覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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五十話

 ――唐突に。

 今まで男っ気が全然なかった後輩から、ある日突然「男の人と会う時ってどんな格好したらいいですか?」という質問を投げかけられた場合その人はどうするのだろうか?

 

一概に正しい対処はなく、強いて挙げるなら当たり障りのないことを言うのが大半ではないだろうか?

フェイト・T・ハラオウンもその例に漏れず、動揺しながらもそのような返しを行った。

 それが、つい先日のことである。

 

「――それで気になってつけることにした、と。……ああ、うん、実に『イイ趣味』だな」

 

 思わずほくそ笑んでしまうほどに愉快な気持ちでいっぱいのヒロに対し、フェイトは抗議の視線を飛ばす。

 いや、実際の所後輩が悪い男に(たぶら)かされていないかという過保護にも似た思いが暴走した結果なのであろうことは既に理解している。

 ティアナからすれば余計なお世話だろうし、第三者から見たら過剰とも思える行動だろう。

 しかしそれは彼女の優しさの裏返しとも言える。それを不要や唾棄すべきものとは考えはしない。

 今回は偶々暴走しただけで本来の彼女は慈愛に満ちている。そのことを知っているからこそヒロは彼女を『選んだ』のだ。

 

 さて。

 からかうのはそこそこに改めて状況確認だ。

 あの後ターゲットの二人を尾行していたヒロとフェイトは、彼らがある店に入るのを確認した。

 そこは極めて普通なカフェテリアであり、如何にもデートに打って付けと言わんばかりの所だった。内装、店の雰囲気的にも若者が好みそうだ。

 ――そこに入ったということは本当に『そのような関係』なのだろうか?

 興味はより一層増し、ヒロとフェイトも跡を追って店内に入った。

 そして相手の̪死角になる位置に陣取り、現在様子見をしている最中だ。

 

「……アンタ、よくそんなに食べれるわね……」

 

「……そうかな?」

 

「何であたしの周りには大食いしかいないのよ……」

 

 遠目だが大盛りの巨大なパフェをパクパクと頬張るクロウにげんなりしているティアナの姿を視認できた。ティアナの問いにケロッとした様子で返すクロウ。その様を目前で見て一層落ち込んでいるようだ。

 ――ああ、そういえばあいつ、極度の甘党だったな。

 上司もそうだが、クロウ(あいつ)はそれ以上の甘党だったことを思い出した。普通の食事は平均的な量しか食べないのだが、どういう訳か菓子やデザート類は幾らでも食べれるらしい。それこそ甘いの大好きな女性陣が引くレベルに……。

 十中八九、この店を指定したのはティアナではなくクロウだろう。彼は暇が出来れば専門の情報誌などで独自にリサーチする程には甘い物が好きなのだ。

 恐らく前々からこの店には目星をつけていたのだ、しかし店の雰囲気や自分の容姿を考慮して一人では中々来られなかったと予想出来る。

 どんな経緯でティアナと出会ったのか不明だが、その縁で彼女に店への同行を頼んだのではないか?

 ティアナの態度から「恋人」と見るのは早計だ、良くて「友人」と言った所だろう。

 薄々気付いてはいたがフェイトの早合点であり、ヒロ自身も少しばかりそれに期待してしまった。

 そんな自分の気持ちと行動に落胆するヒロだったが、フェイトは相も変わらず彼らを凝視している。

 これ以上得る物はないと思うが……。

 そう思いつつも、後輩のことを想い真剣に見守る姿が微笑ましくヒロはもう暫く黙っていることに――

 

「それで、教えてくれるんでしょうね」

 

 瞬間。向こうで動きがあった。

 先程までのげんなりしていた姿から一変。目付きは鋭く、纏っている空気も凛としたものになったティアナ。

 対し、クロウも空になったグラスを下げ、彼女に向き直った。

 

「………………」

 

 しかしそれも一瞬ですぐに視線は忙しなく宙に向かい、止まる。

 同時に目を閉じ、思考する。

 数秒、十数秒、一分。もしかしたら数分経ったかもしれない。

 そう思える程に沈黙は長く続いた。

 

「……ふぅ……」

 

 そしてそれを破るように静かに息を吐き出すと、彼はサングラスに手を掛けた。

 同時にヒロの顔色が僅かに変わる。

 しかし、ティアナも近くにいたフェイトもそのことには気付かない。彼女達の視線はそのサングラスの下に向けられているのだから……。

 彼らのそんな些事など気にする事なく、クロウは静かにそれを外した。

 

「――え?」

 

