覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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最近なんか伸びがいいんだよね、この作品。やっぱりViVidアニメ化の影響なのかな……。


二十六話

 暖かな日差しが頬を撫で、囀る小鳥の声が耳に届く。

 微睡(まどろ)む意識の中、目覚めるための道標のようなそれらを辿り静かに目蓋を開ける。

 石造りの天井が視界に入る。視線を横にずらすと最低限の物しか置いていない殺風景な部屋が見えた。

 既視感を覚えた……というよりは既に見慣れてしまったそこは紛れもなく自分の部屋だった。そうしてようやく帰ってきたと実感した。

 そんな物思いに耽っていると部屋の外がやけに騒がしいことに気付く。その中でも特に聞き知った声が近付いてくると嫌な予感が頭を過ぎった。

 

「イージェスいるか! 大変なんだ、王が……王がいなくなってしまったんだ!?」

 

 返答を待たず扉を壊しそうな勢いで開け放ち室内に入ってきたのは女性だった。

 長い銀髪に赤い瞳、黒いを基調とした衣服で着飾った彼女。その容姿は誰の目から見ても綺麗であり、まごうことなき美人の類だ。

 その美人が今、まるで子どものように「どうしようどうしよう」と慌てふためき自分に詰め寄る姿はなかなかに愛らしく思えた。

 「いなくなった」とは言うが大方いつものこと、さして気にしても仕方ないのだが、目の前の女性は根っからの心配性だ。恐らく悪い方へ悪い方へと考えていってるのだろう。その結果何処かで(たが)が外れ暴走するかもしれない。そうなっては面倒な事になる。

 仕方ない。諦めと呆れを半々に抱きつつ、女性に「落ち着け」と言い聞かせる。

 

「……アイツについてはオレの方でどうにかする。お前は無用な混乱が起きないよう気をつけてくれ」

 

「あ、ああ……わかったよ」

 

 制止の言葉に素直に従ってくれるのはありがたい。自分達の王が姿を眩ますことは多々あり、城の者達も既に慣れっこだからその様な自体にはならないだろう。しかし、この期に変なことを考えるものがいないとも限らない。

 ……国外では毎日のように小競り合いが起き、その影に怯えるものが少なくないからだ。主力である彼女達が残るのなら多少はその不安も軽減されるだろう。

 それにしても起きて早々厄介な仕事を引き受けてしまったものだ。食事も済ませていないのに人探しとは……無駄骨にだけはならないことを祈りつつイージェスと呼ばれた青年は窓開ける。

 

「行って来る。留守は任せた」

 

 仕方ないともう一度自分に言い聞かせ、そう言うと彼はそこから飛び降りた。

 高さにして二十m、下は地面になっており着地に成功しても無傷でいられるわけがない。飛行魔法を使えない彼がこのまま落ちれば大惨事にしかならない。しかしイージェスは躊躇いもなく飛び降りると、勢いを殺さず一回転し、その加速を利用し壁を蹴って近くの林の木に跳び移る。

 そして何事もないかのように木から木へと跳び、物の数秒でその姿は見えなくなった。

 一連の様子を眺めていた女性は「相変わらず人間離れした動きをする」と感心とも呆れとも取れない感想を呆然と抱いた。

 それから数秒、ふと我に返ると務めるを真っ当すべく行動に移す。

 まずは自分が命じた王探しをしている守護騎士達に事情を伝えるべく一冊の書を取り出した--。

 

 

「ほら、大丈夫だから。落ち着いて、ね?」

 

 暗い森の奥深く。崖に切り抜いたような小さな洞窟の前で小柄な女性が何ものかに向け必死に話し掛けていた。

 ウェーブの掛かった長い金髪を靡かせ、まるで少女の様に小さな体を更に屈め、真摯に声を掛け続けて早一時間は経っただろうか。

 決して安全とは言い難い森に長時間留まるのは褒められたことではない。きっと帰れば怒られる、しかし目の前にいるものを見過ごせる程冷たい人間にはなりたくないのだ。

 人の上に立つ者としてその甘さは捨てなくてはならない。だが彼女にとってそれは自分の核や芯ともいうべきものだ。他の者達と違い、戦うことができない自分が唯一持って、与えれるものがそれなのだ。

 だからこそ彼女は手を差し伸べる。例え拒まれようと心を開いてくれるまでずっと待ち続ける。

 そんな真っ直ぐな思いがようやく届いたのか、そのものはゆっくりと歩み寄る。

 そうして後少しで手に触れそうになった瞬間--

 

「こんな所にいたのか」

 

「あ……」

 

 女性の後ろから聞こえた声に驚き、洞窟の更に奥に篭ってしまった。

 虚しく差し出された手のひらを一瞥した後彼女は声の主に視線を移す。

 

「アゼル……」

 

「勝手にいなくなるなといつも言ってるはずだが? ヴェル」

 

