覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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久々の投稿。
いつも通りのノリと勢いで書いてます。


一話

 ――十数年後。

 

 唐突だが時間とは残酷である。

 例えばどんなに白く純粋な布でも、その色を保つことは出来ないだろう。使った分だけ汚れるのは勿論の事、使わなかったとしても見えない所で徐々に変わっていく。不変や不動という言葉があるが、『時間』という概念の前においてそれは意味を為さない場合が多いのだ。

 『変わる』という事は何も悪い事ではない。退化や劣化というマイナスの見方もあるが、進化や成長といったプラスの見方もある。

 ……しかし、人間は同時に『変わらない』事も求めてしまう。なまじ感情がある所為か、悪い展開しか考えられず、「ならば、このまま」と停滞を望んでしまう場合があるのだ。変わる事を恐れ、未知の自分を恐怖する。……ある意味その究極の体現が「不老不死」なのかもしれない。

 

 さて、少し脱線してしまった所もあるが、用は「変わらないものはない」という至って普通の一般常識の再確認である。

 人間は変わる。特に子どもは周りに影響され易く、場合によってはたった数日で人格や性格まで変質してしまうケースもあるのだ。

 故に彼らを育む親や保護者の責任は重大であり、間違った道に走らせてはいけない――のだが……。

 

「……何処で育て方間違えたんだろ……」

 

 此処に一人、その事で絶賛頭を悩ませている者がいた。

 

 

 とある一軒家。庭付き二階建てとそれなりに裕福な家だ。

 そこのリビングに黒髪の青年、ヒロ・ストラトスはいた。神妙な顔立ちで椅子に座っている。腕を組み、半ば呆れた様に向かいの席に視線を送る。

 テーブルを挟んだ椅子に座っているのは青年の妹――アインハルト・ストラトス。碧銀の髪に、紺と青の虹彩異色という目立つ容姿だ。

 何処からどう見ても似つかない二人だが、これでもれっきとした兄妹である。ちゃんと血は繋がっているし、科学的にも証明されている。見た目や十一も離れた年齢の所為で、その事を知った人からよく首を傾げられる事も多々あるが、ちゃんとした『兄妹』である。

 

「さて、アイン。何故オレが此処()にいるのか、分かるよな?」

 

「…………はい」

 

 本人としては、なるべくいつも通り優しく言おうと努めたつもりだったが、予想以上に声が荒れていたらしくアインハルトは萎縮してしまう。

 ちなみに現在は夕暮れ時、本来であれば彼はまだ仕事の最中なのだ。そんな彼が今此処にいるという事はつまり、仕事を早めに切り上げたか、または『帰された』かの二択だ。

 

 事の発端は昨日の夜。

 仕事が終わり、いざ帰宅しようとした時だ。携帯端末に連絡が入った、出て見れば妹が管理局員にケンカを売って捕まった(簡単簡潔に表現した場合)という内容の物であり、一瞬耳を疑った。

 身内という事に目を瞑ってもアインハルトは典型的な真面目なタイプだ。だから間違ってもそんなデメリットしか生まない事はしない……そう思っていたのだが……。

 

「とりあえず関係者の人達には粗方話はつけてきたが、一歩間違えれば……というか普通に犯罪だ。もうその辺りの分別はついていると思ってたんだが……やっぱりオレの様な奴を親代わりにしたのが間違いだったな……」

 

 叱る一方、そういった考えに行き当たり、軽い自己嫌悪に陥る。

 幼い頃……それこそ赤子の時から懸命に育ててきたし、妹の手本になれるよう頑張ってきたつもりだったのだが……結局は、今回の様な事件が起きてしまった。

 やはり、自分に親の代わりなど無理だったのだ……とはいえ、片やワーカーホリック、片や変人の親に育児をさせるのも問題しかなかった為、あの時は『自分が育てる』という選択しかなかったのだ。……しかし、よく考えてみればその二人の息子である自分も真っ当とはいい難い。この事実にもっと早く気付いていればこんな事態にならなかったのかもしれない。『後悔先に立たず』とは正にこの事。

 

「ち、違います! 兄さんは立派です、尊敬できる人です! 今回は、ただ私が……」

 

 嫌悪感に(さいな)まれてる兄の姿を見て、アインハルトも胸を痛めた。こうなる事がわかっていたから、バレないように努めたつもりだった。しかし、その結果(現実)はこうしてあり、大好きな兄を悲しませてしまった事もまた事実。

