覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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ヴィヴィオ回のはず……なんだけど……。


二十二話

 鏡のように映す水面の上を小鳥が囀ずり、踊る様に飛び回る。湖面の方を眺めるとまるで小鳥が泳いでいると錯覚してしまう。

 老後はこういったところで余生を過ごしたい、そう思ってしまうほどに心地良い空気が満ちている。

 頬を撫でるように吹く風、髪を温もりをくれる木漏れ日、耳を通し心を穏やかにしてくれる木々のざわめき。ゴタゴタとした人混みはなく、騒がしさもない。自然に囲まれている所為か、それらをただ何も考えずに受け入れるだけでこんなにも心が落ち着く。

 大きな樹を背に腰を下ろし、ついうとうとと舟を漕いでいると草を踏む音が聞こえ、その方に視線を向ける。

 

「あ……」

 

 そこには緑と赤、異なる瞳を持つ少女がいた。少し後ろにはノーヴェも居て、恐らく散歩でもしていたのだろう。一人納得したヒロは興味がなくなったかのように視線を目の前の湖に戻す。

 ヴィヴィオ達がヒロと会ったのは偶然だ。朝食の後ノーヴェと共に軽い腹ごなしとして森の中を散策していると他のよりも少し大きな樹を見つけ、一度そこまで行って引き返そうと考えてここまで来ただけなのだ。確かに朝食後すぐに姿を消したヒロのことは気になっていたが、それでも森の中でばったり会うとは思ってもいなかった。

 予想外の邂逅にわたわたしていると再び舟を漕ぎだすヒロ、寝不足なのか瞼が重そうだ。

 このまま休ませた方がいいだろうか?

 そう思う反面話したいという気持ちもあった。ヒロは他の大人達とは変わった視点でものを見たり、経験や知識もある。恐らくこの合宿が終わった後は会う機会が少なくなる。

 アインハルトの話では診療所の他に中将部隊の仕事を掛け持ったり、場合によっては他の医者から応援を頼まれることもあるらしい。以前自分でも言っていたがヒロの技術はずば抜けて高いらしく、手に負えないと判断された患者を押し付けられることがある。無論ヒロ自身が見捨てるような真似はしないし、その手腕で請け負った患者は皆救ってきたが、それ故に忙しい身なのだ。

 できる限り夜は一緒にいようと努めているが、昼間はともかく最悪休日が潰される日が間々ある。実を言うとアインハルトがヒロと共に合宿に行きたいと思っていた裏にはそんな事情があったりする。なにせ最後に兄妹で旅行に行ったことなど一年以上前の話なのだから……その為この合宿はある意味では奇跡に等しいだろう。本来なら四日も空けるなど不可能だったのだから。

 

「あ、あの!」

 

 だから、そんな機会をみすみす失うことは嫌だった。申し訳ない気持ちを抱きつつもヴィヴィオは声を掛ける。

 その声が届いたのか、ヒロはゆっくりと瞼を開く。

 未だに眠そうな顔を浮かべながら「どうした?」と視線を投げ掛ける。

 

「リオたちから聞きました。ヒロさん強いんですよね? ならわたしとも一度手合わせをお願いします」

 

 昨夜、ヒロとエリオの手合わせを見てきたリオ達から聞いたヴィヴィオ。アインハルトからも強いという話は聞いていたが、未だに半信半疑だった。しかし友人達が直に見てそう思ったというのなら事実なのだろう。

 そうなると唯一見ていない自分だけが除け者になったような疎外感を覚えた。だから見たいという子どもながらの意地だ。

 ……それに、“彼のことを知らない”ということが嫌だった。何故かはわからない、ただ本当にそんな感情に襲われ、そう思ったのだ。

 知りたくて、分かりたくて、だから頭を下げた。

 ヴィヴィオのその熱心な姿勢に一緒に来ていたノーヴェは面を食らっていた。

 

「悪いな」

 

 顔を真っ直ぐに向けヒロはきっぱりと断った。

 その応えにヴィヴィオは「何でですか!」と声を荒げる。それにノーヴェだけでなく言った本人すらも驚いた表情を浮かべている。

 どういうわけか相手にされないと思ったら腹が立ったらしい。

 この合宿に参加してから……いや、正確にはヒロと遇ってからというもの日に日に自分の中でその存在が大きくなっていくのを感じる。今回の件に関してもまるで彼に認めてもらえていないような気がつい言ってしまったからだ。

