異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録   作:フリードリヒ提督

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どうも、お久しぶりです、天の声です。

青葉「同じくお久しぶりです、青葉です!」

自分で書いといてなんですが中部千島沖海戦、実は終わらせ方明確に考えておらず発想も無くてですね。それであんな締め方になりました、すみません。

今後はしっかりまとめてから書くと思うのでこうはなりにくいとは思います。


青葉「ところで今って夏イベ期間中ですよね?(※更新時16/08/22)」

そうだけど?

青葉「結果の方は如何だったんでしょう?」

あぁ、甲甲甲乙で攻略を完遂しました。ニムもアクィラも掘っておきました。まぁ、ゆくゆくは登場するんじゃなかろうかと言う所ですかね。

青葉「取り敢えずの所は、“おめでとうございます”と言う所ですか?」

そうなるな。さて今回の解説は潜水艦の特性についてだ。前章で既に触れた事ではあるがここで改めて解説しておきたい。


潜水艦の大きな特徴は海中を自在に動く事が出来る点にあると言っていい。

これは第一次大戦以前までの艦艇と異なり洋上に姿を現さない、言わば「不可視の猟犬」とも言える特性であり、それまでの戦術の常識を覆す新機軸だった。

それ故に潜水艦と切って離す事の出来ない特性がある。それが、「潜水艦の遍在性」だ。

しんにょうの遍在の意味は、一般的には“ありふれているもの、またはその様”と理解されている。それが潜水艦の特性として何故当てはまるのか、という疑問が浮かぶことだろう。

答えは単純明快、「潜水艦は時として何処へも現れ得る」兵器であると言う事だ。

いつ何時中国のミサイル搭載潜水艦が日本近海に潜んでミサイルを撃っても、それは潜水艦の特性として正しい運用法であると言えるのだ。つまりこの広大な海洋で、潜水艦に行けない場所はないと言ってもいいのだ。

いや、厳密には遠浅の海などへの潜入にはリスクが付きまとうが兎に角そう言う事なのだ。


例を挙げれば太平洋戦争序盤、アメリカ本土空襲を行った伊25潜や、伊17潜によるカリフォルニア州サンタバーバラのエルウッド製油所砲撃、艦これにも実装された伊19の同型艦、伊26潜によるバンクーバー島所在のカナダ軍無線羅針局砲撃もその例証である。

また42年5月30日、マダガスカル島ディエゴ・スアレス港への甲標的奇襲攻撃も注目すべきだろう。大戦末期には日本沿岸の港湾に停泊中の輸送船が、港内に侵入した潜水艦によって数多く沈められた。

即ち潜水艦は、海洋と言う「影」の中に潜む魔物である―――とも形容できる。


無論剣があれば盾が出来るのは当然であり、この見えざる敵を探知・攻撃する為の兵器がこれまでいくらでも作られてきたのは言うまでもない。アクティブソナーやパッシブソナー、爆雷やヘッジホッグ、対潜魚雷も然りである。

しかし今日では、一時期核ミサイルを搭載し重要なファクターとして君臨した潜水艦も、元の通商破壊や沿岸警備などに立ち返りつつある現実も確かに存在する。だがその出現当時、連合国を震撼させ、イギリスをして飢餓状態寸前にまで追い詰めた潜水艦と言う兵器は、一大革新を海軍業界にもたらした、これは事実であろう。


青葉「潜水艦が無ければ語れない事も多いですよね。」

そうだな、日本のシーレーンである南シナ海航路を断絶させたのはアメリカの潜水艦だし、援ソ航路として重要視されていた北極海航路を度々脅かしていたのが、ドイツ空軍機と並び立つドイツのUボートだしね。

戦後もオホーツク海辺りなんかにはソ連の戦略原潜が遊弋していたとかなんとか(ここは聞きかじったうろ覚えですが)言うしな。アメリカを牽制する目的でだけど。それとキューバ危機だったかの時にカリブ海他に潜入していたソ連ミサイル潜水艦には、核弾頭の発射許可が出されてて、マジで撃つとこだった潜水艦もいくつかあるらしい。

青葉「恐ろしい話ですねそれ・・・。」

ホントね、もしそうなってりゃ時代が時代だ、全面戦争だっただろうね。


まぁ今回はこの辺りにしておきましょう。イベント終了直後で更新ペースが遅いですが、その調子を戻しつつ筆を執ろうと思いますので、のんびりお待ちください。

青葉「では本編をどうぞ。」


第2部8章~追憶の南西戦域~

2053年1月29日13時26分 司令部裏ドック

 

 

霧島「艦隊、帰着致しました。」

 

提督「ご苦労、まずはゆっくり休息を取ってくれ、後の事は、追って指示する。」

 

扶桑「はい、それでは、失礼します。」

 

帰投した艦隊を出迎えた直人は、全艦健在である事にホッとしていた。その沖合では、北上の共同の元訓練が行われていた。

 

 

 

北上「はいはい利根さん! 針路安定してないよ!」

 

利根「き、厳し過ぎるのじゃぁ~・・・」

 

筑摩「利根姉さん、頑張って、もう少しだから。」

 

 

 

提督「・・・神通顔負けの猛訓練だな。」

 

神通「そうですね、そう思います。」

 

唐突に声を出す神通の直人は思わずこう言った。

 

提督「・・・お前いつから俺の真横に立ってたの?」

 

神通「つい3秒前ですよ?」

 

提督(気付かなかった・・・。)

 

艦娘達がやたらと隠密スキルに長けてる事に疑問を覚える直人であった。最も、軍艦と言う物はそうしたものだが。

 

提督「・・・北上も戦闘教官として付けるか? 神通よ。」

 

神通「宜しいのですか?」

 

提督「これからも艦隊の総数は増えるだろうしな。それを一人でやるのはつらかろう?」

 

そう言うと神通も言った。

 

神通「そこまでお考えでしたか・・・私も同感です、出来ればお願いしてもいいですか?」

 

提督「勿論。」

 

こうして二人目の戦闘教官が誕生したのだった。

 

 

 

北上(なんか、面倒な事になった気がするなぁ・・・。)

 

 

 

14時08分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「―――と言う訳で、北上を神通の補佐として戦闘教官に任ずる。」

 

北上(あの予感はこう言う事だったかぁ・・・。)

 

多少げんなりして北上は思った。

 

提督「なおこれは神通と協議して既に大淀にも許可済みだ。分かるかな?」

 

北上「うーん・・・そこまで言うんだったら、引き受けてあげるよ。」

 

提督「良かった・・・ありがとう、北上。」

 

北上「いいっていいって、それに、開戦前の事を思い出したしね、あの頃が一番楽しかったかなぁ。」

 

別に北上が最初から乗り気であった訳ではない、北上は状況として、この話を受けざるを得なかったのだ。

 

神通との協議済みの点は兎も角としても、「大淀の許可済み」と言う点が、北上に強制力を突き付けたのだ。即ち関係スケジュールの擦り合わせは既に為されていると言う事である。加えてこの事は直人の「指示」として下達されている。この事もまた強制力を発生させる為、結果として北上は最初から断れる状況下にはないのである。

 

神通(提督、意外とえげつないですね・・・。)

 

同席していた神通は、見た事の無い直人の本性を垣間見た気分がしていた。

 

北上「まぁ、何かを教えるってのも悪くないしね~。これから宜しくね、神通さん。」

 

神通「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

神通は深々と頭を下げてそう言った。

 

提督「さて、と。用件は以上だ。すまなかったな、訓練終了してすぐに呼び出してしまって。」

 

北上「あぁいいっていいって、どうせ暇なんだしさ~。」

 

直人が北上に足労を掛けた事を謝したのに対し北上はそう言い置き、執務室を立ち去ったのだった。

 

神通「では提督、私もこれで。」

 

提督「うん、お疲れ様。」

 

神通も北上に続いて退室した。

 

 

コンコン

 

 

提督「入れ!」

 

明石「失礼します!」

 

北上らと入れ替わりに執務室に来たのは明石である。これも直人が呼び出したものだが、少々時間が経っていた。

 

提督「おぉ明石か、どうだ、鈴谷の艤装状況は?」

 

明石「今は艦を動かすのに必要な個所から始めていますが、少々手こずりそうでして。」

 

提督「と言うと、どの程度の遅れを見込んでいるのかな?」

 

そう直人が訊くと明石は

 

明石「完工予定を2月上旬とお伝えしていましたが、中旬までの遅れは見て頂く事になろうかと。」

 

と言った。

 

提督「そうか、それだけ見なければならんか・・・2月の中旬に鈴谷の初陣を飾らせてやろうと思ったのだが・・・。」

 

明石「すみません、提督。」

 

明石が謝ったのを聞いて直人はこう言った。

 

提督「何も謝る事じゃぁない。こうした手の事はスケジュール通りに行き難いのが常と言う物だ。焦らず急がず慎重に、確実な物を頼む。」

 

明石「分かりました、いえ、分かっておりますとも。」

 

と明石は言った。

 

提督「さて、本題だが、先程出撃していた艦隊が帰着したのは、見ていたな?」

 

それを聞いて明石がすかさず言葉を返す。

 

明石「ドロップ判定と補給、艤装の修繕ですね?」

 

提督「話が早くて助かる、早速お願いしたい。」

 

明石「分かりました! ではすぐに取り掛かりますね。ドロップ判定は明日に回しますか?」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

明石「分かりました、では失礼します!」

 

そう言って明石は早足で執務室を後にするのだった。

 

提督「・・・とまぁ、ここまではいつも通りの定型的連絡事項だな。」

 

と秘書艦席に座る金剛に向かって言う。

 

金剛「デスネー。」

 

金剛は基本直人がここで何かを話すときは黙って控えているスタンスを取っているのだ。

 

提督「んー、今日ってあと何かやる事ってあったっけ。」

 

金剛「書類も全部終わってマスネ。」

 

提督「よし、今日はもう上がりにしよう。金剛の紅茶、また飲みたいな。」

 

金剛「OKデース、行きマショー♪」

 

そうして二人して執務室を後にする直人であった。

 

 

 

1月29日15時29分 艦娘寮第2棟2F・金剛の部屋

 

 

提督「今時こんな辺鄙な島でアッサムのレモンティーが飲めるとは思わなかったぞ。」

 

と金剛の紅茶を飲みながら言う直人。

 

金剛「紅茶の葉は妥協しまセーン、しっかり選んでマース。」

 

流石である、としか言い様がない一言である。

 

提督「それにしても、今回の作戦が無駄にならずに済んで、本当によかった。もしあれが失敗してたらとんだ浪費だったところだ。」

 

金剛「デスネー。」

 

“あれ”と言うのは、横鎮近衛艦隊の帰投開始とすれ違いに開始された、ベーリング海西部への攻勢の事である。

 

そもそも霧島や神通らを派遣した理由が、そのベーリング海における敵艦隊、ことに超兵器の動静調査であり、それが必要だった理由が、1月27日にその攻勢を行う予定があったからである。

 

そしてなぜその攻勢が必要であったか、それは、北部千島の制海権を確立する目的があったのだ。

 

提督「全く、警備府がそっくりそのまま引っ越すとはな、新たに幌筵泊地としてスタートを切るらしい。」

 

金剛「そうデスカー、設営は上手く行ったノ?」

 

さらっとため口になる金剛だったが直人は咎める事はしない。

 

提督「そうだな、これまでにない性質の作戦ではあったし多数の輸送船を必要としたが、初めてにしては上出来だったようだ。ま、おかげ様でこちらへの補給が遅れているがね・・・。」

 

そう言って苦笑する直人、因みに軍帽は脱いでいてティーセットの置かれたテーブルの上だ。

 

実はその警備府―――旅順警備府の移転に使う船舶を確保する為、サイパン行きの輸送船が分配できなくなったのである、本来なら補給船団は28日、つまりこの日の前日には来ていた筈であった。最も2,3日程度の遅れならば問題にならない位に物資の備蓄はある為そこは安心していた。

 

なお直人の言を補足するが、初期にあったマニラ泊地のパラオ泊地への合流は、マニラ泊地がパラオの分遣隊という性格を持っていた為、最初から移転前提のものであり今回ほど規模は大きくならなかったという事情もあり、今回が大規模な基地移転の最初と言う事になる。

 

金剛「そこは我慢のしどころ、デスネ?」

 

提督「お、そうだな。」

 

兎にも角にも当座を凌ぐ為に資材と物資の節約に尽力する事が既定事項と言う横鎮近衛艦隊のこの日の実情であった。

 

 

 

でもって翌日。

 

 

1月30日午前9時32分 建造棟

 

 

提督「さて、今回はどんな子かねぇ。」

 

千代田「千歳お姉だったりして♪」

 

提督「結果も出てないのに適当な事を言うんじゃありません。」

 

千代田「はぁい。」

 

雷「まぁ千代田さんの気持ちも分かるわ、まだ私も暁が来てないもの。」

 

果たしていつになるやら。

 

提督「建造結果もそろそろ出揃う頃だった筈だが―――」

 

明石「ドロップ判定、終わりました!」

 

言っていたら明石が出てきた。

 

提督「OK、早速呼んでくれ。」

 

明石「了解です、こっちです。」

 

明石が出てきた方を向いて声をかける。すると奥から今回は二人の艦娘が現れた。

 

千代田「あっ・・・!」

 

提督「・・・取りあえず自己紹介からどうぞ~。」

 

千代田の反応で一人分かってしまったが直人はそう促した。

 

千歳「千歳です、日本では初めての水上機母艦なのよ、宜しくね。」

 

伊168(イムヤ)「伊168よ。まぁ、イムヤでいいわ。宜しくね!」

 

提督「二人ともよろしく。さぁ千代田さん? 待ちかねてた御対面ですよ?」

 

千代田「千歳お姉!」

 

千歳「千代田、久しぶりね!」

 

千代田「ホントそうよねぇ、待ってたんだから!」

 

千歳「フフッ、ありがとう。」

 

 

・・・

 

 

提督「―――イムヤ。」

 

イムヤ「何?」

 

姉妹でじゃれつく二人を見て呆れ顔になった直人はイムヤにこう言った。

 

提督「司令部の案内千代田にして貰おうと思ってたけど、雷に案内して貰え、ありゃ姉妹同士和気藹藹で案内にならんわ、多分。」

 

イムヤ・雷「あぁ・・・。」

 

明石「そう・・・ですね。あ、建造も出揃いましたよ。」

 

提督「お、そうか。そんじゃイムヤ、雷、後でな。」

 

雷「はーい!」

 

イムヤ「分かったわ。」

 

因みに特に用事がある訳ではない。それを雷は分かっていたので軽い返事で対応し、イムヤを連れて建造棟を出ていった。

 

提督「さて、建造結果見ましょうか。」

 

明石「はい!」

 

そう言う訳で建造結果を一つづつ見て回るのだったが、最後の一つに彼は目を止める。

 

提督「・・・明石、これって―――。」

 

明石「そう・・・ですね・・・。」

 

そう、二人には見覚えがある艤装ではある。無論誰も顕現していない被り艤装だ。しかし、その艤装を、彼らは数か月ぶりに見る事になった。それは、“あの時”失われた艤装の片割れであった。

 

提督「―――雪風の艤装、だな。」

 

明石「やりましたね! 建造で狙い続けた甲斐があったってもんですよ提督!」

 

提督「はしゃいでる暇あったら呼ぶんだ雪風を!」

 

思わずそう言う直人も声が上ずっていて説得力は皆無だった。

 

明石「はい!」

 

慌ててかけていく明石を見送ってから、改めて直人はその艤装を見た。

 

雪風の艤装はシンプルそのものだ。背中に装着する魚雷発射管内に艦娘機関を上手く組み込んだ、機械設計の極致とも言えるもの。であるが故にその構造上どうしても防御力が無いと言う欠点もあったが。

 

提督「そうか・・・雪風が戦列復帰か、いいことだ。」

 

直人はそう一人呟いた―――。

 

 

 

1月31日11時11分、待ち望んでいた輸送船団が到着した。北方での作戦からまだ二日しか経っていないにも拘らず、である。最もこれは苦心して船舶を充当した土方海将の努力のおかげでもあった訳だが。

 

そしてこの日は珍しく客人が来ていた。直人の会った事が無い男である、まだ30にもなっていないと言うような風体だが妙な威圧感がある。

 

武官「大本営付武官、森田 貞久(もりた さだひさ)二等海佐です。」

 

提督「横鎮“防備”艦隊、サイパン分遣隊司令官、石川です。遠路、ご苦労様です。」

 

そう挨拶しながら、直人は何かきな臭いと感じていた。

 

提督(大本営付武官、一度リストと経歴をざっと見た事はあるが、嶋田や来栖の息のかかった奴らが多いと言う印象を受けた、それが何の用だ?)

