覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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気付いたらこの作品も初投稿から一年経ちましたとさ。
投稿した当時はここまで行くとは思わなかったよ……。


十一話

 --昔、兄に「好きな人はいないのか?」と訊いたことがある。

 アインハルトがそう訊くと何の迷いもなく「アインハルト(お前)」と返した。

 その答えは素直に嬉しいが、将来兄も誰かと結婚するのだろうと思っていたアインハルトは「そういった相手はいないのか?」と再度訊ねた。するとヒロは苦笑を浮かべて「今はいないかな……」 と寂しそうに語った。

 当時はただ出逢いがないことに憂いていると思ったが、思い返してみると何処か悲しそうな目をしていた。

 そして今ようやく気付いた。恐らくその時には既に振られていたのだろう……と。

 

 

「さあ、懺悔は済みましたか? 祈りは終わらせましたか? 遺言は録音しましたか? 心残りはないですね、では死になさい!!」

 

「酷い!?」

 

 出会い頭にそう言い、無慈悲にまでに一切の躊躇いを捨て全力で殴り抜くアインハルト。そしてなんだかんだ言いながらもそれを見事シールドで防ぐなのは。

 初撃を防がれたアインハルトは距離を開かさないよう怒涛のラッシュを繰り出す。しかしなのはは砲撃魔導師という本業からは思いもよらない体捌きで流していく。時に杖状である自身のデバイス、レイジングハートで拳を弾き、逸らし。手のひら台の大きさのシールドで受け流す。

 近接戦闘に特化したベルカ式、その中でも更に特別な「古代ベルカ式」と呼ばれている使い手の技をああも捌き切るとは……。確かに両者の間には圧倒的な経験差が存在する、十年近くも離れたそれをそう易々と埋めることは容易なことではない。

 

「--っ!」

 

 そう頭では解っているはずなのに、なかなか当たらないことに苛立ちが募り、『つい』大きく踏み込み重い一撃を放ってしまう。

 並大抵の相手ならば受け止めるどころかそのまま吹き飛ばされてもおかしくないその拳は、しかし数多の死線を乗り越えてきた猛者の前には通じなかった。

 アインハルトが振りかぶるの見極め、それに合わせて特に強度の高いシールドを展開する。

 拳と盾、ほぼ同時に衝突すると轟、と風が吹きすさぶ。突風でも起きたかのようなこれは純粋な物が当たった時に生じる衝撃波だ。

 鑑みるにやはり『特殊製のシールド』で防いでよかったとなのはの口元が僅かに歪む。そしてそれとは対照的にアインハルトが顔を顰めた。

 防がれた、そう思った瞬間彼女はすぐに次の行動に移そうと拳を引き抜け……なかった。

 何かに捕らえられたように腕がびくともしない。見るとシールドから鎖が出て腕を拘束していた、結果アインハルトはその場から動けずその内になのはに距離を取られることになる。

 即座にチャージし終えた砲撃魔法を放つ、桜色の圧縮された魔力の奔流が呑み込もうとアインハルトに迫る。

 

「邪魔です!」

 

 しかしその前に鎖ごとシールドを壊し、紙一重で回避した。

 水斬りの応用、脱力状態からの加速と炸裂点を扱う技--『アンチェイン・ナックル』と呼ばれたそれを無意識に使ったアインハルトは、そのまま砲撃を撃って隙が生じたなのはに肉薄する。地を蹴り、足場を作って更にそれを伝い頭上を取る。そして最後に力一杯踏み込んで渾身の一撃を叩き込んだ。

 しかしなのはも一瞬の遅れを取るものの再度シールドを展開し防御に徹しようとしてその拳を受け止めた直後、耳を裂くほどの破裂音とともにシールドは粉々に砕け、アインハルトの拳は見事になのはを腹を捉えることに成功する。勢いを逃さぬようにそのまま振り抜くとなのはは地面に叩きつけられた。

 シールドを殴る寸前に炸裂弾を作り、それごとシールドを殴りつけるという暴挙を行ったアインハルトの手は無論無事ではなかったが、そんなことは些細なことと言わんばかりに追撃を掛けようと尚もなのはに迫る。しかし意気込んだ瞬間目の前に『停止したまま』の魔力弾があった。

 僅かにでも時間を稼ぐ為に敢えて停止したままにしたのだろうと考えたアインハルトは回避することなく殴って排除しようと拳を握る。

 空中とはいえ見事なフォームで振り抜くと魔力弾はあっさりと砕け散る。

 アインハルトの想像通り。そして……なのはの予想通りに。

 