 驚愕、というにはあまりにも呆気ない声がフェイトの口から漏れた。

 彼女の視線の先にあるもの、位置の関係上見え辛いが、此処最近見慣れてしまった『その顔』を見間違うはずがない。

 今しがた一緒にいた者の顔を間違えるわけがない。

 

「“これ”のことだろ」

 

 サングラスの下から露わになったクロウの素顔。

 それはヒロ・ストラトスと瓜二つだった。

 

 

 

 ティアナがクロウと出会ったのは、彼女がある事件の犯人を追っている最中だった。

 とある管理外世界にて、外の世界の技術を流し、元々争っていた二つの国家をより大きな戦火に巻き込んだ犯罪組織があった。彼らが行ったことは管理局が定めた法の中でも特に重いものであり、捕まったら最後二度と牢から抜け出すことが出来ない罪だ。

 捜査の末、その最悪の組織を取り締まることに成功したティアナだったが、僅かな隙を突かれ彼らの首領に逃げられてしまう。

 時間をかければ確実に逃げられることと、『逃げられた』という焦りから彼女は単身彼の追跡に当たってしまった。

 何とか追いつき、その世界からの逃亡を防ぐことは出来たが、窮地に立たされた彼は徹底抗戦を取った。

 元より凶悪犯罪者としてお尋ね者だったが、更に厄介なことに魔法と戦闘の腕も相当な物でありティアナは苦戦を強いられることになった。

 彼女が得意とするのは射撃魔法であり、その性質上、中~遠距離に適している。むろん近距離が不得手なのはティアナ自身理解しており、その対処法も持っていた。

 しかしこの時だけは相性が悪かった。

 相手はかなり硬い防御魔法の使い手であり、尚且つインファイターだった。

 本来であれば距離を取ればティアナが優位を取れるのだが、この時は彼を逃がさない為ある程度は距離を詰めなければいけなかった。もし下手に距離を取り、仮に彼に隠れた仲間がいて妨害でもされたらその瞬間逃げられることは確定だからだ。

 そういった予想される『最悪の事態』を回避するには彼女が苦手とする状況下で戦うしかない。しかしそうなると防御魔法を破る程の強力な魔法を撃つ隙がない。結果、ティアナは逆に追いやられることになった。

 得意の射撃が効かず、拘束魔法や砲撃魔法を使う暇がない。慢心や油断なんてなかった、それでも相手は強く、必死だった。反撃の隙を与えない為の猛攻は嵐のようだった。

 あと少し。ほんの十数秒でもそれに曝され続けていたらティアナの命はなかったかもしれない。

 そんな状況で駆けつけたのがクロウだった。

 彼は別件でその犯罪組織を追っていたらしく、遅れてその世界に来たらしい。そしてティアナのことを聞き駆けつけたのだ。これに関してはクロウだけの意志でなく、どちらかと言えばリードの「貸しを作る好機」という魂胆の方が大きい。

 だが如何な事情があろうとも応援は応援。

 クロウは手にした二丁の得物で、一瞬にして数発の弾丸を叩きこむ。不意の奇襲と予想を上回る衝撃に怯んだ所を突き、ティアナを救出することに成功する。

 しかしこの時、相手も咄嗟に反撃することが出来た。

 それは致命傷どころかかすり傷すら与えられなかったが、彼の顔を隠していたバイザーを弾き飛ばした。

 ――その瞬間、ティアナは確かに見た。彼がヒロと全く同じ顔であったことを。

 困惑するティアナには気にも留めず、クロウは再度弾丸を撃ち出す。

 先と同じ一瞬で放つ数発の弾を、先とは異なり“全く同じタイミングで着弾させる”という神業で以って強固な敵を屠った。

 通常の銃では不可能な、デバイスだからこそ出来た芸当。

 一つ一つでもそれなりの威力を誇る彼の魔弾。それを複数同時に受けたとあっては如何に硬い防御魔法を用いたとしても無事あるはずはなかった。着弾と同時に炎が弾け轟音が響いた。

 そして首領の男は白目をむいて地へと伏した――。

 

 自分を苦しめた相手を、自分と同じ魔法の使い手が倒した。

 奇襲を用いたとはいえ、その事実にティアナは驚愕する。

 そしてそれ以上に何故クロウ()がヒロと同じ顔なのか……。

 色んなことが一気に起き頭がパンクしそうな中、澄ました顔で落ちたバイザーを回収したクロウは再びその素顔を隠した。

 

 ――これがティアナとクロウの邂逅だった。




原作が終わった、この作品はいつ終わるかな……。

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