これがアインハルトの力か(え
生きとし生けるものにとって「水」とは必要不可欠な物である。それは動物であろうと植物だろうと関係なく、生きるとは即ち水を摂取することであると言っても過言ではないだろう。しかしながら陸上で生きるものにとってそれは毒になることもある。
過剰摂取による体調の乱れ、冷たい水に漬かり過ぎたための低体温症、単純に溺れたが故の呼吸困難など……挙げればキリがない。生きることに必要であるにも関わらず多すぎれば害となる。「過ぎたるは
しかして尚人は水を求める。それは原初の海への望郷の表れか、はたまたそこには多くの者達が集まると知っているからか……。
「……うん?」
バシャバシャという心地良い水が撥ねる音が止んだと思ったら僅かな間を置いて大きな音が何度も耳に入ってきた。
水を裂くような、押し上げるような、重い物が高速で進むような、そんな音が気になり視界を開く。
見ると妹と友達が川で遊んでいるようだ。妹が水中で突きや蹴りを放つとその衝撃で小規模な津波や水柱がたっている。
ふむ、かなり雑で力任せなところはあるが、あれは恐らく「水斬り」をやっているのだろう。脱力と瞬発力のバランスが重要な“遊び”の一つだ。柔軟性と筋力、あとは体の動かし方さえ分かれば苦もなくできるのだが、どうやら妹は手こずっているらしい。融通が利かない性格が、そのまま体現されたかのように力押しの一択だ。
……あ、今の水柱六
「お、なんだ起きたのか?」
妹の噴水職人っぶりを観察していると川から上がったノーヴェが話しかけてきた。言われて初めて「ああ、そういえば寝てたな、オレ」と気付いたヒロ。
訓練先である無人世界カルナージ。そこに着いたのはつい一、二時間ほど前のこと。お世話になるアルピーノ
なのはや金髪の女性--フェイトを筆頭とした
当初はなのはに連行されそうだったヒロだが、そこをアインハルトが無理やり連れてきた結果現在に至る。
アインハルトとしては一緒に遊びたかったらしいが、肝心のヒロが水着を持っていなかったことでその願いは儚く費えたのだった。そのことに対して「なんで持ってこなかったんですか!」と妹から凄く文句を言われしまったが、忘れてはならない……こちらは当日急に行くことになった人なのだ。代えの着替えなら来る時にさっさと買ってきたが、レジャー用品である水着を買える余裕などあるわけがないのだ、主に時間的に。
結局のところ、川に来たはいいが特にやることもなく、ただ子ども達の遊ぶ姿を眺めていたヒロはいつしか眠っていたらしい。何かと疲労が溜まっていたのかもしれない。
「水斬りか、懐かしいな……」
「やったことがあるのか?」
その所為かふとそんなことを呟き、気になったノーヴェがそのことを訊いてくる。
「昔にちょっと、な」
少し面倒な事情が含まれているため言葉を濁す。個人的には言っても構わないかもしれないが、近くに妹とヴィヴィオ達がいるので控えることにする。
「……それにしても……」
視線を川で遊ぶ子ども達に向ける。
大人しそうな少女、コロナ。活発そうな少女、リオ。そしてお世話になる家の娘ルーテシア。この三人は、言ってはなんだが大変子どもらしいワンピースやフィットネスタイプの水着を着ている。当たり前だと言えば当たり前なのだが……。
問題はあの二人--アインハルトとヴィヴィオに視線を向ける。
この二人……何故かビキニタイプの水着を着ているのである。しかも二人とも胸の前で結ぶタイプのものだ。普通のビキニですら「マセてるな」と思うのに、まさかその上を行くタイプの水着を十歳と十二歳の少女が着ているのである。
……軽く頭痛がした。「せめてもう少し大人になってから着ろよ」とか「出るとこ出てないと意味ないだろ」というツッコミが場違いにさえ感じた。
念のため言っておくが、間違ってもあれは
まあいい……いや良くはないがアインハルトの方は家の問題だからまだ対処はできる。……問題はヴィヴィオの方だ。
