異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録 作:フリードリヒ提督
序章 伝説の始まり
1
2052年4月2日、横浜南方沖 海上保安庁所属哨戒艇「はつはる」
―――青空の広がる海原を、真っ直ぐ北へと向かう白い1隻の小型船。
「その男」はそのまことに小さなブリッジに佇んでいた。
まだ二十歳そこそこの男はこの哨戒艇「はつはる」の艇長である。
黒髪のミディアムエッジという髪型に、髪の色と同じく澄み切った黒い眼、自信たっぷりに微笑を浮かべる唇と、スマートな顔つき、少々釣り目気味の眼光に釣られてつりあがったちょっと細めの黒い眉、端的に言っても悪くない顔立ちと言えるだろう。
「航海士、あとどれ程で横浜に着く?」
その問いかけに初老の顎鬚を蓄えた男が、若く活力に溢れたその声に応ずる。
「はっ、あと1時間足らずです。艇長殿。」
その航海士は、少々おだてた調子でそう言う。
「そうか・・・。」
艇長の青年は艇の前方を見据えてそう答えた。舳先の向こうには浦賀水道が、いつもと何ら変わらぬ様子で彼らを出迎えていた。
「そう言えば航海士は、艦娘とやらについてどう思います?」
ふと思った青年は航海士に尋ねると、航海士は少し信じられないと言った顔で答えた。
「はぁ・・・初めはどこからともなく流れてきた、狂言とでも思っていましたが、事実のようですな。例の法案も、衆議院に提出されたと言うニュースは珍事扱いでしたが、成立した位ですから。」
艇長「そうだな・・・。俺はまだいまいち信じられんが―――」
「敵襲ゥー!!」
言葉を遮る形で突如見張りの一人が敵襲を告げる。
「方位と距離知らせ!!」
艇長が慣れた様子で素早く指示を出す。
「右舷後方、距離約7千、向かってくる!!」
艇長「すぐ陸(おか)に連絡しろ!『我、深海棲艦の追尾を受く、救援を乞う』とな!」
「はい!」
命じられた茶髪の若い通信士が通信機に取り付いた。
艇長「敵はどこだ?」
見張り「あそこです!」
指を指された方向に自ら双眼鏡をのぞき込む艇長。彼は目には自信があるのだ。
艇長「敵は・・・イ級
通信士「はっ!」
航海士「どうします、本艇は自衛用の武器以外、何も装備していませんよ!」
艇長「分かっているさ、取り乱しては負けだぞ。」
航海士「は、はい。」
この哨戒艇は自衛用の小銃と古びた対物狙撃銃1丁、消火活動用に使うポンプ式消火砲しか積んでいない。有態に言って攻撃能力は殆ど無いと言っていい。
この有様では横須賀や横浜にいる自衛軍が何とかしてくれるのを待つしかなく、出来る事は逃げる事だけである。とてもではないが普通銃で届く距離ではない。
「―――よし、航海士、機関全速! 急ぎ横浜防備港へ戻る!!」
「しかし燃料が持つかどうか・・・」
「やられるよりマシだ、少しでも陸に近づけるだけでもな。急げ!!」
「ハッ!」
艇長の決断は悲壮感に満ちたものだったが、彼の言葉にそれを感じさせるものは無かった。
(俺の力が通じればいいが、到底望めんだろう。奴らに効果は望み薄だと分かっているしな。幾つか通じるのを持っているが今の距離では届かんし、人目がある―――)
「総員戦闘態勢のまま待機!自分の身は自分で守れよ!」
10人に満たぬ乗組員全員が腹をくくり、小銃を手に取り万が一に備える。古びた対物狙撃銃は艇長の父親の形見であり彼の物だ。彼もそれを構え狙撃態勢に入る。曲がりなりにも、一番射程が長いのもこの銃だった。