 

森田「本日ここに参上したのは、大本営からの指示で、サイパンの実情を実際に拝見し、少将閣下に適切な支援を行える様にする為です。」

 

提督(成程、読めた。)

 

直人は確信に至ったがおくびにも表情にも出さず、ただ淡々とこう告げたのみだった。

 

提督「分かりました。部屋はこちらで用意致しますので、お帰りになるまでの間、何もない所で恐縮ですがごゆるりと。」

 

森田「宜しくお願いします。」

 

森田と名乗る男が一礼する。その見えなくなった口元が、不敵に笑う。

 

提督「ではすぐに部屋を用意させますので、その間執務室でお待ち下さい。」

 

森田「分かりました。」

 

提督「言って置きますが、私の執務机や書類などは物色しないで頂きます。監視も付けますのであしからず。」

 

森田「・・・はっ。」

 

怪訝な顔をする森田二等海佐を無視し、直人は大淀の姿を見つけて駆け寄るのだった。

 

 

 

直人が交代制で森田の監視役として付けたのは、龍田と川内、叢雲と、執務室では更に大淀が付く。

 

 

11時28分 中央棟2F・提督執務室

 

 

森田「ここの司令部はきちんと手入れが行き届いてるんですな。」

 

大淀「私達の司令官は割と綺麗好きでして、掃除はきちんとやっております。」

 

潔癖症ではないが実は綺麗好きな直人。しかし昨年末の大掃除では何故か除け者にされその時は大いに不貞腐れていたのだった。

 

森田「ほうほう、他の司令部では清掃さえ滞っている司令部もあると聞きますが、流石横鎮の精鋭を束ねる指揮官ともなれば、格が違いますな。」

 

陰で褒めちぎられる直人であるが、どうも世辞臭い。

 

大淀・龍田「・・・。」

 

そして、それに関してはノーコメントの両名である。陰では意外と扱われ方が、良くも悪くも酷いのだった。

 

 

―――森田が執務室から去ると、直人は主要なメンバーを執務室へと集めた。

 

 

 

11時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「昼飯前にすまんな。」

 

そう言って直人は議論の口火を切る。

 

明石「いえ、構いません。」

 

金剛「問題ないデス。」

 

龍田「それで、用って何かしら~?」

 

川内「そうそう、気になるよ。」

 

大淀「まぁまぁ、そう急かさず・・・。」

 

この6人が、執務室の応接テーブルを囲んで座っている。

 

提督「そうだそうだ、余り急かすな。だがそうも言ってられん、本題に入ろう。20分ほど前に全艦娘に森田二佐の事を通知したが、その森田の事についてだ。」

 

大淀「森田二佐が、何か・・・?」

 

提督「うん、実は昔、彼の履歴を閲覧した事があるんだが、30にもならないのに二等海佐と言う階級だ。早すぎると思わんか?」

 

大淀「確かに、二等海佐と言えば旧海軍では中佐相当の階級ですわ。」

 

明石「若いのに凄いですねぇ・・・。」

 

龍田「成程ねぇ~。アナタの言いたいことは分かったわぁ。」

 

金剛「―――デスネ。」

 

直人の真意を鋭く悟る二人。

 

提督「そう、彼は幹部会のスパイではないかと思う。」

 

川内「へぇ~、根拠は?」

 

と川内が問う。

 

提督「確証はない。だが反証も無い。」

 

川内「・・・そうね、あの森田と言う男は知っているわ。独立監査隊にしょっちゅう出入りしていた――と言うよりは、牟田口陸将に会いに来てたのね。」

 

龍田「そうねぇ、私も見かけた事はあるわね。」

 

提督「だろうな、年齢と軍歴に比して昇進が早すぎると言う事は、何某かの権力者に取り入っていたと言う事。そしてその履歴にも嶋田と絡みがあったと思われる経歴がいくつかあった。つまりそう言う事なのだろうな。」

 

すると龍田が口を開く。

 

龍田「嶋田自体が牟田口と繋がっている、話は繋がるわね。」

 

提督「何だ、知っていたのか。」

 

龍田「独立監査隊を舐めないで欲しいわね。私達の様な組織にとって敵は常に身内にもいるものなのよ?」

 

提督「・・・心して置こう。」

 

そう言って言葉を切ってから直人は続けた。

 

提督「森田の目的は明白だろう。一つはこちらの状況を克明に調査・記録して持ち帰り、我が艦隊の実戦力を探る事。もう一つは―――」

 

金剛「ちょっと待つデース、ワタシ達の戦力をサーチして何にするノー??」

 

金剛が直人の言葉を遮ってそう言った。

 

提督「我々の軍閥化を恐れている、とすれば説明はつくだろうな、もしくは我々の離反を恐れている、とか。」

 

金剛「ッ・・・成程・・・。」

 

提督「権力者は下の者が力を付ける事を極度に恐れるモノだ。最悪下克上されるのが怖い、と言う事なんだろうな。」

 

大淀「そうですね・・・それで、もう一つとは?」

 

流石、聞き漏らしが無いな。そう大淀に言って直人はその“もう一つ”の目的を推測する。

 

提督「もう一つの目的―――それは恐らく、俺を懲罰する口実を手に入れる事。」

 

金剛「なっ―――!?」

 

大淀「えっ―――!」

 

明石「えぇっ!?」

 

川内「―――。」

 

龍田「・・・。」

 

5人がそれぞれにリアクションを返す。川内と龍田は納得した様に頷いただけ。

 

提督「俺もこれまで幹部会相手に散々派手に舌戦を交えたからな、そろそろ頭に来ていて可笑しくない筈だ。それこそ、反乱の芽だとすれば、密かに俺を消そうともするだろうね。」

 

川内「じゃぁどうするの―――いっそ地下牢に投獄して自白させる?」

 

龍田「スパイ活動罪を口実に八つ裂きでもいいわねぇ。」

 

秘密組織出身者の性かサラッと恐ろしい事を口にする二人。そこに意外な方向から制止が入る。

 

金剛「・・・NO、それはダメネー。」

 

川内「ん?」

 

その声の主は金剛だった。川内は珍しさも手伝ってか金剛の言に耳を傾ける。

 

金剛「今あの男が消息を絶ったとすれば、幹部会は余計に訝る筈、泳がせるのが賢明ネ。」

 

提督「うん、金剛の発言に俺も同意する。だが付け加えるならただ指を咥えて情報を集めさせる必要はない。」

 

金剛・明石・大淀「・・・?」

 

揃って首を傾げる3人に直人はこう切り出す。

 

提督「事実と異なる情報をリークし、幹部会のリアクションを探る。具体的には、俺が反旗を翻すつもりだと知ったらばどうするか、だ。」

 

5人「―――!!」

 

それは、大胆極まる策でもあった。

 

金剛「・・・OKデス、やって見まショー。」

 

川内「そうだね、そこは知りたいし。」

 

大淀「しかし危険です!」

 

明石「そうです、お命に関わるかも知れないんですよ!?」

 

賛否分かれる中、直人は言った。

 

提督「ここがどんな場所か分かるか? それが分かった後で、察知されずにここに近づけると、思うかい?」

 

大淀・明石「―――!!」

 

そう、ここは大陸や列島線とは隔絶した、マリアナ海溝の淵にギリギリくっついている南海の島である。

 

そして工作員を揚陸可能な地点は、北端部の崖をよじ登りさえしなければ西部と南部の旧港湾と海岸だけ。もし北端部に来るのなら、バンザイクリフ近くの山にレーダーサイトはある。

 

また水中から接近するならサイパン島全周の海中に予め敷設されている設置型ソナーがある。この全方位接近探知システムに殆ど穴はないと言って過言ではないのだ。

 

提督「そういうことだ。ここは奴らの地面と陸続きではない。その事が、今回の場合援けになる。」

 

 

 

結局明石と大淀もこの計略に賛同した。

 

そうさせるだけの材料が、この場合揃っていたのだ。

 

―――そう、あらゆる意味に於いて。

 

 

 

森田二佐のその日からの行動は、どちらかと言えば監査と視察の性質の強いものだった。

 

 

30日:提督の勤務内容の視察

31日:司令部施設の視察

2月1日:サイパン飛行場視察

2日:訓練状況視察

3日:サイパン島防衛状況視察

4日:直人との会談

5日:補給船団の帰りに便乗して帰国

 

 

と言うスケジュールであったらしく、実情視察の言葉そのままの行動であった。

 

無論全てを書き記すと長くなるので、ある程度かいつまんでいくつか描写してみよう。

 

 

 

1月30日9時28分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「建造・開発結果の報告ありがとう、おつかれさん。」

 

雪風「いえ! でも、特にこれと言ったものは今日も出ませんでしたね。」

 

この日の建造と開発を雪風にやらせてみたものの不発だった御様子。

 

提督「いや、いいんだ、ノルマみたいなもんだからね。それじゃ、もう下がっていいぞい。」

 

雪風「はいっ! 失礼します!」

 

提督「金剛、今日の訓練はもう始めてるのか?」

 

金剛「定刻通りデース。」

 

提督「ん、それならいい。遠征の方は任せるぞ。」

 

金剛「お任せデース!」

 

森田「・・・。」カリカリ

 

直人の傍らで何かを書き入れている森田二佐。恐らくであるが直人の勤務態度を纏めているのだろう。

 

提督「・・・はぁ、大淀、次の書類は?」

 

大淀「はい、こちらで最後になります。」

 

提督「・・・随分少ない気がするが、気のせいか?」

 

と聞く直人。

 

大淀「いいえ、今日はとりわけ早く書類が書き終わっているだけです提督。」

 

提督「・・・はぁ、そうか、やっぱりな。どうも見張られているのは趣味じゃないし、気を紛らわせる為に執務に集中すりゃこれだからなぁ。」カリカリ

 

と言いながら書類に目を通し、サインをする直人である。

 

改めて言うが、この男、やれば出来るのである。

 

提督「ほい、これで今日は終わりかな?」

 

大淀「そうですね、お疲れ様です。」

 

金剛「こっちもフィニッシュデース。」

 

提督「今から何するかねぇ。」

 

そんな事を考えていると森田二佐が口を開く。

 

森田「もう今日のお仕事は終わりなのですか?」

 

提督「ん? あぁそうだよ。俺は艦娘の実務については正直よく分からん、だから幾つか部署を設けてそいつらに任せてある。俺の仕事は書類の決裁だけだよ。」

 

この言葉、1/3は嘘である。

 

大淀(“艦娘の実務についてはよく分からん”だなんて、よく言ったものですよ。)

 

と、言う訳である。

 

森田「成程・・・。」

 

提督「そうさな、散歩でもしていようかな。」

 

そう言うと大淀がひとつ質問する。

 

大淀「どちらまで行かれますか?」

 

提督「今更聞くのかい?」

 

大淀「・・・そうでしたね、提督は特に目的地をお決めになられませんでしたね・・・。」

 

風の吹くまま気の向くまま、である。

 

提督「じゃぁの。」

 

大淀「行ってらっしゃいませ。昼食までにはお戻りくださいね?」

 

提督「それまでには多分釣りでもしてるよ。」

 

背中越しに手を振ってそう言う直人。

 

森田「では私もこれで。」

 

大淀「あ、お疲れ様です。」

 

とそっけなく応じる大淀。その森田二佐は直人の後を追うように執務室を出て行った。

 

龍田「・・・どうする? あの男、尾行付けてみるかしら?」

 

 

大淀「―――そうですね、お願いしてもいいですか?」

 

龍田「私は柄でも専門でもないわねぇ~。」

 

大淀「・・・成程、そうですね。」

 

龍田の一言に大淀は頷きながら、川内に連絡を取るのだった。

 

 

 

10時01分 司令部西側・森の遊歩道

 

 

司令部を囲むようにして存在する森林には、直人の希望で遊歩道が整備されている。これは造兵廠への小路を作る時同時に造成したものであり、連絡路からも枝分かれしている。

 

提督「くそっ!」ゲシッ

 

直人が悪態をついて足元の小石を思いきり蹴飛ばす。

 

提督「何でお目付け役なんぞ付けられんといかんのだ、嶋田の野郎余計な仕事増やしやがって!」

 

流石にフラストレーション溜まるのが早すぎる気がしないでは無いものの、それが高じて一人ボヤく直人。

 

提督「これはあれか? 俺の激発を誘おうとしているのか? そうすれば俺を懲罰する口実にもなるしな、そうさせたいと望むならそうしてやるぞ、どうなんだクソッたれめ。」

 

と、心にもないことまで言い始める始末。

 

提督「言いたい事があればここへきて直接言えばいい、何をまたあんな小童を寄越してあれこれさせようと言うのか、これがまた分からん。」

 

最早悪口である―――。

 

 

 

森田「・・・。」

 

そしてそれを聞いている影―――森田の姿があった。

 

森田(やはり奴は、幹部会に対し弓を引くつもりなのか―――?)

