あなたと過ごす日常~末咲日和~   作:ganmodoki52

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お久しぶりになってしまいました……。もう少し頑張ります。


2月
雨の日は一緒に歩くのも悪くない


 

 

「やっぱり少し肌寒い……」

 まだ冬の寒さが残る2月半ば。いつものように練習へ向かうため駅への道を歩く。さすがに長野にいたときよりは暖かいし、雪が降ることもほとんどない。油断して薄着をしたのだが、朝というのはどこも変わらず寒いことを今日学んだ。

 これまでとは比べ物にならないほど人で溢れる電車内や、乗り換えの度に迷子になりそうなぐちゃぐちゃな駅。実際何度かは迷子になったんだけど……。

 ――恭子さんに道順を叩きこまれてなかったら、未だに迷ってただろうなぁ。

 1月が終わり、2月の頭。チームに合流することになる前日、私は少しの荷物を持って恭子さんの家に引っ越した。それが、私の誕生日に決めた、2人の約束だから。一応、今のところ問題なく同棲生活は続いている……と思う。私がまともに恭子さんと接することが出来てないだけで。理由は単純で明快。自爆というやつである。

 あの日、あの時、自分で仕掛けた小さな反撃。それが自分の心をこんなに支配するとは思ってなかった。でも、今思うと当たり前かもしれない。好きな人との接吻。それは、幼いころからずっとずっと憧れていた行為。残念なことに私からのものだったけれど、それでも私をその甘美な世界に引き込むには簡単だった。あの日から、恭子さんの顔を見る度、自然に目線が唇へと向かってしまう。でも、恭子さんにはこの気持ちはわからない。なぜなら、私は彼女が寝ている間に一方的にキスをしたから。悪いことはしていないのに、この悶々とした気持ちが、罪の意識を私に植え付ける。打ち明けてしまえば簡単なのだが、小さくはない私のプライドが、それだけは嫌だと強く訴えている。

――はぁ、軽い気持ちでやらなければよかったなぁ。

 後悔の念が一瞬頭に過ったが、即座に頭からかき消す。後悔なんてしていない。それだけ、恭子さんが好きだから。

「はあぁ……」

 とは言ってもまともに顔を見ることが出来ない日が続けば続くほど恭子さんに疑われてしまう。早くどうにかしないと……。

「さーきちゃん」

「ひゃあっ!?」

 突然首に冷たいものを当てられて変な声が出てしまう。振り向くと、アイスを片手にしてやったりな顔をした怜さんが立っていた。

「もう、なにするんですかー!」

「いや、普通に差し入れ配っとったから、咲ちゃんに持ってったろ思ってな」

「それにしても、もう少しマシな渡し方ってあると思います」

「なんか悩んでそうだったから、気分転換にいいかなーなんて……ごめんな?」

 この人は……。本当によく見てるなぁ。

 チームには個人的にうまく馴染めた方だと思う。それは勿論怜さんのお陰。怜さんが私が孤立しないようにこうしてちょくちょく構いに来てくれるから、他のチームメイト相手にも少しずつ話せるようになった。感謝でいっぱいだ。なのにこの人はそれだけじゃ飽き足りず私の深いところにずけずけと進行してくる。きっと昔の私なら、思い切り拒絶していただろう。でも、私にはこうしてくれる人が一人じゃない。最初は清澄の皆が、その後では恭子さんが、私の心の奥の奥まで入り込んできて、ぐちゃぐちゃに踏み荒らしてしまった。そのお陰で今の私がいる。

 たまには、甘えるのも悪くない、か。

「……相談に乗ってくれたら許してあげます」

 心を許してしまった相手だ。すっと言葉は出てきた。どうすれば、前のように接することが出来るだろうか。抜け駆けのように行った行為を素直に告白すればそれでいいのだろうか。わからない。

