覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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五十一話

『………………』

 

 長い沈黙が再び訪れた。

 質問者のティアナは勿論、盗み見ていたフェイトもクロウの正体が気になり、凝視している。

 口を閉ざし、静かに目を閉じ、思考するように腕を組む。その姿もヒロに似ており、二人は更に視線を強める。

 それに曝され続けるクロウの心中は、中々に穏やかではなかった。

 

『……どうしよう兄さん』

 

 堪らなくなったクロウはついに救援を求め念話を送ってきた。

 

『成る程、詳細は分からないが知られてしまったのか。なら仕方ない、応えられる範囲で答えればいいだろ』

 

 それを受け取った相手は、ヒロだった。

 実はクロウはヒロ達の尾行に既に気付いていた。元々危険が多い職業柄気配には聡いのだ。そしてそれを承知の上でつけていたヒロは特に驚くこともなく簡素に返した。

 あまりに淡白に返されたことにクロウは一瞬戸惑った。この問題は彼だけのものではなくヒロも関わっているのだから……。

 しかし下手な嘘で言い逃れ出来る雰囲気ではない上ティアナは頭が切れる、大凡の見当は着いているだろう。ともすれば、当人の許可も下りたことだ、素直に白状した方がいい。

 観念(意を決)し、クロウは目を開き、ティアナに改めて向き直った。

 

「見当は着いているんだろ? 俺は兄さん……ヒロ・ストラトスの遺伝子データを基に作られたクローン。人造魔導師だ」

 

「やっぱり……」

 

 実の所、ティアナにはある程度の予想が着いていた。身近に似たような者がいるということもあるが、彼とヒロが同一人物として考えるには見過ごせない問題がいくつかあったからだ。

 ヒロの肉親という線は勿論浮かんだが、それにしては『似過ぎている』。定期的にアインハルトと連絡を取り合っているが、彼女にヒロ以外の兄弟がいるという話は聞いたことがない。

 そうなれば考えられるのは二つ。本当に偶々似ていただけの赤の他人か、彼の遺伝子データから作られたクローンの二択だ。

 もし魔法や技術力がそれほど発展していない世界ならば前者の考えに至るだろう。しかし彼女のいる世界は魔法があり、技術的にも十二分に発達している、尚且つ“実例”が存在する。であれば、後者の方が僅かでも可能性は高い。

 多少覚悟していた為ティアナはそれほど動揺していない。

 

「えっと……ヒロ?」

 

 しかし遠くから見守っていたフェイトは違った。

 話の内容は聞こえないが、クロウという青年がヒロと同じ顔をしており、そして二人を包む空気が重くなったのを感じ取った。

 自然と視線は隣のヒロに向けられた。

 彼も真剣な様子で二人を窺っている。今何かを聞ける余裕がないことを察したフェイトは不安を感じつつもヒロと同様、様子見に戻った。

 

「アンタのこと、やっぱりヒロさんは知ってるの?」

 

「ああ」

 

「アインハルトは?」

 

「知らないだろうね」

 

「……そう」

 

 ヒロは知っているがアインハルトは彼のことを知らない。

 それはつまりアインハルトに余計な混乱と不安を与えない為の配慮だ。裏を返せば彼の出生にはそれだけ表に出来ない事情があるということになる。

 人造魔導師という時点で彼は秘匿すべき存在なのだろう。それもオリジナルが存命中の個体となれば周囲に与える混乱は想像に(かた)くない。

 ヒロもそれを理解しているからこそアインハルトに伏せているのだろう。

 

「……まあいいわ。それより『約束』覚えてるわよね?」

 

「え? 射撃のこと? それは覚えてるけど……いいの?」

 

 唐突に話を切り上げたティアナにクロウは面食らった。

 先程までの話の流れ的にてっきり自分の生い立ちやヒロとの関係を探られると思っていただけに呆気に取られてしまった。

 ちなみに『約束』とは、ここの店のデザートを奢る代わりに射撃の稽古をつけて欲しいというもの。同じ使い手としてクロウの腕には目を見張るらしく、彼の技を盗みたく直々の指導を頼み込んだのだ。

 

「いいも何も、あたしはただ気になったから質問しただけ。そこだけははっきりさせたかったのよ」

 

 性格上の問題なのだろう。

 正直彼が人造魔導師だからというだけで態度を変えるつもりはない。寧ろ「つくづく縁があるな」程度の認識しかない。

 従って、彼個人の過去を重要視はしない。彼女(ティアナ)にとって必要なのは『今の(クロウ)』なのだから。

 

「……ありがとう」

 

 ティアナのそんな価値観を悟ったクロウは素直に礼を述べた。

 心なしか、表情は明るく笑っているように見えた。

 

