ちょっと説明回になってしまった気がする……。
全くもってその通りだ、全面的に同意しよう、故人はなかなか的を得たことをいう。
現状に対しヒロはそんなことをふと思ってしまった。
まるで怯えるように兄の影に隠れ警戒心MAXの妹と、そんな対応をされて大変複雑な心境の元想い人を視界に入れたヒロは何故こうなったか暫し物思いに
一回目の練習会が終わり、二時間の休憩を挟むことになったなのは達。その際僅かでも怪我を負った者はヒロに手当てを受けることになった。
治療ではなく手当てと言ったのは、ヒロが行ったものは本当に応急手当てというに相応しいものだったからだ。流石に打撲や手足を捻ったりした者には魔法を使うが、それでも新陳代謝を促したり、本来肉体に備わっている治癒能力を向上させる類いのものばかりで、一瞬で治す即効性のあるものは一切使っていない。擦り傷や浅い傷口に至っては消毒と止血だけで済ませている。
確かにいずれもが一時間もあれば大体治ったが、それでももっと早く治すことも出来たのではないか?
そんな疑問を持った子ども達に説明していたのが元々の始まりだったか。
まだ初等科のヴィヴィオ達は魔法のデメリットというものを知らされていないのだろう。
確かに魔法というのは極めて万能に近い力だ。普通の人より多くの選択を与えてくれるそれは頼りになる。しかし頼り過ぎれば逆に視野が狭くなる場合もあるのだ。
例えば今回のように怪我を治す場合においても、時間を考慮して使うという選択は確かにある。しかし、至急の事態や戦場でならいざ知らず常にその存在に頼っていると身体がそれに依存してしまうのだ。
本来人が持っている治癒能力が低下する……いや正確に言うなら『向上しない』のだ。
元来人間には怪我をしても自力で治す機能が備わっている。それは時間こそ掛かれど傷を塞ぐ他に、今度はそうならないように強くしようという働きもある。しかし魔法による高速治癒は治すことのみを追い求めている為自然とそういった所に目が向かなくなる。
それでは本当の意味での「強い身体」は出来ない。特に子どもの頃からそれを怠ると将来見た目に反し虚弱な身体になる場合も多いのだ。
魔法技術のある世界の多くの医者は如何に早く治すことのみを念頭に置いて治療している。医者なのだから当たり前なのだが、ヒロはできるだけそういったものを利用しようとする。魔法技術が一般浸透した世界では白い目で見るものも少なくはないが、しかしある意味では最も理に適った治療なのだ。
まるで学校の先生の様に講義するヒロの話をヴィヴィオ達子ども組は感心しながら聞く。
なるほど、便利なのも考えものなのか。そんな感想を抱くと同時に二回目の練習会の時間が迫っていた。
今度はチームメンバーを入れ替えて行うらしく先とは違った体験ができることだろう。
一段落ついた為切り上げまた観戦に回ろうとヒロが思っているとアインハルトがある提案をしてきた。
「今度のチーム戦、私は兄さんと組みたいです」
手を挙げ楽しそうに進言されたそれにヴィヴィオ達は首を傾げ、ヒロは困ったように苦笑する。
「ヒロさんって戦えるの?」
そんなもっともな疑問をヴィヴィオは口にする。
それはそうだろう。ヒロは戦うことをモットーにするのではなく、寧ろ逆に人を癒す医者なのだ。確かにヒロは魔力もある上、回復魔法が使える為チームにおいては役に立つだろう。しかし、だからこそ最も早く排除される要因にもなる。特に戦闘能力がないのなら尚更だ。
「詳しくは知りません。でも『強い』という話は何度か聞きました」
そんな危惧を否定するようにアインハルトは言う。正確な魔導師ランクは知らないが、Sランクオーバーの騎士を倒したことがあるらしい。
「誰にですか?」
「…………………………父です」
