覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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これが俺のファンサービスだ!(どこぞのアジアチャンプ風に)


三十話

 動物は本能に忠実だ。

 人より優れた感覚を持ち、そこから得た情報を元に即座に対応する。

 自らより劣ると思うものには容赦をせず、優れていると思ったものには従順に徹する。

 そして自らの害になるもの、敵と認識したものには臆することなる牙を突き立てる。特に守るものの為に勇敢と立ち向かう姿は凛々しくも雄々しい。

  --故に。

 

「にゃあああああ!!」

 

「だ、ダメですよティオ! めっ!」

 

 こちらを目一杯威嚇する子猫(のぬいぐるみのような何か)を叱る妹を眺めつつ、こうなることは必然だったのだろうとヒロは虚しい気持ちを抱きながらこう思った。

 --ま、動物ベースにすればこうなるよな……と。

 新たな家族になるべき相手に全力で威嚇される兄、それを必死に宥めようとする妹。そして完全に外野と化している赤と銀の二人組。

 そんな小さな騒動はある日の夕暮れに起きた。

 

 

 事の発端というほどではないが、例の合宿を終えてから二週間ばかり経った頃。ヒロの下に一通のメールが届いた。

 差出人は高町なのは、内容は合宿の際にも話したアインハルトのデバイスについてだ。彼女の古くからの友人にしてデバイスマイスターの資格を持つ女性、八神はやてに製作を頼むことになったのだが、どうやらそのことらしい。はやて本人と面識のない為なのはが代わりに連絡を入れてくれたようだ。

 製作依頼してから実に二週間あまり、まさかと思いつつもメールを開くとそこには「完成した」という結果が載せられていた。予想よりも僅かばかりに速い仕上がりに舌を巻くヒロだったが、すぐさまアインハルトにそのことを伝えると丁度妹にもその報告に伝わったようで、放課後ノーヴェと彼女の姉のチンクが付き添って受け取ってくるらしい。

 逸る気持ちを抑えようとしながらも内心は期待に胸躍らせているであろう妹の姿が用意に想像付く。今はまだ昼休み、午後の授業は身に入らないだろうな、と思いつつヒロは微笑を浮かべた。

 今日は早めに切り上げるつもりだから夕方には帰れるだろう。

 そう思い、仕事を再開し始めた。

 

 ヒロ・ストラトスは医者として卓越した技術を持っておりその道だとそれなりに有名なのだが、妹が第一な性格故にある程度の情報操作を行い、(おおやけ)に広まらないようにしている。それなので表向きは普通の診療所であり、多少早めに切り上げても常連客以外は特に困ることがあまりない。本当に急を要する場合は相応の大きな病院に行くであろうし、そこには優秀な医師やスタッフがいる。大抵はそこで対処できるはずだ。例外として、彼らの手に余る程の重症や極めて難しい手術の場合のみヒロに連絡が来るようになっている。一流の更に上と言ってもいいずば抜けた技術を持っている為幾度も声を掛けられているのだが、前記した理由の他にも中将の部隊員も兼ねていることもあり、断ってきた。代わりとして本当に必要とされた場合は必ず向かうように心がけている。

 ともあれ、そうした事情により本日は早々に切り上げ、出来上がったばかりのアインハルトのデバイスを見ようかと思っていた。……よもやそれが自分のある種の天敵であるとも知らずに。

 

 そうして予定通り時間がくると引き上げ、帰路に着く。家の前で丁度送ってもらったアインハルトと、付き添ってくれた二人とばったり遇い、挨拶もそこそこに喜々としてデバイスを見せる妹だったが……。

 

「にゃあ!」

 

 その瞬間、彼女のデバイスであるアスティオンが異常なまでにヒロを警戒し、威嚇してきたのだ。

 つい先ほどまでは誰が相手でも愛想よく振りまき懐いていたのだが、何故かヒロにだけは態度が一変した。

 その様子に慌てふためくアインハルトだったが、対してヒロは悟ったような表情を浮かべノーヴェに問いかける。

 

「あれ、もしかして動物ベースのAIか?」

 

「え? ああ、そうだけど」

 

