覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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すまない……更新が遅れて本当にすまない……。


三十三話

「ごめんね、手伝ってもらって」

 

 用事(買い物)を終え、カフェテラスで一息吐くとフェイトが申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言ってきた。

 買い物帰りだというのに行きと同様に手荷物が少ない。買った物は宅配サービスで届けることにしたためだ。

 

「自分から誘っておいて文句を言うほどオレは小さい人間じゃないと自負しているつもりなんだが?」

 

 謝るフェイトに対してコーヒー片手に片目を閉じてそう返すヒロ。余計な気遣いは不要とばかりな態度に、フェイトは口元を緩ませた後礼を言った。

 

「うん、ありがとう、ヒロ」

 

 フェイトは何かしらの事情により親元にいれなくなった、一人でいることを余儀なくされた子どもを保護している。エリオとキャロもその内の一人であり、彼らとは本当の家族のように接しているらしい。

 それで今回の買い物の件は、その子ども達へのプレゼントであり、ヒロにも手伝ってもらったのだ。子どもとはいえやはり男の子、女性であるフェイトには分からない趣向もあるからだ。

 実際、先程も人気のカードゲームとロボットのプラモデル、どちらにするか悩んだ時助言を求めたらきちんと応えてくれた。その結果プラモデルに決めることにした。

 尚その際の助言が妙に生々しく変に説得力があったのはきっと気のせいではないだろう……。

 

「さて」

 

 砂糖とミルクを入れ適度な甘さになったコーヒー。そのカップを口から離しテーブルに置くと一息吐くようにそう漏らし、フェイトを見やる。小腹が空いたからと頼んだイチゴのショートケーキは既になくなり、何も乗ってない皿と、同じく頼んだコーヒーカップくらいしか彼女の前にない。

 

「用事は済んだようだし本題に入ろうか?」

 

 その様子にいい加減に頃合いかと思ったヒロは促した。その後「尤も、オレは受け身でしかないがな」と苦笑したのは改めて気負う必要はないという意味なのだろう。

 このデートには二つの目的がある。一つはフェイトの人間性を知ること。もう一つは少しでも『自分(ヒロ)』を知ってもらうことだ。

 何せ話す内容が内容なのだ。なのはの友人とはいえフェイトは部外者、信用に足らなければ僅かすら提示できない情報を開示するのは不可能だろう。だが今日、半日ばかりとはいえ付き合ってみて悪意がないことは分かった。『善意の塊』、『厚かましい好意』。大袈裟な言い方をすればそういう風に例える人もいるだろうが、ヒロにとってそれはマイナスの要因にはならない。だからフェイトに関しては問題なかった。

 もっとも、実はそんな回りくどいことをせずともヒロのレアスキル『ルードロア』を使えば一瞬で済んだのだが、流石にそれではプライバシーも何もあったものではなかったため行わなかった。

 

 もう一つの目的に関しては、今回話す内容如何によってはヒロの過去が関わってくるからだ。訊いてくる内容、話せる範囲。『規制(ルール)』はあれど確実に「ヒロ・ストラトス」という人間に触れることになる。

 当の本人に自覚はないがその生い立ちは「普通」とはとても言い難い。特に「ハンニバル」、「アゼル」、「トレース」この三つのキーワードの内一つでも触れれば必然彼の核心に迫ることになる。今では理解者、友人として付き合いのあるなのはですらそのことを聞いた後暫くの間どう接していいか分からず距離を置いてしまった程だ。

 あの時は時間が経って整理がついたおかげでちゃんと受け入れてくれたが、果たして今回もそうなるとは限らない。

 だからもし伝えるにしても、その前に少しでも今の自分を知ってほしいという思いがあった。元々そこまで触れさせる気はなかったが事情が変わったことと、どうやら本来の性格による所為らしい。

 普段澄ましていたりクールを気取ることもあるが、その実ヒロは人との繋がりが恋しいのだ。

 そんな寂しがり屋な青年の心境など知る由もないフェイトは、しかし思考の海に浸り長考していた。

 恐らく訊く内容を整理しているのだろう。

 コーヒーを(あお)り、そんなことを思ったヒロは暫しの間待つことにした。

 ――時間にして一分。

 

「あのね……」

 

 意を決し、ヒロを見据えるフェイト。それに応えるようにカップを置きヒロも正面を向き直った。

 訊かれる内容はある程度予想が着く、対して「答え」も予め用意してある。故にどんな質問がきても即答できる。

 

「ヒロは、まだなのはのことが好き?」

 

「え……?」

 

 ――そう思ってどっしりと構えていたヒロの心に波紋が広がった。

 完全に想定外、今更聞かれるとも思っていなかったそれに言葉が詰まり、汗すら流れた気がした。

 時が止まったように、虚を突かれ呆然としているヒロだったが、ふと我に返ると落ち着いた風を装う為カップを再び持ち口をつけた。

 

「ヒロ……それ空だよ」

 

 しかし、悲しきかなフェイトの言う通りその中には既に何もなかった。

 

「…………」

 

 そんな簡単な状況把握すらできない程にヒロは動揺していた。

 思わぬ失態を見せたが、すぐに持ち直そうと近くにいたウェイターを呼び止めおかわりを頼む。その後咳払いをして話を再開しようとしたが、羞恥からくる顔の赤みはまだ残っている。

