覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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はっはっは、旦那。お気に入り数の桁がおかしいですぜ……(白目)


八話

 騒がしくも楽しかった晩餐も終わり、夜が更けてきた頃。時刻は1時を回っていた。

 皆明日の練習会のために早めに寝付いたらしく、昼間とは打って変わってホテルの中は静かなものだ。

 そんな静寂の中、夜の帳を抜ける少女が一人。赤と緑の左右で異なる瞳、その目元を擦りながらも廊下をうろうろと歩くヴィヴィオ。欠伸を噛み殺し、トイレから自室に戻る途中だった彼女はふと広間に明かりが点いていることに気付く。行く時は眠気の所為で気付かなかったのだろうと七割くらい覚醒した頭で自己解決した。

 明日は大人も子どもも混ざっての陸戦試合、通称『練習会』があるというのに一体誰がこんな遅くまで起きているのだろう?

 そんな疑問を抱き、気になったヴィヴィオは覗いて見ることにした。

 そーっと扉に近付き、ゆっくりとドアノブを回し僅かに開くと中を覗く。

 

「……あれ?」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 テーブルには何かの資料らしき紙と本の山、飲み掛けのコーヒーカップ、まだ中身が入ってると思わしきポット、それと展開しっぱなしの携帯端末のモニターがあるだけで肝心の主の姿が見えない。

 頭に(クエスチョン)マークが浮かび一体誰のかと確認しに足を踏み入れようと--

 

「何してんだ?」

 

「ひゃう!?」

 

 した瞬間、いきなり背後から声を掛けられ変な声を上げてしまった。

 恐る恐る振り返るとそこには本や資料を数冊抱えて立っているヒロの姿があった。知り合いに頼み独自のルートで昼間の内に送ってもらった本と資料を取りに戻っていたのだ。

 

「子どもはもう寝る時間だろ? ただでさえ明日は練習会があるっていうのに、そんなんじゃ支障きたすぞ」

 

 驚いたヴィヴィオを一瞥した後、呆れたようにそれだけ言うとヒロは作業途中のテーブルに向かう。どうやらそこの主はヒロだったらしい。

 空席だった椅子に腰を掛けるとまるでヴィヴィオのことなど眼中にないかのように黙々と(せわ)しなく紙と本とモニターに目と手を動かし始めた。

 本を読んだと思っていたら資料に目を通し、資料を見ていたらと思うとモニターで確認する、端末で確認し終えたと思ったら今度は別の本を手に取り……その繰り返しが幾度となく行われていた。

 その姿はまるで勉強しているみたいだと思ったヴィヴィオは、少しどんなものを読んでいるのか気になった。読み終えたと思わしき山の中から一冊だけ拝借、それを無限書庫の司書御用達の魔法を使って軽く読んでみる。

 

(……きゅ~)

 

 数秒と経たず轟沈。文字数やページ数はともかく圧倒的に専門用語が多く、全く分からない単語が次々とヴィヴィオの頭を襲った。その所為でたったの数秒で目を回す有り様。

 しかし、ただでは倒れない。その中でも知ってる単語を掻き集め、一体どんな本を読んでいるのかだけはわかった。

 

「医療関係の本とかつまらないだろ」

 

 ヴィヴィオの行動を横目で確認したヒロはそんなことを言った後、また本に視線を落とす。

 そう、ヒロが読んでいたのは医療関係……それも病原体やウィルス、それが人体にどんな影響を与えるかや他の管理世界の病気についてなどの専門書だ。

 そういえば医者という話を聞いていたなと思い出しながら何故今このような本を読んでいるのかと新たな疑問が湧いた。急患の報せでも来たのだろうか?

 

「あの、なんで……」

 

 気付けば口から言葉が出ていた、ハッとしてすぐに塞ぐが聞こえていたらしくヒロがこちらを見ている。

 しまったと気まずそうな表情を浮かべるヴィヴィオとは別に、休憩がてらにでもと考えるヒロ。

 思いついたらすぐに予備のカップにコーヒーを注ぎ、それをヴィヴィオの近くのテーブルの上に置く。無論、砂糖とミルクも忘れずに。

 ちなみに予備のカップがある理由は、コーヒーなどは底の方に残り易いため一つのカップを使い続けるより新たなカップに注いだ方が味に変化をきたさないためだ。……あくまでもヒロ個人の理屈だが。

 