「キスなんて、しなかったらよかったんですかね……」

 言葉は私の心の奥のドロドロとした部分までもを引きずり出してしまう。拒絶されるのが怖い。彼女に拒絶されるくらいならいっそ……。

「咲ちゃん」

 私の拙い話をゆっくりと、しっかりと聞いてくれた怜さんが口を開く。

「後悔、してるんか?」

「……したく、ないです」

「なら、それは当人たちが解決せな。うちらが手を貸すのは簡単やけど、それで解決するってのは面白くないと思う」

 今にも雨が降り出しそうな空を眺めながら、怜さんが席を立つ。

「せっかくやし、迎えに来てもらい?」

 そう言ってスマホの画面をこちらに向けニコリと笑ううちのエース様。その笑顔は少し意地悪な笑顔だった。

 

 話は数日前に戻る。

「なあ、最近なんかあったんか?」

 都心部にある飲み屋に呼び出したかと思うといきなりこんなこと聞いてくるこいつはいったい何様なんやろか。

「そりゃ、園城寺怜様やで~」

「さらっとうちの心読むのやめーや!!」

 2月になり、大学は春休みに入った。まあ、3月からは就活が始まるので普段よりは短い春休みなのだが、休みは休み。自堕落な生活を送る気でいたのだ。咲が引っ越してくるまでは。引っ越してきた咲は毎日忙しそうにしている。加入したばかりのチームに馴染むために、また、プロの世界に馴染むために。最初はそのせいだと思っていた。

「あ、やっぱりなんかあったんやろ」

 言葉に詰まっていると、そう断言してくる彼女。これと連絡を取るようになったのも、咲がドミネーターズに入ることになったからだ。心配性やし、溺愛し過ぎやなんてこいつには言われたけれども、心配なのは心配なのだ、仕方ない。

「まあ、なにもなくはないけど……」

 最近、咲との間に微妙な空気が流れている。理由は全く見当がついていない。まあ、私が何かしでかしてしまったのが原因なのだろう。そういうの、はっきり言ってくれた方が助かるんやけどな……。

「ふぅん、なんや、自覚ないんか」

「悪かったな自覚なくて」

「気になるんやろ?聞けばええのに」

 そう言って先に頼んでいたであろうビールを口に運ぶ彼女。他人事だからってこいつは……。

「まあ、気になるんやったら、聞いといてあげよか?」

「そのくらい自分で聞けるわ!おっちゃん、生!」

「嘘つけ。自分で聞けるならとっくに聞いとるやろ?それを聞いてないってことは自分では聞くのが怖いって言ってるようなもんやで。おっちゃん、うちにも!」

「あいよ!」

 ……怖いに決まっとるやん。この気持ちはきっといつまでも消えない。私は彼女と対等にはなれない。なれるのは、認めたくはないけど、こいつみたいな選ばれた側の人間だ。麻雀から離れてしまった私なんかよりはよっぽどお似合いだと思う。

「数日後も、咲ちゃんが同じような感じだったら遠慮なく聞かせて貰うで。遠慮してウジウジしてずっと聞かないよりマシや」

 その言葉がずしんと胸の奥の方に刺さる。わかってる、わかってはいる。

 

 そこからの記憶は残念ながらあまりない。次気が付いた時には家のベッドだった。あの後、沢山飲んだ気もするし、飲まずに帰った気もする。――そんな事はどうでもいい。

 私は結局、何もしていない。あの日から咲の態度はさらに悪化していて、顔を合わせようともしてくれない。そんなの、聞けというのが無理じゃないか。否定されるのが怖い。彼女からの否定というのは、私の存在価値を脅かす。脅かすどころじゃない、失くすといってもいいかもしれない。それだけ、私の中の彼女は大きい。

 ――あ、雨降ってきた。

 予報にはなかった大きめの粒の雨が、窓を叩く。彼女は傘を持っていただろうか。玄関を確認しに行くと、長い傘も折り畳み傘もいつもの場所に置いてある。

 迎えに行くべきやろか。いや、彼女だって小さい子どもではない。自分でどうにかして帰れるだろう。もし、濡れて帰ってきた時のためのタオルとお風呂用意しとくか。

 携帯が細かく震えたのは、その直後だった。

 