 そこに立っていたのは黒い髪と瞳、そして赤い服を纏った青年、アゼル・イージェスだった。

 彼は女性--ヴェルクトール・エーベルヴァインが治める国の騎士の一人だ。数ある騎士の中でも飛び抜けた強さを誇り、自国どころか周辺諸国や彼女が加わっている『連合』ですら彼と同等の力を持つ者はそうはいない。

 彼女が持つ中でも唯一他人に胸を張って自慢できる最強の存在だ。

 ただ、強さに関しては文句の付けようもないのだが……少し過保護で口煩い時があるのが玉に瑕だ。いや、過保護度で言えばある守護騎士の方が勝っているか……。

 

「ご、ゴメン……」

 

 兎にも角にも、その恐ろしい程強い騎士の手を煩わせてしまったことに素直に謝る。それに、確か彼は数日前に連合の精鋭と共に悪竜を退治してきたばかりのはず。一夜で一国を焦土としたその竜の討伐となれば相当の労力を費やしただろう、おまけに昨日自分が寝る時には帰ってきた報せがなかったことから恐らくは夜も更けた頃に城に着いたと見るべきだ。

 長旅の疲れを完全に落とせぬまま探しに来たとなれば、申し訳なくて頭を下げることしかできない。

 

「まあ、それに関しては今はいいだろう」

 

 呆れながらそう言う裏には「いつものことだからな」という言葉が隠されていることにヴェルクトールは内心焦った。

 王としての責務があるにも関わらず姿を眩ますことが多いのは既に周知の事実。本来なら信頼などが下がるが、彼女の場合遊んでいるわけではなく、ほとんどが国--民の為を思っての行動であるが故に未だに支持されている。玉座で胡坐(あぐら)をかくよりも現地に向かってなんとかしようという姿勢は好感が持てるのだろう。

 

「それで?」

 

「……え?」

 

「今度はなんだ、また厄介事なんだろう」

 

 故に彼女が此処にいることも用は『そういった事情』なのだ。

 そこを理解しているアゼルは彼女の行動を鑑みて洞窟になにかあるのは理解していた。しかし勝手に入ることはしない、彼女のことを思っているからこそ出方を待っているのだ。

 

「連いてきてくれる?」

 

「当たり前だ」

 

 その意図を察したヴェルクトールはアゼルを伴い洞窟の奥に向かうことを決めた。その先に待つ逃げてしまったものを追って。

 

 

 歩いて数分。そんなに広くなく、開通もされていなかったのか思いの外早く終着点に辿り着いた。

 行き止まりの壁に更に体を押し付け、唸り声を上げる。毛は逆立ち、目は血走っている。黒い体毛が所々赤いのは傷を負っているからだ。

 一見狼を連想させるその獣はしかし、明らかに異なる容姿をしていた。本来顔に二つしかない眼がまるで斑点の様に身体全体に散らばっていた。優に二十はくだらないであろうその眼はそれぞれが意思を持っているようにギョロギョロと動いている。

 

「魔獣か」

 

 異様なその姿にアゼルは顔を顰める。此処のところ同じような異形な獣が各地で目撃されており、人に害を為すことがある。一般的な動物には見られない禍々しい特徴を持つそれらはいつしか『魔獣』と呼ばれ恐れられていた。

 まさか自国にまで入り込んでいようとは……放っておけば作物どころか人も襲われかねない。

 恐らくヴェルクトールが赴いた理由はこれなのだろう。

 そう思いアゼルは自らの王に視線を向ける。

 彼女は何かを覚悟したのか小さく気合を入れると魔獣に向かってゆっくりと歩み寄る。

 名前とは裏腹にヴェルクトールが一歩進む毎に怯えたような鳴き声を上げる。今にも襲い掛かりそうな雰囲気だが、もしそんなことをすれば彼女の後ろにいる規格外の化け物に一瞬で殺されるだろう。本能でそれを悟った魔獣は恐怖に怯えながらも、しかしせめてもの抵抗と唸り声を上げるのは止めない。

 そうして小さいながらも恐れていた手が頭を撫でると、温かいものがそこから流れ込んできた。それは心が安らぐような優しいもので魔獣はいつの間にか抵抗を止め、静かにその身を任せていた。

 

「……ごめんね」

 

 意識が途切れそうな中最後に聞いたのは彼女からの謝罪の言葉だった。

 

 ヴェルクトールが手を触れると魔獣は光に包まれ、それが収まるとそこには魔獣の姿はなく、代わりに一匹の小さな子犬の姿があった。いや、恐らく分類としては狼が正しいのだろう。

 禍々しさはなく、寧ろ人を和ませれるような愛らしい寝顔すら浮かべている。

 これが先の魔獣と同じものと聞いて何人が信じるだろうか?