「--アクセル」

 

 発動を告げるトリガーを口にすると、背後を取っていた二つの桜色の魔力弾が速度を上げて標的を捉えた。そして、中でも有効打といえる頭に向け牙を剥く。

 あと少し、あとほんの数cmというところでそれは防がれた。咄嗟に身体を捻り、同時に空いた手で魔力弾をガードした。ダメージは軽減できたものの、踏ん張りの効かない空中での衝撃は防ぐことが出来ず吹き飛ばされる。

 しかしそれでも、着地後すぐに行動できるようにと態勢を立て直そうとした瞬間、アインハルトの目に光が差し込んだ。

 

「ストライク・スターズ」

 

 先程のお返しとばかりに加速魔法で頭上を取ったなのはのデバイスの先端は魔力の光が集まっていた。それが圧縮に圧縮を重ね、臨界に到達すると一気に爆ぜ、巨大な魔力の奔流に姿を変えた。

 空中、しかも吹き飛ばされて軌道が安定しない中、まるで針に糸を通すように正確に迫る砲撃に恐怖を覚えたアインハルトは本能の赴くままにシールドを張って受け流そうとする。

 

「あっ--」

 

 しかし次の瞬間、その選択は間違いであったことを思い知らされた。

 受け流すどころかそれは容易くアインハルトを呑み込み、激流のような勢いで地面へと叩き落とす。

 衝撃もさることながら、最も恐ろしいのはその威力だろう。まるで滝のように微かに触れただけでも持っていかれないそれは正に『必殺』と称してもいいのかもしれない。

 その常人どころか上位の魔導師ですら撃墜させてしまうであろうそれを受けたアインハルトは、しかしゆっくりと立ち上がった。

 地面を抉り、クレーターを作るような並外れたものを受けて尚幽鬼の如く立ち上がると、なのはを睨みつけ、「今度こそは」と一歩踏み込んだ……ところで糸が切れたように静かに倒れた。

 

 

「(やっぱり兄妹といってもヒロくんとは全然違う……でも、筋はかなりいい)」

 

 そんな感心を抱きながらもなのは、今倒れた少女のことを思った。

 古代ベルカの中でも特殊な『覇王流』というものを使うためか、はたまた妹に余計な力を持って欲しくないためか……恐らく後者の可能性が高いが、ヒロはアインハルトに武術の類は教えていないことが先程の応酬でわかった。そうでなくてもヒロはそういった技術を誰かに継がせることは全く考えていない上に、先天的な資質が大きく関わってくる為当初からアインハルトが彼の力を使えるとは思っていなかった。

 もし仮に、万が一にでもアインハルトが彼の技を継げるような存在なら、恐らく最初の一撃で勝負は決していたはずだ。

 しかし、それでも想定していた以上になのはと応戦できたこと、なのはの本気の砲撃を受けて耐えれたことは賞賛に値する。

 特に今回は「練習会」ということでライフポイント制であり、ライフが100未満に陥ると活動できなくなる。しかしアインハルトは全力の砲撃を受けて尚、最後は立ち上がり一歩踏み込むところまでやってのけた。「動けた」ということはギリギリ100ポイントは耐えたということ。恐らく動けなくなったのは意識が刈り取られたためと考えるべきか。

 ……いや、寧ろ「意識が刈り取られた」ということは最後の行動は無意識下……意識を手放した状態で行った可能性がある。

 

「……ちょっと妬けちゃうかな……」

 

 そんな行動を起こせるまでの強い想いに、僅かになのはは憧れを抱いた。

 自分が同じことを出来るほど彼を想っているのかと問われれば小首を傾げてしまうだろう。

 --そうだ、振ってから芽生えた(自覚した)身勝手な恋心にどれほどの力があるというのか……?

 そう自問したくなるも、今すべきことではないと頭を切り替え、なのはは戦場へと意識を戻した。

 そしてからはたと思う。

 

「切り替えれるならやっぱりその程度なんだよね……?」

 

 その呟きは誰の耳にも入らず、戦場の音に掻き消されていった。




個人的にマンガの戦闘に脚色つけたらこうなった……。
単純な力対決よりもところどころに小細工を入れたがるのは多分私の性分なんだと思う。あと初恋関係が捻じれるのも多分性分。

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