 

 30分後、傘を持ってやってきた最寄駅は、迎えや、タクシーを待つ人でごった返していた。彼女が乗ってくるはずの電車は2本後。その時には今以上に人で溢れているだろう。わかりやすい場所で待っていた方が私にも彼女にもいいだろうからと思い、改札のすぐ横のスペースに移る。ただ、私なんかが思いつくことは沢山の人が思いつくもので、そこのスペースも人が多い。

 ――まあ、少しの我慢やな。

 屋根の向こうの空はさっきよりも鈍色が濃くなっていた。

 

 電車の窓から見える空がどんどん暗くなっている。それと比例するように私の心も暗く暗くなっていく。

 どうして暗くなっているのかはわからない。怜さんにも「もっと冷静に考えてみ?咲ちゃんからのキスをあいつが嫌がるわけないやん」って言われたし。

 ――意外と仲いいんだなぁ、あの2人。

 見せてきたメッセージアプリの履歴はこまめに連絡が取られていた。この間、恭子さんが帰りが遅かった日も怜さんといたみたい。

 当たり前だけど、人間ずっと一緒に過ごすことは出来ない。私がこうして電車に揺られている間も恭子さんは別の場所で何かをしている。昔、「同じ空の下にいるから、離れてても僕らは繋がっている」みたいなことを歌った歌がヒットしたけれど、そんなわけないじゃないか。その時代よりは今は確かに繋がっていると思う。でも、今の私は恭子さんと繋がっているだろうか。……繋がってないだろう。繋がっているなら、こうはなっていない。それが私を不安にさせる。

 これは立派な依存だ。恋は盲目なんて言うけど、依存している人間はおかしいと、病気だと言われてしまう。今の私は病気なのかな。

――あ、駅。

 その答えが出る前に最寄り駅に辿り着いてしまう。今のまま恭子さんに会って、大丈夫かな。けど、待たせてしまっている以上、会わなければいけない。

 いつも通りで。……いつも通りってどんなだっけ。私は今までどうやって恭子さんと接していた?

 人の波に流されるように改札を出る。少しきょろきょろとして、改札の傍に見慣れた藤色が見える。ゆっくりと近づいて。

「お待たせしました」

「そこはただいま、やろ」

「……ただいま」

「ん、おかえり」

 当たり前のやり取り。それが懐かしく感じるくらい、私たちはギクシャクしていたんだなと改めて実感させられる。

 雨は未だに強く地面を叩き、視界は薄暗く見にくい。そして何より……。

「なんで傘1つしか持ってきてないんですか……」

 肩が密着するほどの距離に恭子さんがいる。嬉しいことのはずなのに、今はそれが一番つらい。

「この方が、都合がいいかなって」

「都合って……、恭子さんが濡れるのがですか?」

 1つしかない傘は私の身体のことはしっかりと守っているが、恭子さんの身体は半分ほどしか守れていない。私の事なんていいから恭子さんはちゃんと傘に入ってほしいけど、それを口に出来ない私も私だ。

「こうすれば、逃げられないやろ?お互い」

 この場でケリをつける。恭子さんの目はあの夏のように真剣で、かっこよかった。

 

「まず、ごめん」

 一拍間があって、やってきたのは謝罪の言葉。

「正直な話、うちが何したかも見当ついてない、だから、教えてほしい。うちが何かやったなら直すから」

 直すも何もない。だって、あなたは何もしていないんだから。それでも、私の態度はそう思わせるには十分だった。それは反省している。

「恭子さん。私たちってもう長いですよね」

「……まあ、もう1年半くらい経ったな」

「楽しかったですか?」

「そりゃもちろん」

「……そっか」

 楽しかった。私も、とても。

「恭子さん。私、怖いんです」

 あなたに否定されるのが、あなたの隣に入れないことが、あなたに溺れてしまうのが。明らかに矛盾しているこの思い。あなたは私には絶対に必要だけれど、あなた無しでは生きられないようにはないりたくない。人間同じ時に死ぬことは出来ないから。

 些細な悪戯のつもりだった行為は、私の胸の奥の不安を引き出してしまった。

「私は、恭子さんといろいろしたいと思ってますよ」

 恭子さんは?

