覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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四十一話

 ――クリアマグナは魔法という技術がない世界では「奇跡の力」として知られている。他者を癒し、救うその力は傍から見ればそう見えてもおかしくないだろう。何よりこの力を宿す者の大半は善人であり力を悪用しようと考えたことも、されたこともなかった。

 しかし偶然その魔力を持ってしまった青年、アゼルはその力をよりにもよって全く真逆のことに使った。

 高い浸透率を持ちながらも治癒に特化しているという特性、それは即ち肉体への影響が高いということでもある。「対物」というより「対生物」に効果を発揮しやすい。反面魔力による構成は難しい、数秒……長くても十秒といったところだ。それしか保てない魔力の刃や盾が一体何の役に立つというのか?

 だが彼にはそれだけで十分だと理解できた。物に対する浸透率の高さ、生物に与える影響力。その特性と自身の持つ能力、それらを組み合わせることで彼は『ある力』を手にしたのだ。

 

 

 燃える大気、舞い上がる煙。

 そこから飛び出したのは人の形をした竜だった。

 どうやら、当たる寸前翼を盾にすることで直撃を間逃れたらしい。尤も、盾として使ったことにより翼は無傷というわけにいかず、所々に穴や焦げ跡が見える。ゼフ自身も直撃を避けただけで相応のダメージを受けている。なにより、これでブレスによる遠距離攻撃も効かないことが判明した。

 撃った後すぐ回避行動を取ろうにも人型の状態では反動があるようで、直後は少しの間無防備になってしまう。先も一発と二発目の間にはタイムラグがあった。一発でも十分な威力を持っているが故に隙も大きいらしい。

 尤も、完全な竜の形態になればそんな制約はなくなるのだが、そうなれば自分の理性と意識は竜の本能に呑まれ、ただ暴れ狂うだけの暴竜と化してしまうだろう。その結果守るべきものすらも壊してしまっては本末転倒なことこの上ない。

 ならばどうするか? 決まっている。

 己が持てる最強の業、究極の一撃でもって打ち倒す他ない。

 決意と覚悟を抱くと、傷付いた両翼を広げその身を更に上空へと打ち上げた。

 今まで辛うじて下から見えていた碧い点に徐々に小さく、最後には厚い雲の中に消えて行ってしまった。

 仕掛けてくるのは誰が見ても一目瞭然だ。だからヒロは何が来てもいいように身体に十分な魔力を巡らせた、どんな一撃が来ても対処できるように……。

 しかし――

 

『何しておるか! 早く逃げんかたわけ!』

 

 そんな彼の下に突如ディアーチェからの通信が入った。

 

「……何だ?」

 

 命懸けの決闘の最中に急な横槍が入ったことにヒロは僅かに顔を顰める。だがそんなこと関係ないとばかりに「早くその場から逃げろ」とモニター越しの小さな王様は捲し立てた。

 何故そうも焦っているのか、そんな疑問を口にする前にディアーチェは説明した。

 彼らの族長から聞いた話ではあるが、曰くどうやらゼフはこれから彼の最大級の魔法を放つらしい。それは純粋な破壊力ではなのはのディバインバスターを軽く凌駕する程の物だとか。

 これから彼が行おうとしているものは魔法というには酷く単純な、高高度からによる落下エネルギーを使った渾身の一撃。ただし竜の特性を最大限に活かした結果それは隕石と同等と言って差し支えない。

 つまり、大体一般成人男性と同じ大きさの隕石が降ってくるのと同義。しかもそれは燃え尽きず、対象に向かって真っすぐ飛来してくるのだ、異常な速度で。

 そんなものを真っ向から受け止めてみろ、如何にバリアジャケットを纏っていようとただではすまない。

 だからディアーチェは急いでヒロに連絡をしたのだ、逃げろと。

 しかし当のヒロ本人は動く気配がまるでない、ディアーチェの忠告が耳に入っていないかのようにその場から微動だにしない。

 

『て、聞いておるのか貴様!』

 

 その様子に流石に頭にきたのか声を荒げる。それでも不動の姿勢に「せっかく心配してやっているというに……」と独りで愚痴まで漏らし始めた。

 そんな態度のヒロだが、無論ディアーチェの言葉が聴こえていない訳ではない。聴いた上で敢えて動かないのだ。

 理由はある。件の魔法が隕石と同等というのなら今更逃げた所で意味がない。速度は勿論だが地面に衝突した時の余波は先のブレスの比ではないだろう。小型の物ですらクレーターを作る程の威力だ、人一人分ともなれば余波ですら凄まじい。ましてや普通の隕石ではなく魔法によるものだ、狙いを絞るのも軌道をズラすのも速度を上げることすら可能だろう。

 なら下手に逃げずに待ち構えればいい。なのはのような高出力の砲撃やフェイトのような常軌を逸した速度を持たぬ身としてはそれが出来る唯一の手と考えたからだ。

 もう一つは相手の状態だ。片腕を失い、致命傷は避けたとはいえブレスを受けた身。その状態で件の大技を使うというのだ、恐らくこの一撃に全てを懸けるつもりなのだろう。

 相手が全力で来るというのならこちらも全力で迎え撃つのが筋という物ではないだろうか?

 誰の影響か、そんなリスペクト精神を抱いた自分に内心笑ってしまった。

 

「それに、元々オレは逃げるのが苦手なんだよ」

 

 まあ色々とあるが一番単純且つ自分らしい理由を口にするとディアーチェは完全に呆れ返っていた。

 

『かっこつけとる場合か』

 

「そりゃあ、男なんてかっこつけてなんぼの生き物だからな」

 

 そしてマテリアルで、女のディアーチェには永遠に分からないであろう自論を告げる。

 それを聴いた瞬間ディアーチェは完全に諦めた。元より殺し合い(サドンデス)である以上どちらかが死ぬまで戦いは続くのだ。分かり切っていたことだ。

 思えば族長がわざわざ彼の魔法のことを公言したのだってゼフが勝つと信じて疑わなかったからだ。最強の戦士であると一連の戦いを見てもそう確信し続けている。

 対してディアーチェはというとその言葉で少しでもヒロの力を疑ってしまった。確かにヒロは一部が特化しているだけで場合によっては自分達より弱いこともある。しかしそれでも自分達は彼が最強であると言った。ならばそうであると言い続けなければならない。

 それが彼らの責任であり義務だからだ。

 「はぁ……」とため息を一つ。

 もういい。そう判断し、通信を切ろうとした時、「ああ、それから」とヒロは付け加えるように言った。

 

「空で輝く星ならまだしも、墜ちる星なんかに負けるかよ」

 

『……最後の最後に惚気るか、阿呆め』

 

 不敵に笑う彼に、ディアーチェは苦笑で返し、今度こそ通信を切った。

 『星』とは暗喩であり、同時に比喩的な表現でもある。そして彼らがそれを例えとして出す者など一人しかいない。

 自分が未練がましく、尚惚れ込んでいることに軽く自己嫌悪し軽く頭を掻く。だが同時にこんな状況でも想えるというのはそれだけ精神的に余裕があるのだろう、口元は絶えず吊り上がっている。

 最後に軽い自己解析を終わらすと深呼吸を一つ。

 その後瞳は厚い雲に消えた竜人へと向けられ、右手は掴み取るかのように空に伸ばした。

 隕石を受け止めるというにはあまりにも無謀、勇気と蛮勇を吐き違えた愚者の様だ。

 だが勝算がないわけでも、自棄になったわけでもない。

 これは彼なりに『出来る』と確信したから行うのだ。

 そして、正に覚悟を決めたその瞬間――空を覆っていた曇天が消し飛んだ。


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