覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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後半扇風機回しながら書きました……色んな意味で熱かった……。


四十三話

「断っ! 空っ!! 拳っ!!!」

 

 燃え滾る憤怒を纏い放たれる必殺の拳。

 如何な防御だろうと『その上』から螺旋の力を得た強力な一撃が全てを粉砕する。岩は砕かれ、金属は貫かれ、ダイヤモンドは粉々になることだろう。

 未だ嘗て出しえなかった過去最大最高峰の一撃。

 最愛の者を傷つけられた怒り、それは愛と言っても過言ではない。今なら世界チャンプですらその一撃で屠ることが可能だろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってー!」

 

 しかしそれは虚しくも空を切っただけで終わってしまった。

 標的にされた女性、高町なのはは高速移動系の魔法を使い、なんとか鬼の攻撃から逃れることに成功した。

 鬼、アインハルトはそれが気に食わなかったらしく「チッ」と舌打ちをした。その様は少しヒロに似ていた。

 

「何故避けるんですか? 言いましたよね? これは制裁です」

 

「制裁どころじゃないよね!? 殺気! 殺気感じたよ!」

 

「安心してください、ちゃんと手加減はします……-100%で」

 

「殺す気満々だよね!? それ!!」

 

 正に怒髪天。触れるもの全てを壊す悪鬼の如く禍々しいオーラを発しているアインハルト。自分より十歳位年下の少女が今、なのはの目にはどんな凶悪犯罪者よりも恐ろしく見えた。

 冗談抜きになのはが命の危機を感じている場所は戦場ではない。ヒロやアインハルトの住む家だ。

 しかしこれだけ騒いでいるのに当の家の主(ヒロ)は姿を見せない。

 彼は今自室のベッドで死んだように眠っていた。

 

 例の一件が終わった後、森で倒れていたヒロをなのはが見つけたのだが、そのままリードに面倒を押し付けられ意識を失っている状態の彼を連れ帰って来たのだ。

 流石になのはの家に連れて行くわけには行かず、だからといって適当な場所では何かあった時対処に困る。そう判断した結果、ストラトス邸に連れて行くことに決めたのだ。

 本当なら対処が可能な物が色々とある診療所が良かったのだが、生憎となのはは合鍵なぞ持っておらず、唯一所持しているリードからは断られてしまった。

 そう言った経緯もありヒロを運んできたのだが……この時なのはは一つ大事な見落としをしていた。

 

『に、兄さん!? 大丈夫なんですか兄さん! 兄さあああああああああん!!』

 

 そう、帰ったら高確率でこのブラコン娘に遭遇するということに。

 

 自分が家を留守にしている間いなくなっていた兄が、帰ってきたと思ったら意識を失った状態だった。眠りが深い所為か必死な呼びかけにも応えず沈黙のみ。

 そんな状態の兄を見たアインハルトが冷静でいられるわけがない。

 何とかなのはが宥め、彼の自室に運ぶのには手を貸したが、それから時間を置いたことで怒りが湧いてきた、結果その矛先がなのはに向くのはある意味で必然だった。

 アインハルトからして見れば自分が目を離した隙に兄が重体(のように見えたらしい)になったのだ。そうなれば一緒にいたなのはが何か関係していると思うのは短絡だが普通だ。

 実際はなのはも「気分転換に席を外す」という言葉を最後にしてから、帰ってくるのが遅く気になって探しに行くまで彼が何をやっていたのかを知らない。

 まあ、なのはの場合リードが現場にいたのを知っている以上彼が関わっていることは明らかであり、原因なのは間違いないと分かるのだが、そんな事を知らないアインハルトからすればなのはを疑ってしまうのは仕方ないだろう。

 だから彼女の怒りは尤もだ、しかし……。

 

「デッド オア ダイ」

 

「ちょっとは話を聞いてー!!」

 