M82A1
狙撃銃を構える艇長、彼の名こそは
彼はかつて海上自衛軍に所属し、その力量で日本を深海棲艦の脅威から救った後に、海上保安官に転職していたが、その話は追々する事にしよう。彼は特に狙撃に秀でた技量を持つことから、小銃の受領を断ってまで、親の形見として自衛官の知り合いから譲り受けた旧式の様々な銃を使い続けていた。
その内の1丁こそ、彼が今持つ銃である。
彼が艇長を務める『はつはる』は、何とか振り切ろうと42ノットと言う自慢の快足で横浜に向かって一直線に突き進む。しかし相手もさるもの、それで振り切れるほど甘くも無かった。深海棲艦の一隊は銃弾の降りしきる中を果敢に追いすがる。
水色の眼光で識別される『無印』と呼ばれる深海棲艦との距離は離れるが、敵の一団の中で唯一黄色い眼光のハ級Flagshipが猛追し、ピタリとはつはる後方1000mの位置につけ、なお迫ってくる。
「だめです! 振り切れません!!」
「このままでは・・・!」
「諦めるな、走り続けるんだ! 横浜は目と鼻の先だぞ!!」
だが、その希望を打ち砕く様に突然スピードが落ちる。急な減速に乗組員がバランスを崩す。
「なんだ、どうした!」
「ダメです、ガス欠です!」
「くそっ―――ここまでか。止むを得ん、撃ちまくれ!!」
「「はいっ!」」
ガチャガチャッと、乗組員全員が銃を構え直す。少なくなった弾倉を代え、薬室に弾丸があるかを確認する。
直人「さて、死ぬならいっちょ派手に死んでやろうか―――」ガチャッ
ダアァァァァァァーーー・・・ン
ハ級Flag「ギュアアアアアアッ!?」
直人の放った敵にとって不意の一発が、ハ級Flagの黄色の目に吸い込まれ、そのまま力尽きたように波間に没して行く・・・。
だが―――
ドガアアァァァァーーーン
「うおわっ!?」
船体が突如爆発を起こした。艇の左舷中央部に被弾したのである。
「う・・・グフッ・・・」
「萩原航海士!!」
その一撃で航海士が負傷していた。一目で見て、もう助からない事は見て取れた。
「艇、長・・・。後は・・・頼みます・・・若造、共を・・・無事に・・・陸・・・までっ・・・」ガクッ
「航海士―――萩原さん、萩原さん!!」
呼びかけても、再び声は聞こえなかった。暫しの間航海士の死を悲しむ彼ではあったが、銃声で我に返り、合掌し霊を悼むと立ち上がる。
「いやだ・・・まだ死にたくない・・・死にたくないんだぁぁぁぁ!!」ダダダダダダダダ・・・
人の死を目の当たりにし、恐慌状態に陥った若い見張りの一人が深海棲艦に向かって撃ちまくるが、狙いが甘く失速し、手前の水面に吸い込まれる。それをあざ笑うように、深海棲艦は瞬く間に距離を詰め、必中の一撃を浴びせてくる。
「燃料も無く、奴らがすぐそこまで迫ってきている・・・ここまで、だな。」
この場合彼の判断は正しかった。
「艇長! どうしますか!」
通信士の言葉に艇長は力強く答えた。
「この船の命運は尽きた。逃げたい奴は好きにしろ、止めはせん。残る者は最後まで抵抗するんだ!」
「―――はいっ!!」
その言葉に、通信士以下覚悟を決める。例えここで艇を捨て逃げたとしても、生きたまま食われるだけだろう。彼らは手近な敵に照準を合わせ撃ちまくる。艇は急速に浸水し傾いていたが、このご時世に作られた船だ、そう容易く沈むようには出来ていない。
(まったく、考えれば生まれて22年目か、ろくに親孝行らしいこともせず短い一生だったな・・・。だが―――せいぜい派手に死んでやる!)
