は軽量なストライダーフレームであり、軽量化の為揚陸戦装備や修理装備など、不要なものは全て置いて来ている。無論航空戦装備も。

 故にその速力は、バーニアも使う事により63.7艦娘ノットに及ぶ。

最初期の頃は精々45艦娘ノット程度だったが、改修を重ねた結果ここまで引き上げてきたのである。

 『不断の戦力増強』が彼ら横鎮近衛艦隊の強さの秘密であれば、それは当然巨大艤装『紀伊』にも適用されてしかるべき。艤装の軽量化や省力化、火力の増強策や速力の増大など、まだまだ粗削りだったこの艤装にやれる事は沢山あったのである。

 

提督「捉えたぞ―――――蜂の羽音!!」

 

距離1万mの壁を、直人は遂に破る。19時43分頃の事であったと言う。直人はこの時点で、勝利を確信した。

 

空母棲鬼「馬鹿なッ、これほど速いとは!」

 

 アルウスも必死に距離をこれ以上詰められまいとして連続射撃を行うも、紀伊の機動力を前にしては、余りにも無力の一語に尽きた。

直人が考えた対アルウスの必勝戦術、それは、「ただ一本鎗の突撃あるのみ」、であった。

 前回アルウスとは、常識的な形での砲撃戦しかしておらず、お互いに決定打に欠いて痛み分けに終わっていた。これはアルウスの速力に、完全装備の彼が追い付けなかったことに依る。が、アルウスもその形が一番慣れたものだった事もその理由である。

ならば、こちらの速力を極力上げて、接近戦に持ち込む。持ち込みさえすれば、良く慣れ親しんだ直人の間合いなのである。直人はその方向で、密かに調整を続けて来ていたのである。

 

提督「もう少しだ、もう少しで奴の首根っこに手が届く!」

 

空母棲鬼「何故だ、何故奴は危険を冒してここまで!」

 

直人のプランは全く実際の条件に則したものだった。無論偶然合致した条件もあるが、結果オーライである。

 

そして彼は、近接戦闘用に霊力刀『極光』『希光』を携行していた。彼は端から堂々たる砲撃戦などやるつもりはないのである。これが、人間ならではの思考と言うものだ。艦娘は砲雷撃戦や航空戦に思考が固まっている場合も多いが、直人はそうではない。人間として、柔軟な発想が出来るが故の強みだった。

 

尚且つそれは深海棲艦も同じ事で、それだけに意表をつく事が出来る筈だったのだが、それが的を射ていた事を、この事は意味していた。

 

 

金剛「空襲成功ネー!? これは、空母たちに負けてられないデース!」

 

一方一水打群は敵右側面へ展開し、いまや突撃命令を待つのみとなっていた。

 

榛名「姉さん、参りましょう。」

 

金剛「OK、レッツゴー!」

 

一水打群一同

「「了解!」」

 

19時53分、金剛は航空攻撃成功の報を聞き、勇み立って突撃を開始する。艦隊の士気も上がり、全体のコンディションも最高である。

 

 

大和「金剛さんが突入しましたか。私達も敵を押し出します! 全艦、前進開始!」

 

第一艦隊も一水打群に合わせ前進を開始する。突入に合わせて敵を圧迫する事で、敵の戦列を崩すのが狙いである。

 

川内「魚雷戦用意! 突撃!」

 

吹雪「行きますッ!」

 

川内の一水戦が躍動する。夜型の川内が最も得意とする戦場で、第一艦隊の猟犬達は、獲物を求め駆け巡る。吹雪以下の十一駆も、川内と共に突撃を開始していた。

 

大和(お願いしますね、吹雪さん。)

 

大和を直々に護衛している第十一駆逐隊は、大和との繋がりも深い。故に駆逐隊旗艦である吹雪への信頼が篤いのは自然な流れであろう。その想いを背に、吹雪は好射点を占める為突撃を続けていた。

 

吹雪(司令官の、期待に応える!)