そのことを誰から聞いたか訊ねると凄く言い難そうにしたアインハルト。
詳しい事情は知らないがその話題は触れない方がいいのだろうと思ったヴィヴィオはそのまま視線をヒロへと移した。
「本当なんですか?」そんな意味の籠った視線を受けたヒロは、否定も肯定もせずただ困ったように肩を竦めるだけだった。
「みんなー! そろそろ始めるよー!」
相変わらずよく分からない、掴み辛い人とヴィヴィオが再認識した時子ども達を呼びに現れたなのは。
これ幸いと今上がった話題とヒロを入れることができるのかを訊ねてみた。
「うん、駄目。流石にヒロくんを入れるのだけは無理」
すると僅かな時間すら置かず即答したなのは。その答えにアインハルトは「何故ですか!?」と強く反論し、他の子ども達は「やっぱり強くてパワーバランスが崩れるのかな?」と思ったのだが……。
「確かにヒロくんは強いけど、別に対処できない程の強さじゃないよ」
ヒロは妹のアインハルトとは少し系統の違う古代ベルカ式の使い手だ。その為純粋な近接戦闘においては無類の強さを持つ。それは一般に騎士と呼ばれる者達よりも一線を介しているらしく、例えSランク以上の実力者でも勝つことは限りなく不可能に近いらしい。特にヒロの技はある種の初見殺しであり、初戦なら確実に一撃で落とされることになるだろう。そうでなくても放たれるもの全てが紛うことなき「一撃必殺」なのだから質が悪い。
しかしその反面、中~遠距離に関しては全くと言っていいほど対応が効かず、距離を取られそのまま延々に攻められると呆気なく撃墜されてしまう。
近接戦闘に特化したベルカ式……その中でも究極なまでにそれだけに特化した、なんともピーキーな性能を誇る術式。それがヒロの有する力だ。
なのはの「強いが対処できないわけではない」という言葉は正真正銘の事実なのだ。
では何故ヒロをチームに加えることができないのか?
それには純粋な力以外の要素があるからだ。
「……ヒロくんが入ったチームってね、絶対に後退しないんだよ……」
どこか遠くを見つめ黄昏るように呟いたなのは。この言葉には酷く哀愁が籠もっていた。
さて、前記した通りヒロは古代ベルカ式の使い手だ。そうなれば必然的に彼のポジションは前衛ということになるだろう。ただの前衛ならばなのはが此処まで頭を痛めることはない、故にこの問題の原因は他にある。
念を押すようだがヒロの本職は医者である。これは当人の性格云々よりも、ヒロ自身の能力がそれに特化している為なのだが……。
よく考えてもらいたい、本職は医者、ポジションは前衛という何とも言えぬアンバランスな組み合わせを。常人であればそんな中途半端で使い辛いものになろうとも使おうとも思わないだろう、純粋に攻め手だけにするか回復を専門にするか、どちらにしろ能力とポジションは分けた方がいい。
しかしヒロに関しては話は別だ。先も述べた通りヒロは「一撃必殺」を体現したかのような戦い方をする。そんなものに好んで近付く者は滅多におらず、近付かれたら確実に距離を取るだろう。
前線においてそれは大きなアドバンテージになる。その隙に……ものの数秒程もあればヒロにとっては十分なのだ、回復を行う時間というのは。
今回の練習会のようにライフポイント制で例えるなら、フルバックのキャロやルーテシアが支援として行う回復量は時間にもよるが三桁が限界だ。完全に回復のみに専念し、且つ時間を掛ければ四桁はいけるだろうが、それでも相応の時間が掛かってしまう。
だがヒロに関してはその例ではない。医者ということを除いてもその回復スピードは異常なまでに早く、十秒も放って置いたら全快にまで持っていかれてしまう、しかもほぼ同じ魔力量を使用してこの差だ。これは本人の稀有な魔力性質による所が大きいらしい。
