覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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四十話

 雷が落ちたと同時にまた一つ大きな音が響いた。

 それは超常の存在を宿した青年の膂力(りょりょく)から放たれたもの。地面を一蹴りしただけで起きた現象だ。ただそれだけで地は弾け、青年はまるでロケットの如く爆発的な加速力を手にした。

 そしてそのまま標的であるヒロに食らいつく。触れれば木っ端微塵になる殺人的な速度から放たれる一撃。避けることすらままならないであろうそれを、ヒロはあろうことか真っ向から受け止めた。

 

 無論それほど速い物質を受けて無事な訳がなく、ヒロは二十mも後方に下がらされてしまう。あまりの威力に穿かれたように彼のいた軌跡が地面に描かれる。

 それほどの衝撃を受けたのにも関わらず、その手は敵対者を逃してはいなかった。

 

「っ!」

 

 その脅威的な握力と頑丈さに驚く暇はなく、ヒロはお返しとばかりに空いた手で拳を作る。

 来る。そう理解し、今度はこちらが防御に入ろうと瞬間

 

「――透杭(ステーク)

 

 魔導のトリガーと思わしきそれがヒロの口から発せられた。

 同時に彼の中の生存本能が警報を鳴らした。

 ――アレは絶対に受けてはならないものだ。何としても逃げろ! 逃げろ逃げろ逃げろ!

 自身と、自らに宿る竜の本能。その両者が危険だと判断したのだ。

 自分だけでなく竜ですら恐れるものとは……そんな疑問が浮かびそうになったが今はそのような時ではない。何としてでも逃げねばならない。

 何を犠牲にしてでも――

 そう判断してからの行動は速かった。捕らえられていない方の腕を使い、ゼフは自らの腕を『切り落とした』のだ。

 竜の持つ鋭い爪は、例え自らの鱗であろうと容赦なく切り裂いた。

 

「――(スパイク)

 

 そうして間一髪の所ゼフは拘束を逃れ、ヒロの攻撃は空を掠めるだけに終わった。

 傍目からだとただの殴打にしか見えないが、自らの本能に従いゼフは近接戦闘は危険と判断し、翼を広げそのまま上空へと逃げて行った。

 

「チッ……」

 

 それにヒロは苦虫を潰したように舌打ちをする。空戦適性のないヒロ――いや魔導師にとって、空を飛ぶ相手は文字通り天敵と言っていいだろう。

 初見で先の一撃を躱されたことといい、今回の相手はつくづく厄介なようだ。

 そう認識するとヒロは忌々しく空を睨みつけた。

 

 

「へぇ、やるね彼」

 

 一連の流れの見ていたリードはポツリと呟いた。

 あの完全な初見殺しであるヒロの一撃を、その初見で回避するなどそうそう出来るものではない。しかも自らの腕を切り捨ててまで行う者などまずいないだろう。

 だがしかし、それは確かに英断であった。あのままヒロの一撃を受けていたら如何に竜の肉体であっても死んでいたであろう。冗談や比喩ではなく、それがヒロの戦闘スタイルなのだ。

 完全な初見殺しであり、且つ即死級の一撃を見舞う、究極の近接戦闘者(インファイター)。それがヒロの……いや、アゼル・イージェスが得意としたスタイルだ。

 最小の手数でありながら防御を完全に無視した即死攻撃、それには如何な強者であろうと一切の区別なく葬られた。

 矛を交わらせた相手には死を。それが『不敗』の名を冠した男の在り様だ。

 しかしそれは近接戦闘が主だったベルカの時代だから無双できたのであって、中・遠距離魔法が普及した現代では脅威を振るうのは難しい。特にヒロは空戦適性がない魔導師だ、その有無は更に大きいだろう。

 現に、今もああして空に鎮座する竜人を睨むことしか出来ないのだから。

 だがしかし、彼の悪魔の強さが色褪せた訳では決してない。それは揺るぎようのない事実だ。

 それをあの竜人が知ることはないだろう、死を目前にしたその瞬間まで。

 

 

 ――恐怖を感じた。

 ――いくつもの戦場を渡り歩き、数多くの敵をその力で打倒してきた自分が、ついぞ忘れていた感覚。「死の恐怖」という物をあの時確かに感じたのだ。

 

 上空に逃げ去ったゼフは眼下にいる恐怖した存在を見ていた。追ってこないことをみるにあの騎士は飛べないのだろう。それは唯一の幸いだった。

 一時的に夥しい出血をしていた腕は同化魔法の応用で止血した。不幸なのは切り落としたのが右腕(利き腕)ということだろう。しかしそうでもしなければ殺られていた、その確信は今でもある。

 あの武装と身体能力、それから空戦適性の無さから見るに完全な陸戦型の騎士だろう。しかも中・遠距離が使えない古いタイプのものと見た。

 総合ランクとしては低くてA+、高くてAAといった所か。問題は陸戦の、しかも近接戦限定においてはSランクを軽く超えているだろうということだ。実際Sランクに匹敵する自分の一撃を真っ正面から受け止め、挙句の果てに反撃までしようとしたのだから、その見解は間違いではないだろう。

 何より、彼らが自分達の戦力の中で『最強』として引っ張り出した者だ。過小評価をしてはいけない。

 問題は、ゼフ自身も近接戦を得意とした戦士であることだ。彼の放つ一撃は例え大岩であろうと容易く砕くだろう。しかしあの騎士はそんな単純な力比べでどうにかなる相手ではない。事実先の一撃は全力で挑んだ、反応出来ない速度を出したはずだ、しかし結果はあの(ざま)だ。

 ならばどうするか?

