四日間という、長いようで短い合宿は終わりを告げた。
世話になったアルピーノ母娘に礼を言って別れ、来た時同様次元船に揺られ帰ってきた一同。
子供組はともかく、大人組は
その中の一人ティアナとの別れをより一層悲しんでいるのは、何を隠そうアインハルトである。
露天での一件で凄まじい勢いのブラコンを披露したアインハルト。その姿に眠っていた兄への想い的な何かが再燃、結果意気投合する程仲良くなった二人は今固い握手をしていた。
「じゃあね、アインハルト。ヒロさんと仲良くね」
「はい、ティアナさんもお元気で。ご教授ありがとうございました」
限りなく友情に近い、しかしそれとは僅かに異なる……言うならば同志しか持ち得ない様な独特の雰囲気を曝している二人に、周りの人間は完全に置いていかれていた。
スバルが「ねぇティア……一体何を教えたの?」と訊いてくるが、「あんたには解らない事よ」と軽く一蹴する。
気にはなるが、同時に聞いても理解できる自信はない。パートナーが遠くに行ってしまったような気がして少しばかり寂しい気持ちになった。
「随分と賑やかだね、それに華やかだ」
周りが呆れたり、苦笑を漏らしているとヒロのすぐ隣からそんな言葉が発せられた。
見るとそこには綺麗な容姿をした人物がいた。160cm前後の身長に、肩口で切り揃えられた黒い髪。青い生地を基調とした浴衣を纏っており、整った顔と相まって日本人形の様に錯覚してしまう。
そんな「美人」という言葉が似合う人物がヒロに笑みを向け「やあ」と軽い挨拶をした。
日常生活において滅多に出会うことのない人物との会合にヒロは僅かに面を食らったが、何となく理由を察するとため息が漏れた。
そして嫌々ながらもなのは達に自分もここで分かれることを告げ、アインハルトを任せるつもりだったのだが……。
「それはいいけど……その人誰? ヒロ」
分かっていたことだったがやはり触れられてしまった。
それはそうだろう。見たこともない美人が現れたと思ったら、その人物と共に姿を眩まそうとする。何処からどう見ても如何わしい関係にしか見えない。
その所為か視線が痛い。特にフェイトとアインハルトの視線が。事フェイトに関してはデートに誘っている為か僅かばかりの軽蔑の念が籠もっている、その道の人ならば有り難く受け入れるだろうが生憎とヒロにその気はないのであしからず。アインハルトからは「また女か」みたいな呆れたジト目をされてしまった。
このままではマズイと思い、誤解を解こうとするヒロとは逆にくつくつといやらしい笑みを浮かべた件の人物はべったりと体を寄せてきた。
――瞬間、殺気を感じた。
「じゃあ行こうか? ヒロ」
「……分かってやってるよな、アンタ」
「さて、何のことかな?」
口ではそういうものの顔が完全に破綻している。絶対に面白がっている。
過度なスキンシップ自体は今に始まったことではないから仕方ないと諦めているが、今回ばかりは遠慮して貰いたい。如何に先輩で年上とはいえ、流石に弁えて欲しい。
止むを得ず無理矢理解こうとするが、なかなかどうして振り解けない。
それはそうだろう、如何に華奢な身体つきとはいえこの人物はあの曲者揃いの部隊で唯一ヒロに匹敵する近接戦闘者なのだから。
こうも密着されていてはお互いに何も出来ない。何かアクションを起こす前に阻害できてしまうのだから。
苦虫を潰したように顔を顰める。その表情が更に加虐心を燻るのか、「ふふん」と鼻を鳴らしヒロの顔をその細い指でなぞる。
そして更に顔を近づけ――
「はい、そこまで」
次の瞬間、呆気なくヒロから離された。
見るとなのはが自分の方にヒロを引き寄せており、不意を突いたその行動に対応出来なかったと思われる。
「流さんやり過ぎ、ちょっとは周りや世間体を気にしてよ」
「いや~、ゴメンゴメン。あまりに彼が良い反応するものだから……ついね」
目を据わらせながらそう忠告するなのはに「