 

一方の吹雪も、司令官に今の立ち位置への抜擢を受けた事には相応の戦果で応えると心に誓っていた。故に、その力のこもり具合も、並ではない――――。

 

 

提督「あと5000!」

 

あと一歩の距離に肉薄する直人。この時点で120cm砲と円盤状艤装の間で台座をアームで接続した構造になっている80cm砲は、その約半数が千切れ飛んで無くなるか、法そのものを破壊され機能しなくなっていた。しかしその残り半数を使い、破壊され、失われた砲の分まで必死の応射が続く。

 

空母棲鬼「――――艦載機、緊急発艦!」

 

アルウスが突如、自身の武装から艦載機を発進させる。この唐突な動きの変化に面食らう直人。

 

提督「なっ!?」

 

空母棲鬼「火の塊となって、沈んでしまえ!」

 

提督「深海棲艦機も、夜間飛行が出来たのか――――!」

 

それは、直人の予想を超えた事態だった。しかしながら、彼は航空兵装こそ外していたが、対空兵装は降ろしていなかった。

 

提督「対空砲、撃ち方始めぇ!!」

 

号令一下、ウルツブルグレーダーと連動した、15cm高射砲が連射される。その一撃は圧倒的な正確さで敵機を撃墜する事も叶う。

 

次々と撃墜される敵機。その中には、発艦直後を狙い撃たれたものまで存在した。たった5000mと言う距離は、そのような芸当まで可能としたのである。かくてアルウス苦肉の反撃は、余りにも呆気なく挫折した。

 

空母棲鬼「チィッ!」

 

直人の勢いを止められない、思わず後ずさったアルウス。

 

提督「逃がすかァ!!」

 

ドオオオオオォォォーーーー・・・ン

 

アルウス「ッ―――――!?」

 

120cm砲の咆哮、それは遂に―――――

 

ドゴオオオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

アルウス「ガアアアアアアアアッ!?」

 

遂に――――アルウスを捉えた。

 

提督「よしっ!」

 

アルウス「ガッ・・・ハァッ・・・!」

 

その場に崩れ落ちるアルウス。致命打を浴び、最早立つ事すらままならない。

 

そこへ直人が慎重に近づく。

 

提督「全く、超兵器級とは、みなこうなのか? 全く。」

 

アルウス「フッ――――馬鹿を言うな。私など、ほんの序の口に過ぎんのだろうさ。」

 

提督「そうか。ならば尚の事、これからの戦いは気が抜けんな。」

 

アルウス「・・・戦艦紀伊、貴様は本当に強い。私の力で、及びもつかぬとはな。」

 

提督「そんな事は無い。私は無力だ、仲間がいなければ、到底ここまで辿り着けまい?」

 

アルウス「確かに、その通りだ・・・私にも、途轍もない宿敵が出来たものだ。」フラッ

 

提督「――――!」

 

最早立つ事すらままならぬ筈のアルウスが、彼を宿敵と認め、息も絶え絶えにおもむろに立ち上がった。アルウスが立ち上がる余力があったのかと驚く暇もあらばこそ、状況は一変する。

 

空母棲鬼「貴様は確かに強い――――この戦い、最早万に一つも勝ち目などあるまい。だが・・・私は、負ける訳にはいかん!!」ゴォッ

 

提督「っ!?」

 

アルウスを中心に空気が渦を巻く、次の瞬間――――

 

 

ドオオオウウウウウウウウ・・・

 

 

負の霊力が、奔流となって渦を巻き迸った。その勢いは凄まじく、直人をも弾き飛ばし尚強まっていく。

 

提督「一体、何が――――!」

 

突然の変化にただ驚くしかない直人。しかしその渦の中心に確かに感じ取る事の出来る、その禍々しい気は、強まる一方だ。

 

 

バチッ・・・バチバチッ・・・

 

 

提督「馬鹿な――――!」

 

直人が驚愕するその眼前には・・・

 

空母()()「私は、何度でも、貴様の前に立ち塞がってみせる―――――!」

 

