覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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夏になると暑い所為か更新スピードががくりと下がる、そんな私です。ごめんなさい。


十四話

 好きなものの話題とは意図せずとも長くなったり弁に熱が籠りやすいものだ。

 好きだからこそ語りたい、好きなだからこそ知って欲しい。そんな思いから自然と語り部のテンションは上がる。それは良い方向に向かう場合もあるし悪い方に転がる場合もある。

 例えば相手が同じ趣味趣向なら盛り上がり花が咲くだろう。しかし全く興味のない話の場合はほとんど適当に相槌を打って早々に切り上げたいと思うだろう。人は十人十色、合う人もいれば合わない人もいるのだ。

 特に熱が籠り過ぎると、例え趣味趣向が同じでも引かれることは十分にあり得る。

 

「つまりですね、決して早く死ぬこと=弱いというわけではないのです」

 

「あ、はい」

 

 目の前で熱く語るアインハルトを見てヴィヴィオはそう思ったのだった。

 

 発端と呼べるものは恐らく練習会が終わった後、子ども達が自室でダウンしている時になんとなくヴィヴィオが出した話題がそうだろう。

 ヒロから貰い受けたベルカの七人の騎士の昔話。それをアインハルトが好きだということを聞いていたヴィヴィオは本人にそのことを訊ねた。するとヒロの言う通り食いついてきた、それはもう目をキラキラ輝かせながら。

 じっくり堪能しようと未だに読破していないヴィヴィオだったがそれでも七人の内四人までは読み終えていた。

 最も有名な聖剣の担い手である騎士と一度も負けたことのない騎士、それからただの一度も綻びすら見せたことのない盾の騎士と「首狩り」の異名を持つ騎士。

 いずれもが英雄に相応しい逸話を持っていた。特に聖剣の騎士は当時の聖王騎士団の団長ということもあってか、その手の話に事欠かず明らかに他の騎士達よりもページ数をとっていたのは印象的だった。これは聖王を信仰する聖王教会が力を持ったからかもしれない。

 聖王のクローンである身なら本来はその騎士のことを気にかけるのだろうが、ヴィヴィオ個人としては「不敗の騎士」の方が気になったらしい。

 一度も負けたことのない「不敗」の称号を持つその騎士は、その名に恥じぬ力を持っていた。常勝とはいかないまでも負けたことはなく、一騎打ちにおいてはあらゆる騎士や王ですら彼には敵わなかったと記述されている。

 そんな無敵と思われた騎士が実は七人の中で最も早くに命を落としていた。その矛盾と現実は大戦を開くきっかけの一因となった。

 七人は後世に名を連ねる程の強さを持っていた、それは当時も変わらず「七騎士」の存在はある種の抑止力になっていたとされている。

 王以外の強大過ぎる存在はそれだけでも十二分な脅威だ。彼らがいる限り下手に大きくは動けない、如何に国が衰退や疲弊しようともおかしな素振りを見せれば鎮圧するために差し向けられる。聖王を中心とした連合に三人、それとは別に四人の最大勢力が各国に一人ずついた。

 特異な、もしくは強力な力を持つ古代ベルカの王。それらに匹敵、または凌駕する力を持つ七人は正に戦争に対して最高クラスの抑止力と言えた。

 力を持たない小諸国は下手に逆らって滅ぼされないようにと身を縮め、それ以外の大国は始まる前から決まっている大きな損害を恐れて大人しくしていた。結果、小競り合いが起きることはあったが大規模な大戦や戦争は起こらず、静かに鳴りを潜め仮初の平和が続いていた……その七人の一人が死ぬまでは。

 

 ふと、そのことを思い出し彼についてアインハルトに質問したのがいけなかったのだろう。

 --どうしてそんなに強いのに死んだのか?と……。

 実はこの「不敗の騎士」の最後に関しては明確な描写がなく、多くの憶測だけが飛び交っていた。

 曰く、毒を盛られ暗殺された。曰く、病に侵されて病死した。曰く、王や仲間に裏切られ殺されたetc...。

 ヴィヴィオの貰った本にも恐らくこうなったのであろうという顛末は書かれていたが、やはりそれも数ある憶測の一つでしかなかった。

 その為覇王の記憶を継承しているアインハルトにそのことについて訊ねたのだが……。

 

