覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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三十五話

 管理局の本局。何度か足を運んだことのあるそこにヴィヴィオはいた。

 用向きは以前より頼んでいた自身の検査のこと。

 医者の中でも優れ、何故かベルカや聖王に詳しいヒロにちゃんと診て貰おうと思い来たのだった。

 仲の良い友人であるコロナやリオ、アインハルトは特訓があるということで今回はいない。だが、デバイスのクリスが一緒の為迷うことなく目的地に着いた。

 

「ここかな?」

 

 一見、普通の一室のようにも思えるが看板にはちゃんと『診療所』と書かれている。なんの捻りもなくただ診療所と書く辺りヒロの性格が良く表れているとつい思ってしまったが、気を取り直し入室の許可を求めると同時に扉が開いた。

 

「おじゃましまーす」

 

 恐る恐る顔を覗かせながら見るとそこには椅子に腰かけ本を読んでるヒロの姿があった。仕事中だからか私服ではなくちゃんとした白衣を纏っている。それを見て改めて「本当に医者なんだ」と実感した。

 

「予定より早いな」

 

 呆けているヴィヴィオが視界に入るとヒロは本を置き、声をかけた。予定していた時間よりも早いが遅れてくるよりは遥かに良い、「偉いな」と頷きながらも感心した。

 学校帰りだからか制服のまま来たようだ。つい最近まで妹も着ていたと思ったがこうして見ると懐かしさを感じる。

 

「えへへ〜。今日はよろしくお願いします!」

 

 褒められて嬉しいのだろう。隠す気は毛頭ないと言わんばかりに笑顔になった。

 さて、来て早々本題に入るためヴィヴィオは軽い質問をいくつかされた後ベットに寝かせられた。何故質問されたのかと疑問を感じたのでヒロに訊くと「軽いコンディションチェック」とのこと。これから行う『診察』はかなり繊細なものらしく、少しでも体調が優れないのなら別の機会にするべきだと思っていたからだ。

 だがそれは杞憂で終わった。悪いどころか、寧ろすこぶる快調な様子。

 これなら大丈夫だろうと判断すると一錠の薬と水を注いだコップを差しだした。

 「?」と首を傾げるヴィヴィオを後目(しりめ)に説明した。

 曰く、睡眠薬とのこと。無論如何わしい理由ではなく、診察中に余分な緊張をさせないためらしい。今回は細部をくまなく調べるためなるべく不安要素は取り除きたいのだ。

 それに睡眠薬と言っても効力はせいぜい二、三時間程度のもの、勿論後遺症もない。

 そう、力説するヒロに後押しされるようにヴィヴィオは睡眠薬を呑んだ。個人的には他愛のない話とかをしたかったのだが仕方がない、諦めよう。

 残念そうに思いながらも、ヴィヴィオの意識はすぐに沈んでいった。

 

「さて、取り掛かるか」

 

 寝たのを確認するとヒロは両手にハンニバルを装備させる。

 ヴィヴィオを眠らせたのは診察の不安要素排除の他にこれを使うためだ。能力を限界まで引き出す以上はデバイスの使用は必要不可欠だ、故にハンニバルを使う他ないのだが……如何せん見た目が禍々しいために起きた状態では余計怖がらせてしまうと思ったからだ。

 あと個人的にこの姿は見せたくない、というもう一つの真相もある。

 さて、気分を入れ替えて横になっているヴィヴィオに手を翳す。

 キラキラとした半透明な粒子(魔力)が身体に染み込んでいく。目を閉じ、意識を集中させ、レアスキル――賢王の眼(ロードロア)を発動させる。

 身体の内部、臓器の細部に至るまでくまなく調べ上げる、あらゆる情報を読み取っていく。

 少しばかりの時間が必要だと感じたヒロは何気なく眠っている少女に視線を向ける。

 ぐっすりと深い眠りに落ちているはずの彼女の目尻に一筋の涙が流れたような気がした。

 その理由を考える前にヒロの意識は再度診察へと向かった。

 

 

 

 それは、昼だというのに曇天で薄暗い日のことだった。

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは盟友であり友人でもあるクラウスの自室に向かっていた。以前より借りた書物を返すという建前の他にもう一つ。今は離れ離れになってしまった兄と慕う青年からの文通が届いていないかの確認だ。

 如何に待遇がよくとも王族達からの認識では彼女は人質以外に他ならない。血は繋がっていないものの家族同然。しかしそんな相手とはいえ文通も自由に行えるわけではない。ちゃんとした検閲をし、この国の王であるクラウスが『よし』とした物しか認められない。

 それはこちらから送るだけではなく、向こうから送られた場合も同じこと。

 過去の傾向からそろそろ着く頃だろうと推測した彼女は、恐らく一度目通りするであろうクラウスの所に向かっているのだ。

 此処(シュトゥラ)に来てからの楽しみの一つがこの文通だ。彼とは遠く離れてしまったが、こういった形で互いに連絡を取り合っている。内容は周辺の状況や身内話といったものが多い。彼からは多くても三枚ほどしか貰わないが、オリヴィエはいつも五枚以上の分量を送っている。これは元々オリヴィエが話好きな所為だろう。

