ブラコンアインが結構人気みたいで正直ちょっと驚いてる私。そんなアインハルトを今回ちょっと暴走させてみた。
※ウチのアインハルトは真正のブラコンです。
硫黄独特の臭いが鼻を突き、蒸すような熱気で体温が上昇する。
ホテルアルピーノ名物天然温泉大浴場(自称)。合宿初日の訓練が無事に終わり汗と疲れを洗い流そうと一部の人を除いた女性陣は皆ここにいた。ヘタなレジャー施設以上に充実したそこは体だけでなく心にも十分なケアが行き届いていた。
とあるアクシデントこそあったものの最後には身も心もサッパリとしてあがる……はずだった。
重い。ひたすら重く、身震いするような冷たい視線が体を貫く。まるで氷の上に正座させられているのではないかという錯覚すら覚えるほどだ。
あまりの恐ろしさに自然と視線が下を向く。仮に恐怖を押し殺して顔を上げても、そこにいるのは小さいながらも確かな修羅であった。
左右で異なる青と紫の瞳は端整な顔立ちによく映え、未成熟ながらも良いスタイルは今たったの布一枚で隠されている。美少女と呼んでも差し支えないその少女の目は、しかし今狩りを行う直前の猛禽類と同じ鋭さを秘めていた。
自分より小さいはずの少女に確かな恐怖を感じている水色の髪の彼女--セイン。怯えるその姿に同情の視線を送りつつ、何故このようなことになったのかと記憶を掘り下げるべくヴィヴィオは静かに目を閉じた。
事の発端はセインの悪ふざけから始まった。
温泉にゆったりと漬かっている女性陣。その彼女達の体を瞬間的にとはいえ、エロ親父の如き手つきで触っていくという悪戯。しかも見つからないように自身の能力を使ってまでするのだから手に負えない。
一人、二人と次々に被害者が続出していったが、結局最後の一人--リオに抱きついた瞬間属性付加の蹴りを思いっ切り受けて轟沈。ほどなく事件は解決となった。
ちなみに完全な自業自得なため誰も技を受けたセインの心配はしなかったそうな。
それからセインが駄々を捏ねたり、リオに謝ったり、ルーテシアが訴えない代わりの交換条件を出したりと色々とあったが結果はまるく収まった……はずだった。
ルーテシアの交換条件のおかげですぐに帰る必要がなくなったセイン、そして皆は改めて温泉を堪能する。その際ふと話題に上がった「セインは料理上手」という言葉を耳にした一人がこんなことをアインハルトに訊いた。
「ヒロさんって料理できるの?」
実は女性陣が温泉に入ってる間ルーテシアの母--メガーヌとエリオ、ヒロの三人は夕食の用意をしていた。
顔見知りのメガーヌやエリオのことは知っているが、付き合いが皆無と言っていいヒロの腕前は完全に未知数。世の中料理上手な人だけでないことを知ってる何人かはその質問の返しに内心戦々恐々だった。
何せ彼女達のよく知る医者の一人が「味は度外視、栄養のみを追及した何か」を作る人であった為に『医者』というワードを聞いただけで身構えてしまうほどだ。
そんな彼女達の心配なぞ関係のないアインハルトは自信満々に返答した。
「勿論できます。特にチーズを使った料理は絶品なんです」
ふふんと鼻を鳴らし、自慢気に語る。
子どもの頃から育児をしてきたヒロは、当然その食事にも気を使っていた。
自分一人ならインスタント食品で終わらせることもあったが、最愛の妹に与える物としてアインハルトが普通に食べれるようになってからは自ら料理をするようになった。
経験がなかった為最初こそ苦戦はしたが、よくある料理下手がやってしまう「独創的なアレンジ」は一切せずに地道に一つずつ簡単な物から覚えていった。その結果今ではある程度の料理は作れるようになり、長い間作り続けた為味も相当なものになっている。
ちなみに何故チーズを使ったものが絶品なのかというと、簡単にいうなら熟練度の差である。
子育てにおいて誰もが一度は通る道、苦手・嫌いなものの克服はアインハルトの場合にもあった。そしてアインハルトが当時最も嫌いなものがチーズだったのだ。
曰く、「あの独特な臭いが嫌い」と言って毎回残す為、何とか克服させようとばれないように他の料理に混ぜたり、一般的には知られていない伝統料理や頭を捻って作ったオリジナル料理などあらゆる手を使った。
右往左往した過程はともかく、結果は苦手を克服。寧ろヒロが作る料理の中では最も好きな料理になったらしい。ついでに苦労したヒロの得意料理にもなったそうな。
その話を聞き安心した子ども組とは別に他に気になったものが何人かいた。
饒舌に兄のことを語るアインハルトのことを見て、聞いていた以上のお兄ちゃんっ子だったことにあるものはシンパシーを覚え、あるものは羨ましくも微笑ましいと思った。
仲がいいね、本当に好きなんだね。そんな言葉が行き交う中ある人物が放った一言があった。
本人も、そして周りもそれが冗談交じりの茶化しなのは言わずとも分かった。基本残念な子だが本気でそんなことを言う相手ではないのは知っていた。
だがしかし、それでも、その言葉だけはアインハルトにとって最大の
「結婚とかしそうな勢いだよねー」
--……は?
