覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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四十四話

 自宅に帰ってきた翌日。疲れや痛みは完全に抜けきったものの大事を取って今日は休むことにしたヒロ。本人としてはもう大丈夫だと判断したのだが、アインハルトとなのはから念を押されそのまま押し切られる形で唐突な休日を得ることになったのだ。

 本当にあの二人には弱いと再認識し軽く項垂れるも、怒らせると後が怖い為大人しくしていることにした。

 ちなみにその二人は学校と仕事があるので今はいない。とは言っても時刻は既に15時を回った所だ、アインハルトなら突っ走って帰ってきてもおかしくはないだろう。

 インターミドルに向けての特訓があるだろうが、彼女からしたらそんなことより愛しの兄の方が大事なのだ。

 現に階段をドタドタと駆け上がる音が聞こえる。

 まったく彼女も女の子なのだからもう少しお淑やかにした方がいいのではないか?

 そんな事を思いながら今まで読んでいた医学書を閉じ、注意しようと視線を上げる。

 しかし――

 

「大丈夫ですか! ヒロさん!」

 

 ダン!とドアを壊してしまいそうな大きな音を立て、勢いよく入ってきたのは意外なことにヴィヴィオだった。

 

「アインハルトさんから倒れたって聞いて……! 本当に大丈夫なんですか!?」

 

 ヒロの姿を見つけると飛ぶように駆け寄り、そして詰め寄る。

 どうやら学校で妹が余計なことを言ってしまったようだ。その結果何故ヴィヴィオが慌てる羽目になったのかは分からない。しかしどうやら心配をかけてしまったらしい。

 潤んだ目で案じる様は少し母親(なのは)に似ている。と同時にかつてのオリヴィエ(義理の妹)にも似ている。

 そのことに妙な既視感を覚えながら、「もう大丈夫」とつい頭を撫でてしまった。

 するとヴィヴィオは安堵したのかその場にへたりこむ。心から心配していた為だろう、「よかった~」と大きく息を吐いた。

 どうしてそんなに心配したのか? そんな疑問が浮かんだヒロはそのことをヴィヴィオに訊いてみた。

 そのことに対しヴィヴィオは「えっと、また夢なんですけど……」と前置きをして話した。

 

「――大切な人がいなくなる夢を見たんです」

 

 それは以前診察した時に見た夢だった。ただあの時より鮮明に覚えており、目覚めた時に胸が締め付けられるように悲しく、それでいて虚しさで満たされていた。無意識に涙が溢れる程の絶望感、そんなものが夢から覚めた後だと言うのに襲ってきたのだ。

 ただの夢。そう言い切るにはあまりに現実感(リアル)で、一晩経った後でも忘れられなかった。

 そんな折に「ヒロが倒れた」と聞かされた。アインハルトは大丈夫と言っていたがつい最近そんな夢を見たヴィヴィオの心境は穏やかなものではなかった。

 だからノーヴェに無理を言って特訓を休みにしてもらい、アインハルトに許可を貰い一足先に家に上がったのだ。

 あの夢が現実の物にならないという確信を持ちたかったから。

 

「その、ごめんなさい、いきなり押しかけてしまって……」

 

 そしてそれを確認できたヴィヴィオは今になって自分の行動を思い返し、深く反省していた。

 いくら最近懐いた人が倒れて心配だったからと言っても周りに迷惑をかけてしまった。普段いい子であろうと背伸びしている分今回の一件は本人的にこたえたらしい。

 がっくりと一人鬱オーラを纏っているヴィヴィオに苦笑いを浮かべるヒロ。

 別にその程度の我が儘、気にしなくていいものを……ヴィヴィオはまだまだ子どもだ。勝手に抑え込んでしまう大人と違い、感情が露わになるのは仕方ないこと。それにこの年齢で下手に感情を抑え込むのに慣れてしまうと将来偏屈な性格になってしまうかもしれない。

 できればヴィヴィオにはこのまま元気な姿で育って欲しいと願っている。

 

 そんなことを考える一方、ヴィヴィオが語った夢についても模索した。

 恐らくそれは間違いなくオリヴィエの記憶であろう。彼女にとって「大事な人」というのは義理の兄のアゼルだろう。

 その辺りまでは分かるが、問題は彼女が見たのがアゼルが死んだ後ということを考えるとヒロだと分からないことがある。

 トレースが効くのは前の持ち主生前だけであり、死んだ後のことは全く分からない。そしてアゼルは七騎士の中で一番早くに命を落としており、死の間際まではオリヴィエとは手紙でのやり取りしかしていない。

 だからその時のオリヴィエの事情を把握できない。

 だがしかし、オリヴィエにとってアゼルがどういった存在なのかはよく知っている。

 小さい時から味方が少なかった彼女にとって彼は兄であり、一番の理解者であり、そして最高の騎士だった。

 例え他者から悪魔と恐れられ当時では『騎士』という称号を授かることが出来なかったとしても、彼女にとっては彼を超える騎士はいないと断言できた。

 互いに信頼も信用もして、固い絆を結んでいた。その者が死んだと聞かされて冷静でいられるとは思わない。

 母を早々に亡くした彼女にとってアゼルはそれほどまでに大切な存在なのだ。

 それは死して記憶だけになろうとも色褪せることなく残り続けている。

 結果今ヴィヴィオが苛まれているのだから、想いの力とはつくづく馬鹿にできない。

 