艇長である直人が腹をくくった・・・その時であった。
ホ級の視線が彼の哨戒艇とは別の方向を見る。
直後―――
ドガアアアアァァァァァァァーーー・・・ン
ホ級「ギョワアアァァァァァ!?」
直人「なんだ―――!?」
直人が深海棲艦の向いた方向を見る。そこには思いもかけぬ光景が広がっていた。
???「全砲門、ファイヤー!!」
ズドォォォーーン
突如現れた女―――艦娘と呼称された存在によって、次々と深海棲艦が撃沈されていく。その存在について未だに半信半疑だった彼にとっては、にわかに信じがたい光景であった。存在を疑っていた艦娘が自分の目の前で敵を粉砕していたのだ、無理もない。
「すげぇ―――。」
これが『艦娘』・・・か・・・。
率直にすごいと思った。主砲発射の轟音、普通のミサイル兵器とは次元の違う威力、彼はただただ気圧されるばかりであった。そして気づけば、自分達を追い続けていた敵は、もうどこにもいなかった。ただ、かつて彼が慣れ親しんだ硝煙の匂いだけが漂っていた。
彼は認知せざるを得なかった。その凄まじい力を持つ存在、『艦娘』の存在を。
「大丈夫デスカー?」
気付くとその艦娘が艇のそばまで来ていた。
「あ、あぁ、大丈夫だ。」
「あれ? この船エンジンが・・・燃料切れとか起こしてませんよネー?」
艦娘の正確な問いに、彼は苦笑を浮かべて答える。
「ははは・・・残念ながらその通りなんだ。私は海上保安庁の者なんだが、よければ横浜防備港まで引っ張って行ってくれないか?」
「OK! お安い御用ネー!」
「ところで、君の名前は?」
「私ですカ? 私は金剛型戦艦の1番艦、金剛デース!」
「金剛か、いい名だ―――」
金剛と名乗ったその艦娘に曳航されて、彼は命からがら横浜へ帰り着くことが出来た。
だが横浜港に着いた直後、気づくと彼女の姿はなかった。
まるで狐につままれた様な話だったが、それが金剛と―――艦娘と紀伊 直人の邂逅であった。
2
横浜防備港は、深海棲艦との戦闘に備え、またシナ海航路でやってくる貿易ルートの終着点として防御設備を設置した、日本にとって非常に重要な、防備港の一つである。
陸上自衛隊が常に駐屯して、海の哨戒を海上保安庁がここを基地として行うという連携を取る事で防備に努めている状態である。
辛うじて生還した『はつはる』艇長紀伊 直人は、所属している横浜海上保安部*2に呼び出されていた。そして用件を聞くなり彼は驚いたように声を上げる。
「え? 防衛省へ行けと? 私に、ですか?」
「その通りだ。政府直々の召喚命令らしい。召喚状もここにある。」
彼の上司*3は封書を直人の方に押しやっていった。その送り主の名は「防衛省」であった。
「ですがしかし、私はもう第一戦を退いた身です。今更なぜ―――」
「その理由は分からん。」
「・・・。」
言葉を遮られた直人は困り顔になった。上司は彼の事情を朧気ながらに知る一人だったが、自身も皆目要領を得ないと言うように彼に告げる。
「何か重大な用件なのかもしれん。どの道『はつはる』も大破して修理が必要だ。兎に角明日、行ってくれたまえ。いいね?」
「は、はぁ・・・。」
頭を掻きながら直人は返事をする。彼としても要領を得ないのは当然だった。
「あぁ、そうだ。萩原航海士の遺体は遺族に引き渡しておくから、安心していきたまえ。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
そういう問題では無いのだがとは思いつつも、直人は立ち去る上司の背中を見送ったのだった。
夕刻・アパートの一室にて・・・
「うーん・・・」
直人はわざわざ政府が合法でない筈である召喚状を出してまで、自分を呼び出そうとしているのかを考えていた。召喚状を出す事は本来、法によって戒められているのだ。
「何かあるかもしれない―――か。だけどなーんでまた、退役した俺なんだろう・・・。」
知恵を絞って考えてみたが、結局答えは出なかった。彼はとっくに第一線を退いた身なのだ。その彼がその目的を推測するのは、確かに難しい事ではあっただろう。
一人暮らしの彼はその夜、いつも通りカップ麺を啜りながらテレビを見て、風呂に入って寝たのだった。
その召喚命令が、彼の運命を左右する事になるとは、この時夢にも思わないまま―――。