 

直人の言葉をそう取った森田。無論そう思われてもおかしくはない。

 

 

 

川内(手を出そうと言う様子はないね、その証拠に武器も携帯していない。と言う事はやはり、提督が裏切ると言う証拠を集めている、と言う事かな。)

 

尾行の川内はその真意を見抜いていた。無論全く気付かれていない、隠密用装備を身に着けた川内の隠密性は超ハイレベルである。

 

川内(提督は皆の前で上司の暴言を吐いた事はない。私や森田がいる事も分かっている筈だから、とすればこれは餌ね―――。)

 

提督(川内の気配、か。と言う事は―――)

 

直人がようやく気付いた。

 

提督(背後の気配を悟るのは、何気に時間がかかるな。)

 

やはり背後の気配を察知するのは微妙に苦手であるらしく、今まで気づきもしないのに散々愚痴っていたのである。

 

提督「―――いっそ今度談判にでも行ってくるか・・・?」

 

などと半ば本気で思う直人であった。実際フラストレーションが溜まっているのも事実であった。

 

 

 

31日10時52分 司令部裏ドック→建造棟道中

 

 

森田「少将、この司令部は随分と施設が充実しているんですな。」

 

提督「えぇ、そうです。我が艦隊はあらゆる事態に対応する為、各種施設の拡充には力を入れております。」

 

施設を案内しながら直人は森田二佐の質疑応答に応じていた。

 

森田「鎮守府直属の艦隊とその他の艦隊とではやはり施設規模も大きく違っている訳ですな?」

 

提督「ま、そう言う事になります。」

 

実際はそうではないのだが、直人は口に出さなかった。

 

森田(あらゆる事態、ねぇ―――。)

 

 

 

2月1日11時07分 サイパン飛行場管制塔

 

 

この日は森田の飛行場視察の日だったが、直人の執務が優先したため時間がずれ込んでいた。

 

管制塔の上り下りは5人乗りのエレベーターを使用している。また飛行場内の移動には遺棄されていた構内移動用の車両を使用する。

 

その管制塔のエレベーターが昇り切り、扉が開くと、管制塔周囲を全周見渡せる管制室である。

 

白雪「あっ、司令官、入室されました!」

 

提督「あぁ、楽にしてくれ。」

 

咄嗟に敬礼する白雪に直人がそう言う。

 

白雪「は、はい。」

 

後方勤務が主体となる白雪は、手空きの時はあちこちの部署の手伝いに回っている。名目上は大淀の無線室付であるが。

 

飛龍「あ、提督。お越しになられましたか。」

 

提督「やぁ、すまないね。少し執務が滞って、それで遅れてしまった。」

 

飛龍「いえいえ、お気になさらず。お二方も、どうぞごゆるりと。」

 

と飛龍は言った。

 

提督「時間的にはそろそろ空中戦闘哨戒の交代か。」

 

そう言う直人の視線の先には、滑走路から飛び立つ零戦六四型の姿があった。また駐機場には緊急発進に備え紫電改と屠龍が待機している。

 

掩体壕と格納庫では、様々な機体がメンテを受けている。

 

飛龍「そうですね、四直制ですし。」

 

6時間の4交代がサイパン基地空中戦闘哨戒の基本だ。

 

森田「少将、あの茶色く塗装された機体は何です?」

 

森田二佐が指差して言ったのは、陸軍重爆キ-91だ。駐機場に6機が駐機されている他、掩体壕と格納庫に駐機されている。因みに管制塔すぐそばのエプロンには、洋上空中哨戒用の東海が12機駐機されており、発進待機中だ。

 

提督「あれはキ-91試作長距離爆撃機です。航続距離は最大およそ4000km、9トンの爆弾を積載可能です。5トン弱積載までなら本土の一部が攻撃圏内に入る位には航続力があります。孤島防衛には無くてはならない貴重な反撃用の兵器です。」

 

とは言うが、実際には十分攻撃用として運用出来るのだった。

 

森田「B-29と同等の航続力を持つ訳ですな、それは凄い。しかしこの飛行場には沢山の飛行機が駐機されているのですな、どこから手に入れたのです?」

 

提督「それは機密に付きご容赦願いたい。」

 

人様に向かって、近衛艦隊用の開発設備はかなり制限が緩和されている、などと言える訳がない。

 

森田「そうですか、それは失礼した。」

 

しかし、本土爆撃が可能な爆撃機を持っていると言う事が森田には引っかかった。

 

森田(それは本当に必要なのか? わざわざその様な爆撃機を持つ事が有用とは、とても思えない。まさか―――)

 

邪推は結構な事だが直人にとっては思う壺である。更に言えば、長躯反撃する装備がある事はそれ自体が敵に対し大きな牽制になるし、有力かつ迅速な反撃手段でもあるのだ。勿論敵に『こちらが消極方針を取っている』と思われた場合効果がないのは言うまでもない。

 

 

 

2月3日11時27分 I地区・I121沿岸砲台

 

 

この日はサイパン島の防備状況視察と言う事だった為、直人は司令部から手近な砲台をいくつか案内する事にしていた。

 

I地区は司令部施設周辺の防備を担当する区域で、サイパン島内でも自然に配慮しつつも特に要塞化されている。

 

提督「ここがI121砲台です。ここには35.6cm連装砲2基と14cm単装砲1基、12cm単装砲4基を陸揚げして設置しています。」

 

森田「対空火器はないのですか?」

 

提督「100番台の沿岸砲台には対空砲は有りません、200番台の対空陣地に全て集約して砲台ごとの統一指揮が取れる様にしております。」

 

因みに300番台は地上防御砲台(榴弾砲や迫撃砲など装備・陸戦隊が布陣)、アルファベット無し400番台は探照灯台、同500番台がレーダーサイト、アルファベット有り600番台は歩哨塔である。

 

森田「成程、効率を重視したのですな。」

 

提督「そうです。大淀。」

 

大淀「はい、この島には沿岸砲台だけで212カ所ございます。」

 

直人に促された大淀が言った。

 

森田「成程、かなり堅固な守備態勢なのですね。」

 

 因みに言って置くが、212カ所も砲台があったら自然維持どころではない。

実際は129カ所しかない所を大幅に水増しさせている。無論これには砲塔1基のみのものも含まれている。

一応、対空陣地49カ所、地上防備砲台22カ所などを合わせても200カ所は越える事は無い。また212カ所の沿岸砲台は山腹や崖壁などを利用すればやれない事はないが大工事は必須である。

 

提督「我々の司令部ではこのように空海陸三位一体の防衛体制を確立する事により、難攻不落の孤島要塞を構築しておる訳です。」

 

森田「ですが、サイパンに敵が来ることなどあるのですか?」

 

そう森田が訊くと直人はこう言う。

 

提督「無論です、ここは最前線でありますので、敵の偵察などはままあります。過去数度の敵襲来を経験しておりますが、全てを独力で処理しておる為、問題はありません。」

 

実際にはこれらの戦い自体が本土に報告さえされていない(極秘裏に文章で土方の元にレポートという形で届いている)為、森田はその事を知りようが無かったのだ。

 

森田「それは―――心強いですな。」

 

言葉を選んで森田が言う。

 

提督「もし後方で緊急事態が生じたる場合も、我が艦隊は即応が可能です。」

 

森田「成程、シナ海の安全は保障されている、という訳ですか。」

 

提督「左様です。」

 

そして、本土近海の安全も我々が保全している。と直人は心中で付け加えた。これは事実であり、直人らが自ら身を呈して敵を防ぐ防波堤となっていたのだ。

 

森田(即ち本土近海の安全保障さえも握っている、と言いたい訳か。)

 

森田もそれは見抜いていたが、これで彼の疑念は確定するに至る。

 

提督(馬鹿め、それこそ思う壺だと、分からんのか。)

 

完全な二枚舌である。直人もその様な発言が思い上がったものだと言う事は百も承知である。直人は三十六計の第十計「笑裏蔵刀」を、内容を逆転させて応用したものを駆使して調略を仕掛けたのだ。

 

即ち「在りもしない刀を暗にチラつかせる事によって敵の反応を探る」策だ。これを発展させると、偽情報を流して敵を釣り出し殲滅すると言う形になる。

 

 

 

2月4日10時21分 中央棟2F・応接室

 

 

中央棟の応接室は、提督の仮眠室が本人の私室が出来た事によって不要になり、それに代わる用途としてしつらえられたものだ。なので提督執務室の隣が応接間になっている。

 

実質的には客間であるが、直人が会談をする時にはこの部屋を使う事にしていたのだった。

 

部屋の構造は中央にロングテーブル、窓側に提督用シングルソファ、扉側に来賓用のロングソファがあり、いくつかの装飾家具が置いてある以外はシンプルなものである。

 

森田二佐と会談する直人は、森田二佐から色々と質問を受けていた。

 

森田「少将はこのサイパン島の価値についてどうお思いですかな?」

 

提督「サイパン島は本土から2400kmの隔たりがありますが、南西にパラオ泊地が存在し、これと本土との距離はサイパンのそれより長く、為にサイパン島はそのパラオと本土との中間地点の一つと考えます。また内海航路への敵の侵入を防ぐ前進基地の一つとしてもまた、重要だと考えております。」

 

内海航路と言うのは、シナ海航路の事だ。

 

東/南シナ海はれっきとした海だが、第2次大戦時日本はここをマーレ・ノストロ化して航路保全を図り、戦略物資の効率的入手を行っていた。彼の内海航路という発言はそれに依る。

 

提督「更に申し上げれば、我々人類は現状、アジア圏では東南シナ海が交通や貿易と言った面に於いて極めて重要である事は明白であり、我々の当面の目的は、我々人類が必要とする海面における制海権、制空権の防衛と考えております。サイパン島に基地を置く事は、外海からの敵の侵入を事前に察知、牽制できるばかりか、逆に敵の喉元にナイフを突きつけているのと同様の状況だと小官は考えております。」

 

このご時世では、空の安全は無いに等しい。いつどこから敵の航空機が飛来するとも限らないからだ。

 

故に海上貿易が重要視されている。故に制空権と制海権の確保は必須なのだ。

 

森田「成程、少将の仰る通りだ。では本土で有事が発生した場合どう為されるのです?」

 

提督「上層部の指示を待ち、適切と思われる対処を行うつもりです。」

 

森田「成程。」

 

提督「我々はあくまでも横須賀鎮守府直属の一艦隊に過ぎません。であるならば、横鎮司令部の命令を待たなくてはならないと考えておりますので。」

 

これは、森田が彼の素性を知らないからこそできる弁であった。実際には彼にはかなり自由な裁量が与えられているのである。

 

森田(この男、暗にいつでも本土へ逆侵攻出来る事をほのめかしているのか? だとすれば―――)

 

提督(この男、奥が深そうに見えて実はそうでもない、割合単純で実直だ。であるならば情報操作も容易いと言う物―――)

 

内心でほくそ笑みながら直人は森田と会談を続けたのだった。

 

 

 

2月5日11時17分 司令部裏ドック・岸壁部

 

 

森田「ではこれにて。少将の武運長久を祈りますよ。」

 

提督「このような僻地までご苦労様でした、どうぞ帰りもお気を付けて。」

 

事務的な挨拶をする直人だったが、この言葉だけが彼の本心であった。

 

森田「ありがとうございます。では―――」

 

そう言って森田二佐は輸送船に乗船する。

 

森田(あの男は危険だ、早く嶋田海将にお伝えせねば。)

 

提督(さぁ、大々的に触れ回ってくれよ? でなくては策を掛けた意味がない。)

 

それぞれの思惑が交錯する中、近衛艦隊司令部へ物資の輸送に来た輸送船が岸壁を離れていく。

 

幹部会と直人、その行く末には何が待つのか、この時誰もその未来を予測し得る者はいない。

 

 

 

2月7日午前9時40分 艤装倉庫西側脇

 

 

金剛「第1水上打撃群、旗艦金剛以下22隻、スタンバイOKデース。」

 

艦隊主軸を担う第一水上打撃群旗艦、金剛が直人に報告する。

 

提督「ご苦労。今回のお前達の任務は、昨日言い渡した通り遠洋航海演習だ。嚮導は北上に一任する、遠洋航海の基本を今一度叩き込んで戻って来てくれ。」

 

北上「ほいほーい♪ お任せあれ。」

 

二つ返事で北上が応じる。

 

今回は以前直人が構想していた遠洋練習航海を具体化させたものだ。各艦隊に順番に実施するものではあるが、今回は最初と言う事で第一水上打撃群が参加する。

 

提督「練習巡洋艦の1人でもいれば任せられるんだがな、無い物ねだりをしても仕方があるまい。兎に角、無事の帰投を願う。以上だ。」

 

そう結んで直人は訓示を終える。

 

金剛「第一水上打撃群、抜錨しマース!」

 

 

提督「了解。」

 

互いに敬礼を交わし、金剛達は海へと出る。直人はそれを静かに見送る。

 

提督「・・・可愛い子には旅をさせよ、か。正にこの事かも知れんな、だが寂しくもある・・・。」

 

その場から艦娘達の姿が見えなくなってから直人はそう一人呟いた。この時大淀は直人の傍らにはいない。

 

提督(・・・さて、執務するか。)

 

そう考え直人は司令部裏のドックに背を向け、中央棟に向かうのだった。

 

 

 

10時02分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「~♪」サラサラッ

 

大淀(・・・今日は随分筆が早いですね・・・。)

 

陽炎「この書類終わったわ、大淀さん、チェックお願い!」

 

大淀「あ、はい。」

 

今回の代打は陽炎である。

 

1時間40分ほど前の事―――

 

 

 

8時40分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「―――。」モグモグ

 

直人は遅ればせながら朝食中。

 

 

バタン

 

 

提督「―――?」ムグ

 

陽炎「ヤバヤバ、訓練に送れるぅ~!」バタバタ

 

陽炎、珍しく寝坊した模様。

 

提督「お寝坊さん発見。」ペロリ

 

陽炎「ウッ―――!」

 

直人が完全に獲物を見る目で陽炎を見る。

 

提督「珍しいねー、昨夜はもしや?」

 

陽炎「え、えぇ・・・夜間哨戒よ、9時半までだったけれど。」

 

警戒態勢:5時~13時・13時~21時・21時~5時の3交代

 

提督「・・・ん? 9時半?」

 

直人はそこが引っかかり訊いてみると

 

陽炎「あぁ、引継ぎ予定だった11班の潮ちゃんがうっかり寝てたみたいで遅れたのよ、その繋ぎ。」

 

と答えた。

 

提督「成程ね~、それで寝不足と?」

 

陽炎「う、うん・・・。」

 

提督「ふーむ・・・。」

 

何かを考え込む直人、そこへ

 

陽炎「司令っ! お願い見逃し―――」

 

提督「却下デース。」^p^

 

陽炎「そ、そんなぁ!?」( ;∀;)

 

提督「罰として金剛帰って来るまで代理で秘書艦ね。」

 

陽炎「え・・・」

 

 

そ、そんなああああああああああああ―――――

 

 

 

と、言う事があったのである。

 

提督「いやー、秘書艦代理を“名乗り出てくれた”子がいて助かったよ全く、いやー良かった良かった。」^^

 

陽炎(どう考えても拒否権ないでしょあの状況!?)

