……まさか半年以上空くとは思いませんでした、すいません。
「あの……兄さん、四日程外出してもいいですか?」
夕食時。いつも通りに食を進ませていると、不意に妹がそんな事を言ってきた。
いや、実の所帰ってからやけにそわそわしているのには気付いていた。食事の支度中、いつもとは違う……何か伺う様な視線でこちらをチラチラと覗き見ていたのも知っている。その為用があるだろうと予感は出来ていたのだが……。
「唐突だな……ちゃんとオレが納得できる理由はあるんだろ?」
アインハルトの質問にヒロはそう返した。
一方的に否定はしないが、意味も分からず承諾もしない。
一日二日どころか四日も出かける用事など、普通の一学生からしたら考えられない。しかも『家族』ではなく『個人』で行く事は本来認められない。曲がりなりにもヒロは保護者であり、管理局員でもあるのだ。
「あの……実は、この間知り合った方に訓練合宿に誘われて……」
「この間っていうと……」
「……はい、あの時の人です」
ふむ、と顎に手を当て思い出す。先の件、迷惑を掛けたので直接謝りにいった際、その本人とは会って話しもした。赤毛の、見るからに健康で活発そうな女の子だったと記憶している。個人的に気になる所もあったが、そこは『家庭の事情』だろうから触れないが、しかし彼女かと再び思案する……。
正直に言うと気乗りはしない。以前の件のこともあるが、最近も妹が厄介になっているという話を聞く。それなのにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない、というのが一保護者としての意見だ。
しかし同時に、『あの』アインハルトが自らの意思で兄である自分に許可を求めたのだ。小さい頃からべったりで碌に友達も作らず、自分の言うことだけは素直に聞いていたあのお兄ちゃんっ子のアインハルトが「行きたい」と言っているのだ。兄離れのチャンスかもしれないし、個人としては是非とも行かせたいところだが……。
「あの、兄さん?」
保護者として止めるべきか、兄として行かせるべきか。
アインハルトが困惑して見ている中、知恵熱でも起こしかねないほどにヒロは悩んでいた。
……ちなみに全くの余談だが、十年以上もべったりだったアインハルトが今更兄離れすることはほぼ不可能に近い。寧ろ行かせたところで帰ってきた際「四日も離れていたので兄さん分を補充します」とか言って二十四時間終始付き纏われることになるのだが……そこまで考えが及ばない辺り、ヒロも妹離れできないのかもしれない。
「……その合宿って他にはどんな奴らが参加するんだ?」
少しその辺りのことが気になり訊いてみる。誘った以上はあの赤毛の彼女が参加することは確定だろうが、出来ればもう少し年が近い子がいてくれた方がいいと思ったからだ。主にアインハルトが友達を作る的な意味で。
「えっと、初等科のヴィヴィオさんにリオさんとコロナさん、あとはヴィヴィオさんのお母さまとそのお知り合いの方が……」
「あー、うん、大体分かった。行ってきていいぞ、アイン」
「え?」
先ほどとは違う手のひらを返したような即答にアインハルトは目を点にする。一体今の説明の何処にヒロを説得出来る材料があったのか分からなかったからだ。
それを察した兄はかい摘まんで説明する。
今言った中に昔ながらの知り合いがいること、『彼女』なら安心して任せられることを伝えた--のだが。
「むー……」
外泊許可がおりたはずなのにアインハルトは喜ぶどころか寧ろ不機嫌になっていた。
訳がわからず困惑の色を強める兄を暫しの間ジト目で睨んでいたが、思った以上に鈍感な兄に少しばかり頭にきたアインハルトは固く閉ざしていた口を開いた。
「兄さんはいつから遊び人に転職したんですか?」
「ごめん、言ってる意味が全然わからないんだけど……」
遠回しに言ったつもりが「オレが知らない内にあの親父(バカ)に毒されたか?」などと検討違いな心配すらされてしまった。
……これは、直接言わないとダメだ。
あまりの察しの悪さにそう思ったアインハルトは呆れながらも兄に向けて言った。
「私の知らない間に、いつの間にその方と親密な関係になっていたのですか」
「は?」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、拗ねたように頬を膨らませながら睨む妹の姿を見てようやく気付いた。
--ああ、なるほど。つまり、嫉妬しているのか……。