 完全に頭に血が上り、武装形態にもなったアインハルトの耳になのはの抗議の声は届かなかった。

 結局、ヒロが目覚めるまでアインハルトの暴走は続いた。

 

 

「すぅ……すぅ……えへへ~……」

 

 暴れるだけ暴れて力尽きたのかヒロのベッドを枕にアインハルトは眠った。

 その様子に帰ってきたことを実感するヒロは優しく妹の頭を撫でた。寝ている状態でもそれは分かるのか嬉しそうな寝言が聞こえる。

 

「食欲ある?」

 

 そんな微笑ましい姿を見たなのはは微笑を浮かべながらて訊いてきた。

 手にはトレイに載ったお粥と蓮華(レンゲ)。体調を気にしてのことだろうが、先程までアインハルトに付き合っていたというのにまだ余力があるとは……気心は嬉しいが少し呆れてしまった。

 わざわざ無下にするわけにもいかない。ヒロはそれを受け取り、ありがたく食べようと――

 

「うっ……」

 

 持った蓮華を落としてしまった。

 やはり無茶が祟っていたらしく、まだダメージが完全には抜けていないようだ。

 

「もう、またそんな我慢して……」

 

 その様子に今度はなのはが呆れてた。

 医者という立場でもある為かよく人には「無理するな」、「辛かったら言え」とか言う割に当の本人がそれを実践しない。昔からの悪い癖だ。

 常に苦痛に耐え続けていた弊害だろう。痛みに慣れるというのは何も良いだけではない、その分弱みを出すことがなくなるということでもあるのだから。

 それを知っているなのはは彼の代わりに蓮華を持った。

 幸いにしてトレイの上に落ちたから新しいのに替える必要はない。

 ほんのりと頬を熱くなるのを実感しつつ……。

 

「は、はい……あ、あーん」

 

 お粥を一掬いし、そのままヒロの前……より正確に言えば口の前に差し出す。

 それをされたヒロは固まってしまった。物理的にも、思考的にも。

 アナログ時計の秒針を刻む音が数回聴こえた。ようやく思考から動き始めると、顔が赤くなってくる。

 今なのはがやっていることは介護する際には正しい。確かに正しいのだが、それは年が離れた相手や縁が浅い相手、逆に血縁関係だから大丈夫なわけであり……。

 

「あ……あの……はやく、食べ、て……」

 

 何よりやっている当人自身が恥ずかしがっていては本末転倒だろう。時間が経つにつれ目は潤み、耳が赤に染まっていく。

 そんなのを目の当たりにしてしまったら、こちらも恥ずかしくなってしまう。

 

「……いや、その、あとで食べるから……」

 

「……………………」

 

 ドギマギしながらもやんわりと断りを入れるヒロだったが、なのはの無言の訴えが痛い。

 勇気を出してやって貰ったのだから応えてやるのが男の甲斐性というものだ。例えそれがこちらの意志が反映されたものではなかったとしても。

 ……………………。

 三十秒程均衡状態が続いた頃。

 ようやく観念したのか、ヒロは腹を決めた。

 赤くなった顔を隠したいからか、少し早めに口に含みそのまま吞み込んだ。思ったより熱かったが、自分の身体は今それ以上に火を噴きそうな程だ。

 

「は、はい……あーん……」

 

 一仕事終わったと思った矢先にまさかの二撃目。

 相変わらず恥ずかしそうだが何故まだやるのか? そんな疑問は抱いたところで無駄だろう、相手はあのなのはなのだから。

 ――そうだよな、まだ一口目で結構残ってるよな。そしてお前頑固で意固地だから一口じゃ納得しないよな……。

 悟ったヒロは再度覚悟を決め、決意を改に迫りくる猛攻を真っ向から挑むのだった。

 

 ……ただ差し出されたお粥を食べるという行為、それだけのはずなのに先の戦い以上に気力を使った気がする。

 結局、完食するまでこの気恥ずかしい行為は続いたのだった。


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