まるで意味がわからんぞ!
物心付いた時には既に傍にいてくれた、いるのが当たり前だった。
泣いたら駆けつけて優しく抱きしめて、泣き止むまで頭や背中を撫でてくれた。
実の兄弟なのに似てないと悪口を言われても、ありのままのお前が好きだからと受け入れ微笑んでくれた。
悪いことをしたら叱り、正しい道に進めるよう導いてくれた。
次元世界で一番好きで愛しい人。
だからいつまでも護られるのが嫌で強くなりたかった。
大好きな人だからこそ、夢に出た『彼女』のように自分の前から消えていなくなるのではと不安で堪らなかった。
--強さを求めたのは傍に居たかったから。
--強くなりたいと願ったのは失いたくなかったから。
身勝手な独りよがりなのは自覚していた……だがそれでも怖かったのだ。好きな人が手の届かないところにいってしまうことが……。
そうだ、だから--。
「だから私は力が欲しかったんです。……ずっと傍にいたいから」
彼女の口から語られた言葉は苦しいほど重く、その気持ちは痛いほど伝わった。
彼女--アインハルトにとって兄がどれほど大切な人なのかを。
しかし、どんなに一途な思いを秘めようとも世界には「決して踏み越えてはならない一線」というものが存在する。
如何に想い、願おうとも絶対に叶えてはいけないものがあるのだ。
だが今、彼女はその一線を越えようとしている。
誰かが止めねばいけない。そう思い
右を見る。リオはこちらの視線に気付くと顔を背けた。
力になれませんアピールだろうか? それともこちらに押しつけるつもりなのか? どちらにしろヘタレである。
左を見る。コロナは困惑の表情を浮かべていた。その気持ちはよく分かる、まさか『ここまで』とは正直自分も思っていなかったのだから。
……うむ、どうやら未だに考え中らしいのでとりあえず後回しだ。
正面を見る。ルーテシアが困ったような、しかし何かを期待するような眼差しをしている。
論外、あてにならない。むしろ燃料投下の可能性大。
再度コロナに視線を向けると手を合わせられた。「ゴメンなさい」か「お願いします」か、まあどちらにしても自分に頼むようだ。
「………………」
お母さん、どうやら友情では解決できない問題がこの世にはあるようです……。
そんなある意味悟ったような瞳で一度窓から外を眺めた。木々がざわめき、鳥が舞い、蝶が踊った。ああ、かくも世界は美しいものなのか。……例え、その片隅で金髪の方の母親が友人の兄にガミガミと説教を食らっていようとも、そう思わずにはいられなかった。
すぅ……はぁ……。
ゆっくりと深呼吸を数回、体に酸素を十分に巡らせたら覚悟は完了。
--いざ!
まるで決戦にでも向かうかのような意気込みで振り返ると勇気を持ってこう言った。
「それでも、やっぱりヒロさんとの相部屋はダメだと思うよ、アインハルトさん」
荷物を全て持ち、子ども組の部屋から出ようとしていたアインハルトが「何故ですか!?」と振り向く予想はそのまま現実のものとなった。
事の発端は昼食を採り終えた後のことだった。
ヴィヴィオとアインハルトは食器の後片付けをしていると不意になのはとヒロの姿が目に入った。なにやら楽しそうに(二人から見ると)話し込んでいたそれを見てアインハルトはふと思い出したことがあった。
--そういえば、兄さんの部屋ってどこなんだろう?
