作:mochiguma


オリジナル現代/文芸
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ある雪の日、帰り道に少女が倒れていた。よくいる家出少女だろうが、記憶をなくしているらしくこのままでは家に帰らすこともできない。果たして少女の記憶とは

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そいつが現れたのは大雪の日だった。別に雪自体は珍しいことでは無かったので、終業式の後に例年と同じように傘を構えて学校から帰るだけだった。今年、違うことがあったとすれば持っている傘がビニール傘だったことだ。中途半端に視界がひらけるせいで倒れているそいつを見つけてしまった。正直面倒くさい、勘弁してくれよと思う反面、雪の中捨てられている犬や猫をただ見過ごす人はいない以上、雪の中倒れている人を見過ごせるわけはなかった。

「おい、大丈夫か?」

そう話しかけても反応はない。とりあえず早く暖かい所にに入ろうと思い、そいつの身体を起こそうとした。そいつの身体は冷たかったのでとしたのでギョッとしたが、息はできているようだったので、おんぶして自分の家まで急いだ。家に帰り、とりあえず自室までそいつを運んでやり、濡れているところを拭いてやった。女の子だったから少し躊躇ったものの、年は10歳くらいだし、このままにしておいて風邪をひかれてもめんどうだ。

 

しばらくして、そいつは目を覚ました。不思議そうに辺りをキョロキョロ見回し、私の存在を確認すると、じいっとこちらを見つめていた。透き通るような真っ白い肌をしており、目には綺麗なまんまるの瞳がある。つぶらな瞳、というやつだろうか。

「あなた、だれ?」

突然知らない人が目の前にいて警戒しているのだろう。小さく、不安そうな声でそう質問してきた。

「ここらに住んでいる者だ。そこで倒れていたお前をここまで運んできたんだ。」

そう言うと、そいつは少し安心したのか身体の緊張を和らげた。

「身体は大丈夫そうだな。両親は家にいるか?送ってやる。」

「親……」

「家出したのか?」

そう質問してもそいつは答えず、うつむいて黙りこくってしまった。このままではらちがあかないのでしばらくはうちに泊めて、家に帰るように説得することにした。

「お前、名前は?」

「……セツ」

「セツ、だな。わかった。疲れているようだからまた眠るといい。」

そう言い終わる前にもうセツは眠り始めてしまった。これから何日かの貴重な冬休みをこいつと過ごすと思うと少し憂鬱だったがまあ仕方がない。またその辺で倒れられても厄介というものだし私は幸か不幸か一人暮らしであるので家出少女を預かるにはうってつけであった。ふいにセツの寝顔を見てみるとなんとも幸せそうであった。

「メシどうするかな……」

私はそう呟いて、カップラーメンを買いに出た。

セツが起きたのはそれから3時間ほど経ってからだった。私は自分とセツの分で2つのカップラーメンにお湯を入れ、キッチンに置いておいた。セツを説得しようと思ったが、さすがに腹が減っている今問いただすのはかわいそうだと思ったのでやめておいた。食後すこし話をしてみたところ、セツはこの家に来る前の記憶がないのだという。つまり、セツの両親の手がかりはなにもないということになる。しかたがないので、自分の指示には従うこと、記憶が戻るまでとすることを条件に、この家にいることを許可した。明日の朝ごはんはどうしようかと思い、なにが食べたいか尋ねると

「これ」

とカップラーメンを指差して言った。どうやら気に入ってくれたようだ。料理がろくにできない身としてはありがたい限りだった。

 

次の日、私はセツを倒れていた場所に連れて行くことにした。あの場所とセツの記憶に関係があるかもしれないと思ったからだ。昨日の夜とは違う味のカップラーメンを食べ、支度をし、あの場所へ向かった。一応外見は幼い子であったので、手をつないで行った。セツの手は相変わらず冷たかった。到着してみると、そこは小さな公園であった。見つけたときは大雪だったので、わからなかったのだ。

「どうだ、なにかわかったか?」

「ううん、なんにも。」

「そうか……」

「でも、これに触れてるとなんだか落ち着く。」

そう言いながら手に持っているのは雪玉だった。雪玉を持って落ち着く、というのはなんだか不思議なものであったが、まあそういう子もいるのだろうと思い、深くは気に留めなかった。それより相変わらず手がかりが見つからないことに焦りを感じていた。今ごろ彼女の両親は捜索願でも出しているだろうか。それで発見されたら誘拐か、拉致監禁か、とにかくめんどうなことになると思った。捨ててしまおうか。ふとそんなことが頭をよぎる。もともと無関係な他人だ。家にあげなければそのうち関わりもなくなるだろう、と思った。しかし彼女が雪と楽しそうに戯れているのを見るととてもそんなことはできないと思えた。彼女はひ弱そうで、私がいなければ死んでしまいそうなほど儚い美しさをもっていた。一言で言うと、「守ってあげたい」というやつだった。

その日の夜、なんだか身体が重かった。頭も痛くとてもセツの記憶のことを考える余裕はなかった。とりあえずまたカップラーメンを夕飯にしたがこれでは栄養が偏りすぎるのでそのうちまともな食事をしなければならない。そう思うとさらに頭が痛くなった。

