「あの、本当に強化魔法しか使ってなかったんですか?」
温泉で疲れを流し寛いでいると、ふとエリオがそんなことを訊いてきた。
着替えを取りに戻っている間に意識を取り戻した為結局一緒に入ることになった二人。
付き合いが短いためいまいち共通の話題というものがわからなく、あまり話す方ではないヒロとの微妙な沈黙空間に耐えられなくなり、その結果つい口から出たものだった。しかしエリオ自体興味があったのも本当のことだ。
そのことを訊かれるとヒロは「あー……」となんとも言い辛そうに口篭る。言っていいものかどうか扱いが難しいために暫し思案する。一分くらい悩んだ後「大丈夫だろう」と結論付けその問いに応えた。
「ま、メジャーな身体強化ではないが、一応強化の部類には入るだろうな」
「え?」
困惑するエリオを他所にヒロは話り始めた。
今現在使われている大多数の魔法。それは長い魔導の歴史の中で洗練され、最効率化されたものだ。安全性を考慮し、余計な手間を省く。その果てに出来たもの、基本的に誰にでも使えるように汎用性を追及した形。
ローリスクハイリターンを求め出来上がる過程において唾棄されたものの中には安全面や扱い辛さ、燃費の悪さに目を瞑れば現在のものより遥かに優れた性能を誇るものが存在する。
汎用性という面を見れば明らかなに失敗作だが、もし扱えるほどの者がいればそれは大きな力になる。その非常に『惜しい』ものを独自に発展、昇華させると
ヒロが使ったのは用はそういった類のものだ。しかもその中でも本当に一代限りでしか使えないようなピーキーな代物。下手に調整を間違えるとそれだけで体を壊してしまう場合すらあるものだ。
「強化魔法ってそんなに危険なものでしたっけ?」
ヒロの説明を聞いている内にエリオは疑問を抱いた。
強化魔法とは基本的に誰でも扱え、ほぼ最初期に覚えられるベターなものである。魔力を込め物質の強度を上げたり、筋肉などを活発化させ身体能力を引き上げたりする。確かに過度の使用は危ないが、それでも世間からの「子どもですら使えるお手軽な魔法」という印象が拭えない。
そんなエリオに対してヒロは「だからさ」と返した。
「魔力さえあれば大半の人が使えるそれを、更に向上させようと考える者がいない訳がない。特に戦乱時代とかは一人でも強い兵を求めたんだから尚更だな」
誰にでも使えるというものは何時の時代も重宝される。更にそれが戦いに使えるというのならより強くしようと考えるだろう。特に接近戦を主体にしていたベルカ時代なら当然その考えに至る。酷い言い方かもしれないが兵器と同じようなものだ、改良できる所があるなら徹底して試みる。無論そうしたからといって必ず成功するわけでもない。現に強化魔法は「基本的な初歩の魔法」という認識を受けているのだ、その試みは失敗したと言える。
どうしてそうなったのか? その答えは至って簡単だ。
過度な強化は直ぐに体が限界をきたしてしまう、これは普通に考えるだけでも想定できるものだ。故にそれとは別の方向からのアプローチが成された、その中の一つにあと少しで実現できかけたものがある。それは身体全体を一度に強化するのではなく、
例えば腕を強化するとしよう。正確にいうならこの場合腕の関節、筋肉、骨というそれぞれ別々に強化するのだ。そうすれば理論上は通常の数倍以上の性能を引き出せるはずだった……。しかし生き物はそう簡単に自分の体を把握することができず、それは人間にも該当する。結果は散々なものだった。見当違いのところを強化したり、僅かにでも加減を間違えると骨が外れたり砕けたり血管が切れたりと実際には使えたものではなかったらしい。
結局理論としてはよかったが現実の壁に打ち負かされ実現不可能となったそれは闇に葬られることになったのだが……。
「え……まさかさっきヒロさんが使った強化って……」
「まあ、そういうことだ」
口の端を牽くつかせ恐る恐る訊くとヒロは頬を掻きながらそう呟いた。
つまりヒロはその欠陥品の烙印を押された魔法を使ったということだ。無論それがそうなった経緯を知っているのだから危険性も承知なのだろう。それを踏まえて使っている……恐らく先に上げた問題点をクリアできる能力を持っているのだろうが、そのような都合のいいものなどあるのだろうか?
