覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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今回は別視点の話。


三十二話

「おや? 珍しい」

 

 そう言って興味深そうに寄ってくる和服姿の美青年に、困ったような笑顔を浮かべて応えた。

 

「お久しぶりです。そういう流さんこそ何処か行くんですか?」

 

 管理局本局の通路を歩いていると見知った顔とばったり出会い、互いに挨拶を交わした。

 リードの下で働いている流はともかく、教導官であり、専ら空を飛んでいることの多いなのはがいるのは珍しい。更にそれがフェイトやその義兄クロノに用ではなく、こちらに直接来るとは……本当に希なことだ。

 

「ああ、仕事だよ」

 

 笑顔で応えた後「彼とね」と言って視線を後ろに向ける。

 そこには顔を隠すようにバイザーを着けた成年、クロウがいた。

 

「久し振り、クロウ君」

 

「……お久しぶりです」

 

 気付いたなのはが挨拶すると恥ずかしいのか、顔を逸らしながら返した。

 その様子に「相変わらずだなぁ」と苦笑を浮かべた。

 

「そういうキミはどうしたの?」

 

「あ、私はリードさんに呼ばれて……」

 

 来たんだけど。そう言おうとする前に流の目付きが険しくなる。だがそれも一瞬ですぐにいつもの柔和な

笑顔に戻った。

 

「ふーん……そっか、じゃあボク達はもう行くから」

 

 そう言ってクロウを伴い去ろうとする。その時すれ違う時に「気をつけてね」と声を掛けられたが、それが何に対してか聞く前に二人の姿は見えなくなった。

 

 「気をつけろ」とは何に対してだろうか?

 あの様子から恐らくリードのことを言っているのだろうが、そんなのは言われるまでもないこと。相手の弱みなどを好んで探し出すリード・オルグラスという人間を知っている者なら警戒しないはずがないのだから……。

 それを踏まえた上で言っているのだとしたら流はなのはが呼び出された理由を知っている、もしくは察したのだろうか? 

 そんな疑問が沸いたが、今更聞きに行くのもどうか。何よりすぐにその答えに会うのだから気にしても仕方がない。

 そう思って割り切り足を再び進めたのだった。

 

 

「失礼します、高町です」

 

 それから数分も掛からずに目的の部屋に着くとノックを二回行なってから声を掛ける。数瞬の間を持って

ドアは開き、中から「どうぞ」という声が聞こえた。

 入室の許可が降りたことで一歩踏み出し部屋の中に入れるとリードがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えた。

 

「やあ、待ってたよ、高町ちゃん」

 

 成人しているとはいえ、自分より年下の女性の為かリードはなのはのことを「ちゃん」付けで呼んでいる。最初はそうでもなかったが、歳を重ねる事にむず痒くなってきた。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

 その気恥ずかしい気持ちを払うように、本来の目的でもある「呼び出した理由」を訊く。流の言葉も思い出し不安を感じたが訊かぬことには始まらない。

 意を決したなのはとは別に、リードは笑顔を絶やさずコンソールを弄った。すると部屋から明かりは消え、窓にもシャッターが降りる。驚く暇もなく、次いでに現れたのは複数のモニター画面だった。

 そこにはフェイトとヒロの姿があった。場所は何処かのホビーショップだろうか。プラモデルの箱とカードゲームのパックをヒロに見せ、どちらがいいかと訊いているところだった。恐らくフェイトが面倒をみている子ども達……特に男の子へのプレゼントだろう。

 即座にプラモデルを選ぶヒロにフェイトは理由を問い、間髪入れずに応えた。その何気ない光景が、しかしどうしてかなのはの胸を締め付ける。

 

「……また盗撮? 趣味悪いよ」

 

 平静を装って言ったはずだが、完全に隠すことが出来なかったらしく、結果不機嫌そうだ。

 それを『確認』するとリードは口を開く。

 

「ボクとしては“どっちでもいい”んだよね。ただ昔からの友人としてキミを応援したかったけど、どうやらそれも終わりみたいだね」

 

「……なんのことですか?」

 

 嫌な汗が流れた。惚けたような振りをしてもリードの表情は崩れない。

 解っているくせに。無言であるにも関わらずそう思っていることが読み取れた。

 

