覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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名状しがたい閑話のような何か。


十八話

「あ~、やっぱりダメだったか」

 

 昔ながらの石造り。日の光も差し込まない暗い空間に一人の青年がいた。

 一室というにはあまりに広いそこはまともに電気も通っていないのか、中心部にある明かり以外照明の類はない。その明かりに仄かに照らされている青年。

 暗い周りとは対照的に白い髪と服を纏い、紫色の本を手にしている。灰色の瞳は中央で鎮座している人物に向けられていた。

 そこには直系二(メートル)ほどの結晶の塊があった。目映く光を放っているその中に一人の少女が眠っている。

 身長150cm少ししかない小柄な体型。まるで時が止まってるかのように動く気配がない綺麗な長髪。幼さを残す、あどけない少女のような印象を受ける彼女はしかしベルカ大戦の産物。存在そのものが兵器と言ってもいい、本来なら滅んだはずのものだ。

 

「雷帝程度じゃ“鍵”にはならないか」

 

 一応少ししか血を引いていないとはいえ、仮にも雷帝の血族。如何にもなお嬢様と呼べる少女の血を密かに手に入れたのだが、しかし目の前の結晶に反応がないところを見るに「不適格」ということなのだろう。やはり最も所縁が深い聖王でなければ目覚めないのかもしれない。

 それに関しては当てはある、しかし保護者である彼女が素直に貸してくれるわけもなく、更にはある理由で彼も反対するだろう。流石にあの二人を相手にはしたくない。

 さて、ならばどうするか?

 

「やはり此処でしたか」

 

 そう思案していると階段を降りてくる人物がいた。

 子ども用の制服を着た、見た目十歳ほどのメガネをかけた少女。昼間ヒロとの通信に出た彼女がそこにいた。

 

「やあ、ボクに何か用かい? シュテル」

 

 にこりと笑みを浮かべながら訊ねる青年、リード・オルグラスに対してシュテルと呼ばれた少女は一度浅く頭を下げた後丁寧な言葉で応えた。

 

「ディアーチェとレヴィが新たに王の因子を持ち帰ってきました。そちらの状況はどうですか?」

 

「どうもこうも黎王と共鳴してるからね。相も変わらず休眠中さ」

 

 リードは現在なんとか聖王を使わずに結晶の中にいる少女を目覚めさせようとしている。

 彼女--『黎王』はベルカ最初期には存在していたと言われている旧い一族の末裔だ。詳細は謎だが、他人に力を与えることが出来たらしく、その時に与えられた者の子孫が後に「王」となったとされている。その王達所縁のもの、出来ることなら肉体の一部を回収するようにシュテル達に頼んでいるのだ。

 代わりとしてリードは彼女達の「盟主」の復活に尽力している。曰くギブアンドテイクとのこと。

 しかし現状最も黎王に近い存在の彼女は、どうやら影響を受けているらしく目覚める気配がない。どちらか一方が目を覚ませば連鎖的にもう片方も目を覚ますはずだが……現実はそう上手くいくはずもない。

 だから地道に因子を集め回ったり、彼女が眠る書を管理と修復をしたりと現状やれるだけのことはやっている。

 正直リードが彼女達と出逢ったのは偶然だが、ある意味においては必然でもあった。一族の務めとして少女の容態を確認しに来た際偶々結晶の近くにあった紫の本が目に入った。以前来た時はなかったそれは調べてみれば古代ベルカの遺産の一つらしく、元々壊れかけていたそれを修復していくと「マテリアル」と呼ばれる彼女達を復元することができた。彼女達……いや正確には彼女達の「盟主」と黎王は何かしらの関係があるらしい。そのことに気付いた両者は利害の一致から今のような関係になったのだ。

 

 しかし、我ながら困ったものだ。本来彼の一族は黎王を目覚めさせないためにあるというのにリードは今真逆のことをしようとしている。

 それというのも黎王の封印が半端なものだと知ったからだ。あの結晶は封印魔法の一つなのだが、調査した結果強力な反面いつ解けるともしれない酷く不安定なものだった。それは明日かもしれないし、一年後かもしれない、あるいは自分達が死んだ後かもしれないが、そんないつ爆発するとも分からない危険物が自分の近くにあると知って伸び伸びと生きていけるほど彼はのん気な性格ではなかった。

