覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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アゼル編、後編。


四十七話

 オリヴィエにとってアゼルとは『家族』であった。

 血の繋がりはない、義理の兄妹。しかしそんなことは関係ないとばかりに彼はオリヴィエの為に常に動いていた。

 彼の出生や経緯、背景はある程度使用人から聞いている。真っ当な扱いはされず畏怖され、全てに裏切られた存在。この世の全てを恨んでも仕方ないであろう過去を持ちながらも、彼は自分に優しく手を差し伸べてくれる。

 片や鬼子、片や悪魔。ある意味自分達は似たもの同士だったのだろう。

 しかしそれでも彼女は彼が優しい人間であると知っている。知っているからこそ恐れていた。

 行き過ぎた優しさはある種の狂気だ。特に特定のみに向けられた場合他を(ないがし)ろにしてしまうケースがあり、アゼルもその例に漏れない。

 彼はオリヴィエの為なら自分が如何に危険な存在と思われようと構わなかった。寧ろそれすらも利用していた。その行為はある意味自傷とも取れ、肝心のオリヴィエが心配していることに気づけなかった。

 だからこそ、自分達はこれ以上近くにいてはいけない。

 そうオリヴィエが判断した時と同じく、彼女にシュトゥラへの出向が言い渡された。

 唯一の肉親とも言っていい存在、それ故に離れることは辛い。しかしこのまま彼が傷付いていく方がオリヴィエには耐えられなかった。

 だからオリヴィエは後の覇王と呼ばれる者の下へと向かうことにした。

 互いに大事な存在だからこそ、近くにいては救えないと分かったから……。

 そしてオリヴィエは彼の下から去っていく、いつか再会出来る日を夢見て……。

 これが今生の別れになるとは知らずに。

 

 

 残されたアゼルはオリヴィエの言もあり、彼女の古くからの友人『ヴェルクトール・エーベルヴァイン』の下に着くことになった。

 『黎王』。黎明の王を冠する通り彼女の一族の歴史は長く、それこそベルカの黎明期から存続しているとも伝わっている。

 そんな由緒正しい家柄に生まれたヴェルクトールだが、元来の性格も相成り争い事を好まない。戦うことより話し合いを良しとする姿勢は戦乱であった当時はあまり良い目では見られなかった。それは当人も自覚していたらしいが治る見込みはないらしい。

 だがそんな性格だからこそ腫れ物扱いだったオリヴィエにも気兼ねなく話すことが出来たのだろう。

 オリヴィエはそんな彼女のことを気にかけ、アゼルを託したのだ。

 実際、争いでしか価値を証明出来なかったアゼルと彼女の相性は良かったらしく、ものの数日でアゼルは忠誠を誓ったとの事。

 オリヴィエの友人に相応しく彼女も裏表がなく、慈愛に満ちていた。常に家臣や兵、民草のことを考えており、彼らからは絶大な支持を受けていた様子。

 アゼルについても元々知り合いであったこともあり、数日もしない内に打ち解け、自身の愛称である『ヴェル』という呼び名すら許した程だ。

 家臣達もそんな彼女の下にいた為かアゼルを恐れる者は少なく、今までと違って扱いは良かったらしい。

 そこが彼にとっての第二の故郷と呼べる程大事な所になるのはそう時間が掛かることではなかった。

 

 黎明の王の下で仕え始め幾年が過ぎた。

 あれから色々な事が起きた。

 聖王騎士団団長を殺したアゼルを恐れ同盟の騎士と王達は今まで以上にアゼルを警戒するようになった。同時にその異常なまでの力に惹かれた者もいたらしく、同盟の内外問わず彼に接触する者が増えた。大半の者は彼の力目当てだったが、ただ一人……ある少年だけは憧れを抱いて接してきた。

 この少年が後に聖王騎士団の長となる『聖剣の担い手』である。彼はアゼルが唯一『友』と認めた者であった。

 アゼルと彼、それからもう一人の騎士の三人が同盟における最高戦力となり、それに対抗するように名のある諸国がそれぞれ有した四人の騎士。これらが『七騎士』と呼ばれる当時最高峰の実力を持つ者達となった。

