覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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このシリアス話は後で一話に纏めようかな


四十二話

 雲を裂いて飛来してきたのは竜人(ゼフ)だ。

 雲すら超えた遥か上空。自らの生存限界ギリギリのライン、空と宙の境界。そこまで上昇し、魔力を鎧のように展開すると彼はそこから地上のヒロ目掛けて一直線に墜ちてきた。

 本来なら摩擦により発生する高熱、それを魔力の鎧で防ぎ、寧ろ纏うように彼の周りは紅く染まる。

 大気を燃やし、紅い軌跡を残しながら隕石(ゼフ)はただ一人の対象へと墜ちていく。

 ――衝突には数秒もいらない。

 それは誰の見ても明らかであり、ヒロ自身予期していたことだ。

 だからこそヒロは視認するよりも早い段階に仕込みを終わらせていた。

 

 彼方よりの飛来物。それがヒロとぶつかった瞬間、予想を上回る衝撃が辺りを襲った。

 高高度からの落下、大気との摩擦熱、魔力による加速。条件はあれどそれは本来の隕石以上の威力を発揮した。

 その衝撃は凄まじく大地は揺れ、ゼフが纏った炎は爆発へと姿を変え、ぶつかった余波だけでも周囲の木々と岩を諸共消し飛ばした。

 それは距離を置いたはずのリード達の下にまで届いた。ある者は爆発の光に目を瞑り、ある者は余波の衝撃から身を守り、ある者はそんな物を関係ないと言わんばかりに彼らのいる方角を見続けていた。

 あまりの威力により向こうの様子を看視しているはずのモニターがブラックアウトを起こしている。

 しかし構わずリード他数名はその僅かな時間すら目を離さなかった。

 決着は既に着いている。その確信が現実のものとして自らの目にするまで……。

 

 ヒロを襲ったのは溶けるような熱さと潰されるような重圧。

 隕石を受け止めるという愚行を行った者は今地獄の最中にいた。

 爆走する一トントラック、それに真っ向からぶつかったかのような衝撃に、全身の骨は砕け幾つかの内臓は潰れた。尚も圧し潰そうとする力がヒロを通し地面に伝わりクレーターを形成する。

 それだけでも死に至る致命傷だ。だが、加えて彼が纏った炎がヒロの皮膚と肉を焼いていく。

 強化魔法を使っても……いや、なまじ強化魔法を使ってせいで彼は一撃で命を落とせず、生き地獄を味わうことになった。常人どころか訓練された兵士ですら容易く命を落とすであろう。

 しかしヒロはそれどころか意識すらはっきり持ってゼフを睨みつけた。

 同時に肉体の破損が一瞬で治った。まるで時間が戻ったかのような現象にゼフは驚愕の色を隠せない。

 その僅かな隙をヒロは見逃さなかった。

 既に復元した右手で彼の左手をがっしりと掴んだ、異常とも言える力で握った為かその瞬間彼が纏っていた炎が弾けた。

 

「――透杭(ステーク)

 

 空いた手で拳を握る、そして再度魔導のトリガーを口にした。

 先は結局その魔導の正体が何か分からなかったが、竜の眼を持った今ならはっきりと視認できた。

 それは杭だった。まるでパイルバンカーのように拳の先に現れた『透明な魔力の杭』。

 何をするかは明白だ。しかし残った腕を捕まれ、翼もボロボロ、防御するのは不可能だろう。だがそれでも、最後の抵抗と、必ず狙ってくるであろう胸部の鱗を厚くした。

 

「――殺撃(スパイク)

 

 そしてゼフの目論見通りにヒロの一撃は放たれた。

 ただし正確には胸部ではなく、『心臓』を狙ってだ。

 

「かぁッ――!?」

 

 閃光のような跡を残し穿たれた一撃。

 強靭な竜鱗の前に敗れるはずのそれは、しかしそんな物関係ないと言わんばかりに透り抜け精確に心臓を貫いた。

 

 高い浸透率を持つが故にあらゆる物を透り抜け、肉体に与える影響を持っている為内部にはダメージを与えることもできる。

 魔力で杭を生成し心臓目掛けて打ち込めば如何な盾や鎧でもそれらは意味を成さず、ただ命のみを刈り取る。魔力の刃でも同様、それで血管や気管を切れば容易く絶命させることもできる。

 本来なら薬として機能するはずの物を猛毒として使う。

 これはクリアマグナを持つ者皆が使えるものではない。最低でも確実に急所を狙い打つ精密性、それを行えるだけの技量、更には人体について詳細な知識がなければいけない。その上で高度な魔力制御まで要求される。

 そしてそれら全てを兼ね備えていたのがアゼルであり、その力を継承してしまったのがヒロなのだ。

 攻撃範囲は狭く、両手が届くところから精々二m程度。しかしそれ故に圧倒的殺傷力を持っており、文字通り『一撃必殺』。

 