“傷一つない”アルウスが立っていた。その武装は、先ほどまでより大きく強化されている事が、見ただけでも分かる程だ。

 

空母棲姫「インディアナ、部下を連れて撤退しろ、殿は私がやる!」

 

ル級改Flag「アルウス様!」

 

空母棲姫「空母部隊は壊滅した、これ以上の足止めは無意味だ。」

 

ル級改Flag「――――分かりました、ご無事で!」

 

空母棲姫「あぁ・・・すぐに戻る。」

 

そう言い置いてアルウスは通信を切り、改めて自らの“宿敵”に向き直る。

 

空母棲姫「“空母棲姫”アルウス、行くぞッ!!」

 

提督「――――良かろう!」

 

両者共に後はない。どちらが折れるか、ただそれだけの勝負となったのである。

 

 

20時20分――――

 

砲声は未だ止まない。

 

ドゴオオォォォォーーーン

 

提督「ぐううっ!」

 

ズドオオオォォォォーーーーン

 

アルウス「うあっ!」

 

 ハイスピード且つ、至近距離の砲撃戦に、大気が震え、硝煙が辺りに立ち込めて視界を悪化させつつあった。

弧を描く様な時もあれば、航跡がおもむろに交錯し、時に激突する。直人が刃を抜き放って一閃を振るったに見えると、再び距離を取り砲撃を加えようとする。その動きを追ってアルウスが躍動し、タイミングを計って砲撃を仕掛ける。

 お互いにタイミングを計りあい、砲撃を繰り返し、直人は白兵戦をも試みる。その、絶妙な一撃を紙一重で回避し合い、互いにしのぎを削り合う。徐々に蓄積して行くダメージは、その余りの激しさを物語るには十分過ぎると言うものであった。

 

 

金剛「手が――――出せないデース・・・。」

 

夕立「ぽいー・・・。」

 

川内「レベルが・・・違い過ぎる・・・。」

 

矢矧「あれが、超兵器・・・。」

 

直人に加勢せんとして駆けつけた艦娘達は、しかし手が出せずにいた。下手をすれば直人を誤射しかねない程に、その速さは凄まじかった。正に、「レベルが違う」のである。

 

金剛「デモ、あのアルウスの霊力、前に遭遇した時よりずっと凄いネ・・・。」

 

大和「えぇ、まるで、棲姫級の様な・・・そんな一種のプレッシャーを感じます。」

 

吹雪「本当に、司令官はお強いですね――――あれだけの戦いが出来るなんて・・・。」

 

深雪「そりゃそうだろ、うちの司令官はとびきりの化物だかんな。」

 

吹雪「深雪ちゃん、失礼ですよ!」

 

深雪の言を失言と咎めたのか焦って吹雪が突っ込む。が――――

 

川内「フフッ、まぁ間違いなく化物だよね。」

 

神通「正直、及びもつきませんね。」

 

夕立「あれは強すぎるっぽい。」

 

時雨「本当に化物だよね。」

 

夕立「ぽい。」

 

摩耶「うむ、とても人間とは思えねぇぜ。」

 

伊勢「ま、常人離れはしてるよね。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

木曽「と言うか普通の人間に艤装が扱える訳ねぇだろ。」

 

北上「その時点でヤバいよねー。」

 

吹雪「ちょっ、皆さんまで!?」

 

発言一同「「まぁ、事実だし?」」

 

吹雪「えぇ~・・・?」

 

事実なんだからとんでもない話だ。と言うより、人間が超兵器と互角に渡り合ってる時点で十分化物なのだから否定の余地はない。が、本人がいない所でとんだ言い草である。(お約束)

 

伊勢「でも、いつ終わるんだろうねぇ・・・。」

 

日向「弾薬残量を考えると、もう終わってもおかしくは無いが・・・。」

 

夕立「・・・終わりそうな感じは、ないっぽい?」

 

 

提督「ハアアアアアアッ!!」

 

ヒュババッ

 

空母棲姫「甘い!」

 

直人も弾薬の残りが僅かな事から白兵戦メインに切り替えていたが、それでも弾薬の消費は止まらない。

 

