あなたと過ごす日常~末咲日和~   作:ganmodoki52

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諸事情で前後半にわけさせて頂きます。こちらは前半です。では、どうぞ


1月
成人とはゴールでもスタートでもないもので(前)


 

 昔はキラキラ輝いて見えた。大人になるってこんなんなんやなって、テレビを見ながら思ってた。でも、段々大きくなるにつれて、決してあの場所がゴールなんかじゃなくて、もはやスタートの前だってことがわかるようになってからは、あの場所に行くときの自分が、ちゃんとスタートに立てるのかが怖くなった。

 でも、明日、その日がやってくる。

 あれだけスーツがいいって言ったのに聞く耳持たなかったおかんと、振袖合わせに行ったのがほぼ1年前。当日のレンタル料聞いてひっくり返りそうになったのをよく覚えている。

 

ピコン

 

 ベッドでごろごろしながら、明日が来ない事を微かに祈ることを始めて2時間ほどが経つ。そんなことしても無駄だって自分でもわかっている。わかっているからこそ、心のどこかで無駄じゃないような気がしてしまう。

 携帯が鳴ったのは、ちょうどそのころだった。

 覗き込むと、洋榎からの成人式が終わった後の集合場所の連絡だった。 せっかくの晴れ姿なのだから、一緒に写真を撮りたいらしい。

「そんな暇あるんか、っと」

 高校卒業後、エミネンシア神戸に入団した洋榎は関西で、大阪の園城寺怜、江口セーラと並ぶ若手3大プロとして結構な人気を誇っている。本人は大阪に入れなかったことに不満たっぷりだったが、今ではそんなこと忘れたかのように紙面で神戸愛を語っている。

きっと成人式会場にもたくさんのメディアがやって来て、「成人した感想を~」とか、「今年の抱負を~」とか、囲んで取材するはずだ。しかも関西のメディアが、そんな簡単に解放してくれるはずがない。

――ああいう目立つ感じのやつ、大好きやからな、洋榎は。

 それに、学区が違う中集まるという事は、公共交通機関を使うというわけで、晴れ着を着て、電車に乗る自分を想像するのは、なんと言うか、その、恥ずかしい。

 

ピコン

 

 頭でその姿を想像してうんうん唸っていたら、また携帯が音を立てる。洋榎からの返事かと思って覗いてみると、

 

――今、大丈夫ですか?――

 

 なあ咲。愛しい人からの連絡は、よっぽどのことがない限り断らないやろ普通?

 

 

 

「結局電話なんやね……」

「すいません、相変わらず文字打つのが苦手なもので」

 

 だって文字だと、画面の向こうのあなたにちゃんと伝わってるのか不安で、文面を何度も何度も書き直して、結局送らないなんてこともざらで。

 

「それで、どうしたん?」

「えっと、どうせ今頃明日のこと考えて憂鬱になってる頃かなって思って」

「やっぱりバレとるんか」

「だって、最近成人式の話題出すと進んで逸らすじゃないですか」

 

 電話でなら、顔は見ることはできないけど、耳に入ってくる声は偽物だけど、あなたの声の温度は私の胸に届くから、その温かさは、いつだって私の活力になる。

 

「明日、ちゃんと私にも振袖姿の写真送ってくださいね?」

「えー、嫌や、恥ずかしいし」

「ダメですよ、私が見れないじゃないですか」

「……見なくていいわ」

 

 あ、今心ではちょっと見てほしいなって思ったでしょ?口調とか、言葉の温度でなんとなくわかりますよ?

