覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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今回から一応念のため残酷な描写タグを付けることにしました。
これも古代ベルカって奴の仕業なんだ……。


十三話

「夢?」

 

 一戦目は青組が勝ち、二戦目は赤組が勝った。そうして行われる三戦目。二戦目の試合は観戦に回っていたガリューや結局根負けしたなのはが「回復魔法を使わない」という条件下で採用したヒロを交えて行ったかなり変則的なものになった。ただし兄と組めると知ったアインハルトは正に水を得た魚の如く、破竹の勢いで快進撃を遂げチームの勝利に貢献することになったのは言うまでもないことだ。ちなみに肝心の兄は、遠くからなのはにしつこく狙われ後半にはバスターの直撃を喰らい撃墜されていた。

 それと余談だが、あまりにヒロにだけ注視していたなのははフェイトの接近を許してしまい、ヒロを撃墜後すぐに落とされることになったらしい。

 そうして迎える三戦目。今度はチーム関係なく大規模な入れ替えを行うらしくなのは達は絶賛話し合い中である。ちなみに三戦目にヒロは参加しないのでなのはの肩の荷がいくつか減ったとのこと。

 そんな中朝から気になっていたことを告げにヴィヴィオはヒロの下を訪れていた。

 

「オレ、カウンセラーじゃないんだけど」

 

 質問された内容を思い返し、そんなことを口から漏らす。体を治すのならともかく精神や心の問題は管轄外なのだが……一応真似事程度なら出来なくもないが、それでも所詮は「真似事」、期待はしないで欲しい。

 保証はしないぞ。そう念を押すヒロに「それでも」と頼みこむヴィヴィオ。それだけ気になる内容の夢だったのだろう。

 ヴィヴィオの真剣な眼差しを受け、仕方ないとヒロは折れた。

 

「夢という現象がどうして起きるのか、知っているか?」

 

 人は眠っている間に記憶を整理するという、夢とはそうした際に起こるものだと言われている。つまり全く知らないものを夢で見ることはない、例え見たとしてもそれは当の本人が忘れているか、 もしくは無意識に記憶してしまったものに他ならない。

 専門家ではないので絶対とは言い切れないが、あながち間違ってはいないだろう。

 

「でも私、そんなお城みたいな所に行ったことありませんよ?」

 

 聖王教会には幾度となく足を運んでいるが、あの城は明らかに教会とは造りが異なっていた。一度行った程度の所ならば曖昧に覚えるだろうが、既に見慣れた物をどう間違えるというのか?

 ヴィヴィオのその疑問にふむと顎に手を当て思案する。只の雑談程度であれば「所詮は夢だ」と言えば収まる話だが、生憎と今回の相談者はそれでは納得してくれない様子。ならばと考えられる可能性を思考の海から模索する。

 

「……もしかしたら、“お前自身”が知らない記憶かもしれないな」

 

「え……?」

 

 突飛で唐突なその言葉にヴィヴィオは一瞬理解ができなかった。

 そしてヒロ自身、できれば触れたくない話題でもある。

 

「お前クローンなんだろ? ということはそのモデルとなったものの記憶を幾つか継いでいてもおかしくないんじゃないか?」

 

 ヴィヴィオは「プロジェクトF」という計画の技術に用いて人工的に作られた人造人間(クローン)だ。彼女のオリジナルは現在聖王教会が崇拝している「聖王女オリヴィエ」、長きに(わた)って続いた戦乱の時代をその命を喪って終わらせた聖人。

 完全に絶えた聖王家の血。それを現代に再現するために造られた存在がヴィヴィオだ。

 万が一に備え事前になのはからヴィヴィオの出生は聞かされていたヒロだが、医者としてヒロ自身としてもなるべくならこの話には触れたくなかった……それも当の本人を前にして言う羽目になるとは……。

 少し自己嫌悪しているヒロとは対照にヴィヴィオは特に傷ついた様子も見せずに「なるほど」と感心していた。

 確かに最初は驚いたがなのは経由で知ったことを聞くと納得し、クローンであることには「気にしてませんから」と笑顔で言った。その姿を見て「強い娘」だと再認識したヒロは無性に褒めたくなり、ついまた頭を撫でてしまった。

 

「あ……」

 

「あ、悪い。子ども扱いみたいで嫌だったか?」

 

 ヴィヴィオが声を上げたことで機嫌を損ねたと思ったヒロは慌てて手を離す。しかしすぐに「ち、違います! だから続けてください」と否定どころか催促までされ一時混乱するが、嫌がられていないのならいいかと思いヒロは再び頭に手を乗せる。

 

「…………」

 

 そうして撫でられると前回と同じ感覚が胸の奥から沸き起こった。

 母であるなのはやフェイトのような心が温かくなるものとは違う。はやてや近しい心許せるものに撫でられるものとも違う。かといって不快や気持ち悪いとも思えない。

 一言で表すなら、やはり“懐かしい”。心地いい、昔から知っている者の手のようにすら感じる。最も信頼しているのではないかとすら思えてくる。

 そんなはずはないなのに、このまま身を委ね、いつまでも……。

 そう思ってしまっても、感情は収まりを覚えず、その心地よさにゆっくりと目蓋が落ちていく。

 