ズドドオォォーーン

 

提督「しまっ――――!?」

 

袈裟懸けを外した直後、態勢を立て直す一瞬の隙を突かれる直人。回避の余裕はない――――

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「ぐうううううっ!?」

 

その一撃で右側の120cm砲は根元から断ち切られ、腰部円盤状艤装は左舷側が半ば程から千切れ飛び、爆発の衝撃が彼の脇腹をしたたかに叩き、左肋骨を2本折り、更に左前腕の尺骨までも折る重傷を負う。

 

提督「この程度ォ!!」

 

ドオオオオォォォーーーン

 

ある種極限状態となっていた彼は、それでも尚残った1門の120cm砲で反撃する。

 

ドガアアアアアアアアアァァァァァァァーーーー・・ン

 

空母棲姫「ぐおおっ!?」

 

その盛大な爆音は、アルウスの自律型兵装が爆散した音だった。何度も度重なるダメージを受けたアルウスの兵装に施された装甲は、120cmゲルリッヒ砲の放つ、100cm徹甲弾の痛烈な一撃に耐えられなかったのだ。

 

提督「今だ、今がチャンス!」

 

空母棲姫「っ!!」

 

戦う術の大半を失ったアルウスに直人が砲門を向け、艤装を通じて砲の引き金を躊躇い無く絞る―――――

 

 

カチッ・・・

 

 

その砲が火を噴く事は―――無い。

 

提督「――――!」

 

空母棲姫「・・・!」

 

提督「嘘だろ・・・? 弾薬残量は――――ッ!?」

 

“0発”。100cmゲルリッヒ砲弾も、80cm砲弾も、51cm砲でさえも、その残弾はない。残っているのは対空砲である15cm高射砲弾。しかしそんなものでアルウスを倒す事など出来る筈がない。

 

空母棲姫「――――引き分け、か。」

 

アルウスも、浮遊タイプの主砲が2基残ってはいたが、独立型モジュールである事の悲しさで残弾などなく、盾の代わりに使っていた為に破損している。

 

提督「どうやら・・・その様だ。」

 

互いに、行き着く所まで消耗し尽くし、お互いに決定打を残さぬまま、終わりの見えないかに見えた戦いは唐突に終焉した。

 

 

金剛「何が・・・起こってるのデース・・・?」

 

困惑するのは外野の艦娘達の方であった。遠巻きに見ていた事もあり状況が分からない。月明かりの下で、艦娘達にどよめきが走る。

 

伊勢「もしかして、弾薬が・・・。」

 

日向「あり得るな、戦艦紀伊は元々主砲1基毎の弾薬が多いとは言い難いらしいからな。」

 

 そう、巨砲を大量搭載するデメリットは弾数の少なさにこそあった。

実際の艦艇でも同じ事が言えた訳だが、例えば金剛型最終時(排水量32000トン)で、主砲弾定数は1門当たり100発で800発だったのに対し、大和型ではこの倍の64000トンで46cm砲弾をどうにか金剛型より100発多い、1門当たり100発で900発を搭載していた。

ここで見るべきは搭載弾数ではなく一門当たりの砲弾数が変わっていないと言う事で、1門当たり100発を確保する為に、14インチ砲戦艦と18インチ砲戦艦とでは排水量に倍の懸隔があるのだ。無論それだけが要因ではないにしても、である。

 

大和「提督・・・。」

 

大和が心配そうに見守る中で、状況が動く。

 

 

提督「――――だが、俺達の勝ちだ。退いて貰うぞ。」

 

空母棲姫「あぁ、私の敗北だ。これ以上ジタバタはすまい。次の機会を待つ事にする。その時まで、死んでくれるなよ。貴様を殺すのは私だ。」

 

提督「ハッ、俺がそう簡単に死ぬかよ。早く行っちまいな、うちの連中がいつ飛び掛かってきてもおかしくはない。」

 

空母棲姫「そうだな・・・。」

 

