覇王の兄の憂鬱   作:朝人

32 / 54
三十一話

 

 二つの時計の針が揃って空を見上げる頃。

 平日の真っ昼間とはいえ人口密度が増した公園のベンチにヒロは腰掛け、医療関係の本を読んでいた。

 天気予報によると日射しが強くなるということなので帽子を被り、更に陰になってもいいように度の入っていない読書用のメガネをかけている。基本ファッションには無頓着なヒロ、そんな兄を見かねて妹が見立ててくれたのだ。

 普段の彼を知っている人が見たら思わず二度見してしまう程には印象が違っていた。

 だからだろう。

 

「えっと、ヒロ……?」

 

 訊ねる声が妙に弱々しく、疑問形だ。

 それに気付いたヒロは本から視線を上げるとそこには待ち人である女性、フェイトの姿があった。

 人違いの可能性を少なからず感じていた彼女は再三顔を見ると本人と分かったらしく、安堵する。

 

「早いな」

 

 そんなフェイトの姿を横に視線を更に斜め上に移す。公園に備えてある大きなアナログ時計を確認するが、約束の時間までおおよそ一回り分の余裕がある。

 

「そういうヒロだって……」

 

「オレは家に居ても特にやることがなかったからな。それにデートで男が遅れちゃ示しがつかんだろ」

 

 インターミドルに向け、最愛の妹は朝早くから特訓に勤しんでいる。その上、本日は手合いをしてくれる相手の下にも行っている為実状家にはヒロ一人しかいなかった。

 元より休みである為勉強以外することはないが、それに集中し過ぎて遅れたのであれば格好悪いことこの上ない。従って、待ち合わせ場所ですることにしたのだった。

 予定ではフェイトが来る前に読み終わるはずだったのだが、思っていた以上に早い到着の所為で六割ほどしか読破出来ていない。

 仕方がない、残りは宿題にするか。そう思い立ち上がると公園にいる人達の視線がこちらに集中

しているのに気付く。

 最初はどうしたのか? と疑問を抱いていたが、向ける視線の主の大半が男であること、視線の集まる中心点が自分ではなくその近くであったことに納得がいった。

 

「どうしたの? ヒロ」

 

 もっとも、当の本人は全く気付いていない模様。可愛いらしく小首を傾げるその様は、なるほどどうして愛らしい。

 美しさと愛らしさを併せ持つ、ある意味において理想的なこの女性は、残念なことに鈍感らしい。向けられる好意の視線を全力でスルーするその姿に呆れ半分……。

 

「ふん」

 

「え!? 何!?」

 

 そして嫉妬を半分抱いたヒロは自分の帽子を突如フェイトに被せた。

 いきなりのことで驚いているフェイトを横目に、僅かに考え込んだ後続けて今度はメガネを掛けさせてみた。

 

「あ、あの……」

 

 「被らせる」のではなく「掛けさせる」という行為故に先程よりも距離が近くなる。更に正面から向かい合うような形になる為恥ずかしいのか頬を赤らめ目があっちこっちを泳いでいる。

 メガネを掛けたことにより多少知的に見える所為か、いつにも増して艶っぽい。

 これでは逆効果だ。そう判断したヒロはフェイトからメガネを外すと自分の上着のポケットにしまい込んだ。

 

「さて、じゃ行くか?」

 

 そうして一人で納得したヒロは未だ呆けているフェイトをしり目に歩き出す。

 

「え? ちょっと、さっきのなんだったの!」

 

 そんなヒロのマイペースさに調子を崩されたフェイトは僅かばかりに唇を尖らせながら後をついていった。

 

 

 合宿の時に交わした約束をする為に二人は時間を合わせ、今日再会を果たした。「交わした約束」とは即ちデートのことである。もっともフェイトにとってはただのデートではなく、あの時起きた出来事の詳細を知るためだが……。

 しかし理由はどうあれ、男性と二人っきりで出かけるのだ。綺麗に見てもらいたいと思うのは至極当然のことだろう。故に休みが取れてからは毎日のように自分なりのコーディネートを考えたつもりだった。あのヒロが素直に褒めるとは思えないからせめて「悪くない」とか「いいんじゃないか?」程度のことは言って貰えるよう試行錯誤を重ねたつもりだ。だが……。