少し気になったアインハルトは片付けを早々に済ませるとヴィヴィオを引き連れルーテシアたちの下へ向かった。世話になるホテルの持ち主の娘であるルーテシアなら知っているだろうと考えたのだろう。そしてそれは的を獲ており、且つ普通に教えてくれた。男女間のことを考慮した造りの所為か、思ったより部屋は離れていた。
それを聞いたアインハルトはヴィヴィオ達を置き去りにする勢いで部屋に戻ると、荷物を纏めて始め、ヴィヴィオ達が追いついた時には既に部屋を出て行く気満々だったのだ。
この時点で今朝からのヒロに対するアインハルトを見てきた友人三人は察してしまった……「あ、この人ヒロさんの部屋に行く気だ」と。
いやしかし、流石にそれは色々とマズイだろうと思った彼女達は何とか引き止めようと説得したのだった。
そして現在に至る。
「実は私、枕が変わると寝付けなくて……でも兄さんが傍にいると安心して眠れるんです、だから--」
「それでもダメです」
一度は阻止されたアインハルトだが、その後も挫けずに逆に説得し返している。それを間髪入れずNOと言い続けるヴィヴィオ。
知り合ってからまだ日は浅いが、それでもお互いに妙な所で頑固なのを知っている所為か二人共全く引く気がない。
極度のブラコンであるアインハルトはともかく、ヴィヴィオが此処まで粘るのはヒロの助言が影響している。この世界に来る前の次元船の中ででのこと、「アインハルトと友達になるなら下手な遠慮はいらない、オレ絡みで暴走することもあるだろうからその時は全力で止めてくれ」と言われたので、その言葉通り絶賛ストッパーとして活躍中だ。
本来であれば友人達も助力してくれれば有り難いのだが、生憎二人はアインハルトのブラコン力に気後れして戦力外。もう一人に関しては愉快犯になる可能性が高い為全く当てに出来ず、結局ヴィヴィオ一人で頑張っているのが現状だ。
しかし、上限知らずな兄への想いを原動力にしているアインハルトとは違い、普通に体力と気力で持っているヴィヴィオは流石に疲れてきた。
もういっそのことダメもとでルーテシアに助力でも求めようかと思い始めて瞬間、救いの手が差し伸べられた。
「お、いたいた。こんな所で燻ってる暇があるなら
「ノーヴェ!」
扉の奥から現れたその姿を確認するや否やヴィヴィオはノーヴェに飛びついた。限界ギリギリの状態で登場した彼女は正に救世主のような存在だった。
「ど、どうした?」
いきなりのことに驚きながらもしっかりとヴィヴィオを抱きとめるノーヴェ。
現状を確認するため、軽く部屋を見渡す。
何故か荷物を持ったアインハルト、苦笑を浮かべるリオとコロナ、無駄に目を輝かせているルーテシア、そして潤んだ目で自身に飛びついたヴィヴィオ。
深く考えなくてもわかった。大方アインハルトが暴走し、ヴィヴィオが制止に回っていたのだろう。となるとノーヴェのとるべき行動は決まった。
「どうだアインハルト、お前も来ないか?」
「そうです! いきましょうアインハルトさん」
「あ、いえ、私は……その……」
ノーヴェが誘い、ヴィヴィオがその提案に賛同する。それに対しアインハルトは先程の勢いは何処へやら、あたふたと視線を動かし、どうしようかと考え込む。
その姿を見て、「ああ、やっぱり兄関連じゃないとこうなんだなあ」と改めて再認識したヴィヴィオ達。そして、なら話は早いとノーヴェはあることを口にした。
「ちなみにお前のとこの兄さんは、いざという時のためになのはさん達の方に付いていったぞ」
「さあ、行きましょう皆さん」
速いな、おい。
そんな言葉が出かかったほどの切り替えの早さ。ついさっきまで何がなんでも兄の部屋に行こうとした人が手の平を返したように荷物を全て置き、ノーヴェの後ろ--つまり廊下に移動していた。そして「早く行きましょう」と言わんばかりのキラキラとした瞳によるアイコンタクト。
本当に人が変わり過ぎだろう、どれだけお兄ちゃんっ子なんだよ。
そんなツッコミすら出来ないほどのよく分からない疲労感に襲われるノーヴェとヴィヴィオ。
これでもまだ合宿初日という現実に二人は少し先行きが不安になってしまっていた。
ノーヴェとヴィヴィオは犠牲になったのだ、ブラコンの鬼と化したアインハルトの犠牲にな……。
何故かわたしが書くアインハルトって基本暴走しちゃうんですよね。だから子ども組にもストッパーが欲しくなった結果、めでたくヴィヴィオに白羽の矢が立ったとさ。
頑張れヴィヴィオ