アルウスは踵を返し、インディアナの後を追う為に、その場を去って行く。

 

提督「・・・うぐっ!?」ズキィッ

 

見送る直人は、漸く痛覚が戻って来たのがその場に膝を突く。

 

金剛「テイトクゥーッ!」

 

そこに金剛達が駆け込んできた。

 

提督「よォ、金剛か。お疲れさん。」

 

金剛「・・・もう、こんなにボロボロになって・・・。」

 

提督「そうだな、帰ったら入院だな。」

 

金剛「デスネ――――HEY雷電!」

 

雷「だから名前を纏めないでってば!」

 

電「なのですぅ!」

 

金剛「フフッ、提督を鈴谷に、急ぐネ!」

 

雷「分かったわ!」

 

電「了解なのです!」

 

愛宕「手伝うわね。」

 

雷「お願いするわね。」

 

金剛「今は下がって下サイ。指揮は私が執るネ。」

 

提督「あぁ・・・任せた。」

 

苦痛に顔をしかめながらも、直人はそう言った。その後彼は愛宕に担がれ、雷と電の護衛で鈴谷へと緊急搬送されたのだった。

 

金剛「・・・行きまショー、目的地は目の前デース。」

 

一同「「了解!!」」

 

直人の力ない後ろ姿を見送り、金剛は艦隊全艦を統率し、再び目的地を目指す。20時53分の事である。

 

 

一方、砲撃に参加しない一航艦は、鈴谷の護衛として鈴谷の四周を取り囲んでいた。

 

21時11分、直人と3隻の艦娘は鈴谷まで戻って来た。

 

霧島「司令!」

 

飛龍「提督! 大丈夫ですか!?」

 

涼風「うっへぇ~! 提督も派手にやられてるねぇ・・・。」

 

提督「ははは、面目ない。」

 

一航艦の艦娘達に出迎えられる直人。

 

赤城「提督、お戻りになられましたか・・・。」

 

提督「よぉ赤城、お互い派手にやられたな。」

 

赤城「えぇ、そうですね。ううっ・・・。」

 

加賀「赤城さん、無理はしないで・・・。」

 

加賀に肩を貸して貰いながらどうにか立っている赤城。敵の最後の空襲で大破していたのである。

 

提督「兎に角、負傷者と・・・中破以上の艦艇は収容する。残りで、護衛を頼む。」

 

霧島「分かりました。」

 

摩耶「行こう提督、急いで手当てしねぇと。」

 

提督「そうだな、霧島、後は任せる。」

 

霧島「お任せ下さい。」

 

そう言い残して、直人は鈴谷に収容され、医務室に運び込まれたのであった。

 

 

その医務室にはもう一人艦娘がいた。

 

21時17分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

提督「イテテテ・・・。」

 

蒼龍「あっ、提督、お帰りなさ――――っ!」

 

提督「蒼龍、お前も俺と同席か。」

 

蒼龍「あははは・・・そうだね。」

 

同じく大破/負傷した蒼龍が、医務室のベッドに横たわっていた。

 

雷「はぁ、これは忙しくなりそうね。電、手伝ってくれる?」

 

電「分かったのです!」

 

提督「おいおい、休まなくていいのか?」

 

雷「この位なんてことないわよ。それに、こんな時に休んでる場合なんかじゃないわ!」

 

技術局医療課主任の雷の仕事は、むしろ戦闘のあと始まるのである。戦闘の疲れもあるが、それよりも傷ついた人の手当てを優先する辺りは、雷の性格をよく示していると言えたし、そこは直人の適材適所が光った一面でもあった

 

 

8月21日3時59分 ミッドウェー諸島サンド島北東17km

 

交戦海域から7時間で、横鎮近衛艦隊は当初の目的地だったサンド島沖に到着した。

 

金剛「大和サン、お願いシマース!」

 

大和「砲撃戦用意! 目標、サンド島飛行場及び周辺施設!」

 

一同「「了解!」」

 

大和が音頭を取り、全艦が砲撃準備を行う。金剛がそうさせた理由は、単に大和への配慮からだけではない。大和が戦闘に立って指示を出す、それだけで、艦娘達の気合いの入り方が違うのだ。

 

これが、最盛期の大日本帝国海軍連合艦隊旗艦たるもののカリスマであった。

 

大和(ここまで連れて来て下さった、提督や皆さんの為、私は――――やれる事をする!)