 

 別れはいつも唐突だった。

 本人の意思など完全に無視して突然目の前に現れるそれは幾ら強くなろうともどうしようもなかった。寧ろ今回は「強くなりすぎた」ことが最大の過ちだったのだろう--。

 昔、それこそおとぎ話に登場するような馬車の前に二人の男女がいた。

 一人は黒髪の青年。もう一人は金髪の少女。

 少なくとも六つ以上は離れた歳の二人は別に恋人というわけではない。しかしそれなりに……いや下手な友人よりも深い繋がりを持ち「家族」と呼んでもおかしくないほどの絆を築いている彼らは今日この日、恐らく永遠に等しい永い時間離れることになる。

 とても良いとは言えない人生を送ってきた青年を我が子のように可愛がってくれた先代。その先代から託された忘れ形見である娘を護ることが青年の義務であり役割だった。

 両腕のない娘をことを多くのものは「鬼子」と呼び、忌み嫌った。先代が命を賭して行った行為は、他者から見れば親の命を奪ったともみえる。その所為か、娘の風当たりは強く辛い毎日が続いていた。

 ある夜、ついに耐えかね母を求めて城内を探し回ったことすらあった。無論死した母親に会えるはずもなく結局青年が見つけるまで泣き続けていたらしい。

 そんな少女の姿を知っているからか、青年は彼女への風当たりを少しでも減らそうと努力した。

 努力したとは言ったが青年に出来ることは限られており、荒んだ時代においては更に多くはなく、結局取れる方法は「強くなりそれなりの立場を確立する」他なかった。

 そして青年はそれを実現するため強くなった。元々余所者である青年は少女以上に疎ましく思われていた。そんな彼が信頼と実績を得て相応の立場を得ることなどできるはずがないと多くのものは睨んでいた……しかし現実はまったく逆の結果を生み出した。

 

 初陣、青年がまだ少年であった頃。余所者の彼が上司に恵まれることはなく、捨て駒のように一人の尖兵として三百もの軍勢の前に放り込まれることになった。

 本来、そんな状況に追いやられれば戦意を消失するか、敵前逃亡をしてもおかしくはない。事実、彼の上司はそうなることを望んでいた、彼の“噂”を聞いていたからだ。

 だが、少年はそんな上司の期待を見事に裏切った。

 まず手始めに身近にいた十人の首だけを“素手”で切り落とした。そしてそれを残りの軍勢の中に適当に放り込む。

 戦場において死体を見る機会は多い。しかし首だけのように一部分だけが飛んでくることなどなかなかにない。唐突にそんな事態に遭遇すれば人は驚愕し、恐怖する。そして恐怖とは伝播しやすいもの、一度広がれば早々に収まるものではない。それは屈強な軍勢とて例外ではない。

 動揺が広がり、僅かな隙ができると少年は軍勢の中を駆けて行く。最低限邪魔をする者、攻撃する者だけを亡き者に変え突き進む。

 頭を飛ばし、心臓を貫き、腕を()ぎ、脚を砕く。そうして四十人ほどばかりを葬りさって出来た道の先にいた敵の大将の首を、駆けてきた勢いを殺さずそのまま『掠め取る』。

 何が起きたのかわからない。まるで風が去った後のように戦場が静かになると少年は手に持った大将の首をよく見えるように掲げる。

 それだけで自分達がどんな状況に陥っているのか理解した彼らの恐怖は膨張し、破裂した。それから蜘蛛の子のように散り散りに逃げ惑う彼らは誰の目から見ても再起不能だった。

 一刻どころか半刻すら用いずに三百の軍勢はたった一人の手によって壊滅状態に追い込まれた。そのことに敵どころか味方すらも恐怖を覚える者が出た。それには少年の上司も例外ではなく、彼はあの“噂”が本当のことであると思い知らされた。

 曰く、ゼーゲブレヒト家には悪魔がいると--。

 返り血で紅く染まった姿は正にその言葉を体現していた。

 

 その後、少年は青年になるまでに幾つもの死線を乗り越え、ついには連合の三強の騎士の一人に数えられるほどになった。

 悪魔、死神といった侮蔑の言葉を掛けられる機会は以前より増したが、それでもそんなもので少女の安寧を護れるのならば安いものだ。

 少女のこれからを案じ、ようやくここまできたのだと思った--矢先に少女との別れが訪れた。

 なんでも少女は同盟の証として北の国に向かうらしい。つまり人質である。

 これには流石の青年も怒り狂った。彼がここまで連合に尽くしたのは一重に彼女のため、その彼女が連合から離れるのであれば自分もそうする、と。

 しかし、現実はそれを許さなかった。

 青年は既に個人の意思が許されないほどの権威と力を持ってしまっていた。例え彼がこれまで培ってきた権限全てを投げ捨てても彼個人の力そのものがそれを許さない。三強の一人に数えられ、個人で国を傾ける力を持つ彼を手放すことはできない。それに北の国とは『同盟』を結ぶのだ、もしそれほどの力を持つ彼が少女に付いていったらそれは侵略行為と受け取られることになる。そうなれば全面戦争に突入してもおかしくはない。この戦乱の時代、無用な争いはなるべく避けたいと考えるのが世の常だった。

