覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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夏場はパソとか使うと室温上がるから嫌いです。


十七話

「なあ、なのは。人を好きになるって一体どんな感じなんだろうな?」

 

 いつもの検診が終わり何気ない世間話をしていると、不意にヒロがそんなことを訊ねてきた。

 唐突なその問いになのはは首を傾げるが、珍しく真剣な表情を浮かべていたので変に茶化さずに答える。

 

「よくわからないけど心が温かくなったり、大切だって思えるようになるんじゃないかな」

 

 ただし自分はまだ恋愛感情を抱いたことがないため多分、「そんな感じなのではないか」という願望や妄想が少し混じっている言葉を言う。それを聴くとヒロは何やら思案するように腕組んで目を閉じる。

 一分くらいしてから静かに瞼を開く。

 そして納得したように頷くとなのはに告げる。

 

「じゃあ、オレはお前のことが好きなんだな」

 

 唐突な告白。勿論それが友達に向ける好意とは別の、俗に言う男女間のそれであることをなのはも承知している。

 からかうつもりがないのは顔を見ればわかる。本気でそう想って言ってくれたのは素直に嬉しい。

 付き合い自体はそんなに長くない、あの“事故”で入院していた時にあったから大体六年くらいか。初めて遇った頃に比べればお互いに明るくなったと思うし、よく世間話や談笑をすることもある。もっとも彼がそうなった理由の大半が妹のお陰だと知った時は少しばかり嫉妬してしまったが……それでも良い傾向だ。

 友達とも恋人とも、ましてや赤の他人ともいえない微妙な関係。そのまま続けてきた関係に今変化が起きた。

 理由はわからない、もしかしたらこの前彼から聞かされた縁談が切欠かもしれない。それなりの歴史を持つ家であり、ヒロもそろそろ十八歳にもなるからか稀にそういう話が来るそうだ。ちなみに幼い妹にも話だけでもというものならくるが悉くヒロに切り捨てられてしまってるらしい。

 一応名家の生まれで母が海側の上層委員の一人、父も基本変人だが天才の一人に数えられるほどの技術者。そして当人も駆け出しとはいえ既に頭角を現しているほど将来有望な医者。普通に見れば優良物件なのだろう。断っても次々と来るそれにヒロは嫌気が差していた。

 だからという訳でもないがふと人が好きになるというのがどういうものか気になった。ある事が原因で一時的に記憶障害を起こしてしまった影響か、それから暫くの間は感情があまり表に出にくくなってしまったヒロ。既に大切な存在はいるが“そういった関係”の者はいない。どうせなら自由意志の下で結ばれたいと思い、なのはに訊いて受けた言葉に該当する人物を探してみるとその条件に合うものがいた。

 つい先程質問を投げ掛けたも人物……つまり高町なのはだ。思えばなのはとは奇妙な縁がある。元々はお互いある事情で入院していた時にその病院で偶然出会っただけなのだが、それから紆余曲折を経て今のような微妙な関係になった。

 元よりヒロはなのはの前向きな姿勢には好感が持てていた。絶対に諦めない不屈の精神は見てるだけでも元気付けられたものだ。故に助けようと思ったし、それからも出来る限り助けようと思った。

 

「………………」

 

 最初はただその気質に惹かれていたが、気付けばなのは本人を好きになっていた。改めて自分の気持ちを見つめ直し、そう判断したヒロはただ思ったことを口にした。

 感情をあまり表に出せないヒロが珍しくはっきりと自分の気持ち……感情をぶつけてくれた。それは嬉しい……嬉しいのだが。

 

「--ゴメンね」

 

 しかしその想いには応えられなかった。正直ヒロが嫌いなわけではない、寧ろ好きだ。恋とは違うと思うが、それでも「大切な人」だと思っている。

 なのはは彼に対して大変感謝している、彼が無理をしたお陰で今自分はこうしているのだから。だが同時に、その所為で彼の未来を奪ってしまったという“負い目”もある。

 だから一緒になることは出来ない、許されない。そうなればきっとまた彼を不幸にするから……。

 その日、夕焼けで紅く染まる部屋の中でなのははヒロの告白を断った。

 

 

「うぅー……ヒロくんのバカぁ……」

 

「……どうしましょう」

 