 

大和「撃ち方、始め!」

 

100年以上の時を経て、あの時、1942年6月にミッドウェー島沖に鳴り響く筈だった、戦艦大和の砲声がこだまする。それは、守勢一方だった東太平洋方面に於ける、反撃の狼煙であった。

 

 

結局、横鎮近衛艦隊によるミッドウェー砲撃は失敗であった。理由はいくつかあり、夜間であり施設の視認が困難だった事、この地を守る中間棲姫の座標が判別困難だった事、インディアナ率いる水上打撃部隊との交戦後で弾薬の残量に不安をきたしていた事が挙げられる。

 

しかし彼女達は残った砲弾全てを撃ち込み、ミッドウェー島沖を離脱した。これによりミッドウェーの航空兵力はたちまち半減したと言われ、それが無ければ、艦娘艦隊によるミッドウェー攻勢は不可能だったとも言える。その意味で、戦略的な成功を収めた事は事実である。

 

しかしその損害は甚大であり、少なくとも再建にひと月を要する事は間違いなかった。

 

大破:紀伊

   榛名・筑摩・北上・木曽・翔鶴・矢矧・村雨・五月雨・朝潮・夕雲・霞・黒潮

   高雄・足柄・最上・長良・扶桑

   比叡・加古・那珂・赤城・蒼龍

中破:鈴谷・利根・大井・夕立・大潮・満潮・不知火

   陸奥・愛宕・那智・熊野・五十鈴・川内・舞風・響・初雪・白雪・子日

   古鷹・球磨・飛鷹・漣・時雨・磯波

小破:瑞鳳・羽黒・陽炎・巻雲・谷風

   大和・妙高・伊勢・日向・吹雪・深雪・初春・若葉

   霧島・球磨・飛龍・祥鳳・初霜

航空機損失:空母艦載機726機中196機未帰還・528機被弾 

      水偵110機中10機未帰還

 

とみに目立つのは航空隊の損失であろう、全機体の1/4近くが未帰還となっている。いずれも劣らぬ、貴重な熟練搭乗員達だ。これが、空母決戦なのであった。たとえキルレシオが高かろうとも、犠牲は避けられない。その犠牲は消耗となり、徐々に精鋭搭乗員達が空に散る。今後暫くの間、作戦行動など覚束ない事は明らかであった。

 

艦隊にもかなりの損害が発生した。特に第一水上打撃群は壊滅的打撃を受け、これも戦線復帰に時間を要する事は明らかで、かつ提督の戦線離脱がもたらした影響は大きかった。横鎮近衛艦隊は、間違いなく、大打撃を受けたと言えるだろう。アルウスの綿密な作戦案は功を奏したと言える。

 

しかしその後開始された艦娘艦隊を中心兵力とするミッドウェー攻略作戦は成功、中間棲姫「ミッドウェー」は戦死し、サンド島を中心としていたミッドウェー棲地は壊滅した。カウンターを狙った日本本土攻撃作戦も、沖ノ島南方で捕捉され阻止されるに至り、深海側は惨敗した。

 

だが、多大な犠牲を払って手にしたミッドウェー諸島は、日本本土からは余りに遠きに過ぎた。ここへ上陸した部隊は小規模の警備部隊と哨戒飛行隊であり、自給自足と細々とした補給を以って、北太平洋方面の警戒任務に当たる事になる。結局のところ、橋頭堡こそ築いたが、制海権を確保出来たかどうかは怪しい所であった。

 