 少女のためにと培ってきた立場が、力が、彼女との別れを強いている……なんという皮肉だろうか。

 愕然とする彼に少女は微笑みながら「大丈夫」と言った。

 少女は知っている。青年が少女のために如何に辛い人生を歩んできたのかを……だからこそ、もうこれ以上自分に囚われずに生きて欲しいと心から願った。少女がこの世に生を得てから今までずっと共にいた『家族』だからこそ、これ以上彼の重荷になりたくはなかったのだ。

 そんな彼女の想いを受けて尚、青年は食い下がる。

 変なところで意固地なのは昔から変わらないな。血縁関係はないが兄と慕う青年の変わらぬ姿につい口元が緩んでしまう。

 ならば、と。少女は一つの条件(願い)を紡ぎ出した。

 それは……。

 

 

「う、ん……」

 

 不意に意識が浮上する感覚に見舞われヴィヴィオは目を覚ます。あまりよく覚えていないが、懐かしいような少し寂しい夢を見た気がする。

 

「お、起きたか」

 

 その様子に気付いたヒロは近寄り安否を確認する。

 

「あれ? 私……」

 

 気付けば室内のベッドの上で寝ていたヴィヴィオ。

 何故こんなところにいるのか理解できないでいると、様子を見終わったヒロが簡単に説明した。

 曰く、疲れていたのか眠っていたらしい。外で意識を失ったヴィヴィオをここまで運び、今まで傍で見守っていたヒロの言葉なのだから間違いない。

 

「す、すみません」

 

 迷惑を掛けたと思い謝るヴィヴィオに「気にしていない」と本心からの返事をする。

 それよりも、実は寝てから一時間も経っていないので恐らく……。

 

「ふむ、そろそろ三戦目が始まるんじゃないか?」

 

「え? …………えぇぇぇぇぇ!?」

 

 ヒロのその言葉を一瞬理解できず、数瞬の間固まっていたヴィヴィオだったが、すぐに時計を確認すると確かに時間が迫っていた。

 いや寧ろ、あと数分足らずで始まってしまうのだが……。

 

「あ、あの、ありがとうございます! では私は急いで行かないといけないので、失礼します!」

 

 状況を理解し、早口で礼を言うとそのまま慌ただしく部屋を飛び出して行った。その姿が面白く、笑顔でおくり出すヒロ。

 本当に元気だな。そんなことを思いながらヴィヴィオの去った後を暫く眺めていた。

 急ぎではないが、万が一に備え自分も向かわなければならないのだが、気になる点が出た為に少し先延ばしにすることにした。

 

「……『ヴェル』か」

 

 目覚める直前ヴィヴィオがうわ言で呟いた単語……名前を口にする。かなり小さく声で、途切れ途切れに言っていた為全てを聞くことは出来なかったが、この名前だけは辛うじて拾い上げることが出来た。

 『ヴェル』--そう呼ばれていた者に心当たりはある。いや、ある意味現在進行形で関わっている。

 ヴィヴィオ自身がその名を知っていることはないはずだ。如何に優秀な子どもとはいえ、隠蔽・秘匿された歴史を読み解くことは不可能に近い。

 そんな彼女がその名を口にしたということは、つまり……。

 

「やっぱり、接触したのが原因か」

 

 先程ヴィヴィオの頭を撫でた手を見てそう結論付ける。

 夢の話を聞いた際「もしや」と思って試してみたのだが、どうやら正解のようだ。

 ヴィヴィオとは違う『紛い物』。しかしこちらも再現者であることに変わりはない。ましてや彼女のオリジナルと最も親しい者なのだからそれなりに影響は出るのだろう。

 今の所は夢程度で収まっているようだがこのまま接触を続ければ何時の日か悪影響が出るとも限らない。

 

「……これからはなるべく触れないように気をつけるか」

 

 不安要素が一つ浮かび上がり、当面のその対処を決め込む。

 正直、ヴィヴィオの頭を撫でるのはなかなかに心が安らぐので後ろ髪引かれる思いなのだが、後々のことを考えるのならば仕方がない。

 ため息とともに諦め、「さて」と気持ちを切り替える。

 

 結局、ヒロが三戦目の試合に着いたのは敵味方ともにボルテージが最高潮に達した時であり、激戦へと昇華した後の後片付け(治療)は本日一番の体力を使ったらしい。




少女に関してはお察しの通りのあの人です。

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