覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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戦闘描写ってやっぱり難しい。


十五話

 --はてさて一体どうしたものか……。

 目の前にある問題に軽く頭を悩ませるヒロは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 槍を構えた赤毛の少年、エリオ・モンディアルは三十分も打ちのめされ続けているというのに全く諦める気配を見せず、寧ろその闘争心は燃え上がっている。

 その姿を見たヒロはなんで彼の頼みを聞いてしまったのかと激しい後悔の念に襲われた。

 

 事の発端は風呂に向かう途中のことだった。

 元々風呂に行く予定であったヒロの他に話が長くなりそうなアインハルトから逃れてきたリオ、コロナ、ルーテシアの三人は何気ない世間話をしながら歩いていた。

 何気ないというものの既に成人し社会人として働いているヒロの話は、優秀でもまだまだ背伸びをしたい子ども達には大変興味深いものだった。大人独自に抱く思いや暗黙のルール、大人だからやってはいけないことや寧ろ大人だからできること等。三人の中で一番年上であるルーテシアでさえ「へぇー」と感嘆の声を漏らす話が多々あった。

 そうして長いようで短い時間が終わろうとしていた頃--大浴場に近付くとそこで一人の少年と鉢合わせした。その少年こそがエリオである。

 ヒロ同様風呂に入りにきたエリオ。レディファーストになりつつある世の中、こういった場合においても男は後回しなのであった。

 ばったりと遭い「なら一緒に入るか?」と誘うヒロだったが、何か思い詰めた表情を浮かべたエリオは暫くしてあることを頼み込む。

 

「あの、手合わせをお願いしてもいいですか?」

 

 唐突に脈絡もなくそう言ったエリオに三人の少女は驚きを隠せずにいたが、ヒロだけは何か考えて言ったのだろうと思い首を縦に振った。

 

 それから外に場所を移し、準備をすることに……と言ってもヒロはデバイス等は使う気がないらしく素手のままで、用意するのはエリオだけだったのだが。

 そうして観戦者として三人の少女に見守られながら始まる……その前に、エリオがある条件をヒロに申し付けた。

 互いに手は抜かないこと。そして態と負けないこと。

 以上二つのことだ。これは昼間の練習回でヒロを見ていたから前持って言ったのだろう。

 ヒロはあまり自身の勝ち負けには拘らない質だ。不必要だと感じたらさっさと降参(ギブアップ)するし、チーム戦においては必要と感じたら捨て駒としてわざと負ける。

 なのはとの戦闘でそれに気付いたのは偶然だった。偶々自分と同じ飛行魔法を使わない、地上での高速移動による回避行動。他に気付いていた人がいるか怪しいレベルで、彼は最後の砲撃を受ける際わざと速度を緩め、その直撃を食らったのだ。なかなか当たらないなのはが僅かにだが焦り始めたことを見抜き、そしてその僅かに出来た隙を突くために今までより少しだけ溜めが長くなった砲撃に当たった。そうすることで浮き足だつことが予想できたからだ。

 本来のなのはならこんなことはなかったのだろうが以前の中将部隊との模擬戦が余程堪えたらしく、回復魔法を使わないとわかっていても無視することが出来ないほど大きな存在になっていた。結果それを倒した際に一抹の脅威が消えたことで隙が生まれ、フェイトに落とされてしまった。……ヒロの思惑通りに。

 

 昼からずっと考えその答えにエリオが辿り着いた頃、件のヒロが現れた。

 これ幸いと訓練の同伴を持ち出す。もしエリオの予想通りなら喰えない人物であり、エリオが本当の意味で遠慮することがない相手になるだろう。

 そんな思惑と願望を抱いて挑んだエリオは今、完膚なきまでに叩きのめされていた。

 腕、脚、腹部、顔面。あらゆる所に打撲の形跡が見られる。それらは全てカウンターによってつけられたものだった。

 高速戦闘を得意とするエリオ。管理局において最速に近い速さを持つフェイトにも引けとらない彼の攻撃を、よりによってカウンターで悉く破っていくヒロは本当に『いい性格』をしているのだろう。しかも加速魔法まで使うエリオに対してヒロは“強化魔法”しか行っていない。本人としては手を抜いてるつもりはないのだが、エリオからすれば明確な攻撃魔法を使わない所為で余計にそう思われてしまうのだろう。

 

「少年。高速戦闘者が最も油断する瞬間って何時か知ってるか?」

 

 ボロボロになりながらも尚も挑む少年が自身の背後を--いや側面を取ることを察したヒロは拳を振り挙げ、そのまま振り下ろす。するとまるで吸い寄せられたのかように現れた槍の切っ先を打ち落とし、結果加速していたエリオは始点が狂ったことで大きく空中を回転することになった。

 その隙を突けば終わっただろうそれ、しかし律儀に答えを待っているヒロは追い討ちをせず、ただ立っているだけだ。

 何十回と繰り返されてきたカウンターの応酬。それを受け、自らの誇っていたスピードが圧し折られたエリオはその答えがなんとなくだがわかってきた。

 

「はぁ……はぁ……相手の懐に入り込んだ瞬間、ですか……?」

 

 受け身を取ったものの派手に転んだエリオは槍型のデバイス、ストラーダを杖に何とか立ち上がる。そして今までの経験から最も考えられる、しかし同時に最も難しいとも思った答えを口にした。

 それを聴いたヒロは「正解」と微笑んだ。

 