 

「うぅー……」

 

「いやほんと悪かったって」

 

 まずは軽く腹ごなしとして入った手頃な喫茶店にて、不機嫌気味に頬を膨らますフェイトに何度も平謝りを続けるヒロ。

 派手さはなくても個人的にオシャレを決め込んできたつもりだったのだが、当のヒロは特に感想も言わずにいきなり帽子を被せるという暴挙を行った。結果として整えた髪が乱れ、それを先程まで直していたのだ。

 髪は女の命という言葉を痛いほど実感したヒロは腰を低くして謝り続けていた。

 

 先のあの行動に関しては簡単に言うなら独占欲によるものだ。余程の特殊性癖か好みが変わっていない限り男性の大多数はフェイトのことを美人と認めるだろう。その美人が今日に限り自分のデート相手なのだ、他の男の視線に晒されていい思いはしない。容姿そのものはどうしようもないが、顔だけは隠せるだろうと帽子を被せたのが事の真相である。

 

「まあ、そういうわけだから自重してくれ、美人」

 

「……それって、どうすればいいの……?」

 

 十分に謝ったと自己判断したヒロは開き直ってそう言った。

 美人と呼ばれるのは嫌ではない、寧ろ嬉しく思うが、具体的には一体どうしたらいいのだろうか?

 

「美人が発する特有なオーラを抑える、とか」

 

「無理だよ」

 

 無茶な注文に間髪入れずに返す。魔力ならともかくオーラなど生まれてこの方出したことがない。

 そう返されるのが分かっていたのか「だよな」と微笑を浮かべるヒロ。その様子に呆れながらも変な緊張感が解けるのを感じた。どうやら自分でも知らぬ間に力が入っていたらしい、思っていた以上に「デート」という言葉を意識していたのだろう。

 ヒロはそのことを見抜いて気を遣ってくれたのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだがすぐに首を振って否定した。

 いや、流石にそこまで空気が読めるのなら出会って間もなくお世辞くらいは言ったはず。美人と言ったのも客観的に見てそう思ったから言っただけだ。それはそれで嬉しいが、そのことと空気を読めるかという話は全くの別物だろう。

 そう、一人で納得したフェイトは気持ちを切り替えてヒロに問いた。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「うん? そうだな……パスタとグラタンで迷ってる」

 

「メニューの話じゃないよ、もう……」

 

 しかし当の本人はマイペースにメニューを覗き込んでいる。小腹が空いてることもあってか、少し本気で悩んでるようでもある。

 

「はぁ……なら、私が片方頼むよ」

 

「ん? ……あー、『食べ比べ』ってやつか。なるほど、確かに“らしい”な……じゃ、それで」

 

 話が進みそうになかったのでそう提案したフェイトだったが、何か変に勘繰られてしまったらしい。

 しかし今更取り消すと余計に意識してしまいそうになり、結局ヒロが注文する際も黙っていた。

 件のメニューの他にドリンクを二つ頼み、それを承ったウェイトレスが厨房に引っ込むと「さて」とヒロがフェイトに視線を向ける。

 

「開始早々質問して『はい終わり』じゃつまらないだろう? 何処か行きたいところあるか?」

 

 日帰りで帰れるところなら何処へでも連れてってやるぞ。軽い冗談を付け加えて微笑を浮かべたヒロ。

 本来ならこういうのは発案者もしくは男性がエスコートすべきではないのか?

 そう思いもしたが、実は行きたいところは幾つかある。だから不満とかはなく、寧ろ申し訳なさげに「じゃあ……」と行きたい場所を次々と口にしていった。

 最初はどうしてそれらに行きたいのか分からなかったが、フェイトに関する資料を思い返して納得した。

 

「オーケー。なら、食ったら行くか」

 

 故に首を縦に振り了承した。

 




通算30万UA超えたってこの作品……マジ?

え? 読者は一体何を求めてこの作品を…………あ、ブラコンか(自己完結)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。