何故思春期にすらなっていない子どもがあんなのを着ているのか? もし自分であの水着を選んだのであれば将来が果てしなく不安になり、もし親であるなのはが決めたのであれば育児方針に関して話し合う必要があるだろう。
どちらにしても娘……もとい、歳の離れた妹を持つ身としては一度は話し合いをしないといけないのかもしれない。
「え? ヴィヴィオの水着? あれはフェイトちゃんが選んだ物だよ」
子ども組の水遊びが終わり、十人以上の大人数での昼食の後。
後片付けをしている時それとなく、ヴィヴィオの水着の件を訊ねてると意外な答えが返ってきた。
「フェイト」とはあの金髪の女性のことだろう。次元港である程度人が集まった時にそこで各々自己紹介したのだが、その際ヴィヴィオの母の一人だという説明をされて一時混乱したからよく覚えている。
見た目や話した感じはなのはよりは真っ当そうだったが、まさかそんな趣味があったとは……。
「ゴメンね、真っ当そうじゃな・く・て! ……あとフェイトちゃんの場合は、趣味というよりはちょっとズレれるだけだと思うけど」
そう言ったなのはの声にはどこか怒気に含まれていた。どうやら無意識の内に口に出してしまっていたようだ。
しかしズレているとは一体どういうことなのだろうか?
「あー……うん、それはね」
疑問符を浮かべるヒロに、作業を途中で止めたなのはが一つの映像を見せる。
それは、なのはのデバイス--レイジングハートに記録されていた映像。そこには赤い毛並みの狼を引き連れた九歳当時のフェイトの姿だった。
ツインテールにした綺麗な長い金髪が黒いマントと共に風に靡く、手には斧に似通った黒い杖が握られ、目は九歳とは思えないほど力強く顔は凛々しかった。可愛いよりかっこいいと言ったほうがいいかもしれない雰囲気を纏っていた所為か、一瞬その姿を疑った。
「……一つ訊いていいか? 高町さん」
「なに?」
「まさかとは思うが、これ常時のバリアジャケットじゃないよな?」
バリアジャケット--それは魔力で組まれた防護服にして鎧。万が一の時にでも魔導師を守ってくれる最後の砦。姿形はどうあれどそれの有無は正に命を左右すると言っても過言ではない。
「………………」
「……おい」
無言の肯定をするなのはにヒロは軽く頬が引き攣った。
バリアジャケットの形は多様にある。半袖短パンやドレスに中には全身甲冑なんて物もある。しかし、長年生きたがレオタード型は初めて見た。どう見ても装甲が薄い上に、ヘタをしたらこっちが捕まりかねない姿だ。これが常時の姿だとしたら色々問題しかない気がするのだが……。
「えっとね、一応この格好にも理由が--」
「なのは、こっちは終わったよ」
このままではマズイといざ弁明しようとした瞬間、まるで計ったかのようなタイミングで件の人物、フェイトが現れた。
「ちょっといいかハラオウン、話がある」
「え?」
「あ、待ってヒロくん!」
そしてそれを確認するや否や、なのはの制止の言葉も聞かずフェイトを連れて出て行った。
ああなったヒロを止めるのは中々に難しい上ヘタをしたらこちらにまで飛び火する、過去のことを出されたら不利になるのは確実にこちらだ、藪蛇以外のなにものでもない。故にここは素直にフェイトが開放されるのを待とう。
残されたなのはは友の身を案じつつも後片付けを再開した。
「ねぇなのは……なんで私怒られたの……?」
十数分後。散々叱られて疲弊したのか、目に涙を浮かべて帰ってきたフェイト。何故怒られたのか分からなくなるほどガミガミと言われたらしい。
その姿を見て、今回の原因たる発言をしてしまったことを激しく後悔したなのはは、今度から口は滑らさないようにしようと誓うのだった。
水着の話にしようとしたらこうなった。
フェイトさんは好きですが、子ども時代のバリアジャケットにはツッコミを入れなきゃいけないかなーと思ったらこうなった。
当時フェイトさんのあの姿を見た時「え……?」と素で思ってしまったのは多分わたしだけ。