 

全くいい性格をしている男である。

 

大淀(提督もえげつない事を・・・。)

 

と直人の行動を唯一教えられた大淀である。

 

提督「しっかし、お前が執務出来るとは思わなかったぞ、陽炎よ。」

 

陽炎「んー? あぁ、不知火が旗艦業務出来ない時、私がやらないとだったしね。」

 

史実に於いては、十八駆の旗艦は実は陽炎では無くて不知火なのだ。しかし不知火もずっと動き続けでは不具合が頻出してしまう、それでメンテナンスのドック入りをする訳だが、それでは旗艦が使えなくなる、という訳で霞なり陽炎なりが代理で一時的に旗艦を務める、と言う様な事は日本海軍でもままあった事である。

 

提督「いい心掛けだな、でも確かかつてはその機会も無かったんじゃなかったっけ?」

 

陽炎「今こうしてあるじゃない?」

 

提督「む、それもそうだな。」

 

痛烈に混ぜっ返されて苦笑しつつも、つくづくできた長女だな、と思う直人であった。

 

提督(それに比べて、他の長女連中は―――)

 

 

 

睦月「―――。」

 

多摩「・・・。」じっ

 

自分の部屋でゴロゴロしていた多摩、と何気なく来た睦月。その睦月の手には、猫じゃらし。

 

睦月「―――」フリフリ

 

多摩「にゃっ!」シュッ

 

睦月「そう簡単に捕まらないよ~♪」

 

多摩「はっ、思わず手が、じゃらすなってば~!」

 

なお睦月はいたずらのつもりである。

 

 

~北マリアナ北方海域~

 

川内「夜戦したい・・・。」

 

初春(はぁ~・・・これで4回目じゃの。)

 

電「また言っているのです・・・」ヒソヒソ

 

雷「放って置きなさい、電・・・」ヒソヒソ

 

川内さん、どうやら最近夜間戦闘をやってないせいで欲求不満らしい。

 

 

 

白露「こんのぉ~~~!」

 

島風「おっそーい~!」

 

演習海域ではこの二人がいつもの如くスピードレースである。と言っても単純な速さだけではない、これはれっきとした走破演習である。

 

要するに一定区間内に設置された標的を次々と撃ち抜きゴールを目指す、と言ったものだ。

 

神通(まぁ、競い合うのは良い事ですし・・・。)

 

と神通も傍観の態度である。

 

 

 

提督(・・・うん、一部ダメだなこりゃ。)

 

と半ば考える事を諦めるのだった。

 

補足するが、演習は何も全員毎日やる訳ではない。ある一定周期毎に1日休みがあったりする訳で、そうしないと艦娘が過労でぶっ倒れる為である。

 

 

 

そんなこんなで1週間経ったある日の事である。

 

 

2月16日(日)13時38分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「おうどん(゚д゚)ウマー」

 

漣「(゚д゚)ウマー」

 

何気に仲のいい二人が、この日は昼食を伴にしていた。

 

熊野「簡単なものですけれど、お口に合って良かったですわ。」

 

この日榛名は遠洋航海演習に出ているため不在、他にも持ち回りが二人ほど遠征中の為、この日の代理担当は熊野だった。

 

料理も出来て社交的、お淑やかで戦闘もそつなくこなす、あらゆる面でパーフェクトな正にレディである。ついでに美人でスタイルも良いと来てもう完璧である。

 

提督「まーったく、うちの艦隊はなんでまた色んな才能を持った奴が多いんだか。」

 

熊野「あら、素敵な事じゃなくって? そう言う多彩な技能者の集まった部隊は、様々な面で強い、と思うのですけれど。」

 

おまけに弁も立つと来た。

 

提督「いや、これは参ったな。熊野の言う通りだ。まぁ、そう考えれば俺は部下に恵まれたと言う事なのだろう。」

 

熊野「嬉しいお言葉ですわ。」

 

漣「あたしは何も出来る事ってないんだけどなー。」

 

という漣に

 

提督「それもいいさ。何も、全員が全員何か出来る必要はないさ。」

 

熊野「そうですわね、フフフッ。」

 

と、そこへ―――

 

 

ガチャッ・・・

 

 

提督「―――ん?」

 

熊野「あら、大淀さんではなくって?」

 

提督「そうだな。」

 

珍しい、と言った様子の二人。この時間に来るのは珍しいと思ったのだ。

 

大淀「提督、お食事中申し訳ありません。すぐにお耳に入れたい事が。」

 

提督「大丈夫、もう食べ終わったところだ。執務室で聞こう。」

 

大淀「分かりました。」

 

直人は立ち上がって

 

提督「熊野、御馳走さま。漣、またな。」

 

と言って食堂を後にした。

 

熊野「夕食もお待ちしておりますわ。」

 

漣「はいはーい。」

 

 

 

13時44分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「作戦指令書か。何となくそんな気はしていたがね。」

 

陽炎「作戦かぁ、どんなの?」

 

同じく呼び出された陽炎が興味を示す。

 

大淀「まぁ、そう焦らず・・・。」

 

提督「そうそう・・・。」

 

と読みながら返す直人。

 

提督「・・・これまた随分と遠出だな。」

 

大淀「その様ですね。」

 

陽炎「んー? 今回の目標は?」

 

と聞かれたので直人が作戦目的を読み上げる。

 

提督「“来たるべきインド洋方面に対する攻勢に備え、比較的敵の警戒が薄いスンダ海峡よりインド洋へ侵入、アンダマン諸島方面へと進出し同島に橋頭保を確保せられたし。上記任務終了後尚可能であれば、敵超兵器の動静調査並びに、ベンガル湾に対する通商破壊戦を展開すべし。”だ、そうだ。」

 

陽炎「あ、アンダマン諸島・・・?!」

 

余りの距離に思わず素っ頓狂な声を上げる陽炎。陽炎はこの沖合を通過したことがある。

 

恐らく知らない人が多いであろうと思うので、ここでアンダマン諸島について少し説明しておこう。

 

アンダマン諸島は、マラッカ海峡のインド洋側出口に、ニコバル諸島と共に弧状列島を構成する島々である。このインド洋側出口はアンダマン海と呼ばれる内海で、こことインド洋/ベンガル湾とはこのアンダマン・ニコバル両諸島からなる弧状列島で分かたれている。

 

言ってしまえば、日本海と太平洋&東シナ海&オホーツク海が日本列島で区切られている事と同じ様なものである。(些か極端だが)

 

このアンダマン諸島は、マラッカ海峡への入り口であるアンダマン海の制海権を確保する為には重要な場所であり、現状深海棲艦の手にある為、南西方面艦隊は目下このアンダマン海の制海権掌握と、アンダマン諸島制圧に奔走している。

 

しかしセイロン島及びインド東岸を根拠地とする敵東洋艦隊の抵抗を前に膠着状態に陥っているのが実情である。

 

提督「大本営と北村海将補にして見れば、我が艦隊の派遣/遠征を仰ぐ事で戦局を変えたい、と言ったところだろうな。」

 

大淀「北村海将補と言えば、リンガ泊地の司令官ですね、お知り合いですか?」

 

提督「あぁ、北村海将補とは海軍に入った直後に個人的に面識を持ってね、余り誰彼構わず話をするなと言われちゃいたのだが、その関係で北村海将補もこの近衛艦隊計画には多少関わっているらしい。」

 

と既に思い出となった出来事をしれっと話す直人である。

 

提督「今度機会があれば会わせてやれん事もないと思うがな。」

 

陽炎「それは兎も角として、まずはこの作戦でしょ。」

 

提督「分かってるよ、そう慌てるな。」

 

陽炎「は、はい。」

 

提督「本来この任務は非常に重要であり、機動力の高い部隊を以って任に充てる所ではある。しかし、一航艦は今回使えない。」

 

と直人は断言した。

 

陽炎「えっ、なんで!?」

 

と陽炎が思わず口を挟んだ。

 

提督「この艦隊はまだ護衛の戦力が足りていない、だから第一水上打撃群とペアで運用すべき所だ。だがその一水打群は日本海だ、おいそれとは呼び戻せない距離にいる。」

 

陽炎「戦力不足かぁ・・・またここで足を引っ張ってきちゃう訳ね・・・。」

 

提督「逆に考えろ、この他に機動戦力で誰が動けるかをだ。」

 

そう言われ陽炎は合点がいった。

 

陽炎「・・・私達第一艦隊。」

 

提督「そうだ。重要とはいえ特段の緊急性はない。であれば最大戦力を投じる事も策の内だ。」

 

陽炎「じゃぁ第一艦隊のメンバー召集する?」

 

提督「それはまだだ、タウイタウイ泊地に連絡を入れて置きたい。補給中継地に使いたいしな。大淀、頼む。」

 

大淀「畏まりました。」

 

ともかく、作戦の基本部分は既に定まっている。あとは投入部隊を送り出すだけであった。その点立案をしなくて済む為直人は気が楽であった。

 

提督「取り敢えず言えるのはまぁ・・・陽炎、頑張ってこい。」

 

大淀が去ってから直人はそう言った。

 

陽炎「勿論!」

 

陽炎は気合十分にそう応じたのだった。

 

 

 

明けて2月17日午前7時、直人から第1艦隊に対し召集が命じられた。

 

 

~陽炎/不知火の部屋~

 

陽炎「よし、バッチリね。」

 

この1週間秘書艦を代行して来ただけに、起きるのは流石の速さ、身支度も整えていた。

 

不知火「あとは・・・もう少し待ってて下さいね? 陽炎。」

 

陽炎「分かってるわよ♪」

 

ちゃんと寝られたようできちんと冴えているのだった。

 

 

 

7時19分 食堂棟2F・大会議室

 

 

ザワザワ・・・

 

 

大淀「・・・。」

 

会議室の出口を開け放って直人を待つ大淀。

 

 

コッコッコッコッ・・・

 

 

大淀「―――提督、入室されます。」

 

扶桑「敬礼!」

 

 

ザザザッ

 

 

扶桑の号令に合わせ一斉に立ち上がって敬礼する第一艦隊の面々。

 

提督「うむ。明け方からの招集ですまない、着席してくれ。」

 

そう言って直人は登壇する。全員の着席を見届け直人は口を開いた。

 

提督「今回君達を招集したのは別に君達に非があった訳ではない事を先に言っておこう。」

 

扶桑/山城(副旗艦)/加古(ホッ・・・)

 

この心配性な3人を宥める一言である。

 

提督「今回君達第一艦隊に招集をかけたのは詰問でも論説を交わす事でもない、陽炎は知っていると思うが、出撃命令だ。」

 

扶桑「目的地は?」

 

提督「タウイタウイで一度補給の後、スンダ海峡を抜けアンダマン諸島へ向かって貰う。そこに橋頭保を築く事が目的だ。可能であれば麾下水雷戦隊を使い、通商破壊戦を展開して貰う。」

 

霞「随分と、遠回りなんじゃない?」

 

とここで霞が口を挟んだ。

 

提督「中央の判断だから俺には何とも言いにくい。何せ作戦案は全て立案の上で送られてきている。恐らくこの裏口を使う事での奇襲効果を狙ったものだろう。」

 

霞「・・・そう。」(何よ、思ってた程大したことないじゃない。)

 

霞が落胆した理由は、陽炎や不知火、他の僚艦達から、直人の才を聞き及んでいたからだった。しかしこの時ばかりは直人ものろけが出ていた事は否定できない。

 

提督「本来なら俺も旗艦鈴谷で参陣する所だが、生憎工期が伸びまだ完成しておらず、公試もまだだ。この為今回も俺の出撃は見合わせる、次回と言う事で。」

 

公試とは海上公試の事で、要は性能試験の事である。

 

扶桑「そうですか・・・では、いつもより踏ん張らないといけませんね。」

 

山城「そうですね、姉様。」

 

ここまでくるとただのイエスマンである。

 

陽炎「まぁ、仕方ないわねぇ~。」

 

提督「それと今回は雪風の復帰戦でもある、新しい艤装には慣れたか?」

 

雪風「はい! バッチリです!」

 

と元気よく答える雪風。雪風は二水戦で単独ながら第十六駆逐隊を編成している艦娘だ。

 

提督「宜しい。重ねて言うが、ただの一人たりとも沈む事は許さん、必ず生還しろ、どんな姿ででもいい、メンツなど気にするな、必ず生きて戻れ。以上だ。」

 

28人「ハイッ!」

 

最後の言葉は最早お決まりの文句になりつつはあったが、同時に直人の絶対命令でもあった。

 

 

 

その後7時19分、簡単な作戦討議を行った後第一艦隊は出撃した。

 

だが、直人は再び先陣を切って共に戦いたいと言う欲求不満と戦う羽目になった。

 

提督「・・・明石~。」

 

明石「―――すみませんです。」

 

明石、現在執務室で土下座中、7時31分なり。

 

提督「いいけどさー、俺が納得いかないだけで済む事だからねー、“今は”。」

 

明石「ぐぬぬ・・・。」

 

本来ならこの作戦に出られる筈だった直人、不満が爆発している模様。

 

提督「・・・はぁ~、もういいよ、無意味に急いだっていいことないしな。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

提督「その代わりちゃんと造ってくれよ?」

 

明石「―――それは勿論です。」

 

と断言する明石。

 

提督「しっかし出撃したかったなぁ~。」

 

明石(それだったら御自分の艤装で・・・って資材的に無理でしょうね・・・。)

 

分かっているだけに言い出せないのだった。

 

 

 

ところで、今回の出撃に際し、秘書艦代理だった陽炎が出撃した為、これに代えて秘書艦代理の座に座ったのが・・・

 

妙高「はい、妙高にお任せ下さい。」

 

妙高であった。

 

提督「あぁ、では早速取り掛かろうか。」

 

妙高「畏まりました。」

 

大淀「では始めましょうか。」

 

因みに妙高の秘書艦代理任命まで秘書艦代理の座に就いたのが殆ど駆逐艦だったのは手空きの艦娘がいなかっただけの事で決して直人がロ○コンと言う事はない、決して。

 

 

 

2月18日11時33分 中央棟2F・提督私室

 

 

提督「・・・。」パラッ・・・

 

 

ポトッ・・・ポトッ・・・

 

 

直人は自室の円卓で戦術書を読んでいたが、その近くのテーブルから滴の滴る音がしていた。特に水道が据え付けてあると言うことはない。因みに筆記用の机と所用用の円卓は別である。

 

実は直人は紅茶も飲むがコーヒーも飲む、コーヒーに関しては自分で淹れる程で、わざわざ内地にいる時から持っていたドリッパーを一式持って来ていたのである。

 

最も、今まで使わずじまいだったが。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

直人がふと本から目を話しドリッパーを見ると、ちょうど一杯分、淹れ終わっていた。

 

提督「よーし出来た出来た。」

 

淹れ終わったコーヒーをカップに注ぎ、砂糖とクリープを入れ、円卓に戻る。そして受け皿に乗っているカップを手に取り、香りを楽しむ。

 

と、そこに―――

 

 

コンコン

 

 

大淀「“提督、今お時間宜しいですか?”」

 

提督「む―――入れ。」カチャッ

 

直人はカップを皿の上に置いてそう言った。

 

大淀「失礼します。」ガチャッ

 

大淀は入室して来てすぐコーヒーの香りに気付く。

 

提督「やぁ、こんな格好だが失礼するよ。」

 

直人は二種軍服こそ着ていたがボタンは全部外していると言う着崩しぶりだった。帽子は円卓の上だ。

 

大淀「え、えぇ、お仕事の後ですから結構ですけど―――」

 

提督「普段はやらんよ、分かってるって。」

 

大淀「なら、いいですが・・・。」

 

提督「あ、コーヒーどうだ?」

 

と勧めるものの

 

大淀「あ、いいえ、結構です。」

 

提督「む、そうか・・・。」

 

遠慮されてしまった、残念。

 

大淀「ドリッパーなんて持ち込んでらしたんですね。」

 

提督「ん? あぁ、今まで暇がなかったんで使わなかったんだけどね。」

 

と言ったところで直人が言う。

 

提督「それで、どうした?」

 

大淀「あ、はい。第一水上打撃群が佐世保を出港し、南西諸島沖に到達しました、あと3日で戻って来るそうです。」

 

大淀が持ってきた報告は、金剛達の現在地報告だった。この後南シナ海外縁からパラオに向かい、そこで補給の後全速遠距離航海訓練としてサイパンへ直行するルートだ。

 

提督「お、そうか、それは何より。特に異常はないのか?」

 

大淀「はい、機関故障と言ったことも報告には。」

 

提督「なら良かった、あとは戻って来るのを待とうか。」

 

大淀「はい。」

 

そう言って直人は一つ胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

2月19日22時26分 ジャワ島・ジャカルタ北方海域

 

 

熊野「月の明るい夜ですわねぇ・・・。」

 

第一艦隊はこの時刻、巡航速度18ノットでジャワ東部バンタム湾の北に到達していた。ここからスンダ海峡までの距離は僅かである。

 

陸奥「敵艦隊の掃討戦が終結した後だけど、皆、油断しないでね。」

 

と陸奥が注意を促す。

 

 

 

時系列は遡るが2月18日、スラバヤ沖でリンガ・タウイタウイ・ブルネイ3基地合同による敵艦隊撃滅戦が展開された。このスラバヤ沖の一戦は艦娘艦隊側の勝利に終わり、南西方面各海域から撤退/集結していた寄せ集めの敵残存艦隊は、その戦力の大半を失って勢力としての体を為さなくなっていた。

 

これによって南シナ海の制海権は殆ど保証されていると言っても過言では無かったが、その敗残艦隊の動向が、何やら物々しいと言う情報も、リンガ泊地司令部からタウイタウイ泊地司令部経由で得ていたのだった。

 

 

 

最上「それにしても、こうも月の明るい夜にここに来ると、あの夜を思い出すね。」

 

熊野「そうですわね、あの夜は少々醜態でしたけれど。」

 

最上「バタビア沖かぁ、もうあの日も随分昔になっちゃったんだねぇ・・・。」

 

