覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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名状しがたき閑話のような何かpart2


二十九話

 首都クラナガンから遠く離れた地。木々が生い茂り、穏やかに流れる川。野生の動物が駆け回る自然豊かなそこは、ある者の私有地だった。

 リード・オルグラス。管理局における高位の役職、中将に位置しており、代々続く名家オルグラスの現当主である。二十代半ばにして現在の地位を築いた天才であり、いずれは大将になるであろうと言われている一人だ。

 彼の一族、『オルグラス』は古代ベルカの末裔とされ、滅びた今尚務めを果たしている。

 その最も所縁が強く、彼らが守り続けている地には古めかしい屋敷が立っていた。白い外装で彩られたそこの庭先でリードはひっそりと読書に耽っている。

 風に靡く白い髪、椅子に腰掛けて文字の羅列がびっしりと連なったそれを黙読する様は何処か詩的に感じられる。ガラスのテーブルの上にはビーダマを思わせる色とりどりの球体が幾つも積まれており、カラフルな山がそこにはあった。その内の一つを手に取り、口に含むと甘味が口内に染み渡っていく。

 ビーダマの正体は飴だ。彼は無類の甘党らしく、口が寂しくなると必ず飴を舐める癖がある。曰くその方が集中できるらしいが、過度な糖分摂取は身体に毒だからと医者を兼ねている部下に常々言われている。もっとも、その程度で抑えてくれるのならば『常々』には言わないだろうが……。

 そんな困った者の下に一人の少女が近付いてきた。

 

「先程、ヒロと流が到着したのを確認しました。これで全員揃いましたよ、リード」

 

 いつもの制服姿からは一変し、私服に衣替えしたシュテル。彼女はリードの傍に寄ると彼が召集したもの達が集まったことを簡潔に伝えた。

 「そうか」と応えると同時に口の中で飴が溶けてなくなるのを感じた。

 

「なら、行こうか」

 

 本を閉じ、静かに立ち上がるとシュテルを引き連れ歩んでいく。

 

 見慣れてしまった大理石を思わせる壁、相当古い物だろう。今更そんな感想を抱くこともなく淡々と進んでいるとシュテルがあることを訊いてきた。

 

「このまま“彼”と会って大丈夫なのですか?」

 

「ん? どういうことだい?」

 

 気遣いや心配の色はなく、ただ確認の為に問うたそれにリードは首を傾げた。その様子に「これでは覚えていないな」と呆れてため息を漏らした。よりによって「オルグラス」の者が「覚えていない」とは皮肉にも程がある。

 それほどまでに忙しかったのか、自分が伝えた「伝言」が印象に残っていなかったのか?

 どちらにせよ、リードの数分先の未来が決まったことにシュテルは心の中で合掌する。

 そうこうしている内にある扉の前に来る。

 シュテルの言葉の意味を模索しつつ、それを開くと猛スピードで迫るものがあった。然程大きくはなく、恐らくは顔の半分程度。固く閉ざされたそれが拳だと気付くと、「あ……」と声を漏らして思い出した。

 次の瞬間、顔面を強い衝撃が襲いリードは壁に叩きつけられた。

 見るからに痛ましいその姿にしかし主だった反応を示す者はおらず、寧ろ殴った当人であるヒロは舌打ちという悪態をついた。

 その行動の意味を疑問に思う前にヒロの背後から声が掛かった。

 

「あーごめんごめん、すっかり忘れてたよ」

 

 振り返るとそこにはリードがいた。

 長机の席には彼の部隊員が揃っている、空席は今立っているヒロとシュテルの二人分だけだ。

 両端に部下を座らせ、自身は中央の椅子にどっしりと構えていた。そしてなに食わぬ顔で飴を一つ口に含んだ。

 殴った感触はあれど叩きつけたはずの壁にその姿は既にない。

 

「これでおあいこ、一発は一発だからね」

 

 そう言いリードはにやりと笑みを浮かべ、紙に包まれた飴を取り出すとそれを解いて口に含んだ。その瞬間僅かに開いた目蓋の隙間から見えた片目は本来のグレーではなく、宝石を思わせる紫色だった。

 宣言通り「一発殴った」事実だけは残っているが当人はピンピンしている。

 ――相変わらず厄介で面倒な能力だ。

 そのことに苛立ちを覚え吐き捨てるように呟いた後シュテルを伴い席に座ろうとする。

 だがその前に一つの水色の影がシュテルに急接近してきた。

 

「みてみてシュテるん! ヒロからお土産貰ったよ!」

 

