覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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アゼル編、前編


四十五話

 その国は『白王』という王が代々治めていた。

 王族の直系の者は皆『賢王の眼』という力を持って生まれてくる。それは見た物――視界に入れた物の情報を詳細に読み取るという魔眼。その力によって的確な指揮や治世を行い昔から細々と、しかし確かな平和を築いていた。

 そんな安寧の中、当代の王妃が第一子を産んだ。

 彼らの一族はその名を冠する如く皆白髪だ。これは例え伴侶が他所の国の者とて変わることがなく、それ故に彼らは『白』という色を神聖視すらしていた。

 そして彼女が産んだ子も例に漏れず立派な白髪だった――片割れのみが。

 そう、実は王妃は双子を身籠っていたのだ。そして、いざ産んで見るとその片割れの髪は違う色に染まっていた。

 彼らが神聖視している『白』とは全く真逆の色、『黒』に。

 それを見た時彼らを驚いただろう。何せ彼らにとって「黒」とは不吉な物だ、故にその子を見た際誰しもが恐れのあまり「悪魔(アゼル)」と口にした。

 アゼルとは、彼らの住まう国に古くから伝わる悪魔のことだ。災厄を呼び、国を滅ぼすと言われている。その姿は触媒によって様々なのだが、共通している点は「黒い悪魔」ということだ。その為か『黒』という色は縁起が悪い物とされてきた。

 流石に実の子を悪く言われるのは気分が良いものではない、酷いものでは「不吉なものだから処分した方がいい」と進言した者もいたらしい。

 実際、彼らも異例の事態故に一抹の不安を抱いていた、しかしながら王と王妃両名は彼を育てることを決意した。

 自らの血肉を分けた子だ、悪であるはずがない。

 そう自分自身に言い聞かせるように……。

 

 それから五年が経ち、双子は何の問題なく育った。

 普通に元気に活発な子に育った白髪の子とは対照に、問題の黒髪の子はやけに静かだった。赤子の頃から必要な時以外泣かず、物心ついてからというもの感情が薄くなったような気すらする。

 しかしだからといって何か問題を起こすようなことはせず、寧ろ好奇心旺盛で悪戯好きな白髪の子のストッパーとして傍にいることが多い。

 一応黒髪の子が兄ということになるのだが、数年の月日が経とうとも彼に対する黒い噂は絶えず、更に王族なら誰しもが有するはずの魔眼を持ち得なかったことから王位継承権を持つことが出来なかった。

 その為白髪の子が次の王になるべきなのだが……まだまだ遊びたい盛りの少年にとって勉強よりも身体を動かす方がいいらしい。座学はよくボイコットするが武術は進んで臨む、そんな弟を「仕方がないやつ」と言いながらも何かと面倒を見る黒髪の子。そしてそんな兄に懐く白髪の子。

 その二人を見て、あの時感じた『不安』はやはり杞憂だった、この兄弟ならば将来を国を任せれると……そう思っていた。

 

 予兆はあった。

 それは空気だけでもとして兄弟を軍議に連れてきた時だ。

 弟の方は来て一時間もしない内に舟を漕いでいたが、兄は静観している。ある意味いつも通りであり、居眠りをしていた弟を後で叱ろうと思いながらも軍議を終わらせ、二人を連れ帰ろうとすると不意に兄の方が一枚の紙を差し出した。

 絵でも描いていたのか? 大人びているがやはりまだまだ子どもだな。

 そう思い、軽い気持ちで受け取った彼の表情は次の瞬間凍りついた。

 そこに書かれていたのは絵などという可愛らしいものではなく、先の議題で取り上げられた物についての問題点と対処法――改善策だった。

 しかもそれは本当に小さな、しかしもし破られたら致命的な被害が出る虞があるものであり、五歳の子がどうこう出来るものではなかった。

 何せ軍議で取り上げる物とはつまり戦術や兵法の知識を修めて初めて理解できるものだ。確かに兄は勉強熱心な子だ、しかし兵法はともかく戦術はまだ習っていなかったはずだ。いや、もし習っていたとして付け焼刃の知識でこんな正確に穴もない改善策など出せるはずがない。

 ――悪魔……。

 それを見た瞬間彼の頭にはその言葉が浮かんだ。

 かつて感じた『不安』がまた再度芽生えた。

 