 あの夢の一件以来、ヒロのことが気になり始めている。それというのも夢の中に現れる黒髪の青年とヒロが似た雰囲気を持っているからだ。あの夢がオリヴィエの記憶だとしたらきっとあの青年は彼女にとって大切な存在なのだろう。夢を見ると決まって感じる気持ち……大切で愛しい感情。何故かそれをヒロにも感じてしまい歯止めが効かなくなっているようだ。

 

 その姿にヒロは危険かもしれないと判断した。ヒロとの接触により少しずつだが記憶が刺激され続けている。このままいけば記憶によって自我が塗り替えられる(おそれ)がある。

 人が自己を形成する上で重要になるのは言わずと知れた記憶だ。積み重ねてきた記憶はアイデンティティーを保持するのに必要不可欠。それを失うか、何らかの要因で障害を受けた場合人格に異常をきたすケースがある。ヴィヴィオの場合、夢を通して他人の人生を垣間見ており共感も抱いてるのだろう。その結果徐々に影響を受けて、最悪人格が変わってしまうかもしれない。

 

「はあ……手合わせは無理だが、話くらいならいいぞ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 故に無視することも出来ずにそう言うとヴィヴィオは礼を言い、無邪気に笑った。その笑顔は合宿に参加した時から見せるヴィヴィオのものでそこでヒロは一先ず安堵する。

 それからノーヴェも交えて色々と話込んだ。ヴィヴィオの学校でのことやアインハルトの家での様子、各々の最近あった出来事など他愛のないものから意外と驚く内容のものまで様々。その中でヒロは気になったことがあった。

 

「『聖王の鎧(カイゼルファルベ)』がなくなっただと……?」

 

 それはヴィヴィオが自身のことを知ってもらおうと思って口にしたことだった。『聖王の鎧(カイゼルファルベ)』がなくなったというのに、未だに「陛下」と呼ぶ者がいて困っているという愚痴。心当たりがあるノーヴェは明後日の方に視線を向ける。しかしヒロはその一点が気になったのか小難しい顔を浮かべ考え込む。

 

「えっと……どうかしましたか?」

 

 ヒロの様子に気付いたヴィヴィオは自分が何か機嫌を損ねるような発言をしたのかと内心怯えながら訊く。

 無論そんなことは露とも思っていないヒロは「いや」と一言発した後言っていいものかどうかと再度考え込む。

 

「『聖王の鎧』がなくなることがそんなにおかしいのか?」

 

 ヒロの考え込むタイミングと言いにくそうにしていることから『聖王の鎧』についてだろうと察したノーヴェは訊ねる。その言葉に気になったヴィヴィオも「教えてくれ」と言わんばかりに詰め寄ってきた。

 その姿に気おされたヒロは仕方ないと思う反面、自分も気になっていたのでいいだろうと言い聞かせる。

 

「確かに魔導技能っていうのはリンカーコアが損傷を受けたり、何かしらの外的影響を受けて使えなくなることはある。だがな、そもそも『聖王の鎧』っていうのは魔導技能でもレアスキルでもないんだよ」

 

「へ?」

 

 ヒロの言葉を聞き素っ頓狂な声を上げる二人。それから数秒を持ってようやく頭が理解したのか特大の二重音が森に響き渡った。

 あまりに衝撃的な内容に開いた口が塞がらない。その様子からやはり知らなかったのかとため息を漏らすヒロにヴィヴィオはどういうことかと説明を求めた。

 

「どうもこうも言った通りさ、『聖王の鎧』っていうのは聖王を聖王たらしめんとする最大の要素だからな、必ず発現するとも分からない技能とは根本的に違う。解り易い言い方なら遺伝子とかに近いな」

 

 『聖王の鎧』の本来の機能は『聖王のゆりかご』を動かすための鍵だ。そして鎧と呼ばれる程の高い防衛機能はあくまで鍵を護るためのもの。壊れやすい鍵を作るものなどいない、それは物から人に変わっても同じこと。

 完全な鍵としての役割を得るためには本来であれば『聖王核』と呼ばれるものを体内に取り込む必要がある。この『聖王核』は一般的には魔力補助コアとして認知されているらしいが、実際はハードディスクのようなものだ。聖王の血族には「血」そのものが鍵となれるソフトであり、『聖王核』によって鍵になり得る。ただしゆりかごの乱用を防ぐための自衛手段として特別な「血」でなければ『聖王核』は正常に起動しないようになっている。