最上と熊野が口を揃えて言うのは、1942年2月28日から3月1日にかけて行われた、バタビア沖海戦(連合国側呼称:スンダ海峡海戦)のことだ。この海戦に第七戦隊第二小隊として、重巡最上が参陣している。

 

熊野は? と言うと、第七戦隊第一小隊として栗田健男少将(当時)の旗艦だったのだが、決戦そのものに非常に消極的であり、ジャワ沖で二度砲火を交えた五水戦司令部との間でスラバヤ沖海戦(一度目の海戦)の前、丸一日無電で激論を交わした挙句、連合艦隊司令部からの仲裁でそれは終結するも戦闘には参加していない。

 

最上「まぁ、次があれば頑張ろうよ。」

 

熊野「そうですわねぇ、無ければ無いに越した事はないですけど。」

 

と言葉を交わす二人。因みにバタビア沖海戦の時も、月齢13と非常に月が明るい夜だったと言う話である。

 

村雨「・・・水上電探感あり! 11時半の方向距離1万3000!(13km)」

 

最上「えぇっ!?」

 

熊野「待ち伏せですの?」

 

朝潮「―――目視で捉えました、針路は恐らく270、全速で真西へ向かっています。」

 

朝潮が扶桑にそう報告する。

 

扶桑「何処へ、向かうつもりかしら。」

 

山城「向かう先にはリンガ泊地があります。ですがそれは今の敵残存には手に余ると思われます。」

 

陸奥「となると、相手は撤退を試みている、という可能性もある訳ね。成程、闇に紛れてであればこちらの目を欺く事も可能ね。」

 

山城と扶桑の分析は推測の域を出ないがその点では正確だった。

 

扶桑「それでは、敵は撤退を試みていると言う事ですね?」

 

陸奥「推測の域は出ないわ。」

 

扶桑「分かりました、兎に角戦闘開始です、総員、戦闘態勢! 左舷砲雷同時戦用意、針路290、複縦陣を成せ!」

 

27人「「了解!!」」

 

22時30分、第1艦隊は遭遇した敵に対し戦闘態勢を取った。

 

状態としてはお互いに偶然敵に出くわしたと言う状態で、完全な遭遇戦となった形だ。

 

しかし悲しいかな、敵は逃げるので頭が一杯と言った様子である―――。

 

 

 

陸奥「撃てェーッ!!」

 

 

ドドドドオオォォォー・・・ン

 

 

22時35分、陸奥の第1斉射によって戦端が開かれる。

 

神通「突撃!」

 

夕立/朝潮/陽炎/雪風「突入開始!」

 

球磨「援護するクマ!」

 

多摩「砲雷撃戦、用意にゃ!」

 

続けて第二水雷戦隊が突入を開始、援護の為第十三戦隊がこれに続く。

 

扶桑「いけるかしら・・・。」

 

山城「敵からの反撃はある程度想定した方がいいかと思われます。」

 

扶桑「そうね・・・。」

 

一抹の不安を抱えながらも、扶桑らもこれら戦闘開始に続き攻撃を開始した。

 

 

 

神通「先手必勝です、撃て!」

 

雪風「魚雷発射します!」

 

陽炎「続くわ!」

 

砲撃の光が闇を照らさんばかりの勢いで溢れ、砲弾が闇を切り裂く。

 

朝潮「第八駆逐隊、旗艦朝潮に続け! 撃て、撃てぇっ!」

 

 

二水戦の一番槍は第八駆逐隊である。訓練通りのスムーズな動きで敵針路に対し直角に割り込む態勢を取る(針路180度)。雷撃を行う十六駆と十八駆は敵針路の進行方向とは逆の方向に45度舵を切り(針路135度)、敵の中堅から後尾を狙って雷撃を試みる。

 

扶桑「同航砲撃戦、撃て!」

 

山城「てーっ!!」

 

 

ドオオオォォォーー・・・ン

 

 

主力部隊は針路225度を取って敵艦隊に詰め寄りつつ同航戦を行う。神通と第二駆逐隊・第十三戦隊は針路195度でより敵艦隊に急迫するコースで敵の頭を抑えにかかる。

 

 

 

リ級Flag「ナンダッ!? 待チ伏セカッ!?」

 

状況が分からないのは敵艦隊も同じである。しかし艦娘艦隊と異なったのは、彼らが否応なしに戦闘状態に突入する事を強制された、という一点に尽きる。この点先手を取った第一艦隊は優勢に立った。

 

ホ級elite「――――!」

 

リ級Flag「クッ、戦闘態勢、急ゲッ!!」

 

リーダー格だった重巡は指示を出すが、混成部隊でなおかつ敗残部隊、士気は低く態勢確立もままならない―――。

 

チ級「――――?」

 

ヘ級elite「―――! ――――!」

 

ハ級elite「―――!?」

 

指揮系統は混成部隊の欠点である統制の欠如を曝け出し、隊列が各所で崩れる―――最も、隊列と呼べるかも怪しい様な縦列だったが。

 

リ級Flag「チィッ、煙幕ダ! 煙幕ヲ張レ!!」

 

号令一下、先頭を走る基幹部隊が煙幕を展張する。だが―――

 

 

 

逆に深海棲艦は砲撃が滞ってしまった。それもその筈まともなレーダーさえ殆ど持ち合わせていない上夜戦にも慣れちゃいないのだ。

 

 

 

リ級Flag「何ヲヤッテイル!!」

 

扶桑「馬鹿め、何をやっているのか。」

 

実は第一艦隊の駆逐艦の一部は、これまでの間に改装を受けて改となった駆逐艦が数隻いる。

 

朝潮・満潮・陽炎・不知火に加え、元から改装済みの夕立(改2)・村雨・の6隻は、それぞれが装備スロットに主砲2つと電探を装備している。

 

扶桑と山城、陸奥も電探を装備している為砲撃が滞る事はない。その上最上搭載機が寸刻前から照明弾を持続的に投下しており、夜間弾着観測射撃まで開始する様な状況だった。

 

扶桑も人が変わった様な口調である。

 

唯一滞ったと言えば・・・

 

球磨「見えないクマ。」

 

多摩「にゃー・・・。」

 

第十三戦隊である。改装が間に合わず可載許容量に余裕が無かったのだ。

 

更にもう一つ、戦闘加入していない部隊がある。ここで遅ればせながら編成表を見てみよう。

 

 

第一艦隊

旗艦:扶桑

 第二戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向)

 第四戦隊(高雄/愛宕)

 第六戦隊(古鷹/加古)

 第七戦隊(最上/熊野)

 第十三戦隊(球磨/多摩)

 第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

 随伴:陸奥(第1戦隊)

第二水雷戦隊

 神通

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 雪風(十六駆)

 

戦艦5隻 重巡6隻 軽巡3隻 駆逐艦11隻 “軽空母3隻”

 

 

 

―――お分かり頂けただろうか。

 

 

 

龍驤「夜やん!! 出番あらへんやん!!」

 

と絶叫する軽空母部隊第五航空戦隊、旗艦龍驤。(なんと旗艦だったのだ!)

 

千歳「ハ、ハハハ・・・。」

 

千代田「夜間だけど対潜哨戒ね・・・。」

 

月が明るい為夜でも飛べると言うのは有利だが、敵艦隊攻撃は避けている様だ。

 

龍驤「あ~・・・よりにもよってなんでこんなタイミングなんや・・・。」

 

千歳「まぁ、“常在戦場”とはよく言ったものよね・・・。」

 

龍驤「常に戦場におると思えっちゅーやつかい。ほんまやなぁ・・・。」

 

改めて龍驤もその言葉の意味を噛み締めるのだった。

 

龍驤「しっかし・・・歯痒いなぁ・・・。」

 

 

 

龍驤が自分が関与出来ない事に歯痒さを覚える目の前で戦闘は迅速に終了した。22時57分、雷撃と突入で混乱の極にあった敵の水雷戦隊を中心とした艦隊は、あっけなく壊滅した。

 

扶桑「全艦集合せよ!」

 

扶桑が集結命令を発した、正にその時だった。

 

神通「“扶桑さん、3時の方向新たな敵影を視認しました!”」

 

扶桑「えっ!?」

 

報告の主神通はバンタム湾に入り込んではいたが、その東方正面に敵の艦影を捉えたのだ。

 

陸奥「・・・成程、敵はいくつかに分散して脱出するつもりだったのね。」

 

山城「ならばここで1隻でも沈めましょう。今ここで見逃せば、後日に禍根を残す事になりませんか?」

 

高雄「ですが、私達の任務はあくまでもインド洋への進出作戦です。ここで燃料弾薬を消費しては、作戦遂行に支障が出ます。」

 

陸奥「―――サイパン司令部より入電!」

 

一同「!」

 

第一艦隊で屈指の通信設備を備える陸奥が素早くサイパンからの無電を傍受した。

 

陸奥「―――これはっ・・・!」

 

扶桑「どうか、しましたか?」

 

不安げに扶桑が言う。

 

陸奥「・・・提督からの指示を伝えます。提督は―――」

 

 

 

―――第一艦隊は当該海域に於いて、予想される敵艦隊の航過を伏撃、脱出を試みる敵艦隊を撃滅せよ。なお、当初予定任務は本命令の完遂後尚余力あらば実施されたし。―――

 

提督「敵に出くわしておいて背を向けるなど、我が艦隊にあってはならん。意地ではない、後日に禍根を残してはならないのだ。」

 

大淀「はい。」

 

第一艦隊への無電が発せられたのは午後11時48分、リレー送信のタイムラグと電波状況のせいで遅れこそしたが、しかと届いたのだった。

 

そもそも直人が戦闘開始を知ったのは11時41分の事。扶桑が陸奥に命じ、一応戦闘開始の報告と現在位置の詳細、それに状況推測を戦闘隊形への陣形変更中に打電させていたのである。

 

提督「だがこれで、アンダマン行きは中止、だろうな。」

 

大淀「―――え?」

 

大淀が首を傾げる。

 

提督「アンダマン諸島は迂回航路でも十分遠い、駆逐艦が往復できるギリギリの範囲なんだ。勿論戦闘用の燃料は抜きでだがな。」

 

大淀「・・・つまり、どう言う事です?」

 

提督「―――分からんか?」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

ちょっと気まずそうに大淀が返事を返す。

 

提督「スンダ海峡で大規模な海戦をやるんだ、それも長期戦と来ている。となると、アンダマン諸島とタウイタウイ泊地を往復するだけの燃料は、無かろうよ?」

 

と直人は返した。

 

要するに、駆逐艦娘の航続距離では、大規模海戦の後アンダマン諸島に行って帰って来るだけの燃料は無かろう、ということだ。

 

大淀「そ、そうですね、それを失念していました・・・。」

 

どうやら長期戦になると言う事を失念していたらしい。

 

提督「こちらにも被害は及ぶだろう、だから今回は恐らく無しになるだろう。」

 

大淀「そう、ですね・・・。」

 

提督「命令未完遂の心配か? 安心しろ、上に話は付ける。」

 

大淀「・・・提督には、敵いませんね。」

 

提督「褒めるな、照れるだろうが。」

 

と肩を竦めて見せる余裕ぶりだった。

 

大淀「しかし、御迷惑ではありませんか?」

 

今度は人の心配をする大淀である。

 

提督「アホ、それが俺の仕事だろうが。それに今回の功績で、今回は帳消しに出来るだろう。そもそもベンガル湾への足掛かりを得たいだけの筈だからな。」

 

大淀「成程、重要度はさして高くない、と?」

 

提督「中央にして見れば、インド洋方面にいる敵艦隊に対しいつまでも受け身でいるのもまずいとの判断で、その反撃の為の足掛かりがアンダマン諸島という位置づけをしている筈だ。しかし迎撃にはマラッカ海峡と言う飛び切りの良用件がある。」

 

大淀「・・・成程、回廊地形と同じ理屈ですね。」

 

回廊地形、要するに2つの地域を繋ぐ陸路が細い廊下の様になっている場所を指す言葉だ。当てはまる場所としてはパナマなどの中米の国家群などがある。

 

提督「そうだ、あの狭い海峡であれば敵が大艦隊を動員したとしても一度に展開する事は出来ん。狭隘な海域での迎撃戦でこれまで彼らは南シナ海を守り通して来たのだからな。」

 

つまりこうだ。細い水道管に大量のティッシュや、多量の便と同じく多量のトイレットペーパーを同時にぶち込むと詰まってしまう。これと同じ事で、狭い所に大戦力を同時に展開させる事は不可能であるが故に、これを利用し先頭の敵から順に叩く。

 

こうなってしまえば敵が後からやって来ようとも、こちらは戦力交代で防御が出来る。蓋さえしておけば、迎撃は容易だ。

 

戦術や陣形と言う物は、ちゃんと物理法則の応用であるのだ。細い針で障子紙を破る事は容易であるが障子の枠は木であるから(硬いから)突き抜けられないと言う様な事は、用兵でもしばしば起こる事でもある訳だ。

 

提督「まぁ、上でもすぐにこの優位な状況を捨てる事は考えていないだろう、些か時期が時期だったこともあり今回は失敗だ。まぁさっきも言ったが上に話は付ける、そして次で成功させればそれでいい。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「責任を負う事も俺の仕事だかんな、命令を履行出来なかった責任と、達成する責務とを、俺は背負う訳だ。伊達と酔狂の下でな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

兎も角にも、この時点で主目的は失敗に終わろうとしていたが、その代わり貴重な戦果が相手から飛び込んできたと考えれば安いものだ、と直人は考えていたのだった。

 

 

 

直人の鶴の一声で交戦を開始した敵第2陣は、軽空母を主体とした小規模な機動部隊であったが、護衛がそれなりに強力であり、柔軟な対応で第1艦隊の猛攻に応じるも、1時間であえなく潰滅の憂き目を見た。この際、かつて夜間泊地攻撃に参加した艦娘から進言を受けた扶桑の指示により、照明弾を用いた夜間空襲が決行され大戦果を挙げている。

 

龍驤「むっふ~ん♪」

 

龍驤、一転上機嫌である。

 

ちとちよ(単純・・・。)

 

一方であらぬ印象を受けられてしまう龍驤でもあった。

 

扶桑「全艦、集結して下さい、これより海峡へ向かいます!」

 

23時51分、扶桑から2度目の集結命令が発せられた。

 

神通「“了解!”」

 

球磨「“了解クマ!”」

 

妙高「“了解!”」

 

今度は三者からしっかり応答が帰ってきた。

 

扶桑「これでもう、行けるかしら。」

 

山城「一応付近に新たな敵影は認められません、姉様。」

 

扶桑「・・・そうね、それじゃぁ、急いでここを離れましょ。」

 

扶桑の思惑もあってか、集結は迅速に行われた。

 

扶桑「全艦、集結したわね?」

 

神通「欠員、無し。」

 

 

23時55分には全艦が集合した。

 

扶桑「では進撃を再開します。予定通りスンダ海峡を抜け、アンダマン諸島方面へと韜晦します!」

 

第1艦隊「「「はいっ!」」」

 

そして全艦が25ノットの速力でスンダ海峡を一挙に突破にかかった。

 

 

 

23時59分―――

 

 

ヒュルルルルル・・・

 

 

扶桑「・・・!」

 

スンダ海峡上空に突如鳴り響く飛翔音。

 

山城「―――ッ、姉様、危ないっ!」

 

砲弾の飛来とその狙いを悟った山城が咄嗟に割って入る。

 

 

ズドオォォォォーー・・・ン

 

 

山城「くぅっ!」

 

砲弾は山城の艤装左側下段の砲塔を直撃した。

 

扶桑「なっ―――!」

 

 

バチバチバチッ―――カッ

 

 

山城「―――ッ!?」

 