 メガーヌは困っていた。

 偶々なのはと二人になる機会があったので、昼間聞いて興味を持ったことを訊いてみようと口が滑りやすくなるように少し度の強い酒をすすめてみたのだが、思った以上に利いたらしく今ではうわ言で愚痴りながらぐっすりと眠っている。

 なのはがヒロを振った後、一時期ヒロとの交流が薄くなった頃があるらしい。その時なのははずっとヒロのことが気になっていた、最初は罪悪感から来るものだと思っていたが、それは日に日に増して行き、仕事が手に付かないほどにまでなった。

 気分転換を交えての休みを取り、一度実家に帰った際母に近況報告の他に気になっていたそのことを訊ねた。相手は親であると同時に人生の先輩だ、何かアドバイスをしてくれるかもしれないと……。

 そしていざ話してみると母は呆れかえっていた。

 まさかここまで鈍感だとは思わなかった。そう言われたなのははしかし何故そんな反応をされるのか分からなかった。

 疑問符が浮かんでいる娘に母は必死に説明した、このままでは本当に生涯独身もありえると感じ取ったからだ。

 いくつかの質問を投げ掛けそのほとんどが該当したなのはは「いや、まさか」と思いながら母親を見ると首が縦に振られた。

 --つまり自分はいつの間にかヒロのことが好きになっていた、ということらしい。

 恩人としか思っていなかったはずがまさかそんな感情を抱いていたとは……我がことながら驚いた。確かにヒロと居る時はフェイト達とは違う安心感があったし、彼の口から他の女性の名前が出ると少し苛つくこともあった……九割方は妹の話だが。

 そのことに気付いたとしても時既に遅かった、何せなのははヒロを振ってしまった後なのだから。母からは「今度はこちらから告白すれば大丈夫だろう」と太鼓判を押されたが、振ってしまった所為で微妙な空気になっている所に行くのは正直気が進まない。

 とりあえず、今は自分の気持ちがちゃんと解っただけでも収穫だ。好意や告白というのは“負い目”がある為やはり諦めるべきなのだ。

 そう……そうして、今に至るまでズルズルと引き摺る形になってしまった。

 

 ヒロが振られた理由は大体聞けた上、なのは自身は今もヒロのことが好きなことも分かった。お節介かもしれないが一つ手助けでもしようかと考えるものの、問題のなのはの感じてる“負い目”が何なのかわからない為対処のしようがない。

 さてどうしよう、と考えていると大浴場の方から不機嫌そうな雰囲気を纏いながら件の人物、ヒロが歩いてきた。

 エリオがうっかり口を滑らせて訊いたことは一回目ということも「聞くな」と言わんばかりに睨み付けただけで終わらせた。もしそれが自分の上司のように悪意満載で言ったのなら鉄拳が飛んでくるところだが、エリオの場合本当に気になっただけだろうから、今回は不問にすることにした。勿論二度目はないが。

 

「ヒロくん、ちょっと」

 

 そうして少しばかりの徒労を背負ってきたヒロを手招きして呼ぶ。軽く会釈して向かってくるヒロは途中でなのはの姿を確認すると目にわかるほど嫌そうな顔をする。

 なのはは酔うと基本的にハイテンションになるのだが、ヒロ絡みの話になると何故か愚痴ばかりを呟くのだ。もしや変なこと聞いていないだろうな? そんな不安を心中に押し込めメガーヌの下へ着いた。

 

「頼みたいことがあるのだけど--」

 

 実に良い笑顔を浮かべそう言われた時嫌な予感がした。そしてそういうものとは往々にして当たるものだ。

 

 

 

「何でこうなる……」

 

 現在ヒロはなのはを背負って彼女の部屋に向かっているところだ。メガーヌの「なのはを部屋まで連れて行って欲しい」という頼みの所為だ。

 頼みごとをする時のにやにやした顔を見るになのはが口を滑らせてしまったのだろう。出来ることならこういう変な気遣いは止めて欲しい、振られたというのにまだ未練が出てしまう。

 なのはとは『友人』という関係で落ち着いている。下手に刺激されてまた昔のようにぶり返されても困る。

 

「んー……ばかぁ……」

 

「--知ってるよ」

 

 暴れられると厄介だからと背負った酒臭い“元”想い人のぼやきが肩越しに聞こえ、それに対し一人納得するように静かに頷いた。

 




実際になのはさんが酒に強いかどうかは知りません。私の管轄外です。

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