翌日早々に自衛官だった頃の制服を着こみ、アパートを出て車を走らせる直人。服装までご丁寧に指定されていたのである。
2052年4月3日午前11時、防衛省横浜本庁
その召喚状は防衛省―――政府直々のもので、なおかつ自衛軍や防衛省関連の施設では顔パスで通れるほどの有名人である為、召喚状1枚で防衛大臣の待つ会議室まで案内された。
「紀伊“元”三等海佐、参りました。」
「おぉ、君が噂の紀伊くんか。ま、かけたまえ。」
挙手の礼と共に申告した彼をその言葉と共に出迎えた人物は、政府の要職にある人物だ。
「では失礼して――――」
直人は大沢の正面に座ると、引っ掛かった一言について切り出す。
「ところで、私の噂と言うのは?」
「はははっ、まぁ悪口ではない。かつての君の上司が君の事を自慢しててね。自慢の部下だったとね。それで君の事も調べさせてもらった。」
破顔してからそう答える大沢防衛相に、彼は得心がいったと言う様に言う。
「成程、あの御仁ですか・・・。」
彼はかつての上司の顔を思い出して苦い笑みを浮かべる。
「して政府―――いえ、防衛大臣直々のお呼び出しとは、相当な重要事項に私をお選びに――正確には
直人は本題に切り込んでいく。
「流石、土方の言う通り聡明なだけはある、紀伊元三等海佐。では率直に言おう。君にはこれから、防衛省からの特命により、国家機密に関わるある任務に就いて貰おうと思っているのだよ。」
それを聞いて直人は首を傾げ、言葉を返す。
「お言葉ですが大臣。私は自衛軍に復職するつもりはないですよ。私はもう既に第一線を退いた身ですし、今更戻っても、面目が立ちません。」
その痛烈な一言にも動じた様子を見せず、大沢防衛相はやんわりと窘める。
「まぁまぁ、最後まで話は聞くものだよ。」
「は、浅慮でした。」
そう言って直人は一度座り直す。
「では続けよう。君にはある艦隊を率いてもらい、深海棲艦と戦ってもらおうと思っている。」
「艦隊・・・ですか?」
「―――『艦娘』の事については、君も耳にしたことがあるかね。」
その言葉に彼ははっきりと答える事が出来ず、「はぁ、多少なりとは・・・。」と答えるに留まった。
正直なところ、この時点に於ける彼の艦娘に対する見識と言えば、精々小話や噂の域を出ないものでしかない。確かに先年艦娘に関わる法案が成立してはいたが、それにしたって自分には埒外の事と彼も特段関心を示さなかったのである。
「君には彼女達によって編成された艦隊の一つを率いてもらう。近く我々防衛相管轄の下、自衛軍とは独立した組織、『艦娘艦隊大本営』が設置される事になった。君はその大本営直属将官として元帥号を与え、1個艦隊の指揮を執る艦隊司令官――――“提督”になってもらう事になる。」
「―――ひとつづつお願いします。大本営とは?」
急に多くの言葉が出てきたのに面食らい、彼は思わずそう返していた。
「艦娘達によって構成される艦隊、便宜上『艦娘艦隊』と呼称されるが、これら部隊は、各国協力の元にアジア沿岸部各地に、分散し多数設置される事になっている。それら艦隊や艦隊を地域ごとに纏める鎮守府や基地へ指令を発するのが大本営だ。」
「具体的には、何をする組織なのです?」
直人は更に問うてみると、待ってましたとばかりに大沢防衛相も答えた。
「大本営は対深海棲艦部隊として編成される艦隊や、それらを地域別で統括する鎮守府などを統率する上級司令部であり、戦略物資の配分を行う事を主眼としている。また深海棲艦の情報収集も行う事になっており、その情報を使い、提督、つまり艦娘艦隊指揮官らをサポートする事にもなっている。」
「成程、大方理解しました。ですがそれならば、何故秘密裏に艦隊を編成するおつもりなのです? 」
これは彼にとって至極真っ当な問いだった。その様な部隊は本来必要とされる類のものではないからだ。大沢防衛相はその問いにこう答えた。
「その艦隊は特殊な艦隊でな、通常の任務の他に大本営直々の指令を以て動く艦隊として、各鎮守府に編成される手筈になっている。君は横須賀鎮守府設置と同時にその指揮下という形で、架空名義の下で配属となるが、実際には君の権限は鎮守府のそれに近いものが与えられ、同時に極秘裏に様々な任務を遂行して貰う。」
「つまり通常の任務とは異なる形態の任務をこなす艦隊、それがその秘密艦隊という事ですか?」
「そうだ。それこそがこの“