 

ボオオォォォーーー・・・ン

 

 

山城「きゃああああっ!!」

 

直後、破片で損傷していた左上段砲塔が誘爆を起こし、背部艤装にまでダメージが及んだ。

 

扶桑「山城っ!」

 

伊勢「山城、大丈夫!?」

 

 

陸奥「一体どこから―――2時50分の方向敵ッ、更に発砲!!」

 

扶桑「全艦反転、戦闘展開!」

 

神通「二戦隊二小隊と第一戦隊は前面で敵の阻止を、第七戦隊は前進―――」

 

扶桑の命令一下神通が素早く指示を出す。

 

山城「姉様・・・。」

 

艤装に甚大な損傷を受け、自らも傷を負った山城の声に力はない。

 

扶桑「山城、ありがとう。おかげで助かったわ。」

 

山城「いえ・・・ですがまだ、沈みません。まだ、脚部艤装は―――」

 

扶桑「えぇ、そうね。無理して話さなくてもいいわ、傷に触るから。」

 

山城「はい・・・。」

 

神通「山城さん、大丈夫ですか!」

 

そこに戦闘序列を指示していた神通が駆けつける。

 

扶桑「どうにか、脚部艤装は無事みたい。」

 

神通「分かりました、第八駆逐隊を護衛に付けさせますので、扶桑さんは戦線参加を。」

 

そのいつになく凛とした口調に、扶桑は何事が生じたかを悟る。

 

扶桑「―――敵の戦艦部隊、ね?」

 

神通「はい、お急ぎ下さい。」

 

朝潮「第八駆逐隊、護衛を交代します!」

 

扶桑「えぇ、お願いするわ。」

 

神通「では急ぎ山城さんを護衛してタウイタウイ泊地へ、私達も敵を殲滅次第後退します。」

 

朝潮「分かりました!」

 

満潮「山城さん、肩を貸すわ。」

 

山城「ありがとう、満潮・・・。」

 

朝潮率いる第八駆逐隊は、山城護衛の任を受けて後退を開始した。

 

扶桑「―――行きましょうか。」

 

扶桑の目に、闘志が宿る。

 

神通「はい。」

 

神通は扶桑に続き前線へと向かう。前線ではすでに、戦闘が始まっていた。砲声がスンダ海峡に響き渡る―――。

 

 

24時03分、扶桑の戦列参加を以って、第一艦隊は戦闘態勢を確立した。

 

伊勢「私達っていっつも貧乏くじ引くよねぇ。」

 

日向「まぁ、否定はしないね。」

 

陸奥「あら、武勲と経験を積むいい機会じゃない?」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

相手が戦艦部隊でもこの余裕、流石と言ったところであろうか。

 

一方前線では・・・

 

 

 

陽炎「魚雷発射!」

 

霞「てーっ!」

 

黒潮「当たってーな!」

 

十八駆が敵正面から魚雷を発射する。4艦合計32射線の九三式魚雷が敵の艦首正面から殺到する形だ。

 

何故正面からなのかという疑問にお答えしておくと、敵に当てるのではなく敵艦両舷を通過させる事で敵の進路を固定させ、戦艦群の砲撃を容易にするという目的がある。

 

転舵すれば直撃するコースである。

 

不知火「牽制を当ててどうするのです、黒潮・・・。」

 

黒潮「あ、そうやったな・・・。」

 

その事に言ってから気付く黒潮であった。

 

霞「何言ってんだか・・・。」

 

陽炎「まぁ、いつもの流れだけどね。」(苦笑)

 

だ、そうです。

 

 

 

夕立「さぁ、パーティー始めちゃいましょ!」

 

夕立は相変わらずの一番槍。

 

五月雨「ま、待ってください~!」><;

 

その動きにまだ追従しきれない五月雨と

 

村雨「はいはい、援護してあげるわ。」

 

お姉さんオーラ丸出しできっちり合わせて前進する村雨との動きの違いである。

 

雪風「雪風、援護します!」

 

夕立「お願いするっぽい!」

 

1隻だけの駆逐隊にも利点はある。それは僚艦がいない事によって隊内に於ける陣形構築を無視した柔軟な動きが可能なことだ。

 

雪風と夕立は共に先頭に立って敵艦隊を大きく北側に回り込み突入を図る。

 

 

 

ここで一つ驚くべき一コマがあった。

 

それは夕立と雪風が援護下に布陣を終え、突入に移ろうという時だった。

 

 

 

夕立「今! 突撃するっぽい!」

 

夕立が吉川艦長の指揮下突入する。(忘れてるかもしれないが夕立には艦長要請が一人乗っちゃってるのだ!)

 

雪風「続きますっ!」

 

雪風が続けて突入に移ろうという時それは起こった。

 

 

ヒュゥゥゥゥ・・・

 

 

雪風「っ―――!」

 

夕立「!」

 

接近してくる飛翔音、標的は―――

 

雪風(私ッ―――!)

 

 

ズドドドドドドドド・・・

 

 

夕立「雪風!?」

 

雪風の周囲に大小の水柱が多数屹立する。明らかに戦艦級の砲弾も混じっていた。

 

吉川艦長(あれでは助かるまいな・・・)

 

夕立「雪風・・・!」

 

雪風がいた周囲は砲弾の着弾数が余りに多く、海水の表面が蒸発し靄のようなものがかかっていた。

 

五月雨「あ、あわわわ・・・」

 

それを遠くで見ていた五月雨が思わず狼狽して声を上げる。

 

村雨「―――今度こそ、大丈夫。雪風は強運の船だから・・・!」

 

村雨も祈るような気持ちで引き金を引き続ける。

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

凛とした一声に端を発するかのように、それは姿を現す。

 

雪風「雪風はもう、沈みません!」

 

白いヴェールを突き破って、敵に向かい真一文字に全速航走する雪風、その身その艤装には、一欠けほどの傷も入っていない。

 

夕立「す、少し濡れただけ・・・!?」

 

吉川艦長(流石強運の船だな。さ、行こう。)

 

夕立「そ、そうだった、突撃するっぽい!」

 

夕立がそれに倣い突撃を始める。

 

雪風の不変の覚悟が、雪風に奇跡を与えたもうたのか、それとも―――?

 

それは今、語るべき節ではないだろう、たまたまかも知れないのだから―――。

 

 

 

その頃、横浜市街の一角で、深夜にも拘わらず密談をする者があった。

 

「石川好弘は、口にこそ出しませんでしたが反乱を仄めかしてきました。何かしら動きに出られる体制と思われます。」

 

「やはりそうか、しかし公には動けんぞ。」

 

「しかし嶋田海将、このままでは御身に危険が及びます。」

 

嶋田「分かっている・・・」

 

「何か手を打ちませんと・・・。」

 

嶋田「そうだな、こうなれば牟田口陸将に相談してみるとしよう・・・。」

 

「御供致します。」

 

中央では再び、不穏な企みが、しかし水面下に於いて進行していた。

 

それが、かの者の掌の上でタップダンスを踊っているのと同じとは、露とも知らず・・・。

 

 

 

高雄「照明弾、撃ちます!」

 

龍驤「“はいな!”」

 

 

ドォンドォンドォンドォォォ・・・ン

 

 

照明弾4発を順次発射する高雄。照明弾は空中で眩い光を放ち、それを合図に艦載機が突入する。

 

愛宕「大忙しねぇ~、ふふふっ。」

 

高雄「そうね、でもやらないと。」

 

確かにその通りである。第四戦隊はこの艦隊の巡洋艦では最大の火力を持ち、それを用いた前線の維持と砲撃に加え、味方艦載機の攻撃目標に対する誘導もこなさなければならないのだった。

 

投射量の第七戦隊と1回の斉射威力に優れる第四戦隊、両戦隊とも2隻のみで構成されてこそいるが、いずれはそれぞれもう1隻づつ戦力が増え、尖兵の役割を十全に果たす事になるだろう。

(※高雄型3番艦摩耶と最上型3番艦鈴谷は共に引き抜かれて第1水上打撃群に配属されているため3隻しか揃わない。)

 

高雄「さぁ、行きましょうか。」

 

愛宕「えぇ!」

 

第四戦隊と第七戦隊の任務は、突入する二水戦と第一戦隊・第二戦隊の間を繋ぐ事。そうする事によって、二水戦が孤立する事が無い様にする事が彼女らの目的であった。

 

 

 

陸奥「まさか、三段構えとはね・・・。」

 

陸奥は自身の予測しない敵残存主力艦隊の出現に臍を?んでいた。

 

元々この部隊だけ所在不明だったのだが、それでもだからと言って居る可能性を除外していた甘さを悔いていたのだった。

 

伊勢「でも、向こうから出て来てくれた分好都合じゃない?」

 

扶桑「えぇ、そうね。ここで一気に片付けてしまいましょう。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

陸奥「それもそうね。どうせもう当初の命令は達成出来ないなら、ここで暴れていきましょ!」

 

3人「おう(えぇ)!」

 

第一艦隊、1隻を大破戦線離脱で無力化されるも、未だ士気旺盛意気軒昂、その戦闘力は依然高かった。

 

 

 

夕立「おおおおおおおおっ!!」

 

 

ドォンドォンドォンドォンドォンドォン・・・

 

 

敵陣のど真ん中で夕立が暴れ回る。

 

雪風「魚雷発射!!」

 

 

ザザザァッ

 

 

雪風がそれを援護し敵陣外周で近接砲雷撃戦を行う。

 

村雨「ほら五月雨、遅れないの!」

 

五月雨「は、はいぃ!」

 

少し距離を置いて第二駆逐隊の2隻が、再布陣と短時間の援護砲撃を繰り返す。

 

そしてそれを支援し砲撃戦を展開するのが

 

陽炎「はぁ~、派手に暴れてるわねぇ・・・。」

 

第十八駆逐隊である。

 

黒潮「雪風って、あんな大胆やった?」

 

不知火「少なくとも以前までは、あんなアグレッシブな戦い方はしてませんね。」

 

霞「どれだけ接近してるのよあの二人・・・。」

 

雪風は兎も角夕立の大乱戦ぶりを初めて見る霞は驚きを隠せない。

 

陽炎「あぁ、夕立あれが普通だからね・・・。」

 

不知火「そして損傷して帰って来るか、その援護をやるのも私達の仕事という訳です。」

 

霞「はぁ・・・世話の焼ける子・・・。」

 

言い得て妙である。

 

タ級elite「クソッ――夜ナラバト思ッタガ・・・甘カッタカ・・・。」

 

壊滅しつつある敵艦隊の中心で、旗艦であり最初の一打を叩きこんだタ級eliteは、余りにも大きな誤算に唇を噛み締めていた。

 

「――――!」

 

タ級elite「逃ゲハシナイ。私ハココデ責任ヲ負ッテ死ンデユク。」

 

「ッ―――」

 

タ級elite「オ前達ハ逃ゲロ、恰好ガ悪クテモナ。」

 

「―――。」

 

配下にいた深海棲艦の脱出の進言を退け、僅かばかりの手勢を率い前線へ向かうタ級elite。その意志は明確であった。

 

 

 

陸奥「敵艦隊が転進している!?」

 

その報が戦艦部隊に入ったのは、2月20日0時37分の事だった。

 

扶桑「どちらへ?」

 

高雄「“こちらを無視し、応射しつつまっすぐ海峡へ。”」

 

日向「成程、1隻でも多く逃げ出そうと言う事か。」

 

そこへ第五航空戦隊から通信が入る。

 

龍驤「“ごめん、やってしもうた・・・。”」

 

扶桑「龍驤さん、どうしました?」

 

 

 

4分前―――

 

 

龍驤「艦載機収容完了や! 急いで次の攻撃隊を―――」

 

千代田「龍驤、雷跡ッ!!」

 

龍驤「えっ!?」

 

 

ドオオオォォォォーー・・・ン

 

 

龍驤「くああっ・・・!」

 

千歳「龍驤ッ!」

 

龍驤「こりゃ、まずいでぇ・・・。」

 

千代田「付近に艦影はない。まさかっ、潜水艦―――!?」

 

それは、先刻まで散々警戒し続けた、空母にとっての最悪の敵であった。

 

 

 

扶桑「・・・そうですか、分かりました。航空攻撃を中止、こちらへ合流してください。」

 

千歳「“了解。”」

 

五航戦からの通信が切れると、扶桑の顔に深刻そうな表情が浮かぶ。

 

扶桑「これ以上ここに留まるのは、危険かもしれませんね・・・。」

 

伊勢「そうね、潜水艦だとすると・・・。」

 

日向「この周辺海域から敵の潜水艦が集まってきかねないな。」

 

陸奥「そうなったら大変だわ、どうする?」

 

扶桑の腹の内は決まっていた。

 

扶桑「・・・引き揚げましょう、全艦に集結の指示を。適宜援護します!」

 

陸奥「OK。」

 

伊勢「了解!」

 

その眼前では、敵艦隊が振り向きもせず、戦艦部隊の前を横切る形で遁走を図っていた。

 

 

 

夕立「急がなきゃ・・・。」

 

後退命令が出た直後、夕立は敵中から強行突破を試みていた。

 

夕立「邪魔、っぽい!」

 

 

ドオォォン

 

 

ヘ級「ギャオオオ―――ッ!」

 

夕立「むー、少し深入りし過ぎたっぽい・・・?」

 

タ級elite「随分派手ニ暴レテクレタヨウダナ。」

 

夕立「―――!」

 

背後からの殺気に夕立は振り向きざま主砲を構える。

 

夕立「・・・あなたが旗艦っぽい?」

 

タ級elite「ゴ明察。」

 

夕立「なら、沈んで貰うっぽい。」

 

夕立の鋭い眼光が迸る。

 

タ級elite「宜シイ。我ガ同胞達ノ離脱ノタメ、暫シ付キ合ッテモラウゾ!!」

 

タ級も武装を構える。

 

夕立「はああああああ!!」

 

タ級elite「オオオオオオオッ!!」

 

両雄、雌雄を決する為砲門を開いた―――

 

愛宕「敵艦隊の一部、突出してくるわ!!」

 

扶桑「“なんですって――!?”」

 

同じ頃、敵旗艦直隷の部隊が、無謀な突撃を開始していた。

 

愛宕「敵は戦艦が大半だけど、後退中の今の態勢じゃ支えきれないと思うわ。」

 

扶桑「“了解、援護します。”」

 

 

 

陸奥「測距、諸元よし。てーっ!!」

 

 

ドオオオオオォォォォーー・・・ン

 

 

伊勢「味方を逃がす盾となるつもりね、あれは。」

 

日向「まぁ、そうなるな。だが―――だからと言って容赦はしない。」

 

伊勢「勿論。ここで沈めないと。」

 

第一艦隊も第四・七戦隊と戦艦部隊がこれに応対する。

 

扶桑「向かって来るなら、容赦はしません!!」

 

扶桑の10門の主砲が、今閃光を放つ。

 

 

 

提督「やはり、損傷艦が出たか・・・。」

 

大淀「山城は大破し、第八駆逐隊の随伴で現在タウイタウイへ向け後退中、龍驤は敵潜の雷撃を受け中破、五航戦は旗艦が航空戦続行不能となり、また護衛無しでは危険と判断したとのことで、第二戦隊と合流しています。」

 

陸奥からの戦況報告を直人が受け取ったのは、0時54分の事であった。

 

提督「そうか、ではそろそろ潮時だな、第一艦隊全艦へ撤退命令を。」

 

大淀「直ちに。」

 

大淀が退室すると、直人は一人憮然とした顔になっていた。

 

提督「遭遇戦とはいえ、窮鼠と化した敵の底力を見せられた訳か。これはある意味で一杯食わされたな。」

 