茶目っ気を出したその行為、年甲斐も無くと思わなくもないが妙に板に付き、更に容姿も相まってか気持ち悪いほどに似合い過ぎていた。
なのは達のやり取りを見ていたフェイトは「知り合いなのか?」と訊ねる。するとなのはは一瞬言い辛そうに口を紡ぐものの、意を決して開く。
「この人は秋月流さん。ヒロくんが属している部隊の先輩で、私と同じ地球出身者。見た目は若いけどこれでも私達よりも年上、更に言うと既婚者。そして凄く強い人」
大雑把だが簡潔に言葉を連ね、一区切り付いた後「あと……」とある言葉を繋げた。
「この人、男性だから」
『………………は?』
思考が一度止まり、次いで出たのは素っ頓狂な声だった。
ヒロと同じ部隊の人間だから迎えに来た。これは分かる。
見た目と実年齢が合っていない。前例があるので納得した。
既婚者。なのは達よりも上なら最低でも二十代半ば以上、結婚していてもおかしくはない。
地球出身である。見た目や着ている服、名前から何となくそんな気がしていた。
凄く強い。ヒロと同じということは中将直轄の精鋭部隊、おかしくはない。
男性である。ちょっと待て。
あの容姿と中性的な声、それならまだ分かる、千歩譲って納得しよう。しかし彼は先程からやけにヒロにべたべたしていないか? 具体的に言うなら体を密着させたり、妖艶な空気を作って顔を近づけたり……。
「まさか……」と視線が一点に注がれた。その先には無論件の人物、流の姿がある。視線に気付くと彼はにやりと口の端を吊り上げる。
「ま、僕はヒロのこと気に入ってるしね」
その言葉を聞いて即座に反応したのは言わずもがな
彼女はヒロの前で構え、敵意を露わにしている。流石に兄を「そっちの道」に行かせる気はない。非生産な恋、断固反対。
警戒を通り越して威嚇してくるその姿に流は口を押さえくつくつと笑う。
「いや、ゴメンゴメン、冗談だよ。確かに彼のことは気に入ってるけどそういう目じゃ見ないって、第一僕結婚してるし」
結婚してなかったら見てたのか? とは訊かない、藪蛇だから。
ちなみにスキンシップが激しい理由は元々そういう性分であることとヒロの反応が面白いから、らしい。
本人のちょっと歪んだ愛情表現は兎も角、そういう関係ではないと誤解が解けると周りは安堵した。しかしヒロとなのはは気が抜けなかった、何せ流にそういう趣味がなくとも、彼の嫁はその趣味を持っているのだから……。
一応確認の為辺りを見回す。当たり前だが、それらしい人物は何処にもいない。流石に仕事に付いてくる程常識知らずではないとはいえ、ついつい警戒してしまうのは一度暴走した彼女を見た所為だろう。とりあえず、その時なのはが抱いた感想は「出来ることなら関わり合いになりたくない人」というものだった。
なのはですらそう思った人と籍を入れてしまえる辺り流は心が広いのか変わり者なのか……恐らく後者だろうとヒロは人知れず頷いた。
脱線はしてしまったものの、ヒロが呼び出されたことに変わりはなくアインハルトとは此処で離れることになる。
恐らく本日中に帰ることは難しい為夜更かししないようにとだけ注意する兄に、妹は早く帰ってきてくれるように言葉を告げる。
「兄さん……私、朝食作って待ってますから」
「朝帰りは難しいな」
「昼食作って待ってますから!」
「学校には行きなさい」
「ゆ、夕食作って待ってますからぁ!」
「ああ、分かったよ」
涙を浮かべた三度目にしてようやく言質を勝ち取ったアインハルトは「約束ですからね!」と念を押す。それに頷くとヒロは踵を返し、流と共に自分達の上司の下に向かう。
その際振り向き様にフェイトに視線を飛ばす。「予定が決まったら連絡を寄こせ」という意味であり、フェイト自身もそれを理解したらしく頷いて返した。
――その様子を偶然目撃してしまったなのはの胸中には、複雑な想いが渦巻いていた。
これで合宿編は終わり。
長かった……二十話くらい使うとは思わなかった……。