 流石に『鍵』については黙っているが、それでも衝撃的なのかまた動かなくなってしまった二人。ヒロは不思議そうな顔をしているが、それはそうだろう。何せ「血」に関する秘密などどの文献を探しても出てこないのだから……普通知っている人はいない上に言った所で世迷言扱いされるだろう。しかしヴィヴィオもノーヴェもヒロの言葉を自然に真実と受け取っていた。何故かは分からないが嘘だと思えなった。

 

「じゃあ、どうしてヴィヴィオは『聖王の鎧』が使えなくなったんだ?」

 

 そう、それが一番理解できない。ヒロの話が本当ならヴィヴィオにはまだ『聖王の鎧』の防衛機能が付いてるはずだ。しかしヴィヴィオは今まで使えた試しがない。

 

「さあな、流石にそれは調べてみないと分からない」

 

 そしてそれはヒロも同じだ。何せヒロはあくまで『鍵』の真相しか知らず、『鍵』を十全に理解しているわけではない。いや、流石に理解していてもこんなイレギュラーは初めてなのではないだろうか? ならば現状対処法はない、本格的に調べなければ何もわからない。

 

「……調べる」

 

 暫くの間大人しくしていたヴィヴィオだったがその言葉に少し反応を示す。

 

「えっと……その、優しくお願いします……」

 

 そして少し悩んだ後、恥ずかしながらそう言って服をたくし上げた--

 

「待てこらなにやってんだ」

 

 瞬間ヒロにすぐ抑えられ、おかげでへその辺りが少し見える程度で収まった。

 いきなりの行動に呆気に取られるヴィヴィオ、「何か?」と言わんばかりに小首を傾げる。

 

「いえ、調べるのならやはり服は捲り上げるべきかと……」

 

「今聴診器なんて持ってないしそんなんでわかるか!」

 

 どうやら健康診断と同じノリで行ったらしい。恐らくヒロが医者という所を意識し過ぎた結果だろうが、流石に音を聞いただけで分かるほど彼は万能ではない。第一先も言った通り遺伝子のようなものなので本来なら専用の機器がなければ調べられないのだ。

 尤も、ヒロのレアスキルならば出来なくもないが、接触によりまた記憶を呼び覚ますような事態は避けたい。しかし見過ごせない問題でもある。

 

「…………合宿が終わった後時間取れる日あるか?」

 

「へ?」

 

「もしあるなら、一度オレの診療所に来てくれないか? ちゃんと調べてみたいから」

 

 思案した結果後日調べることにした。流石に『聖王の鎧』の全容を知っている身としては放置できない。ヴィヴィオは芯がしっかりしているが短期間で連続して記憶を覘くとやはり影響が表れるようだ。故にこの合宿で追求するのは危険と判断した。

 

「え? 行ってもいいんですか?」

 

 ヒロからの意外な招待に気持ちが浮き足立つ、目を輝かしてわくわくしている。

 ヴィヴィオ本人としては今更なことなので対して危険視はしていない。寧ろ会う機会がなくなると思っていたヒロが誘ってくれるのだから行かないわけがない。話ている内になんだかんだで懐いてしまったらしく、離れるのは少し寂しかったのだろう。「いきます!」とヴィヴィオは力強い返事をした。

 

「……ロリコン?」

 

「違う」

 

 一連のやり取りを見ていたノーヴェが不意にそんなことを呟くが、即座にそれを否定するヒロ。

 確かにヴィヴィオのことは色々と気になることが多いが、それは彼女がある意味特別な存在だからでやましい気持ちはない。

 変なレッテルを貼られる前に急いで訂正したヒロは疲れたからか、それとも話が一段落ついたからか、腰を上げ帰って行く。

 

「あ、待ってください」

 

 その後ろを小鴨のように追いかけるヴィヴィオだったが、歩幅の差からか度々距離が開きその度に離されないようについて行く。それを何度か繰り返しているとヒロはため息を漏らし、歩く速度を落とす。

 そうして横に並ぶとお礼を言うかのように笑顔を向けるヴィヴィオに、照れているのか顔を背けるヒロ。

 その二人を見てノーヴェは思った。

 

「懐いてくる娘と不器用な親父か」

 

 未婚のヒロに対しては失礼かもしれないが、ふとそんな感想を抱いてしまった。




ヴィヴィオ分を補充しようとした結果がこれである。

そして安定のオリ設定。
『聖王核』とか明らかに何かあると思っていたのに原作では特に秘密とかなくややスルー気味になったので折角だし使ってみた。とりあえず私の独自解釈とオリ設定を詰め込むとこんな感じになりました。

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