直人は後にこれと同じような内容で、今回の一連の海戦――バンタム湾夜戦を振り返ったという。

 

 

 

夕立「はぁ・・・はぁ・・・」

 

タ級elite「―――見事ダ、艦娘・・・」

 

 

バシャアァァァーーン

 

 

 

神通「“敵艦隊は可能な限り沈めはしましたが、一部には逃げられました。”」

 

扶桑「そう、分かったわ。」

 

陸奥「司令部より撤退命令を受信。終わりね。」

 

扶桑「・・・分かりました、では、帰るとしましょうか。」

 

伊勢「―――そうね。」

 

日向「結局、目的は果たせなかったか・・・。」

 

 

 

2月20日午前1時18分、撤退命令に基づき各艦は戦闘を停止、集結の後撤退した。

 

 

深海棲艦、極東方面連合艦隊の残存戦力は、その8割強を喪失しながらも一部がインド洋への脱出に成功した。これを阻止すべく奮戦した第一艦隊も、相応の損害を被り、当初の目的を達する事が出来ぬまま帰途へ就く事になった。

 

直人にしても参加艦娘達にしても、無念の臍を噛んだ事は確かだったが、大本営からの指令はあくまでも打診の体裁をとったものであったことで、直人にして見ればその敵艦隊が主目標で無かったこともありそこまでの落胆はないのだった。

 

 

 

提督「ふああ・・・あぁぁぁ~~~・・・。」

 

何分夜中である為大欠伸をかく直人、因みに時刻が1時26分を少し回った所である。

 

大淀「お休みに、なられますか?」

 

提督「そうだな。戦いも終わった事だし、なにせ寝ている所を叩き起こされてしまったしな。」

 

大淀「そ、そうでしたね・・・では、この場はお任せ下さい。」

 

提督「分かった、それじゃぁ寝直すとするよ、おやすみ。」

 

そう言って直人が自室へと戻る。

 

明石「・・・まぁ、眠いですよね・・・。」

 

と、同席していた明石が言う。

 

大淀「明石さんは寝なくてもいいのですか?」

 

明石「あ~、まだやること盛りだくさんだしねぇ~、細かい所を調整しなきゃ。」

 

大淀「余りご無理はされないで下さいね?」

 

明石「分かってますよ~。」

 

と言いながらカフェインドリンクを一気に呷る明石。眠気を覚まして明石も退室した。

 

大淀「・・・はぁ。まぁ、何もしてないよりは、マシでしょうけど・・・。」

 

一人残された大淀はその場を掌握して、直人が起き出すのを待つのだった。

 

 

 

夜が明けて2月20日午前9時30分、直人が漸く戻ってきた。

 

 

キィィッ

 

 

提督「おはよう、大淀。」

 

大淀「あ、おはようございます。お食事はお済みですか?」

 

提督「食事は部屋で食べてきた、引き継ぐよ。」

 

大淀「はい。」

 

そう言って直人が自分の立ち位置に就く。

 

提督「さて、現在の状況は?」

 

大淀「報告します。」

 

直人が求めたのは全戦域の情報の統括であった。無論青葉の協力があった事は無視してはならない、故に相応の情報は集まっていた。

 

大淀「まず北方海域についてですが、2月4日以降活動を開始しているキスカ島駐在の前哨警戒基地は今の所整備が進みつつあるそうです。現在のところ既にSTOL機用の900m滑走路の造成は終わっており、現在1900mの滑走路を造成中とのことです。」

 

提督「幌筵艦隊も、まずまず仕事はしているという訳だな。北方海域は他に変わった所は?」

 

大淀「特に見受けられないそうです。続いて南西方面ですが、我が第一艦隊のバンタム湾夜戦に先だって行われていた、リンガ艦隊によるアンダマン海方面への攻勢により、マラッカ海峡の制海権をほぼ完全掌握したとの報告が入りました。」

 

この攻勢についてだが、2月18日から19日夕刻にかけて、リンガ泊地艦隊の北村海将補独自の発案による単独攻勢が決行されており、これによってマラッカ海峡への圧力を、一時的でこそあるが削ぐ事に成功したのである。

 

本来ならこの攻撃に前後して、横鎮近衛艦隊による突入作戦が敢行される筈であったが、何度も言う通り突入前の往路の時点で敵と交戦した為失敗に終わっている。

 

提督「それは吉報だな、それで他に成果はあったか?」

 

大淀「はい、その攻勢成功に伴い本日夕刻までに、マラッカ海峡北部、マレー西岸ペナン島に、リンガ泊地にいる通信隊から1個中隊が分遣されて、通信隊として駐屯するそうです。」

 

提督「予定通り、と言う事か。西方海域に関しての情報は?」

 

大淀「不明な事は多いですが、どうやらアンダマン海方面から逆侵攻を企てているようです。しかし少し及び腰になっているようで、様子見というのが現状のようですね。今回の戦いで失った戦力の補充をするつもりでしょうが。」

 

提督「まぁ、そうなるだろうな・・・中部太平洋方面はどうか?」

 

これは直人が最も気にする懸案事項である。

 

大淀「トラック方面は一時期が嘘のような平静ぶりです、最近は偵察飛行もまばらになってきていますし、こちらは警戒する必要はないと思われます。ウェーク島は徐々に防備を強化している様で、容易には近づきがたいそうです。」

 

提督「そうか・・・そうだろうな。これだけこちらが動いているのだから、その動きを警戒するのは至極真っ当な判断だな。」

 

大淀「報告は以上です。南方海域に関しては今回情報らしいものがありませんでした。」

 

提督「それはそうだろう。ラバウルへの航路さえ安泰とは言い難いのだしな。」

 

これは無論トラック諸島が敵中にある事が主要因である。

 

この島々は大環礁であり、尚且つ確保すれば中部太平洋海域の航路保全を半ば保証される位置にあると言っても過言ではない。しかしここは現在敵の棲地と化している為、迂闊に攻め難い情勢下にある。

 

提督「いずれ余裕が出来たら、トラック諸島方面へ鈴谷も使い攻勢に出てもいいやもしれん。そうすれば予定されている小澤海将補の高雄基地艦隊が移転する事も出来る、尚且つ、中部太平洋航路の安全性も高められる、一石二鳥とはこの事だろう。」

 

大淀「棲地に対する攻勢を、お考えなのですか!?」

 

そのアイデアに大淀が驚きの声を上げる。

 

提督「そうだよ? 我々には曲がりなりにも棲地攻撃には一定の実績がある。心配はいらないさ。」

 

大淀「そ、それは、そうですが・・・。」

 

提督「・・・その様子は、この策には反対かな?」

 

大淀「そうではありません、ですが・・・」

 

語尾を濁す大淀。

 

提督「――言いたい事ははっきり言え、大淀。俺はまどろっこしいのが嫌いだ。」

 

と言い放つ直人である。

 

大淀「は、はい、失礼しました。私が懸念しているのは艦隊への損害です、リスクが大きいのではないでしょうか?」

 

提督「やるとすればその程度の事は織り込んでやるに決まっているだろう、今更言わせないでくれ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

まだやると決めた訳ではないにせよ、メリットとデメリットは全て考慮した上で行動するのが、彼の鉄則だった。それ故大淀の懸念は杞憂ではないにせよ、それを念頭に置く直人にとっては無用の心配であった。

 

 

これは余談ではあるが、高雄基地の艦隊とその司令部は、トラック島(チューク環礁)の制圧が為された場合早急に移転する予定になっていた。無論現状では『捕らぬ狸の皮算用』になっていた訳だが、後にこれは成就する事になるのである。

 

 

 

2月23日16時27分、第一艦隊は大破した山城を取り囲む形で護衛しつつ、やっとマリアナ諸島近傍へと戻ってきていた。

 

タウイタウイ泊地でどうにか航行可能な状態に戻しての事だった為でもあるのだが。

 

陸奥「やっとグァムが見えたわね・・・。」

 

扶桑「えぇ・・・。」

 

神通「山城さん、大丈夫ですか?」

 

山城「え、えぇ。もう少しね。」

 

神通「はい、もう少しです。」

 

山城は損害状況をチェックした結果、被弾した左側の3連装砲はジョイントごと全損、誘爆を起こした連装砲は砲身折損の上駆動不能という状態であり、戦闘力を半減していたが辛うじて脚部艤装はほぼダメージが無く、従って補修のみで済んだのだ。

 

酷かったのは雷撃を受けた龍驤で、被雷本数こそ1本のみだったが、左脚部艤装半壊という痛手を被っていて、応急修理でも一応航行出来る程度という有様だった。

 

龍驤「まぁ、お互い助かりそうで、良かったなぁ。」

 

山城「えぇ、そうね。」

 

ただ龍驤本人は怪我が軽かったおかげで自走可能であり尚且つピンピンしていた。(山城も至近で主砲塔誘爆のショックを受けといて大した怪我が無かったのは幸いであったが、それでも背中にやけどと裂傷を負っていた。)

 

夕立「くたびれたっぽい~。」

 

一方前線で最も激しく戦った夕立は、最後にやり合ったタ級eliteとの戦いで主砲の砲身を片方折られ、左魚雷発射管も全損していた。服も至る所ボロボロで煤けていた。ただこちらも破片により出血数カ所のみの軽い切り傷を十数カ所に負った程度であった。

 

霞「あんなにボロボロになるまで無茶しちゃって・・・。」

 

陽炎「でも止めると夕立らしい戦い方は出来ないしねぇ。」

 

読者諸兄は既にお気付きの事と思うが、夕立のスタイルはとかく猪突一本(=勢い任せ)なのだ。これまでもそれを全体の一部に組み入れる直人の采配が見事であっただけなのだが、今回は偶然この程度で済んだだけの事である。

 

黒潮「でも雪風があないな戦い方するとは思わんかったで?」

 

雪風「その、夕立さんが突進していったので、出来るだけ近い所で援護しようと思いまして。」

 

黒潮「あぁ、成程なぁ・・・。」

 

そう考えると今回の夕立小破止まりは雪風のアシストのおかげだったのかも知れなかった。

 

朝潮「・・・? 水上電探感あり、12時方向、数1、距離約2万2000!」

 

朝潮の通報でそれまでの場の空気が一挙に緊張する。しかし次の言葉でその緊張は疑問へと姿を変えた。

 

朝潮「――但し、深海棲艦にしては“大きすぎます”・・・識別指標に一致ないし類似無し、なんでしょう、これは・・・?」

 

その反応の大きさが深海棲艦のそれではない、識別データに類似も無いとなると、むしろ謎になって来るのがその正体であろう。

 

扶桑「と言う事は、深海棲艦ではない・・・?」

 

陽炎「えぇ・・・?」

 

陽炎が思考を巡らせるがどれも一致を見なかった様で渋面を作る。

 

神通から通報があったのはその時だった。

 

神通「――12時方向、艦影視認! 真っすぐこちらへ向かっています!」

 

扶桑「!」

 

その声で扶桑もその艦影に気付いた。此方に向かっているのが分かるのに少し時間を要したが、その艦影は徐々に大きくなっている。

 

神通「レーダーに映っているのはあれで間違いないですか? 朝潮さん。」

 

朝潮「はい、間違いありません。あの艦影以外に対水上電探にかかるようなものは、何も。」

 

その点に関して朝潮は確信を持って断言できるのであった。

 

伊勢「成程、民需用の船舶か・・・。」

 

わざわざ最初から、軍用でも民需用でも護衛対象でない限り、船舶の識別データは入れる事が無い為この伊勢の推測は的外れではない。

 

伊勢「でも、それだと不味くないかい?」

 

陸奥「確かに、目撃されるのはね・・・。」

 

そう、彼女らの作戦行動は表向きには無かった事になっている。そして近衛艦隊の曖昧さやその存在そのものが秘匿対象であることから、目撃情報が「何某艦隊の独断専行」として、要らぬ所で処断が行われる可能性も否定は出来ないのだ。

 

何せ通常航路からは遠く外れている上に作戦行動を禁じられている海域(表向きサイパン一帯は“危険”な為)であるからである。

 

扶桑「けど、躱すには近すぎるわ・・・。」

 

陸奥「・・・でも、船舶と言うにはシルエットが―――」

 

神通「前方の“船舶”より発光信号!」

 

扶桑がそれを言い終わるより先に神通の知らせが入る。

 

最上「解読、出来る?」

 

神通「少し待ってください・・・」

 

神通が目視で信号灯の明滅を読み取り、それを解読していく。

 

神通「『ワレ“スズヤ”、コレヨリ貴艦隊ヲ収容スル。』以上です。」

 

陽炎「“鈴谷”ですって!? まさか、あれはまだ建造中の筈――」

 

日向「そ、そうだ、一体どうなって・・・?」

 

陸奥「・・・?」

 

 

 

提督「機関室! 最大出力用意!」

 

機関科妖精「“了解!”」

 

機関室と念話でやり取りを行う直人。

 

明石「ちょっと提督!? まだ全速公試は――」

 

提督「今やれば宜しい! 時を選ぶより今は第一艦隊収容が先だ!」

 

明石「やっぱりそうなりますよね・・・。」

 

局長「機関ハイツデモ全速デ回セルゾ。」

 

明石「段取りいいですね相変わらず・・・。」

 

もう諦めモードの明石。

 

提督「はっはっはっ、まぁそう言うな、折角のお披露目ついでの外洋航海だ、派手にやらんとな?」

 

鈴谷「そうそう、張り切ってやっちゃいましょ?」

 

提督「そゆ事、鈴谷、対空火器の管制任せるぞ。」

 

鈴谷「はいはい♪」

 

そんなやり取りを交わす二人だが、お互いに自身を囲む様に光の帯の輪――艦艇指揮管制モジュール――を展開していた。鈴谷がそのサークルを使い対空機銃座に指示を飛ばす。直人は機関室へ全速航行の指示を詳細に出していく。

 

そのサークルデバイスの各所には、その元の技術の残滓を残すかのように、ヘキサゴンの意匠が浮かんでいた―――。

 

提督「しかし初の外洋航海が艦隊の収容とはな。全く想像して無かったが。」

 

大淀「私だって数日前まで予想だにしませんでしたよ・・・。」

 

そう、鈴谷は既に竣工していたのだ。4日前の2月19日、重巡鈴谷はその艤装を完全に終え、その壮麗な姿を再び蘇らせたのだ。その姿は明石や夕張が鈴谷型の図面と睨み合いを重ね、苦心に苦心を払って図面を引いて忠実に完成させた、横鎮近衛艦隊技術関連部署の持てる技術の結晶であった。

 

そして鈴谷も2月21日に第一水上打撃群と共に帰陣し、2月22日の昼過ぎに、竣工此の方公試航海に出ていた直人からの連絡で、重巡鈴谷に乗艦していたのだ。

 

提督「さぁ、では始めようか! 最大船速、針路180度! 艦尾両舷ハッチ開閉準備、右舷側のみ収容準備だ、短時間で収容を完了させるぞ!」

 

妖精達「“了解!!”」

 

念話で(この場にいる全員が聞こえているが)快活な返事が返ってくる。もう念話を受け取るのは連山改を手に入れて此の方慣れっこである。

 

これまで鈴谷の帰陣と第一艦隊の帰還予定時刻を待って全速公試はまだやっていなかった。しかし最早、それを行うのを妨げる理由は最早ない。

 

提督「全く、良い船を作ってくれたよ、お前達は。」

 

明石「いえいえ、提督の為ですから!」

 

夕張「そうそう、もう少し頼ってくれてもいいんだから。」

 

局長「仕事ニ妥協ハシナイカラナ、当然ダナ。」

 

そうこう言っている内に30ノットを超える。

 

鈴谷「おー、懐かしいねぇ、この感じ。」

 

スペシャルサンクス乗艦枠鈴谷もご満悦である。

 