「ですが、何も私が司令官である意味が果たしてあるのでしょうか? 私はもう、第一線を退いた身で、しかも部下を預かってもいます。今更第一線に復帰せよと言われましても・・・。」
その言葉に大沢防衛相は言い含める様に告げる。
「この艦隊の指揮を取れる人間は、様々な面に於いて相応の力量を備えた人間にしか、任せる事は出来ないのだよ。特に、《以前の計画》の実施部隊長だった君のようにね。」
大沢防衛相のその言葉に、直人は遂に折れた。その計画の事は箝口令が敷かれ、一部の者しか真実を知らされてはいない。そして目の前の人物は、その時に振るった彼の力量に期待を寄せているのだと言う。それを引き合いに出された以上、彼はいよいよ折れるしかなかったのだ。
「・・・分かりました。そこまで私を買って頂けていると言うのであれば、この紀伊 直人、身命を賭して微力を尽くしましょう。」
「やってくれるかね。」
「大臣からのお話を頂くまでもなく、私は私なりのやり方で、父を殺した奴らを叩くまでと決意していた所です。喜んでご協力させて頂きます。」
「それは何よりの事だが―――一つ、君に言って置かなければならない事がある。」
大沢防衛相は、安堵すると共にすぐに真剣な顔に戻って言葉を紡いだ。
「なんでしょう?」
直人の問いに対する大沢の答えはこのようなものだった。
「もし受けるとして、君は先日の一件で戦死したという事になる。君の艦隊はその名も、艦籍にも君の艦隊の艦娘達が載ることは無い。言わば裏帳簿に君達の名が記載される事になっている。君達が活躍しようともそれが報道されないという事を理解してほしい。無論公式な感状も出せん、それでもやってくれるか?」
その言葉は彼らの存在も、彼らが挙げた武勲すらも、表の世界からは抹殺される事を意味していた。しかし彼は何も驚かずただ淡々とこう述べる。
「私は既に5年前、一度死んでいます。死に損なった男が、今更幽霊に扮したとしても、特に不思議な事ではないでしょう?」
「そうか、よく言ってくれた―――では宜しく頼む。」
「こちらこそ、宜しくご指導ください。」
この時、後の歴史に多くのインクを密かに加え続けた男が、戦争の第一線に舞い戻る事になったと言っていい。かつてと大きく、立場を変えたとはいえ―――
「これからは君も、『紀伊提督』と呼ばれる事になる訳だ。」
「あぁ、まぁ。そう言う事になりますかね。」
慣れない響きに戸惑いつつも、直人は肯定して見せた。
「では、君の着任予定は4月の11日ということにしてある。後で正式な任命書と書類を幾つか郵送するから、必ず着任してもらいたい。」
「分かりました。私としても尽力する所存です。そう言えばその、艦娘とやらは今、私の司令部には既にいるのですか?」
「勿論だ。全司令部に最初に1隻、始動戦力として配属される事になっている。だが君の最初の艦は特別だ。まぁ行ってからのお楽しみだがね。」
「は、はぁ―――分かりました。」
こうして、彼は提督となったのである。
※以下主人公のセリフはセリフの前に「提督」と表記。
3
4月10日12時57分 横須賀鎮守府本庁・司令長官室
横須賀鎮守府司令部のある横須賀港は、自衛隊や在日米軍が基地を置く軍港区画と、コンテナ船やタンカーなどが出入りする商工業港区画とに二分できる。
その本部施設があるのは軍港区画に付随する自衛隊所有の敷地の一角であり、宿舎への引っ越し等々を終わらせた直人は、提督の制服として支給された旧海軍第二種軍服に身を包み、着任を知らせる為に鎮守府本部の一隅に設けられた、司令長官室前まで来ていた。
着任時に上に挨拶するのは当然と言えば当然だが、提督達は配属先ごとの管轄基地司令官に挨拶することを義務付けられている為だ。
「ふぅ―――緊張してきた・・・。」
直人は緊張しながら長官室のドアをノックする。
コンコン
「入れ。」
提督「失礼致します!」
彼がドアを開けると、精悍な顔つきの男が執務に精を出していた。年は45ほどであろうか。良く日に焼けた浅黒い肌をしており、海上自衛軍の制服に身を包み、広い肩幅が重厚なボディラインを形成している。
男が顔を上げると直人は驚きと同時に事態を把握する事となる。
「私が艦娘艦隊、横須賀鎮守府司令長官の、土方だ。」ニッ
そして、彼にとっては自衛隊内で最もなじみの深い人物でもあった。