「『不敗のイージェス』に関しての記憶ですか? 生憎とクラウスは自国領土であるシュトゥラから出ることは滅多になく、おまけにイージェスは聖王連合においてもトップの地位にいる人でしたから結局一度もお目に掛かることはなかったようです。クラウスとしては負け無しと謳われていた彼と拳を交えてみたいと常に思っていたらしいのですが、結局その願いは最後まで叶わなかったようです」

 

 まるでその時のことでも思い出しているかのように語ったアインハルト。

 彼女が引き継いでいる記憶の持ち主、覇王イングヴァルトの当時の想いを汲み取っているのだろう。哀愁を漂わせながら残念そうに憂いていた。

 確かに聖王連合とシュトゥラは同盟こそ組んでいるもののそれなりに国の間は離れている。おまけに相手がその連合のトップに位置する者なら如何に王族と言えど易々と会えることはないのだろう。

 アインハルトの話を聴いて「成る程」と納得したヴィヴィオとは別に、質問に応え終わったはずの少女はキラキラと目を輝かせながらヴィヴィオの手を取った。

 

「ヴィヴィオさんも七騎士の中で彼が好きなんですね! 同士がいて嬉しいです!」

 

「へ……?」

 

 まさかの思い違いにヴィヴィオは一瞬呆けてしまうがすぐに思考力を取り戻す。

 不可解なまでに謎が多い『不敗のイージェス』。そんな彼について知りたいという好奇心と探究心からの質問のつもりだったのだが、どうもアインハルトには好きになったと思われたらしい。

 確かに興味を抱いたことは事実だが、よもやそう受け取られるとは……どうしたものか。そう思い、実は先程からアインハルトに体を預けられているヒロに視線を送ってみた。

 練習回で疲れたアインハルトは労いと癒しを求めてヒロを自分達の部屋に呼んだ。ヒロも嫌な顔一つせずに来て絶賛妹の髪を手櫛で梳いている。いつもは纏まっている綺麗な碧銀の髪が、今は解かれストレートになっておりヒロの手によってサラサラと靡いている。

 助けを求め送った視線はしかし、全く気付かれることはなかった。何故ならヒロは現在通信の最中だったからだ。相手はメガーヌのようで「風呂が空いてるので入ったらどうか?」という内容らしい。

 先程まで忙しなく動いていたのでまだ汗を流していないヒロはその言葉に首を縦に振り、すぐに向かった。流石に汗臭いまま少女達の園にいるのは内心気が引けていた。基本的に兄の全てを受け止める妹はともかくとして、他の娘はそうはいかないだろう。女は早熟という話も聞くし、こんな些細なことで嫌われたくはない。

 そうして部屋を出る際ようやくヴィヴィオの視線に気付いたヒロだったが、申し訳なさそうな表情を浮かべると静かに目を瞑り首を横に振った。「すまない」とそう物語る仕草にヴィヴィオはがくりと項垂れ、アインハルトは名残り惜しそうに兄を見送った。

 この時、話が飛び火しないようにとある三人がヒロと共に離脱していたことにヴィヴィオが気付いたのはアインハルトの話が始まってから約三十分は経過した頃だった。

 就寝前には戻ってきた三人にヴィヴィオが「はくじょうものー」と未練がましく睨んだのは言うまでもないことだった。

 アインハルトの好きな騎士のためになるような話や本当にどうでもいい話、世間では意外と知られていないことやヴィヴィオが知りたかったことなどを彼女と共に語る。それは諸手を上げて有意義だったとは言えないが、しかし決してつまらなくはない、そんな時間をヴィヴィオは過ごした。

 

 

「いい加減諦めてくれないかな? 少年。オレ、風呂入りたいんだけど……」

 

「いいえ、まだお願いします!」

 

 そして飛び火を逃れたはずの三人は今、何故か外で一対一の訓練をしている青年と少年を見守る立場になっていた。




いい加減気付く人もいるだろうと思うけど、私複数人を一度に描写するのが苦手です。

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