覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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いつも通りノリと勢いです。


二話

 怪我や病気からは、生きてる限り決して逃れられない運命(さだめ)にある。それは人間だけでなく、あらゆる生き物に精通する(ことわり)だ。

 野生動物は怪我を負い、病に犯されると成す術なく命を落とす場合が多い。しかし、人間は持てる知識と科学技術によって治療を行おうとする。

 人間社会において、それらを扱える『医者』という職種は教師と同じ程安泰なのだ(稀に例外もあるが)。ちなみに一番安泰……というより必要とされる職業は教師と言われている。

 

 ヒロは自身の能力の性質や特性を理解して、その医術を扱える立場にいる。とはいえ病院に属している訳でなく、彼は管理局のある部隊に一応所属しているのだが……。

 

「お前なぁ……」

 

「あ、あははは……」

 

 不機嫌な声と表情。額に青筋が見える錯覚すら覚える程現在進行形でヒロは苛立っていた。その原因たる女性は今、目の前で苦笑いを浮かべている。

 長い茶髪を片方にだけ纏め、まるで尻尾の様に(なび)かせた髪型。白い制服がよく似合う、間違いないなく知り合いの中では美人の部類だろう。しかしその彼女は絶賛苦笑中である。

 

「なんでいつも手加減出来ないんだ、お前は」

 

「痛!」

 

 苛立つ思いが表に出たのか、つい力が入ってしまう。

 

「そして、なんでいつもオレの所に連れてくるんだ」

 

「ちょ、先生痛いっす!」

 

 なんだかんだと文句を言いながらも、一人目の患者の『治療』が終わり二人目に入る。しかし、やはり苛立ちの所為か少し力んでしまう。

 そんなヒロの姿に申し訳ない気持ちで一杯になるものの「ごめんね」としか言えない女性。

 

「はぁ……次、さっさと来い」

 

 そんな女性に呆れながらも、結局断る事が出来ない自分に軽く嫌気が刺す。認めたくないが、(アインハルト)の次辺りに彼女に甘いのだろう……認めたくないが。

 

 

 さて、前記した通りヒロは本来ある部隊に所属している。管理局であれば、それは然程珍しくはないのだが、問題は彼の上司にあった。

 『リード・オルグラス』――異例の早さで昇格を果たした青年で、現在の階級は中将。本人は未だ二十代後半に入ったばかりであり、入局僅か十数年足らずで現在の地位に上り詰めた『天才』である。

 異例なスピードで昇格した為黒い噂が絶えず、管理局上層部においても異端中の異端。それがヒロの上司である。

 そして、ヒロが所属する部隊とは即ち中将直属の部隊である。とはいえ、ヒロは望んで入ってる訳ではなく、ある契約下において入っただけの臨時とも言えるものなので、普段は本局の一室を間借りする形で医師として働いている。口は悪いものの腕は確かなので、それなりに収入はあるのだが……問題の中将の部隊に“一応”所属している為、彼の噂を知る者はあまり近寄らず、行列とは無縁の静かな診療所(仮)なのだ……本来なら。

 

 

「はぁ……」

 

 今月何度目か、そんな事を思いため息を吐く。

 

「あ、あの……」

 

「ん? ああ、悪い」

 

 恐る恐る掛けられた声に気付き、視線と意識を戻す。

 寝台にうつ伏せに寝ている二十前後の青年、恐らく彼で最後だろうと気持ちを入れ替える。

 露になった背中に手を当て、情報を『読み取る』。すると、まるでレントゲンやサーモグラフィの様な特殊な光景に視界が切り替わる。その中で、まるで膿みの様に溜まった点を見つけ、手に持った特性の針をそれ目掛けて突き刺す。

 

「ッ――!」

 

 その際、僅かに青年が顔をしかめたが、気にする事なく続ける。針を通して魔力を送り、問題の箇所を刺激する。

 

「お疲れ」

 

 そのまま針を抜き取ると『治療』は終わった。

 

「あ、ありがとうございます。……え?」

 