「あ、新しく横須賀に元帥待遇で赴任することとなりました、紀伊 直人です。」
かつての上司であっただけにたじろぎつつも、挙手の礼をして着任申告を行う直人だったが、実の所悪いイメージはない。むしろ急な事態の移り変わりに動揺していたと言う方が大きい。
土方「ハハッ、形式上の挨拶は抜きにしよう。それにしても国民的英雄の君が近衛艦隊司令官とは驚いたよ。まぁ、大沢ならやりかねんがね。」
提督「まぁ、虚構の英雄ですがね・・・正直、まだ納得は出来てません。」
土方「全くだ。あの作戦は今一歩のところで失敗したと言うのに、政治宣伝に利用したんだからな。あの青二才なら十分やりかねん。」
“あの青二才”、
提督「確かに。ところで、防衛大臣とは、お知り合いなんですか?」
その質問に土方と名乗った男は明快に答えた。
「彼とは同期の親友でね、陸自と海自で縄張りは違ったが、よく飲みに行ったものさ。
それよりも、君が横鎮付属近衛第4艦隊司令官職に就くと、大沢から聞かされた時は本当に驚いた。志願したんじゃないかとも思ったがね。」
「まさか、召喚状で呼び出されたんですよ。」
苦笑してそう返す直人である。
横鎮司令長官
「人を救う仕事は、あれで終わりだと思ってたんですがね、またぞろ担ぎ出されて重責を担う事になりましたよ。運命の女神という奴は、余程物好きと見える。」
直人は少しうんざりしたような表情でそう述べる。
「全くそうだな、上が何をしたいかなど、私には分からないがね。さて、早速だが君には1隻の艦娘と共に、近衛第4艦隊を率いてもらう。本来なら5隻の駆逐艦の中から好きな者を選んでもらう事になるんだが、近衛艦隊は別なんだ。」
本題に移った事で彼の顔は打って変わって引き締まる。
「それについても防衛大臣の方から話は伺っております。」
土方「そうか、それなら話が早い。出てきたまえ!」
長官室には奥に別室のドアがある。そのドアの方に土方海将は声をかけた。
ガチャッ・・
提督「・・・ん?」
「・・・え?」
そのドアを開けて出て来たのは、直人にとっては見覚えのある風貌の艦娘であった。
提督&金剛「「あああ~~~~~~~~!?」」ビシィッ
互いに指を指し合いながら驚く直人と金剛。当の土方は少々戸惑っていた。
土方「どうした? 知り合いか?」
思わず素の声のトーンでそう問う土方海将である。
金剛「この間訓練中に救助した
提督「その時曳航してもらった金剛ですよ!!」
実は金剛の写真は過去に数枚見ており、特徴も覚えていた。だが「はつはる」を曳航してくれた金剛は、アホ毛の向きが左右逆だったのでよく覚えていたのである。
土方「―――ハッハッハッハッ! こいつは驚いた、運命の女神もよほど悪戯好きと見える。」
事情を知るや否や豪快に笑い飛ばす土方海将であった。
「ハハハ、全く、そうですね・・・。」
苦笑と共に呟く直人だったが、こうなった以上は致し方なしと思案を諦める。
土方「まぁそう言う訳で、君の初期艦はそこにいる金剛君だ。君の働きに期待しているぞ。」
提督「ハッ! 謹んで、お引き受けします。」
金剛「テイトクーゥ! 明日から一緒に頑張るデース!」
提督「あぁ、頼むぞ!」
『元帥』紀伊 直人と金剛は、奇妙な縁の下でこうしてタッグを組む事となったのである。
そんなこんなで、明日から提督業務が始まると言われた直人は、それに備えるべく宿舎に帰って大人しく寝たのだった。
しかしこの時歴史の歯車は、彼が予想もしなかった方向に、ゆっくりと、しかし確実に回り始めていた。それが後に伝説として伝記となるに至る程、その過程は動乱と激動に満ちていた。
彼はこの時、自分がこの戦争に決定的一撃を撃つことになろうとは、夢にも思っていなかったのである。
―――彼の残した伝説は、こんな何の変哲もない会話から始まったのである。
やーやー諸君! 初めまして、ナレーター役兼務の天の声です!
一応僕の声は物語の中の人物には聞こえないご都合設定なので好き放題喋れるわけだ。
まぁそれは置いておくとして、今回は序章あとがき丸々使って(と言っても総量で何ページになるやら)、この世界に於ける艦これ用語について軽く、時に重厚に触れておこうと思う! 今後明らかになっていく事ばかりとは思うが予め予備知識があった方が飲み込みやすい場合も無いとは限らないしね。
では早速行ってみよう!