「次元世界の平均的な病気の数って知ってるか?」

 

 砂糖とミルクで十分に甘くしたコーヒーを必死で冷ましてちょっとずつ飲むヴィヴィオ。その姿を微笑ましく思いながらそんな問いを投げ掛ける。

 唐突過ぎるその問い掛けに、しかし根が真面目なヴィヴィオは必死に考え込む。

 百だと少なすぎるし、千は世界規模だと微妙な所。なら五千か……あ、でも科学技術が発展してるし……。などと面白いほど頭を抱え悩んでいる。

 百面相を見るのは楽しいが、流石にいじめるのは可哀想かと思い一分経ってから正解を言うことにした。

 

「はい、時間切れ。答えは一万だ」

 

 頭を悩ませたものの結局答えは出せずに時間切れ。そしてヒロが開示した答えを聞き、予想より意外と多いことに驚きの声が漏れる。

 「病気」と一言に言ってもその種類は数多にあり、病原体やウィルスによるものから遺伝性や生まれつきのもの等まで含めれば幅広く存在する。

 現在確認されている管理世界・管理外世界はともに少なくとも三桁は優に超えている。世界一つにつき一万の病気と言うことは単純計算しても二百万はくだらない。実質調べる際人間に影響があるものだけを選別しても基の数値の桁が大き過ぎる為減った気がしないとヒロは毎回思っている。

 世界を渡航する手段を持ち合わせているという事は何も良いことばかりではない。技術の流通や文化交流に探索、調査。その際に本来ならその世界にはない細菌や微生物を持ってきたりする例も珍しくない。昔、次元渡航が始まった当初は特にそれが顕著だったらしく、中には魔力を通して汚染するものすらあったという話もある。

 故に、そういった『万が一』に備える為に、渡航技術を有する世界の医者は必然的に他の世界の病気も知識にしなくてはいけなくなる。

 「へぇ~」と感心するヴィヴィオ。流石に十歳が受ける授業内容だとまだその辺りはしないようだ。

 

「オレ、技術ならともかくこういった知識は全然でな。だからこうやって毎日勉強してるんだよ」

 

 お手上げと言わんばかりのジェスチャーを見て、抱いた感想は「あ、やっぱり勉強だったんだ」という的外れなもの。

 それが口に出ていたのかヒロは「やっぱ頭悪く見えるんだな、オレ」と自傷気味に笑う。実際試験とかもギリギリで受かった程度なので良くはない。良くはないが、良くはないものなりに努力はしているつもりだ。

 流石に「世界中の人を救う」と言った馬鹿げた妄言は言わないが、頼ってくる人は何とかしたいとは普通に思う。

 

「……ところで、どうだ? アインハルトとは」

 

 うっかり一人で埒外な方向に向かう思考を止めるべく、今日一日妹と付き合った感想を訊く。

 それに対しヴィヴィオから「あ、あはは……」と乾いた笑いを上がった。

 正直に言おう……疲れた。いつもの大人しい、クールな性格は何処へやら兄を前にした彼女は歳相応以上の子どもになることが判明した。普段の大人びた雰囲気から一変、兄一直線のその姿のギャップというか落差が激しすぎる為置いてきぼりを何度も喰らい、必死にそれに追いつこうとして体力と気力がガリガリと削れ、仮に追いついても話し自体についていけずに精神が磨り減る。

 そういった体験を一言で表すならやはり「疲れた」だろう。

 

「あ、でも……アインハルトさん、今までに見たことないくらい楽しそうに笑ってました……」

 

 ふと一日を振り返ると、アインハルトはよく笑っていたと思う。微笑や苦笑と言った少し顔に出る程度ではなく、それこそ心の底から楽しんで笑っていた。……自分達の前では決して見せないであろうその姿に少し寂しさを覚えたのは、やはり本当の友達になりたいと思っているからなのだろう。

 

「? 何か勘違いしているみたいだから言うが、別にオレがいたから笑っていたって訳じゃないぞ」

 

「……ふぇ?」

 

 ヒロのカミングアウトに虚を突かれ間抜けな声が漏れたヴィヴィオは、そのまま訳がわからないと言う顔でこちらを見つめる。

 

「まあ確かにオレの前だと感情や表情が表に出やすいことは事実だが、だからと言って他人の前であそこまで羽目を外すなんてことはそうそうあるものじゃない。……少なくとも、そういった他の人には見せない素顔を見せるほどにはお前達に気を許してるってことだよ」