 数少ない資料を調べて解ったことだが、最後の黎王であるあの少女は、現代でも最高峰の騎士と名高い七騎士を倒した経歴を持っている。元々欠けていた者もいたがそれでも半数を一度に相手にしても全て凪ぎ伏せたほどで、「聖王のゆりかご」を用いても封印しかできなかった正真正銘規格外の化け物なのだ。

 そんなものが何の前触れもなく現れたらこの世界は終わるだろう。冗談や比喩ではない、代々受け継がれる記憶がそう言ってる。確信を持って断言できる。

 だから一度封印を解いて、再度掛け直さなければいけないのだ。生憎とあの封印は上書きすることができない仕様らしくこれ以外の方法がない。無論そう簡単にいかないことは想像が着く、もしそうなった時は「同等の力」をぶつけるくらいしか対処方はないだろう。

 一応保険はあるが、それでも不安要素は多い。問題は山積みだろう。

 

「ああ、そういえば……」

 

 リードが次はどうするかと頭を悩ませていると思い出したようにシュテルが言葉を漏らす。

 

「ヒロから言付かっています、『戻ったら一発殴らせろ』とのことです」

 

 これを聞いたリードは一瞬ポカンと呆けていたが、そういえばヒロに対して悪戯していたことを思い出し、おかしそうに笑い出した。

 

「あーうん、そうだそうだ、すっかり忘れてた!」

 

 なんとも予想通りの反応が返ってきたものだと。本当に彼は事妹と彼女が関わると感情家に成り易いようだ、一度は廃人に片足を踏み込むほど危険な状態からよくぞここまで盛り返したものだ。だから興味深く、そしてついからかいたくなってしまう。そのことを本人が知らないから抜け出せないイタチごっこになる。

 それがおかしくてクスクスと笑い続けているリードをシュテルは冷めた目で見ると同時にヒロに同情する。

 同じくリードに使われる身としてよく彼女達の相談や愚痴を聞いたり、健康状態も見てくれる所為か、本来の契約主であるリードよりもヒロに懐いてしまったらしい。よくレヴィは三人の中で一番懐いており、もし彼の妹と出会おうものなら取り合いが発生するのではないかと危惧してしまうほどだ。

 だからというわけではないが、これからもあの上司にちょっかいを出され続けるであろうヒロが不憫でならない。

 自分達同様、彼と契約を交わしている以上職場を替えれないのが痛いところだ。如何に給料が良くても上がアレでは精神的に辛いだろう……。うん、ヒロはよくやっている。今度時間があれば労いがてら食事にでも誘ってみるべきだろうか?

 そう思案しているとディアーチェから連絡が入った。どうやら出迎えに行った方がいいらしい。

 リードにそう伝えるとシュテルは来た時と同じ階段を登って出ていく。

 その際横目で結晶に閉じ込められた少女を盗み見る。その姿はどこか自分達の「盟主」によく似ていた。

 

 ようやく笑いが収まり、一人残されたリードは変わらず眠り続ける少女を見つめる。

 

「キミの騎士はずっと目覚めを待っている、いい加減目を覚まして欲しいところだよ。ヴェルクトール」

 

 静かに呟くように吐いた言葉は眠り続ける少女--『黎王ヴェルクトール』の耳に届くことはなく霧散した。

 




オリ王とマテ娘登場回。陰謀っぽい感じがするけど実際そこに行くにはまだまだ先の話。
マテ娘を出した理由はオリ王である黎王と関連があるため。
ちなみに黎王は「黎明の王」という意味です。多分ほとんどの人はこれだけで察することができるはず。わからない人は「黎明」という単語を辞書やグーグル先生で調べてみてね。

あとあまり関係ないことかもしれないけど、メガネシュテるんって可愛くないですか?(INNCENTやりながら)

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