 

「こうなったら……私、腹を切ります」

 

「は――?」

 

 何の脈絡もなくそんな事を言う妹に疑問を抱くのもつかの間、いつの間にか白装束に身を包んだアインハルトが床に正座していた。手には日本製の包丁が握られている。どちらも父が趣味で買ってきた物だ。

 

「ニホンの伝統に、どうしても許されない事をした場合“ハラキリ”というものをするそうです。今回の一件、兄さんに多大な迷惑を掛けました。ですから、私なりに誠意を見せます!」

 

 なにやら変に息巻いているが、理屈がおかしい。恐らく、どうにかして兄の信頼度(好感度)を取り戻そうとしているのだろう。

 

「止めなさい」

 

「あぅ!?」

 

 が、無論そんな理由で本当に腹を切られては堪らない。包丁を持った手をはたくと、問題の物は呆気な手放された。一先ず、落下中の包丁は危ないので持ち手の部分を蹴って、壁に突き刺しておく。回収は後回しだ。

 

「言っておくがな、アイン……オレはお前が死んだ後も能々と生きてられる程メンタル強くねぇぞ。寧ろ、そのまま後追って逝きそうなんだから冗談でも止めろ。あと、あれはハラキリじゃなくて切腹(せっぷく)って読むんだぜ」

 

 一見冗談の様にも聞こえるが、この兄(ヒロ)は相当アインハルトの事を溺愛している為、彼をよく知っている人からすれば寧ろ本当にやり兼ねないと危惧するだろう。ちなみに『切腹』に関しては日本出身の知り合いに正しく教えられました。

 

「うぅ……では、私はどうしたらいいのですか……?」

 

「とりあえず、真っ当に生きなさい」

 

 涙目で抗議する妹に兄は間髪入れずにそう応えた。

 危ない事に関わらず、普通に生きてくれればそれだけでいい。親心にも似た心境で語るヒロだが、肝心のアインハルトは納得出来ない様子。

 兄の気持ちは嬉しいものの、何かしら償いたいと思っている辺り、やはり真面目なのだろう。

 そんな意固地な妹に呆れながらため息を一つ。結局、最後には自分が折れるしかないのだ。

 とことん妹に甘い事を自覚しながらも、しかし当人に直す気はない。既に『シスコン(それ)』は彼を形成するアイデンティティーの一つに成っているのだから……。

 

「分かったよ。なら、夕飯の準備手伝ってくれ」

 

 壁に刺さっていた包丁を抜き取り、それの背で軽く肩を叩きながら向き合う。

 

「……そんな事でいいんですか?」

 

「そんなっていうが、今日は和食にしようと思っていたからちょっと面倒なんだがな。一人でも出来なくはないが、やっぱ手伝ってくれる人がいた方が嬉しいんだけど?」

 

「やります」

 

 出された内容が内容なだけに最初は不満を漏らしていたアインハルトだったが、『手伝ってくれたら嬉しい』という言葉に釣られやる気を出したらしい。見れば、いつの間にか戦闘服(エプロン)に着替えていた。昔買ってやったネコがプリントされているそれ(エプロン)に身を包み、同じくネコがプリントされた三角巾が頭を覆う。可愛らしい外見とは裏腹に、その異なる色の瞳には闘志が灯っていた。

 

「ああ、よろしくな、アイン」

 

 そんな愛らしい妹の姿に頬が綻び、つい頭を撫でてしまう。

 

「はぅ……」

 

 三角巾が外れないように優しく撫でる心地いい兄の手に、ついアインハルトも気持ちよさそうに目を細めてしまう。その姿はどこかネコに似ている。

 

 アインハルト本人に関してはこれでいいだろう、そう思いほっと胸を撫で下ろす。あとは今回の一件、保護者として色々としなくてはならない事がまだあるのだが……それは兄の――()いては親代わりとしての責務だから、然したる問題はない。

 

「……やっぱり親代わりは大変だな……」

 

 誰にも聞こえない小さな声でそう呟くヒロ、だがその表情は何処か嬉しそうだった。

 

 




原作のノーヴェに喧嘩売って拉致られた時の後日談的な話です。
なんか流れで連れ帰ってたけど、勿論原作でも家族には連絡しましたよね? じゃないとホントに拉致じゃね、あれ。と見た当初からずっと思っていた自分。

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