 何をされたのか理解出来ない青年は、上着を着た後立ち上がると、違和感を覚えた。

 実は此処に来る前、彼らは訓練を受けていた。しかし当の教導官が“つい”やり過ぎてしまったらしく、誰一人動けずにいたのだ。具体的に言うと、午後の仕事が手につかなくなる程である。

 それに罪悪感を覚えた件の教導官がお詫びと言ってヒロの下に連れて来たのが事の顛末である。

 しかし青年としては、何故連れて来られたのか理解出来なかった。怪我をしたなら分かるが、自分達は完全な過労である。それなら、診療所(こんな所)に連れてくるより休息を与えて欲しいとさえ思っていた……ものの数分前まで。

 

「? ……? ……!?」

 

 手を握って開く、腕を回す、屈伸する、軽くジャンプする。その全てがいつも以上に軽やかに出来た。……もう一度言うが、彼らは此処に来るまで誰一人動けなかったのだ、それこそ午後の仕事に影響が出る程に。

 それが今、全快どころかいつも以上に動けるのだ。何が起こったのか、まるで理解出来なかった。

 

「あの……」

 

「はーい! みんな、終わったね? そろそろ休憩時間終わるから、さっさと戻る戻る」

 

 何をしたのか、青年が訊こうとした瞬間、教導官の声が部屋に響く。結局、時間に追われた青年は同僚達と共に、後ろ髪を引かれる思いでその場を跡にした。

 

「えっと……ごめんね、急に押し掛けて」

 

「ホントだよ、馬鹿」

 

 二十人以上の患者を連れて来た時は一瞬どうしようかと焦ったものだ。しかも、『休憩時間の内に終わらせてくれ』という無茶ぶり付きである。せめて事前に連絡を入れてくれれば余裕を持って対処出来たものを……。何とか間に合わせる事は出来たが、何故“いつも”彼女はこうなのか……確かに昔『頼っていい』と言ったが、ものには限度がある。

 

「……失言だったな」

 

 過去の自分が憎い。時を渡るロストロギアがあったら迷わず使う程に憎い。ついでに若気の至りの一部も消してしまいたい。

 

「……で、お前は帰らないのか?」

 

「うん。今日の教導はあの子達だけだから」

 

「ほー……お前にしちゃあ珍しいじゃないか」

 

 ふと、出ていく気配がない彼女が気になり、訊いてみると面白い応えが返ってきた。

 

「そんなことないよ、最近――娘ができてからはなるべく家に帰れるようにしてるもん」

 

 『失敬な』と言わんばかりに頬を膨らませて抗議する。そういった子どもっぽい反応を見て、可愛い思えてしまう辺り、やはり自分も男だな、と再認識した。

 一昔前までは仕事一筋のワーカーホリックだった彼女が……やはり子どもの存在は大きいようだ。願わくば、そのまま彼女が大人しくなっていって欲しい……そして、出来るなら危ない事に関わらないで欲しい。

 それは医者として、友人としての小さな願望。本当に無茶しかしない彼女だから、ヒロはそんな事を想ってしまう。

 

「……コーヒーあるけど、飲むか?」

 

 この様子だともう暫く――恐らくあと一時間程は居座る気だろう、今までの経験からそう判断するとインスタントコーヒーを片手に訊く。

 

「うん、ありがとう。……砂糖ある?」

 

「ん、ほれ」

 

 予想通りの応えが返ってきた。

 マグカップにコーヒーを注ぎ、角砂糖を一つ入れた後軽く混ぜる。そして出来たそれを彼女に渡す。

 一口含んだ時の表情を見るに、口にあったようだ。何気にインスタントや砂糖、ミルクは毎回違うブランドのを使っている為、稀に顔をしかめられる事があるのだが、今回は及第点らしい。個人としては本格的に豆から挽いた物も作ってみたくもあるのだが……保存等に気を使わなければいけない辺り、やはりインスタントに留めておこう。

 そんな事を思いながらヒロも出来たばかりのコーヒーを一口含む。

 

「……悪くないな」

 

 コーヒーの味にも、この状況にも、ふとそんな感想が口から漏れた。

 

 今日もまた慌ただしい一日が過ぎていく。

 

 




敢えて教導官の名前は出さなかったけど、まあ察しの通りのあの人です。

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