 高速戦闘、特に接近戦を念頭に置いたものは敷き詰めるとヒット&アウェイのスタイルになる。用は一当てして逃げることを繰り返すのだ。防御力を減らし、速度のみを追求した彼らは自然とそういう形になる、それは絶対に当たってはいけないという想いの他に自身の速さに相応の自信を持っているからだ。その為彼らは仕掛ける時でも逃げる時でもなく、確実に仕留められる懐に入った瞬間に隙が生まれる。

 この距離なら避けられない、回避などできるはずがない。

 そんな自信があるからこそ生まれる、正に刹那の隙。

 常人なら対処は絶対に出来ない。同じ速度を持つ者でも先手を取られた以上至難の業だ。糸に穴を通すようなどころか、雨粒一つを掴むような物だ。

 それが出来るものは二つのタイプに分かれる。一つは相手よりも更に速く動ける者。もう一つは相手の動きを先読み出来る者の二つだ。

 しかし言ってはなんだがヒロは自分ほどの速度は出せないだろうとエリオは踏んでいる。そう思うのも、まずヒロは加速中のエリオを目で追ったのが始めのニ、三撃の時だけであとは一切見ていない。寧ろ酷い時は目を瞑った状態で対処する時があるくらいだ。

 その為前者の線はまずないだろうと結論付ける。

 そうすると後者しかないわけだが、これはある意味前者よりも可能性は低く思えた。高速戦闘者の動きを先読みするなど未来予知でも使わなければ不可能だろう。そういった系統のレアスキルがあれば話は別だが、なのはから聴いた話の限りヒロのレアスキルはどれも戦闘向きではない。唯一レアスキル扱いの古代ベルカ式がそれだろうが、未来予知が扱える術式など聞いたことがない。

 

 ならば、どうやって今まで防いできたのか……?

 そんな疑問が頭を埋め尽くし、動きにすら支障をもたらすとヒロは呆れたようにため息を漏らした。

 

「いい加減諦めてくれないかな? 少年。オレ、風呂入りたいんだけど……」

 

「いいえ、まだお願いします!」

 

 納得が出来ないというように食い下がるエリオにヒロは頭を抱えた。

 そしてその瞬間改めてエリオは地を蹴った。強化した脚は地面から体を撃ち出し、加速魔法は自身を風へと変える。矢よりも速く、まるで光にでもなったかのような錯覚さえ与えてくれた感覚の中切っ先は紛れもなく胸を捉え、そして--

 

「青い」

 

 来るのがわかっていたかのように左手で掴み止められてしまった。

 

「な--!?」

 

 疲弊しているとはいえ今自分の出せる最大速度を真正面から受け止めた。しかも勢いすら完全に殺されているのか、全く微動だにしていない。

 本当に強化魔法だけしか使っていないのか?

 そんな疑問が浮かぶほど目の前のそれは理不尽極まりなかった。

 

「少年。オレとお前との決定的な差はな、魔力量でもなければ地の性能差(スペック)でもない」

 

 マズイ。直感でそう感じ取りストラーダすら手放しても距離を取らないと。

 そう思った時には既に遅かった。

 顎を衝撃が襲うと意識が遠退いていくのがわかった。体の自由は利かなくなり、視界が暗転する。

 

「至極単純、経験の差が違うだけさ」

 

 最後に微かに聞き取れたその言葉に何故かエリオは納得できた。

 なるほど。確かに大人にあしらわれる子どものようだった、と……。そう感じるほどの何かを感じていたが、これで道理がついた。

 

 

 倒れこむエリオを抱えるヒロは近くにいたルーテシア達に看病を頼むことにした。手当て自体は既に終わっており、軽い脳震盪で意識を失ったため後は目覚めるのを待つだけだ。

 

「こういうの、本来は高町の仕事だろうに」

 

 らしくないことをしたものだ。なのはとは違い、自分はものを教えるのは苦手なのだが……将来有望であった為か少しやり過ぎたかもしれない。

 しかし手を抜くな、わざと負けるなと言われた以上あれ以外に方法がなかった上、目で追えないほどエリオが速かったのも事実だ。軽く汗をかくつもりがとんだ大仕事になってしまった。

 それが終わり、やれやれやっと風呂だと思っているとリオがある質問をしてきた。

 

「あの、本当に身体強化しか使ってなかったんですか?」

 

 ヒロ達の訓練を一部始終見守ってきた三人だから抱いた疑問。

 実はヒロはエリオにあの条件を出された時、「あ、じゃあオレは強化魔法しか使わないから」と言っていたのだ。その結果本当に使ったのは強化魔法のみ。しかもそれで加速魔法を使った相手に悉くカウンターを叩き込み、果ては必殺に等しい一撃を掴み取ったのだからそう思われても仕方ない。

 

「ん? いつオレが“身体強化”だけを使うって言った?」

 

 だが、その質問に対しヒロはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「え……?」

 

「あの、それってどういう……」

 

「もしかして……」

 

 返ってきたその応えにリオとコロナはそれぞれ首を傾げ、ルーテシアは心当たりがあるのか呟いた。

 

「ま、色々と思案しろ、若人よ」

 

 愉快そうにそう言うとヒロは改めて風呂に向かうことにした。

 ようやく汗を洗い流すことが出来ると思うと自然と進む足が速くなる。そしてエリオと少女達を残し脱衣所に着いた頃。

 

「……着替え持ってくるの忘れてた……」

 

 大事な物を持ってきていないことを思い出し、一人で勝手にテンションを落としていた。




このペースでいくと合宿の話だけでもあと十話以上使いそう……。

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