 元気よく飛び出した少女は手に持った長方形型の箱を見せる。どう見てもお土産コーナーにありそうな定番商品と思わしき物なのだが、それでも嬉しかったのかテンションがやたらに高い。

 それを「一緒に食べよう」と言ってくる彼女の屈託のない笑顔に、シュテルは口元を緩ませ静かに頷く。

 その後視線をヒロに移し凝視。「私の分はないのですか?」という密かなアピールに、ヒロは呆れたようにため息を吐くと「後でな」とだけ言って自分の席に腰を下ろした。了承したシュテルもヒロに(なら)い席に座る。

 全員が各座にいるのを確認する為視線を一周する。

 まず自分の近くにいる三人、マテリアルと呼ばれる者達。何処ぞの三大エースを幼くしたような容姿の彼女、近場の者から順に。

 冷静で感情の起伏が少ない、しかし勝負事には熱くなる一面を持つ『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』。通称シュテル。

 シュテルとは真逆に感情表現豊かな、元気で少し頭が足りない『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』。通称レヴィ。

 腕を組み偉そうに踏ん反り返っている、彼女達のリーダー的存在『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』。通称ディアーチェ。

 それぞれが遠距離、近接、範囲攻撃に特化しておりバランスの取れたチームとなっている。しかし最近はシュテルがリードの秘書的なポジションに着くこともある所為かレヴィとディアーチェのコンビを組むことが多い模様。

 

 ディアーチェの向かい側には本を読み耽っている十歳前後の少年がいた。見た目同様の年齢ではあるものの、事魔導書創りに関してはずば抜けた能力を持っている。おまけに使用の不可に関わらず写本・オリジナル問わず膨大な数の魔導書を一個人が所有している。本来なら認められないであろうそれは中将の庇護を受けることによって現実のものとなっている。

 

 次に視線を横にズラすと十代後半と思わしき女性は静かに目を瞑り「我関さず」という姿勢を保っている。

 彼女は正確にはリードの部下ではなく、ヒロ同様『ある契約』において力を貸しているに過ぎない。元より彼女の属しているのは管理局ではなく聖王教会である。とある『繋がり』を持っている騎士団長から特別に許可を貰い借りているのだ。

 

 その正面にいるのは流だ。肩口で切り揃えられた黒い髪。青い生地を基調とした浴衣を纏い、整った顔と相まって日本人形の様に華奢な彼だが、近接戦においてはあのヒロと同じ力を発揮する猛者だ。たおやかな笑顔を浮かべているが、ヒロと同じく一撃必殺の使い手である。

 

 覆面を着けた者が彼の横に座っている。「クロウ」という名の青年だ。

 彼は極度の人見知りらしく、サングラスやバイザー、果ては今回のような覆面を着けていないと人の集まる所に来れないらしい。唯一の肉親とも呼べる「兄」に対しては素顔で接することができるらしい。その「兄」がこの場にいるというのに、それでも顔を隠す辺り徹底している。

 

 そして、最後に一番の問題児であるヒロ。

 クロウの正面に座っている彼は、しかしやる気がしないのか頬杖をし視線が明後日の方を向いている。

 ――いや、その表現はやはり正しくはなかった。

 確かに彼は場違いな方向に視線を飛ばし、他者から見たら不真面目極まりないだろう。だが、この場にいる者は全員が知っている。

 彼の見つめる先には「彼の王」が眠っていることを……。

 

「さて、じゃあいつもの定時報告といこうか?」

 

 それを知っていながら――否、知っているからこそリードは敢えて話題には出さず本題に乗り出す。

 個人個人がエースクラス、もしくはそれ以上の力を持つ彼らが集った理由は、平たく言えば近況報告である。

 月に一度はこうやって集まり、顔を合わせ、話し合うようにしているのだ。

 しかし……。

 

「進展はありません」

 

「同じく!」

 

「右に同じよ」

 

「特になし」

 

「以下同文」

 

「うん、ないね」

 

「……ない」

 

「分かりきったこと訊くなよ」

 

 全員口を揃えて「ない」という始末。

 実際問題、大事が起きれば呑気に報告会などやってはいる場合ではないのだろうが、流石にここまできっぱりと言われると逆に清々しくさえ思える。しかしそれでは定時報告の意味がない。

 だから切り口を変え、ある二人に視線を向ける。

 

「セリア、ヒロ。その後、トレースの具合はどうかな?」

 

 その問い掛けに銀髪の女性はピクリと眉を動かし、黒髪の青年は首すら動かさず「別に」とだけ応えた。

 