 思った以上に新鮮なその姿にフェイトはほくそ笑む。意外な一面というのが見られたからだ。

 しかしいつまでもその様子を眺めているわけにもいかない。それと同時にヒロが口を開いた。

 

「……まあ、好きか嫌いかと訊かれたら間違いなく好きだ。フラれたのもあるし恋かと聞かれたら迷うところだけどな」

 

 観念したかのように渋々と語る。

 「一つだけ情報を開示する」と言った過去の自分を殴りたくなったが、それこそ正に後の祭りだ。

 質問された以上応えないわけにはいかない。しかもそれが『ルール』に縛られないことなら尚の事、黙秘権も使えないだろう。故にヒロは諦めて応えたのだ。

 

「そっか」

 

 素直に応えてくれたことが嬉しかったのか笑みを浮かべてフェイトは頷いた。

 

「なんで好きになったのかとか聞かないんだな?」

 

「え? だって一つだけって……」

 

「いやそうなんだが……」

 

 踏み込んでこず、肝心なことだけ聞いたらあっさり引くその姿に肩透かしをくらった。

 どうやら再度確認したかっただけのようだ。確かにあの時は「諦める他ない」と口にしたが、今現在の気持ちは告白していなかった。当人としてはやはりその辺りが気になったのだろう。

 しかしと、その様子にヒロは呆れ頭に手を当ててから数秒、気分を変えるように一度大きく深呼吸をしてから向き直った。

 その瞬間、タイミングでも見計らっていたかのようにおかわりを頼んでいたコーヒーが届いた。

 既に空になったカップは下げ、新たに来た方は正に出来たてと言わんばかりに湯気がたっており独特の匂いも漂ってきた。

 

「お前、アイツとは付き合い長いんだろ?」

 

 カップを持ち、揺れる水面を見ながらヒロは問いた。「アイツ」とはやはりなのはのことだろう。

 

「うん、もう十四年くらいかな」

 

 だからフェイトは応えた。なのはと出会ったのは今から十四年も前、まだ互いが十歳にも満たない時だった。

 ロストロギア関連の事件で、当時フェイトは管理局の人間ではなく、寧ろ逆に追われる立場にあった。これは彼女自身が、というよりは彼女の母親が関係していたのだが、ともかくその事件が起こる発端である「ジュエルシード」と呼ばれるものを蒐集していた時に出会ったのが高町なのはなのだ。

 ジュエルシードを取り合ったりぶつかり合ったりと紆余曲折あったが二人は友達と呼べる関係になった。その時に出来た絆は今に至るまで続くほどに強いものだ。

 

「そっか……オレは十二年くらいかな」

 

 懐かしむように遠い目でコーヒーを飲む。

 特有の苦みが舌と喉を通って全身に染み渡っていくようだ。そしてそれがトリガーにでもなったのか、昔のことが次々と頭の中で蘇ってきた。

 ――血によって鮮やかに彩られた白い部屋。

 ――初めて触れた小さくも温かい手。

 ――偶々見てしまった飛べなくなった少女。

 ――悪魔の囁きと『誓約』という名の『戒め』。

 それら全てが今のヒロを形作ったものであり、同時になのはが負った「負い目」でもある――。

 

 今は無理だがきっと話せる日が来る。

 そんな願望を抱きヒロはフェイトに一つのメモリースティックを渡した。

 

「これは?」

 

「『オレ(ヒロ・ストラトス)』のデータ」

 

「え?」

 

 疑問の声は謎を含んで困惑の声に変わった。

 

「オレの公のデータは所々改竄されていてな、これはそのオリジナルだ」

 

 言われて目を見開いた。

 それは、つまり世間一般には晒すことができない何かがヒロにはあると言うことだ。誰にだって隠したいことの一つや二つはある。しかし改竄をするほどとなれば話は変わる。おまけにあの口ぶりでは行ったのは当人ではないのだろう。そうなれば考えられる人物は一人しかいない。

 

「どうして……」

 

 そうまでして隠さないといけないことを自分なんかに渡すのか?

 そんな疑問に思ったよりも明るい声色で返事が返ってきた。

 

「いや、元々は答えられない質問用にせめてヒントくらいは、と思って持ってきてたんだが……」

 

 そこで区切ると少しばがり寂しそうな目になった。

 

「最近アインハルト達を見てると成長が嬉しい反面怖くもなってきてな」

 

「怖い?」

 

「……ああ、時間が過ぎるのが怖くなったんだ」

 

 それは意外過ぎる弱音だった。

 付き合いはそれほど長くはないが、それでもフェイトはヒロのある程度の人物像は掴んでいる。少なくとも日頃から弱音を吐くような人間ではないはずだ。

 何かあったんだろうか?

 その言葉を口にする前にコーヒーを飲み終わったヒロは立ち上がった。

 

「ありがとう、今日は楽しかったよ」

 

 気付けば日は暮れ、辺りは茜色に染まっていた。どうやらもうそんな時間になっていたらしい。

 「会計は払っておくから」そう言って席を発ったヒロの後を慌てて追いかけるフェイト。

 その瞬間、思い出したように振り返り――

 

「出来れば、今日のこと忘れないでくれよ」

 

 ――そう言ったヒロの表情は今日見た中で一番悲しそうだった。


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