覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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遅くなりました。二、三話くらいはシリアスな話になります。オリ設定増し増し


三十八話

 強行派、穏健派。

 組織、多くの人が集まってできた物である以上、そこには色んな思惑や思想がある。人とは二人居れば諍いが起き、十人も居れば争いを起こすようなもの。派閥とは何処にでもある物だ。

 それは法の番人とされる管理局とて例外ではない。

 行き過ぎた理想の為に目に余る行為が多い者達を俗に過激派と呼ぶが、それはかつてあった話だ。今は『強行派』と呼ばれるものがある。

 穏健派がその名の通り物事を穏便に済ませようとするのに対して、強行派とは多少手荒な真似をしてでも問題を解決しようとするものだ。彼らが過激派と違う点は理想を追い求めた結果ではなく、直面した問題を客観的に見て「やむ無し」と判断した場合においてのみその力を使う……ある種の徹底した現実主義者という所だ。

 実はこの強行派は昔からあった……正確には本来の管理局の姿に近いのだが、昨今は情を重んじる者が増えたせいかこのように分かれたのだとか。

 結果、穏健派から疎まれるものの『必要悪』として管理局になくてはならない存在と化したのが彼らだ。

 そしてヒロはそんな強行派の一員なのだ。それというのもリードが強行派の代表とも言えるからだ。情を重んじる穏健派が手をこまねくようなら手遅れにならないように即座に対処する。

 それを何度行ってきたことか……。今回もそんなことだろうと思い駆り出されたヒロの予想は、しかし僅かに外れた。

 

 

 とある管理世界に戦うことを生業にする一族がある。先日、その一族が有する遺産とも言うべきものの中にロストロギアが発見された。調査した所、それは非常にデリケートな物であり、尚且つ膨大なエネルギーを秘めていることが分かった。更に言えば、今は不安定な状態で暴発する虞を常に孕んでいた。

 幸いにして、現代の技術でもある程度制御することができ、事なきを終えるはず……だった。

 その一族は信仰心が強く、件のロストロギアは彼らが神聖な物として崇めていたものだったのだ。

 「渡せ」と言われて応じることがないのは分かっていた。だからせめて安定させるよう調整させるように願い出た。しかしそれも渋られてしまう。だが、管理局としてはこの案件はやはり見逃すことが出来ずに食い下がる。

 次第に「交渉」は「口論」に、「口論」は「諍い」に、そして「諍い」は「争い」へとなった。

 切っ掛けは気の短い一族の男が局員に手をあげたことだ。倒れた際打ちどころが悪かったその者は不幸にも死んでしまった。

 それを火種に争いはどんどんエスカレートしていった――

 

 

「その結果戦争手前は流石に笑えねーよ」

 

 件の管理世界。その問題の一族の村から十kmほど離れた場所に陣取っている避難所には負傷した局員が何人も寝かされていた。

 この世界に来る前や来た後に、上司や現地の局員から話を聞かせて貰った。呆れたようにため息を吐きながらもしかしヒロは治療の手を休ませることはなかった。

 今回の一件、発端自体はある意味「仕方がない」ことだったのだろう。互いに譲れぬ物があり、その結果起きてしまった不幸と言える。

 問題は、そんなことになっているにも関わらず不祥事のペナルティを恐れ、事が大きくさせてしまった彼らの上司にある。『強行派』、『穏健派』どちらにも良い顔をしてコウモリのような態度をしていた彼は、今責任を取らされ牢の中だ。少なくとも彼がもっと早い段階で上に報告していればここまで被害が大きくなることはなかったはずだ。

 新たに運ばれた患者を診て、すぐに手当てしたヒロはそう思わずにはいられなかった。

 なのはと食事をしている最中、空気を読んでか読まずかリードから連絡が入った。その内容は「とある管理世界で戦争が起きそうだから止めるのを手伝ってほしい」とのことだ。急な申し出で困ったが内容が内容な為ヒロはすぐに発つことになった。

 なのはには申し訳ないと思うもそれ自体は仕方ないと割り切って来た……はずだった。

 

「あ、ヒロくん? 向こうは終わったよ」

 

 彼女が「ついてくる」など言わなければ。

 元からなんだかんだで善人のなのはが目の前でそんな事態を聞かされ黙っているはずがない。結果無理を言ってついてきて、今は看護師の真似事をしている。

 戦場医のような真似をしたことは何度かある為人手が欲しいのは承知の上だが、まさかそれをなのはにやらす羽目になるとは……悩みの種が増えたことにしかし頭を抱える暇はなく、次の患者が搬送された。