 耳に届くのは、雨を弾きながら走り去っていく車のエンジン音と、それに弾かれなかった雨粒が地面に落ちる音。そして、あなたの微かな呼吸音。

 返事が欲しくて、欲しくない。我儘だ。欲しいのは私が望む返事(肯定)で、望まない返事(否定)はいらない。

「私はもう、咲のもんやから。咲が私無しで生きれないように、私も咲無しじゃ生きれない」

「私だけ見ててくれますか?」

「もとから咲しか見えとらん」

 そう言ってふっと笑う恭子さん。……そうじゃないんだけどな。私以外を一切見ないでほしい。無理なのはわかってるけど。

「証明、してください」

「……もうすぐ着くから、そしたらな」

「今すぐがいいです」

「……」

「私しか見えていないなら大丈夫でしょ?」

 口から出てくる言葉は、普段の私なら絶対に言わないであろうものばかり。何が私を追い詰めている?

 恭子さんは、私の初恋の人。恋というものを知らなかった私に恋を教えてくれた人。けど、この恋という気持ちとの向き合い方は教えてもらえていない。それは自分で学ばなくては意味がないって、恭子さんも怜さんも口にはしないけど背中がそう言っている。

 これは進むためには必要なことだって、きっと恭子さんなら隣を一緒に歩いてくれるって。恭子さんがいない人生はもういらない。そう、いらない。

 

 

 なんとなく兆候はあった……気はする。もともと考え方が重いのは、性格だろうか?それとも過去の体験からだろうか?けど私はそれさえも包み込むと決めた。そうでないと彼女と共に歩むなんて無理だ。でも。

「あほッ」

 眉間を狙い澄まして、思い切りデコに指をヒットさせる。ビシッといい音が耳に届き、いい感触が指にも残った。

「……さっさと帰るで」

 今はこうするのが一番いい。このままだとお互い風邪をひいてしまうから。家で、温かい飲み物を飲みながら話せばいい。

 突然デコピンをされるし、返事はもらえないしで咲はご立腹だ。顔にはっきりと出ている。

 私は、彼女の全てを受け入れて包み込むと決めた。これはさっきも言ったが、わがまま娘になることを許す気はない。今のこれはわがままだと私が感じたから断った。それをわかってほしいところだけど、難しいだろう。今の彼女は自分しか見えていない。私を見ている気になっているだけ。

 雨の降りしきる道端で2人で立ち尽くす。文にしてみるといい雰囲気に見えるが、実際はほかの通行者に迷惑でしかない。早々に家に帰ろう。

「ほら、行くで」

 手握るくらいなら今でも出来る。咲の私より少し大きい手をギュッと握り、ゆっくりとこちらに引き寄せる。一歩彼女が前に進んだところで、少しの背伸び。

「ん、これで満足か?」

 後悔とか色々なものが今日のこの行いのせいで今後襲ってくるだろう。それでもいいかと思ってしまう。偉そうにしていたけど、やっぱり私は彼女に甘い。……きっとあいつにも今度叱られるやろなぁ。

 突然の出来事に頭が回っていない顔をしている咲を引っ張り家へ急ぐ。お、雨も弱くなってきた。これは明日は晴れそうやな。そう言えば今日の夕飯決めてなかった。ま、帰ってから2人で決めればいいか。

 




実はですね。夏コミに応募しました。
受かればpixivなどで活動されているyasuさんと共に「ぼくたちのかんがえたさいきょうのすえさき」という本を出します。私はこのシリーズの番外的な話を書く予定です!受かった際はぜひお願いします!!
詳しい内容はまた日が近くなってから。
それでは!

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