 彼らによって力は絶妙な均衡を保ち、一時の平和を築いていた。

 しかしそれも長くは続かなかった。何処からともなく現れた『ハンニバル』という暴竜が幾つもの諸国を焼き尽くしたのだ。ベルカにも竜は存在しているが、件の竜はそれらよりも獰猛且つ凶悪なものであった。

 これを危険視した同盟は彼らが有する最強の手でこれを殲滅することを決めた。それには無論アゼルも入っていた。

 結果から言えば、暴竜を退治することには成功した。

 ただしその代償は大きく、有能な騎士を何人も失い、生存した者も多数が傷を負った。

 そして、その中にはアゼルもいた。

 暴竜に止めを刺した彼は、その時竜が持っていた毒を食らったらしい。少量であった為最初こそは何ともなかったが、時間が経つにつれそれは身体を蝕み、自由を奪っていった。

 幸い、それに気づいたヴェルが急いで暴竜の遺体から武器を作り、何とか一命を取り止めた。『ハンニバル』は純粋な武器ではなく、竜の毒に対しての抗体の役割を持っていたのだ。

 しかし対策が遅れた為にその頃からアゼルの身体は徐々に弱っていくことになった。

 そして、禁じれた過去の遺物「禁忌兵器(フェアレーター)」。それによって大気が濁り、汚染された世界にアゼルの身体は耐えることが出来なかった。

 たった数回、戦場に立っただけで彼は床に附くことになった。

 その頃の彼の姿に『不敗』と恐れられたかつての面影はなかった。

 食事は喉を通すことが出来ず水か粥がほとんど、内臓まで侵された所為か一日最低一回以上は血を吐き出し、それらの影響で栄養も血も足らず、一カ月もしない内に痩せ細り病人のようであった。

 一日の大半をベッドで過ごし、まともに動くことも出来ない。医者には「持っても一年はしないだろう」と宣告された。

 それ程の重症になりながらもオリヴィエへの手紙は欠かすことなく毎月書いていたらしい。

 

 だがそれもある日を境に途絶えることになる。

 「禁忌兵器」によって汚染され、食糧の確保が難しくなった。しかし黎王の領土にはその影響があまり見られずそれどころか同盟の国々に僅かながらも施せる程には余裕があった。

 これは彼女が代々の習わしとして『力』を己の為ではなく国の為、民の為に使ってきたからだ。黎王が継承する能力は物に手を加えることが出来る物質干渉系だと言われている。彼女達は昔からその力を戦いの道具ではなく、国を豊かにする為に使っており、その結果汚染を受けようとも何とか浄化出来ていると思われる。

 絶えず穢される大地や大気を浄化することが如何に困難な事かは想像するに難しくないだろう。ヴェルはそれをたった一人で行い、そしてその成果を自国だけでなく他国にも与えていた。

 どこまでも優しい王であった彼女だったが、その優しさが悲劇を招くことになる。

 先に語った黎王の能力に関することとその使用用途を知る者は多くなく、ほとんどの者は知らない。時世は食糧難だ、その中で『そんな余裕』を見せたらどうなるか?

 答えは簡単だ。豊かな国を我が物にしようとする、つまり侵略を受けることになる。

 しかし黎王の国は聖王の隣国、周囲も同盟の国に守られている。普通なら攻めるのは難しい、彼の国を相手にするよりも早く聖王と他の王達の軍勢を相手にすることになるのだから。

 だが実際に黎王の国は攻めら、滅ぼされることになる。外からではなく内から。

 

 黎王と聖王の関係は古くから続いており、彼らの関係は他の同盟との比ではなく固かった。しかし勢力を増したことにより必然分家が多くなった聖王の中にはそのことを忘れてしまった者、知らない者達もいる。

 それを行ったのはそういった者達であった。

 話すら通さず軍を引き連れた彼らはヴェルに今以上の食糧を要求してきたのだ。そこにはヴェルに対し不満を持つ他の王もいたらしい。

 仮にも一国の王であるヴェルは勿論断った。彼らに与えた施しは余裕があったからではない、それは民や彼女自身が節制をしたから出来たものであり、これ以上減らせば民が飢えてしまう。流石に彼女も他国よりも自国の民を優先する、だからこそ引く訳にはいかなかった。