 戦争には発展していなかったとは言え、それは文面上のことだ。実際抗争は激しく双方共に負傷者と少ないが死者も出ている。ただ向こうは戦闘のエキスパートであった為にこちらの方が被害は大きいと言うだけだ。

 今はリード達が到着したことで戦況は逆転。こちらが優位になってはいるがそれでも抵抗している者はまだいる。ヒロは着いて早々医者としての本分を全うする為真っ先に此処に来た。

 

「酷いな」

 

 運ばれた男性局員は先行していた武装隊の内の一人だが、ヒロの下負傷者を救助する任を与えられていた。どうやらその最中襲われたのだろう、左肩から先がなかった。意識を失っているようだが、その時の光景がフラッシュバックでも起こしているのかうなされている。

 

「腕は?」

 

「こ、こちらに……」

 

 同行していたであろう他の局員に聞くとおずおずと布に巻かれたかつての彼の一部を差し出した。

 それを受け取り『調べる』。鋭利な刃物で切られたように切断面は綺麗で欠けている箇所はそんなに多くない。時間もそれほど経っていない為か壊死もしていない。

 ――問題ない。

 そう判断するとヒロはその腕に魔力を送る。そしてまるで機械のパーツでも付けるように局員の左肩に当てた。それから更に魔力を与えると一瞬局員の顔が悲痛に歪むがすぐに戻る。

 そのことを確認してからヒロが手を放すと腕は何事もなかったかのように元の位置に戻っていた。

 

「まだ完全ではないだろうからな、高町、包帯を巻いてくれ」

 

「はい」

 

 なのはを筆頭に、連れてきた医療班の面々に後を任せるとヒロは休憩がてら気分転換も含めて一度外に出た。

 

 

「はぁ……」

 

 息を大きく吸った後、出たのはこれまた大きなため息だった。

 目の前には広大な自然が広がっており、普段なら癒されるのだろう。しかし今は耳を澄ませば遠くから爆音が、近くでは苦しみの余り叫ぶ人の声が聴こえる。風に乗ってくるのは戦火の熱であり、間違っても心休まる物ではない。

 そんな所にいるせいか皆殺気立っている。正にいつ戦争になってもおかしくないだろう。

 事を収めようと何やらリードが企んでいるようだが、忙なければ更に被害は広がる。

 

「はぁ……ったく」

 

 もう一度ため息を吐いた。

 気配がした、数は三つ、獣を思わすような速度で向かってくる。

 何故こうも厄介事が舞い込んでくるのか。そう思った瞬間、背後から弾丸の様に飛んでくる影があった。

 それはヒロの首を狩り取ろうとして、しかし紙一重の所で躱され失敗に終わった。しかし続けざまに残り二発の弾丸が襲ってきた。

 背後、更に言えば別方向からの同時攻撃。しかも先の攻撃を回避した直後の隙を突いた絶妙なタイミング。

 はっきり言って、ある程度戦い慣れした者でも困難な状況だ。

 だが、彼らが標的に定めた者はそんな生易しいものではない。

 視界に入ることのないその攻撃をヒロは両手で防いだ、それぞれ剣と槍という異なるリーチの得物を使っていたにも関わらず。

 それに驚く暇はなく、その者達は瞬く間に吹き飛ばされた。零距離からによる瞬間的な魔力放出による物だ。その結果二人はゴム玉の如く元来た軌道を辿るように弾かれたのだ。

 二段構えの奇襲が失敗したことを理解した最初の襲撃者は、焦りから一人でも挑もうと踵を返し一歩踏み出した――瞬間、まるで糸が切れた人形のように倒れると、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ふぅ……」

 

 そこでヒロは一息つく。

 視線を襲撃者――倒れた男に向ける。迷彩柄のフードを被り、手には短刀が握られている。少し骨張った顔にはタトゥーのような物が彫られてある。

 先の身のこなしとこの風貌、「なるほど」とヒロは頷いた。自分を襲った経緯が何となくだがわかった。

 同時に、先の気配が近付いてくるのも感じた。

 

「な……!」

 

 舞い戻った二つの影。彼らの目に写ったその惨状に驚愕の声が漏れた。

 今倒れているのは、仲間であった男だ。進んで一番槍をやるほど勇猛な者であり、実力も決して低くはない。

 その男が地に伏している――いや、遠目だが確信を持って言える、アレは死んでいると。

 そう理解した瞬間、彼らを襲った感情は仲間を殺された怒りや悲しみではなく、疑問であった。

 何故? どうやって? 身内から見ても相当な速さを誇る彼を捉え、バリアジャケットとしての役割を持つフードに傷を付けず、ただ彼だけを殺す。そんなことが果たして出来るのだろうか?