提督「おっと、最大速力―――」

 

いよいよ船の命、速度性能が出る時がやってきた。居合わせた4人はそれを固唾を飲んで待つ。

 

提督「―――37.1ノット!」

 

局長「フッ。」

 

夕張「よしっ!」

 

鈴谷「嘘ォ!? 往時の私より速いの!?」

 

※最上型は当初37ノット出るよう設計されていたが、最上と三隈は第四艦隊事件後改修を施す為ドックインした結果速力が落ち、鈴谷と熊野はそれを設計改正として建造時に取り入れている為、最上・三隈と異なり最初から35.5ノットとなっている。(最上と三隈もほぼ同じ速力)

 

夕張「どうです! 横鎮近衛式1号艦艇用艦娘機関の性能の程は!」

 

提督「・・・あぁ、正直に凄い。思ってたより1.6ノット優速とは思わなかった。」

 

仮通称「横鎮近衛式1号缶」と呼ばれるこの機関は、夕張と局長の合作である。

 

夕張「そうでしょう? 今回は16万2000軸馬力4軸推進ですが、この機関は出力制限リミッターで定格の8割に抑えてあるんです。」

 

提督「・・・と言う事は、リミッター外すとどうなるんだ?」

 

夕張「20万2500軸馬力で39.4ノットになります。」

 

提督「・・・並の駆逐艦よりもずっと速いじゃねぇかそれ。」

 

それだけ出せる巡洋艦があるなら十分化物だが、リミッターで制限している為最大出力は出せないという。

 

夕張「まぁこれだけ速度が出てしまうと、造波抵抗との兼ね合い上旋回半径が大きくなってしまうというのが、リミッターを掛けた理由です。」

 

提督「それはまぁそうだな、配慮に感謝しておこう。」

 

夕張「いえいえ、なんてことありません!」

 

旋回半径の大きさは、大きく高速な艦艇程大きくなる傾向にある。同じ高速艦艇でも球磨や阿賀野と駆逐艦とでは旋回半径がまるで違うと言う訳だ。これらと金剛型やアイオワ級と比較すれば、高速戦艦の方が明らかに大きい半径で回る事になるのだ。

 

提督「しかしたった9500馬力の向上で1.6ノットも上げるとは、どんな手品を使ったんだ?」

 

明石「それは私から、鈴谷型では建造途中に最上と三隈で行った改正を取り入れて建造されている為、少なからず非合理的な構造になっていたものを修正し、且つ装甲配置を再検討の上、艦娘運用を行う分には不要となる余分な居住区画などを取り払い、浮いた重量を改正前の最上型で不足していた強度補填と装甲に充て、構造の合理化を行った結果、速力の向上を達成しました。」

 

ついでに言うと、艦娘機関は煤煙を発生しないため煙路等の機関用の排煙/吸気機構も無いので、前檣楼周りが幾分すっきりしており、浮いた重量とスペースは別の設備に充てられている。その上この鈴谷は元の鈴谷型と異なり、1番砲が元より少し前にずらされているのも相違点である。

 

提督「と言う事は内部は結構がらんどうなのか。」

 

明石「そうですね、その分拡張性は抜群です。」

 

提督「成程ね。」

 

因みに改鈴谷型(伊吹型)重巡もこれと似た様な船体構造の合理化などを始め様々な改修を行った巡洋艦となる予定であったらしい。戦局悪化でお釈迦になってしまったとはいえ・・・。

 

取り敢えず言えるのは、設計は鈴谷型にほぼ準拠しているが細部の外観が異なる点と、煙突はダミーである事であろうか。(但し発煙装置をダミー煙突内に取り付けた為煙幕展開は可能。)

 

あと一つ、中身は全くの別物である。

 

鈴谷「第1艦隊との距離5000だよ、提督!」

 

提督「おぉ、そうだな。減速だ、スクリュー反転両舷後進一杯! 15ノット割った辺りで前進微速に入れるぞ。」

 

鈴谷「はいよっ!」

 

直人と鈴谷の息はピッタリであった、機関出力を一気に落とした事で推力を失った1万2000トンの巨体は、一気にその速力を落としていく。

 

 

 

陽炎「お、大きいわね・・・。」

 

すぐ近くまでやってきた鈴谷を見て言う陽炎。

 

最上「水線長197.0m、最大幅19.0m、喫水5.5mで排水量約1万2000トン、と言うのが、私たち最上型の最終スペックだったからね。」

 

このサイズは水線長116.2m・最大幅10.8m・喫水3.76mと、並べてみると親子程も違いのある艦隊型駆逐艦であった陽炎からすればまぁ至極当然であろう。計画数値上の基準排水量でたった2000トンの小艦である。

 

最上「まぁ最初は8500トンで収まる筈だったんだけどね。設計ミスで1000トン増えた上各所に強度上の問題が見つかっちゃったりして、改正や小改修を重ねた結果1万2000トンまで膨れ上がっちゃったんだ。」

 

因みに最上型も対外的には排水量を詐称しており、1万2000トンの所計画数値通りの8500トンと公表していたそうな。

 

陽炎「第四艦隊事件があったとはいえ、大掛かりな改修をしたのねぇ。」

 

最上「まぁ、そうなるのかな? ハハハ・・・。」

 

因みに明石や夕張が鈴谷型の船体構造を合理化することが出来たのは、ガンルーム(士官室)一本で兵員居住区の大部分を省略出来たこと等もそうだが、排水量の縛りが無かった事が最大の要因である。実際横鎮近衛艦隊造兵廠製の鈴谷の排水量は、基準排水量で1万1700トンと多少減ってさえいる。

 

最上「しっかし、15.5cm3連装砲かぁ。私達と同じ砲だね。」

 

熊野「そうですわね。」

 

艦首側3基9門の15.5cm砲は、夕暮前の日差しで仄かに色づいていた。

 

 

 

提督「速力7ノットになったな。ハッチ両舷開放! 収容急げよ!」

 

距離1500の段階でハッチ開放の指示を出す直人。相対速度的に考えうる最適の距離である。相前後して、艦尾第4砲塔直下の舷側両舷にあるハッチが外側に倒される形で開き、水平まで倒されると右舷側のみハッチ内壁の一部がせり出してスロープとなる。

 

左舷側はバランスを取る為に開いただけである。

 

鈴谷「い、色々仕込んじゃってまぁ・・・。」(゚Д゚;)

 

そう、色々仕込んじゃった☆

 

局長「マァ、ゴ希望ニ添エタヨウデナニヨリダッタガナ。」( ー`дー´)キリッ

 

提督「俺も最初やってくれるとは思わなかったよ・・・。」(・ω・;)

 

まーた局長が何かをやらかしたらしい。

 

提督「さて、収容作業が始まるな。」

 

誰にともなく、直人がそう告げるのと前後して、スロープの方に第1艦隊の艦娘達が集まり出していた。

 

 

 

最上「あちゃー・・・これは局長派手にやったねぇ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

熊野「まぁ、艦娘運用母艦、と言うべき船でもあるでしょうからある意味当然かもしれないけれど―――ここまでしますのね・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

最上と三隈もこの反応である。

 

陸奥「お気持ちお察しするわ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

揃いも揃って呆れと苦笑の入り混じったような複雑な心境であった。

 

 

 

伊勢「へぇ~、これは便利だねぇ。」

 

最初にスロープに辿り着いた伊勢はその凝りように感心した。スロープは艦娘二人を余裕を持って同時展開/収容出来るだけの幅があり、収容時には足幅に合わせて据えられたベルトコンベアが稼働する仕組みである。ここに乗り上げれば簡単にスロープ上に上がれると言う寸法だ。

 

射出時のギミックはまぁ次の機会にでも紹介する事としよう。

 

日向「そうだな、コンベアーがあるとないとではスロープへの上り下りのしやすさが違う。」

 

これはまぁ当然な話で、微速航行中の艦のスロープに、相対方向から何もなしでガッツリ行ったら躓いてつんのめる未来しかないのだ。この辺りを配慮して局長が付けたものであろう。

 

朝潮「今の技術はここまで進歩しているのですか・・・。」

 

伊勢「流石に局長だけの持ちネタだと思いたい。」

 

朝潮「で、ですよね・・・。」

 

伊勢さん、御名答である。正確にはそんな突飛なアイデアを出せる奴がいないのだが。

 

提督「“ハイハイ後がつっかえるから出撃待機所入ってから会話してどうぞ~。”」

 

伊勢「あ、ごめんなさい。」

 

日向「フッ、まぁ取り敢えず、中へ入ろうか。」

 

朝潮「ですね。」

 

 

 

提督「まーったく、人が目を離せばすぐこれだからな・・・。」

 

直人、指揮用サークルデバイスを展開したまま羅針艦橋甲板の後部にある右舷ウィングブリッジから、双眼鏡で収容作業を見守っていたので、その様はありありと見て取れたのだった。

 

鈴谷「まぁまぁ、いいんじゃない? 帰ってきた時位はさ。」

 

提督「う・・・そう言われると二の句もないな。」

 

些か失言だったと反省するのであった。

 

提督「さて、出迎えに行きますかね。鈴谷、全艦の制御頼むわ。取り敢えず司令部に戻ろう。」

 

鈴谷「了解、全艦の制御、掌握しま~す。」

 

直人はサークルデバイスで鈴谷に制御を委譲してデバイスを消す。

 

提督「しっかし便利だよなぁ。使えさえすれば簡単に操縦出来るんだから、この方式は。」

 

鈴谷「そうだねぇ~。」

 

明石「あの時に貰っていた技術が役に立ってよかったです!」

 

提督「そうだな、その辺りは流石明石だ。技術交流をやっていたとは。」

 

この鈴谷の艦艇制御モジュール――早くも“サークルデバイス”の通称が使われ出していた――は、厳密に言うと各部への指示を送る為のものだが、実は霧の艦艇の技術を流用して開発されたものなのだ。霧の艦艇制御方式を通常艦艇に適用出来るよう、妖精達への伝達系統にしたと考えればよい。

 

この技術をこっそりヒュウガから受け取っていた明石の手腕は流石と言えるだろう、霧の遺産の力は絶大であった。

 

提督「んじゃ、会議室まで行ってくるよ。彼女達には妖精さんを通してそこへ来るよう案内してもらってる筈だから。」

 

鈴谷「いってらっしゃーい。」

 

そう言って直人は羅針艦橋の後ろにあるエレベーターに向かう。この場所は休憩室と上部艦橋配電室のある場所だが、配電室と休憩室の一部をエレベーターに仕立てたのだ。前檣楼は作戦室等一部の区画が作られていない為、こうしたことが出来た訳である。

 

なお前檣楼の配電室は羅針艦橋直下の元々発令所のあった場所の後部に一括に配置されている。なお内部は一種の空間装甲化されているため被弾でも安心である。(確約するとは言っていない。)

 

 

 

この艦の会議室は後檣楼直下の下甲板にある。因みにその真上の中甲板には艦載機の格納庫があり、艦尾両舷のハッチも出撃待機所と一体化する形で下甲板に設けられている。

 

全速公試ついでに艦隊を回収した重巡鈴谷は、鈴谷操艦の元北へ針路を変え、サイパン島へ14ノットで巡航していた。その時直人はその会議室にいたのだった。

 

提督「皆、今回はご苦労だった。今後の予定については追って指示するので、まずは休息を取って貰いたい。」

 

扶桑「分かりました。」

 

提督「山城の艤装については母港にて修理を行う。負傷した者は後で医療科に出頭するように。今の所指示は以上だ。ゆっくりと次の作戦に向け英気を養ってくれ。」

 

陸奥「次の作戦、ね・・・。」

 

提督「内容は言うまでもないな? と言うか言わせてくれるなよ?」

 

陸奥「えぇ、そうね。」

 

提督「このまま負けっぱなしで終わらせはせん、そこは安心して貰いたい。それでは母港に帰投次第下艦しておくように。解散。」

 

28人「はい!」

 

 

 

今の言にも見られた通り、直人はこのまま引き下がるつもりはなかった。むしろ次で目的を達すると息巻いてさえいたのである。当然プレゼンの内容を検討しなくてはならなかったが、特に今の直人に苦になるような作業でないことは明白である。

 

 

 

17時41分、鈴谷は司令部裏の停泊用ドックに接岸した。無論タグボートでだが。

 

提督「ふぅ~、公試終了っと。」

 

タラップを降りながら一息つく直人。

 

金剛「提督~ゥ! お帰りデース!」

 

とそこへ熱烈お出迎えの艦娘が一人。

 

提督「ただいま、金剛。留守番させて悪かったな、今度じっくり艦内案内するから。」

 

金剛「ノープログレムデース、いつでもいいですからね?」

 

提督「そ、そうか、そう言ってくれると助かる。」

 

思わぬ一言に面食らいながら平静を装う直人。今すぐ案内しろと請われると思ったからだ。

 

提督「んじゃ、中に戻ろう、そろそろ涼しくなるしな。」

 

金剛「そうしまショー。」

 

そう言って金剛は直人の手を繋いで歩き出す。直人もそれに乗ったのだが金剛が多少強引だった感じはあったのだった。

 

 

 

鈴谷「おー、お熱いお熱い。」←タラップの上から見下ろす

 

 

 

青葉「むー、熱愛報道と騒ぐには決定打に、ムグムグ」←クレーンの上からカメラ向けかける

 

比叡(ジーッ・・・)←青葉ガン見

 

 

 

まぁ、色んな艦娘達の思索は兎も角としても、第一艦隊の出撃と、第一水上打撃群の遠洋航海演習、重巡鈴谷の公試運転は無事に終わった。

 

この3つの事が、後の戦局をどう左右するかは提督の彼次第である事はひとまず事実であった。が、当座の課題は、大本営に何と言うかであったのだった。

 

2053年は未だ2月半ばを過ぎたに過ぎず、その前途は未だ多難であった―――。




艦娘ファイルNo.89

千歳型水上機母艦 千歳改

装備1(12):零式水上偵察機
装備2(6):瑞雲
装備3:12.7cm連装砲

本人の自称通り日本初の水上機母艦。但し前提があり、「日本初の“最初から水上機母艦として設計”された」艦としては初の艦。
改として着任すると言う特異点を抱えているが能力に特に遜色あるかと問われればない。


艦娘ファイルNo.90

海大六型a一等潜水艦 伊168

装備無し

日本で建造された潜水艦でも優秀な部類に入る海軍大型潜水艦六型aの第一艦、最初の艦である事から「伊一六八型」とも呼ばれる。
提督の間ではイムヤの愛称でお馴染みであろうが、艦これに登場する潜水艦最高齢と言う潜水艦の中では老齢艦。(やめい)
浮き輪があるから潜り難そう? そうだよ急速潜航は苦手だよ。(元々)


日本の潜水艦あれこれ

何? 日本の潜水艦はやかましいだと? ドイツと比べてだろしかもあいつら狭いとこでしか動かんし。でもそれが発展した結果静粛性の高い航洋型潜水艦が出来たって考えりゃ確かに凄い。
第一、航続力増やす為にエンジンは水上用ディーゼルなんだよォ! 水中はモーターだから勘弁してくれ・・・てか米潜水艦も太平洋で動き回る為に大型大騒音の潜水艦なんだよなぁ・・・。
まぁいい訳にならんけども。(独潜と比べると日米潜水艦はドラム缶打ち鳴らして潜ってるのと一緒とのこと)
―――ほ、ほら、日本の魚雷は世界一だから、ね?(潜水艦用酸素魚雷である九五式魚雷は偉大)
え? アメリカには磁気信管があるって? ・・・ほら、初期不良が極秘扱いで解消されずWWⅡ突入してから慌てて改修してたから・・・(でも後期には完全に治していた、閑話休題。)

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