 しかし、唯一の家族とも呼んでいい存在だ。必然筆が進むのも頷けるというもの。それを書く時と返事を受け取る時の彼女の笑顔は正に極上で周りの人達は皆我がことのように嬉しいようだ。

 ……もっとも、オリヴィエに淡い恋心を抱いているクラウスだけは複雑な心境だったらしい……。例え互いに恋愛感情を抱いていなくても嫉妬してしまう程にその時の彼女は素敵で、そんな表情を浮かべさせることができる彼が羨ましかったからだ。

 そんなクラウスの心境など知るよしもないオリヴィエは足を速めた。

 そして彼の部屋の前に着き、いざ扉に手を掛けようとした時だ。なにやら部屋の中が騒がしいことに気づいた。

 どうしたのだろうか? そう思い少しばかり後ろめたい気持ちを感じながらも耳を澄ませた。

 

『……それは本当のことなのか?』

 

『真相はわからない……でも最も親しかった“彼”からの情報だから確かだよ』

 

『そうか……俄かには信じられないよ』

 

 声は二つ。一つはクラウス、一つはもう一人の親友のものだ。

 何の話かはわからないが、聞き取れた声色だけでもかなり深刻なようだ。これは出直した方がいいかもしれない。

 そう思い、踵を返そうとした瞬間――

 

『まさか“オルトゥスが滅んだ”なんて』

 

 聞き逃してはならない言葉が耳に入った。

 『オルトゥス』。聖王連合に属する国の一つであり、他の諸国と比較しても小さい。しかし、それ故か作物がよく育つ豊かな土地に恵まれている、平穏な国だ。しかし、オリヴィエにとってはそれだけではない。その国には最も古い友人と、実の兄のように慕っている青年がいるのだ。

 

「はっ……はっ……」

 

 動悸が速くなるのがわかった。友人と青年が戦火に焼かれる姿を幻視したためだろう。

 なんとか落ち着こうとして、必死に何度も「大丈夫」と反芻する。青年の強さは知っている、二つ名の「不敗」など連合どころか大陸中に轟くほどだ。名実ともに「最強」の彼を一体誰が倒せるというのか。友人に関しても、そんな彼が守っているのだ、心配する必要がどこにある。

 ――だから大丈夫。

 そうやって立て直そうとしているオリヴィエの前に一人の侍女が近づいてきた。いや、正確には用があるのはクラウスの方にだろう。

 手には一つの封書が握られている。質素で簡素な、感情が全く籠っていない字が目に入る。一見、機械的に書かれたと思われるそれは、何度も見たことがあるオリヴィエでなければ見逃していたであろう。

 青年の――アゼル・イージェスからの手紙。

 視認した瞬間オリヴィエは侍女から手紙を奪い取っていた。

 「オルトゥスが滅んだ」なんて現実に目を背けたいからか、嘘であると思いたいからか。乱暴に封を破き、急いで中の手紙に目を通す。

 いつもは見せることのない鬼気迫る表情に圧倒される侍女。しかしそんな彼女に気を使えるほどオリヴィエの今の精神状態は穏やかではない。

 今はただ「オルトゥスが滅んだ」ということを認めたくなかった、認めてはダメだと……そう強く思わなければ立っていることすら出来なかった。

 その為にはこの手紙が必要なのだ、ここには『数日前のアゼル』がいる。例え、もし仮に本当にオルトゥスが滅んでいたとしても、この手紙の中の彼は生きている。それが一時凌ぎの逃げでしかなかったとしても、辛い現実を受け入れる前に猶予期間が欲しかったのだ。

 勝手に見たことは後で謝ろう。しかし今この瞬間だけは……そう思い、オリヴィエは目を走らせた。

 

「……え?」

 

 ――だが、現実はそれを良しとしなかった。

 

 入っていた手紙は三枚。一枚、二枚と順調に読み進めていたが三枚目に入った瞬間オリヴィエから表情が消えた。

 そこに書かれていたのは、オルトゥスが滅んだことを裏付けてしまうものだったからだ。

 それによって否応なく現実と向き合わされた彼女は力なく、膝から崩れ落ちてしまった。

 人形のような虚ろな瞳から一筋の涙が流れると同時に、義手から手紙がはらりと舞い落ちた。

 一枚目には自身の交友関係と国や連合のこと、二枚目にはオリヴィエの身を案じていること。そして三枚目には……ずっと隠してきた嘘についての、内容と謝罪についてだ。

 

 ――アゼル・イージェスは三年も前から不治の病に侵されていた。

 




半年以上間が空いて本当に申し訳ないです……orz
書くのも久しぶりなので変なところがあったらゴメンなさい。

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