 それを真っ向から受けたゼフはヒロの拳をも喰らい数m後方に飛ばされ、受け身を取ることもなく背中から落ちる。

 地面に投げ出されたゼフの目は既に虚ろだ、しかし辛うじてまだ意識はあった。

 即死級の一撃。それを受け、未だに生きているのは竜人の肉体だから成せるものだろう。

 しかしそれも僅かな間のみ、何故なら既にあの力は竜を殺したという実績がある。しかも竜人ではなく完全な竜を相手に。竜人のゼフが耐えるはずがない。

 現にゼフの呼吸は徐々に弱く、同化も解けていく。

 そんな中、彼は走馬灯を見る暇もなく先の戦いを思い起こしていた。

 一族、自分達にとっては譲れない物の為に命を賭した決闘。決して負けられないはずだったのに全てが終わった今、不思議と悔しいとは思わなかった。

 それは戦闘を生業にしていたからだろう。互いに血を流し、肉を切り、骨が折れ、命を削った。

 我ながら戦闘狂だと自覚しているが、今まで戦ってきた中で一番充実感を得られた。

 個人としてはそのことが嬉しく、自然と口は笑っていた。

 一族のことは心配ではあるが、それは彼らに任せて大丈夫だろう。少なくとも自らが拳を交えた相手は信頼に値すると勘が告げている。

 根拠など真っ向から自分を負かしたというだけで十分だろう。

 ――ああ……。

 もう目が見えなくなってきた。

 ボヤけた視界には人生最大の好敵手がいる。

 よく見えないが、何やら申し訳なさそうに俯いている。恐らく自分の命を奪ったことに罪悪感でも抱いたのだろう。元々医者ということもあり根は優しいようだ。

 そんな彼に、ゼフは気にするなと言わんばかりに笑ってみせた。

 尤も既に感覚など感じなくなっている為あくまでそうしようとしただけだが、それでもその心意気は届いたはず。

 そう思うとゼフは迫っていた眠気に身を任せ、静かに瞼を閉じた……。

 

 

「やあ、お疲れ様」

 

 森の中、ある木に背を預け身体を休ませていたヒロの下にリードが寄って来た。

 こちらの勝利という形で決闘は終結、件のロストロギアと一族に関する問題も先程済んだようだ。

 ロストロギアに関しては元々少し手を加えるだけで良かったこともあり、すぐ解決した。

 一族の処遇に関してはリードが一任する形になり、彼が得意とする『契約』により枷を付けることで今後このようなことは起こらないだろう。

 尤も彼らの最強の戦士を打ち負かした者がいる以上下手な真似はしないだろうというのがリードの見解だ。

 前もって隣に座ることを確認し、了承を得た後リードも腰を下ろす。

 

「食べるかい?」

 

 ポケットからアメを取り出し差し出す、彼なりの労いなのだろう。

 癪だが、まあ形だけでもと受け取ろうして右手を出し――

 

「痛ッ!」

 

 落としてしまった。

 身体に走る激痛。もう少し我慢できるかと思っていたが限界のようだ。腕は力なく垂れ、顔は苦悶で顰める。

 

「やっぱりか、我慢強いのは結構だが無理のし過ぎじゃないかい?」

 

「……そう思うならオレにやらせるなよ……」

 

 やれやれと首を振っているリードを睨む目にいつもの覇気がないのは一々構う余裕がないからだろう。

 あの決闘で、ゼフを真っ向から迎え撃った際の代償。

 隕石を受け止めた際通常の回復では間に合わないことは明白だった。如何に回復に特化している性質の魔力とはいえ限度はある。だからヒロは自らの意志でトレースを発動させたのだ。

 トレースは追体験として肉体に影響を与える魔法だ。それで以前アゼルが全身を高速回復させた場面を再現させた。そして全く同時のタイミングでヒロも回復魔法を使うことで効果を二乗させたのだ。一般の魔導師が使う回復魔法と違い、両者のそれは一線を画すものだ。その同時使用ともなれば効果は絶大だろう。

 唯一の問題は隕石を受けたヒロ自身が即死しないかというものだった。

 実際圧死してもおかしくない重圧と身が焼ける程の熱量だったが、元々痛みには慣れている。

 ――何より、あの程度で死ねるのであれば苦労はしない。

 

「ま、何はともあれご苦労様。休んでいるといいよ」

 

 そう言うとリードはヒロに向け左手を向けた。

 何かするのは明白だが満身創痍のヒロは避ける余裕がない。

 「クソ」と悪態をつきながら意識が遠退いたのを感じ、そのまま身体諸共倒れてしまった。

 それを確認するとリードは立ち上がり、「そろそろだろう」と自分が元来た道を見た。

 十数m程先、そこにはサイドポニーの女性がいた。キョロキョロとしながら歩いてくる様子からして誰かを探しているようだ。

 

「迷惑かけたからね、そのお詫びさ。偶には看病される側になるといい」

 

 いつものニヤけた笑いではなく、労わるように微笑むと、彼女に遭わないようにリードは森の中に消えていった。

 それから少し経った後、倒れているヒロを見つけて彼女――なのはが慌てたのは言うまでもないことだった。




ようやく終わった
戦闘描写はやっぱり苦手かも……でもあと一つ最大の山場が……

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