 その答えを聞いた彼らは、大人しく引き下げる……訳がない。

 「ならば」と見せしめとばかりに、民への殺害命令を下した。

 

 それからヴェルの地獄は始まった。

 アゼルが倒れたことにより、代理として有力の騎士を何人か遠征に出していたことが災いした。彼らが率いてきた軍勢を退ける者がおらず、彼女は目の前で起こる惨劇を止めることが出来なかった。

 自分が愛した民が殺され、自分が愛した国が焼かれ、自分の愛した土地を血で穢された。

 彼女の必死な訴えなど聞こえるはずもなく、虐殺は続いていく。

 泣いても許して貰えず、懇願しても突き飛ばされるだけ。目に映るのは燃える家々と次々と倒れていく民。

 戦おうとしても彼女にはそんな力はなく、ただただ無力感が味わうだけだった。

 そうして民の数も減り、彼女の精神も限界に近づいた時だった。

 今まで殺戮の限りを続けていた兵が一陣の風と共に何人も倒れた。まるで恐ろしいものにでもあったかのように皆目を見開いて死んでいる。

 困惑の只中にいた彼女の肩を誰かが叩いた。

 振り返ってみると、そこには彼女の『最高の騎士』がいた。

 アゼルだ。戦闘服を纏い、手にはハンニバルを装備している。かつて『不敗』を誇った彼が再び戦場に立っていた。

 それを見た瞬間、ヴェルは泣き崩れた。

 その涙は、この状況を打開して貰った嬉しさからでも、彼女の騎士が帰ってきた喜びからでもない。

 彼を戦場に立たせてしまったという後悔から来るものだ。

 アゼルが医者に言われたのは二つ。

 一つは「一年しか身体が持たない」こと。

 

 ――そしてもう一つは「次に戦場に立ったら確実に死ぬ」ということだ。

 

 彼は医者の言いつけを破り、自らの命を捨ててこの地に降り立った。

 そうしてしまった原因が自分にあることを自覚しているヴェルは、彼にただ泣いて謝るしか出来なかった。

 しかしアゼルはそんなことは一切気にせず、生き残った民と共に逃げることを促した。

 彼らの行いが独断であることは既に分かっている。聖王の本家の下に行けばきっと彼女のことを助けてくれるであろう。

 彼女達が逃げる時間くらいは稼ぐ、だから早く行け。

 そう言うとアゼルは再び戦場を駆けて行った。そして目についた兵や騎士を片っ端から一挙手一投足で死体に変えていく。

 既に全盛期の力はなく、走るだけでも命を削るような死に体。

 しかし如何なモノも彼を止めることは出来なかった。

 それはそうだろう。彼の命は既に死神が先約しているのだ、それ以外に殺されることはあり得ない。もしそんなことが可能な者はそれこそ勇者しかいないだろう。死神も悪魔も屠れる者などそれしか考えられないのだから……。

 その瞬間、彼の脳裏に一人の男の顔が過った。

 ああ、確かに彼ならばその資格はあるかもしれない。

 そう思うと自然と口が吊り上がった。

 不意に浮かんだ友の顔に力を貰ったように、身体は軽くなった。

 

 ――不敵な笑みを浮かべ、悪魔は最後の殺戮を行う。

 

 

 それから数刻後。

 ぽつぽつと雨が降る中。太陽が昇るよりも早く、かつて黎明の王の国があった丘で炎が上がった。

 それは猛々しくも篝火のような温かさを持っており、まるで送り火のようであった。

 残されたのは悪魔が愛用していた竜の篭手と、灰と化した友を前に涙を流す一人の青年だけだった。

 




ちなみにアゼルの友に関しては『憂鬱』だと詳細は出さない予定。
ベルカ編とか他のvivid関連の二次やる場合は出る可能性あるかも。……そんな余裕があるかは別として。

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