「なんか、元気ない」

セツが心配そうにそう言ってくるので、私は微笑んでそんなことないよと言ってやった。

「そう……」

とまだ心配そうな顔をしている。たしかに辛いものは辛いのでもう寝ることにした。布団を敷き、横になり、目を閉じた。

「ねえ」

ちょうどウトウトとしているときにセツが話しかけてきた。申し訳ないがもう聞こえないふりをさせていただこうと思い、反応しないでいると、

「人間じゃないわたしは嫌い?」

そんなことを言ってきた、ような気がする。私の意識はそのあたりで途切れた。

 

翌日、私の意識は朦朧としていた。喉が痛い、頭が痛い、とてもセツの相手をする余裕なんてなかった。熱が40度近くあったのでどうやらインフルエンザのようだった。私は苦しいながらもセツに今日は自分に近づかないこととカップラーメンが戸棚に入っているから好きに食べて良いことを話し、そのまま眠りについた。次に目が覚めたときは病院に行かなければ。

目を覚ましたとき、周りにセツの姿は見えない。今日は天気がいいので、外に遊びに行ったのだろうか。冬休みとはいえ、家出している身でなんとも気楽なものである。私は体温計を手に取り、脇に挿した。39度8分。やはりインフルエンザなのだろう。独特の気だるさがあった。バタン、とドアから音がしたのはそのときだった。見るとセツがスーパーのレジ袋を持って入ってきた。中身を見てみると冷えピタやスポーツドリンクなどが入っていた。勝手にお金を使っちゃだめじゃないか、そう言おうとしたが声がうまく出せない。かわりに

「なんで起きてるの!寝てないとだめだよ!」

と昨日までのセツでは考えられないような大きな声で叱られ、布団に無理やり横にされた。水枕の水を入れ替え、冷えピタを貼り、スポーツドリンクを一杯飲むとだいぶ落ち着いたように思えた。相変わらず頭も喉も痛かったが、心が安らいでいくのを感じた。

「ありがとう、セツ。」

「ううん、このくらいあたりまえだよ。」

そう言ってセツは私の横に寝はじめた。風邪がうつるから近づくな、と言うより先に

「私のこと、覚えてない?」

と話しかけてきた。

「え?」

「……やっぱり覚えてないか。ごめんなさい、私、あなたに嘘をついていたの。」

「うそ?」

「私には記憶はちゃんとあるの、でも今まで本当のことが言えなかった。」

どういうことなのだろう。

「私、雪の精なの。」

「え……」

衝撃だった。頭の痛みも喉の痛みも忘れるくらい。しかしにわかには信じがたい話だった。

「大人をからかうもんじゃない。」

「覚えてないの?わたしを助けてくれたじゃない。」

思い出した。私が子どものころ、セツのように倒れている子を発見し、ひどく体温が低かったので家に連れて行き温めてあげたのだ。なにか暖かい食べものをと思ったが両親は共働きだったので、自分が当時から唯一一人で作れるカップラーメンを食べさせてあげたのだった。

「私は体温の低下を自分では食い止めることができないから、常に他のものから熱を奪っているの。あのときも、今回も、周りにはもう奪える熱を持っているものがなくて、もうダメかなって思っているときにあなたが現れてくれた。」

「そういうことだったのか。でもそういうことなら、セツ、お前はもう出て行った方がいい。私の近くにいると私の体温を奪ってとけて無くなってしまう。」

すでに融解をはじめたセツの身体を見て、慌ててそう言った。

「嫌、あなたに恩返しをさせてほしいのよ。」

「ダメだ、もう出て行くんだ。」

私が無理やり外に追いやろうとすると、ぐにゃりと視界が歪んだ。さっきよりも苦しい、今まで感じたことがないくらいだった。このまま自分は死ぬのかもしれない。しかし雪の精とやらの命を二度も救ったことがわかり、ここで死んでもいいかもしれない、と思いはじめていた。しかしセツは出て行こうとはしなかった。私はしきりに出て行け、出て行けといっていたが、そのうちに意識を失った。

 

起きるとそこにセツの姿はなかった。そして未だ帰ってこない。彼女はどこにいってしまったのだろうか?まさか本当に雪の精だったのだろうか?すると、とけてなくなってしまったのだろうか?私は体温計を脇に挿した。35度8分だった。ふとテーブルをみると、カップラーメンとが置いてあった。下には紙が挟まっていて、「あなたの役に立ててよかった。さようなら。」と書いてあった。紙に雫が溢れた。それは汗でも、セツがとけてできた水でもなかった。

 

それからというもの、毎年私は大雪の日の度にセツを探しに外を駆け回るようになった。しかしその後セツが私の前に姿を現わすことはなかった。悲しい反面、最近はもしかしたらもうセツは大人になって、行き倒れることがなくなったのかもしれないと思うようになった。いや、これは都合のいい解釈なのかもしれない。しかしそう思わないとやりきれなかった。そういえば、あの日を境に私の発熱は夜の間に必ず治るようになった。そして治った後は必ずテーブルの上にカップラーメンが置いてあるのだった。



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