作戦前加賀の言っていた「成算がどの程度あるか」については充分過ぎるほどあったが、加賀が本当に問いたかったことは、「成功させる事によってどのような影響を及ぼすか」と言う事だった。その結果は、補給への負担が増加し、艦娘艦隊はその補給線防衛の為、更なる拡充を強いられることになったのだから、その事を想えば、直人達の奮戦は、空しい成功でしかなかったのかもしれない。

 

ただ相対的に、艦娘艦隊の必要性が増大した事で艦隊の数を増やす事になったのだから、それを以って帳消しと言う事は出来る。ミッドウェーを空白地帯か出来た事は確かに成果である筈なのだから、その空白地帯を維持する為の兵力がいるのである。その点、艦娘艦隊は便利な存在であったとも言えよう。

 

 

2053年8月末、深海と人類は、太平洋に於いて拮抗した戦いを続けていた。その終わりが何処にあるのか、それを知る者は、まだ、いない。

 

 

 

 

~次回予告~

 

ミッドウェー海戦の後、艦隊再建に努める横鎮近衛艦隊。

しかし緊迫した情勢は、彼らに静養する事を許すはずもなく、再建が僅かに未了の状態で出撃命令が伝達される。

再びベーリング海に歩みを進める重巡鈴谷に襲い掛かる、過去最大規模の強敵、既に運命の歯車は、予測し得ない方向に回り始めていた!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部3章「刹那に吹雪は過ぎ去りて」

艦娘達の歴史が、また、1ページ。




艦娘紹介

艦娘ファイルNo.108

翔鶴型航空母艦 翔鶴

装備1:零式艦戦二一型(熟練)
装備2:九九式艦爆一一型(高橋隊)
装備3:九七式艦攻(村田隊)

 ミッドウェー戦後の一航戦として、ミッドウェー戦を奇貨として実戦投入された新鋭空母。
「雷撃の神様」こと村田重治少佐率いる艦攻隊と、江草隆繁少佐と並ぶ艦爆隊の二枚看板、高橋赫一少佐率いる艦爆隊を擁する一方で、戦闘機隊が熟練飛行隊と言う珍しい存在。
 直人の期待を一身に背負って出動した初陣では、二航戦と共同して赫々たる戦果を挙げ、赤城と加賀の後を継ぐ新たな一航戦としてのスタートを切った。


艦娘ファイルNo.109

祥鳳型航空母艦 瑞鳳

装備1:九六式艦戦(ミッドウェー戦時は零式艦戦二二型(柑橘類隊))
装備2:九九式艦爆(同戦時は零式艦戦五四型(熟練))
装備3:九七式艦攻(上に同じ)

 特異点無しの航空母艦。姉の祥鳳共々元・潜水母艦である。
翔鶴と共に一航戦を編成している艦娘でこそあるが、流石に飛行隊の練度が不足と判断され、取り敢えず地上訓練に回された上で地上転用されていた元空母飛行隊の搭乗員と、鳳翔戦闘機隊を結集してオールファイターキャリアとなり、艦隊防空に活躍した。


レオンハルト艦隊(幌筵第914艦隊)艦隊編成表(全艦隊連合編成)

旗艦艦隊兼第一艦隊
大和 川内
長門 妙高
陸奥 高雄
摩耶 北上
隼鷹 叢雲
龍驤 白雪

第二艦隊
金剛 神通
比叡 雪風
鳥海 暁
古鷹 ヴェールヌイ
加古 電
瑞鶴 雷

第三艦隊
霧島 鬼怒
榛名 利根
赤城 筑摩
加賀 綾波
蒼龍 黒潮
飛龍 不知火

第四艦隊
扶桑 夕張
山城 羽黒
伊勢 最上
衣笠 那智
青葉 時雨
飛鷹 島風

第五艦隊
祥鳳   由良
日向   愛宕
木曽   名取
夕張   初春
長良   初雪
あきつ丸 涼風

第六艦隊
伊58  多摩
千歳  陽炎
千代田 若葉
子日  曙
白露  朧
磯波  漣

第七艦隊
天龍 龍田
文月 三日月
如月 睦月
皐月 弥生
長月 望月
鳳翔 霰

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