「……知りたいか?」

 

 少し思考したヒロはそう問いかけた。

 唐突なその問いにヴィヴィオは一瞬呆けるとヒロは再度言った。

 

「その夢は恐らくオリヴィエが関係しているんだろう。そしてお前が見たってのはその中でも最も縁が深いアゼル・イージェスが関連していると思う。オリヴィエについての詳細はともかく、アゼルの方ならある程度は分かるぞ」

 

 そう言うとヒロは立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出しヴィヴィオに手渡した。

 それは無地の表紙で中身も白紙で埋め尽くされていた『何も書いてない本』だった。

 これは何なのか? そんな疑問の視線を投げかけられたヒロは自らの右手を本に置き、魔力を流す。

 

「え……?」

 

 すると本は瞬く間に色に染まっていく。表紙はタイトルが表れ、白紙には文字が刻まれていく。

 そして物の数秒で白紙の本は一冊の古びた古書に姿を変えた。特定の魔力を与えることで本来の姿に戻す隠蔽魔法の一つのようだ。

 

「こいつは『ホワイトログ』と言ってな、当時の情勢やら何やらで表舞台に置けなくなった本……俗に言う『禁書』を隠すための処置だ。まあ普通は一般の書物に紛れさせても違和感ないようにするものでここまで露骨な物はないんだがな、こいつはある奴が作った贋作さ」

 

 原本(オリジナル)はヒロの同僚のブックメーカーがきっちり保管している。これはあくまでアゼルとは無関係とは言えないヒロに当てて彼が作った物だ。

 そう語るヒロだがヴィヴィオは聞いてはいけない単語を耳にして固まった。

 

「き、禁書?」

 

 その存在は知っている。力の有無に関わらず世に出ることを禁じられた書物の総称だ。ヴィヴィオがよく行く無限書庫、そこにも決して踏み入ってはいけないとされるエリアが存在し、そこに封じられているのか禁書である。

 彼らが日の光を浴びれない理由は多々ある。かつて存在したロストロギア、『闇の書』のように本そのものが強大な力を宿したもの、持ち主を不幸にする曰くつきのもの、そして下手をしたら歴史がひっくり返ってしまう真実を宿したもの。

 今ヴィヴィオの手にあるのはそういったある種の起爆剤のような物の一つに他ならない。物によっては見つけ次第灰にされてもおかしくないだろう。

 何故アゼルの過去がそんな「危険な物」扱いなのか……。

 その真実、事実が今彼女の手にある。

 

「…………………………」

 

 ごくりと唾を飲み、緊張で手が震え、ヒロに視線を向ける。

 何故これを自分に渡したのか? その疑問は尤もだ、しかし同時にヴィヴィオは予感していた。これが自分にとって必要な物であるということを……。

 だが、それでもやはり当人の口から聞きたかった、何故自分に渡したのかを。

 

「……思っていた以上にオリヴィエの想いが強いみたいだからな」

 

 ヒロは応えた。

 唯一の肉親とも言える存在であるアゼルを失ったという事実は、オリヴィエの心に深い傷を残した。それは彼女のクローンであるヴィヴィオに影響を与える程に強い。

 このまま何も知らない状態で彼女の想いに晒され続けるようならヴィヴィオの精神が壊れてしまう可能性がある。特にヴィヴィオは今感受性が豊かな歳だ、危険性は更に上がる。

 だからせめて原因の一端であるアゼルのことだけでも理解できれば多少は緩和されるのではないか? そう思い、ホワイトログを渡したのだ。

 

「それに、気になるんだろ?」

 

 アゼル・イージェス。『不敗』の異名を持つ騎士、悪魔と恐れられた男、オリヴィエの義理の兄、大戦の引き金となった存在。

 思えば、最初にあの本を読んだ時から興味があった。戦績や武勇などは多数描かれているのに彼個人の過去はあまり明かされていない、そして憶測だけで曖昧な死因。

 それは自分の中のオリヴィエが彼を忘れることが出来なかったからかもしれない。

 そしてそれは同時に警告だったのかも、彼のことを知れと、知ってこの想いを分かって欲しいという彼女の叫び。

 

「…………………………」

 

 禁書に触れるという危険性。自らの保身よりもヴィヴィオは純粋に知りたいと思った。

 (アゼル)のこと、彼女(オリヴィエ)のこと、何よりヒロのことが……。

 何故こんな物を持っていて、何故こんなに自分に親身になってくれるのか。その理由ももしかしたら分かるかもしれない。

 そう思うとヴィヴィオは大きく深呼吸した。

 ただ本を開き、読むという行為。今まで何度も繰り返してきたはずのそれが今回ばかりは緊張で上手くできない。

 紙で出来たはずの古書が、岩のように感じる。真実を知りたいという探求の前にしても禁忌という扉は重い。

 それでも、と。

 自らの想いと勇気を指に乗せ、ヴィヴィオは真実の(ページ)を開いた――




次回でこの作品のキーパーソンの一人、アゼルにスポットを当てることが出来そうです。長かったね……。
まあ古代ベルカ編とか真面目にやり始めたら余裕で単行本一冊はできるくらいの分量になると思うので流石に簡略化しますが。

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