「別に……感謝されるようなことじゃないでしょ」

 

 照れたのか、それを隠すように「フン!」と鼻を鳴らしティアナはそっぽを向いた。

 その姿が微笑ましいのかクロウは今度こそ間違いなく笑ったのだった。

 気にならないと言えば嘘になるが、ある意味自分なりの納得をしたティアナ。

 ――しかし、終始様子を見守っていたフェイトはその限りではなかった。

 

あの後、クロウとティアナの二人は再び重い空気になることもなく、食事を終えるとそのまま出て行ってしまった。

恐らく、『約束』通りクロウに射撃の指導を受けに行くのだろう。先程とは違う意味で気合いを入れたティアナの顔からそれは伺い知れた。

冷や汗をかく事態はあったもののあの二人に関しては問題はないだろう。

それよりも――

 

「ヒロ……」

 

 不安そうな声色で思い詰めた様子のフェイト。

 やはり彼女は気にしているようだ、ヒロとクロウの関係を。

 特にフェイトはクロウが造られた要因となる技術に関与している身だ。肉親的にも彼女自身的にも。

 だから余計に気になるのだろう。例え声が聞こえなかったとしても、クロウとティアナの雰囲気や、ヒロと瓜二つという点から彼女は察してしまったのだろう。

 ヒロもその辺りは理解している。しかしだからと言って容易に喋っていい内容でもない上、これは彼女に課した物にも関係している。

 となれば、必然口を挟むことは出来ない。これはヒロ自身がというより、ヒロがリードと交わした『契約』による所が大きい。

 フェイトがもっとヒロと近しい人間であったなら開示出来たであろうが、今はそんなことを言っても詮無きこと。

 

『………………』

 

 互いに言い出す切っ掛けを作れず微妙な空気になってしまった。

 何とか打開する術はないものか……そうヒロが思考を巡らしていると――

 

「フェイト?」

 

 突如彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 驚き、その方に振り返ってみるとそこには良く知った人物がいた。

 

「え? クロノ……?」

 

 そこにはいたのはヒロと同じ髪の色の男性、クロノ・ハラオウンだった。その姓が示す通り彼は義理とは言えフェイトの兄である。

 予想外の家族との邂逅。それも普段なら決して彼が寄り付かなさそうな場所で遇ったのだからフェイトの混乱は増すばかりだ。

 そんな義妹の様子にクロノは苦笑を浮かべつつ、彼の妻であるエイミィに土産としてこの店のケーキを買ってきてくれるよう頼まれたことを簡潔に伝えた。

 それを聞いて合点がいったのかフェイトを「そうなんだ~」と頷いて見せた。

 そんな素直な義妹を「相変わらずだな」と思いつつ、彼女が一緒にいた人物が気になり視線を移した。

 遠目からだったが男性なのは分かっていた。隅に置けないなと思いつつも件の青年を見た。

 

「キミは……」

 

 その瞬間。ヒロを見た僅かな間、クロノは驚きを隠せず目を見開いた。

 だがそれもすぐに鳴りを潜め、努めて冷静に挨拶をした。

 

「やあ、久しぶりだね。変わりはないかい?」

 

「えぇ、そうですね。“変わりない”です」

 

 一見普通の挨拶の応酬だが、それでクロノは何か察したらしく一瞬苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。

 

「あれ? クロノ、ヒロと知り合いなの?」

 

「……ああ、前にちょっとね」

 

 フェイトの疑問に言葉を濁すクロノ。付け加えるようにヒロが「昔世話になったんだよ」と口を挟んだ。

 

「さて、もう用はないだろうし、オレは帰るよ」

 

 クロノが来たことで張りつめていた空気が緩んだ。同時に周囲を気にする余裕も出たのかヒロは時間を確認した。

 「ヴィヴィオを送る」と言って家を出てから既に数時間。流石に帰らないと妹が心配する頃合いだ。連絡せずに長時間帰らないのだ、怒ることはないだろうが拗ねるのは間違いないだろう。へそを曲げたアインハルトは中々に強敵だ。故に早々に引き上げなければならない。

 それに、何よりこの場に留まり続けてフェイトから色々と問われた所で現状ヒロに答えられるものは限られている。

 せめてもう少し『真実』に近付くことが出来たのなら答えられるだろうが……そこは仕方がない。

 

「じゃあな、なんだかんだ楽しかったよ」

 

「え? ちょっとヒロ!」

 

 そう言い今回の駄賃代わりとして自分が頼んだ物以上の額の金をテーブルに置くとヒロはそそくさと帰ってしまった。

 残されたフェイトは「どうしよう」とでも言いたそうな顔を、同じく残されたクロノに向けた。

 そしてそのクロノは唯々苦笑を浮かべる他なかった。

 


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