基本的用語
・艦娘
2050年頃から散発的に出現する様になった、艦の魂を受け継ぐ少女たち。
それぞれが自分専用の「艤装」を装着し、深海棲艦と戦うことが出来る。
メンタルに関してはほぼ人間と同じ程度のレベルを有するが、負の感情を若干感じにくいという点に於いて人間と異なる。
また艤装を操る為に「霊力」と呼ばれる力を有する。これは艦種によって異なるが、基本的に艤装を自在に動かすのに困らない程度の力が備わっている。
また、同一名の個体は容姿も基本同一であるが、多少の個体差がある。
・深海棲艦
ある時突如として現れた謎の艦艇群。
駆逐艦級の小さなものから超大型戦艦、果ては泊地クラスや超兵器級に至るまで様々な種類の深海棲艦が存在する。
まだこの時点では明かされていないが、彼女らは負の霊力によって武装を律する。
・妖精
艦娘と同時期に大量に出現した小さい人達。その小ささから妖精と名付けられたが、彼らは前世ではその兵器を使っていた人々である。
時折艦載機妖精の中にベテラン搭乗員が転生する事もある。
・艤装
艦娘達の象徴でもある専用の艦艇型武装。
艦娘によってそれぞれ異なる艤装を持っており、その艤装そのものが力の象徴である場合もある。基本的に艤装に積める物なら戦艦の場合金剛型でも46cm砲が積めるという、妖精さんの素晴らしい仕事の一端が見られること請け合いである。
◎艤装の兵装射界について
無制限ではない、ちゃんと可動範囲がある。
艤装のイラストを見ると、砲塔や砲身が干渉しない限界位置が可動域となるが、普段は敵に正面を向く事でカヴァーしている。ただ砲塔だけ動かすとその追随能力には限界がある。
・大本営
艦隊司令部、ひいては鎮守府を統括する対深海棲艦組織のトップ。
大本営自体は戦力を持たず、大本営直轄戦力としてと近衛艦隊が作られた。
主に諜報と命令伝達、政府との橋渡しや各艦隊への戦略物資の分配を担当している。
所在地は神奈川県横浜。
・艦艇保有上限
ゲーム内では課金コンテンツとして保有枠拡大が存在するが、本作品内では初期が100隻である点は同じであるが、階級と功績により上下する様になっている。
功績のない元帥での保有上限は180隻で、新米中佐が100隻。たとえ中佐のままでも功績如何では200でも300でも保有可能である。
なお近衛艦隊のみ無制限保有が可能、誰だこんな条文作ったの。
・鎮守府/警備府/基地/泊地
大日本帝国時代に設けられていた連合艦隊の基地とそれに関連した航空基地を追憶する形で設置された艦隊司令部の統括組織。
直属/予備戦力として鎮守府艦隊(作中は防備艦隊と呼称)が存在する。
現在ゲーム内では19サーバーだが現時点でのこの世界に於ける基地は横須賀、佐世保、舞鶴、呉の4鎮守府と、大湊に加え旅順の2警備府、高雄(カオシュン/台湾)、上海、リンガ、タウイタウイ、マニラ、パラオの6基地ないし泊地である。
あくまで追憶される形での設置なのでゲームにおけるサーバー名準拠ではない。
・艦隊司令部(艦隊の説明も併記する)
艦娘艦隊組織の最下位組織であり、実戦部隊の運用全般を行う組織。政府が任命した『提督』によって指揮され、司令部ごとに1個艦隊が割り当てられる。
これらは鎮守府等の下位組織である為それらに分かれて配属されるが、近衛艦隊は司令部でありながら鎮守府の上位たる大本営の直属であり、また鎮守府艦隊は鎮守府司令長官がその指揮を執っている。
これら実戦部隊の事を『艦隊』と総称し、名前については艦隊のコードネームないし提督名を使い、「○○艦隊」と呼ばれるが、近衛第○艦隊や○○防備艦隊(鎮守府艦隊の事)と言うように特別な名称が与えられる場合もある。
・鎮守府その他艦隊司令部統括組織の役割
現時点で12カ所あるこれらの基地の役割は、司令部の監視と、軽く言ってしまえば労基の役目も担っている他、提督らによる不正の取り締まりなどの警察的役割も担っている。
司令部はいわば存在そのものが法規的な範疇を逸脱した存在であるが故に、警察に介入の余地があまりないため、直接介入できる組織としての側面も担っている。また直属戦力として鎮守府艦隊とも防備艦隊とも呼ばれる艦隊が所属する理由は、防備艦隊の名の通り、司令部の所在地を防衛する為でもあり、万が一の時に前線に派遣される予備兵力と言う役割も持つ為である。
◎ではその防備艦隊(鎮守府艦隊)とは?