ビキリと、まるで空間に亀裂でも入ったかのような音が聞こえた気がした。
出どころはアインハルト。今までに聞いたことのない低い声でそれを言ってしまった主、セインを睨みつける。
「今、なんて言いましたか? 結婚とかそんなふざけたこと言いませんでしたか?」
温泉に漬かり、湯気に当てられている。それにも関わらず何故か背筋を冷たい何かが走り、体全体が悪寒に襲われる。
「あんな紙切れ一枚で成立し、紙切れ一枚で終わるような関係に私がなりたいと? そんな戯言を貴女は言ったのですか?」
温もりが一切なくなった眼差しがセインを射抜く、するとまるで金縛りにでもあったかのように体が動かなくなった。
バインドか何かと思ったがそれは違った、体が無意識の内に震えている。寒さや武者震い以外でそんな症状が起きるとすれば、それは恐怖以外の何者でもない。
つまり、セインは今アインハルトを恐れているのだ。
確かにあの有無を言わさない猛禽類のような眼は怖い、さっさと逃げ出したい。能力を使ってでも逃げようかとさえ思った。
「さあ、答えてください」
しかし目の前の修羅がそれを許さない。「逃げたら殺す」と言わんばかりに殺気立っている。
後にセインは語るのであった、「地雷って本当に見えないから怖いよね……」と。
「あ、アインハルト、さん……? どうしてそんなに怒ってるの……?」
今までとは違ったベクトルの豹変にヴィヴィオは恐る恐る訊ねた。
セインの助け舟と、そしてそこまで激怒する理由が気になった。
そんなヴィヴィオたちの視線に気付き、少し頭を冷やす。如何せんこの話題だけは感情的になりやすいようだ。
そう自己分析した後、彼女は自分の中で出来た『持論』を語り出した。
「いいですか、ヴィヴィオさん……結婚とは他人が家族になる為の儀式だと私は考えています。この他人とは即ち血縁関係のある家族を除く人を指します。彼または彼女が結婚という儀式を終えることにより初めて本当の家族になれるのです。結婚とはそうして外側の人を内側に入れることに他なりません。
故に元々内側にいるはずの人が、同じ内側の人と結婚というのはあり得ないのです。これは法律で定められていますが、私から言わせて貰えばそれは法律以前の問題なのです。
先程も申し上げましたが結婚とは他人を迎い入れる儀式……それを内側の人とするということは即ち、『この人は他人です』と言ってるようなもの。実の血を分けた兄弟を他人呼ばわりですよ? 同じ親から生まれ、同じ家で育ち、同じ時間を過ごしてきた半身とも呼べる存在を他人と言うのですよ? それはつまり今までの自分と相手を否定することに他なりません。もしそんなことを言われたら私なら一ヶ月は寝込む自信があります。
よく『愛さえあれば』などと言う人がいますが、結婚を念頭に考えた時点でそれは愛ではなく恋です。つまり自分で外側の人間だと勝手に決め付け、結婚という形でしか愛してることを実感出来ない無礼且つ愚か者なんです、そんな人が真に人を愛することなど出来るはずがない。
『愛さえあれば』と言うなら形に拘るな、真に愛してるのなら結婚なんて幻想に甘えるな、大事だと言うならその想いを胸に一生を遂げみろ。
大切なら、愛してるなら出来るはず。もし出来ないというのなら
…………………………。
アインハルトの熱弁が終わると辺りがシーンと静まり返った。
「えーと……つまり?」
全員がポカーンとしている中、一早く我を取り戻したヴィヴィオが「どういうこと?」と要点を訊く。
「紙切れ一枚で変わる関係が
『(あ、やっぱりそういうことなんだ)』
大層な持論を語ったはずだが、その根底にあるのはやはり兄への想いらしい。つまる話、
ちなみに、なんだかんだと言ってはいるアインハルトだが、結婚自体は否定していない。寧ろヒロが行き遅れないか心配するほどだ。しかし結婚=幸せという図式が成立しないことも分かる年頃な為何かと複雑なのだ。……あと、結婚したら自分のことは構われなくなるのではないか?という全くもってあり得ないはずの不安もあったりする。
その後、アインハルトに共感を覚えたある人物が兄弟への思いを一緒に語り始め、そのおかげで何とかセインは逃げ出すことが出来た。しかしこの二人、結局夕飯の準備が終わりメガーヌが呼びにくるまでの間ずっと語りあっていたとか……。
ちなみに、この日のアインハルトの最大の収穫は「
妹物ゲームに真っ向から喧嘩を売りそうなウチのアインハルトさん。ちなみに彼女の中での力関係は、実妹>>>超えられない壁>>>嫁>>>>>義妹くらいらしい。
いつから実妹が義妹より劣ってると錯覚していた? そんなことを言いかねないくらいのブラコン娘です、うちの子は。