おまえをオタクにしてやるから俺をリア充にしてくれAnother! 作:ゆかりムラサキ
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叫び声をあげて赤っ恥をかいてしまった次の休み時間、俺と恋ヶ崎は早速屋上へと向かう。
階段を上がり屋上へと続く扉を開けると、なかなか冷たい風が吹き込んできた。
ここ最近すっかり気温が低くなってきてるもんな。
「……ねぇ柏田、そろそろ屋上ってキツくない?」
「だな、なんかスマン」
オタクになりたい恋ヶ崎は、特に自分がオタク見習いだと隠す気がないらしく、わざわざ屋上まで来ているのは全面的に俺の都合だ。
いくら協定関係を結んでいる間柄とはいえ、さすがにスカートの恋ヶ崎に毎回毎回寒い屋上に来てもらうのは気が引ける。これから本格的な冬が始まるし尚更だよな。
そろそろ違う場所でも検討しないといけないかも。
「ま、とりあえず今はいーや。で、話なんだけど」
俺の表情の変化を見て、俺が恋ヶ崎に対してちょっと申し訳ないなと思っていると感じたのか、恋ヶ崎はすぐさま話題を転換してくれる。
普段はワガママだしすぐキレるしの傍若無人っぷりなのに、こういう時はホント良い奴だよな。
「おう」
「ムラサキさんの事なんだけど」
「……え!?」
なんの話かと思ったら、ムラサキさんの話……だと?
恋ヶ崎からの話が終わったらこっちから聞こうかと思ってた人の名前が突然出てきて、俺は思わず声を上げてしまった。
「え、なに? どうかしたの?」
「……あ、い、いや〜、なんでも」
「……? そう?」
かなり訝しげな目で見られてしまったが、まずは恋ヶ崎の話を聞きたいしな。
恋ヶ崎の話を聞く前にあの事を相談したら、またこいつに勘違い野郎と罵られ兼ねないんだから。
もしかしたら恋ヶ崎の言うムラサキさんの話とは、昨日一瞬だけ頭をよぎったこと、『成人向け雑誌の件は恋ヶ崎達にはすでに伝えてある』なのかも知れない。ムラサキさんは別に『俺に黙ってた』ってわけではなく、都合で『俺にはまだ伝えられていない』だけの話なのかも。
それだったらこんなに悩む必要なんかないんだよな。あの漫画は、たまたまあのシチュエーションをネタに描いただけ。
大体あのムラサキさんが、俺なんかの事を好きになるわけねーだろ! あぶねぇ! また危うく大恥かくところだったぜ。
そう思っていたのだが……しかし恋ヶ崎が話し始めたムラサキの話というのは、俺が想像していた話とは違っていた。
「昨日ムラサキさんとスカイプで話してたらさ、今度の日曜日、改めてサンクリのお疲れさま会しませんか? だって」
*
サンクリとはサンシャインクリエイト祭の略。
つい先日、恋ヶ崎が同人誌デビューを果たした同人イベントだ。
同人誌デビューと言っても、20冊刷って売れたのが2冊だけという惨敗っぷりだけどな。
そもそもサンクリは男性向けイベントだから、女性オタク向け少女マンガの二次SSを売るには適さなかったらしい。
それでも、初めて自分の作品を買ってくれた女性客に、
『私、この漫画大好きなんです。この漫画の同人誌見つけたの初めてで、すごく嬉しくて……』
『これからも頑張って下さいね』
と嬉しそうに言ってもらい、そのたった一冊の売り上げだけでコイツはもう大満足。
大惨敗のはずなのに、あたかも大勝利のような笑顔で幕を閉じたイベントだった。
「あのあと一応サンシャインの地下のお好み焼き屋さんで打ち上げしてくれたじゃん?
でも、改めてムラサキさんの家でお疲れさま会してくれるんだって!」
「マジで!?」
「うん! なんかケーキとか焼いてくれるらしいよ!
だからあんたも来れば? って」
うおおお! マジかー!
ムラサキさんて本当にいい人だよなー!
お好み焼き屋の打ち上げだって『年長者だから』という理由で全部おごってくれたっていうのに、またさらにお疲れさま会を開いてくれるなんて。またムラサキさんの家にお邪魔できるとか嬉しすぎる。
しかも手作りケーキとか女子力高過ぎだろ! そういえば初めてお呼ばれした時もすげー美味い手作りクッキーでもてなしてくれたし、本当に俺達はムラサキさんに頭が上がらない。
やべー! 今から早くも楽しみすぎだっての! …………ってちげぇぇぇ! アホか俺は! 今俺が聞きたかったのはそこじゃねーだろ!
「そ、それは確かにメチャクチャ嬉しいんだが……えっと、ムラサキさんの話ってのはそれだけか……?」
「え? あ、うん、それだけだけど…………なに? なんか文句あんの?」
と、俺からの予想外の返しに突如不機嫌になる恋ヶ崎。
「あ、いや、えっと……な、なんか他に言ってなかったかなー……と。……例えば漫画の話とか」
「は? 別になんも言ってなかったけど……。
なんなの? あんたの事だからキモいくらいに喜ぶかと思ってわざわざ誘ってあげたのに、なんか不満なわけ?