「分かっていると思うけど、その魔法は記憶を覗くなんて生易しいものじゃないんだ。何せそれは元は“拷問用に作られた魔法”なんだから」

 

 リードが表情を改め声を強めると、セリアと呼ばれた女性は今まで閉じていた瞳を静かに開く。対してヒロは今更なことを、とでも言いたげにため息を吐いた。

 

 魔導の歴史は長く、その種類は数多にある。戦闘用や日常用の他にも様々な用途に応え生み出された物もある。

 『トレース』とはその中の忌むべき一つ、拷問用という前提を以って作られた魔法だ。物に込めれた記憶を“追体験”という形で発動するそれは、使い回す拷問具とは相性が良く、使い続けるほど効果は絶大になる。昔のイカれた趣向の持ち主が作ったものらしく、何気に現代にまで残っているが、勿論使用は禁じられている。

 しかし、昔の曰くつきの武具にはこの魔法が施されていることがあり、前の持ち主が悲惨な人生であればあるほど常人には耐え切れず絶命してしまう者もいる。恐らく施した当人は使われたくない一心でそうしたのだろうが、後々使う身としてはいい迷惑である。性質としては呪いに近い為か、解除することも難しいらしい。

 その為有名だが使えないという英雄達の武具は少なくなく、ほとんどは管理局か聖王教会で厳重管理されている。

 

「英雄っていうのはね、常人には耐えれない苦難と苦境を乗り切るから英雄なんだ。そんな彼らの人生をキミ達は文字通り体験している。ボクには想像も出来ないような思いもしてるんじゃないかな?」

 

 武勇伝を持つ英雄の人生は何も常に華やかなものだけではない。非業の最期を遂げる者や、常に逆境に立たされる者もいるのだ。

 そんな彼らの勇姿を見聞するならまだしも自ら同じ状況になりたいと思う者はいないだろう。

 それほどまでに彼らの人生は苛烈で儚いのだ。

 

「私は問題ない、防御に優れているからこその「不砕」だからな。むしろ私よりも……」

 

 言葉を切り首を横に振る、その先にはヒロがいた。

 生い立ちからして異質なあの「不敗のイージェス」の人生を追体験している彼の方が問題ではないか?

 そんな意味を込めての視線を向けられたヒロは、しかし大きく息を吐くと立ち上がり部屋から出ようとする。

 

「何処に行くんだい?」

 

「もう話すことはないだろ? だから帰る」

 

 不毛、と言わんばかりにバッサリ切り捨てると扉に手を掛けた。

 ここでくだらない話し合いをするよりも、予定より早く切り上げ愛しの妹に会った方がヒロには遥かに有意義だ。

 だからこそさっさと帰る為に手に力を入れる――

 

「危険性に関してはキミ自身が一番よく知っているだろう? あれとキミの力。その所為で“彼”は死に、“キミ”が生まれたのだから」

 

 寸前、リードの放った言葉に僅かに動きが止まる。

 掘り起こされる忌まわしい記憶に胸がざわめき、息が一瞬詰まる。

 

「……誰の所為だと思っている……」

 

 振り返り、そして言った張本人を睨みつけた。

 お前が原因だろうが。無言で射抜く視線はしかし長続きせず、すぐに元に戻すとそのまま部屋から出て行った。

 見送ったリードは「マズったかな」と近くにいたシュテルに視線を送る。呆れきった表情を一瞬浮かべた彼女だったが、機嫌を悪くしたのかそのままそっぽを向いてしまう。

 大方誰かの所為でお土産が貰えなくなった為だろう。なんだかんだで彼女もヒロに懐いているのだから。

 つくづく好かれない性分だな、と自傷気味に笑う。

 そんな彼の眼差しの向こうは、先のヒロと同じ場所を捉えていた。

 

 

 

 螺旋階段を抜けた先にある、日の光も差し込まない暗い空間。

 宙で鎮座する結晶に囚われた小さき王を見上げる者が一人。

 

「相も変わらず、か」

 

 ヒロがそう呟くと、近くで何かが蠢く気配がした。

 数瞬の合間を以って結晶の後ろから一対の光が現れる。それは珍客であるヒロに近付き、目前まで寄るとその全容を露にした。

 それは、十mはあろうかという巨大な獣だった。黒い毛に覆われた狼、ヒロの身体ほどはある顔を近付かせると彼は優しくその頭を撫でた。

 

「お前も、いつもお勤めご苦労様」

 

