覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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久々に書いたので変なところがあったらごめんなさい。


三十六話

 それは、酷く悲しい夢だった。

 目が覚めたヴィヴィオは先程まで見ていたことをほとんど忘れていた、しかしそれが悲しくて辛い物であることは覚えている。漠然と、だがはっきりとそう感じたのだ。

 その証拠に今尚胸が締め付けられるように苦しい、自然と涙も溢れてくる。

 目覚めてすぐに、そんな症状に陥ったヴィヴィオをヒロは気遣った。稀にアインハルトやレヴィといった子ども達が来るからか、彼女達用にココアのインスタントもある。それを温めたミルクでよく溶かしたものをヴィヴィオに渡し、自分もコーヒーを淹れ落ち着くまで待っている。

 痛い程の沈黙。偶にヒロがコーヒーを啜る音が聴こえるくらいに静かな空間になった部屋。しかしヴィヴィオにとってその静けさは決して不快なものではない。何も言わないものの、ヒロが自分のことを案じていることが分かる。「目は口ほどものを言う」らしいが正に今のヒロはそれを体現していた。

 

「落ち着いたか?」

 

「……はい」

 

 ゆっくりとコーヒーを飲み干し、カップを置く。頃合いかと思い訊くと予想通りの返事が返ってきた。

 

「えへへ、すいません。心配かけちゃって」

 

 まだ潤んでいる瞳を必死に拭い、心配をかけまいとする少女の姿に胸が痛む。

 原因は自分との接触なのだからヴィヴィオがそうも気にする必要はない。だが一体いつの記憶を覗き見たのか分からないため軽々しく励ませない。結果「そうか」と曖昧に言葉を濁し頷くしか出来なかった。

 不安を拭うべく頭でも撫でようと手が上がるが、すぐに自制し、そのままその手はカルテへと向かった。

 

「あの……どうでしたか?」

 

 窺うその真剣な表情に気圧され、恐る恐るといったように訊いた。

 

「そうだな。結論から言うなら『正常』だ」

 

 ヒロの口から紡がれ言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす――

 

「ただし、“奇跡的に”だがな」

 

「え?」

 

 だが、次いで放たれた言葉にヴィヴィオは言葉を失った。

 

「お前の体内には微細だが『レリック』の欠片が幾つか残っている。調べたところ『レリック』とは『聖王核』と同一の物であることが分かった。お前は一度これを身体に取り込んでいるな? 特異なものでない限り『聖王核』は基本的に如何なる聖王にもマッチするようになっている、つまりお前は他の『レリック』を取り込んだ人間よりも適合率は遥かに高いわけだ。高町はこれを力技で粉々にしたらしいが、やったことはディスクをハードに入ったまま壊すようなものだ。しかもガッチリ嵌っていたのだから影響が出ないはずがない。更にエネルギー結晶体ということも災いしている、本来ここまで砕かれれば魔力素に還元、もしくは魔力に変換できるのだが適合率が高い所為か今尚体を成している、結果微細になりながらも『レリック』はお前の中にあるわけだ。

 そしてこれがまた厄介なところでな。その砕かれた『レリック』は上手い具合に体組織に混じり、それが『聖王の鎧』の発動の妨害をしてしまっているわけだ。奇跡的と言ったのはこれが本当に発動の妨害にしか影響を与えていないところだ。

 何か一つでも食い違っていたら危なかったな」

 

 淡々と語られるそれらにヴィヴィオは絶句した。

 かつて知り合いの医者であるシャマルに診て貰った際にも「奇跡的」という言葉は使われたが、それがどれ程のものか分からずただ漠然と「運が良かった」と受け取ったことがあるが、改めて詳細を聞かされその認識は誤っていたことを思い知った。

 治す専門のシャマルとは違い、驚異的な解析能力を持つヒロがここまで言うのだ。如何に自分が天文学的な数字で救われたのか、驚きを通り過ぎ戦慄すら覚えた。

 

「あ、あの、本当に影響は……」

 

 事細やかに自分の現状を知ると、やはりというべきか不安になってきた。

 今まではなんともなくやってこれたがこれからも同じ風に生きていけるのか、そう考えずにはいられなかった。

 

「ん? ああ、別にその辺りは問題ないさ」

 