「やっぱりか……つか変にリアルさ追及されてるみたいだし、どうしようもないな」

 

 特に今回は作った人の腕が良過ぎたことが災いした。一人で納得したヒロは盛大にため息を吐くが、周りは一体何のことか理解できず揃って小首を傾げる。

 

「いや、なぁ……」

 

 そこでどう説明したものかと悩んだ末、困ったように頬を掻き、それでいて申し訳なさそうに語った。

 

「オレ、ダメなんだよ…………動物が」

 

「え?」

 

「いや、正確には『オレが』というよりは動物の方から避けるというか……怖がるというか……」

 

 言葉を濁し、曖昧に言いながらもヒロが紡いだそれにアインハルトは心当たりがあるのか「あ」と声を漏らす。

 実はアインハルトはペットというものを飼ったことが一度もなかった。それどころか兄と一緒に動物園にもペットショップにも行ったことがない。

 まだ多忙ではなく、時間が取れる時には遊びに付き合ってくれた幼少期。基本何処へでも連れて行ってくれたヒロだが唯一動物がいるところだけには行きたがらなかった。それは長年「数少ない知らない兄の一面」としてアインハルトの記憶の片隅に眠っていたが、今日そのことを思い出し、ようやくその理由が分かった。

 とどのつまり、ヒロは「動物に好かれない部類の人間」ということだ。

 

「おかげで、獣医資格とかも取りたくても取れないしな」

 

 明後日の方を向いて呟いたそれは独り言だったのだろうが、やけに哀愁が籠っていた。

 動物、特に繊細なものにとってストレスは大敵と言える。飼ってはみたものの勝手が分からずストレスを溜めさせて死なせてしまったというケースは珍しくない。それほどまでにストレスとは軽視できないものなのだ。

 それにも関わらず自らが恐れる相手に体を触れられでもしたら急速な精神的負荷で死にかねない。特にヒロの場合、どんな動物ですら畏怖するのだ。熊や虎、ライオンですらヒロの前では大人しく縮こまってしまう。そんな相手が触診した日にはもう……。

 故にヒロは動物を診ることができない、その資格を持つことができないのだ。

 ただ、唯一使い魔は例外だ。彼らは動物をベースにしているが強い理性を持っている。だから動物達のようにはならない、本能を理性が律しているからだ。……とはいえそれでもストレスを全く感じないわけではないので長時間の接触は厳禁らしい。

 

「はぁ……」

 

 普段あまり考えたくないことを思い出した所為か、僅かばかり気落ちした。正直ヒロは動物が嫌いではない、寧ろ好きな部類だ。しかしどうしようもならない現実にため息を吐いてしまった。

 

「だ、大丈夫ですよ、兄さん! 私がいるじゃないですか!」

 

 慰めるべく胸を張ってそう言うアインハルト。傍から見れば自意識過剰と取れる言葉だが、事実としてヒロの心の大半はアインハルトのことで埋め尽くされている。故にそんな言葉ですら本人には嬉しいらしく、沈んだ気持ちが僅かに晴れる。

 その礼をすべく最愛の妹の頭を撫でようと--

 

「にゃ!」

 

 した瞬間、いつの間にかアインハルトの頭の上にいたアスティオンの柔らかくも鋭い肉球パンチに妨害され未遂に終わった。

 

「…………」

 

「あー! 兄さんがいじけた! ティオ離れて、お願いですから! ノーヴェ、チンクさん助けてください!」

 

 妹とのスキンシップを妨害されたヒロは大人気なく肩を落とし項垂れ、そんな兄の姿に妹は狼狽している。

 

「助けろって……どうすりゃいいんだ?」

 

「……姉に聞かれても困るのだが……」

 

 そして助けを求められた二人はどう対処していいのか分からず暫く呆然としていたが、とりあえずあの大人気ない兄をどうにかするのが先と思ったらしく、アインハルトに張り付いているアスティオンを引き剥がすことを決めたのだった。

 




そんなわけでViVid放送日に合わせて更新してみました。え?ズレた?気にするな!

正直、製作会社が変わったのでちょっと不安に感じてる私ガイル……。

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