 それからも兄は天才などという言葉では説明できないような事をやってのけた。

 軍事や政治に財政、他にも専門的な知識が必要なはずの物に意見を出し、しかもその悉くが彼の王ですら舌を巻く程の対応。

 何故……何故魔眼を持ち得ぬ子がこうも常軌を逸したことができる。仮に彼に魔眼があればそれは説明できる。『賢王の眼』は一度に大量の情報を読み込むことが可能だからだ。その力を用いれば天才の真似事だってできる。

 しかしあの子にそれはなく、にも関わらず同じ……いやそれ以上のことやっているのだ。

 彼の眼にはあの子は「普通」にしか映っていない、強いていうなら魔力が特殊なくらいだ。だが、それだけでこんなことができるはずがない。

 ――悪魔……。

 日に日に、実の子が彼の理解の範疇から外れていく。

 もう、かつてのように愛しいとは思えなくなっていた……。

 

 そして『それ』は起きてしまった。

 クーデター。正確にはその前だったから未然というべきなのだが、それが起こったのだ。戦乱の世、そんな時世故に僅かに抱いた心の弱さ、そこを的確に突いた甘言によって行動を起こそうとしたらしい。主犯格は臣下の一人、多少欲に弱い所に目を瞑れば有能な人物なのだが、今回はそれが仇になったようだ。

 そうなるよう手引きしていたのは周辺諸国の一つであり、その王だ。最近世代交代があったらしく、新しい王は先代とは色々と違った動きをしている。その一つが今回の一件だ。

 しかしそれは未然に防がれ結局水泡へと帰した。

 そのことに彼の王は安堵……してはいなかった。

 何せ今回のクーデターを未然に防げたのは件の兄が例の臣下が怪しい動きをしていると口にしたのが原因だからだ。今までの慧眼からただの世迷言ではないと確信を持った彼はその臣下の事を秘密裏に探りを入れた、そして結果は『黒』。臣下の計画は頓挫した。

 彼の王にすら見抜けなかった臣下の暗躍。それを見抜いた我が子に恐怖を抱いた。

 ――そして、恐怖から確かな怖れに変わる瞬間が訪れる。

 臣下が自棄を起こし、護身用の短剣を王を……いやその子、正当な後継者である弟を殺そうとした。

 その場には兵士もいたが皆事が終わった安堵から僅かに気が緩んでいた。ましてやその臣下は武術とは無縁な者だった。だからそんな『悪足掻き』をするなど考えもしなかった。

 それは王も同じだったらしく、一瞬の躊躇いが生まれた。そうしてる間にも短剣は弟の心臓目掛けて振り下ろされる。

 間に合わない。

 誰もが思った次の瞬間、黒い影が弟の前に躍り出ると素早い手つきで短剣を掠め取り、それを元の持ち主の心臓に突き立てた。

 一瞬何が起こったか分からない臣下はそのまま苦痛に蝕まれ命を落とす。

 彼が最後に目にしたのは黒い髪の少年(悪魔)だった。

 

 それは弟を守ろうとした兄の行動だったのだろう。

 しかし実際にそれが行われた今、その場にいた誰もが恐怖した。彼らの目には『一切の躊躇いなく人を殺した少年』が映っている。武術を習っていたからとかそんな『言い訳』はもはや通用しない。

 現に兄は人を殺したというのに罪悪感も恐れすら抱いていない。いや、無知であるなら疑問は湧くはずだ。しかし彼にはそれすらない。

 それはつまり、人が死ぬということを理解し、その上で何も感じていないのだ。

 そこで()は限界を迎えた、心が病んでしまった。

 あれは息子ではない。顔は同じだ、声も仕草も似ているだが――ならば何故髪は白くないのだろう。

 弟想いであり、不愛想だが根は優しかった――しかしアレに人の心はなかった。

 ……そうだ、きっと、あれは悪魔なのだ。

 

 そうして悪魔の烙印を押され、かつての名前すら失くした少年は『アゼル』として城の牢へと封じ込まれた。

 逃げださないように何重という鎖で縛り、繋ぎ、生かさず殺さずの地獄を何カ月も与え続けた。

 

 『アゼル』とは、こうして生まれたのだ。

 





アゼル編は最初から最後までシリアスぶっ通しです、ごめんなさい。
ちなみにヒロが見た悪夢と内容が若干違うのは、アレはトレースで追体験した記憶が悪化して見た夢だから。

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