泊地や鎮守府、基地を防備する為に、それらの司令部が直轄して動かす艦隊。
呼称としては横鎮鎮守府艦隊・パラオ防備艦隊といった呼称を使う。
近衛艦隊の様な書類上だけの直属ではない艦隊で、鎮守府司令部や基地・泊地司令部在地の防衛、及び大規模作戦における最後の切り札としての側面もある。
作中用語
・棲地
アニメでは棲地は戦時中の暗号名による呼称(MO=ニューギニア・ポートモレスビー MI=ミッドウェー島 FS=フィジー・サモア)であったが、本作では地名をそのまま使い、「グァム棲地」といった具合に表記する。
この棲地には負の霊力が充満し、深海棲艦が次々と生み出され続けている為、これを全て叩かぬ限り、深海棲艦を撃滅する事は不可能だが、島や占拠された都市の他、海洋のど真ん中にまで存在が確認されており、その数は約230とも300とも言われている。
またその侵食が酷い場合、周辺環境に著しい汚染が確認されるケースもある。
・正の霊力と負の霊力
深海棲艦や艦娘がその武装ないし艤装を律する時に用いる力の事。
正の霊力を艦娘が、負の霊力を深海棲艦が持っている。
これらは互いに打ち消し合う性質を持っており、これが艦娘が深海棲艦をあっさりと倒せる由縁でもある。
深海棲艦でもミサイルが直撃すればダメージを負い、撃沈できることが確認されている為に生物であることは判明している。
だがこれらは軽く迎撃される為に格上の個体となるにつれ有効打とは呼べない代物と化していたのだが、艦娘の持つ正の霊力を使った攻撃を以ってすれば、有効打を与えることが出来る事が分かっている。
・M82A1 紀伊カスタム
紀伊直人が父親の形見として持つワンオフ対物ライフル。
バレットM82A1を基本とし、弾薬の専用弾化(装薬増量による初速強化・弾殻材質変更)やバレル延長やマズルブレーキの構造変更(併せて約80mm延長)、機構の強度強化等の弾丸への対応、専用の8発装填マガシンや銃底の中空化の他、銃床を日本人の骨格に合わせた設計へ変更するなど、モデルとはかけ離れた形状になっている。この他にもM200やUZI、HK416などのワンオフカスタムモデルを所持している。
・提督の父親
自衛官で、陸上自衛隊に所属していた。
レンジャーの資格を持ち、かつ狙撃に室内突入に幅広い才能を持った優秀な自衛官だったが、中国・黄河流域での日米中合同反撃作戦に於いて、黄河の深海棲艦を指揮していたレ級に部下共々吹き飛ばされ戦死した。幾つか企業に発注した改装銃を持っており、それらには紀伊カスタムの刻印が彫られている。
主人公である紀伊直人が愛用する銃達でもある。
・超兵器級深海棲艦
今は多くは語れないが、かつて第2次大戦に投入され、数々の超文明兵器を装備した超巨大艦が深海棲艦化したもの、とだけお伝えする。量産型超兵器級深海棲戦艦としてレ級が存在する。
・深海棲艦の艦種類別
深海棲艦とはあくまでそれらの総称である為、それぞれ艦種類別がされているが、この作品では、『例:深海棲艦の戦艦=深海棲戦艦』と表記する。
なお鬼や姫と言った類別に関してはある程度艦これより引き継ぐ。
・逆アホ毛の金剛
どういう訳かアホ毛が逆に跳ねている金剛、そのままです。
ただその実力の程は・・・?
・近衛艦隊
4鎮守府それぞれに配置される極秘艦隊。
書類上は付属艦隊と言う呼称で各鎮守府の直轄という事になっているが、その実態は大本営の密命を受け活動するシャドウフリート(影の艦隊)で、その為大本営の艦籍名簿に彼らの名は記されず、別途作られた裏艦籍名簿(ブラックボックス=国家最高機密)にその名が記される。
普段の演習時は付属艦隊と名乗りつつ、その存在が気取られぬよう細心の注意を払って行動している。
近衛艦隊には専用暗号として函数暗号と言う解読困難な超高度暗号が使用される。これは深海棲艦に万が一解読される事が無いようにと言う対策であり、また彼らの行動は極秘裏に、つまり行動を開始するその時まで隠匿しなければならないことから、奇襲の容易さを増す為、その意図を悟られぬようにする為でもある。
その権限は一鎮守府に匹敵し、その技術力や工廠の規模も通常の艦隊司令部とは比較にならないほど。
それこそ必要なものがあれば普通になんでも取り寄せられる程度の権限はある。