 考える間はなく彼はすぐに行動に移した。

 同化の侵食率を更に上げた。体に更なる変化が見られた爬虫類の思わす尻尾が現れ、頭は人から竜のものへと成った。

 一部の力を使うのなら部分的な同化で済むが、本来の力を引き出そうとするならそこまで姿を変えなくてはならない。一歩間違えば竜の本能そのものに呑まれることになるが、致し方ない。今回の相手は出し惜しみして勝てる相手ではないのだ。

 辛うじて人の姿を保ってはいるものの、それでも竜人という言葉を体現したその威容。

 

 ――■■■■■■■■ッッッ!!

 

 内からくる破壊衝動に似た本能を吐き出すような咆哮。

 大気すら震わせるそれは、数秒間続いた。

 そして終えると、再度自らの敵へと目を向ける。

 溢れでる敵意、燃えるような殺意、今度はそれを吐き出すようにその大きな(あぎと)を開いた――

 

 

「ッ!?」

 

 何が起きてもいいように注意深く空を見ていたヒロの表情が険しくなる。数十m離れた所からでも分かる魔力の上昇、次いで獣の如き咆哮が鼓膜を襲う。思わず耳を塞ぎたくなったが、この咆哮には覚えがあった。

 トレースによって何度も戦ったことのあるあの暴竜のそれに似ていたのだ。

 そのことに気づいたヒロは咆哮に耐え、構わず空を睨む。そして念の為自身の魔力を辺りに散布した。

 直後、上から小さな太陽が降ってきた。

 それは半径二mはあろうかという火の玉だった。大きさ的には大した物ではないが問題はその火力だ、出来る限り広げた魔力を通して読み取った情報からして摂氏千度は軽く超えている。直撃したらひとたまりもないどころか下手したら消し炭だ。

 一瞬でそう理解したヒロは出来うる限りの最大速度でその場を離れた。

 数瞬を持って落下した灼熱の玉は、地面に触れると爆発し辺りにある全ての物を薙ぎ倒した。その時の衝撃は凄まじく、地面には小規模のクレーターができ、十mは距離を取っていたはずのヒロが余波で吹き飛ばされた程だ。

 

「クソが」

 

 地面に投げ出されたヒロは口に入った砂利を吐きながら悪態をついた。

 空を飛ぶ者と地を這う者。例え同じ強さを持っていたとしても空戦適性の有無だけで勝負は分かれることがある。地上でしか手が打てない者と違い、空も戦略に取り入れることが出来る者の方が有利なのは明らかだ。

 それは魔導師が持つランクにも反映されている。

 ゼフが睨んだ通りヒロの魔導師ランクはAA-だ。これは総合的な評価であり、空戦が壊滅的だからそのような結果になっている。だが陸戦に関してはかなりもので、足を引っ張っているのは中・遠距離の攻撃方法がないくらいだ。陸戦だけを見るのであればSランク、近接戦闘に関してはSSSに匹敵する程。

 勿論そのことは昔から分かっていたことであり、だからこそ魔導師ランクにはそれぞれ陸戦・空戦・総合の三つが存在しているのだ。

 ――そんな中ヒロが敢えて総合扱いなのは当人が前線に出たがらないことと、リードのいざという時の切り札(ジョーカー)としての役割があるからだ。

 しかしいつしか魔導師の中では空戦の優位性が当たり前になっていた。酷いところでは飛べないというだけで差別されることもあったらしい。

 そういった枠組み、仕切りといった物はどこにでもあって、皆気付かぬ内にそういう考えを持っていたりする。

 飛べない者に空を駆る者は墜とせない。そう考える者が両者に少なからずいる。

 だからこそ彼らは気付かない、自らがある種の驕りを持っていることを。

 

 曇天だというのに空が明るくなった。

 恐らくもう一度あの灼熱の塊が降ってくるのだろう。

 空も飛べず、遠距離用の攻撃を持たないヒロには現状どうすることも出来ない。

 それは当人も、ギャラリーと化してる者達も同じだろう。

 尤も、一部の者はそれでも何とかしてしまうのだろうと心配すらしていないが。

 そしてそれはヒロも同じだった。確かに『今』は打つ手がない。しかしだからといって対抗策がないということではない。

 ――何せほら、あるではないか、遠くに飛ばせる『都合の良い物』が。

 目を瞑り、軽くシュミレートした後ヒロは「よし」と拳を鳴らす。

 そして拳を握り、身構えた。落ちてくる『都合の良い物』に備えて。

 ヒロの心情を酌んだかのように再度灼熱の塊……ドラゴンが放つブレスが降って来た。時速にして八十余りでなかなかに速い、避けても爆風によりダメージを受ける。それが空から次々と降ってくるとは、全くもって厄介極まる。

 しかし今はそれを利用させて貰おう。

 足で大地を踏み締め、拳に力を込める。自身の魔力性質的に考えても勝負は一瞬だろう、失敗は即ち死を意味する。それでもそれしか手段がなければやるしかない。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 最後に息を整えた。

 肌で感じる程の熱が迫ってきている。鼓動が脈打つ毎に近づいてくる高熱の塊。全ての物を溶かしてしまいそうなそれを――

 

「フン!」

 

 ヒロは自身の魔力で包んだ後割らないような、しかし確かに火球を押し戻せる程の絶妙な力加減で殴り、空に打ち返したのだ。

 

「な――!?」

 

 そのあまりにデタラメな行動に一瞬呆気に取られたゼフの下に、自身が吐き出したブレスが返ってくる。

 反応が遅れ、回避する暇もない彼に小型の太陽は直撃し爆発を起こした。




近接チート&実は一番デタラメな奴

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