 

 優しく諭すように、そして嬉しそうに微笑みながら言われた言葉。それが嬉しくて、つい頬がにやけるのを隠すため手で顔を隠した。

 アインハルト(向こう)もちゃんと友達だと思ってくれているのだと……。

 

「なにかと手がかかるし、色々と疲れるかもしれないけどアイツとこれからも仲良くしてくれるか?」

 

「は、はい! こちらこそお願いします!」

 

 改まってお願いされると勢いよく返事をした。それを聞くと「ありがとうな」と感謝され、同時に「それじゃあ、お古で悪いが餞別だ」と一冊の本が渡された。

 

「これはアインハルトのお気に入りの本でな、寝物語にするほど好きなやつだ。何か話のネタに困ったらそれを持ち出して見るといい。恐らく食い付いてくるはずだ」

 

 それは七人の騎士が描かれた見ただけでも古そうな本だった。

 『七騎士』と呼ばれるベルカに伝わる昔話の一つだ。昔話とは言っても実際は史実を基にしたもので、戦乱の時代の中で生きた騎士、その中でも最も優れた七人の生涯を綴ったものらしい。

 彼らは仕えるべき王こそ違ったがその高い忠誠心と数々の武勇伝により後生にまで語り継がれる程の英雄となった。

 生きた時代は聖王や覇王と同じ戦乱の時代。その為か彼らと関わりのある騎士もいるらしい。……もっとも当の覇王の直系子孫であるアインハルトのお気に入りの騎士は、覇王とは無縁の者のようだが……。

 

「いいんですか……?」

 

「ああ、オレはもう嫌というほど読んだし、アインハルトも自分用に何冊か持ってるからな。絵本というよりは写本とかに近い中身だが、速読魔法が使えるようなら問題はないだろ」

 

 実際本は厚く歴史書の如く文字が列なっていた。しかし先程ヴィヴィオが速読魔法を使うのを見て大丈夫と踏んだのだろう。

 それにヴィヴィオ自身少し興味があった。アインハルトが読んだ物というのを除いても、クローンである自分のオリジナルである聖王女オリヴィエ。彼女と同じ時代を生きた英雄達がどんなものなのか知ることが出来るのだから……。

 

「読みたくてうずうずするのは構わないが今日はもう遅い、読むなら明日……というか朝になってからにするんだな」

 

「う……」

 

 考えてることを読まれ注意された。注意された以上は仕方ない、大人しく今日のところは寝るとしよう。

 本を抱え椅子から立ち、部屋に戻ろうとドアノブに手を掛ける。

 

「送っていこうか?」

 

 その瞬間、いつの間にかヴィヴィオの後ろに立っていたヒロがニヤついた笑みを浮かべそう言った。そこに暗い夜道が怖いのではないかという意図が含まれていることに気付いたヴィヴィオは、笑顔を浮かべてこう言い返した。

 

「大丈夫です」

 

 なめられて意地になったわけでも強がりでもなく、自然とその言葉は口から紡がれた。

 その姿を見て、何故か暫し唖然としていたヒロだったが少し間を置くと「そうか」と穏やかに口元を緩ませヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「『お前』は大丈夫なんだな」

 

「……え?」

 

 微笑を浮かべているその顔がヴィヴィオにはどこか寂しげに一瞬見えた。

 なんでそんな言葉を、表情をしたのか訊こうとも思ったが、その前に背を向けられた。これ以上は問答できないと感じたヴィヴィオはそのまま広間を後にする。その際に小さいが確かに「おやすみ」という声が聞こえたのは気のせいではないだろう。

 

 

 言われた言葉もあの寂しそうな顔の真相も分からぬまま来た時と同じく廊下を歩くヴィヴィオ。

 子ども部屋の前に来た時、ふと思い出したように頭に手をやり、撫でられた時の感覚を思い出す。

 

 --あの時ヴィヴィオが一番最初に感じたのは『温かい』でも『優しい』でもなく、『懐かしい』という感覚だった。




オリ設定とか独自解釈とか出た今回。今後あまり使わないものがいくつもある気がするが気にしない。物語である以上何処かにシリアスをぶっこまないといけないと思ったらこうなった。
ちなみにこんな感じの流れですが、ヒロにvivid組との恋愛フラグは立たないのであしからず。

それにしても、アインハルトが出ないから凄い静かだったな今回……あれ?

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