 見れるといいな、きっと今回を逃したら、2度と見られない気がするし。

 

「明日って早いんですか?」

「準備とかいろいろあるから、4時起きとかだった気がする」

「えっ」

「お店まで行って、髪セットしたり、化粧したり、着付けしたりすると考えるとそのぐらいに起きんと間に合わんしなぁ」

 

 4時って、今もう日付回りますよ?なんで早く言ってくれないんですか。って言ったとしても、まともに取り合ってくれないんだろうな。

 

「それなら寝なきゃですね」

「えー、もうちょい話そうや」

「ダメです、式の最中に寝たらどうするんですか」

「あんなん大抵寝てるやろ」

「そ、そんなことない、はず……」

「まあ、咲が寝るの遅くなるのは良くないなぁ」

 

 ――やっぱり私が優先なんですね。ありがとうございます――

 言葉にするにはどこか小恥ずかしい思いを、胸の中でそっと口ずさむ。

そのまま通話はちょっとぐだぐだっとしながらも終わり、真っ暗になった部屋で、こんなことを願う。

 ――明日が、あなたにとって最高の1日になりますように――

 

 

 

 頭がガンガンする。結局咲との通話の後も1時間ほど寝れなくて、睡眠時間は3時間ほどだ。

 「ああ、今日になってしまった」と、ベッドから真っ暗な外を眺めながらひとりごちる。この後、数時間後にはどんなに足掻いてもスタートラインはやって来てしまって、周りの幾人もの人と同時によーいドンをしなくちゃいけない。その時、私は無事にスタートを切れるだろうか?一歩目で壮絶に転んで、そのまま置いてけぼりになったりしないだろうか。覚悟も、心構えもない私がスタートを切っていいのだろうか。

 最近出てきては引っ込んでくれないネガティブな感情が、私の心を支配する。この間、それで愛しい人を泣かせてしまったばかりなのに、どうしても頭の中にこびりついてしまう、「私が咲の隣にいていいのか」と言う思い。当たり前だけど、私は年上だから、彼女より早く大人になる。大人になるという事は、社会に出たり、様々な責任を負わなきゃいけないわけで。愛しい人の想い1つ抱えきれていない私が社会に出る事が、本当に出来るのか。出来る気がしない。私は何も持てない。そんな私にいろいろ背負わそうとしないで。押しつぶされちゃうから。

 

「恭子!はよ降りてこんと遅れるやろ!!」

 

 あ、はい。すいません。

 ……実家に帰って来てること一切合切忘れてたわ。

 

「恭子ちゃん、スレンダーだから振袖似合うわねぇ」

「せやろー?まあ、うちに言わせれば馬子にも衣裳ってやつやけどな」

「自分の娘に馬子とは失礼やなぁおかん!」

 

 着付けの途中でお人形さんみたいに動けない私の後ろで楽しそうにおしゃべりをしているおばちゃん1(オーナーさん)とおばちゃん2(おかん)。

 どうして大阪のおばちゃんは朝っぱらこんな元気なんや……。と言うかおかん、うちが馬子ならあんたも馬子やぞ。

 

「ああぁ~、これが咲ちゃんだったらもっと可愛いんやろな~」

「ちょっ、なんでここで咲の名前が出てくんねん!」

「だって咲ちゃんかわいいやん。あぁ、早くうちに嫁に来てくれんかなぁ」

「なななな何言ってんねん!?」

「はいはーい、セットずれるから動かないでね~」

 

 

 期待の眼差しでこっちを見るおかんを鏡越しで見ながら、髪のセットに移る。後ろではオーナーさんが興味津々に咲のことについておかんに聞きまくってるけど気にしない。

 いや、本当は今すぐやめさせたいけど、動いたらメイクさん怒るから仕方なくやからな!?別に、おかんの咲への誉め言葉聞いててちょっといい気になったわけちゃうからな!