 (よわい)数百年になろうとしている彼は守護獣だ。

 水晶の中で眠っている彼女が昔助けたもの。当時は小さな彼女にさえ抱きかかえられる程の大きさだったのに、今では下手な建物よりも大きい。

 かつての主から魔力を供給されなくなってからも、代々オルグラスの者が代わりに与え続けていたらしい。恐らく供給される魔力の性質が定期的に異なっていたのが原因だろう、一時的に守護獣としての形が不安定になり、再度形成。それが幾度も重なった結果なのだ。

 本来生身の使い魔や守護獣がこんな長い期間生存、しかもここまで歪な形で生き続けることはありえない。オルグラスの者が手を貸しているとはいえ、生命としての限界を迎えてまで未だに在り続けようとするのは一重に彼女を守りたいからだ。

 拾われた恩を返したい。それと、こんな所で一人寂しく残されている彼女に孤独を味わって欲しくないからかもしれない。

 既に機能を失った目をヒロに向ける。彼が無言で語ると頷き頭に乗せる。

 そしてそのまま立ち上がると水晶の前へと連れて行った。

 

「ヴェル……」

 

 対面し、儚い存在へと手を差し向ける。

 彼女の元へ突き進むそれは、しかし触れることなくすり抜けてしまった。

 今の彼女は目視できるが、『此処』にはいない。外部から干渉されないように時間と空間をズラされて閉じ込められているのだ。故にこちら側とは時間の流れが違う。彼女の視点からすればほんの数瞬のことかもしれないが、もしかしたら数百年どころか数千年も経っているのかもしれない。願わくば前者であって欲しいが、こればかりは本人にしか分からない。

 時間と空間に干渉する程の高位の封印魔法。それを使わなければいけないほどに危険と判断された彼女は絶えず変わることなくこの地に在り続ける。

 そうなってしまった元凶は他にあるが、発端はアゼルにある。

 その事を思い出したヒロは、すり抜けてしまった手を眺め大きく息を吸う。

 

「――ハンニバル」

 

 そして静かに瞳を閉じ、同時にかつての相棒の名を紡いだ。

 瞬間、容姿は一変した。血を連想させる赤いコートの様な衣を纏い、手には爬虫類の鱗を逆にしたような禍々しい悪魔の手――赤黒いガントレットが備わっている。纏った空気すら変わったのか守護獣が一瞬身震いした。それは久方ぶりに感じた「恐怖」というものだった。

 瞼を開き、捉えた先にある赤黒いガントレット。それを今度は差し伸ばした。

 かつて一夜にして国を焦土と化した悪竜。その逆鱗と心臓を素材として作られた武具。悪竜に(ちな)んだ名を持つそれは、ヒロに苦痛を与え続ける呪われた物の一つだ。

 その為一概に良いものとは言えないが今のヒロを形成する要素の一つであることは他ならない。

 そして何よりこれは眼前の彼女が作ったものだ。壊滅的な芸術センスの所為でこんなにも禍々しくなってしまったが、これには少なからず彼女の力の一部が残っている。

 だから、もしかしたらという僅かな期待を持って差し出すが……。

 

「ま、そうだよな」

 

 結果は変わらず、そのまますり抜けてしまった。

 ヒロは苦笑を浮かべると今の姿を解き、元の姿に戻った。そしてそのまま守護獣の頭から飛び降り、何事もなく着地。

 

「またな」

 

 そうして、そのまま手をひらひらと動かしながらその場を後にする。

 残された守護獣は、見えずともヒロの姿が闇に溶けるまで見送ると、静かに彼女の傍で体を伏せた。

 結局はいつも通り、無人と化した部屋に大きな盲目の守護獣がいるのみとなった。

 

 ――だからだろう……静かに、そしてゆっくりと、時間を掛けてだが彼女の口が動いたことに気付いたものは誰もいなかった。





今回出てきた奴らですが、基本出番はないです。設定上はいるという感じで顔見せとして出しただけです。
A'sやstsならともかくViVidでこんな異常戦力の出番とかあるわけが(ry

シュテル「お土産……(´・ω・`)」

……まあ、マテ娘は出番あるかも……。
あとリードは恋愛絡みでちょっかいかけてきます。実はコイツが動かないとヒロとのフラグが……。

次回からはまた日常回の予定。と言っても四巻の修行期間中の話。
インターミドルに関しては改変するもの以外は基本バッサリカットするつもり。その分オリ回増えます。
インターミドルの方が気になる人は原作を買おうね(ステマ)

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