……さて、此処までの説明で察した者もいるだろう。ヒロの持つ性質と戦闘スタイル、ポジション、そしてなのはの言った「後退しない」という発言。つまり……。
「……凄く、厄介なんだよね」
とんでもない速度で回復できる者が前線にいる。その者は近接戦においては無類の強さを誇っており、出会った瞬間即座に距離を取った方が得策である。しかし他の者達との戦闘中にそんなことを行えば折角減らしたライフをほぼ全快にまで回復を許すことになる。ならばと自爆特攻でその者に挑むと一撃必殺のカウンターを喰らうか回復し終わったものが守りに入る為結果は玉砕になってしまう。そしてこれが延々と繰り返されると……。
「……ジリ貧ってレベルじゃないんだよね……」
思い出したのはリード・オルグラス中将直属の部隊との模擬戦の時……あれは悲惨の一言だった。
戦力そのものはほぼ同じはずなのに一方的に追い込まれたなのは達。原因は明らかにヒロのポジションと回復速度の速さだった。
前線にいるため一々後退する必要性がなく、その分フルバックは本来回復に回す魔力を支援に回し嫌らしい手を次々に打って時間を稼ぐ。結果瞬く間に全快に持っていかれる。
要のヒロを彼の範囲外から撃ち落とそうとしても、防御に特化した者の手によって悉く阻まれる。
そうして一人ずつ確実に倒していく様はまるで獲物を狩るハンターのようだった。
後にこの模擬戦に参加していた赤い三つ編みの小さな友人は語った「あれ、模擬戦じゃねーよ。ただの殲滅戦じゃねーか」と……。
そしてなのはの心にもある種のトラウマが刻まれることになったのだった。
「だから駄目だよ、絶対」
折角バランスよく振り分けたのにヒロ一人が入るだけで簡単にそれらがひっくり返ってしまう。
本人に悪気はないのだろうが、もう二度とあんな仮の不死の群隊とは戦いたくないのだ。あれを相手にするなら、同じ不死でもマリアージュ百体を相手にした方がマシだろう。個々の戦力がSランク近い後退しない群隊より、不死とはいえ個々の性能がそこまで高くない後者を相手にした方がまだ先が見えるのだから……。
故に、やはりなのはの出す答えは「NO」であった。
なのはの説明をあらかた聞いたヴィヴィオ達はヒロが苦笑した理由がなんとなく分かってしまった。つまり『こういう』理由があるから練習会では観戦に回るしかないのだろう、と。一騎打ちならともかく、チーム戦において彼を加えることはメリットが大き過ぎるのだ。ヒロと同格の力と能力、ポジションを持つ者がいれば話は簡単なのだが……無論此処にはそんなことが出来る者はいない。……いや寧ろ、「最前線で戦う医者」なんてまずいないだろう。
何とも言い知れぬ、しかし納得してしまったヴィヴィオ達とは違い、アインハルトは一人抗議の目を向ける。
「駄目だからね」
そんな視線を一身に受けるなのはは念を押すようにもう一度言う。
「うぅぅ……」
「駄・目・だ・か・ら・ね」
しかしそれでも諦め切れず恨めしそうに睨むアインハルトに笑顔でそう言い聞かせる。
その瞬間、アインハルトの背筋に冷たいものが奔ったような気がした。
--笑顔とは本来威嚇の為のものだと聞いたことがある。
「う、うわあああん!! 兄さああぁぁああぁぁん!!」
本能的にか、はたまた先程やられたためかそれに恐怖を感じると、脇目も振らずに兄に抱きつきその背中に隠れてしまった。
そして背中から顔を覗かせると「ふー!ふー!」とまるでネコのように威嚇する。
「……えー」
完全に「敵」と認識されたなのはは何とも言えない表情を浮かべるしかなく、その間に立たされたヒロも「どうしたものか」と頭を悩ませるのだった。
うちのアインハルトさん、どんどん威厳とか何かがなくなっていってる気がするんですけど……まあオープンなブラコンなんで別に構いませんかね……たぶん。