 家を出るまで、あんなにブルーだった胸の中も、今は幾分か和らいでいる。やっぱり咲はすごいわ。ここにはいないのに、間接的に、ここにいる人たちを笑顔にしている。

 いつしか髪は今までしたことのない、けれどもとても綺麗な髪形にされていて、メイクの方も気が付いたら終わってしまった。鏡を見ていて、本当にこれが自分なのかもわからない。

 ――たしかにこれは馬子にも衣裳やな――

 咲はこれを見たらいったいどんな反応をするだろうか。気になるけれど、恥ずかしいのでこの姿の写真は送らない。送らないったら送らない。

 

 

 

「今日から、君たちは成人として、大人の一員として生活することになる」

 

 式のトリを飾るべく出てきた市長が、真剣な顔でそう語りだす。

それ以前の新成人の言葉はよくある当たり前の言葉が並んでいたので、もう内容が思い出せない。どうせこの市長も、ありきたりなことを言って終わるのだろう。

 あれだけ出たくなかった式に出ているというのに、体が特に不調を訴える事もなく、ただただ時が進んでいくのを待つことしかできない。

 

「さて、ここにいる多くの人は、これから訪れる自らの輝かしい未来を想像して、この式に臨んでいる事と思う。しかし、きっと、「大人になんてなりたくない」、「まだ将来なんて何も見えてもいないのに、大人なんて無理だ」、「大人になるのが怖い」、そんなことを感じながらこの式に臨んでいる人も少なくないかもしれない。当たり前だ。君たちは、今日、今、世間では大人になるかもしれないが、そもそも20歳が大人なんて誰が決めたんだ。こには、約1000人の新成人がいる。そのうち半分はまだ学生として、勉学に励むことを生業にしているし、もう半分は様々な理由で、もうすでに社会に出て、その荒波に揉まれながら、今日まで必死に自分が生きるために過ごしている人たちだ。それでも、きっと、ほぼ全員が、これから来る明日が不安で、1年後が不安で、10年後が不安で仕方がないと思う。私は、今から君たち全員を新成人、大人の一員として迎えなければいけないけれど、それは形式的だ。君たちはまだまだ子どもで良い。酒とタバコとギャンブルが出来るようになっただけの子どもだ。犯罪をしちゃいないなんて子どもであってもわかることだ。君たちが大人になるのは、自分がどうなりたいか、どう過ごしたいか、どの人を幸せにしたいか決まってからでも十分遅くない。決まって、それに向かって紆余曲折しながら進むのが大人だ。だから、君たちは、1日1日を悩みながら、楽しみながら過ごしてほしい。そして、先ほど私が言ったことが決まったら、子どものように純粋な気持ちでそれに向かって突き進みなさい!そうすれば、周りはいつしか君たちを大人と認めてくれる。自分でも、大人になったなと思える瞬間が来る。それまで悩み続けなさい。私の話は以上!おめでとう!」

 

 

 

「そっか、まだ子どもでもええんやな」

 

 市長の言葉が終わって、式が終わりへ向かう中、1人そう口ずさむ。今まで、どうにかして大人にならなきゃと思っていた自分が馬鹿馬鹿しい。

 子どものまま突き進めばいいじゃないか。

 ――私はどうなりたい?

 咲に隣にいておかしくない人間になりたい

 ――これからをどう過ごしたい?

 咲の横で過ごしたい

 ――誰を幸せにしたい?

 そんなん、咲に決まってるやろ!

 

 じゃあ、それに向かって真っすぐ進め末原恭子!その道は果てしなく厳しいけど、自分らしく、凡人らしく1歩1歩地に足つけて進め!そうすれば、必ずゴールはある!!

 さあ、これから、あの高い嶺の上に咲く花を摘みに行こう。

 そう心で決意して、私は洋榎や由子との待ち合わせ場所へ向かうために歩を進めた。

 




皆さまここまでの4話読んで頂きありがとうございます。これまでの3話はpixivに先にあげていて物をそのまま載せていましたが、ここからは書下ろしになります。もともと私の主戦場がpixivなこともあり、pixivにアップも致しますが、全部を流れで読めるのはこちらですので、こちらで読んで頂ければ幸いです。
中途半端な切り方だし、なんか微妙だし、没にすることも考えましたがもったいないのでアップします。後半は咲さんメインですご期待ください。
今のところ現実の時間とほぼ同じに進んでいるこのシリーズですが、これからは作品の時間が加速していくはずです。なんとか末原さんと咲さんの1年間を描ければと思いますので、これからも温かい目で見守ってくれればと思います。

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