 だがそれは杞憂に終わった。

 それはそうだろう。今までやってこれたことが容態を聞いただけで急変する訳がない。ましてやヴィヴィオの場合は精神的なものではなく肉体的なものだ。メンタルが弱ることはあるだろうがフィジカルが激変するのはまずあり得ない。

 だからこれからも今の生活を送り続けるようなら問題はないとのことだ。

 尤も、魔法や魔力に関して言えばそうとも言えないが……。

 現状ヴィヴィオの魔力総量は本来の八割程度しか使えない状態だ。理由は先に述べたレリックの残滓による妨害。ヒロ曰く『聖王の鎧』は防御としてだけでなく魔法の補助も行う簡易デバイスのような働きもあるらしい。故に本人も知らない内に幾らか魔力のリソースをそちらに振っているのだそうだ。しかしそれは残滓の妨害により不発に終わっている。

 だからこのままの状態で生活をするということは、魔力的なハンデを常に負うことになる。

 ストライクアーツという魔力ありき前提で考案されたそれを使い、戦い続けるのならそこはやはり大きなネックになってしまうだろう。

 

「……まあ、オレならなんとか出来なくもないがな」

 

 説明していく内に落ち込んでいく様子のヴィヴィオを見たヒロは、頭を掻きながら一息置いた後そう呟いた。

 

「え?」

 

 それを聞いてヴィヴィオは驚いた。素人としての感想だが、それでも彼女の症状は極めて厄介なものだ。下手に手を出して悪化するぐらいなら放っておいたほうがいい、少なくとも当のヴィヴィオ本人はそれしか思い浮かばなかった。

 

「すげー神経使う上長時間に及ぶ手術になるが、一応オレなら可能だよ」

 

 だがヒロは重いため息を吐きながらもそう応えた。もし仮に挑んだ場合のシュミレートでもしたのか、苦笑を浮かべている。

 これでも医術に関する技量は並外れんばかりに高いのだ。十人の医者が匙を投げる程の重い症状も、ヒロなら救えることが幾度もあった。

 故に今回の件も出来ると言えば出来るのだが……。

 

「ま、治療後は三週間……早くても二週間は療養しなくちゃいけないがな」

 

「に、二週間……」

 

 要求された期間、その日数にヴィヴィオは愕然とした。

 今ヴィヴィオ達はインターミドルの予選に向けて随時特訓の日々を送っている。いくら万全の状態を迎えるためとはいえ、それを怠ることは致命的だ。

 一応ヒロに三日ほどに縮められないかと訊いてみたが「ドクターストップかかって出場停止になってもいいなら構わないが?」と返され項垂れてしまった。

 

「えっと……わたしの身体って今すぐ手術しないといけないわけじゃないんですよね?」

 

 それから暫く、長考の末ヴィヴィオはヒロに再度質問をする。

 

「ああ、あくまで常にハンデを背負っている状態ってだけだからな。一生とまではいかないが焦るほど深刻化もしていない」

 

 それでもやるにこしたことはないんだがな。そう付け加えるヒロを後目にヴィヴィオは静かに息を呑み決意した。

 

「ならわたし、もう少しこのままの状態で頑張ってみます」

 

 強い意志を宿した目がヒロに向けられる。

 

「本来の魔力総量よりも少ないが?」

 

「分かっています」

 

「頭で理解しているのと体感するのはかなり違うぞ」

 

「覚悟の上です」

 

 子どもながらに簡単に決めたわけではないのだろう。

 一生懸命頭を悩ませ、必死に考え抜いた末にその答えを出したのだろう。

 ヴィヴィオはまだ十歳だ、今年を逃したところでインターミドルへのチャンスはまだある。だがそれでも、今まで友人達と一緒に励んだ日々を無為にしたくないのだろう。

 だからこの件は「保留」にしてほしい。少なくとも自分のインターミドルが終わるまでは。

 

「……はぁ」

 

 まだ十歳の少女とは思えない熱意にヒロは呆れたようにため息を漏らした。

 自分はこの“目”を知っている、嫌という程知っている。そしてこうなったら梃子でも動かないことも知っている。

 いやまったくどうして、血の繋がりはないが確かにこの子は『高町なのはの娘』なのだろう。

 それを再認識すると自然と笑みが零れた。

 嬉しく感じたのだろう。なのはの教育の成果が、ヴィヴィオの強さが、そしてそうまで思われていてくれる友人の一人に(アインハルト)がいることが。

 

「いいだろう」

 

 ――ヴィヴィオの手術は保留となった。

 


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