 そう思考出来たのは一瞬だった。

 ヒロが目を向けた。その瞬間、言い知れぬ恐怖が彼らを襲った。

 頭が麻痺し、身体から一気に血の気が引いた。そのせいで気温が氷点下にまで下がったように感じた。

 殺気と言う言葉すら生温い。『死』そのものを具現化したかのような存在を目の当たりにしたからか上手く呼吸することが出来ない。

 心臓に冷水を掛けられたように寒くなるが、対照に嫌な汗が溢れ出る。

 

「……死にたくなければこれ以上先には来るな」

 

 向き合っただけで委縮してしまった相手に戦う気が薄れたのか、ヒロはそう忠告だけすると踵を反し避難所に戻ろうとした。

 背を向ける、それは襲撃するには絶好の機会だ。しかし今の彼らにそんな気はない。先の事もあるが、長年培ってきた戦士としての本能が全力で警報を鳴らしているのだ。

 ――あれは化け物だ。規格外の存在だ。自分達とは根本からして異なるものだ。決して関わってはいけない、挑んではいけない。

 もしここで再度奇襲をかけようものなら、間違いなく彼と同じ運命を辿ることになるだろう。

 既に亡骸と化した仲間を見て、彼らはそう確信していた。

 

 

 避難所に戻る最中、一応警戒して周囲を『探る』がどうやら彼らは素直に忠告を聞きいれてくれたようだ。

 ほっと一安心したヒロは息を漏らした。

 あの容姿と身のこなしを見るに彼らは今自分達が争っている件の一族だろう。戦闘種族とは聞いていたが、成る程どうして手強そうだ。

 実際問題としてヒロが一瞬とは言え「本気」にならざるを得なかったのだ。そのせいで一人を殺めてしまったのは心苦しいが、結果としてそれは「見せしめ」の役割を果たし、残り二名は殺さずに済んだ。

 恐らく彼らはあの武装隊員の腕を切り落とした者達だろう。わざと殺さず撤退させ、避難所を襲撃でもする算段だったのだろう。現状はリード達の方が有利だ。状況を立て直す、もしくは立場を対等にでもするべく自分達を人質にでもと思ったのか。

 思惑はどうあれ、それはヒロによって未然に防がれた。

 戦力を増強して再度襲撃も可能性としてはあり得るが、彼らは行わないだろう。

 何せ今戦場にいるのは圧倒的とはいえ「ただ強い」だけの者だ。しかし此処にいるのは「不気味な力を持った者」、イレギュラーとしてはこちらの方が破格だ。

 そんな正体不明のものに現状どれほどの戦力が割けるというのか? そして割いた際もし失敗したら……リスクは計り知れない。

 一族の存亡に関わるかもしれない事態。流石にこれ以上は慎重にならざるをえないだろう。

 

「それに、避難所(あそこ)今高町いるしな」

 

 そして何より、彼らは知らないだろうが今避難所には高町なのはがいる。

 エースオブエース、管理局の白い悪魔、人間砲台etc.

 秘密裏とはいえオーバーSランクがもう一人いると知れば、彼らの絶望感は半端ではないだろう。特に彼女はその砲撃、収束魔法の威力に関して有名なのだ。

 実際今戦場に彼女を投入すれば、それだけで争いは終息に向かうだろう。それだけの過剰戦力なのだ。

 尤も、流石にそんなことをすればなのはの立場が悪くなる為させるつもりはないのだが……。

 どちらにしても彼らは大人しく引き下がった方が身のためだろう。

 どう転んでもロクな未来が見えない彼らの身を案じているとヒロに端末に通信に入った。

 

『やあ』

 

 出るとそこにはリードの姿があった。相も変わらず微笑を浮かべている。

 どうやら向こうはある程度方が付いたようだ。もう後がないと感じた例の一族はリードと話し合うことを決めたらしい。ただ彼らも黙って従うつもりはないらしく、最後の抵抗としてある条件を出してきた。

 

『キミの出番だよ』

 




次回、ようやくヒロに本気出させることになるかもしれない……40話近くになって本気出す主人公って一体……。

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