行きたくないなら別にいいんだけど」
「いやいやいや、行くから! ぜってー行くから!」
「……ふーん、あっそ。始めっからそー言やいーじゃん」
「悪かったな……」
恋ヶ崎は、このお誘いに俺が1も2もなく大喜びすると予想していたんだろう。
それなのに別に喜びもしないで「他になんかねーの?」なんて返された事にイラッときたんだろうな。
まあ確かに俺でも「ん?」くらいには思うかもしれないが、相変わらずこいつの沸点がよく分からん。
「じゃ、あたしもう教室戻るから。……あー、さむっ」
そう言って校内へと戻っていく恋ヶ崎の背中を見て思う。
――やっぱり、ムラサキさんは自分の作品が商業誌に載った事を、恋ヶ崎に話してないのか。……なんでだよ……。
*
日曜日。
あっという間に1週間が過ぎていき、今日はムラサキさんのマンションで、サンクリのお疲れさま会を開く日だ。
今は吉祥寺駅の改札前で恋ヶ崎達と待ち合わせをしている。
あれから考えたのだが、ムラサキさんが商業誌掲載の話をあえて俺達にしていなかったのは、やっぱり今日の為なんじゃないかと思う。
そりゃこんなめでたい事を話すなら、電話とかLINEじゃなくて、直接話して驚かせたいよな。
この1週間、もしかしたらムラサキさんは俺のことを……なんて事を考えて悶々と過ごしていたが、この結論に至った時点で肩の荷がすっかり降りた。
そりゃ多少なりともガッカリはしたが、こうやって1人で勝手に勘違いして1人で落ち込むのなんて日常茶飯事だ。俺ってホント成長しねーな!
でもま、これこそが元々俺があの日の夜にコンビニで想像してた展開なんだよな。
最初は漫画の内容に驚き過ぎて変な事を考えちゃったけど、こうなったら最初の計画通り、ムラサキさんの方から商業誌掲載のサプライズをしてきたら、この日の為に用意しといたプレゼントでサプライズ返しをするだけだ!
当初の計画では、サプライズ返しは3人でやるつもりだったけど、あの漫画の内容を俺の口から恋ヶ崎と桜井さんに打ち明けるのがどうにも恥ずかしくて、結局は俺1人でサプライズ返しにする事にした。
「あ! 柏田君お待たせしました〜」
「柏田お待たせー」
色々な事を考えつつ改札前で待っていると、待ち合わせ時間10分前に恋ヶ崎と桜井さんが到着した。
どうやら一緒に来たみたいだな。
「じゃあ行きましょうか!」
「うん、そうだね」
前回このメンバーでムラサキさんの家に遊びに行った時は、ムラサキさん本人も待ち合わせ場所まで迎えに来てくれた。
ムラサキさんは今回も迎えに行くと言っていたようなのだが、前回と違ってみんな場所は知ってるし、何よりも1人でお疲れさま会の準備をしてくれているムラサキさんにわざわざ迎えに来てもらうのは申し訳ないと、丁重にお断りしたらしい。
ムラサキさんのマンションは、吉祥寺駅から歩いて10分程の場所にある好立地。
俺達は軽く雑談をしつつ、ムラサキさんのマンションへと歩く。
「ムラサキさんのケーキ楽しみですね〜、柏田君! 桃ちゃん!」
「そうだね! ムラサキさんの作ったクッキー、すげー美味かったから、ケーキも美味いんだろうなー」
「いいなぁ、ムラサキさんって超綺麗だしお菓子作りも上手いし絵も超上手だし!
あたしもムラサキさんみたいになりたいなー!」
まあ恋ヶ崎の場合は、体の一部分は絶対にムラサキさんみたいにはなれないけどな! そんなこと恐ろしくてぜってー言えないけど。
あ、でも恋ヶ崎の母ちゃんってスタイル良かったし、もしかしたら少しくらいは望みもあんのかもな、なんて考えていると、いつの間にやらムラサキさんの自宅マンションへと到着していた。
マンションの入り口からムラサキさんに連絡してオートロックを開けてもらい、エレベーターでムラサキさんの自宅がある3階へと上る。
そして住民共通の廊下を歩き、306号室の前まで来ると桜井さんがチャイムを鳴らした。
程なくして玄関のドアが開かれ、中からとても綺麗な女性がスッと顔を出して、優しくにっこりと微笑む。
「みなさんいらっしゃい! お待ちしてました♪」
ムラサキさんこと佐川紫さん。やっぱりこの人はとても綺麗だ。
「ムラサキさん! 今日はお招き頂きましてありがとうございます!」
「今日すっごく楽しみにしてましたー!」
「いえいえ♪ 私の方こそとても楽しみにしてましたよっ」
桜井さんと恋ヶ崎が思い思いの挨拶をして部屋へと入っていく。
そんななか俺はと言うと、ここんとこ例の件でムラサキさんの事ばかり考えていたからか、ムラサキさんの綺麗な優しい笑顔を見ただけで、とても緊張してしまっていた。
いや、それだけじゃない。こうしてムラサキさんの自宅に来ると、どうしてもあの日の事を思い出してしまうから。
「ふふっ、柏田さんもいらっしゃい」
「あ! ……はい! 今日は俺なんかも呼んで頂きありがとうございます……!」
うおおお! ダメだああ! すっげー緊張するぞ!
カッコわりー! 俺、絶対顔真っ赤なんだろうな……
そんな俺の緊張を見て取ったのか、一瞬とても嬉しそうに微笑んだムラサキさんは、次の瞬間には小悪魔的な笑顔を浮かべて、未だ玄関に立ちすくんでいる俺の耳元へと唇を寄せて優しくこう囁くのだった。
「うふふ、柏田さんを私の自宅にお招きするのは、あの2人っきりの熱い熱い夜以来ですね……♪」
――俺は今日、この小悪魔お姉さんの魅惑のからかいに、果たして最後まで耐えられるんだろうか……?
とりあえずここまではある程度書き貯めていたのですが、ここから先はちょっと未定ですm(__)m
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