「“彼”は無くすには惜しいし、遺伝子はかなり優秀なものだ。もし子どもができ、仮に魔力適性がなくても血筋的に他の才を有する可能性は高い。確率を上げる為にも彼女は最優と言えるだろうね」

 

 誰のことを言っているのかが解る。

 嫌でもモニターの向こうに視線が向かう。

 笑い合ってる二人を見て、また胸が痛んだ。

 

「どう……して……?」

 

 そんな中辛うじて絞り出した声は酷くか細かったが、何とかリードは拾った。その瞬間から彼の顔から笑みが消えた。

 

「時間は有限なんだよ、高町ちゃん。キミ、最近のアインハルトちゃんを知っているんだろう?」

 

「うん、ヴィヴィオ達と仲良くやってるみたい」

 

「そうか。なら、やはりタイムリミットが迫ってるわけか」

 

 一変してアインハルトのことを聞いたリードの口から不吉な言葉が漏れ、なのはは先程とは違う嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「どういうこと?」

 

「あの娘の成長は何も良いことばかりじゃないってことさ」

 

 リードは語る。

 彼の出生、役割、存在意義。自分が知っている全てを打ち明けた。

 

「え? 待って……確かに彼が“そういう存在”だっていうのは聞いてたけど、でも……そんな……」

 

 リードの言ったタイムリミットもあるせいか、一度に多くの情報を聞いたなのはは暫くの間混乱し、動揺、受け入れるのに時間がかかった。

 更に数分の時を有し、なのはは何とか情報を整理し、気持ちを落ち着かせる。

 彼自身から聞いたことを思い出し、今回のことと合わせると合点のいくところが多々あった。それはリードの言葉が真実であることを意味している。

 

「キミが彼に引け目を感じている間に時はどんどん過ぎていく。思うだけで踏み切れない、その結果彼は先に行きキミは取り残される。そうして距離が離れていき、最後には見えなくなる」

 

 語るリードの言葉に多少の熱が入る。いつにも増して饒舌であり、責めている様な気がした。

 

「――このままだとキミ、後悔するよ」

 

 そこでようやく怒っているのだと理解した。

 誰に対してか? それは間違いなく自分にだろう。明らかな好意を持っているにも関わらず、怖れてずっと手を(こまね)いているなのはに。

 思えば此処数年、分かりにくいが確かにリードは自分のことを応援していた。

 ヒロが半ば強制的に参加させられたあの合宿に関しても、本当はただリードに確認を取っただけで、実はなのはが勝手に休み貰ったわけではなかった。本来の愉快犯としての性分が多少なりともあっただろうが、一応二人の仲が進展する様にと思って許可したのだ。

 しかし結果はご覧の有り様。進展どころか寧ろふっ切る為にフェイトとデートするようになっていた。

 

「……さっきも言ったけど、ボクはね『どっちだっていいんだよ』。だから、あとはキミの頑張り次第かな」

 

 言うことは言ったとばかりに最後は笑顔を浮かべたリード。

 それに対し顔を合わせることが出来ないなのはは視線を僅かにズラし小さく呟く。

 

「わかってるよ……」

 

 

 

「少し卑怯なのでは?」

 

 なのはが帰った後、奥の部屋で待機していたシュテルが入ってきたと同時にリードを咎めるように言った。

 話の内容が内容の為席を外して貰っていたのだが、どうやら聴こえていたらしい。

 

「ん? 何がだい?」

 

 しかし当の本人は何処吹く風。飴を口に含み美味しそうに舐めている。

 

「先程のことです。時間がないのは分かりますが、それでも早急すぎませんか?」

 

 とある理由からなのはを庇うような言い方をするシュテルを横目にリードはため息を漏らす。

 シュテルは彼女の色恋の疎さを知らないからそう言えるのだ。なのはのあれは筋金入りだ。自らの好意に気付かず、他人に指摘されて初めて自覚するほどの鈍さなのだから……。

 そんな彼女がこのままの状態でいれば確実に後悔する。そしてきっと自責の念に圧し潰される。

 それほどまでになのはの中で彼は大きな存在になっているのだ。

 ……例え本人に自覚がなくとも否定しようとも、それは変えようのない事実だ。

 現に『彼を失なった彼女』は――。

 

「早過ぎるってことはないさ」

 

 その思考を切るように、リードは静かに目を閉じ(かぶり)を振るった。

 


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