 禁忌とされた兵器。戦果だけを求め後先考えずそれを使い結果生態系を壊してしまう国が増え始めた。魔獣とはそういった物の影響により変質してしまった動物達のことだ。

 人によって醜い姿に変えられただけならいざしらず、その兵器による影響で体に瘴気を抱え込んでしまった彼らは、生かしておくことが許されない存在になっていった。結果魔獣は見つけ次第即刻殺さなければならなくなった。

 人間達の争いに巻き込まれただけでなく、それにより姿形まで変えられ、あまつさえ殺さなければならない害獣にされてしまった彼らは、きっと誰よりもこの戦乱の犠牲者なのだ。

 ヴェルクトールの国は生憎とその兵器を持っていない上、仮に持っていても彼女がそれの使用を許さない。だからこそ本来なら罪の意識を感じる必要性はないのだ。しかし根元が優しい彼女は「人間の責任」として勝手に背負うだろう。

 故に騎士として傍に仕えるアゼルは彼女の背負うものを幾つか軽減させるように努力する。優しい者が損をするのは嫌だから、それとある少女との約束もあるからだ。

 

「帰るぞ」

 

「うん」

 

 何はともあれ用件は終わった。こんなところからは一刻も早く立ち去るべきだろう。

 勝手に『力』を使ったのは本来なら叱るべきだ、ヴェルクトールのそれはおいそれと使える程緩いものではないのだから。

 しかしいつまでも連れ戻さないのはまずい。流石にあの過保護な騎士が痺れを切らして来るかもしれない。

 一先ずは城に帰ってからだ。

 そう判断したアゼルは小さな狼を抱えたヴェルクトールを抱きかかえ、風のような速さで城に向かった。

 

 

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「はぁ……」

 

 目が覚めたヒロは開口一番にため息を吐いた。

 厄介な夢を見て予想以上に疲れた。服が肌に張り付く感じがして確認すると案の定汗だくである。

 『あの後』城まで猛ダッシュで駆けて行った為こうなるのは仕方ないことだが、できることならもう少し早く目が覚めて欲しいものだ。

 尤も、いつものに比べれば随分と穏やかなものだった為そう言った意味ではありがたい。まさか二日続けて『トレース』が発動するとは思っていなかった故魔導書はもうない。また猟奇殺人よろしくバイオレンスな部屋に模様替えしようものなら言い訳などできるはずがないから汗と疲れだけで済んだのは不幸中の幸いか。

 やはりこうなった原因はヴィヴィオだろう。聖王の……オリヴィエに近い存在である彼女に影響されて予想外の事態が起きたのだ。

 全く持っていい迷惑だ。ヴィヴィオに対してというよりは「そんな身体」になってしまった自分自身に苛立ちを覚えた。

 

「……風呂、入るかな」

 

 マイナス方向に向かう思考を一度止め、払い落とすように頭を数回振る。そして意識を切り替えるべく一通り部屋を見渡す、その中で視界に入った時計はまだ早朝の五時を指していた。

 朝が早いものなら既に起きている者がいるかもしれないが、それでも大抵の人は寝ている時間だ。

 恐らくこの時間なら誰も使っていないだろうと思ったヒロは着替えを持って部屋を出た。

 

 うら若き乙女がいる中流石に汗臭いのはいただけない。立派な紳士を気取るつもりはないが、その中に元想い人やデートに誘ってしまった相手がいるとなれば話は別だ。彼女達の前でみっともない姿を晒すのは一男性として許せない。そこまで鈍感ではないと自負もしている。

 

 案の定誰もいない脱衣所で服を脱ぎ、タオルを片手に温泉区域に足を踏み入れる。

 その時水が撥ねる音が耳に届いた。

 誰か入っていたのか? もし入っていた場合女である可能性が九割強である。

 もし鉢合わせしようものならめでたく「覗き、痴漢」のレッテルを貼られることだろう。流石にそれは避けたいので踵を返す--

 

「……? アインか」

 

 その僅かな時間。奥にあるシャワーによく見知った少女が座っていることに気付いた。

 膝を抱え、小さく縮こまっているがあれは紛れもなく妹のアインハルトだった。例え湯気で視界が悪くともその程度で最愛の妹の姿を見逃すはずがない。

 しかし、何だか様子がいつもと異なる。シャワーを浴びているが動く気配がまるでない。

 気になったヒロは近付いてからもう一度呼びかけた。

 

「どうかしたか、アイン」

 

 その声にピクリとアインハルトは反応した。

 

「に、い……さん……」

 

 振り返ったその眼は酷く虚ろで声にも覇気や活気は感じられなかった。

 そうして弱々しく差し伸ばした手をヒロが優しく握る。それでも安心し切れなかったのかアインハルトはある言葉をヒロに投げ掛けた。

 

「兄さん……兄さんはちゃんと此処にいますよね?」

 

 力の籠もらない震えた状態でも必死にヒロの手を握りながらアインハルトはそう言った。

 




次回アインハルトさんが溜めに溜めたヒロイン力を発揮する! …………かもしれない。

あと雑誌の方でViVid二部読んでみたけど余裕でヒロが入れるスペースあったよ……というか既にある程度の構成が出来てしまっている……どうしよう……。
とりあえず私が二部を書いたら高確率で新キャラの「あの娘」が被害(という名の暴走)を受けることになりそうです。

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