エリオが難しい顔を浮かべ考え込むとヒロは呆れた。自分のレアスキルをなのはから聴いてはずではないのか? 何故それで思いつかないのか。
ヒロのレアスキルは全部で三つある。正確にはレアスキルが一つとレアスキル扱いされているものが二つだ。
その希少性故にレアスキル扱いされる二つの能力、その一つは知っての通り古代ベルカ式。そしてもう一つは能力というよりは体質に近いもの……『特異魔力体質』と呼ばれている。
魔力を炎や電気に変換する『魔力変換資質』とは異なり、この『特異魔力体質』は魔力自体が--リンカーコアそのものが特殊で生成される魔力がかなり偏った性質を持ってしまうのだ。
例えば魔力そのものが刃の様な切れ味を持ってしまい、ただ垂れ流すだけで凶器になってしまう者もいれば、あまりに結合力が高く回復や補助の類が全く使えない者もいる。
ヒロもその内の一人で彼の場合“最も浸透率が高い魔力”、『クリアマグナ』と名称されている。恐らく浸透率が高いと聞いてもその具体性は分からないだろう。
その特徴、まず長所として回復や補助を低コストで且つ最大限に引き出せるということか。その高い浸透率のお陰で本来使う魔力の何分の一でも効果がある故、即効性もある。ヒロが回復役として重宝される理由が正にこれだ。回復と補助という一面だけで見れば最高峰の性能を秘めている。
そして短所なのだが、浸透率が高い影響なのか代わりに結合力が低い。例えば魔力弾を一つ作ってもものの数秒もしない内に形を保てず壊れてしまい、シールドを作っても紙のような耐久性しかなくその上これも勝手に自壊してしまう。収束砲の類も同様で、距離にして一
以上の事を踏まえこの魔力の性質を言うなら、前線や攻撃には全く向かない優秀な後衛サポーター。その性質は例えるなら水なのだ。
勿論これら二つの能力があっても件の強化魔法を扱うことはできない。この二つの他に保有する正真正銘のレアスキルが影響している。
ヒロのレアスキルは簡潔に言って解析能力に特化したものであり、触れたり魔力を通したものの情報を読み取ることが出来るという正直かなり地味な能力なのだが、問題はこれが自分に対しても使えるということだ。
前記した通り普通人は自分の体の細かい仕組みや動き方などを知らない。それは如何に達人と呼ばれる者達ですら同じこと、彼らは長年の経験と研ぎ澄まされた感覚によって動かしているのであって流石に血の流れや筋肉の動きを完全に把握することは出来ない。
しかしヒロの場合レアスキルそのものがそれに特化しているため容易く把握できてしまう。その為見当違いのところを強化することも僅かでも加減を間違えることもなく最大限に活用できている。
これはヒロのレアスキルとクリアマグナの二つを組み合わせることでしか出来ない芸当であり、結果件の強化魔法はヒロ専用になった。
「大体こんなところだな」
ある程度ヒロが説明を終えるとエリオは今度こそ納得いったようだった。あのふざけた身体能力の謎は解けたし、特定の魔法が使えない理由も分かった。経験差といのもあちらは中将部隊の一員であり危険度の高いロストロギアは回収に激戦区に行くことも多々あるとなのはから聴いてもいた。そうでもなくても中将直属の部隊に属しているのだ、いくらサポート担当だとしても生半可な強さでは務まらないのは考えるまでもなかった。
なるほどと一人納得していると、「もう訊きたいことはないな?」とヒロは今にも上がりそうな雰囲気だった。
その姿を見てエリオは慌ててあることを口走っていた。
それはある意味ずっと気になっていたもの、しかし訊いていいか迷っていたものだったがつい動転してしまい訊いてしまった。
「なのはさんに振られたって話……あ」
--直後ヒロの動きが止まった。
気が早いと思うけど、とりあえず憂鬱は原作12巻辺りで一度終わらせるつもりで書いていきます。