思えば『彼女』という単語を使った時から徐々に不機嫌になっていた。昔からべったりだったせいか、何気にヒロに対しての独占欲が強いアインハルトにとって、自分の知らない間に見知らぬ誰かと兄が仲良くすることは大変面白くないのだ。……特にその相手が女性なら尚のこと。
「別にお前が考えてるような仲じゃないぞ。さっきも言ったが昔ながらの知り合いだ」
「……その昔っていつのことですか?」
更に食い下がる妹。この様子だとヘタな嘘は逆効果だなと思い素直に話すことにした。
「お前がまだ幼児だった頃のこと。『にーにー』言いながらよちよち歩きでひたすらオレの後ろをついて回っていた頃のこと」
「……あぅ」
もっともヒロがアインハルトに対して嘘を言うことはまずない上に、素直に言った方が当の本人的には恥ずかしいのだが……。
ちなみに、この妹が生まれて初めて言った言葉は「
今では完全に「兄さん」呼びが定着したためか、逆に「にー」呼びしていた時のことが恥ずかしいのだとか……故にそれに触れる話題は避けるようになり、今回のような場合ですら恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして引き下がる始末。
別にやましい関係ではないし、嘘は言っていないのだがなにぶんこの手の話題は少し厄介なのだ。ありえないかも知れないが万が一にも両親の耳に入ったら色々マズイ、特にあのバカ親父は絶対に余計なことをする。その所為で現在の関係が壊れるのはヒロの本意ではないのだ。
何せ一度はお互いに距離を取っていた時期があり、現在のような関係に戻ったのが三、四年ほど前のこと。喧嘩とは違うがあんなギクシャクした関係に誰が望んで戻ろうか……。
「……とにかく、外泊に関してはいい、問題はない。アイツにはオレの方からも伝えておくから」
「あ、はい。ありがとうございます、兄さん」
それだけ言うとそそくさと食事を終えて食器を片し、水に浸すヒロ。そのまま部屋を出ていく際気になっているらしい妹に「アイツに連絡してくるから」と言い残して自室に戻った。
その様子に、やはり不満を抱きつつも半分ほど残っている夕食を再開した。
「--というわけで、うちの妹が厄介になるみたいなんだが頼めるか?」
『もっちろん! 大歓迎だよ』
自室に戻り、通信端末を起動させたモニターの向こう側には件の彼女の姿があった。チャームポイントであるサイドポニーは残念ながらモニターには全て映らなかったが、満面の笑みはよく撮れていた。
掻い摘んで説明したのだが概ね伝わったらしい。元々教える立場にいるためか快く承諾もしてくれた。話は思ってた以上に早く終わり、では切ろうか思っていると彼女があることを訊いてきた。
『ヒロくんは来ないの?』
「生憎と仕事だ。まあ、仮に仕事がなくともお前のハードメニューなんかお断りだがな」
期待の篭ったその問い掛けをヒロは心底嫌そうな顔で一蹴した。
優秀な教導官として知られる彼女の訓練メニューは良くも悪くも他の教導官とは一線を画していた。何せ彼女の特訓にはエースやベテランですら根を上げる者がいるほど厳しいものであり、今まで何人の犠牲者(耐え切れずに倒れた人たち)がいたか。確かに効果は絶大で耐え抜いた者たちは皆一級クラスの戦士にはなるが、そのための苦難の道が冗談抜きで洒落にならないのだ。
それにヒロの本職は医者だ。ある程度は戦えるが、それでも戦闘員ほど戦いに身を置くわけではない。ならば、彼女の地獄のような訓練メニューには謹んで辞退するのが道理だ。
もっとも、彼女が来て欲しかった理由は別にあるのだが……。
『そっかぁ、残念……ヒロくんがいればちょっとは無理できるかなぁって思ったんだけど……』
「いてもするなよ」
そう、別の理由とは正にこのことだ。ヒロは半ば彼女の専属医に近いため彼がいれば「多少はハメをはずせるかなー」という思惑だったのだが、あえなく潰えてしまった。仮に、もしいたとしてもドクターストップが掛かることは目に見えているのだが……。
下らないことに頭を回すな、そう思いつつため息を一つ。
「じゃあな、一応妹の送り迎えはするつもりだから」
『あ、うん、じゃあね』
そして、もう伝える用件がないことを再確認すると回線を切った。
彼女に言ったように妹の送り迎えはする予定だ、何せ自分の家と彼女の家とはそれなりに距離があるのだから。一応免許は持っているため車には乗れるが……さて、どうするか?
何故か凄まじく嫌な予感が今からするのだが……できることなら外れて欲しい。
そんなヒロの切なる願いは、しかし叶うことはなかった。
うちのアインハルトさん、何でこんなに感情豊かなんですかね? ……あ、ブラコンの所為か(おい)